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我が愛しき娘、魔王  作者: 雪峰
第一章 父と魔王
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2 「フェトラス」



「お父さん」



 フェトラスが俺のことをそう呼んだのは、彼女を拾ってから二週間くらい経ってからのことだった。



「……いま、なんて言った?」


「お父さん!」



 これが、彼女が始めて発した言葉でもあった。


 日に日に成長していく彼女。二週間で、一歳児が五歳児くらいにまで成長した。脅威の成長速度だ。確かに子供は言葉なんて教えなくても勝手に覚えるものだが、これはちょっと異常じゃないだろうか。


 自分で歩けるようにすらなってはいたが、まだ小さな子供だったので、俺は森を探索する際は彼女の手を引いて歩いたり、時には抱きかかえて移動をしていた。


 そして魔王フェトラスは、俺のことをいきなり「父」だと認識した。――――父だなんて言葉はおろか、概念だって教えちゃいないのに。


「お父さんって……いやまぁ、やってる事は似たようなものかもしれんが」


「お父さん! おなかすいた!」


「いきなりそれかよっ!!」


 それはようするに警告であった。ここは森のど真ん中。そして彼女は腹が減った。食料を求めている。だから魔王の習性が、フェロモンが出る。


 食事の準備を始める隙も無かった。すぐさまモンスターが襲ってきて、


「ジャジャジャジャッ!」


「えーい、鬱陶しい!!」


 俺はそれを返り討ちにしたわけだ。



 彼女が大きくなるにつれ、少しずつ強くなっていくモンスター。だがまだまだ雑魚だ。一撃で倒せる。


「…………ほらよ、メシだ」


「ごはんごはんー」


 それ以来、彼女は信じられないスピードで言葉を習得していった。


 お父さんと呼ばれるのは少々気恥ずかしいし、慣れなかった。


 だけど何度訂正を求めても彼女は俺のことを「お父さん」と呼び続け、そのうち俺は諦めた。




 場面は戻って、たき火の前。散乱した串が虚しい。


 そんな時代もあったなぁ、と割と最近の過去を思い出しつつ、俺はさっき刈り取った昆虫みたいなモンスターを改めてさばいた。うわぁ、なんか食えそうな部分が少ない。


「とりにく……たべたかったなぁ……」


「っ、zzz」


 味気ないモンスターを胃の中に収めた俺は、再び狸寝入りを決め込んでいるフェトラスを複雑な面持ちで見つめた。


 俺の鳥肉を食った憎いヤツだ。しかし、そんな食べ物の恨みよりも強い感情がある。


『美味かったか? 満足したか? お前は、ちょっと幸せになれたか?』


 そういう……なんと説明したらいいのか。とにかく柔らかい感情だった。腹が膨れたからだろうか。何となく気持ちが穏やかだ。


 俺の親が俺にしてくれたのは、たった一つだけ。それは俺を産んでくれたこと。


 育ててくれたのは悪意と善意と、その善意による裏切りと、割と過酷な環境。


 だから、俺は親が何であるのかを知らない。


 そう、知らないのだ。はっきり言って俺はフェトラスの言う「お父さん」が俺の何を指しているのかが理解出来なかった。



「お父さん」



 だけど彼女は俺をこう呼ぶ。そして俺の心情なんて気にせず、無邪気を体現して生きている。


 俺は微笑んで、上半身を起こしたフェトラスを見つめた。


「おう。寝たふりはもう終わりか。なんだ、フェトラス」


「……ごめんなさい。鳥肉めっちゃ美味しかったです」


「はははは! そりゃ良かったな畜生! 次に鳥を見つけたら俺が一人で食うからな!」


「そんな! ど、どうかお慈悲を!」


「うるせぇ常時腹ぺこ魔王! お前の名前は今日からグラトニー(暴食)だ!」


 ぷんぷんと怒ったふりを見せつつ、乱暴に頭をなで回すとフェトラスは「きゃー!」と嫌がりつつ笑った。


「あ、ねぇねぇお父さん」


「なんだグラトニー」


 俺が本気で怒ってないことを悟ったのか、フェトラスは甘えるように近づき、俺のひざに頭を乗せた。


「うん。ちょっと思ったことがあって。わたしの名前だけど……フェトラスって、どういう意味?」


「あー。俺の国に咲いていた樹というか……まぁ、花の名前だな」


「お花? どんなお花?」


「綺麗でカッコイイ花だ。剣と盾に似た、二種類の実を付ける」


「へぇー。でもなんでお花の名前がわたしの名前なの?」


「内緒」


「な、なんでよ! 教えてよ!」


 フェトラスはムキになっていたが、俺は黙っていた。



 誰かを傷つける、剣のような魔王になるか。


 それとも誰かを守る、盾のような魔王になるか。


 そのどちらかだとしても、お前はお前、フェトラスはフェトラスだ……と、そういう気持ちを込めた。


 でもなんかキザっぽいから、黙っておく。


 名前の由来がなんであれ、お前はお前なのだから。



 そういえば、俺の名前は誰がつけてくれたんだっけ。知らないのか、覚えていないのか、それとも自分でつけたのか。そんな疑問を抱くと同時、フェトラスが質問してきた。


「あれ? そういえばお父さんの名前はなんていうの?」


「ロイルだ」


 短く言い切り、彼女の反応を待つ。


「そっかぁ。ロイルっていうんだ……良い名前だね、お父さん!」


「名前の善し悪しが分かるのか?」


「分かんない! でも、わたしは好きだよお父さん」


 彼女の返事を鼻で笑って、この発生源不明の心地よさに身を任せる。


 フェトラスは俺の名前を褒めてくれたけど、名前で呼ばれることはきっとないだろう。彼女はいつまでも俺のことを「お父さん」と呼ぶはずだ。――――そしてそれは、決して不愉快なものではなかった。



 開拓開始から一ヶ月。フェトラスと出合った。


 出合ってから二週間。彼女は言葉を覚えた。


 出合ってから二ヶ月。魔法を使えるようになった。


 開拓開始から四ヶ月。フェトラスはすくすくと現在進行形で成長中だ。



 ただただ楽しい日々だった。そしてあっという間の日々だった。


 子育ての難しさ、なんてものは感じられなかった。


 フェトラスを育てる際の懸念事項は「襲ってくるモンスター」と「フェトラスの空腹」の二点しかなかったのだ。難しいもクソもない。いつもの作業が増えただけ。 



 そんな名前について語った夜を越えて、朝が来て、俺は仕事をしに森へ出向いた。



「ココはこうで……ん~よし、調査終了」


 広げていた書き込みだらけの地図をたたんで、空を仰ぐ。そろそろ拠点を移したいところだ。未確認の場所に来るだけでも一苦労し始めている。


「フェトラスが魔法使って、この辺に小屋でも作ってくんねぇかな……」


 魔法がそこまで万能とは思えないが、一応帰ったら聞いてみよう。そう思いながら、俺は本気で開拓を進めている自分に驚いた。


「我ながらクソ真面目というか、愚直というか……まぁ、他にする事も無いしな」


 ひょっとしたら、何かラッキーが転がっているかもしれないし。それに来ないとは思うが、もしも本国から船が来た際に開拓の済んだ土地を見せれば、国に帰れるかもしれない。


「戻っても速攻で国外逃亡するけどな」


 へっ、と鼻で笑って俺は剣を構えた。


「隠密型。いやぁ、マジでこの辺はモンスターの種類が豊富だな」


「―――!」


 右後方。剣を振るうと手応えがあった。


 すぐさま距離を取ったが、既にモンスターは死んでいた。


「弱っ」


 まるでウサギみたいな印象を与える小柄なモンスターが転がっている。今のフェトラスでは呼び寄せられない、弱いタイプのモンスターだろう。口から生えた牙だけが浮いていて不気味。でも、


「こ、これは美味いかもしれんぞ……」


 肉がプリプリしてる。身体も綺麗な感じだ。期待出来る。俺はしかるべき処置をして、食料と化したモンスターをナップサックに入れた。


 今日は早めに帰ろう。フェトラスにこれを食わしてやろう。そんな事を考えながら、俺は鼻歌交じりで家を目指し始めた。


「牛肉~豚肉~鳥肉~♪ 馬は食べないよ~♪」


 もう牛肉の味が思い出せない。だけど俺は不幸じゃない気がする。



 ――――――――モンスターは家に戻って食った。不味かった。すっっごく不味かった。


 そのあまりの不味さに、俺は久しぶりに食事を残した。俺は不幸だ。間違いない。不幸のどん底マンだ。


「毒とか入ってるのかな?」


「いや、そういうわけじゃないと思う。ただ極悪に不味いだけだ」


「そっか。毒じゃなくて良かったねお父さん」


 ……俺は幸運だったのだろうか。


 だがはっきりと言えることがある。俺は不幸を嘆き、フェトラスはそこから幸運を見いだした。


 価値観の違い。物の見方と、とらえ方の違い。


 もしかしたら彼女は、今までに「不幸」を感じたことがないのかもしれない。


 俺のことを父と慕い、幸せに囲まれて暮らしてくれているのかもしれない。


 ただ幸福で、楽しいだけの人生。いいね。すごくいい。


『この子には、自分のような人生を送ってほしくない』


 ごく自然に、そんなフレーズを俺は思い浮かべた。


 同時に、ふと疑問を覚える。


 人生。人の生。では魔王の生・・・・とは一体なにか。


「時にフェトラスや」


「なーにお父さん?」


「お前って、自分が魔王だって自覚ある?」


「うん。ある。わたしは魔王なんでしょ?」


「じゃあ聞くが、魔王って、なんだ?」


「え。なにその質問。……お父さんは、人間だよね?」


「おう。人間から産まれて人間として育ったぞ。あー……お前の次の質問を当ててやろう。『それじゃあ人間ってなに?』だ」


「う、うん。正解」


「そしてその答えは『考えたこともねぇ』だ」


 人間ってなに? 考えたこともねぇ。


 流れるように言い切るとフェトラスは頬を膨らませた。ぷー、って。


「それならわたしの答えも分かってるじゃん……わたしだって、魔王が何かだなんて考えたこともないよ」


「まぁ質問の本意はそういうことじゃなくて、お前は何のために生きるのか、ってことかな」


 俺がそう問いかけ直すと、彼女は苦い表情を浮かべた。


「なにその難しい質問」


「……まぁ確かに難しいよな。もっと簡単に言うとだ、お前は何をしてる時が一番楽しい?」


「一番? うーん。一番かぁ。順番つけるの難しいな……」


 フェトラスはしばらく唸っていたが、パッと顔を上げた。


「あ! この前食べた鳥肉はすっごく美味しかったよ!」


「そうか」


「あ。…………ごめんってば」


「別に気にしてませんけどー?」


「そ、それとね! お父さんとこんな風に色々お話したりするの楽しいよ!」


「……そっか」


「あとビューンって走ったりするのも好きだし、空の雲を見るのも好きかな? あと綺麗なお花とかも好き」


「全然魔王って感じがしない」


 多少呆れながらそう言うと、フェトラスは「ふむ」と指先をあごに沿えた。


「逆に聞きたいんだけど、お父さんにとって魔王ってなに?」


「うーん……それなぁ……」



 俺にとって、人間にとって魔王とは何か。


 答えは明白だ。「天敵」である。



 しかし目の前の少女は、魔王だが、魔王っぽくない。今もなお無邪気な瞳で俺を見つめてくる。


(これは言わなくてもいい事だろうか? それとも知らさなくてはいけない事なのだろうか……)


 自問は尽きないが、どうせ真実だ。


 俺は人間で、フェトラスは魔王なのだから。わざわざ秘密にしてどうする。


「正直に言うと、これはあんまりお前に言いたくないんだが……人間は魔王って存在に対してあまり好意的ではないんだよ」


「えっ、そうなの? なんで?」


怖いからだよ・・・・・・・



 現在の法律において<魔王を見かけたら倒せ>というムチャクチャな法律がある。


 それは魔王の強さを問わず「見つけたら即座に殺せ」という、なんとも人間らしい法律だ。


「怖い」が「恐怖」に変わる前に。


 魔王が成長して本当の〈魔王〉になってしまう前に。


 討伐ではなく駆除・・という言葉が似合う内に。



 ちなみにコレが制定されて間も無く「ただの農民が魔王なんておっかないもんと戦えるかよ」という苦情が殺到したため、「無理そうなら通報しろ」という一文が添えられることとなった。



「魔王は怖い……ねぇ、お父さんもわたしが怖いの?」


「お前なんか怖くねぇよ」


 さらりと答えるとフェトラスは首をかしげた。


「えっと、人間は魔王を怖がるけど、お父さんはわたしを怖がらない?」


「そうそう」


「なんで?」


「だってお前はお前じゃん」


 笑顔で相づちを打つと、フェトラスはうつむいてため息をはいた。


「お父さんの話し方って、時々言葉足らずだよね」


「そうかぁ?」


「だって今の説明で納得出来ると思う? というか、前から少し思ってたんだけど……時々お父さんと話してると、何の話をしてたか分からなくなるんだよね」


 フェトラスは唇を突き出しながら、ぺし、と地面と手で叩いた。


「お父さんは、ちょっと会話が下手だと思う」


「えっ、マジで? そんなこと初めて言われた」


「だってお父さん、自分で聞いておいて、すぐに自分で答えを見つけちゃうから勝手に納得して、また別のことを話し始めるんだもん。まるでわたしと会話してるんじゃなくて、自分自身とお話ししてるみたい」


 本格的にすね始めたフェトラスを俺は慌ててなだめた。


「すまんすまん。そんなつもりじゃなかったんだが……確かに脱線しちまったな。話しを戻そう。魔王って何だ、っていう質問」


「さっきも答えたけど、考えたことも無いよ」


「だよな。お前は魔王だが、どっちかっていうとフェトラスだもんな」


「……? 同じじゃないの?」


「魔王はいっぱいいるが、フェトラスはこの世に一人だけだ」


「んー…………よく分かんない」


 だよなぁ。


 俺だって自己が「この世で唯一存在する魂だ」と自覚したのは十数年生きた後だったしな。


 とにかく、フェトラスは今の所真っ直ぐに育ってくれている。


「この世を滅ぼすぜ!」とか、

「近隣のモンスターは皆殺しだ!」とか、

「手始めにお父さん! お前をブッ殺すぜ!」とか言わないし。


 つーかたぶんそんなこと思ってもないだろうな。こいつの頭のなかは「次に口に入るものは何だろう」ぐらいの事しか入ってない。


「人間と魔王……ねぇ、わたしとお父さんはどこがどう違うの?」


「いくつかあるが……そうだな。まず魔法が使える」


「うん。他には?」


「魔王には角がある」


 髪に隠れてしまっているが、実はなでるとはっきり分かる。魔王の双角だ。


 テキストや絵本に書かれている魔王の挿絵だと、ちょっと笑えるぐらいデカイのが生えていたりする。


「あとは、着ている服が違うな」


「あー。これ。精霊服だっけ。お父さんのとは違うの?」


「……説明すると長くなるから、その辺はまた今度な。まぁ便利な服、って思ってりゃいいよ」


「じっさい便利だしね!」


 得意げな顔でフェトラスはその場でターンした。


 白地に黒いラインの入ったコートのような、長いジャケットのような。そんな姿形をした精霊服がひるがえる。ジャケットの裾からは素足が覗いていた。下は黒いショートズボンなのだ。


 そういえば、ある朝に目覚めるとフェトラスはいきなり「靴」を履いていた事もあった。それも精霊服の一形態だ。便利という言葉を超えている。


(便利な服……っていうよりも、ある意味じゃ恐ろしい服なんだけどな)


 そんな、ちょっとした危機感を思い出したけれど、当のフェトラスは「綺麗にターンできた!」とドヤ顔を決めている。なんとも無邪気なご様子で。



 殺戮の精霊・魔王。


 その本質を微塵も感じさせない、柔らかい笑顔。



「フェトラス」


「なーにお父さん?」


「――――明日も頑張って、美味いもん探してくるからな」



 それを聞いたフェトラスは満面の笑みを浮かべて、大きく頷いたのであった。






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[良い点] 無人島での貴重な鳥肉を全部食べられても暖かい気持ちになるの、泣きました…
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