楽園に入るための準備
お父さんの手紙。
それは命を賭けてでも読まなければならない、私の生存理由の一つ。
しかし、しかしだ。
今は二通目を読んだばかり。
わたしの心は、ここ数十年間では最高に満たされている状態だ。
だからわたしはその「罠」を前にして、きちんと躊躇した。
「あなたさっき……今のわたしが読める手紙は無いって言ってたよね」
[そうだね。矛盾しているね]
にっっっこり。そんな胡散臭い笑みをロキアスはまき散らした。
[だけど考えてもみてほしい。僕はロイルから手紙を預かった。そしてただ預かるだけではなく、適切な保管もしていた。手紙は傷一つつかず、全く劣化せず。……しかもだ、ロイルには手紙を渡すタイミングまで指定されているんだよね。文面も知らないのに]
「う、うん」
[そこでフェトラスに質問だ。僕は完全なる善意で、そんな面倒を背負うようなタイプかな?]
「……手紙を読むわたしのリアクションが観察出来るじゃない」
[月眼の魔王を顎で使っておいて、その程度で済むのかな]
「あなたにとっては『ごほうび』でしょうよ」
[ノンノン。足りない。――――だって、ロイルの希望に従うということは、予想が出来てしまうって事とイコールだからね]
グッ、とわたしは否定の言葉を飲み込んだ。
[怒った君に相応しい手紙を渡せば君は笑うだろう。不安を抱えている時に相応しい手紙を渡せば安堵の表情を浮かべるだろう。幸せな時は、もっともっと幸せになれるだろう。――――そんなロイルの希望に従うよりも、僕は、僕が見たいものを観察する。それでこその観察の魔王。だからこその月眼だ]
ロキアスは邪悪な笑みを浮かべて、
[例えば、僕はいまここで全ての手紙を君に渡すことだって出来る。きっと君は幸せだろう。満たされるだろう。そして行き詰まる。一切の供給を断たれた君は、果たしてどんな色の絶望に包まれるんだろうね]
などという、とても恐ろしいことを口にした。
そう、わたしはそれが恐ろしいことだと、認識出来てしまったのだ。
確かに。
……確かに。
長らくお父さん欠乏症だったわたしは、久方ぶりに満たされた。
だけどそれは所詮一時しのぎだ。
永遠ではない。明確に限度がある。
なぜなら。手紙が100通あったら嬉しいけれど。
――――それが百万通用意されているとは、到底考えられないから。
手紙には限度がある。まるで生き物の寿命のように。
最後の手紙を読み終えた時、きっとわたしは、本当の限界を迎えるんだと思う。
ああ、まさしく寿命だ。良い子で待ってるという約束も果たせず、お父さんの願いも踏みにじり、多分わたしは全てを台無しにしてしまうだろう。
きっとわたしは、手紙が枯渇したことを嘆くより早く【源泉】という名の破滅に向かう。そんな確信がある。
手紙は読みたい。
だけど、最後の手紙を読むのは怖い。
だって最後の手紙を読んでしまったら、それ以降はどれだけ絶望しても救われないって事だから。まぁお父さんが帰ってきてくれたら全然問題ないんだけど。
例えるなら、これはきっとコース料理なのだ。
何が出てくるんだろう。どれぐらいの量が出てくるんだろう。何皿食べられるんだろう。
そういう情報が全くないコース料理。
逆に知りたくもない。
たとえば『手紙はあと五通で終わりだよ』なんて言われてしまったら、きっとわたしはすごく不安定になってしまう。
まるで人間が余命宣告をされるがごとく、狼狽え、嘆き、後悔するんだと思う。
そんな事を考えてしまったわたしは一瞬で恐怖に包まれてしまったけど、頑張って背筋を伸ばしつつロキアスを見つめた。
「……手紙を全部出せ、って言ったのは間違えだった。ごめんなさい。それは確かに、わたしがむさぼり散らかしていいものじゃない」
[そうだね。今の君に自制を要求するのは酷なことだと僕でも思うけどさ、全てを一気に食らうのは上品な行いではない]
「……うん」
[愛あるが故の月眼。そして君は……今の君には、愛が足りてない。はっきり言ってしまえば可哀相だとも思う。だけどね]
ここでロキアスは苦笑いを浮かべて、柔らかく言った。
[いくら飢えているからと言って、味わうヒマもないぐらいドカ食いするのは止めておきなさい。――――今の君にとって大事なのは、一口ずつ食べて余韻を楽しむことだ]
この上ない正論だ。とても優しい忠告だ。
「本当にそう。本当に……その通りだよ」
お父さんは願った。わたしが、世界の全てから愛されますように、と。
それはほとんどイコールで、わたしが世界を愛してくれますように、という祈りだ。
一方通行の愛は、きっと全てを歪ませてしまうから。
そして現状では、わたしは世界をあまり愛せていない。もちろん好きではあるんだけど、お父さんとは比べ物にならないのだ。
――――わたしがこんな風になってしまう事を危惧したお父さんが残してくれた、延命処置。本当は「ぷーくすくす」って笑っていてほしかっただろうに、わたしは笑えていない。
満たされたはずの心に、慣れ親しんだ絶望感が襲いかかる。
バラバラになってしまいそう。
だけど、それでも、ロキアスの言っていることは正しい。
味わうヒマもないぐらいドカ食いするのは、本当に下品だ。
「…………久しぶりに、ロキアスさんがまともな事を言ったような気がするよ」
[さん付けに戻してくれてどうもありがとう。しかしひどい認知バイアスだ。僕は観察に重きを置いているとはいえ、君には親切で、時には助言をし、心配もして、手紙だって適切に保管してきた。敵対行動を取ったことだってほとんど無いんだよ? あと嘘もつかない]
「言葉を重ねるたびに胡散臭さが増していく」
[本当にひどい認知バイアスだなぁ]
「そもそも! 今もそうやって手紙を見せつけてる行為の意味が分からないのよ!」
殺意がわく程ではないけど、普通にムカつく。
「ケンカ売ってるなら全力で買うから、遺言として手紙の保管場所を口にしなさい!」
そう言いきってみたが、ロキアスさんは至極真面目な顔をしてうなずいた。
[……ふむ。良い傾向だ。きちんと手紙に対する執着心がコントロール出来ているようでなにより]
「心配してくれてどうもありがとう!」
[さて。では会話が通じるようになったので、きちんと会話してみよう。なぜ僕がこのタイミングで三通目を提示したのか。そしてなぜメメリアの楽園への訪問を要請したのか。今の君なら分かるはずだ]
そりゃ、分かる。
分かるのだが。
やり方があまりにも外道ではないかと。
「…………ロキアスさんが三通目の手紙を提示したのは、それこそがあなたの報酬だから。三通目の手紙の役割は、わたしに言うことを聞かせるための取引材料」
[すごーい!! 大正解! やったねフェトラス。今の君はとても冷静で優秀だ!]
「さっき自分で言ってたじゃない……」
『そこでフェトラスに質問だ。僕は完全なる善意で、そんな面倒を背負うようなタイプかな?』
見えない。ぜんぜん見えない。
でもロキアスさんはお父さんの指示に従った。
きっとそれは善意ではなく、仕事として請け負ったのだ。
「まさか、わたしに言うことを聞かせるための切り札としてお父さんの手紙を使うなんて。――――やっぱりあなたってヒトには、心が無いんだね」
[とっても心外。この切り札は、ロイルが自分から提案してきたんだよ?]
「!?」
[このぐらいの報酬がないと、お前がめちゃくちゃするかもしれんからな、だってさ]
「お父さんもあなたがここまでするとは、他の月眼の楽園に行けだなんて言うとは流石に想定してなかったと思うよ!?」
[だってェ、君が他の楽園に行ってみたいとか言い出すからァ……そもそもの発端は全部君でェ……]
「う、ぐ……過去のわたしの好奇心が今のわたしを殺しにかかってる……」
[おや。まさか素直に認めるとは。……すごいなロイルの手紙。…………すごいな」
「あなたには絶対に読ませてあげません」
[………………]
「そんな真剣な顔しても読ませないよ!?」
[いやそこを何とか]
「無理むり無理! これはわたしだけの手紙だ!」
[取引をしよう。メメリアの情報の開示だけじゃなく、僕なりの攻略法を完全に教える]
「へいカミサマ! ここに詐欺師がいます! わたしが楽園に入る際に必要な情報を、自分の勝手な都合で制限しようとしています!」
〈α・ロキアス……流石にそれを交渉材料にはしないでくれ……手心を……〉
[むぅ。フェトラスってば冷静になりすぎ]
ロキアスさんは唇をとがらせつつ、両肩をすくめた。
[まぁ、しょうがないか。ここは君を尊重することにしよう。どうせ時間はあるんだ。別の取引を考えておくよ]
観察の魔王にしてはあまりにも素早い撤退だ。不気味すぎる。
でもやぶ蛇はごめんだ。わたしは曖昧に笑ってため息をついた。
手紙を読みたいのにお父さんは「ロキアスから手紙を奪うな」と言う。
そして、現実問題として、全ての手紙を奪ってしまったらきっとわたしはお父さんを待ち続けることが出来ない。源泉に突撃する覚悟は既に決まっている。
だけど。だけど。
源泉に行って全てを台無しにしてしまったら、セラクタルという星のシステムが破綻してしまったら。全てが破壊されて、元に戻らないのだとしたら。
お父さんは生まれ変わる場所を失ってしまうし、わたしはあの人に二度と会えない可能性がある。
そして何より。
お父さんが、再びお母さんと、ティザリアと、キトアに会えないことが確定してしまうんだ。
最悪、私がお父さんと二度と会えないのは、
しかた、ない。
だけどお父さんが家族と会えないのは、ありえない。許さない。認めない。そんな可能性は私の全てを賭してでも殺戮してみせる。
わたしの願いはたった一つ。
お父さんを、幸せにしたい。
お父さんの願いは、きっと、わたしの願いが増えることだったんだろうけど。
ごめんね。お父さんより大切なものは、まだ見つかってないんだ。
そんなことを改めて思いながら、わたしは三通目の手紙を読むために、覚悟を決めた。
「分かった。それじゃあ、図書の魔王メメリアについて教えて」
今度はどんな種類の地獄なんだろうかと少し怯えながら。
今度はどんな月眼なんだろうかと、ほんの少しだけワクワクしながら。
ロキアスさんはそういう諸々を読み取った上で、にっこりと嗤った。
[いいだろう。では早速解説を始めるとしよう。今回の楽園巡りだが、会話不能の月眼と会ってもらう事になる]
「会話不能。……なるほど。わかり合えそうにないね」
[そうだね。わかり合うという君の必殺技が通用しない相手だ。しかし、わかり合えなくても、君が一方的に理解することは可能だ]
「ん……ああ、なるほど。今回は自己紹介しないで攻略しろと」
[そうだね。そもそも自己紹介を聞いて貰える可能性が極めて低い。そんなヒマがあったら本を読ませろと彼女は考えるだろう]
「どうしろっていうのよ」
[どうもしない]
「……どういうこと?」
[そもそも、僕達は特別なナニカを求めているわけじゃないんだよ。今の月眼達がどんな風に過ごしているのかが知りたいってのと、君の自己領域を拡大させるのが主な目的だ]
「あー。そういえばそうだった」
[なのに君ときたら。予想外の収穫ばかり繰り返す。結婚の魔王エクイアとは友達になって、遊戯の魔王パーティルとは遊び友達になって、美醜の魔王ポーテンスフに至っては価値観をひっくり返した挙げ句に親友にまでなってる]
「べ、別に良いでしょそれは」
[ああ、良い事だとも。無事に帰ってくるだけでいいのに、今じゃ君は複数の楽園にフリーパスで入れる存在だ。はっきり言って異様だよ。妬ましいッ……!]
イヤな嫉妬だ。
[まぁそんな君だけど、そろそろわかり合えない月眼という存在にも触れて良い頃合いだ。先に言っておくけど、メメリアと友達になろうだなんて考えは捨てろ。アレを理解するということは、友達になることを諦めるということでもある]
「……むむむ」
「一年前の君だったら絶対に行かせないんだけど、君は既に複数の月眼と対話を重ねてきた。そしてその全てと、友好的な関係を築いてきた。それが僕との大きな違いで、誰にも達成出来ない偉業だ。だけど]
そこで一度言葉を切ったロキアスさんは、静かにこう言った。
[今までの月眼達と違い、他者を必要としない月眼も、明確にいるんだよ]
……それは、まぁ、確かに。
エクイアさんの楽園には他者が必要な構造だったけど、パーティル様も、ポーテンスフさんも他者を必要としていないかった。だから孤独な楽園が完成していた。
だけど、パーティル様は対戦相手を歓迎していて、ポーテンスフさんには本当は観客が必要だった。
対して、図書の魔王メメリアの楽園には他者が本当に必要ではない、と。
それはそうかもしれない。読書は集中して行いたいものだ。音楽ですら時には邪魔だったりする。感想を言い合うのは楽しいかもしれないけど、それは読書後の話しだ。
どちらにせよ、まだ直接会ってないから判断は出来ないけど。
一生懸命に語るロキアスさんを見てると、だんだんと「そうなのかも」とわたしは思い始めていた。
「まぁ、四代目以降の月眼とロキアスさんは多少なりとも触れあってきたわけだし、実感のレベルはロキアスさんの方が上か……」
[そういうことだね]
「そういえば、みんな他者……というか、ロキアスさんのこと苦手そうだったもんね。逆に仲良くなれそうな月眼はいないの?」
[うーん。僕はみんなと仲良くなれると思ってるんだけどなぁ]
よよよ、と嘆くロキアスさん。
(ああ……たぶん全員に嫌われてるんだろうなぁ……)
なんてことを思う。
だけど言葉にはせず、わたしはサラクルさんに話しをふった。
「サラクルさんはメメリアさんと、えっと、付き合いがあったんだよね。どんなお話しをしてたの?」
「会話のやりとり、という意味では非常に少ないですね。一番多かったやり取りは『この本はどこの本棚に収めますか?』というような、判断を仰ぐ形でしょうか。言葉で説明されることもあれば、指で示すだけという事もありました」
「なんてドライなやり取り……でも、お茶を出して喜んでもらえたこともあるんだよね?」
「非常にリスキーな行為だったと今は自覚しています。……当時の私は、気難しい彼女を管理する情熱に満ちていたので……」
「お茶を出すことがリスキーなんだ……」
「でも私がこの月眼の間にいるのは、彼女のために待機しているという意味合いが強いです。呼ばれたら普通に行きますよ」
「えっ! そうなんだ!」
「図書館が大きくなると呼ばれるんですが、空間が倍のサイズに拡張されるたびに読むべき本が増えるということなので、だんだんと呼ばれる回数も減っていっているように思えます。最後に呼ばれたのはフェトラス様が生まれるよりも前のことかと」
「そんなに放置されてんの!?」
わたしは驚きのあまり目を見開いた。
「えぇ……? 一緒に本を読むとかはしなかった感じ?」
「一時期はそういう事もしましたが、やっぱり私は管理の精霊ですから。本を読めば読むほど、メメリア様に干渉したくなってしまったんですよね。今読んでいる本は過激だから、口に治しに穏やかな本はどうですか? とか。もしくは正当続編があるのでこちらはどうですか、みたいな。そしてそういうのをメメリア様は嫌うのです。読みたい本は直感的に選ぶし、感想を言い合うことも望みません。彼女はただひたすらに本を読んでいたいだけなのです」
……サラクルさんも大概だな。次に読む本までも管理したがるなんて。
「私の衝動は、メメリア様にとって邪魔な物です。ですから彼女に嫌われないように、私はここで待機することを選びました。そしてヒマなので、次にいらっしゃった月眼の魔王への対応をお手伝いしたり、カミサマ達の情報整理……ええと、でふらぐ? のお手伝いをしたりしてますね」
「なるほど……でも、ヒマ……なんだよね? 基本的には。だったらメメリアさんの楽園にいても良さそうなものだけど……」
「ご用命の際はお呼びください、とお伝えしてますし。たまには呼んでもらえるので必要とはしてくれているんだと思いますよ」
「でも……」
「フェトラス様はお優しいですね。ですが、私と彼女はお友達ではないのですよ」
「……むぅ」
わたしはこっそり『メメリアさんに会ったら、サラクルさんのことを聞いてみよう』と思った。余計なお世話かな? そうかも。でもわたしサラクルさん好きだし。……まぁ会話出来ないってのなら、この願いは叶いそうにないんだけども。
それはそれとして。
「ねぇねぇ。サラクルさんは、もう管理することを愛していると言ってもいいんじゃないのかな?」
[どうだろうね。それは僕達が決めることじゃないよ]
「まぁそうなんだけど。でもずっとここにいるんじゃなくて、もっと……たとえばセラクタルに行けば他のお仕事とか見つけられるんじゃないかな?」
気になったわたしは天を仰ぎながらそう言ってみた。へいへいカミサマ。一緒にお話ししましょう。
〈Ω・フェトラスの言いたいことは分かるが、それはとても危険な行為だ。彼女をセラクタルで活動するために成立させるということは、受肉させねばならぬということだ。しかしその際に様々な記憶が失われることだろう。神理に該当する様々や、月眼に関する記憶は絶対に消える事になる〉
〈F・更に言うならば、受肉の際に殺戮の資質が埋め込まれる。その時点でサラクルはサラクルではなくなるだろう〉
「む。それは良くない」
〈D・……サラクルは、現状で何か望みはあるか?〉
「特にありませんよ?」
「本当ぉ?」
「ええ。はい。他に管理の精霊がいたとしても、この領域には決して至れないでしょう。余人では扱えないモノを管理している、という自負があります。それはとても喜ばしくて、誇らしいことなのです」
サラクルさんは本当に不満が無いようだった。
欲が無いというよりも、欲をコントロールしているような気がする。メメリアさんにお茶は出したけど、それ以上を望まないように自主的に待機している所とか特に。
……ああ、自分の感情を『管理』しているのか。
「流石だなぁ。……ちょっと思い付いたことがあるんだけど、聞いてくれる?」
「なんでしょう?」
「わたしが次にお父さんと会ったら、たぶん今度こそ楽園に入ると思うんだけどさ」
「はい」
「そこでの生活を、サラクルさんと一緒に管理してみたい」
「えっ」
サラクルさんは大きく、強く目を見開いて震えた。
「えと、あの、ええっと、どうしましょう」
「ダメかな?」
「ダメじゃないです! 望むところです! むしろお願いします! でっ、でも、でも。お二人の楽園なのに、そんな、私のような、あの、部外者が」
「ええええええ!?」
サラクルさんの物言いにわたしはすごくビックリした。
「わたし達、お友達じゃないの!?」
「友達!?」
「えっ……違うのぉ!?」
「恐れ多すぎます!」
断言したサラクルさんにわたしはすがりついた。
「そんな。ひどい。わたしサラクルさんのこと大好きなのに、お友達ですらなかったなんて。じゃあわたしはサラクルさんにとっていったいなんなの。兵器予備軍?」
「ち、違っ。そうじゃなくて」
セルフコントロールがばっちりなはずのサラクルさんはただ狼狽えていて。だけどそれでもわたしの両手を取ってくれた。
「お友達……そう呼ばれるほど特別な何かを、私はした覚えがなくて……」
「なんてこったぁ……残念……じゃあ、そう思ってもらえるようにもっと頑張るね……」
「ちが、違います。本当に違うのです。フェトラス様がいつも気を遣ってくださる事は本当に嬉しく思っていますし、私も貴女を好ましく、思っています。でも決して対等ではないのです……」
立場とか、力関係とか、対等さとか、役割とか。
色々と思うことはあったけど、わたしもそこそこ長生きさんだ。
なのでわたしは色んなことをスッとばして、上位者の面構えを浮かべた。
「じゃあ、十三代目の月眼として管理精霊サラクルさんに要請するね。わたしの楽園が出来たら、そこで一緒に楽しく過ごそう」
絶対に逃がさんぞ。
「関係性のラベルなんてどうでもいいの! 幸せにしてあげるから、黙ってわたしに付いてこーい! そんで出来たらわたしも幸せにしてね!」
「ツッ……はい! 仰せのままに!!」
ようやくサラクルさんが笑ってくれた。わたし達はキャッキャと抱きしめ合って、ふにゃふにゃと笑い続けた。
[さて。そろそろ現実逃避から帰ってきてもらってもいいだろうか]
「現実逃避とはなによ」
[いや現実逃避でしょ。良いものが観られたので、僕としては不満はないんだけどさ。メメリアの楽園に行かないと、このお手紙は渡せないんだよね]
「クッ……悪魔め……」
[大丈夫。会話不能ってことで君は少しビビってるかもしれないけど、逆に言えば会話で失敗することがない。危険な場所ではあるけど、ルールさえ守ればたぶん大丈夫だよ]
「たぶん、なんだ」
[さっきも言ったけど、昔の君なら絶対無理だった。でも今は、月眼という在り方に対する理解も深まってきただろう。絶対に理解出来ない素養がそれぞれにはある、と。だからそれを踏みにじらなければきっと大丈夫さ。たぶん]
「ふあんしかない」
[本当に無理なら僕も神様も許可なんて出さないさ。期待してるから、ロイルの手紙のためにも頑張って]
愉しそうに嗤うロキアスは、ずっとニコニコしていた。
ちくしょう。なんでこんなヒトに依頼したのお父さん。カミサマに頼んでくれれば良かったのに。というかサラクルさんに管理してもらえれば良かったのに!
まぁ、でも。
カミサマとサラクルさんが手紙をもっていたら、きっとわたしは、望まないことをしていたと思う。
認めたくは無いが、ロキアスさんが適任なのは間違い無い。最悪だ。
わたしは深いため息をはいて、ソファーに戻った。
「それじゃ、そのルールとやらを説明してください」
どうかお手柔らかに。
そう願いつつ、きっと無駄なので、その言葉は省いた。