二日目 フェトラスの性別と、食事
森で魔王を拾った俺は、とりあえず浜辺に戻った。今日の開拓は中止だ。なぜなら。
「お前が俺のメシを全部食っちまったからだよ!」
「えぅ?」
干し肉に始まり、果実、食える虫の保存食、果ては水まで全部やられた。食わせないと、すぐにわらわらとモンスターが寄ってくるのだ。そりゃ確かに全部弱いのだけれど、油断して怪我なんてしたくない。なので、モンスターがあまり生息してない浜辺まで避難してきたってわけだ。
「くそ、想像以上に暴食だな。というか明らかにお前の胃袋に入りきる量じゃなかったぞ」
悪態をつきながら魔王の様子をうかがう。
直射日光の届かない、浅い洞窟の中。布団に寝転がせているのだが。
「きゃっきゃっ」
「ごきげんか!」
無邪気に笑ってこちらに手を伸ばしている。
「ったく、もうお前にやるメシはねぇぞ」
「あう!」
失礼だなぁ、お腹なんて減ってないですよ。そんな目で見られたような気がした。
一抹の不安はあったが、俺は魔王を置いて森に戻った。
手軽に採取出来る果実や、川に流れる水の確保。更には通りすがったモンスター(割と強い)を狩り、慌ただしく戻る。
こんな短時間で腹をすかして、浜辺までモンスターを呼び寄せるとは考えづらいが、それでも心配は心配だった。しかし連れて歩くわけにもいかない。そっちの方が危なそうだ。
「つーわけで、ちゃんとそこに居るよな!?」
「えっ……えっ……」
「なんで泣いてんの!?」
戦利品をどさどさと洞窟の入り口に置きつつ、まずは抜剣して周囲の様子をうかがう。
モンスターの気配は――――無い、かな。
ふぅとため息をついて魔王に近づく。
「どうした。腹でも減ったか」
「えっ……えぅぅぅ……えっく」
まさか、アレだろうか。オムツ的なアレだろうか。
(……そういえば魔王の排泄ってどうなるんだろう。一応は精霊だよな。でもモノを食うしな。普通の生き物と同じなのだろうか。考えたことも聞いたこともねぇぞ。オムツ……をしてるようには見えないし。したとしても精霊服が処理してくれるんだろうか。やっぱ便利だな精霊服)
こわごわと、泣いている魔王を抱き上げる。
それとなく漏らしてるか確認してみたが、そういうことは全く無かった。さらさらでドライだ。
「ふぅ。とりあえずは大丈夫か。いや、いつかはどうにかせにゃならん事態に……ん?」
気がつく。
泣いていた魔王が、泣き止んでいた。
「なんだよ」
「…………あぅ」
「んんん?」
「あー」
抱き上げた魔王はすがるように俺に手を伸ばしてきた。その行為の意味は分からなかったが、とりあえず彼のしたいようにさせてみる。彼はどうやら俺の胸元に用があるようだった。
(まさか食われるんかな)
一瞬だけそう思ったが、好きなようにさせてみる。
魔王は、ひし、と。俺に抱きついた。
「あー。もしかして、寂しかった? みたいな?」
「………………」
「おーそうかそうか。悪かったよ一人にさせて」
「………………」
「よしよし。もう大丈夫だぞー」
「………………ぅ」
愛玩動物をなでるように、わしゃわしゃと頭に触れた。
魔王は不機嫌なのかハッピーなのかよく分からないうめき声をあげつつ、しばらく俺から離れようとはしなかった。
それからその日は、魔王から離れることもなく、ずっと洞窟の中で過ごした。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
翌日。
「やはりお前の食欲は異常だと思うんだが」
「えぅ?」
「昨日狩ってきたモンスター、取り置きの果実、ほぼ食っちまいやがって……」
天日干しにして保存食でも作ろうかと思っていたのだが何てことは無い、全部魔王に食われた。食べる姿がかわいくて、ついついあげすぎてしまった俺も悪いんだが……だ、だって際限なく食べるんだもん。
抱きかかえてみると、昨日より明らかに重くなっていた。が、摂取した量を考えると軽すぎる。
「お前よりもデカイ獲物を食べておきながら、体重はちょっと増えたぐらい……でも排泄した様子もないから……わかんねぇ。栄養を魔力っぽいナニカに変換したとかか?」
「わぅえぅ」
そもそも魔王の幼体の生体なんて誰も知らない。
食う。育つ。食う。育つ。魔族を使役しだし、独特の群れを率いはじめ、テリトリーを形成し、村をつくり街をつくり、国を造る。それが魔王だ。
幼い魔王が発見されたからといって、研究されることはあり得ない。
魔王は発見された瞬間に殺される。法律に、人に、根源的な恐怖によって。
そういえば過去に何度か魔王が生け捕りにされたこともあった。
そして当然のように、捕らえられた魔王は拷問部屋、あるいは牢屋、もしくは客室を粉砕して周囲の人間に「殺戮の精霊」の力を見せつける。
「あうー」
まぁ目の前の魔王にはそんな気はないようだが。そもそも別に生け捕りにしたわけじゃないしな。拾っただけだ。
魔王という精霊についての興味はつきないが、別に研究がしたいわけじゃない。強いて言うならどんな食べ物が好きとか、何色が好きだとか、その程度でしかない。
排泄した様子が無い、とは言ったが。精霊服が処理したのか、そもそも魔王はうんこしないのか。どっちかは分からない。調べる気もない。
「――――――――――――」
「う?」
調べる気もないが。
「――――――――」
「うぅ」
この子。
男の子かなぁ。それとも女の子かなぁ。
結論から言えばそれは「分からなかった」
でも一応、俺は魔王を女の子だと思うことにした。
生えてなかったからね。うん。
じゃあ、女の子じゃん?
脱がされた黒いショートパンツ(精霊服・たぶんこのショートパンツだけで城が買える)をしげしげと見つめ、履けるのかなぁ。サイズ変わるのかなぁ。という好奇心を満たそうとしたが、譲渡されたわけではないので精霊服は俺の思い通りにはならなかった。
ちなみに、昨日は精霊服をちょっと引っ張っただけで怒っていた彼女。どうやって脱がせたのかと言うと。
「すまんかった。そろそろ返すわ」
「あうー」
「ほら、約束の干し肉だ」
「きゃっきゃっ」
交渉の結果だった。
魔王は俺の言葉を理解している、ということに確信を覚えた俺。
この子がヴァベル語を拾得するのは、そう遠くない未来だろう。
(――――未来、か。コイツはどんな魔王になるんだろうな)
魔王は精霊なんだが、人間とよく似ている。
それは造形だけに留まらず、内面の在り方も。
ようするに個性的なのだ。乱暴者もいれば卑怯な者もいるし、狡猾かと思えば残忍だったり。色々な魔王がいる。――――いま語った通り、基本的に悪性なんだが。
ただ極稀に、良い奴もいる、らしい。
しかし「人間に優しいライオン」と聞いて思い浮かべるのは「絵本」だ。要するに現実的ではない。
一説によると、そういう魔王は人知れずひっそりと暮らしているとか。
王都の地下には魔王がいて、お姫様とマブダチだとか。
裏山に済む物知りジイさんが実は魔王だとか。
隣の家に住む美しいお姉さんが魔王だとか。
異国のオモチャを売ってる怪しいオッサンが実は魔王だったとか。
そういう諸説(おとぎ話)は結構多い。
まぁ、嘘か本当かはどうでもいい。
「うーあーうーあーうーうーあー♪」
自然発生する精霊。魔王。
いきなり世界に現れるのだから、当然親などいない。
一人で生き、一人で戦い、いつか死ぬ。
奴らは発生したての頃こそ雑魚であるが、その強さの伸びしろがハンパない。
そして苛烈な生存競争に勝ち抜いて実力を得たものが、ヒマを持てあまして個性を得るのだ。魔王としての個性ではなく、世界に唯一存在する自我、という意味での個性を。
そんな魔王の親代わりになったヤツなんて、古今東西どんな書物にも口伝にも登場しない。
「やべぇ、ちょっとワクワクしてきた」
「あうーぅ?」
目の前に魔王の子供がいる。俺の人生でもベスト5に入るサプライズイベントだ。
強さの伸びしろは他の追随を許さず、単騎としてはぶっちぎりの世界最高戦力である魔王。
そんな恐怖の魔王が本当に「お姫様とマブダチ」だったり「裏山の物知りジジイ」だったり「隣りの綺麗なお姉さん」になれるのか否か。やっべ。マジで面白い。興味深すぎる。
いかん。ほんの数分前は「話し相手ぐらいになってくれればいいなぁ」程度だったのに、よく考えたらそんなレベルじゃねぇぞこれ。だって魔王だぞ魔王。
世界を滅ぼす精霊を、俺が育てようだなんて。
面白い。面白すぎる。うわぁ、やばい。期待と不安と希望と絶望の種がごちゃまぜになってきた。
そんなごちゃまぜの気持ちを一瞬で片付けて、俺は本来の目的に再びたどり着いた。
「早く俺とお話ししようぜ~」
「あう~きゃっきゃっ♪」
それはさておき、メシだ。
こいつは自分の身体のサイズ以上にモノを食う。
あと、何でも食う。
干し肉、果実は当然として、モンスターも食う。めっちゃ食う。なので食料を調達しなければ。
俺は貴重な布を使って、おんぶ紐みたいなものを作った。
「んー。とりあえずのプランとしては、安全な場所で待機しつつ、フェロモンで寄ってきたモンスターを迎撃。一定量がたまったら果物とかを食わせてフェロモンを押さえつつ、森をウロついて果物を採取。そんな感じで行こうと思う」
「えう?」
「まぁそう言うな。お前をおんぶして戦うんだから、ちょっとくらいの空腹は耐えろ」
「あぅ~……」
こうして、本格的に俺の魔王育成は始まるのであった。
(深夜)
きこえない。
うごいてない。
おなかすいた。
うごいた。
「ん~……ムニャムニャ……ほらぁ……これでも食って……ろ……zzz」
たべる。
おいしい。
もらった。
うれしい。
なに?
……かう、とりあ?
あったかい。
うれしい。
ありがとう。