エピローグ
ある所に英雄と魔王がいました。
両者は激しく戦い、全てを出し切りました。
そして、その結果は引き分けでした。
「お父さん、体は大丈夫……?」
「まだ筋肉痛とかあるけど、三日も寝てたら治ったさ。でも……ああ、どうやらカウトリアの方は逝っちまったようだな。もう何も感じられない」
「そっか……カウトリアとの繋がってた線をわたしが切っちゃったのかなぁ」
「違うな。たぶん能力酷使のせいだ。元々失った聖剣だし、あった方が不思議なんだよ」
「……本当に体の調子は平気? 目とか見える?」
「問題ない。バッチリだ。お前こそどうだ?」
「ん……やっぱ今の方が調子がいい。あの時は……力ばっかり溢れてるから嫌い」
「ちなみにもう俺の心は読めないんだろ?」
「うん。もうさっぱり。そもそも月眼? だっけ? あれはたぶん、二度と使えない感じかなぁ」
「……そうなのか?」
「あの時のことよく覚えてないし、使い方もよく分かんないし、これが一番重要なんだけど使う必要性が全くないというか。あっ、でもお父さんの心は読みたいかな」
「頼むから止めてくれ。それと、これは推測だが、心が読めるのは月眼の時だけだろうな。繰り返すが、二度と月眼なんて抱かないでくれ。マジで二度と対処出来る気がしない」
「……そっか。うん。分かったよ」
「まぁ……銀眼も月眼も綺麗だったけどな」
「そうなんだ。どれが一番綺麗だった?」
「ん? やっぱ一番は今のフェトラスだな。黒い瞳の方が俺は好きだぞ」
「えっ、と……えへへ……好き?」
「……ZZZZZZZ」
「……お父さん?」
「ZZZ…………わ、わかった。わかったから銀眼は止めろ。クソ、何でそんなに簡単に力のコントロールが出来てるんだ。お前、成長速度で言ったら過去の魔王を軽く凌駕してるぞ」
あるところに人間と精霊がいました。
両者は協力しあい、快適に生活していました。
「はい、果物とってきたよ」
「おおサンキュー。いやぁ、フェトラスのおかげで食料採集の手間が省けて助かる。やっぱりモンスターはいないか?」
「いるけど、近寄ってこない。というか凄い勢いで逃げてくんだよね……。なんか申し訳ない気持ちになってくるよ。これどうにかならないかなぁ……」
「いや、いいことだろ。楽でいい」
「……カルンさんは、今頃どうしてるかな」
「死体が無かったからなぁ。きっと自分の国に帰ったんじゃないか? しぶとそうだし。でも、これは予感だが、あいつの不幸はまだまだ続くぞ。うわぁ、可哀相……んで、カルンがどうかしたか?」
「う、ん…………今思えば、お父さん以外に話した事があるのってカルンさんだけだから……。お父さんがいればそれでいいけど、少し寂しい気もするかなぁって」
「どんなに後悔しても昔にゃ戻れない。だからもし今度会ったら……一緒に謝って、カルンにも謝らせて、三人で飯でも食おうぜ」
「……うん」
あるところに父と娘がいました。
「お父さーん」
「ん? どうした」
「あのさ、ちょっと気になったんだけど……いつになったらわたしは牛肉が食べられるの?」
「あーうん。そうだな。いつか食わせてやる」
「その“いつか”って、いつ?」
「……さぁ? 正直なんとも言えん。迎えは来ないし。俺がいた国は遠いし。まぁ何はともあれ、ここにいる限り牛肉は食えないだろうな」
「がーん。ショック」
「まぁ、時期が来たら旅でもしてみようぜ。どうせモンスターは寄ってこない。気楽に歩いてればいつかは牛とも遭遇するだろ」
「……旅先で牛と遭遇する可能性って高い?」
「ぶっちゃけ低い」
「な、なんでっ!?」
「この地域じゃ牛みたいな生き物は生き残れないだろうしな」
「希望を持たせるだけ持たせて絶望させるなんて……お父さんは極悪人だ!」
「……いや、そんな力一杯悔しがらんでも」
「お父さんのいた国には牛がいるの?」
「いるよ? 柵の中にいっぱい」
「――――じゃあ、お父さんの国に行こう」
「は?」
「わたし、もっと美味しい物を食べたい。綺麗なモノも見たい。他の人ともお話してみたい」
「んんん。それは……」
「わたし、世界が見たい」
「……そっか」
二人の親子は、血の繋がっていない親子。それどころか種族が違います。
でも二人は親と子でした。
「そうは言ってもな、この大陸に迎えの船は……」
「ううん。こっちから行くの」
「………………」
「絶対にステーキを食べるの」
「……なんでそんなショボイ動機で銀眼が出るんだ」
「え。出てる?」
「一応それ、伝説級なんだぞ? お前もテキストに載るか? つーか銀眼って敵意の表れじゃないのかよ……違うのかよ……もうそのネタだけで学者になれるわ俺……」
「もうこのまま、今から行っちゃおう。ね、お父さん?」
「今からぁ!? ど、どうやってだよ」
「い・く・の♪」
「わっ、なにする! 離せ!」
「 【ステーキとりあえず百人前】~♪ 」
「おおおおっ!? と、飛んだー!?」
二人の親子が空を飛びます。
目的地はもっと楽しい所。
「お、おい! 大陸までは相当距離があるぞ!! 保つのか!? というか本気かお前!?」
「めちゃめちゃ本気だよ! あと、なめないでほしいな。こんな魔法、宮廷料理に比べたら前菜だよ!」
「両方とも食ったこと無いくせに!」
「だから食べに行くの!」
どんどん彼等がいた無人大陸が遠くなります。でもあそこには彼等の家があるから、いつかは帰ってくるのでしょう。小さな家で、しかも布団は一つしかない家でも、あれが彼等の家なのですから。
かなり速度を出してるから当然ですが、風切り音がすごいです。彼はその音に負けないように大きな声を出しました。
「なぁ! 大陸に行くのはいいけど、まず何をするんだ!?」
「さぁ!? まだ考えてない!」
行き当たりばったりにもほどがある。成長しても相変わらずの無鉄砲ぶりだ、と彼は思いました。そんな彼に彼女はこう言います。
「とりあえず、寿命が来るまで楽しく生きるの!!」
それはいつか彼が言った言葉でした。
「もちろん、お父さんと一緒に!」
それに彼女の言葉が加わって、彼はなんとも不思議な気持ちを覚えました。
「…………当たり前だ! だってお前は」
「魔王フェトラス! お父さんの娘だもんね!」
彼は「うむ」と頷いて、ニッカリと笑いました。
彼女は彼の心こそ読めませんでしたが、気持ちは通じています。きっと似たようなことを考えているんだろうなぁ、なんて。
何を食べさせよう。ドコに行こう。どんな事をしよう。ずっと一緒に、いつまでも。
こうして親子は旅人になり、美味しい物や綺麗なモノ、素敵な人々を求める……楽しい人生を歩み始めたのです。
「目指せ世界! あと美味しいもの!」
「つーかお前、大陸の方向は分かってるのか!?」
了
第一部・完
次からは時間が少し戻って、補足的なエピソードを入れていきます。