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我が愛しき娘、魔王  作者: 雪峰
我が愛しき楽園の在り方
282/286

すっきりとした表情で



 久方ぶりの熟睡。

 すっきりとした目覚め。

 視界も思考もクリアで。

 だから。


 だからわたしは、気がついてしまった。


 二通目のお手紙の存在に。



 絶対ある。間違い無くある。

 ――――そんな確信。


 直感的に得た確信だから、もちろん確証は無い。


 だけど確信という名の『答え』から逆算と証明が可能だ。


 まず普通に、手紙は何通書いてもいいものだからだ。

 手紙は生涯に一通しかダメだなんてルールやマナーは、この世界には存在しない。


 わたしの精霊服レインに厳重保管されているお父さんからのお手紙。その字体はしっかりとしていて、お父さんが旅立つ前に書かれたものだと容易に推測出来る。眠る直前に書いたものではない。


 そして手紙の中のお父さんはこうも言っていた。


『ロキアスは手紙を渡すタイミングを絶対に間違えない』と。


 ――――タイミングを合わせるということはどういう事だろう?


 わたしが欲しい時に、いや、私に手紙が必要・・な時に、ロキアスはそれを差し出す。


 であるのならば、絶対に手紙の内容をロキアスは知っている。


 怒っている私に必要な手紙と。

 深い絶望に囚われている私に必要な手紙と。

 寂しさで世界を滅ぼそうとする私。


 等しく地獄だとしても、風景が異なるのだから治療に必要な手紙くすりも多様であるべきだ。


 汎用性の高い手紙なんてものをお父さんが書くとは思えない。

 だってその必要がない。書きたいだけ書けばいいんだから。

 色んなわたしを想像して、色んなわたしへのお手紙を書けば良い。書かなくちゃいけないんだよ。



 そもそもだ。


 そもそも、お父さんが与えてくれる愛は、お手紙一通で伝えられる量じゃない。



 だから、わたしの『手紙が複数ある』という確信は真実なのだ。






 目が覚めて、いきなり月眼状態で[手紙は他にもある]と呟いたわたし。その音にディアが再び「……うん?」と首をかしげる。


「手紙って、親父からの手紙?」


[そうだよ。大変、取りに行かなくちゃ]


 普通に返事をしたつもりだったけど、ディアの全身に緊張が走った。それを捨て置き、わたしは出口に向かって歩き始める。


[ごめんねディア。帰ってきたばっかりだけど、わたし行かなくちゃ]


「…………どこにさ」


[あなたには言えない――――あ、そうか]


 出口に向かっていた足を無理矢理止めて、力強く深呼吸をする。


[すぅぅぅぅぅ~~~はぁぁぁ~~~~~~~]


「…………」


[そういえばわたし、ディアに致命的なこと以外はちゃんと説明するって約束してたっけ]


「…………お、おう。そうだよ。もちろんだよ。説明してくれると嬉しいな」


[昨日はなんだかんだ、お酒飲んだあとすぐに寝ちゃったもんね]


「そうだよロクに説明してもらってないよ。だから、その、少し座って落ち着いてほしい」


[落ち着いてるよ?]


 嘘つけこんちくしょーめ、とディアが弱々しい表情だけでツッコミをいれてくる。だけど実際に彼がそれを口にすることはない。出来そうにない。困ってるし怯えてる。


 ……あれ。もしかしてわたし今、とんでもなく威圧してる? なんか出ちゃってる?


 わざとらしい深呼吸ではなく、静かに一息ついてみる。


[………………]

「………………」


「ごめんディア。お姉ちゃんちょっと大人げないモードになってた?」

「すごく」


 顔を青くしたディアがようやく正直に答えてくれる。


「ご、ごめん」


「ぶっちゃけ言うと、昨日の月眼状態の姉貴見てから……かなりすごく姉貴が怖い。もうマジで恐怖の対象。超怖ぇ。あした自分が死ぬことより姉貴の方が怖い」


 冗談めかした口調ではあるが、ディアの恐怖は本物だ。



 何故なら、さっきのわたしは[ロキアスを殺してでも全ての手紙を狩る]という殺戮意志に染まっていた。



「ごめんってばぁ~!」

「やめてください。触らないでください。怖いです」


「その態度と敬語やめてよ! 他人行儀さみしい!」


「いえいえそんな、他人だなんて。そもそも我々はヒトに非ず。殺戮の精霊にして魔王ではありませんか。アッ、そういえばフェトラス様はそれ以上の存在であらせられましたね」


「なにそのアッってやつ! どこで覚えたのそんなわざとらしさ!」

「あ~。俺の……と、友達のパクりだな」


「そっかぁ! お友達できて良かったね! 今度紹介してね!」

「絶対イヤだね! 俺のプライベートに踏み込んでくるな!」


「ディアの反抗期!」

「うるせぇ恐怖の大魔王が!」



 ふぅふぅとお互いに息をついて、我々は静かに着席した。



「ごめんなさい」

「……いや、いいよ。茶番するぐらい理性が戻って何よりだ」


「すごく清々しい気分だったんだけど、理性的じゃなかったように見えた?」


「全然。なんだろう、ちょっと適切な例えかどうか分からないけど……『財宝を守るドラゴンを殺しに行く戦士』みたいな顔してたような、『戦場で宿敵を見つけて、それ以外の何も見えなくなった狂戦士』っぽい歩き方してたような」


 顔つきと、歩き方。

 ダメだ。自覚は無かったけど容易に想像出来る。


 スッとディアの表情を見つめてみる。


 全体的にまだ幼い。人間換算……は個体差があるからちょっと明言しにくいけど、たぶん十歳ぐらい。


 赤い髪。精霊服のベースは茶色。だけど最近は藍色の状態も見かけたりする。けっこうガラっと雰囲気が変わるけど、その変化が何由来なのかは知らない。


 魔王の双角は基本的には細長い印象。隠すことを強制的に訓練させたら、予想よりも早めに習得した。

 魔力行使の際には、伸びるんじゃなくてまず太くなる。それを絞り上げて細くなり、また太くなっては圧縮していくスタイル。


 ちなみにわたしの場合は、らせん状に圧縮されるらしい。直接見たことはないけど。


 ディアの顔つきの特徴として、結構目元が鋭い印象がある。

 刺々しいような。意志が強そうな。

 幼い顔つきのわりにそこだけ大人っぽいのだ。


 なので、街中で歩いてたりしても「まぁ、なんてカワイイ子なの」とマダムにウワサされることもない。顔立ちはいいけど、ちょっと圧があるのだ。


 中にはそのギャップが目にとまって「わぁ」と見つめてくる人間もいるけど、魔王特有の生理的嫌悪によってすぐに目をそらされる。


「な、なんだよ」


 じっと見つめているとディアが少しイヤそうに眉をひそめた。


 ああ、そういえば声は子供っぽくないな。全然キャピキャピしてない。腹から声を出せばドスの効いた声もいけそうだ。


「これは本当に嫌味とか、からかうつもりも無いんだけど」

「……ああ」


「ディア、一年前に比べると結構成長したよね」

「……身長はあんまり伸びてないぞ」


「いや、細かい部分でね。そういえばロキアスが……あー、とある月眼さんが言ってたよ。ある一定のラインを超えたら、普通にスクスクと成長するはずだって」


 そんな未来を語ってみると、ディアは背筋を伸ばした。


「とある、月眼」


「――――ああ、そうか、そうだよね。そこからだよね」



 お父さんに会いたいけれど。

 お父さんの手紙を奪い返しに行かないといけないけれど。


 いまは、ちゃんと大事なことがあるよね。


 わたしはレインの上からそっとお父さんの手紙をなでて、にっこりと笑った。


「それじゃあ、話せるところだけ話すよ」





 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 わたしが説明出来たのは以下。



 問い・月眼とはそもそも何か。

 解答・月眼は魔王の進化形みたいなもの。

 付け加えるなら銀眼も複数いるのだから、月眼が複数いてもおかしくはないよね。



 問い・伝説の大魔王クラスがいっぱいいたら、世界が滅ぶんじゃないの?

 解答・月眼は殺戮者ではない。この世界が滅んでないからそれは自明。



 問い・俺もいつか成れる?

 解答・普通になれると思う。人間とも戦争してないし、生きていればいつか成れるよ。



 問い・親父は本当に生まれ変われるのか? 

 解答・生まれ変わりは本当にある概念だよ。お父さんの場合遅すぎるけど。



 問い・姉貴が長期間帰ってこない時って、どこにいるの?

 解答・それは言えないんだよね。



 問い・親父より大切なモノは見つかりそうにない?




 それは、答えに困る質問だった。


 お父さんより大切なもの? そんなもの在って良いのだろうか?


 例えばわたしが別のヒトを愛したとして。そうしたら、お父さんをないがしろにする事が、わたしに出来てしまうのだろうか?


 ……無理では? どう考えても。


 同じぐらい大切なもの、ならいくつか出せる。


 お母さん。ティザリア。キトア。わたしの大切な家族。満ちて欠けてまた満ちる、見え方は変わるけど、変わらずに在るもの。


 だけどそれはお父さんと同列というよりは、お父さんとセットの考え方だ。


 間違い無く彼らも愛おしい。何よりも大切な存在だ。だけど優劣はつけられない。満ちては欠ける感情はときどき順番を付けたり、狂わせたり、入れ替えていくものだから。


 お父さんよりもお母さんを優先する時も、結構あったぐらいだ。


 だからこそ、そんな彼らよりも何かを愛するわたしを、私は想像出来ない。したくもない・・・・・・


 お父さんがいなければ、わたしは誰にも出会えなかった。

 ただ殺すだけだった。




 サーチ魔法。【全域透過】【刻印示返】


 世界を空っぽにして、刻んだ印を探すための魔法。


 これの対象になっているのはお父さんと、お母さんと、ティザリアと、キトア。わたしの最初の家族。


 ――――実は、キトアの生まれ変わりと再会したことがある。


 反応があって、嬉しくなって探しに行って、結局は怖がらせて・・・・・しまった。


 少し苦い思い出だが、いい教訓にもなった。なんだかんだで仲直り出来たし。


 ……いきなり月眼の魔王が目の前に現れたらどうなるかだなんて、ムール火山でお父さんに怒られた時に知っていたはずなのに。お母さん、ザークレーさん、カルンさん。私を知っている皆でさえ腰を抜かしていた。


 ティザリアが産まれる時のお産婆さんに至っては「心臓が爆発するかと思った」と言われたっけ。事前に色々と情報共有していたにもかかわらず、だ。



 こんなわたしと、こんな世界。


 ここでわたしがお父さん以上に何かを愛することは、出来そうにない。


 ついでに本音を言えばしたくない。





 そんなことを、話せる範囲でつらつらと口にすると、ディアは少し黙った。


「重すぎる…………そこまでナニカが大切だと思えるものなのか……?」


 小さな呟き。大きな気付き。


 いつかディアの心にも、花が咲き誇りますように。




 そんな感じで、わたしは色んな説明をした。


 踏み込んだことや、くだらないこと、色んなことをお話しした。


 二通目の手紙を求めて身体が駆け出しそうになっても、一通目をなでると心がスンと落ち着きを取り戻す。その代わり別のメーター・・・・・・が溜まっていく実感もあるにはあるのだけど、そこはまぁいいや。まだ容量あるし。


 だからディアと、本当に色んな話しをした。



 具体的に話せなかったことと言えば、例えば月眼が兵器である事とか、神様が複数いるって事とか、そういう神理関連。要するに【源泉】にまつわる話し。


 聖遺物の話しはあんまりしなかったかな。特に興味が無いみたい。


 ディアの天敵……うーん……あり得るのかな……災害の天敵……大きな概念で言うと『平穏』なんだけど、ちょっと意味が広すぎる。


 ディアの場合は溜め込んだ力が爆発する前に対処するのが一番手っ取り早い。


 ソレで言うならば、事前察知の能力持ちか、あるいは超遠距離攻撃が妥当な気がする。

 あ、怖い。いきなり狙撃されるディアを想像してしまったわたしは、愛を持ってディアを見つめた。


[ディア。ちょっと動かないでね]

「ツッ」


 月眼と、錬られる魔力。ミチッ、と音を立てて伸びながら圧縮される双角。


 ディアは恐怖に耐え、目をギュッと閉じながらもジッとしていた。


 呪文構成を編む。絶対的防御を長期間保存することは不可能だ。なので効果を限定的にする。矢避けの加護。知覚外からの攻撃を、たった一度だけ無効にする式。


[ 【虹至】 」


 沈黙の悪意を一度だけ虹にそらすための、魔法。


「…………なに、今の」

[……正直に言うと自分でも組めると思わなかった魔法]


「怖いこわい。だから、なんなの。何の魔法なの」

[お姉ちゃんの保護魔法だよ。ディアの場合、超遠距離型の聖遺物が天敵になり得るかもしれないから」


「超、遠距離……? なんだその発想……」


[普通に生活してて、いきなり頭上から虹が降りてきたら攻撃されてるから全力で逃げてね]


「お、おう……分かった……過保護魔法……何も分からないけど、とりあえず、ありがとう」


[どういたしまして]


 ニッコリと微笑んで、ついでに考えてみる。



 わたしの天敵って、存在するのかなぁ。



 ――――ま、いいや! どうせもう超越してるし、そもそも敵対する理由が無いや!


 っていうかそもそも、聖遺物は月眼を討てない仕様だったっけ。

 考えるだけ無駄だなぁ。


 それでも無理矢理考えるなら、えーと、光を絶つとか、闇とか……空……あっ。


 こうしてわたしは、断空剣さんが自分の天敵であった可能性に思い至ったのであった。


 まぁ、パーティル様の解像度で考えたらアレは全ての魔王を殺せる聖遺物なんだけど。






 とりあえず、そんな感じでディアへの説明を終えたわたしは立ち上がった。


「それじゃあ、ちょっとお手紙を取り返しに行ってくるね」


「……危なくないの?」


「うーーーーん。どう考えても素直に渡してはくれないだろうけど、すごく頑張る」


「すごく、頑張るんだ」


「わたしの生きがいなんだよ」


「……そっか。まぁ、ここ最近の姉貴と比べるとめちゃくちゃ良い表情してるよ」


「え~ほんとう~? かわいい? わたし可愛く笑えてる?」


「うん」


 なんとも素直なお返事に、わたしは嬉しくなってディアを抱きしめた。


「……ちょっとお出かけしてくるから、お留守番しておいてね」

「わかった」


「お友達と仲良くしてね」

「ノーコメント」


「ありがとうねディア。大好きだよ」

「…………」


 伝わる言葉で、伝えてみる。

 そうするとディアは軽くわたしを抱きしめ返して、身体を離した。


「いってらっしゃい」

「うん! いってきます!」



 待ってろよロキアステメェこの野郎。わたしがどれだけ長く苦しんで寂しくて発狂寸前だったと思ってんだ。発狂するまで手紙を出さないつもりだって言うのなら今からお前の目の前で発狂してやるから覚悟しておけよテメェこの野郎。


 とは思いつつ。


 目が覚めた時とは違い、爽やかなテンションでわたしは出口に足を向けたのであった。




 こんなに早く月眼の間に行くつもりなんて、全然無かったのに。






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― 新着の感想 ―
更新ありがとうございます。 二人のじゃれあいいいな すごい仲いい感じ 恐怖の大魔王は友達に紹介できないよね(そもそも弟的にはわざわざ姉を紹介するのは恥ずかしいよね 月眼の愛って存在意義をねじ伏せられる…
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