七倍の資質
災害の魔王ディアウルフが喋れるようになった瞬間から、俺の緊張感は常にクライマックス状態の維持を強いられるようになった。
以前なら災害の魔王と一緒に過ごしていてもカウトリアを腰からぶら下げるだけで事足りていたのだが、彼がディアウルフと呼ばれるようになった今では常に抜き身の状態だ。握りしめっぱなし。
理由を尋ねられると「普通に怖いから」と言うが。
本音は違う。
季節は冬。まだ春は感じられない。そんな日のこと。
「それじゃお出かけしてくるね~」
「おう。今日はどこまで?」
「すっごくチーズが食べたい気分。だからよく焼いたハンバーグに溶けたチーズをたっくさんかけるの!」
そら腹がふくれそうだな。
ニコニコとした笑顔を浮かべるフェトラスに俺達は手を振った。
「いてらっしゃい。気を付けてな」
「いってらっしゃい。おねえちゃん」
「うん! 二人とも仲良くね!」
そうして彼女は出て行く。魔法の音が聞こえて、辺りに静けさが漂う。
「……さて」
「……はい」
ディアが喋れるようになって一週間が経った。舌っ足らずの言葉は三日で明瞭になり、身体の大きさもなんと五割増しだ。今じゃ普通に立って歩けてる。
成長が早すぎるのはやっぱり不気味ではあるのだが……まぁそもそも一歳なのに赤ん坊サイズだったしな。帳尻が合っているといえば、まぁ、うん。
まだまだキッズサイズではあるのだが、こと魔王においては体格差はあまり重要じゃない。こいつらの暴力性は肉体言語ではなく呪文で紡がれる。
「ディア、今日は何をして遊ぶよ」
「……ほ、本でも読もうかと」
「なるほど。素晴らしい。読書って良いよな。知らないことを経験出来るみたいで」
「……そうですね」
ディアが浮かべているのは愛想笑いだ。卑屈なソレではないが『ボク、感情を隠してまーす!』という思考がダダ漏れではある。
現状、ディアが俺に抱いているのは『ロイルを絶対に傷つけてはいけない』という誓いめいた覚悟だ。
フェトラスは詳細には教えてくれなかったが、かなり強烈な躾けが施されている模様。
まぁとは言っても、殺戮の精霊が躾けでその本能を抑えられるとは思えない。
だから俺は抜き身のカウトリアを握りしめるのだ。切っ先こそ向けないが。
魔の瞬きとか、魔が差す、とかいう言葉がある。
善人とて隙があれば悪いことをしてしまうという意味の言葉だ。
例えるなら『どんなに善良な人間でも誰も見ていない所に金貨が落ちていたら、持ち主を探さずに自分のポッケにいれてしまう』というような。
――――そして魔に魅入られた善人が我に返った時、そのヒトが善良であればあるほど、金貨には後悔という重みが加算されるのだ。
『ああ、なぜ自分はあんな事を、悪い事をしてしまったのだ』
『今更取り返しはきかない。罪の告白も出来ない』
『こんなことなら、金貨なんて拾わなければ良かった』
しなければよかった。
その嘆きは、後悔と呼ばれるタイプの情動だ。
それこそが俺がカウトリアの刀身を晒している理由。
ディアに後悔をさせないために、俺は隙を見せないのだ。
ついでに言うなら我慢にも種類がある。
美味しいご飯が目の前にあったら、食べたくなるだろ?
そんなご飯を、お姉ちゃんが「食べたらダメ」と言ってる。
だけど食べたい。食べたい。食べてやりたい。たべてやりたい。
……そういう抑圧はいつか破裂するものだ。
なので俺はディアに『この人間を殺したいけど、我慢しなくちゃ』ではなく『この人間殺せる気がしねーな』と思わせておくようにしている。
その方が彼の精神衛生上、楽かもしれないからだ。
なお正解は知らん。
いっそお互いに関わらない方が楽なのは間違い無い。
だけど俺はディアと関わるって決めたし、彼といる間は油断しないだけだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ベッドで本を読むフリをしながら、僕はこっそりと深呼吸をした。
椅子に座った人間――ロイルは常に聖遺物を手にしている。
だがそんな凶器を持ちながらも殺意は感じられない。むしろ隙だらけに見える。
だけど時々、意識的に人差し指を突きつけようとした瞬間、この人間は急に振り返ってこちらの瞳を真っ直ぐに見つめてくる。魔力もクソもない。ただ、死角から指先を向けただけでも反応するのだ。
その目が怖かった。こちらの全てをのぞき込むその目が。
試すとすると、必ずそういう反応を示すのはきっとわざとだろう。
だけど現実は何も変わっていない。僕は人差し指をぴくりと動かしただけにすぎないし、彼はこちらを見ただけだ。
なんとも優しい警告だ。
いや、警告ですらない。これはただの親切だ。
彼は……ロイルは「おかしなマネすると本当にヤバいから止めておけ?」とこちらを気遣っている。
ただの人間が。
(こ、こわすぎぃ)
もしかしたら、フェトラス様よりも恐ろしいかもしれない。
なんだこの人間は。
なんだその、聖遺物は。
そして聖遺物を握りしめながらこちらを心配するお前は、一体何なんだ。
ロイルは親切だ。優しくて紳士的で、いつも言葉遣いは柔らかい。
フェトラス様と会話している時は時々言葉遣いが荒くなる瞬間(ツッコミの時とか)もあるけど、ほとんど笑顔で口にしているからきっとあれは冗談の一種なんだろう。
だけど僕には絶対に乱暴なことを言ってこないし、してこない。
なんなら笑顔とリラックスした表情しか見た事が無いぐらいだ。
だけどもちろん、それは嘘の表情。
指先を向けるまでもない。ほんの少し、本当に少しだけ魔力を錬った瞬間に、彼は虚ろな瞳でこちらの全てを観察してくる。
「ん? どうしたディア?」
「……え? どうもしてないですよ。むしろ何かご用ですか?」
「ふむ。まぁいいや。言いたい事があるならいつでも言ってこい」
「……別に、特に、なにも、ないです。はい」
意図が分からなすぎて怖い。
手にしているのは間違い無く聖遺物だけど、こいつは本当に人間か?
天から降りてくる知識のおかげで、この世界のことは何となく分かる。
空は青いし、目には見えなくても空気が存在するし、空っぽの箱の中には『ゼロ』という概念が入っている。命は生きて死ぬし、魔は在りながら同時に無い。その程度のことは理解出来る。
だから人間……というか、命そのものを虐げたいという本能を自分が有していることも当然理解している。そして逆に、命は僕達を抹殺しようとしてくる。殺し合いの関係。局所的にはとても不公平で、だけど大局的には平等な、戦争。
その敵が、僕に優しいフリをしている。
もう一度繰り返そう。意図が分からなすぎて怖い。
そして何より、フェトラス様だ。
あれが一番意味不明。彼女が銀眼持ちであるという事は理解しているが、それにしたってアレは度が過ぎている。世界で一番怖い。
だけど彼女は優しい。フリじゃない。本気で僕を慈しんでいる。
僕が同族だから? ――――でもロイルは人間だ。それどころかお父さんって呼んでるし、僕よりも仲良さげで、心底嬉しそうに彼と接している。つまりフェトラス様にとっては人間も魔王も関係無い。
きっと僕が知らない長い時間を二人は過ごしてきたのだろう。だが、どんな時間を過ごせば命と殺戮の精霊が仲良くなれるんだ? 無理では? 完全に摂理に反している。
――――きっと考えても無駄なんだと思う。情報がなさ過ぎて、知らなすぎて、僕には推察することすら出来ない。
しかしながらバカみたいに「なんで二人は仲がいいの?」なんて質問が出来るはずもなかった。だってそうだろ? フェトラス様は優しい。ロイルは優しいフリをしている。その理由が僕には分からない。
そんな未知すぎる空間に生きる僕が、何か核心的な質問することによって状況が変わるのが一番不味いのだ。
魔法を唱えたらどうなる? きっと危険分子扱いされて殺される。
敵対の意志を示せばどうなる? 順当に敵扱いされて殺される。
まがままを言えばどうなる? 鬱陶しいと思われて殺される。
必要以上に食欲を示せばどうなる? 成長してしまうから殺される。
だったら質問をすればどうなる? ――――殺されそうだ。
と、ここまで考えて、ふと気がついた。
『成長してしまうから、殺される』
なんでそんな事を考えたのだろうかと、改めて自問自答してみる。
だって現状、僕は二人に育てられているからだ。そうじゃなきゃ、勝手にご飯が運ばれてくるコレを何と呼べばいい? なのに成長したら殺されるという感覚は、どこから来たのだろうか。
(うーん)
……色々と考えてはみたが、解は単純だった。
獅子は強いが、赤ん坊ならカワイイ。だけど成長するにつれて子ライオンの牙は大きく鋭くなっていく。そしてカワイイが消えた時、生き物は強者たる獅子に恐怖する。
つまり。
(あっ。…………ぼく、大きくなったら殺される?)
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ぼんやりと本を見つめていたディアの表情がいきなり凍り付いた。
「どうしたディア」
「……えっ、あ…………なんでもないでしゅ。えへへ」
(なんだその今更な言葉遣い)
まさかの赤ん坊返りに、俺は苦笑してしまった。
(どんな情動の変化だよ。さてさて……どう思うカウトリア?)
彼女と相談した結果、ディアの幼児退行の原因は三パターン。
①ストレスで頭がおかしくなった。
――――これはマジであり得る。なんなら可能性が一番高い。躾けたフェトラスと、聖遺物握りっぱなしの人間とずーーーっと一緒に過ごしているのだ。そのストレスは尋常じゃない。
②成長が早すぎるが故の、当たり前の生理反応。
――――フェトラスはずっと脳天気で子供っぽかったが、ディアは思慮深い子だ。俺を試す時も最低限の試しで終えているし、かなりの慎重派と言えるだろう。それは考える力がかなり育っているという示唆でもある。外見は本当に小さな子供だが、よく考えたらこいつは一年以上生きている。ヴァベル語の使い方もこの一週間でめちゃくちゃ上達しているし、それと同じように内面が急成長しているのだとしたら? それなら赤ん坊返りも、まぁ起こりうるケースだろう。
そして三つ目。一番可能性が低そうではあるが、一番無視してはいけない可能性。
③これは、命乞いだ。
「ディアはさ」
「あい」
「一人っきりになりたい時間とかほしい?」
「……え。…………えっ? ……ツッ!?」
呆然からの戸惑い。そして最終的に彼の瞳に浮かんだのは『恐怖』だった。
「どうかな。ただのアンケートだから、気軽に答えてくれていい。どう思ってるのかだけ聞かせてほしい」
「どう、って。そにょ、あにょ、えぅ……」
恐怖に包まれた緋色の瞳がこちらをうかがう。
ディア自身でも気がついていなかった、だけど欲しくてしょうがなかったモノを先回りで提示された不気味さに怯えている。
そう。俺が尋ねたのは「自由が欲しいか?」という意味のもの。
一人でリラックスするもよし。伸び伸びと運動するもよし。聞かれるのが恥ずかしいお歌の練習をするのも悪くない。好きなだけ食べたり、だらしなく眠りこけてもいい。殺戮をしてもいい。
そんな自由だ。
――――彼がこちらを見る視線は、俺という名の『死臭のする未知』に対する警戒でいっぱいになっていた。
まぁお構いしに喋るけど。
「言っちまえば俺達はお前を監禁してるようなもんだ。たまにはどこかで羽根を伸ばしてみたいな~とか思う?」
答えは沈黙。
完全にフリーズした彼に対し、俺は助け船すら出さずにじっと答えを待ち続けた。
「…………」
「――――。」
何度か、口を開こうとする姿勢が見られた。
だけどディアウルフは何も喋らない。恐怖で固まったままという、繊細な命乞いを続けている。
難儀な子だ。
災害の魔王だなんて肩書き持ちには到底思えない。
だけどその属性は確かに彼の行動指針の一つだし、その内側からどんな災禍が芽吹くのかだなんて想像もしたくない。
しかし。しかしだ。――――枯らすために育てているわけでもない。
「話しは変わるんだけどさぁ」
「…………あぃ」
「お前の精霊服は、基本的に茶色な感じだよな。精霊服にも個体差があることは知ってるけど、その色合いの決定ってどういう基準でされてるんだ?」
フェトラスは白地に黒いラインという状態が多い。今では多彩な色も形態も出せるようだが。
んでロキアスはアイボリー系の色がベースらしい。だがヤツは自称オシャレさんで、たまに大胆な衣装変更をしたりする。あと普通に女装もする。なんなら精霊服の上に既製品の服を着ることも多い。あとは靴の造形にも結構こだわってるな。
そういえば俺が最初に殺した魔王ギィレスもオシャレさんだったな。
――――あとは、その他もろもろ。殺戮してきた数多くの魔王達。似ているケースこそあれ、全く同じ精霊服を着ている者は一体もいなかったような気がする。
「え。…………んぅ……この色の理由は……分かんないでしゅ」
「ふむ。精霊服が自分で決めてんのかな」
「たぶん……?」
「寒いと厚手になったり、暑いと薄くなったり、濡れたら速攻で乾くし……でもそういうのって自動的だろ? 精霊服が勝手にやってくれるわけだが、ディアの気分で変えられたりも出来るのか?」
「精霊服をぼくの意志で? ……試したことないけど、出来ないんじゃないかなぁ、って……」
「ふむ。フェトラスとかは任意で変えてる時もあるんだけど、精霊服に命令してるとかじゃなくて、心が通じ合ってるみたいなもんなのかな。……お前の精霊服、ちょっと触ってみてもいいか?」
「――――ど、どうじょ。もちろん。いいですよ」
乱れまくった言葉遣いではあったが、ディアが許可を出してくれる。
俺はカウトリアをテーブルに置いて、彼に近づいた。
ドクン、ドクンと。ディアの心臓の高鳴りが聞こえたような気がする。俺の心音も似たようなものだ。
(うーん。普通に怖い)
カウトリアを手放したせいで、もちろん神速演算は使えない。だけどおかまいなしに俺は彼に近づいて膝をついた。
「ふむふむ。やっぱり結構厚手だな。でも意外と硬め。もっとフワフワした手触りかと思ってたんだけど」
ディアの指先が震える。右肩が上がろうとしている。
「靴……っていうか、靴下だな。外出すればちゃんと靴に変化するんだろうけど、どんな形態になるんだろ。フェトラスの精霊服は結構ブーツになりがちなんだけど、この辺も個性が出るからなぁ」
彼は何も返答を示さない。
「とはいえ、やっぱり良い手触りだよな精霊服って。普通に羨ましい。俺も欲しいぐらいだ」
ヂリッ、と。魔力の欠片が視認出来た。
全てを無視して、俺は二秒黙った。ディアはずっと黙ったまま。
「……まぁ、欲しいとは言ってもディアを追い剥ぎしようなんて思ってないから、安心してくれよ」
「――――――――あぃ」
その返事を耳にして、俺は立ち上がる。彼に無防備な背中を見せつけながら椅子に戻る。
ヂリリッ、と。ディアの双角がほんのわずかに、爪の先ぐらいわずかに伸びる。
それすらも無視して俺は椅子に座り、カウトリアに触れないままテーブルに肘をついた。
「うん? どうしたディア」
「――――いぇ、べちゅに? なにも」
「そっかー」
なんて気の抜けた返事をしながら、俺はカウトリアを手に取った。抜き身のまま再び手元でブラつかせる。
まいったな。
こいつ、すげぇや。大物だ。
災害の魔王ディアウルフは既に、殺戮の資質を制御している。
そんな感想を抱きながら、俺はフェトラスの帰宅を待つことにした。
俺の視線から逃れたディアは再び本を手に取り、だけど開いたページの文字を目で追うことも無く、ずっと読んでいるフリを続けていた。
「ということがあってな」
「…………ふぅん」
帰宅したフェトラスに事の詳細を全部話した。もちろんディアが同席した上で。
「なるほどなるほど? 命がけでディアを挑発しましたと。へー」
かなりマジでご立腹のようだが、俺はヘラッと笑って言い訳を重ねる。
「いや別に命がけって程でもねぇよ。魔法が発動するのに最低五秒だろ? んで、カウトリアは二秒で手に取れる位置に置いてた。三秒あればどうにか出来る」
「そういう問題じゃない」
更にイラッとした表情を浮かべたフェトラスだったが、くるりとディアの方に向き直って甘い声を出す。
「ごめんねディア~。お父さんが変なイタズラしちゃったみたいで……でもよく我慢出来たね! えらいえらい!」
グリグリとディアの赤髪をなで回す。
しかしながらディアの緊張は解けなかった。俺が「実はさっきさー」と話し始めた時からずっと震えている。
「もう! ディアが怯えてるじゃない! 変なことしないであげてよ!」
「いや、だってさぁ……」
「言い訳しないの!」
「――――じゃあ真剣な話しをしよう」
「はい」
雷みたいな速度でフェトラスが居住まいを正す。ディアを脇に置いて、しっかりと背筋を伸ばしたフェトラスは「ンンッ」と咳払いをして俺を見つめた。
「どうぞ」
「ああ。……災害の魔王ディアウルフは、殺戮の資質を制御している。それがさっきの実験で明らかになったわけだが、問題がある」
「問題……? ディアが我慢強い子ってことが証明されたわけじゃなく?」
「違うな。制御の仕方が悪い。コイツは我慢してるんだ。抑えて付けて、無理して、苦しんでる」
「ツッ」と、小さくディアが声を漏らした。
「フェトラスで例えるなら、お前が小っちゃいころに釘とか造りまくっていた時期に当たるかな。ほら、森の中に家を建てるために」
「……あぁ~」
「お前は色々と例外的な存在ではあるが、ストレス発散はちゃんとしていただろう?」
「…………はい」
海面を爆発させたり。海を割ったり。アホみたいな竜巻を発生させたり。
森に向かって撃っていたら、環境破壊しすぎて大変なことになっていただろう。
「お前で、あの程度なんだ」
「……虹の精霊で、あの程度」
「そういうこった。こいつが抱えているのは、あの頃のお前の七倍以上のストレスだ」
シンとログハウス内の空気が静まり返った。
かける言葉もないのか、フェトラスはおろおろとしながらディアを見つめた。そして彼の震えは増していく。
「こいつはかなりデリケートな問題だ。……単純に七倍のストレスを発散させればいいって事じゃ無い。七倍のストレスに耐えられていること自体が、問題なんだ」
その忍耐力の由来は正直分からない。
フェトラスの躾けがとんでもなかったのか。
聖遺物であるカウトリアに怯えきっているのか。
はたまたが、ディア自身は覚えていないようだが銀眼化した経験が関与しているのか。
あるいは、この『溜め込む』という性質が災害という属性由来のモノだったとしたら。
「近いうちにコイツは歪むぞ」
俺がそう断言すると、フェトラスは力強く立ち上がり……そして、静かに座り直した。
「……お父さん、どうしたらいいと思う?」
冷静で大変結構。……改めて思うけど、こいつめちゃくちゃ成長したよなぁ。喜ばしい。最高の娘だぜ本当に。
「んー。どうしたもんかなぁ」
声色を出来るだけ柔らかくして、俺はディアを見つめる。
「お前はどうしたい?」
「えっと……どうって、言われても……そにょ……」
「……うーん。まぁそうだよなぁ。分かんねーよなぁ。自分のことすら把握できないのに、俺達がどういう行動に出るかなんて予測出来るはずもないし」
「……?」
分かりにくかっただろうか。ディアが首を少しだけ傾けたので、俺ははっきりと言ってやることにした。
「よし。仕方が無い。分かり会おうぜディアウルフ。まずは俺と殺し合ってみよう」
「!?」
「!?」
大きく目をカッ開いた二人に、俺はにっこりと笑ってみせたのだった。
「大丈夫。めっっちゃくちゃ手加減してやるから」