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我が愛しき娘、魔王  作者: 雪峰
我が愛しき楽園の在り方
273/286

魔王ディアウルフ~鬼の居ぬ間に~




 このセラクタルで、僕の事情を完全に知っている人間・・はいない。


 魔王である、とか。

 月眼の弟である、とか。

 ――――本当は何を考えているのか、みたいな。


 そういう個人情報の一部はともかく、全てを知っている人間は絶無だ。


 そして最大級の、誰も知らないトップシークレットの一つ。



『魔王ディアウルフは銀眼の魔王・・・・・である』という事実は、特に公表してはならない情報でもある。



 世界が乱れるどころの騒ぎじゃない。



 現状、僕は世界を滅ぼせる。



 ちなみに僕が銀眼化した経験を持つということは姉貴フェトラスさえも知らない。


 教えてない。そしてきっと気がつかないだろう。


 ――――なにせ、あの姉貴ときたら。






【フェトラスが月眼の間に暇つぶし・・・・に行ってる時期のこと】



 姉貴の気配が消えて一週間が経った。


 たまに居場所が分からなくなる事はあったけど、ここまで長期間となると少し心配ではある。人間だって、家族の誰かが何も言わずに一週間帰宅しなかったら普通に心配するだろう? 事件とか、事故とか。


 だけどあの姉貴が死ぬとも思えない。絶対に死なない。死ぬわけがない。……心配の気持ちよりも、その『事実』の方が強い。


 死ぬはずがない。でも居場所が分からない。


 もし姉貴が『お父さん、いますか?』魔法を使えば居場所はすぐに特定出来るんだけど、この一週間でその魔法は察知出来なかった。


 そして姉貴は一日三回以上、必ずあの魔法を使う。

 仮に死にそうな状況だったとしても、絶対に使うと思う。


 そんな絶対に唱えるはずの魔法を、死なないはずの姉貴が唱えない理由は何か。


 そこから導き出される解答。



 ――――現在、姉貴はこの星・・・にはいない、ということになる。



 じゃあどこに行ってんだよ、って話しなんだけどさ。


『あはは、ちょっと長く寝てた~』とか言ってくれたら信じる余地もあるんだけど、姉貴はそこに関して嘘をつくつもりが無いらしい。


 適当に、時には雑に、あるいは真顔でジョークを飛ばしつつ。結局は誤魔化すばかりだ。


 いつでも誰にでも本音でぶつかるような姉貴が、滅多に嘘をつかない彼女が、本当の事を言わないという、ちょっとした異常事態。



 あの死にそうにない姉貴が親父ロイルを探している気配がしない。


 だから姉貴はこの星にいない――――という事になる。



 いや、でもそんな事あり得るのか? なんて当然の疑問は浮かぶんだけど、僕にはそれ以外の答えが導き出せなかった。ありとあらゆる可能性を考慮しても、それが一番適切な仮説で、他の推察はちょっと空想色が強すぎる。


(だとしても、だとしたら……マジでどこにいるんだ?)


 そんな事を思いつつ、僕はとりあえず目的地に到着した。


「さて、ここか」


 僕の性能・・が活きるのは晴天よりも曇天。強烈な雷雨や豪風があればなお良し。

 しかしながら今夜は星がよく見える、澄んだ夜空が広がっていた。いわゆる一つの良い天気(夜)



 姉貴の気配が消えて一ヶ月。


 ――とりあえず、今は、チャンスだ。


 ――――秘密裏に殺戮を行う、チャンスだ。




 ふわふわと、ほんの少しだけ浮かびながら歩みを進める。こうすれば足音がゼロになるし、自分の気配を大きく隠せるからお得だ。楽に作業が出来るという意味で。


 そうやって慎重に進みながら、目に付いた魔族達を雷系の魔法で昏倒させていく。


「―・―・―・――――・・―【雷繊瞬奪】」


 命は繊細かつ微量な電気を帯びている。

 それをほんの一瞬奪うことで、生命活動を数分奪うことが出来る。


 それを知ってからは僕の作業・・はおおいにはかどった。


 魔法の効果が微少ミクロすぎるので発動するのに相当時間を食うし、フォースワードだから魔力的にも精神的にもかなりキッツいのだが、使うタイミングが適切なら問題無しだ。


 そうやって見張りの要所にいる魔族や、魔王崇拝者達(つまり人間)のほとんど昏倒させて、僕はようやくターゲットがいる玉座にたどり着いた。


「………………」

(………………)


 今回のターゲットは『戦火の魔王』。


 概念系の魔王ではあるけど、実害が大きすぎる厄介な魔王だ。


 今はどうやら寝ているらしい。玉座の上で、静かに目を閉じている。……普通にベッドに寝ればいいのに。なんだコイツ? 寝る時までカッコ付けてるつもりか?


 変なヤツだな。


(戦火の魔王……炎属性であり、憎しみを司り、機構的な存在でありながら、極端に感情的な在り方。文明殺戮型の魔王)


 複雑なヤツだ。そして強いか弱いかはさておき、ひたすらに厄介である。王の資質の一つとされる先導者パイオニアの才ないが、扇動者アジテーターとしての才能が高すぎて、並みの英雄ではこいつと対峙すること自体が難しい。信者の数だけ肉壁があるようなものだ。


 現状で『世界を滅ぼしうる魔王・第二位』らしい。



 そして――――僕の作業は、そういう「第二位」を殺戮し続ける事にある。



 すっと片手を、戦火の魔王に向ける。


 可哀相に。普通の魔王は同族である魔王を認識出来ない。


 胸中で(一方的にごめんよ)と謝罪し、僕は魔力を錬った。


 僕が気配を消しながらチマチマと配下を排除したのはこの瞬間のため。


 暴風と轟音に誘われる羽虫を、そもそも寄せ付けないためだ。


「――・――【災禍】」


 旋風に炎を纏わせ、周囲の土塊ごと掻き乱してミンチにする。


 凄まじく派手で、鈍い低音が空気を振動させる。そしてそれの発生地点の中央にいる魔王には地獄のオーケストラが聞こえている事だろう。


「……おやすみ。次は花や麦に生まれ変わるといい」


 玉座はおろか、その空間ごとハンバーグみたいにグチャグチャにして焼き上げた僕は作業を完了させた。



 そう。


 こんなもの、僕にとっては――――単純作業でしかない。




 殺戮を終えて、僕は早々に脱出を果たした。


 戦火の魔王は国家を形成した大君主ではあったが関係無い。数多の魔族やモンスターを昏倒させ、場所によっては人間の魔王崇拝者も非常に多く混じっていたが(流石は扇動者だな)、とりあえず全員倒した。いわゆる『国墜とし』である。


 配下だった彼等は目が覚めた後に路頭に迷う事になるんだろうけど、知ったこっちゃない。こちとら殺戮の精霊・魔王だ。アフターケアなんてするガラじゃない。


「ふ、ぅ」


 単純作業ではあるけど、疲れるものは疲れる。


 しかして、とりあえず姉貴が居ない今がチャンスなのは間違い無い。


 戦火の魔王は殺戮したから、繰り上げ昇進した次の『世界を滅ぼしうる魔王・第二位』を殺戮しに行くとしよう。こういうのは早い方が楽でいいのだ。





 夜が明けて、陽が昇り。


 それぐらいの時間をかけて、僕は目的地に到着した。


「やっほ。情報もらいに来たよ」


「ツッ!? ――――貴様には何度も言ってきたと思うが、改めて警告しよう。いきなり窓から入ってくるな」


「残念な警告だな。僕はまだギリギリ室内には入っていない」


 窓枠に足をつけたまま僕はニッコリと笑った。


「それに、僕は言って聞くような魔王かな? そろそろ諦めた方が人生楽だと思うよ?」


「――――ただの魔王ならすぐに討伐する。……だがディアウルフという人物ならば、と。私はそういう期待をしているのだ」


「無理だね。そしてそれは期待というか懇願に近い。重ねて言うけど無理だね。――ああ、そうそう。戦火の魔王はもういないよ」



 これは『とある魔王が死んだっぽいよー?』なんて軽い報告じゃない。


 戦火の魔王という、このセラクタルにおける最大の脅威であり、歴史上でも類を見ない凶悪な魔王が滅ぼされたという事実開示だ。



 僕がそれを告げると、長髪の人間は「神よ」と言いながら両手で顔を覆った。


 ここへの来訪も数度目だ。どうやら彼は僕が嘘をつかない魔王だと、そろそろ信じてくれたらしい。


 やがて彼はとても長いため息をついて顔を上げた。


「………………ドウモ、アリガトウゴザイマシタ」


「別に礼を言われるような事じゃない。僕は僕の意志で殺戮をしている。それで、次は?・・・


 手っ取り早く情報を要求すると、長髪の男は何度目かのため息をついて答えた。


「――――西方に根城を構えている、汚泥の魔王だと思われる。個体名は不明だ。配下は極少数」


「ふーん」


 少しだけ目を閉じて情報をおさらいする。回答に要した時間は三秒。


「……わざわざ僕が出張る案件とは思えないな。汚泥の魔王だって? 水でも土でもないハンパモンの、程度の低い現象系魔王だろ? 配下も少ないときたら、ソイツはただ面倒なだけだ。世界を滅ぼすような器とは到底思えないな」


「――――しかし、だな」


 苦渋の表情を浮かべて言葉を重ねようとした男に、僕は冷たい視線を送った。


「手を抜くな、手を。ちゃんと命を賭けてこい」


「――――命を賭けるのは私ではなく、戦友と部下なのだよ……」

 

「は? なんでお前が命を賭けない? お前は王国騎士団の団長・・・・・・・・だろ? まっ先に捨て身で突貫してこいよ」


「――――この話しをするのは二回目なのだが」


 そうだっけ? と思いながら首を傾げて見せる。


「私が捨て身で突貫して魔王を殺すよりも、私が後方で指示を出す方が、人類・・は強いのだ」


「……あー。確かに。なんか聞いたことある話しだったね」


 ふむふむと頷く。

 確かに、魔王との戦いは一騎打ちじゃなくてリンチに持っていく方が勝率が高い。


「王国騎士団の団長VS魔王のタイマン戦よりも、たくさんの人間VS魔王の方が良いってことか。だとしたら、お前は頭脳担当って所か?」


「――――そういうことだ。そもそも、私の攻撃性能はとても低い。……ところで、なんだ……今から茶を淹れるつもりだったのだが、お前も飲むか?」


 ここに来るのは片手以上ぐらいの回数だが、そういう誘いを受けたのは初めてのことだ。


「ハッ。アルバス。お前もいよいよ魔王崇拝者じみてきたな?」


「――――冗談にしてはタチが悪すぎるぞソレ」


 そう言って、苦笑いではなく本気の苦悩を示しながらも王国騎士団長のアルバスは椅子から立ち上がって部屋を出て行った。




 それからしばらくの間、お茶と菓子を楽しみながら雑談をした。

 テーマは「世界を滅ぼす系の魔王」だ。


 アルバスは会話の最中にブラフを山ほど仕込んでくるので大変だが、致命的な嘘はつかない。なので、コイツとの対話に必要なのは自身の直感・・・・・である事を僕は既に知っている。


 そんな感じで、僕はアルバスの語る「世界を滅ぼす系の魔王」とやらのデータを聞き続けた。


「――――以上、五体の魔王が王国騎士が現在最も警戒している魔王達だな」


「ふぅん……」


 数時間前に殺した戦火の魔王は単純に暴力的で、それでいて人望が異様に高く、分かりやすい世界の危機ではあった。


 しかしながらアルバスが告げた五体の魔王は、どれもこれもクセが強そうなヤツだった。


「汚泥に、紫雷ときて、寄生、水面、熱風……なんかどいつもこいつも、分かりやすい属性っぽいのに一芸特化な予感がするなぁ」


「危機管理の順番で言えば、今の五体が覇権を争っているのは間違い無い。……まぁ、戦火の魔王がいなくなった上での覇権ではあるが」


 そう言いながらため息をつくアルバス。その様子にブラフは混じっていない。


 しかし何故ブラフが混じってないんだろうか。明かに戦火の魔王よりもヤバイ奴・・・・がいるのに。


(……まさかコイツら、本当に危機感が無いのか?)


 そんな疑問を抱いたので、僕は揺さぶりをかける意味でド直球の本音を放った。


「一番ヤバいのは寄生の魔王だろ。どう考えても、相当に危うい」


「――――ほう」


「汚泥は面倒だろうな。そして紫雷は強いが、対策が割と容易だろう。水面はちょっと不気味だけど数で押せば圧殺出来る。熱風は、それに相応しい聖遺物があれば多分楽に狩れる」


「――――名だけで判別が出来るほど、魔王達は単純ではないと思うが」


「だけど名前は割と絶対的だ。人間達の間では『名は体の道しるべ』ってことわざがあるらしいけど、僕たち魔王からすれば『名は基本にして、果て』なんだよ。……そういうわけで、寄生の魔王が一番まずい。断言するけど、そいつが明日にでも最悪の気付き方をすれば、人類は今週末辺りに復興不可能領域へと片足を突っ込むことになる」


 そう言うとアルバスは眉間にしわを寄せた。


「お前が魔王を狩るのと、我々が魔王に勝利するのでは、結果が同じだとしても過程が著しく異なる。――――こちらの犠牲は計り知れないのだ」


「……それで? 犠牲が出るから、戦火の魔王よりもヤバイ奴から目をそらして、とりあえず今は大人しいから放置してるってか?」


 ああ、どうやら本気で分かってないようだ。

 犠牲が計り知れない? だからなんだってんだ。


「人間の事情と、魔王の事情を比べるのがそもそも間違いなんだよ。罪人は改心の余地があるかもしれないけど、魔王はそうじゃない。放っておけば殺戮される命が増えるだけ。お前が言う『計り知れない犠牲』ってヤツは、明日にはもっと増えてる・・・・・・・


「――――――――。」


「速やかに寄生の魔王を殺してこい。それ・・がお前等の生きがいだろ?」


 人類生存のためか、あるいは人間自身の殺戮意志か。どっちを原動力にしてもいいけど、本気のアドバイス。寄生の魔王はさっさと殺した方がいい。


 それをゆっくりと受け入れて、アルバスは顔を歪めた。


「――――お前は、動くつもりが無いんだな?」


 アルバスのその言葉は『助けてください』という懇願のように聞こえる。そして同時に『俺達が、今すぐ、やるしかないんだな?』という確認にも聞こえた。


「……僕は神様じゃないし、お前ら人間の味方でもない。僕は、殺戮の精霊たる魔王なんだよ」


「――――承知した。早急に寄生の魔王に関して討伐の作戦を立てる事にしよう」


「ああ、そうするといい。……その間に僕は暇つぶしがてら、熱風の魔王を片付ける事にするよ。ちょっと遠いのが難点だけど」


 最終的にレベルマックスで一番ヤバいのは寄生の魔王だが。

 そこそこの育ち具合で、一番タチが悪そうなのが熱風ちゃんだ。その属性は、早熟でも影響力が強すぎる。


 でもそこまでの情報は開示しない。僕が親切な魔王だと思われた面倒だからな。


 だけど僕のそんな杞憂を差し置いて、アルバスは別の質問を重ねた。


「――――この質問は五度目だが。そろそろヒントくらい与えてほしいものだ。何故お前は同族である魔王を殺戮するのだ?」


「……もう忘れたから聞くけど、僕は前回その質問に対してなんと答えたんだっけ?」


「最初は『質問に答える義理は無い』と。次に『理解されるとは思ってない』だったな。そして三度目は『うるせぇ殺すぞ』だ。そして四度目、つまり前回は『……これが一番安全・・だから、かな』と答えたと記憶している」


「……あぁ。そんなこと言ったっけ。まぁおおむね僕が言いそうなセリフではあるけど」


「それで、今回の解答……いや、ヒントは?」


「うーん。ヒント。ヒントねぇ。僕が魔王を殺戮する理由…………じゃあ前回の答えの補足説明。一番安全とは言ったけど、安全なのはお前ら人間でも、世界でもなく、この僕が安全だからだ・・・・・・・・・・……という解答で今回は済ませておこう」


 まるで煙に巻くような物言いだが、そもそも僕はアルバスに全部を教えるつもりがない。こいつは王国騎士団の団長で、人間達の希望の星で、間違い無く僕の敵だからだ。



「それじゃ、お茶ごちそうさま。次はブランデーでも用意しておいてくれよ」


「――――酒? お前、何歳なんだ?」


「見た目で判断すんな殺すぞ」


「――――あ、ああ」


「それじゃ、あばよ。僕はちょっくら熱風ちゃんを殺戮してくるから」


 そう言って僕は再び窓枠に立ち、背中から倒れ込むように外へ飛び出した。


 建物の壁。青い空。薄い雲。眩しい太陽。


 落下による加速をコントロールして、見えないレールを設置して、空に舞う。


 ……そろそろちゃんとした飛行魔法が欲しいな、と僕は思った。





 僕が空を飛ぶ理屈としては、高度を稼いで、その落下のエネルギーを上昇に変換させる、というモノだ。空に昇る時も、墜ちる時にも風魔法を多用する。


 すごく長い滑り台みたいな感じ。

 階段を百段上ってレールに飛び出せば、道のアップダウンによっては上昇にも転じる事が出来る、みたいな。


 まぁそんな程度の理屈じゃ、いつか落下エネルギーは無くなってしまう。当然だ。で、その度に『上昇する魔法』で高度を再び稼いで、また滑り台を使うって感じだな。


 かなり手間がかかるけど、しょうがない。僕は翼なんて持っていない。


 ……姉貴は頭がおかしいので、色んな飛行魔法が使える。マジで頭がおかしい。呪文構成を聞いても全く再現出来る気がしない。


 人間で例えるなら「一冊の本に、百万冊分の物語を書く」みたいなものだろうか。とにかくツッコミ所が多すぎるのだ。読むのが大変だし、絶対持ち運べないし、そもそも何で分けないんだよ、とか。


 ひどい無駄がたくさんあるのに、その無駄こそが肝要であるような。


 要点だけ押さえろや、と言いたい気持ちでいっぱいだ。


 ……まぁでも全く参考にならないワケじゃない。


 姉貴に教わった【堕楽】という、鳥みたいに滑空して飛ぶ魔法は参考になった。マネ出来ないけど、贋作ぐらいなら用意出来る。僕が現在使っているのはソレに近い。飛行魔法じゃなくて、落下制御魔法というのが正しいのだろう。


 必死こいて習得したその魔法を唱えてる横で、姉貴は『わー。上手じょうず』と無邪気に空を飛びながら賞賛の言葉を贈ったけど、アレは僕からすれば相当な煽りだ。


(まぁ…………姉貴だしな……そもそも月眼だし……)


 っていうか翼を持たない者が飛ぶ事自体がおかしいのだ。まがい物とは言え、空中での高速移動が可能な僕は超絶凄い魔王と評しても過言じゃない。我最強なり。ふはははは。


「……あーあ。情けな」


 と、ぼやいている内に熱風ちゃんの根城らしき住処を発見。



 熱風の魔王。


 現象系。風の属性ではあるが、熱エネルギーのコントロールも可能なのだろう。

 全てを燃やすというよりも、全てを乾かしてしまうような――――成り立ちは限定的で在り方も弱いが、環境殺戮型でもある魔王。


 根城の規模感を見る感じ、配下は少数精鋭。しかも種族が偏ってる。渇きに強いタイプ……なんかトカゲみたいなタイプの魔族が多そうに見えた。


 さて。


 僕といえば数時間前に戦火の魔王が住まう国を墜としたばかりだ。


 しかも多少の休憩は挟んだとはいえ基本的に徹夜だし、飛んで来たし、魔力も万全とは言いがたい。



 でもこれは、チャンスなのだ。


 姉貴のいない今だから出来る。



 さぁ、殺戮をしよう。



 悪いけど今回はターゲットである熱風ちゃんだけでなく、魔族もろとも、だ。


 ――――――――だって、人間はいないようだから。





 雷雨や竜巻が発生していれば楽勝なのだが、残念ながら晴天。


 僕は少し悩んでから、天に指を三本だけ掲げた。


 人差し指。中指、薬指。


 この魔法はとびきり高い破壊力を持つけど、発動にめちゃめちゃ時間がかかる。最短でも三時間はかかる。


 だけど一方的だ。


「―・―・―・―――・・――【星屑隕導】」


 詠唱完了。


 そこから更に双角が密度を増す。

 指先にとんでもない負担がかかる。

 ソラに浮かぶ隕石を、この指でむりやり引きずり降ろす。


 呪文を唱えきった後も、魔力を回し続け、集中力を絶やすこと無く、僕は指先にかかる強烈な負担と戦い続けた。


 そして機は熟し、僕が引きちぎれそうな指を振り降ろしたと同時、燃えさかる三つの星屑が熱風ちゃんの国に墜とされた。



 こうして、熱風ちゃんへの殺戮は完了した。五時間かかったけど。






「ブランデーを寄越せ」


「えっ。――――まぁ、うむ。もう夜だしな……」


 再び現れた僕にアルバスはビックリしていたようだが、丁度仕事が一段落ついた瞬間だったらしい。僕の要求に彼は「いいだろう」と素直に頷いた。


「つーかお前、何時まで仕事してんの? もう真夜中だぞ?」


「――――明日、寄生の魔王を討つための大隊を用意するために準備をしていた。大規模な討伐戦になる。調整に時間がかかるのも仕方あるまい」


「明日ぁ!? わぁお、なんとも素早い事で。真面目だねー」


 本気で感心したので褒めたのだが、アルバスは少し顔をしかめるだけだった。


「――――さて、ブランデーだったか。しかし流石にこの部屋に酒は置いていない。そこで質問だ。最高級のブランデーを用意するには時間がかかる。そこそこのブランデーなら三分で用意出来る。……お前が望むのはどちらだ?」


 待たされるのも、粗雑な酒を飲むのもイヤだ。


「ハーティル酒蔵のレッドコルドンを十五分以内で用意してくれ」


 僕が口にした銘柄は、最高級ではないにせよそれなりに値段が高く、とても質が良いブランデーだ。人間が作り出したモノの中で最高峰の出来だと僕は思っている。


 そんなブランデーの名前を口にすると、アルバスは苦笑いを浮かべた。


「――――十五分、か。魔王にしては気が長い。しかしレッドコルドンとはな。……うーむ……。なぁ、ソレを提供するための時間を短縮・・する方法があると言ったらどうする?」


「へぇ? レッドコルドンを三分で用意出来るって言うのかい?」


「十秒だ」


「…………なるほど。だとしたら、対価として良い情報を先払いであげよう。熱風ちゃんはもうこの世にいない」


「――――――――お前は、本当に、なんなのだ?」


 膝から崩れ落ちそうな勢いで全身の力を抜いたアルバスは、自身が普段使っているデスクの引き出しからレッドコルドンを取りだした。あるんかい!


「えっ、普通にすごい。まさか持ってるとは」


「――――なんだ。私が隠し持っていると知っていたわけではないのか」


「ンなわけないじゃん。単純にソレが好きなだけだよ」


「――――読み違えてしまったようだ」


 そう言いながらアルバスは僕にボトルを手渡してきた。未開封新品ってわけじゃないけど、七割ぐらい残ってる。


「私の秘蔵の酒だ。良い事があった時に、こっそりと少しだけこの部屋で飲んでいた。副団長ですら知らない、私の秘密だよ」


「この部屋に酒は無いって言ってたくせに……殺戮の精霊である魔王に嘘つくとか、今代の団長サマは肝が太いね」


「ソレは私にとって酒というカテゴリーに収まらない、大切な『ごほうび』だからな。易々とくれてやるわけにはいかないのだよ。だが……まさか、お前もこの酒を好むとは思ってもみなかった」


「なるほど。うんうん。それを『ごほうび』に選ぶなんて、いい趣味してんじゃん。……っていうか、もしかして僕達、気が合う?」


「――――。」


「もちろん冗談だけど」


「――――いい趣味をしてる」


 速攻の意趣返しに思わず笑ってしまう。


 だけどこういう空気感は嫌いじゃない。


「それで? グラスは?」


 へい、と片手で要求するとアルバスは目をパチパチと瞬かせた。


 何か言いたげだ。


 ……僕がここで飲むとは思わなかった感じか?


 …………あるいは、だけど。もしかして僕がコレをラッパ呑みするとでも思っていたのだろうか。そうだとしたらかなりレッドコルドンに失礼だ。


(さぁどっちだい?)とは思ったけど、僕はそれを口にしなかった。ただ黙ってアルバスの回答を待つと、彼は小さなため息をついた。


「――――――――いや、まぁ、いい。了解した。グラスを持ってくるからしばし待っていてくれ」


「うむ。良きに計らえ」


 尊大な感じで告げると、アルバスは今度こそ苦笑いを浮かべた。




 やがてアルバスが両手に大事そうに抱えて持ってきたのは、とても上等なガラス製のグラスだった。


 傷一つ無い、キラキラと輝くグラス。


「なにこれ」


「職人が試行錯誤して作った一品らしい。普通のガラスではなく、より輝きが増すように調合された素材を使っているとか」


「へぇ…………人間ってすごいな……」


 透明度。光の反射具合。ただ美しいだけのグラス。


 コレは生存競争において全く・・・・・・・・・・必要のない技術だ・・・・・・・・


 こんな事を追求するぐらいなら、剣術でも覚えた方が生存確率は上がるだろうに。


 無駄な努力と吐き捨てる方が魔王らしいのかもしれない。だが、その仕上がりには思わず感心してしまう。


 このグラスは、人間の命よりも貴重だろう。


 だって、命なんて貴重じゃない。所詮は命でしかない。

 生まれて死ぬ、なんて事は虫ですらやれる。


 ……でもこのグラスには、虫には造り出せない価値がある。


 コレを創り出したのは命ではなく、人間の技術だ。

 いっそ技術ではなく『執念の結晶』と呼んだ方がいいのかもしれない。


 試行錯誤を重ねて、それの何倍もの時間と世代を重ねて。


 生死に関係のない領域なのに、そこに命を賭したような。



 綺麗だ。



「…………それで、お前のグラスは?」


「――――えっ」


「……まぁ、お前のお気に入りの酒を僕が一人で飲んでいいならそうするけど。もういいや。そんじゃ乾杯いただきます」


「――――待て。その酒に合うツマミも持ってきてやろう。だから、もうしばし待て」


 僕が言いたいことを即座に察知したのだろう。アルバスは冷静なフリをして、そそくさと足早に退室していった。


 かわいいやつめ。

 

 僕はクスクスと笑って、窓枠からひょいと団長室に入り込み、ふかふかのソファーに身を沈めた。


 っていうか僕、徹夜したうえに長距離移動もしてるんだよな。更に言えばこんな短時間に『世界を滅ぼす魔王・第二位』を二体も倒してしまったわけだ。


 最強とはいえ働き過ぎだな。


 ちょっと、疲れた、かも。



 そう思ってゆっくりと目を閉じてみると、気がつかぬ内に僕は眠りに落ちていたのであった。





 そして僕は夢を見た。


 我が名はディアウルフ。


 この星で、最強の魔王である。


 酒だって楽しめるし、大変理知的であり、殺戮衝動を隠すのが上手で、顔立ちは良いらしいし、既に完成された人格を持ちながらもまだ成長期であり、身長だってスクスクと伸びる予定の魔王だ。


 姉貴はちょっとレギュレーション違反なので除外するけど。それを踏まえた上でもう一度言おう。


 僕は、この星で最強の魔王だ。


 我こそが『世界を滅ぼしうる魔王・第一位』なのだ。

 



 そんなつよつよな僕は、夢を見た。



 きっと夢だ。


 過去の断片的な記憶とかじゃない。


 絶対夢だ。



 ――――ただの悪夢だ。そのはずだ。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




「ねぇねぇお父さん。魔王の赤ん坊拾ったんだけど」

「何してんのお前?」




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





 絶対夢だもん。













《どこぞの人間が非公式に書き殴った、雑なメモ》



聖遺物――適合系、消費系、代償系


魔王――現象系、概念系、その複合系。……あるいは他の法則。


 そこから発展して三種の活動結果。

 すなわち生命殺戮型、文明殺戮型、環境殺戮型。


 魔王に関しては、タイプによる強さの序列は無い。

 どいつもこいつも厄介で面倒で最悪には違いないから。



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― 新着の感想 ―
[一言] 更新ありがとうございます 鬼が居るときには殺戮が出来ないから居ない時にかつバレてもダメージを減らす為に人は殺さないと… 思ったより魔王らしい思考 技術とか愛しそう 最後の悪夢のくだりはどうい…
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