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我が愛しき娘、魔王  作者: 雪峰
我が愛しき楽園の在り方
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悟りを開いて



 ロイル VS 災害の魔王ディアウルフ。



 これをディアの視点で解説すると、


 ディア VS ロイル ~始めて食ったのは十三代目の月眼で、発生からわずか一日足らずで銀眼に至った超最強の魔王だけど俺に勝てるヤツってこの世にいる?~


 なんだろうな。たぶん。

 ディアに銀眼化した記憶が残ってるかどうかはかなり怪しいけど、まぁそれは別にどうでもいい。


 悪いなディア。

 お前が災害の魔王だろうが、銀眼だろうが、いっそ月眼でも関係ないんだ。



 なぜなら俺はカウトリアに世界で一番愛されていて、フェトラスを世界で一番愛していて、それと同じぐらいユリファとティザリアとキトアを愛していて、それらを裏切るぐらいならお前を殺す覚悟・・・・がある。



 ディア。


 本当に悪いな。


 こちとら、魔王なら殺し慣れてるんだ。


 それが選択肢として容易に浮かび上がる程度には。




 そんな静かな殺気を強烈に込めながら、俺はゆっくりとカウトリアを構えた。


 途端にディアの顔が呆ける。現実逃避のツラをしながら『あ、ころされる』という文字列だけを頭に浮かべているような。


 ……すごく可哀相になって殺気がブレそうになる。


 いやまぁ殺すつもりは全然無いんだが。すげぇ手加減するつもりなんだが。



 それでもこれは殺し合いと銘打っての対峙だ。



 呼吸を一つ。それだけの時間で覚悟を塗り替える。


「おいディア。呆けてたらお前死ぬぞ」


「……ええっとぉ。あの……本当に? これ本当なの?」


「お前が無抵抗を貫くのなら、残念ながら生きる意志無しと見なして殺す」


「あー」


「死にたくなきゃ、俺を殺すつもりで来い」


 そんな俺の言葉を耳にして、プルプルと震えだしたディア。本当ならフェトラスに視線の一つでも送りたい所なのだろう。助けを求めるか、あるいは俺への攻撃許可を得るために。


 だけどそれは叶わない。俺から視線なんて外そうものなら、真剣に当て・・にいくつもりだし、それを言外に告げているからだ。


 …………。


(((プルプルプル)))


 …………流石に助け船を出すか。このままだとこいつ気絶しちまうかもしれない。


「フェトラス。ディアが何をしてもお前は動くなよ」


「……ふぅん? そういうこと言っちゃうんだ。もちろん約束してあげないけど」


「なんだぁ? 俺がこいつに負けるとでも?」


「勝敗は関係無いかな。だってこれ、殺し合い・・・・なんでしょう?」


 ほう、と思わず言葉が漏れそうになった。


 ことさら強調された殺し合いというフレーズ。


 それが意味するのは。


「……まぁいいや。ねぇディア」


「は、はい」


「無理だと思うけど、頑張ってね」


「な、なにをがんばればいいんでしょうか」


「本当にお父さんが死にそうになったらわたしが介入するから、全力だしてみて」


「………………」


「ちなみにだけど、これは殺し合いだからね? 勝つとか負けるとかじゃなくて、どっちかが死ぬって話し」


「!?」


 ディアの身体が硬直した。たぶん脳内もフリーズしてる。


「えと、それは、ええと、つまり……?」


「つまりどういうことだと思う?」


「…………手加減されながら、ころされる……?」


「なぶり殺されるみたいな言い方やめろよ」


「でも、どう考えてもそうとしか」


「…………まぁいいや。はい、開始」


 そう宣言して俺はゆっくりとディアに向かって歩き出した。もちろん走ったりしない。手加減せにゃならんからな。


 俺の動きを見たディアはガチガチだった身体を後方に踊らせて、体勢を低く構えた。


「あのあのあの! 本気なんですよね!?」


「もちろん」


「……本気で、いいんですよね!?」


「フェトラス。もう一回だけ言っておく。お前は手を出すな」


 視界の端で、フェトラスが返事をせずに肩をすくめたのが見えた。


 そして相対するディアは、殺戮の精霊/災害の魔王ディアウルフは、その幼い双角をゴリュッと伸ばした。





◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




(分からない。何も分からない。殺し合い? 僕とロイルが? なんで?)


 確かにさっきの会話は不穏だった。僕が殺戮を我慢しているだとか、近いうちに歪むだとか、七倍だのなんだの。


 それがなんでこうなる? どうして僕は聖遺物を突きつけられている?


 今までのカウトリアとは明らかに気配が違う。自分が武器なのだという当然の主張がなされている。


 そしてそれを構えるロイルもそうだ。今までにないくらい真剣に僕を見つめている。


『ロイルに殺される』という受動的な恐怖ではなく。

『お前を殺す』という能動的な恐怖がここにはある。


(ああ、ロイルが今まで示していた『優しいフリ』という態度は、心遣いからくる距離感だったんだ……こんなに苛烈な本性を抱いてるなんて、誰が想像できる?)


 そんな感想も浮かぶけど。


 それよりも何よりも。


 実はフェトラス様もロイルもカウトリアも関係なくて。



(どうせ殺されるなら)



 そんな簡単な言葉を鍵にして、僕は自分の心にしていた蓋(E1,stc,C1)を開けた。



 殺す。


 ああ、もう面倒だ。疲れた。殺そう。


 どうせ殺されるんだ。だから殺そう。


 殺す。


 目の前の人間を殺す。聖遺物を殺す。魔王も殺す。順番なんて関係無い。この辺一帯を全て殺す。星ごと殺す。殺す。燃やす。砕く。潰す。千切る。折りたたむ。どうせ殺されるのだから、全てを殺す。


 そのためにこの世の理と、僕の理を統べる。命を消すために産まれた僕は、命を消さなければならない。だから殺す。全てを、統べて、殺す。そのための方法と意志はこの魂に混ぜ込んであって、すべからく殺す。


 手加減してやるだって? 多いに結構。そのまま僕に殺されろ。


 ――ここは山。季節は冬。

 ――――ここは山の中腹。足元の雪が邪魔で素早くは動けない。

 ――――――崩れた山に潰されて死ねッ!


「……『惨界】ツッ!」


 呪文を高らかに叫ぶ。


 しかし。


 何も殺せなかった。


「……あー、ディア? まだ生後一歳の君には、今の魔法はちょっと難易度が高かったんじゃないのかな?」


 まるで歯を食いしばるかのような……笑いをこらえるような表情で、ロイルがそんな事を言う。


「うるせぇ! 黙って死ね! 殺されろ!」


 そう叫び返しながら、心のどこかで『確かに高難易度だった』なんて納得をしてしまう。


 だったら、もっと手軽に。必要最低限で。


「……『弾岩】ッ!」


「………………」


 あれれ。おかしいな。ロイルの背後にある岩(ロイルの背より高いぐらい)をぶつけるつもりだったのに、世界は微動だにしない。


「……正直、今のは来るかなと思ったんだが。どうしたディア。体調でも悪いのか?」


「あああああ!!! 殺す、殺すッ! ぶち殺してやる!」


 眼球が熱くなるような錯覚。脳が煮えたぎる感覚。血が沸騰している実感。


 ――――不発なのに、遠慮無く魔力だけは失われていく危機感。


 殺す(だめだ)殺す(ちょっと落ち着こう)殺す(冷静になろう)


「……【氷牙】!」


 通った、という実感が生まれた。適切な魔力が世界を動かす。


 ロイルの足元にある雪に干渉して、足元から噛み殺す魔法。


 殺す(やったぁ!)殺す(できた! 魔法できた!)殺す(この調子でがんばろう!)



 なんて浮かれたのは五秒だけ。


 最初の一秒でロイルは横方向に大きく飛んでいた。


 誰もいない空間を、雪で作られた牙がガブリ。



「ディア」


「……」


「やる気無いんか?」


「お望み通り殺してやんよぉぉぉ!!」


 殺す(マジで殺す)殺す(絶対に殺す)殺す(殺す)


 一度殺すだけじゃ足りない。十回殺しても全然だ。


 全てを殺してやる。





◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 災害の魔王ディアウルフは、存分にその殺戮の資質に酔っていた。


 あんなにオドオドした子だったのに、今じゃ飢えた獣のようにこちらを狙っている。


 殺すと、その言葉で頭がいっぱいになっている様子だ。


 だけど……ううぅん……困ったな……どうしたもんかな……。


【凍牙】 → ひらりと避ける

【倒樹】 → 木が倒れ込んできたけど避ける

【樹裂】 → 木が爆発したように散ったけど、木片なんざ当たっても痛くない。

『惨界】 → お前それ初手で失敗した魔法じゃねーか。

【流石】 →


 最後の魔法だけは、危なかった。


 なんと、小石を飛ばしてくるのだ。


 ……そう表現するとしょうもないが、これは本気で危険な魔法だった。


 その辺の小石が流れ星みたいな速度で飛んでくるのだ。当たったら普通に身体を貫通するだろう。


 鎧でも着込んでいれば話しは別だろうが、生身の部分にあたるとかなり不味い。


 なのでスルリと、カウトリアで飛んでくる小石を両断した。


 俺とカウトリアにとっては児戯に等しいのだが、ディアはそれを見て目を丸くしていた。


「………………」


「どうしたディア。疲れてきたか?」


「…………どうやったらお前を殺せる?」


「うーん。百年ぐらい待つとか」


「……そっか」


 見ればディアの双角はかなり縮んできている。魔力切れも近いのかもしれない。


 フェトラスが一歳の頃と比較すると、あまりにも弱い。マジザコ。殺意は強いけど、それだけだ。


 そもそもコイツ、魔法の使い方が下手くそっていうか……戦い方を知らなさすぎるんだよなぁ。


 魔王の資質として殺し方は知ってるっぽいけど。


 ……でもよく考えたら、ディアが何かと戦うのってこれが初めてなんだよなぁ。



「おいディア」


「は、はい」


 殺意の解放にも疲れてきたのか、応答も素直なものに戻りつつある。


「次の魔法が最後だ。お前がそれを唱えたら、こっちから斬りに行く」


「あ……」


 そういえば、ロイルは一回も攻撃してきてないや。


 そんな単純な事実に気がついたディアの表情が青ざめていった。


「止めたきゃ俺を殺してみろ」


「……う、うう…………うううう!」


「出来るだろ? なにせお前は、災害の魔王・・・・・なんだから」


 ディアの身体は雷が落ちたように跳ねた。


 それは『気付き』だった。


「そう、か。僕は災害の魔王……災害の魔王なんだ……」


 ブツブツと独り言を唱え始めたディアを尻目にフェトラスの様子をうかがう。


 彼女は少しだけ身を乗り出してこちらを見ていた。ほんの少しだけ緊張感がある表情で。




 確定事項として、フォースワードは飛んでこない。


 そりゃ無理な話しだ。子供じゃ強弓は引けない。それどころか持ち上げることすら難しい。


 そしてディアの戦闘能力では、小石を飛ばすことが最適解でもある。それだけでも十分に脅威的というか、だからこそ脅威的というか。


 だけどディアはもう小石を飛ばしてこない。


 何故なら彼は災害の魔王だから。ディザスター。その名を冠するのであれば、それこそ星を落とすぐらいがちょうどいい。




 小さな角は伸びない。

 けれど、密度を高めていった。溜め込んでいった・・・・・・・・


 ブツブツとした独り言。自問自答と、自己対話。


 そして最後に魔王の独自言語がひとつまみ。



「……―・―【響点】」



 呪文の意味が理解出来ない。

 その瞬間に俺はカウトリアをフル稼働させた。



 目の前の光景に変化は無い。


 だけど俺の『観察眼』が何かを捉える。


 呪文が対象としたのは背後。距離的にはかなり遠い。

 そして山の斜面を上った先の一点に変化が起きているようだ。


 見た方が早いと判断し、俺はディアから視線を引き剥がす。どうせヤツはもう何も出来ないだろうし。(小石が飛んで来たら頑張ろう)


 思ったよりも遠い位置。人間の目では絶対に見えないような小さな場所が、

小刻みに震えている・・・・・・・・・のが分かった。


「…………ああ、なるほど」


 呟くと同時に、ディアが膝から崩れ落ちる音。ハァハァと息を荒げて、顔を真白くしていた。


 フェトラスは何が起きたか分かっていないようだが、ナニカが起きていることは理解しているのだろう。油断のない立ち姿で佇んでいた。


「まぁとりあえず、時間的にも余裕があるみたいだし」


 ザクザクと足元の雪を踏み分けて、ディアに近づく。


「ようディア。最後の魔法も唱え終わったようだし、手早く行くぞ」


 カウトリアの切っ先を彼の額に突きつける。


「じゃあ死ね」




 恐怖でギュウときつく目を閉じていたディア。そのプルプルと震えるまぶたの上。俺は彼のデコにピンと指を当てて、勝負はついた。




「はい俺の勝ち。どうだ。本気で殺されると思ったか?」

「え、あ……え?」


「手加減するとは言ったが、まさか一撃入れるだけで終わるとは思わなかった」

「…………」


「なんだ? 不服か? どこからどう見ても俺の勝ちだろ」

「……はい」


「さぁて、こっからだ・・・・・。お前もとんでもないこと思い付くよな」


 俺がそう言ってニヤリと笑うと、ディアは苦笑いを浮かべた。


「……アレをどうにか出来るの?」


「どうにかするんだよ。だって死にたくねぇからな」


 俺はフェトラスを手招きしつつ、地面に膝をついていたディアを立たせる。


「フェトラス。ちょっと頼みがある」


「なーに」


「ディアと上空に避難しててくれ」


「じょうくう……お空に?」



「おう。このログハウス、吹き飛ぶぞ」






 何が起きるかを簡単に説明すると、フェトラスは思いっきりうなった。


「危ないからお父さんも一緒に避難しようよ」


「いやコレを俺がどうにかする事に意味があるんだろ。勝負はついたが、殺し合いだ。コレをお前任せにしちゃ格付けも出来ない」


 俺が両手を広げて肩をすくめると、ディアはため息をついた。


「……もういいです。よく分かりました。殺し合い、ね。勝負じゃないから降参も出来ないし、中途半端で終わらせることが出来ないモノ……だけど」


 ディアは両手で頭をかきむしった。


「ロイルはやる気が無くて。僕は実力が無くて。殺し合いなんて名ばかりで、そもそも成立していなかった」


「そういう事。こういうのって実感が必要で、口で説明しても無駄なんだよ」


「僕で遊ぶの楽しかったですか?」


「いやちゃんと命は賭けてたぞ。こっちの勝率99.9999%だと思ってたけど」


「まごう事なき遊びじゃないですか」


 情けない表情を浮かべたディアは片手をふって「もういいです」とつぶやいた。 


「よーく分かりました。……だから、わざわざ逃げるまでもない。フェトラスおねぇちゃんならアレを止めるのも簡単でしょう?」


「そりゃ、まぁ」


 なんてフェトラスが軽く言うから、俺は首を左右にふった。


「でもそれじゃダメなんだよ。ディア、お前には分かってもらわないといけない事がある」


「なんですか……」


「殺戮の精霊だからって、何でも簡単に殺せると思うなよって事をだ」


「…………」


「むり無理むり。一歳児が世界を滅ぼせるかっての。そもそもだ。俺が知ってる最高齢の魔王だと50年以上生きてるヤツがいたが、そいつでも世界なんてものは滅ぼせなかった」


「…………」


「お前にはまだ早い教育ではあるが、変に我慢されちゃ困るんだよ。だからお前には身体よりも先に、心を大人にしてもらうぞ」


 観察眼が『危険予兆』を知らせてくる。あまり時間がないようだ。


 だから俺は簡単にまとめることにした。



「殺戮の精霊は、殺戮が出来る。だけどな。本当に申し訳ないんだけど、殺戮なんて子供にも出来るんだよ」



「……は?」


「人間の子供はアリの行列を踏んでも悪夢を見ない」


「……」


「子供でも、スコップがあれば巣穴をひっくり返して、アリさん達を根絶やしにすることも出来るだろう」


「……」


「だけど大人はそんな事をしない。何故だか分かるか?」


「………………」


「答えは二つある。一つ目。アリさん達を根絶やしにしても疲れるだけで意味が無いから」


「…………」



「二つ目の答え。――――弱いものイジメって、クソダサくねぇ?」



「…………ちくしょう。この状況だと僕がアリさんじゃないか。お前、最悪の性格だな」

「え? お父さんに暴言吐いた? え? ディア?」

「ごめんなさいごめんなさい嘘です口がすべりました過剰な表現でした謝罪します撤回します」


『危険予測』が成立する。どうやら時間切れのようだ。


「というわけで、お前等は上空に退避。そこでお父さんのカッコイイ所を見てなさい」


「怪我しないよね?」

「してたまるか。黙って見てろ」

「はーい」


 ノンキな会話をしつつ、改めてカウトリアを抜刀。ここから先はかなり真剣にやる。





 ややあって、地響き。


 山の急所とでも言うべき岩肌の一部が、ディアの魔法によって小さく破損したのだ。


 小石程度の空間が破砕され、負荷がかかり、岩に亀裂が入り、やがて山は決壊する。


 山の静けさは『ドン』という一際大きな音と共に破られた。


 砕ける岩肌。滑り落ちる全て。ガンガンと大きな音を立てながら、クルクルと巨大な岩石がこちらに向かって加速して来る。雪をまとって予測不能な跳ね方をして、木々をなぎ倒し、まるで土石流のような落石祭りの始まりだ。



 小さなキッカケによる、大自然の崩壊。


 ああ、まさに災害だな。



 ここで俺は一つの後悔を胸に抱いた。


 色んな動物やモンスターを巻き込んでしまった。


 ……申し訳ない。戦うにしても、もう少しロケーションを考えるべきだった。


 本当にすまない。



 そんな気持ちを抱きつつ、カウトリアに一声をかける。


「悪い。ちょっと無理するわ。ごめんなカウトリア」










「アナタ、ホントウに、ニンゲン?」


 フェトラスに抱えられたまま空から降りてきたディアは、開口一番にそう言った。


「実は人間じゃないんだよな」と返してみるが彼は笑わずに納得を示した。


「やっぱり。どう考えてもバケモノ」


「ディア? それはもちろん褒め言葉だよね? ね?」


「もちろんだよフェトラスおねぇちゃん」


 ディアは力なくうなだれて、ようやく自分の足で立つ。


「まぁ正直に言うと八割以上はカウトリアのおかげなんだけどな」


 あとの二割は、観察眼と、俺の努力だ。


 そんな謙遜のような事実を告げるとディアの表情が分かりやすく歪んだ。


「聖遺物のおかげって言っても、あの速度で転がってくる岩に自分から飛び乗るのは、どう考えても異様だよ……」


「しかしアレに乗らなきゃ、次の槍みたいな木々の群れを回避出来なかったんだよ。……ついでに言うなら、実は岩とかより砂とか雪の濁流みたいな方が危ない。流れにハマったら抗えないからな」


「…………もういいです」


 ディアは深々とため息をついて、かつてログハウスがあった場所を眺めた。


 今は何もない。整地されていた地面も、すっかり土砂の下敷きだ。


「とんだ大災害だな」


「真正面から踏み越えて・・・・・おいて、なにを……」


 回避不能な岩とかは流石に斬ったぞ。踏んでないぞ。


 とは言わず。


 俺はにっこりと笑った。


「どうだろう。少しは俺達、わかり合えたと思うか?」


「ますます意味不明になったよ」


 そう答えるディアは、色々複雑そうではあったが、少なくともスッキリはしているように見えたのであった。







 こうして。


 ディアは殺戮の資質を凌駕する前に、殺戮が無益でダサい・・・・・・という、なんかアレな思想を植え付けられたのでした。



 本能しくみは変わらず。


 だけどロイルやフェトラスの圧倒的な実力差をもって、ディアの魂には「経験則」という筋が一本埋め込まれたのでした。持って生まれた本能ではなく、誰かに与えられたナニカでもなく、自分が見て、聞いて、動いて、得た知見。悟りの第一歩。


(フェトラス様は当然として、ロイルも殺すの無理くせぇなぁ)というような。


 ディアの心に埋め込まれたソレは、最初はか細い芯でしたが、やがて少しずつ大きくなり、太くなり、ついには柱になったのです。


 本能の中にある殺戮。それらを左右に押し分けて、心のど真ん中にしっかりと根付く柱。


 やがてそれは花を咲かせるだろうと、カミサマの一人は思ったのでした。




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― 新着の感想 ―
更新ありがとうございます ロイルは精神が化け物なんだよな(褒め言葉です本当に) 殺戮の精霊に無益でダサいって皮肉が凄くきいてる正直ニヤニヤが止まらない ディアからしたらストレスヤバいよな新手の拷問?っ…
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