慈悲と愉悦と、ささやかで遠い願い
俺達はかいつまんで、ベイビー魔王についてロキアスに説明した。
歯を食いしばりながらそれを聞き続けるロキアス。
なんてこったい。力みすぎて歯でも噛み砕いたのか、唇の端から血がにじんでいる。
「……とまぁ、そんな感じだ」
ほぼ全ての説明を聞き終えてロキアスは静かに、そして深く頷いた。黙って聞いてくれる分にはありがたいが、目がキラキラ(×5倍)してるから不気味だ。口元は笑ってないのに嗤ってる、みたいな。
「ああ、そういえば。喋ってた時の様子から見るに、こいつは……なんというか、戦闘向きの魔王じゃないと思うんだよな。命乞いしかしてこなかったし。そこら辺どうなんだ?」
[…………ちなみにロイルはその子が何の魔王だと思うんだい?]
「正直わかんねぇ。タイプも読み取れない単語だしさ」
《魔王 Type・Disaster》
何度も見返した文字列。でも知らない言葉なんだから理解のしようがない。
俺の視線に合わせて、同じようにちらりと幼体魔王に視線を送るロキアス。こいつの眼は俺の観察眼よりも果てしなく上位互換である。
[……ぶははははははは!!!]
そんな上位互換が嗤ってる。何が面白いんだ。もういっそ怖いぞ。
[オーケー。いいだろう。最高だ。ロイル、四択にしてあげよう。当たったらご褒美をあげる]
「外したら?」
[別にペナルティはないよ]
「大盤振る舞いだな。もうこの時点でイヤな予感しかしない」
そう呟くと、ロキアスは一本ずつ指を立てながら選択肢を提示した。
① ダンスの魔王
② お昼寝の魔王
③ かけっこの魔王
④ ――――災害の魔王
[さ、どれだと思う?]
提示された四択は、性格が悪すぎてゲロが出そうな程に最低だった。
ダンスと、お昼寝と、かけっこと、災害の魔王。
一個だけ毛並みが違い過ぎて、もう俺の手には負えないんだよなぁ。誰か助けて?
俺はとても深いため息をついてロキアスを追求した。
「……ねぇ、楽しい? 楽しいの? そんなクソみたいな選択肢を提示して楽しい? 愉しい?」
[ふっ……ふふっ……くふふ……クックックックック……あーははははは!]
ロキアスはダンダン! とテーブルを叩きつけた。
[タイプ・ディザスター! 災害の魔王に! 月眼食わせて! 銀眼化したっていうのが一番驚きだけど、そんな魔王を未だに保護し続けて! アホだ! アホがここにいる!]
頭がオカシイ、ではなく阿呆だと言われた。
そのニュアンスの違いは確かに理解出来るのだが[腹筋がねじ切れる(爆笑)]と言いながら地面を転がるロキアスを見て俺はほんのりと殺意を抱いた。
やがて――結構な時間をかけて――ようやくロキアスが震えながら立ち上がった。
[ごめっ、ごめん。ごめん。最高過ぎて昂ぶった]
「……とりあえず、今後も俺達と会話したいのなら、そのふざけた月色を消せ」
[なんて無理難題を。普通の月眼はオン・オフなんて出来ないんだよ。出来る方が異常と言わざるを得ない]
「俺は魔王じゃないがそろそろ理解してきたぞ。ロキアス、お前は極度に真剣であれば月眼時に嗤わない。つまりこの状況は愉しいだけであって、シリアスさに欠けているという事になる」
[語ってくれるじゃん、若造め]
「それを踏まえて、だ。あー、えーっと……そうか……災害の魔王か……」
災害。惨事であり、大規模であり、不幸をもたらす嵐。
大地震。大火災。空を割る雷を伴う大嵐。なんだかなぁ。規模感がデカすぎるんだよなぁ。
エネルギーの大きすぎる自然現象、それらを統べる名、すなわち災害。
――――実に殺戮向きだ。
そんな感想を抱くと同時、葛藤は消え去った。
ティザリア達が住まう世界に災害はいらない。本当にただの自然現象であるのならば付き合っていくしかないのだろうが、この小さな火種は任意で世界を燃やし尽くしてしまうのだ。
そうなる前に終わらせてしまう他ないだろう。
今度こそ殺すために、俺はカウトリアを抜いた。
「…………」
フェトラスも声を掛けてくることはない。俺がひどく真剣な表情を浮かべていることに気がついているからだ。
『あのぉ……こ、殺しゃないで……おねがい……』
『い、命だけわー! きゃあああ! こわいよぉー!』
『すごく、すごく美味しいんでしゅ……幸せなんでしゅ……』
語れるような想い出はとにかく少ない。
付き合いが短くて良かった。うっかり三日ぐらい時間を共にしていたら、きっと情が沸いてしまっていただろう。
(それじゃあ、あばよ)
俺には彼に言葉をかける資格が無い。黙ってグッと柄に力を込めると同時、なんとロキアスが片手で俺の前をはばんだ。
「……なんだ」
[まぁ、まぁ。落ち着きなよ。そう焦らなくてもいいじゃないか]
「…………災害の魔王なんだろ? どう考えても放っておいて良い存在じゃない」
[そうは言うけど、君は災害の何を知っているんだい? イメージだけで決めつけをしていないかな?]
「なんだそりゃ。世の中には『良い災害』なん面白いモノが存在するのか?」
冷たい口調でそう尋ねると、ロキアスは「うーん」と少しうなって[無いね!]と歯切れ良く言いきった。ええい、親指を立てながらこちらに突き出すなうっとうしい。
[銀眼に至った経験を持った災害の魔王。うーん。彼が無事に育ったら、十年もしないうちにセラクタルは地獄みたいな状態になるだろうな、ってのが正直な感想ではある]
想像もしたくない光景だ。
殺戮の精霊にして、地獄を造れる魔王。
そのフレーズを思い付いた瞬間、俺の背筋に強烈な寒気が走った。
[まぁフェトラスがいるから大丈夫なんだろうけど]
「とは言え、だ。……生かしておく理由が無い」
[そりゃまぁ確かに]
平然と肯定するロキアス。
ならば、なぜこいつは俺を止めようとしたのだろうか。
魔王。銀眼。月眼。殺戮の精霊。災害。
「……こいつが月眼に至る可能性とかってあるか?」
[可能性だけで言えば、全ての魔王は月眼に至る可能性を秘めている。ただし確率はお察しだ。彼が何を愛するかなんて、彼自身が決めることだし]
「まぁそうだよな」
[そもそも、その子が月眼になったら手の施しようが無い。フェトラスでも勝つのは難しいんじゃないかな。なにせバリバリに戦闘系の魔王だ。歴代の月眼と比較しても、かなり強い素養がある。きっと彼の楽園は地獄だね。地震、台風、雷、津波、火災、隕石。ありとあらゆる災害が詰まった楽園だ]
最早『今すぐ殺せ』と推奨されている気がしてきたぞ。
だけどロキアスは災害の魔王を護るかのように立ち塞がり続けた。
その矛盾した行動に俺は違和感を持ち、だけども口は別の疑問を口にした。
「……コイツが、例えばお昼寝を愛したとしたら、お昼寝の魔王とかに改名して、穏やかに……なったりしないか……?」
[持って生まれた属性の影響は強大だ。酒の魔王がダンスをこよなく愛したとしても、その楽園には絶対に酒樽が転がっているだろうね。酔っ払って踊るための楽園だ]
そう言いつつ[ま、もちろん例外もあるけどね。属性とは真逆の楽園も、あるにはある]なんてロキアスは付け足した。
「……そうか」
[だけどやっぱりそれは例外に過ぎない。基本的には、生まれ持った属性は重要なんだよ。それを踏まえた上で、彼がお昼寝を愛したとしたら……そうだなぁ……降り注ぐ隕石、地殻変動の轟音、響き渡る雷鳴、そういうのを子守歌にするんじゃないかな]
「まさに地獄絵図じゃねぇか……」
イヤすぎる。そんな楽園住みたくない。災害の魔王改め、地獄の魔王だって? どっちもロクなもんじゃない。
[まぁ、その子のことは興味深いけど、フェトラスの行く末ほどじゃないかな。僕の中では優先度が低い。珍しいのは珍しいけど、時間をかければ彼のような存在は出てくる可能性が高いからね。――――さて、ここからが本題だ。僕がわざわざ口をはさんでロイルを止めた理由]
「……なんだ?」
[僕に任せてくれるなら、穏便に解決してみせるけど?]
で、でた~。悪魔の取引だ。
そう思わせるぐらい、ロキアスの表情は真剣だった。
よし、ちゃんと言葉の裏を読もう。
穏便に解決、と。まるでこちらを気遣うような言葉だ。
だけどロキアスはそういう奴じゃない(厚い信頼)。
故に、何かしらのメリットがあるはず。
まぁ『災害の魔王という強力な戦闘系』が『赤ん坊の状態で銀眼になり』しかも『フェトラスと関わりがある』というのは実にレアケースではある。つまりロキアスが愛する「観察」をするにはうってつけの存在だ。
だから、任せてほしいと。
悪意を持って翻訳すると「このオモチャ、壊すつもりなの? だったら愉しそうだから僕にちょうだい?」である。
「…………うーむ」
殺すぐらいなら、ロキアスに渡すのもいいかもしれない。
だけどコイツは災害の魔王。殺した方が絶対に――――後悔しない。
[何を悩む必要があるんだい?]
「いや……悩むっていうか……割り切れないなぁ、って」
[それを悩むと言うんだが。どうしたのさ。言っておくけどこれはサービスでもあるんだよ? どうやら君たちはすでにこの子に情が沸きつつある。そりゃそうだ。だって育児の経験があるんだから]
グッ、と小さな声が出てしまう。
[一人目をここまで立派に育て上げたんだから、二人目が多少問題児でもイケるんじゃないか? なんてことを君たちは無意識のうちに思い描いている。でもそこまでする理由が無いから]
そこで言葉を切ったロキアス。
一拍おいて彼は両手を広げた。
[理由が無いから……この後に続く適切な言葉が見つからないうちに、殺すしかないなんて結論を抱いている]
その通りである。
とても分かりやすい結論があって、過程は複雑だ。
[ロイル。そういうのはね、思考放棄って言うんだよ]
まるで責められるような言葉だ。反発するような言葉が出そうになる。だから俺はそっとカウトリアに手を伸ばし、ロキアスの言葉をゆっくりと受け止めた。
「――――まぁ、そうだな。お前の言う通りだ。だけど思考を重ねたところで結論は変わらないぞ?」
[ふぅん?]
「魔王は殺戮を行う精霊だ。そして俺達は命の側に立っている。殺し殺されの関係だ。それ以上でも以下でもない」
[この災害の魔王を救えるかもしれない、なんて考えているくせに?]
「お前がそう誘導したに等しいんだが。わざわざ言葉にしやがって」
断言するとロキアスは少し嗤った。
[……流石ロイル。カウトリアがいるとはいえ、やっぱり舌戦には強いねぇ]
「褒めても油断してやらない。……ささやかな希望があるだけだ。ああ、正直に言おう。この災害の魔王はまだ誰も殺していない。罪が無い。――――だから殺しにくい」
本心を吐露すると、ロキアスは神々しい微笑みを浮かべた。
この瞬間を絵にするならば、タイトルはきっと『慈愛の天使』。
[――――そう。だから僕は、君を止めたのさ]
「嘘つけバカヤロウ」
なにが慈愛の天使じゃ。
その絵の裏に「ロキアス」ってサインがあるだけでタイトルの意味が反転するわ。
[……あれ?]
「愉しそうだから寄越せってのが本心だろうが」
[ひどい。そんな。僕は君たちに心の傷が出来ちゃうのがイヤなだけだよ]
「うるせぇバカヤロウ」
それこそ思考放棄でロキアスを罵倒する。
「そいつを生かしておくと、後々で後悔する可能性が高い。そして、今のうちに殺してしまえば後悔をすることは無い。それが結論だ」
[ふむ。結論の解像度が上がったようで何より]
くるりと表情を変えてロキアスは半笑いを浮かべた。
[それじゃあ仕方ない。どうぞ]
そう言ってロキアスは身を引いた。
あまりにもあっさりとした行動に、俺は少しだけ虚を突かれる。
[どうぞ? 無慈悲に首を刎ねるといい]
「……クッ」
一瞬の躊躇いが空気を揺らす。
愉悦の悪魔は今度こそニッコリと嗤う。
[さぁ、そこだ。そのためらいの理由だ。もっと解像度を上げていこう]
「――――理由、か。単にコイツが命乞いしてた時の姿を思い出してな」
おたすけぇぇぇぇ!
目の前にいるのは、無垢な赤子で、誰も殺してなくて、死にたくなくて。
だけどその未来は地獄の色合いで。
[僕はフェアだからはっきり言うけど、もしその子が育ったとするじゃん]
「おう」
[んで、めっちゃ強くなったとするよね]
「……あ」
[そしたら多分、僕はその子とフェトラスを戦わせてみたくなる]
「ごめん、やめて」
[……というかそれめっちゃ愉しそうだな?]
「ごめんってば!」
ロキアスの瞳が、月の色がますます輝きを増していく。
[え、なに。だとしたら、ただ戦わせるの勿体ないな……家族のように育った魔王が、将来殺し合うってストーリーはどうだろう? なにそれ超ワクワクする。すごくドラマティック。展開は想像出来るけど、その悲劇は愛おしい。仲の良かった姉弟が、互いの愛するモノのために命を賭して戦う……主人公は彼だな! 絶対に勝てそうにない極虹の魔王相手にどれだけ奮闘するのか! 彼はフェトラスに勝てるのだろうか!? 絶対の敗北を突きつけられてなお彼が奮起する様は、想像するだけで愉しそうだ!]
「ごめんなさいってば!!」
俺が半ギレかつ本気の大声で謝ると、ロキアスはフッと嗤った。
「っていうかお前何なんだよ! 俺に災害の魔王を殺させたいのか? それとも生かしておいて欲しいのか? 言動がグチャグチャでお前の狙いが読めねーよ!」
[いや、こういう会話も刺激的で好きなんだよね。愉しいたのしい]
「最悪の自己中だなお前! 単純なおちょくりだとは思わなかったわ!」
疲れ切った俺は一度会話を切って、深々とため息をついたのであった。
「……一端、腹を割って話そう。もう十分に愉しんだだろ? お前の本音を聞かせてくれ」
[全部本音なんだけどね。何か殺すのイヤそうだなぁってのと、生かしておいたら愉しそうだなぁ、ってのと、あとフェトラスVS災害の魔王も是非見てみたい。全部本音]
「……親切心が一割と、未来への期待が五割、理想が四割って所か」
[今の所はね。最初に立ち塞がった時は親切心が八割だったよ。会話するうちに親切心の割合が減っただけで]
ああ、なるほど。
最初は本当に親切だったのに、フラフラと愉しそうなものを探していく内に本性が全開になったのか。
嘘をついてないのに、気分が変わるせいで最初の言葉が嘘っぽく聞こえるとは。マジで付き合いにくいなコイツ。
「とはいえ、フェトラスとこいつが戦うのは俺の中でも最悪の部類に入る。絶対に阻止するぞそんなもん」
月眼とか化け物とか戦闘向き属性とか全部関係無い。
「俺の娘が何かと殺し合うだと? ふざけんな。絶対許さん」
本気であることを伝えるため、分かりきった事をわざわざ口にした。
対してロキアスは軽く肩をすくめる。
[まぁ、そもそも『仲良く育つ』ってのが難しいから実現しないだろうね。殺戮の資質はそんなに簡単に抑えられるもんじゃない。ロイルにはまだ無垢な赤子に見えるかもしれないけど、その災害の魔王は既に殺したがりだ。今はただ腹がふくれてるだけ]
「…………」
[フェトラスは例外というか、特別だっただけだ]
「……虹の魔王という特性のおかげ、なんだっけか」
[うん。殺戮の資質が七分割されてる。――――まぁ最大の要因はカウトリアなんだけど]
つい、と腰にぶらさがった相棒を指さされる。
いつもありがとうカウトリア。すげぇ愛してるぞ。
反応が無い事は重々承知しているが、俺は優しく柄をなでた。
[まぁもう一個だけ言うと、フェトラスが本気で仲良く過ごそうとしたら、彼はフェトラスに敵愾心を持つのが難しいだろうね。殺したいけど、殺す事が不可能な程に実力差がある。その上同族だ。戦いながら会話が繰り返されて、相互理解が深まって。そういう手順の果て……いっそ彼はフェトラスを愛するかもしれないね?]
「それはそれで、なんか微妙な気分だな……」
[…………月眼の魔王が、月眼を愛する…………]
「やめんか!」
[……………………]
「マジで、頼むから検討すんな! やめろ!」
[うるさいな。はいはい、それじゃあ別のお話にしましょうね]
ロキアスは至極イヤそうに眉間にシワをよせた。
[まず彼のスペックだが、現象系の魔王にして、破壊特化だ。環境殺戮型がメインでありながら、余波で文明も殺戮出来る。真なる意味でハイブリッドだね。殺意が無くとも殺戮が遂行出来る存在……というよりも、殺戮しか出来ないと評するのが正しいかな? だから彼が国を造るのは無理だろう。なぜなら誰も彼に追従出来ないからだ。無意識に自軍を殲滅させるんじゃないかな]
「物騒の極みかよ」
[そんな彼が月眼に至るとしたら、控えめにいって最強の戦闘能力を誇るだろうね。でもまぁ、所詮は災害だ。対策が容易だから僕は勝てる]
「……マジか?」
[基本的に災害っていうのは、蓄積されたエネルギーが臨界点を突破した時に起きる。まぁ連鎖するって表現も同じく正しいんだけど……要するにためこんで、ためこんで、最後にドーン、っていうのがイメージしやすい災害の正体かな]
溜め込んで、爆発。
「ふむ――――魔法の発動に時間がかかるタイプ、という事か?」
[そういうこと。大技しか使えない。あるいは小技から大技に展開していく魔法もありそうだけど、どっちにせよ発動までの隙が大きいはずだ。だから適切な先手を打てれば、対処は容易ってわけだよ]
「はぁ、なるほど。……強いんだか弱いんだか」
[まぁ単純に相性の問題もあるかな。僕はあんまり強く無いけど、対応力は高いから。炎の魔人には水をかける。樹の化け物は燃やす。雷の化身は竹でブン殴る、ってね。災害なんて仰々しい属性だけど、所詮は自然現象だ]
雷を竹で殴るってなんぞ? という疑問を一瞬抱いたけど、どうせ魔法が使えない俺には分からない感覚だろう。その辺をスルーして俺は曖昧にうなずいた。
[要するに、コイツがどれだけ暴れても僕なら対処出来る自信がある]
「そうか……それで? 結局コイツはどうするんだ?」
[まぁまぁ。ここからが本題の最終地点だよ。処遇はさておき、僕は一つの可能性を提示する。――――もしかしたら彼は、テグアと良い勝負が出来るかもしれない]
「なっ――――」
テグア。
殺戮の魔王にして、初代月眼。
【天外の狂気】と呼ばれるスーパー化け物を殺戮する、ウルトラ化け物である。
「お前等の話しでしか聞いたことないけど……テグアに勝てる存在って、なんかこう禁忌とか神理とか超えて、いっそ冒涜的なんじゃないか?」
そう呟くと、ロキアスは[確かにね]なんて言いながら苦笑いを浮かべ、遠くの方を見つめた。視線の先は宙の果て。
[……勝てるとまでは言わない。でも善戦するんじゃないかな? それこそ相性的に]
出たな相性。
それは便利な言葉だから使われているというよりも、実は真理の一つなのかもしれない。
――――もしかすると極まった力っていうのは単なる上下関係じゃなくて、三竦みみたいなバランスが自然と成立しがちなのかもしれない。
どんなに強い肉食獣だって、海中では小魚よりも早く死ぬ、みたいな。
しっかし、ウルトラ化け物と相性が良いなんて最悪な運命だな。
「とりあえずこいつがメチャクチャ危険な魔王だってことは理解したよ」
やはり殺すしかないのか。
そう思って幼体魔王に視線をやると、その柔らかい頬をフェトラスが指で突っついていた。別に俺達の会話を聞いてないわけじゃないんだろうが、あえて立ち入らないようにしてくれてるんだろうな。
それはそれとしても、フェトラスの表情はとても優しかった。
「もちもち……ぷにぷに……」
「おい、やめろフェトラス。愛でるな」
「ティザリアとキトアが産まれた時のことを思い出すなぁ……」
「ぐぅッ!?」
実はそれ俺もちょっと思ったんだよ。くそう。魔王じゃなけりゃ俺もなで回したい。
うっかり油断しそうになったので、俺は再びロキアスに視線を戻す。
「……で? なんだっけ。テグアと良い勝負が出来るんだっけか。それがどうした」
[――――それはカミサマの悲願でもあるんだよ]
「……神の?」
[ああ、カミノの遺志という方が近いのかもしれない]
カミノ・ジェファルード。大英雄。その真実はこの星の礎。
[……単なる可能性の話しだ。だけど、貴重な可能性だ。愉しそうだ、って僕の前提は崩れないけど、それでも、僕は出来ることならテグアに……なんだろう、まだ上手く言葉には出来ないけれど……うん。ハッピーエンドを目指してみたいのさ]
俺は忘れない。
こいつは『愉しそうなら躊躇いなく物語りを血塗れバッドエンドに出来る性格』であることを。
だけど今のロキアスは何だか静かで、澄んだような気配を漂わせていた。
その頃のカミサマ達。
α〈危険すぎる。セラクタル維持には不要〉
B〈テグア様の事は気にかかるが、あまりにもリスキー〉
C〈月眼として収穫出来るのなら検討の余地有り〉
D〈ロキアスが調子に乗りそうだから拒否〉
E〈既に銀眼化したのであれば、月眼収穫の期待値は高い〉
F〈本件とテグア様のことに関わりがあるようには思えない〉
Ω〈テグア様を救えるかもしれない? なにそれ詳しく。超詳しく〉
αはシステム維持を肯定するために、ロキアスの提案を拒否。
Ωは現状維持を否定するために、ロキアスの提案に乗り気。
もちろん全会一致でDの意見が採用され、かけた。