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我が愛しき娘、魔王  作者: 雪峰
第一章 父と魔王
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27 「楽な道を選ばなかった男」



 俺は目に見えない魔力なんてものは関知出来ない。


 だが、ナニカが炸裂したことは分かった。


 フェトラスの全身から立ち昇っていたであろう魔力。螺旋の双角を通して増幅されまくった、魔王の全力。彼女を包んでいた闇が収束し、無色の衝撃波に変換される。


(全開。

 最後でも構わない。

 ありがとな。

 カウトリア)


 視覚制限。まず空を消した。

 次に、遠い景色を消した。

 森、林、浜の向こう。海。全てが真っ黒になる。


 耳から入ってくる音の制限。

 音がただの振動に変わって聞こえづらくなる。


 味覚なんざいらない。シャットアウト。


 その代わりに全身の触覚を増幅させる。

 空気の動きが肌で読み取れる。


 嗅覚もいらないな。カット。


 その代わりに制限されてない部分の感覚を向上させる。第六感なんてあやふやなモノに頼る余地なんて無いくらいに、必要なパラメータだけを徹底的に高める。


 頭の中でデタラメな信号が走ってる。まるで時が止まってしまったかのようだ。一瞬は、永遠だ。


 ああ、きっとこれで終わる。何かが終わる。



 でも俺はハッピーエンドが好きだ。



 対処法は分からない。


 何が出来るのかも分からない。


 それでも、この加速された思考で。永遠の一瞬の中で。俺は打開策を見つけなくてはならない。


 丸い砂浜。黒い背景。見据える者は、ただ一人。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 わたしは呪文を唱えきった。


 実は期待していた。英雄がわたしを止めてくれることを。


 発動すれば魔法は止まらない。彼が生きるためには、わたしを殺すしかない。それは当然のこと。正しいこと。だから彼はきっとそうする。生き物として、そうしないといけない。


――――でも、最後まで英雄はわたしに剣を向けなかった。


 そのおかげで執拗に呪文を完成させることが出来た。必要以上に、魔法の完成度と威力が上がってしまった。わたしの胸の前に集められた闇から、力があふれ出る。


 闇の波紋。わたしを中心としてポツンと広がる、広がった闇の輪。内部、足下も闇に染まる。


 わたしと彼を包囲する形で、闇の輪が檻を造りあげる。


 闇の床と、闇の壁。ここは死のうつわだ。


 そして全方位から立ち上る、色とりどりの竜巻。


 鮮烈な赤

 濃厚な青

 柔らかな緑

 ピュアな白

 透明な黒

 敵意の銀

 決意の月色。


 派手で綺麗な魔法だった。これならあの英雄も納得するはずだ。


「……っ………ッッ………ッ! ……くっ!!」


 英雄の眼球は信じがたい速度でキョロキョロと辺りを見回している。きっと彼の中で一秒は一時間のように感じられているんだろう。だけど無駄。逃げ道は無い。この闇の輪の中から抜け出せる者はいない。



 何者も逃がさない闇の檻。


 その中で踊り狂う七つの竜巻。


 ここは処刑場。


 全ての命を刈り取る屠殺の檻にして、全ての生き物に不条理の無慈悲だけを押しつける、殺戮の域。


 例えるならば、わたしの百倍大きな巨人がいたとしよう。だけどこの魔法に囚われたら、きっと五秒も生きていられない。


 今はこの英雄だけが対象だから、最低限の領域しか展開していない。けれどもし一万の軍勢がいたとしても、領域を拡大すればいいだけの話だ。その全てを殺すまで、この魔法は絶対に止まらない。



 真っ赤な竜巻がわたしに向かって走ってきた。だけどコレはわたしの魔法だ。わたしに効果は及ばない。赤い竜巻はわたしにそよ風すら感じさせず通過していった。


 まるで闇で作ったお皿のような領域。おかげで浜の砂が巻き起こらないし、持続時間も長くなった。――――英雄が攻めてこないから、こんなアレンジまで加えてしまえた。したくなかった、のに。


(もう【魔人】の時のように「攻略するのを見てみたい」なんてことは……言えないな)


 覆らない死。決定的な死。わたしが定めた、彼の寿命。


 黒と緑の竜巻がぶつかってディープグリーンの大きな竜巻になった。進行方向は英雄。


 彼は無言で竜巻に背を向けた。その方向には三つの竜巻が。当然、逃げ切れるものではない。


「――――――ツッ!!」

「――――――――ッ!?」


 気合いロイル驚嘆わたしの声が重なった。

 

 英雄は三つの竜巻に突進したのだ。


 巻き起こらない砂。驀進ばくしんする竜巻。彼には見えたのだろうか。あの連なる絶望の隙間が。


 青と白と銀。彼が飛び込んだのは青と白の間。同化したり離れたりするタイミングを計らって、彼はその一瞬に飛び込んだ。ヘッドダイブ。通過。その勢いのまま起きあがる。彼の背後で青と白の竜巻が重なり、淡い水色が生まれた。


「信じられない……」


 例えるならそれは、雨を避けるのに似ている。でも当たったら即死だ。そんな中で動けるなんて。


 そんな死地を、窮地を二度も脱した。


 どうやらあの英雄は凄腕らしい。


 もしわたしがカウトリアの力、つまり“一瞬永遠也”という思考速度を得ても、あんな動きは出来ないだろう。きっとオロオロすることしか出来ない。


 ディープグリーンの竜巻は黒と緑に別れて、再び輪の中を駆けだした。


 この竜巻とて遅いわけではない。十分に早いし、触れればすぐに取り込まれて終わる。


 ほら、もう次の竜巻が英雄に迫ってる。


 次は月色だよ―――さぁ、どうするの英雄さん?





(いかん。転びそうだ。これは死ぬ。うん、きっと死ぬ。ああ~もうダメだ~。とか考えてる場合じゃない。背後に五つ。前に一つ。左に一つ。闇色の輪に触れると反動で戻る。なんか昔、そういう格闘技的な興業を見たことあるな。どうでもいいわ。つーかこの竜巻、何気に自動追尾じゃねぇか。微妙に竜巻が俺に集まってきてるぞ。チクショウ、改良されてんじゃねぇか。元々どうしようもない魔法だったけど、更にどうしようもない。七本ってなんだ、七本って。前は五本だったじゃねぇか。銀色と月色は余計だ。多属性魔法? 昔魔女に習った魔法講座によると、多属性魔法は二種類が限界だ。それ以上となると魔法が複雑すぎて誰も唱えられない。あー。でもそういえばフェトラスの呪文って、すでに呪文じゃなかったな。【ブタの丸焼き】って叫んで生まれるのが【全てを粉砕する指向性を持った衝撃波】なんだから、もうそれは呪文じゃなくてただの不条理だ。もう魔王とか精霊とか、そういうレベルじゃない。――――赤は炎、青は氷、緑は毒、白は光の刃で、黒は重力場。銀と月は読み取れないが、くらったら即死だな。しかも今回は輪だけじゃなく足場も闇が敷かれている。まるでフライパンだ。おかげで砂が巻き起こらない。よけやすくなったけど、それは竜巻にしても同じだ。地面で削れない分、持続力が段違いだ。しかも竜巻のサイズが尋常じゃねぇ。勢いもハンパねぇ。終わりが見えねぇ。絶望的だ。完全に殺すための魔法だ。デッドラインの距離を読み取れ。なんだこれ。クソ。月色か。綺麗だな。足すなら何色がいいかな。どうでもいい。全部足したら何色になるのかな。それはちょっと気になる。見れるかな。どうすれば止められる。やはり魔力が切れるまでねばるか。自分で唱えた魔法は自分を傷つけない。【炎閃】とやらを唱えても手の平は焦げない。だから彼女がこの魔法に当たったところでダメージは無い。それは自分自身の力だからだ。これは竜巻には見えるが、実際には魔力の流動……俺が視認出来るほど現実世界に寄っているが、魔の領域だ。もし自分を魔法で殺そうと思うなら、最初からそういう設定の魔法を唱えないとダメなんだろうな。そしてこの魔法は、俺を殺すためだけに唱えられた。――――フェトラス、俺が死んだらどうするんだ。カルンももういない。生きていたとしても、アイツはお前には近づかない。近づけない。だって俺が同情するレベルだぞ。モンスターだってそうだ。もしお前が魔王になりきったら、お前は何をするんだ。誰がお前の側にいるんだ。それとも誰にも近寄らせず、ただデタラメに殺しまくるのか。それとも? わかんねーよ。まだガキのくせに自分の存在理由なんて問うんじゃねーよ。そんなこと考えるヒマがあったら食って遊んで寝ろ。やばい、そういえば転びそうだったっけ。そしたらきっと死ぬ。いや、どうせ死ぬんだけど、まだ死にたくない。よし、この勢いを利用しよう)




 英雄は体のバランスを崩した……ように見えた。だけど彼は持っていた剣を杖のように扱って、体を別の方向に流した。


 黒い輪に触れそうな距離。本当にギリギリのところで彼は月色の竜巻をかわした。そのまま彼はその勢いを殺さずに体を流し続けて、先ほど通り過ぎた水色の竜巻を正面に構えた。


「なっ」


 そしてあろうことか、そのまま水色の竜巻の方向へ駆けだしたのだ。確かに水色は前に進んでいる。それを追いかける形にはなるが……恐怖心は無いのだろうか。


「……あるわけない、か」


 あったとしても、そんなものは“一瞬”という永遠で処理されているのだろう。


 彼はあの水色の竜巻を何だと思っているのだろう。ふれたら、永遠に凍り付く竜巻。


 恐怖や躊躇い。そんなモノを即座に超越した英雄は、水色の竜巻を触れるか触れないかの距離で追い越し、さらに加速を続けた。その先には安全地帯が。


 もしも彼が同じ場所に留まっていたら、きっと逃げ場が無くなって死んでいた。そう考えるとあの水色の竜巻に突っ込んでいったのは勇気ある回避行動だったと言える。



 それ以降も、彼は驚くべき動きで竜巻を避け続けた。



 見事なのはタイミングの取り方だ。全ての動きが連なっているように思えるくらい、完璧なダンス。転ぶことさえ意図的のよう。


 カルンさんと戦って、わたしと戦って、【魔人】とも戦って、今はわたしの最強魔法と戦ってる。疲れないのだろうか。いや、疲れているに違いない。


 なのに彼は避け続けた。


 ひたすらに避け続けた。


 太陽の位置がずれるまで、何度も何度も英雄は避け続けた。




 ひたすらよける。走る。止まる。全身全霊で生き延びようとしている。


 彼は何度かわたしを見たが、その疲れ切った表情からは何の感情も読み取れなかった。喜怒哀楽どころか、愛憎も、殺意すら感じ取れない。


 そうして、わたしは一つの事に気がついた。


「…………遊んでる?」


 長時間に及んだ回避行動のおかげで顔面蒼白だ。息も荒い。表情は必死そのものだ。だけど、わたしには彼が遊んでいるように見えた。



 赤と青が混ざる。

 ピンクだ。即死を誘う、花のように可愛い色合い。


 青と銀が混ざる。

 輝くブルー。停止する零度。


 銀と黒が混ざる。

 鈍い灰色だ。停滞のグラビティ。


 月と銀が混ざる。

 光だ。消滅の閃光。


 遊んでる。あの英雄は、わざと竜巻を掛け合わせてその色を楽しんでいる。自動的に追いかける魔法特性を利用して、わざわざ危険な竜巻を作り出している。


 なんてふざけた、命がけの、遊び。


 二色の掛け合わせを全て終えた英雄。今度は三つの色が重なりはじめた。


 赤と青と緑が交わり、燃えさかる氷毒となる、


 月と緑と赤が交わり、輝く深紅になった。


 白と月と銀が混ざり、宝石のような色になった。


 どれもこれも、まるで悪夢。


 焼き凍らせ侵す竜巻。即死する毒を孕み肉体を焼却する竜巻。停滞する光の刃で肉体を切り裂き、そして死を届ける拷問の竜巻。


 その悪夢を避けながら、彼は踊っている。


「ああ……そうか……」


 彼は言っていた。派手で綺麗な魔法が好きだと。


 色を使った遊び。きっと彼はこの魔法を楽しんでいるんだ。


(―――でも、なぜ?)


 どうしてそんなことをするの?


 笑いながらだったらまだ納得出来る。でもいまの彼はとても辛そうな表情を浮かべている。


 遊んでるのに、楽しんでいるのに、辛そうだ。


 何が辛いのだろう。


 疲れ以外に何か理由がある。それは分かる。


 だけど、一体何が辛いのかが判らない。


 そうして彼は荒れ狂う七つの竜巻を誘導し、掛け合わせて、やがて全ての竜巻が一つになった。



 輪の中に超巨大な一本の竜巻。


 それは輪郭をもった透明な竜巻だった。


 ガラス瓶のように、空のように、キラキラとした透明。


 そうして、英雄は微笑んだ。


「なるほどね」


 彼はそう言って、すぐに辛い顔に戻った。


 束ねられた一本の竜巻は闇の輪が作り出すステージの大半を占めている。


 すぐに不安定化してバラバラに弾けたけど、彼はもう竜巻で遊ぶのを止めたようだ。


 わたしの前に月色の竜巻が迫ってくる。


 直撃すれば死ぬ。そんな竜巻。だけどわたしには通じない、これはわたしの魔法。わたし自身。


 彼はその竜巻の背後にまで迫り。


「あっ……」


 その握りしめた剣を、わたしに見せつけた。


 金色の竜巻が迫る。通り過ぎる。


 そうして、まるで「自分の命が惜しいから娘を殺す父」のように、彼はわたしに突進してきた。


(ああ、やっぱりわたしは嫌だったんだ)


 目の前で荒い息をつく彼を見て、わたしは結果を知った。


「はぁっ……はぁっ……はぁっ…………」


 目の前には彼がいる。


「………………」


 何も言えず、ただ微笑んでみた。


「………………」


 彼は何も言わず、ただひたすらに辛そうだった。



(殺されるのかなぁ)



 でもしょうがないか。殺すつもりで戦ったんだから、殺されたって文句は無い。


 全部注ぎ込んだせいで彼を迎撃するための魔力なんて残ってないし、拳を向けたところで勝てるはずもない。


 彼は(死にたくない、疲れた、飽きた、諦めた、殺したい)からこそ、わたしに剣を向けるんだ。


「…………!」


 彼が目の前にいるだけで、わたしは酷く動揺した。


 彼の背後には三つの竜巻がぼんやりと迫ってくる。


 もう時間は無い。


 この先は詰みだ。わたしが死んでも魔法は停まらないから、どうあがいても彼の死は確定したということになる。逃げ場はもうすぐ完全に無くなる。


 彼はわたししか見てない。


 もうすぐ終わる。


 そして英雄は剣を高く振り上げた。


 わたしは何も考えず、ギュウと眼を閉じた。……単にその光景が見たくなかっただけだ。



 わたしは彼を殺すつもりだ。


 殺すつもりだった、なんていう過去形ではない。今だって彼を殺す気でいる。そこにあるのは、ただの殺意。


 殺戮の精霊・魔王としての原始的欲求。


 わたしは彼を殺す。



 でも。



 それでも。





 わたしは


 わたしに剣を向ける


 お父さんを


 見たくなかった。




(ひどい傲慢ごうまんね)



 自嘲の笑みを浮かべる余裕は、無かった。







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