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我が愛しき娘、魔王  作者: 雪峰
幕間 フェトラスの成長記録日記
38/288

7日目 最高の調味料・前編



 フェトラスと命名された魔王はスクスク×十倍ぐらいの速度で育った。


 出会ったその日には意思疎通が可能になり。


 翌日には立ち上がり。


 一週間も経つと、非常にやかましくなった。


「めーぅー!」


「はいはい……」


 おそらく「メシ」と言っているのだろう。


 今日も今日とて彼女は、俺に両手を差し出す。


「今日のご飯は……モンスター肉ですよ……」


「おーうー!」


 彼女は両手を差し出しながら小躍りする。


 ぴょんぴょん。ぴょんぴょん。


 かわいい。


 かわいいが、しかし。俺の疲労はマックスだった。


「寝てもさめてもメシ、飯、めし……なぁ……いつになったら満腹になるんだよ……」



 まず起きて、いきなり食事を与える。その隙に狩りの準備を整え、彼女が食べ終えたらそのまま出発。


 モンスターを適当に狩って、フェロモンを抑えるためにその場で飯を与える。


 浜辺に戻る。狩ったモンスターを焼いて、お昼ご飯にします。


 再び森へ。果物を狩ったり、飲み水の確保がメイン。もちろん合間に何かを食わせる。


 適量が溜まったら、最後にモンスターを二匹狩っていく。帰る際には荷物が多いので、少し多めに何かを食べさせる。


 浜辺に戻って、一匹食って、もう一匹は朝ご飯用に加工。


 寝る。


 起きました。新しい一日の始まりです。さっそくご飯をあげます。


 起きる。食わせる、寝る、起きる、食わせる……。


 ご飯を。ご飯を。ごはんを――――。



 一度だけ、たびたび飯を与えるのも面倒だからと、一気にモンスターを二匹食わせようとしたこともあったが、途中で気がついた。


「こいつは、あっさり完食しちまう」


 そしてきっと、拡張された胃袋は彼女にこうささやくのだ。「あれ、前回より少ないぞ?」と。


 なので俺は二匹目のモンスターを割と強引にフェトラスから奪ったのであった。彼女は少し泣いた。



 そんな生活が一週間近く続いたのだ。



 俺は育児に疲れ果ててしまった。





「今日は休みます」


「……?」


「毎日まいにち、俺はお前のご飯係じゃねーんだよ」


「……?」


「今日は飯抜き……はあんまりか」


「んふ?」


「今日はおやつ抜きです」


「まふ!?」




 まだ喋れないフェトラスに俺はこんこんと訴えかける。


「別にな? いいんだよ。うん。たくさん食べればいいと思うよ? 俺だってお前が飯食うとこ見るの嫌いじゃないし、成長速度が速すぎるのも、やりがいを感じられるさ。でもな、お前、デカくなりすぎ」


 そう――――フェトラスはたったの一週間で、五歳児ほどの体型に育ってしまったのだ。


 それはつまり、食べる量も増えたという事に他ならない。


 今のフェトラスは一日で、およそ成人男性の三日分は普通に平らげてしまう。


「今朝のモンスター狩りで思ったんだよ。お前、フェロモンの分泌がちょっと過剰だ。しかも襲ってくるヤツがちょっと強くなり始めてる」


「ふぇ……ふぇ?」


 首をかしげながら自分を指さすフェトラス。


「違う。お前の名前じゃない。フェロモンだ」


「うー」


「前に食わせてた量だと、フェロモンは止まっていた。だから果物採ったり、血抜きの時間とかが作れてたんだよ。でも今朝のお前は、食ってもモンスターを呼び続けた。無自覚だろうがな」


「くぅ……」


 思えば甘やかしすぎたのかもしれない。


 際限なく食べる子に、際限なく与えてもしょうがないのだ。無理があるのだ。破綻するのだ。


「このままじゃお前、近隣のモンスターを食い尽くす日も近いぞ」


「あえ?」


「ダメだ」


「あう……」


「よってお前には『我慢』を覚えてもらう」


「……?」


 時間は昼。


 俺はフェトラスに「これを食ったら、晩飯までご飯は抜きだ。言ってることが正確に通じてるか分からないが、もう一度だけ念を押す。太陽が沈むまで、これ以外の飯は絶対にやらん」と強く言ってから一食分を彼女に差し出した。


「俺は森に行って、さっき狩りまくったモンスターを回収してくる。いいな? 俺が戻ってくるまでじっとしてろ。分かったか?」


「あむあむ」


 絶対に分かってないと思うが、俺はリスクを背負うことにした。


 そうでなければ、俺はいつか彼女を傷つけてしまうだろうし、彼女も悲しむことになる。だってお互い、「何が悪いのかが分かってない」のだから。


 こいつは子供じゃない。


 魔王だ。


 だが俺はコイツを殺戮の精霊としては扱わない。


 いつか言葉を覚える日が来るだろう。だがその際に「飯とってこい」しか言われない関係なんて絶対に嫌だ。ろくに教育も出来てないんだぞ。ただひたすらに飯を食わせてるだけだぞ。


「剣でも盾でも魔王でも何でもなればいい。だが、飯を食うだけの存在になんて絶対にさせねーからな」


 そんな誓いを立てた俺は、フェトラスを置き去りにして森へ向かった。


「今日は休みます」とか言ったけど、なんてことはない。


 育児に終わりはあっても、休日は無いのである。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 森。


 狩り場にしている広場には、五体のモンスターが横たわっていた。


 そしてそれを食い漁る、犬っぽいモンスター。……いや待て、あれ、モンスターじゃない!


「動物だ!?」

「!」


 思わず声を荒げると、野生動物は逃げ出してしまった。


「あっ、こら待て! お前絶対美味いヤツだろ!! 待てコラ!!」


(剣を投げつける……だめだ、当たる気がしない。石とか……は落ちてない! そもそも当たっても行動不能にするなんて絶対無理だ! くそ! 逃げられる! 脂身が! 旨味が! ああ、でもあんな美味そうなの食わせたら、絶対フェトラスの舌が肥えて面倒なことになる!!)


 俺は半泣きで野生動物を諦めた。


 あれはなんだったのだろう。狼系のような、豚の一種のような。


「あんなの見たことない……群れからはぐれたヤツかな……嗚呼……」


 凹む。


 だが、とりあえず、いい。


 雑に食い荒らされたモンスターの一部は諦めつつ、俺は食えそうな(でも不味そうな)モンスターを選別して、ズダ袋に入れた。丈夫な布で作られている、頼りがいのある文明だ。


「さて……今のフェトラスなら一日で全部食っちまえる量だが……何日保たせられるかなぁ」


 ぶつぶつと計算しながら俺は森を後にした。



 ある種の、覚悟を決めながら。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 浜辺に戻ると、当然のことながらフェトラスはさっき与えた飯を完食しており、俺が獲物を持ってきたと知るやいなや、いつもの「おねだりの舞」をしてみせた。


「め! め!」


「ダーメ。これはあげません」


「うー!」


「言っただろ? お前には我慢という概念を覚えてもらう」


 洞窟の外にズダ袋を投げ置き、中からモンスターの遺骸を取り出す。


 もう完全な血抜きは無理だが、とりあえずバラして、日光に晒す。


「腐るかなぁ。焼いた方がいいんかなぁ。クソ、その辺はもっと勉強しておくべきだった……。保存食の作り方とか、もう全然覚えてねーや」


「……うー?」


 不機嫌そうな顔をしながらも、フェトラスはじっと俺の行動を見守っていた。


 日が沈むまで、あとどれぐらい時間がかかるだろう。



 もしかしたら・・・・・・死ぬかもしれない・・・・・・・・



 だが、今ここでしなければ、俺は近いうちに必ず死ぬ。 


 だから俺は水と、果物を用意して、抜剣した。



 願わくば、あまり過酷ではありませんように。




 そして時が訪れる。


 空腹の魔王からフェロモンがほとばしる――――。 





 浜辺にはモンスターは生息していない。


 生息できる環境ではないからだ。


 あるのは海と砂だけ。


 だからモンスターはいない。


 が、その先の森にはいる。


 そして魔王の招待状はこの浜辺を死地に変える。


 そんなパーティへ訪れた、記念すべき一匹目のモンスター。ドン臭そうな、パワータイプ。


「ウオオオオオアッ!」


「――――来い」




 最初は楽勝だった。


 もしかしたらこの辺のモンスター、ほとんど刈り尽くしてたのかもな、と思う程度にしかモンスターは現れなかった。


 だがフェトラスが空腹でグズりだした辺りから、俺は背中に冷たい汗を流し始めた。


 嫌な予感がする。というか確信だ。


 これはカウトリアの能力とか、兵士時代の名残とか、そういうのじゃなくて、単純に生き物としての危険察知。



「あうー! あうー!」


「フェトラスぅ! そこで見てろ! これがお前の怠惰・・の結果だ! 黙って飯が運ばれてくるような甘い世界じゃねぇぞ此処は!!」 


 九匹も殺せば、浜辺は血で赤く染まり、空気には悪臭が混じる。


 身体に染みついたであろう「死」が訴える。お前も死ねと。ここで果てて絶えろと。



 やなこった。


 誰が絶えるか。


 耐えてみせんぜコンチクショー!



 十匹目のモンスターはスピードタイプだった。森の奥から全速力で、魔王に召されるために、魔王を殺すために、砂浜が吸いきれないほどの血だまりを踏み越えてやってくる。


「剣が折れたらマジ死ぬなコレ!」

「テテテテテテテ!!!」





 白い砂浜にオレンジ色が混ざり始める。


 水は飲みきった。果物も無い。


 連戦に次ぐ連戦で、俺の体力は割と限界気味だった。



 フェトラスはずっと泣いていたが、今では静かだ。「まさか餓死した!?」と俺が焦るぐらいに静かだった。ただ二十五匹目の……三十匹目か? もう数も分からん。とにかく、モンスターを血祭りにあげて振り返ると、フェトラスはじっと俺のことを見守っていた。


「……俺が何してるか、分かるか?」


「………………」


「わかんねぇだろうなぁ」


「………………」


「だけど、もうすぐだ。もうすぐお前に教えてやれる」


「………………」


「最高の調味料、ってヤツをな」


「………………」



 とは言え、完全に日が沈んでしまっては危険だ。


 火をおこさないといけないし、このモンスターの死体の山も処理しなければ。フェトラスのフェロモンではなく、血の臭いに誘われて厄介なのが近づいてくると怖い。


 次ので最後にしよう。


 いや、さっきみたいにまとめて三匹とか来られたらたまらんが。それでも幸いなことに、寄ってくるモンスターは「現在のフェトラスレベル」なので、まだ対応可能だ。


「さぁ――――幕引きと行こう」






 ばさり。



 羽の音。



 瞬間、俺は判断を誤ったことを察した。




(ヤッッッベェェェェェ!! あああああ!! クソオオオオオオオオオ!!)



 貴重な服が汚れることも構わず、俺は剣にこびりついた肉片や脂をぬぐい取った。その動作をしつつ、視界を空に向ける。


 羽の音。重量感のある、大きな音。


 フェトラスレベルなんてとんでもない。


 血の臭いに釣られてやってきたのは、まさにパーティーの主役。遅れてやってきた獲物ならぬけもの



 魔獣。



 食物連鎖のピラミッドの、頂点の中の頂点に位置する、最強の生命体・・・であった。





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