7日目 最高の調味料・前編
フェトラスと命名された魔王はスクスク×十倍ぐらいの速度で育った。
出会ったその日には意思疎通が可能になり。
翌日には立ち上がり。
一週間も経つと、非常にやかましくなった。
「めーぅー!」
「はいはい……」
おそらく「メシ」と言っているのだろう。
今日も今日とて彼女は、俺に両手を差し出す。
「今日のご飯は……モンスター肉ですよ……」
「おーうー!」
彼女は両手を差し出しながら小躍りする。
ぴょんぴょん。ぴょんぴょん。
かわいい。
かわいいが、しかし。俺の疲労はマックスだった。
「寝てもさめてもメシ、飯、めし……なぁ……いつになったら満腹になるんだよ……」
まず起きて、いきなり食事を与える。その隙に狩りの準備を整え、彼女が食べ終えたらそのまま出発。
モンスターを適当に狩って、フェロモンを抑えるためにその場で飯を与える。
浜辺に戻る。狩ったモンスターを焼いて、お昼ご飯にします。
再び森へ。果物を狩ったり、飲み水の確保がメイン。もちろん合間に何かを食わせる。
適量が溜まったら、最後にモンスターを二匹狩っていく。帰る際には荷物が多いので、少し多めに何かを食べさせる。
浜辺に戻って、一匹食って、もう一匹は朝ご飯用に加工。
寝る。
起きました。新しい一日の始まりです。さっそくご飯をあげます。
起きる。食わせる、寝る、起きる、食わせる……。
ご飯を。ご飯を。ごはんを――――。
一度だけ、たびたび飯を与えるのも面倒だからと、一気にモンスターを二匹食わせようとしたこともあったが、途中で気がついた。
「こいつは、あっさり完食しちまう」
そしてきっと、拡張された胃袋は彼女にこうささやくのだ。「あれ、前回より少ないぞ?」と。
なので俺は二匹目のモンスターを割と強引にフェトラスから奪ったのであった。彼女は少し泣いた。
そんな生活が一週間近く続いたのだ。
俺は育児に疲れ果ててしまった。
「今日は休みます」
「……?」
「毎日まいにち、俺はお前のご飯係じゃねーんだよ」
「……?」
「今日は飯抜き……はあんまりか」
「んふ?」
「今日はおやつ抜きです」
「まふ!?」
まだ喋れないフェトラスに俺はこんこんと訴えかける。
「別にな? いいんだよ。うん。たくさん食べればいいと思うよ? 俺だってお前が飯食うとこ見るの嫌いじゃないし、成長速度が速すぎるのも、やりがいを感じられるさ。でもな、お前、デカくなりすぎ」
そう――――フェトラスはたったの一週間で、五歳児ほどの体型に育ってしまったのだ。
それはつまり、食べる量も増えたという事に他ならない。
今のフェトラスは一日で、およそ成人男性の三日分は普通に平らげてしまう。
「今朝のモンスター狩りで思ったんだよ。お前、フェロモンの分泌がちょっと過剰だ。しかも襲ってくるヤツがちょっと強くなり始めてる」
「ふぇ……ふぇ?」
首をかしげながら自分を指さすフェトラス。
「違う。お前の名前じゃない。フェロモンだ」
「うー」
「前に食わせてた量だと、フェロモンは止まっていた。だから果物採ったり、血抜きの時間とかが作れてたんだよ。でも今朝のお前は、食ってもモンスターを呼び続けた。無自覚だろうがな」
「くぅ……」
思えば甘やかしすぎたのかもしれない。
際限なく食べる子に、際限なく与えてもしょうがないのだ。無理があるのだ。破綻するのだ。
「このままじゃお前、近隣のモンスターを食い尽くす日も近いぞ」
「あえ?」
「ダメだ」
「あう……」
「よってお前には『我慢』を覚えてもらう」
「……?」
時間は昼。
俺はフェトラスに「これを食ったら、晩飯までご飯は抜きだ。言ってることが正確に通じてるか分からないが、もう一度だけ念を押す。太陽が沈むまで、これ以外の飯は絶対にやらん」と強く言ってから一食分を彼女に差し出した。
「俺は森に行って、さっき狩りまくったモンスターを回収してくる。いいな? 俺が戻ってくるまでじっとしてろ。分かったか?」
「あむあむ」
絶対に分かってないと思うが、俺はリスクを背負うことにした。
そうでなければ、俺はいつか彼女を傷つけてしまうだろうし、彼女も悲しむことになる。だってお互い、「何が悪いのかが分かってない」のだから。
こいつは子供じゃない。
魔王だ。
だが俺はコイツを殺戮の精霊としては扱わない。
いつか言葉を覚える日が来るだろう。だがその際に「飯とってこい」しか言われない関係なんて絶対に嫌だ。ろくに教育も出来てないんだぞ。ただひたすらに飯を食わせてるだけだぞ。
「剣でも盾でも魔王でも何でもなればいい。だが、飯を食うだけの存在になんて絶対にさせねーからな」
そんな誓いを立てた俺は、フェトラスを置き去りにして森へ向かった。
「今日は休みます」とか言ったけど、なんてことはない。
育児に終わりはあっても、休日は無いのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
森。
狩り場にしている広場には、五体のモンスターが横たわっていた。
そしてそれを食い漁る、犬っぽいモンスター。……いや待て、あれ、モンスターじゃない!
「動物だ!?」
「!」
思わず声を荒げると、野生動物は逃げ出してしまった。
「あっ、こら待て! お前絶対美味いヤツだろ!! 待てコラ!!」
(剣を投げつける……だめだ、当たる気がしない。石とか……は落ちてない! そもそも当たっても行動不能にするなんて絶対無理だ! くそ! 逃げられる! 脂身が! 旨味が! ああ、でもあんな美味そうなの食わせたら、絶対フェトラスの舌が肥えて面倒なことになる!!)
俺は半泣きで野生動物を諦めた。
あれはなんだったのだろう。狼系のような、豚の一種のような。
「あんなの見たことない……群れからはぐれたヤツかな……嗚呼……」
凹む。
だが、とりあえず、いい。
雑に食い荒らされたモンスターの一部は諦めつつ、俺は食えそうな(でも不味そうな)モンスターを選別して、ズダ袋に入れた。丈夫な布で作られている、頼りがいのある文明だ。
「さて……今のフェトラスなら一日で全部食っちまえる量だが……何日保たせられるかなぁ」
ぶつぶつと計算しながら俺は森を後にした。
ある種の、覚悟を決めながら。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
浜辺に戻ると、当然のことながらフェトラスはさっき与えた飯を完食しており、俺が獲物を持ってきたと知るやいなや、いつもの「おねだりの舞」をしてみせた。
「め! め!」
「ダーメ。これはあげません」
「うー!」
「言っただろ? お前には我慢という概念を覚えてもらう」
洞窟の外にズダ袋を投げ置き、中からモンスターの遺骸を取り出す。
もう完全な血抜きは無理だが、とりあえずバラして、日光に晒す。
「腐るかなぁ。焼いた方がいいんかなぁ。クソ、その辺はもっと勉強しておくべきだった……。保存食の作り方とか、もう全然覚えてねーや」
「……うー?」
不機嫌そうな顔をしながらも、フェトラスはじっと俺の行動を見守っていた。
日が沈むまで、あとどれぐらい時間がかかるだろう。
もしかしたら死ぬかもしれない。
だが、今ここでしなければ、俺は近いうちに必ず死ぬ。
だから俺は水と、果物を用意して、抜剣した。
願わくば、あまり過酷ではありませんように。
そして時が訪れる。
空腹の魔王からフェロモンが迸る――――。
浜辺にはモンスターは生息していない。
生息できる環境ではないからだ。
あるのは海と砂だけ。
だからモンスターはいない。
が、その先の森にはいる。
そして魔王の招待状はこの浜辺を死地に変える。
そんなパーティへ訪れた、記念すべき一匹目のモンスター。ドン臭そうな、パワータイプ。
「ウオオオオオアッ!」
「――――来い」
最初は楽勝だった。
もしかしたらこの辺のモンスター、ほとんど刈り尽くしてたのかもな、と思う程度にしかモンスターは現れなかった。
だがフェトラスが空腹でグズりだした辺りから、俺は背中に冷たい汗を流し始めた。
嫌な予感がする。というか確信だ。
これはカウトリアの能力とか、兵士時代の名残とか、そういうのじゃなくて、単純に生き物としての危険察知。
「あうー! あうー!」
「フェトラスぅ! そこで見てろ! これがお前の怠惰の結果だ! 黙って飯が運ばれてくるような甘い世界じゃねぇぞ此処は!!」
九匹も殺せば、浜辺は血で赤く染まり、空気には悪臭が混じる。
身体に染みついたであろう「死」が訴える。お前も死ねと。ここで果てて絶えろと。
やなこった。
誰が絶えるか。
耐えてみせんぜコンチクショー!
十匹目のモンスターはスピードタイプだった。森の奥から全速力で、魔王に召されるために、魔王を殺すために、砂浜が吸いきれないほどの血だまりを踏み越えてやってくる。
「剣が折れたらマジ死ぬなコレ!」
「テテテテテテテ!!!」
白い砂浜にオレンジ色が混ざり始める。
水は飲みきった。果物も無い。
連戦に次ぐ連戦で、俺の体力は割と限界気味だった。
フェトラスはずっと泣いていたが、今では静かだ。「まさか餓死した!?」と俺が焦るぐらいに静かだった。ただ二十五匹目の……三十匹目か? もう数も分からん。とにかく、モンスターを血祭りにあげて振り返ると、フェトラスはじっと俺のことを見守っていた。
「……俺が何してるか、分かるか?」
「………………」
「わかんねぇだろうなぁ」
「………………」
「だけど、もうすぐだ。もうすぐお前に教えてやれる」
「………………」
「最高の調味料、ってヤツをな」
「………………」
とは言え、完全に日が沈んでしまっては危険だ。
火を熾さないといけないし、このモンスターの死体の山も処理しなければ。フェトラスのフェロモンではなく、血の臭いに誘われて厄介なのが近づいてくると怖い。
次ので最後にしよう。
いや、さっきみたいにまとめて三匹とか来られたらたまらんが。それでも幸いなことに、寄ってくるモンスターは「現在のフェトラスレベル」なので、まだ対応可能だ。
「さぁ――――幕引きと行こう」
ばさり。
羽の音。
瞬間、俺は判断を誤ったことを察した。
(ヤッッッベェェェェェ!! あああああ!! クソオオオオオオオオオ!!)
貴重な服が汚れることも構わず、俺は剣にこびりついた肉片や脂をぬぐい取った。その動作をしつつ、視界を空に向ける。
羽の音。重量感のある、大きな音。
フェトラスレベルなんてとんでもない。
血の臭いに釣られてやってきたのは、まさにパーティーの主役。遅れてやってきた獲物ならぬ獣。
魔獣。
食物連鎖のピラミッドの、頂点の中の頂点に位置する、最強の生命体であった。




