7日目 最高の調味料・中編
「ルゥールルル……」
空から舞い降りた魔獣は澄んだうなり声を上げた。
俺はパニックを引き起こしそうに、というか実際にパニックを引き起こしたが”一秒”ほどで処理した。
「ああもう、やっぱ止めときゃ良かったなー!!」
「ルルルゥー……」
ふと、魔獣のうなり声が止む。
《――――お前は人間、か?》
耳に届けられたのはヴァベル語。
知性ある生命体の全てが扱う、共通言語だった。
(魔獣。言語を解するモンスター。つまり知性のあるモンスター。ほぼ例外なく強大で、強靭。個体数は少ないが、それは大量繁殖を必要としない強者らしい生き方だ。強すぎる「生き物」は最終的に「同族殺し」に行き着きがちであるし、天敵も少ないので、個体数が少ないのも当然であろう……テキストに載っていた文面はこんな感じだったかなぁ。ソロで戦うのは初めてだ。いや、違う。戦ったらダメだ)
俺は深呼吸して魔獣に挨拶した。
「こんにちは。人間です」
《……ふむ。一応会話は出来るようだな》
俺は一応、剣を鞘に収めた。すぐに抜けるようにはしてあるが、何にせよまずは「上手な命乞い」をしなければならない。
対象は魔獣。
分類は……空飛ぶライオンみたいな馬。なんという種族だろうか。
「察するに、旅の途中と思われますが……いかがしました?」
《凄まじい血の匂いがしたので、何事かと思ってな》
「そうでしたか。ええと、失礼を承知で申し上げますが、よろしければ……その、食べますか?」
《何をだ?》
「……この辺の」
《……食べると思うか?》
「食べませんよねー」
魔獣には知性がある。
そしてその種族は百種類ほどで、個性は千差万別だ。血に狂った獣もいれば、森の賢者とも呼ばれる魔獣も存在する。つまり色んなヤツがいるわけだ。そういう意味では魔王に似ている。
ただ魔獣の九割は自身に誇りを持っており、反比例的に慈悲の心が無い。
基本的に魔獣にとって人間は、狩りやすいエサでしかない。
バクンバクンとプレッシャーで心音が大きくなる。
だが幸いなことに、魔獣との会話は成立しているので、なんとか対話だけで活路を見いだしたい。
俺は必死に考えながら口を開いた。
「血の匂いに誘われて、と仰っていましたが、不愉快な思いをさせてしまったのなら申し訳ありません」
《構わぬ。この程度の事は慣れてる。だが少々気になることがあってな――――重ねて問うが、お前は本当に人間か?》
魔獣は「スンッ」と鼻を鳴らして、眉をひそめた。
《ここの血匂には、よくないモノが混ざっている》
怪訝な表情、とでも言えばいいのだろうか。だが徐々にその顔色は周囲の温度を下げていき、
魔獣は憎悪を込めて呟いた。
《魔王か?》
そして。その憎悪に反応する者が。
「あああああん! うわああああん!」
フェトラスの泣き声が、洞窟の奥から響いた。
《……やはり、魔王か》
ぞくりとする声色だった。
魔獣。世界で最強の生命体。
魔王。世界で最強の精霊。全てを殺す者。
《どけ、人間》
カウトリアの世界が始まる。
「断る」
だから、覚悟は“一瞬”だった。
《――――ほう。私と戦う気か》
「そりゃ、まぁ、必要とあらば」
音もなく抜剣。
だが剣先を突きつけるようなマネはしない。俺は自殺志願者ではなく、魔王の保護者だからな。
《なるほど。面白い》
「俺は面白くないです……」
《人間よ。お前はいま、何をしているのだ?》
「お名前も存じない方に、敵意ではく戦意を向けています」
《優秀な言い回しだ》
魔獣は笑った。
そして魔獣は意外と長い首をさらに伸ばし、ヴァベル語ではなく「魔獣のうなり声」を上げた。
「ル――――ルルゥ!!」
暴風。波紋のようにそれは広がり、血だまりを、砂粒を、モンスターの死体を、全てを軽やかに吹き飛ばした。
「なっ――――何を!?」
《落ち着け。危害を加えるつもりは無い。――――今の所は、だが》
魔獣はそう言ったが、俺は今すぐ斬り込みたい気持ちでいっぱいだった。
(どうせなら、先手を取りたい)
だがそれが自殺行為だということは十分に理解している。
そして、バリバリの戦闘態勢(一歩手前)の俺を見ながら、ゆったりと身体を浜辺に沈めた。まるでリラックスするかのように。子猫を驚かすまいとする心優しき犬のように。
《その洞窟の奥にいるのは魔王だな?》
「……はい。そうです」
《そしてお前は何をしているのだ?》
先ほどと同じ質問だったが、指し示している事は違う。俺は剣を握る力をほんの少しだけゆるめ、気持ちだけは張り詰めながら慎重に答えた。
「……モンスターを狩ってました。ほとんど貴方が吹き飛ばしてしまったようですが」
《ああでもしないと、落ち着いて話しも出来なさそうだったのでな。魔王の誘いあるところに死在り、とはよく言うが、ここは酷すぎる》
ようやく息がしやすくなった、とでも言うように魔獣は「ルゥ――――」と吐息をはいた。
《それで、お前は何をしているのだ?》
三度目の質問。
俺はそれに答える前に、こう言った。
「あの……その前に、あいつに飯やってきていいですかね?」
《あいつ?》
「魔王に」
魔獣は爆笑した。
そして俺は(あ、死んだかも)と戦慄したのであった。
魔獣。
言語を解するモンスター。
生まれ持っての魔獣と、突然変異による魔獣化の二つに別けられる。
前者が圧倒的に多いが、後者の方が厄介でもある。
出会えば、死か、貴重な経験かのどちらかを得る。
(とあるテキストより抜粋)




