29 「魔法の気持ち」
いま、何って言った?
え。もしかして、え?
『まぁなぁ……これはなぁ……うん。ま、いいか!』
聞こえてきたのは、いつもの口癖。
至ったのはとても冷静な思考―――普段通りの、お父さんだった。
『しょうがないわコレ! 元々俺の手には余る案件だったわ! はっはっは! 寂しさのあまり魔王を育てました、とか! 我ながら追い詰められすぎだろ!』
笑ってる。頭がおかしくなったのだろうか。
『でもしゃーないな。だってフェトラス、可愛いもんな』
聞き捨てならない。
可愛いって言われた。
『やれること、やりたいこと、全部やった。だから、良い。これでいい』
嘆き疲れたのか、絶望しきったのか。お父さんは全てを受け入れた。
その精神は先ほどまでの漆黒ではなく、命の輪廻を繰り返して浄化された魂のように澄んでいた。
(いつもこうやって……こんな事を繰り返して……受け入れてきたのだろうか……)
なんて無茶。時間は哀しみを癒す。だけど、だからって、能力を使ってその哀しみや絶望を消化しきるなんて酷すぎる。死の恐怖を癒やす時なんて、想像も出来ない。
混乱するわたしを差し置いて、お父さんの思考からどんどん恐怖が引いていくのが分かった。
『謝っても遅いし、これが結果だ。もう変わらない。ああ、そうさ。この命でフェトラスに教えてやるんだ。命に値段はつけられないけど、命には価値があるってことを』
どこまでも怖がりで、臆病なくせに。神速で永遠を駆け抜けたお父さんは己の運命を受け入れた。
『フェトラス。俺はお前が後悔してくれると嬉しい。俺が死んで泣いてくれたらそれでいい。それだけで俺は救われる。でも、そしてだからこそ。俺は……絶対に命乞いなんてしない』
……ダメだよ…………だって、もう後悔しはじめてるんだもん……。もう泣きそうなんだもん……。ダメだよ……そんな救い、ダメだよ……。
『せいぜい思い悩むがいい。俺がどうして最後にお前をこうして抱きしめたと思う?』
……どうして? どうしてお父さんはわたしを抱きしめているの?
『クックック……死者は何も答えない。お前は絶対に解けないクイズと共に生きるのだ』
ねぇ、教えてよ……。どうしてお父さんは……。
『まぁ、正解は俺がお前の近くにいたかったから、という極シンプルな俺のワガママなんだけどな。故にお前には絶対分かるまい。ふぅーはははー』
……ずるい。お父さんはずるい。
『こうやって……最後には近くにいられるんだ。俺は幸せモンじゃねーか』
わたしの方が幸せ者だよ……。
『思えば長いような、短いような、濃い開拓生活だったな』
うん……そうだね。私の人生の長さだね。毎日お父さんと生きてきた時間……。
『っていうか、開拓なんてほとんどしてねーよ』
あー……そういえばそうだったね。
『もう途中から完全に子育て生活じゃねぇか』
…………うん。本当にそうだよね。
『愛してるぜフェトラス』
唐突に響いたその言葉は、私の頭の中を真っ白にした。
瞬間、わたしは、全てを識った。
愛してる。
その言葉の意味を、理解した。
そしてお父さんのではなく、わたしの思考が、想いが、あふれた。
この甘い会話には制限時間がある。
もう、数秒しか残っていない。それはカウトリアの世界ではとても長いけれど、“たった数秒の”永遠だ。
足りない。
全然。
これっぽっちも。
足りるわけない。
全然……。
全ッッッ然! 足りない!!!!!!!
わたしは……わたしは魔王フェトラス!
誰よりも強いのだから!
誰よりも強欲であっていい――――!
お父さんの背後から竜巻が迫ってくる。
(だめ。止まって)
魔法が止まらない。お父さんの肩に顔をうずめる。
(お願い、止まって)
どうすればいい。どうすれば止められる。どうすれば、あの言葉をちゃんとこの耳で聞く事が出来る。
完璧に組まれた呪文が憎い。これを吹き飛ばすのは不可能だ。
「……と」
でも、止めるしかない。わたしは答えを得た。そしてそれを守りたい。
だから殺す。
盾の気持ちで、剣をふるう。
「止まれ……止まれ! 止まれ!!」
わたしは魔力以外の何かも消費して、全力で叫んだ。
「 【止まれぇぇぇぇぇぇぇぇ!!】 」