読んで読んで読んで
ぺらり、ぺらりと。
わたしはスケッチブックを少し早めのスピードでめくり続けた。
ロキアスさん監修のもと作った、会話不能相手に自己紹介をする秘策だ。
しかし、ただの文章では意味が無い。
そこに書かれているものは「読み物として成立しているレベル」でないと、歯牙にもかけられないからだ。
なぜなら相手は本を読むために楽園を造った者。単なる言葉の羅列に興味を示すとは考えづらい。例えば〈こんにちは~少しわたしとお話ししませんか?〉と冒頭に書こうものなら、それは彼女が愛する読み物ではなく『会話』だ。
普通に攻撃してくる気がする。
しかもこれはさっき知った事なんだけど、彼女が蔵書する「本」には明確な規定がある。背表紙があって、本棚に収まるモノ、だ。スクロールや石版は趣味じゃないみたい。だからわたしのスケッチブック作戦はかなり際どい気がする。……うう、蔵書のためじゃないから許してください。
そう願いつつ、今のところは読んでくれているみたいだ。
心臓のドキドキが止まらない。
このスケッチブック作戦、図書の魔王メメリアが本を読んでいないタイミングで提示できれば成功確率は高いとは思うけど、相手は〔図書の魔王〕だ。楽園内での時間は九割九分以上が読書に費やされている。
そんな読書中毒を引き起こしている彼女に対し、読書中に別の文章を読ませるなんてことは――――もしかしたらわたしは即死ではなく、拷問の末に殺される可能性すらある。
わたしで例えるならそれは『お父さんが温かいスープを飲んでる時に、彼の口に冷たいアイスを突っ込む』に等しい行為からだ。一歩間違えれば侮辱行為にも値するレベルだし、月眼の魔王からすれば拷問虐殺は妥当な処置だろう。
(……でもコレ以外に方法が思いつかなかったんだから仕方ないじゃない!)
というかコレすらもロキアスさん発案だ。わたしとしては小声で「こんにちはー」って入るつもりだったけど、ロキアスさんとカミサマ達と、ついでにサラクルさんからも『絶対にやめて』と言われぐらいだ。他に案は無く、完全に無策状態。
『こんにちは~って声をかける事が策なのか?』と脳内お父さんに呆れられたけど、うう、だってだって。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
(少し戻って月眼の間)
[――――楽園に入ると同時に全てを焼き払って、図書の魔王メメリアの行動を縛る。これが正しい攻略方法だろうね]
なんて恐ろしいことをロキアスさんは言っていた。
[入った時点で全てを燃やそうとする。それだけでメメリアは君に対して『怒る』と『殺す』しか出来なくなる。行動パターンが二つだけ……非常に分かりやすいのだから、非情な対処をするだけだよ]
「……えーと、攻略って言葉の意味が、わたしとロキアスさんでは違うみたい。別に図書の魔王メメリアに迷惑をかけるつもりは無いんだけれども」
[入る時点で迷惑だろうに。まぁ、それはいいとして。――――さっきからちょっと気になってたんだけど、君は彼女のことを〔図書の魔王メメリア〕と呼ぶよね? 正式名称で彼女を呼称するのはどんな理由からだい?]
「え、だって……メメリアちゃんなのか、メメリアさんなのか、それともメメリア様と呼べばいいのか……まだ会ってもないのに、なんとなくのイメージで相手の印象を決めつけるのは危ないかなぁ、って」
わたしがそんな事を言うと、ロキアスさんはとっても瞳を大きく見開いた。
[――――素晴らしい。実際その通りだ。サラクルがいつか言っていた『可愛らしいお方』なんてイメージを引きずっていたら、確かに君は危ない目に遭う可能性が高いだろうね]
「……やっぱり危ないんだぁ。…………杞憂であって欲しかったけど」
[いや、それは本当に素晴らしい危機感なんだよ。それは君が実感で得た楽園の攻略法の一つだ。その感覚は大事にしたまえ。……話しがそれてしまったが、うん、実に良いことだ]
ロキアスさんは「こほん」と意識的に咳払いをしてみせて話しを改めた。
[……さて、前提のおさらいだ。僕と君の共通の目的として『自己領域の拡大』がある。そして僕の願望は『メメリアの観察』だ。そして君の願望は、なんだったかな?]
「願望? 願望……え。わたしには特に願望なんて無いんだけど。出来たら仲良くしたいなぁ、ぐらいしか」
[うーん……まぁ、サラッとしか話してないから、覚えてないのも仕方が無いか……じゃあもう一度教えてあげよう。君がメメリアの楽園で獲得すべきなのは《珍しいレシピ本》だ]
そこまで言われてようやく思い出した。
そうだった。伝説のコック・暴食の魔王ヴァウエッドさんのお土産に必要なんだっけ。
それが有ると無いでは、ヴァウエッドさんと仲良くなるスピードに大きな差がある。ついでに攻略難易度にもかかわる、らしい。
「だとしたら初手で図書館を炎上させるのは最悪なのでは?」
[その通りだね]
「……なんの会話なのよコレ」
[君は危機感こそ得たが、肝心の理解度が足りていない。だからその補足説明だよ]
「どういうこと?」
[戦闘系の魔王の楽園に入るのだから、『最も生存確率の高い作戦』を用意しておく。それは当然の準備なんだよ]
「……あー」
[使う、使わないはさておき。例え最悪の作戦であろうとも、有ると無いでは絶大な差が生じる。心の余裕も違うしね。ご理解いただけたかな?]
「なるほど。そうか。……そうかだよねぇ。戦闘系の魔王……ただ危なそうって思うだけじゃ足りないかぁ」
[君が出会ったことのないタイプの魔王だ。ディアウルフ君は戦闘系として将来有望だが、どうせそんな印象持ったことないだろうし]
「確かにね」
正直に言うとわたしの中には(今までの月眼さん達もどうにかなったし、今回もギリギリなんとかなぁ~れ~)という感覚が少しだけあった。本当にほんの少しだけど。
だが指摘された通り。これは完全なる慢心だ。
「…………練習とかした方がいいかな?」
[というと?]
「セラクタルにいる戦闘系の魔王に、こんにちは~って」
[やめた方がいいね。確かに相手から戦闘をしかけられるだろうが、今の君にとっては子犬に襲われるのと同義だ。下手したらキック一発で終わる可能性すらある]
「わたしそこまで常軌を逸してないよ?」
ロキアスさんは「何言ってんだコイツ?」という怪訝な目でわたしを見つめ、ため息をつく。
[ただの魔王と戦闘したところで、今の君の自己領域は拡大しない。戦闘ではなく、百体以上を殺戮すれば多少は変化するかもしれないけど……どうせそんな提案をしても殺さないだろ?]
「しないね」
[だから練習なんて無意味なものは推奨しない。むしろ邪魔ですらある。君の無意識に『戦闘系って言ってもこんなものかぁ』なんて油断がすり込まれるだけだよ]
「むむむ……そう言われると説得力があるなぁ」
さっき慢心を自覚したばかりだし。ここはロキアスさんに従っておこう。
[説得力ついでに宣誓もしておこう。僕は、観察の魔王ロキアスは、決して『戦闘系の魔王と初対面するだって? ソレが月眼だったらもっと愉しいぞぉ!』なんてことは考えていない]
「嘘くさッ! ……と言いつつ、ロキアスさんがソレをわざわざ口にしたってことは、嘘じゃないんだろうね」
[もちろんだよ。文字通り命にかかわる事柄だしね。……説得力を足すためにあえてこうも言っておこう。――――その程度のエピソードじゃ、リスクを払う価値が無い]
それはとても真面目な表情だった。
嘘はつかないけど、言わない事が多いロキアスさんが吐露した真実の言葉だ。
「自分の愉しみのために練習を否定しているわけではない、と。……ん。了解」
わたしは素直にロキアスさんの言い分を受け止めて、それから命乞いみたいな質問をした。
「だとしたら――――最悪じゃ無い作戦とかもある、よね?」
そもそもわたしは図書の魔王メメリアの基礎データは知っていても、人となりは全然知らないのだ。
わたしが小首をかしげて問いかけると、ロキアスさんは満面の笑みを浮かべた。
[もちろんだとも。この僕がずっと試してみたかった秘策がある]
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
その秘策こそがスケッチブック作戦――――「文章で自己紹介」だ。
ただの文字列じゃだめ。読み物として成立する必要性がある。
冒頭の一行で相手の心を奪っておいて。
起承転結があるのは当たり前。
そして予想外のオチがあって。
読後感が良いもの。(逆に悪くてもいい。中途半端が一番ダメ)
そしてここが一番重要なのだが「続きが気になる」ものでないといけない。
ちゃんと短編として完結しておきながら、続きが気になる仕上がり。
そんなものがスラスラ書けたら苦労はしないんだけど、書かなきゃ死ぬんだから、書くしかない。
そこまでしてようやく、わたしは戦闘系の魔王と殺し合いを経ずに自己紹介が出来るというわけだ。
そんなこんなで、わたしは産まれて初めての執筆とやらに挑戦したのであった。
スケッチブックは全部で30ページ。
このスケッチブックを開くときに図書の魔王メメリアとは『距離がある』と想定して書く必要があったので、遠くからでも読めるように文字のサイズはかなり大きめに設定してある。(一ページで五行ぐらいしか書けなかったけど、頑張ってまとめた)
そんな諸々の、必須事項。
こんなにも高いハードルを越えるために必要な文章……物語ってなんだろう?
自己紹介のための読み物で、なおかつ文章なんて考えたことも無いわたしが書ける題材。
――――そんなもの、お父さんしかないでしょうが。
というか、お父さんのことだったら無限に書ける。
だから当然のようにお父さんを中心としたノンフィクション短編を書いた。ついでに言うならエンターテイメント性のためにちゃんと盛った。
だから当たり前のように筆がのって、実は精霊服の懐には二冊目のスケッチブックが入れてある。
ちなみに肝心の内容だが、ロキアスさん曰く[よく言えば読みやすい。悪く言えば文章が稚拙で、絵の無い絵本みたい]だそうだ。じゃあお前が書けと言いたくなった。
サラクルさんは「可愛らしい雰囲気が出ていて、すごく良いと思います」と褒めてくれた。わたしサラクルさんだ~い好き。
カミサマ達は〈文章の善し悪しの判断は困難だ〉とノーコメントの方が多かった。でもオメガさんは〈初めての文章にしては良いと思う。しかし、出来れば誤字と表記ブレだけ直させてくれ。……ついでに言うなら、誤読を避けるためにちょっとだけ校正をさせてくれると嬉しい〉と、すごく控えめな物言いをしながらブラッシュアップを手伝ってくれた。やっぱカミサマといえばオメガさんだよね。
一冊目、最後のページを無事にめくり終えたわたしは、スケッチブックの背表紙を図書の魔王メメリアに見せつけた。
《これで終わりです。でも、続きも書いてきました。読んでいただけますか?》
何気ない一文。
渾身のコミュニケーション。読み物ではなく、相手の反応をねだる行為。つまり命がけのターニングポイント。
これに対して図書の魔王メメリアは、ようやく口から音を発してくれた。
[はぁ…………]
死ぬほど面倒くさそうなため息だった。
というか顔にも「うざいなぁ」と書いてあるような気がする。
そしてほんの一瞬だけ、本当に一瞬だけ、視線を動かした。
自分がページを開いたまま持っている本と、
空間の中央に設置されている椅子と、
そして最後にわたしの顔。
『この本を読み終わるまで待て、って命令に見えるな』と脳内お父さんが結論を出してくれる。(お父さんの手紙を読んだ副次効果だ。反応速度と解像度が復活して、なおかつ若返っている)
その反射に従って、わたしは静かにうなずいて道を譲ってみせた。
さぁどうぞ。貴女様の玉座はあちらでございます。
わたしは大人しく待っております故、ご用がおありでしたらお声がけくださいませ。
……もちろんそんなことは口にせず、大げさな身振りも加えず、ノイズを最低限に抑えて一歩だけ下がっただけなんだけど。
だけど図書の魔王メメリアは椅子を目指した。視線はもう手元の本へ。真っ赤な靴は音も無く椅子にたどり着き、後はもうページをめくる音が聞こえるのみ。
こうしてわたしは、戦闘系の魔王と対峙しておきながら、戦闘を回避することに成功したのであった。
――――最高の結果なのでは?
最後まで読んでくれたし、排除もされていない。そう、ここが重要なのだ。排除されていない。
(つまり続きが気になってくれたってことだよね!)
わーいやったー!
なぁ~にが絵本みたいよ。分かる人には分かってもらえるんだから。
本を読むのが大好きな月眼に通用するだなんて。もしかしたら、わたしってば文章に才能あった? お料理は才能というか努力の結晶だけど、もしかしたらわたしも自分の才能を活かして「楽しいレシピ本」とか書いたら色んな人に喜んでもらえるのかもしれない。
材料と分量だけ書かれた硬派なレシピじゃなくて、紹介した料理にはどんな思い出があって、どんな時に食べると楽しいか、みたいなレシピ本。うん! いいかも! このアイディアだけで五冊は書けそう!
まずは「お父さんの得意料理」でしょ。
次は「お父さんが好きな料理」でしょ。
あとは「みんなで食べると素敵な料理」も外せない。
そして「お祝いのパーティーで出すと喜ばれる大皿料理集」も絶対書く。
最後に「悲しい時に作るご飯集」も。これは、きっと色んな人を少しだけ元気にしてくれるはずだ。
おお……。アイディアがすらすら出てくる……。
なんだろう、この……なぜかニヤニヤしてきちゃう感覚……。
なんか久しぶりに、純粋に楽しいかも……。
そうだ。本だ。
本は素晴らしいのだ。
わたしが会った事のない人にも、わたしの作った料理と想いを届けることが出来る!
それに本がいっぱいあれば、お父さんに「どれが食べたい?」って聞いた時に、いっぱい悩んでもらえるかもしれない! え~どれもこれも食べたいって? しょうがないなぁ~! 一生かけて作ってあげるよぉ~!
わたし覚醒。
わたしやる気マックス。
これは全然想定していなかった感情だけど。
脳内お父さんが笑顔で親指を立ててくれた気がした。
こうしてわたしは、すごく久しぶりに、やりたい事を見つけることが出来た。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
[……なんか全然関係のないことで自己領域が拡大してないか?]
〈Ω・してるなぁ〉 (強い呆れ)
〈α・……明確な数値の上昇を確認した〉 (強い呆れ)
[なんで? どういう理屈? どんな思考形態でそうなった? というか考えるだけで自己領域が拡大出来るってどんだけだよ。赤ん坊かよ]
〈D・……楽しそうで何よりだ〉 (思考放棄)
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
やがて、図書の魔王メメリアは本を読み終えた。
彼女は読むスピードがすごく速いけど、そこそこの時間は待たせてもらっている。
(よし、レシピ本のことは一端忘れよう。十二冊ぐらいのアイディアがわいたけど、そういうのは後だ)
わくわく。
だが図書の魔王メメリアはこちらに視線をやることもなく、即座に次の本を手に取った。
(……あれっ?)
ぺらり。ぺらり。ぺらり。
(わたしの書いたのは? 続きがあるよ?)
ぺらり。ぺらり。ぺらり。
すごく目をこらして何の本を読んでいるのか見ようとしたけど、どうやらわたしには読めない文字で書かれた本らしい。だけどたぶん、シリーズ物だ。さっきの本と似たような文字列が表紙に記載されている。
(くっ……シリーズ物なら……仕方ないか……)
見た限り、どうやらその本は上・下だ。つまり二冊だけだ。たぶん。
だって他の本の背表紙は一致する文字列がとても少ないから。
だとしたら……あの本を読み終えるまでは待つとするか。
なーに。余裕よゆう。
実は他にも、ユリファお母さんの料理集とか、地域別の郷土料理を紹介するレシピ本というテーマも思いついたのだ。寒い地域ではこんなものが食べられてますよ~だったり、逆に暑い地域での植物のことだったり。これにお父さんとの旅の思い出を添えるのだ。すごく楽しそう。あ! ティザリアとキトアが小さいころ好きだった料理集とかも面白そう! お子さんがいる家庭で使ってもらえるかも!
こうしてわたしは再び思考の海に潜ったのであった。
そして図書の魔王メメリアがパタンと本を閉じた。
それはきっと彼女のクセなのだろう。本を閉じる時は意図的に音を立てながら、両手でしっかりと閉じる。そしてその後に少しだけ目を閉じる。まるでワインの余韻を楽しむみたいに、残滓の輪郭を探すみたいに。
きっとあれは彼女にとって読了の儀式なんだろう。
(……さてシリーズ物は読み終えましたかお姫様? ではここでいよいよわたくしめのシリーズ二冊目を)
そんなわたしのソワソワとした感情をよそに、図書の魔王メメリアは三冊目に手を伸ばした。
(えっ)
必死で漏れ出しそうな声を殺した。
嘘でしょちょっと待ってよ。そんなのってないじゃん。わたしわたし。わたしが書いたヤツがあるでしょ。
だが視線は一切こちらに向かない。
ぺらり。ぺらり。ぺらり。
――――なぜかわたしは、だんだんと悔しくなってきた。
結局五冊読み終わるまで、彼女はわたしのことを一瞥もしなかった。
サイドテーブルに積まれた本は全部で十冊。
彼女の体格的に持ち運べるのは五冊前後。
そして周囲の整然さから、彼女は本を読み散らかすタイプじゃないことが分かる。読んだら、戻す。そんな行為が当たり前のはず。これは予想じゃなくてきちんとした推測だ。当然の帰結ともいう。
そんな規律正しいルーティーンがあるだろうに。
それをせずに本を直さなかった理由なんて一つしか思いつかない。そしてその予想通りに、彼女は当たり前のように、最初に置き去りにしていた本を、手に取ったのであった。
まさかの『読み直し』である。
全部シリーズ物だったというか、関連性のある小説だったのかもしれない。
だが読み直しだ。
もう既に読んでいるはずなのだ。
(わたしの新作には興味ございませんか!!)
あまりにも放置され続けたわたし。
害されてはいないが、相手にもされていない今の状況。
思考の海に潜り続けた結果、わたしの作家としてのプライドはいつの間にかブクブクと肥大化していた。色んなアイディアが出てくるし、脳内お父さんもすごく褒めてくれるし、わたしも楽しく夢想していた。お父さんの自伝(わたしが書くから自伝じゃないけど)の構想だってまとめた。
『未来の天才作家フェトラス爆誕』なんてフレーズを思いつくのも許してほしい。わたしはそれくらい浮かれ上がっていたのだ。――――戦闘系の月眼が、ちゃんとわたしの書いた物語を読んでくれたから。
だけど現実は。
わたしの新作は、既読の本に勝てないのだと。
図書の魔王メメリアは静謐な様子でそれを証明してみせたのであった。
――――ひ、ひどい。
一生懸命書いたのに。このスケッチブックにだって、本当は五倍ぐらいの文量を書きたかったのにみんなが(ロキアス&カミサマ七名)が「もう少し短い方が」っていうから死ぬほど頑張って削ったのに。サラクルさんだけが「長くてもいいんじゃないでしょうか」って言ってくれたことが唯一の救い。そうだよね。そうに決まってるんだ。だってお父さんの事を書くんだから世界で一番長い物語になるのは当たり前で。それをたった、たった60ページにまとめたわたしは天才のはずなのに。まぁもちろん60ページでお父さんの全てを表すのは不可能だから、わたしが無人島で過ごした一幕を描いたに過ぎないんだけど。
そんな事をブワッと思い描いたけど、わたしは大人しく歯を食いしばって耐えた。
我慢した。
あのお父さんのお話なんだから、絶対おもしろいはずなのに。この魔王は見る目がな………………いや……見る目はあるかもしれないけど…………でも………………頑張って書いたのに…………。
不意に『泣きたくなる』三歩手前の感情をわたしは抱いた。
まだ限界じゃない。まだ戦える。でも限界が見えてる。そんな感じの心境。
そんなわたしの存在をガン無視して。
ずっとずっと、戦闘系と謳われる図書の魔王メメリアは、とても静かに本を読み続けていたのであった。
最悪の状況ではないはずなのに、なぜだろう、ひどくわたしは悲しくなったのであった。
肥大化した自意識。
待ち続ける事への苛立ち。
音を立てる事が出来きず、思考しか重ねられない。
――――そして当然のようにそれらは煮詰まっていったのであった。