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我が愛しき娘、魔王  作者: 雪峰
我が愛しき楽園の在り方
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銀色のためいき




 月眼の間に戻る直前。暗い連絡通路でわたしは深く深呼吸をした。


 計画『みんなハッピーになれる大作戦』を決行するためには、いくつか超えなければならないハードルがある。


 まずはカミサマ達。……絶対嫌がるだろうなぁ。わたしの計画は斬新すぎるし、不確定要素が多すぎる。


 次はロキアスさん。これはハードルというよりも『手綱を握らないと危険』という意味での壁だ。空前絶後の機会に対して、彼がどんなハッスルをするのか予想が出来ない。


 そして最大のハードルが、わたしのお友達。結婚の魔王エクイア・セッツ。


 彼女の説得が一番の難関だろう。突き詰めて表現すれば「お前の愛を危険にさらすかもしれない」と言っているに等しいのだから。


 それに付随して、エクイアさんの楽園に住まう人々の説得も難しい。絵画とかに興味がある人がいればいいけど……月眼のエクイアさんに慣れていたとしても、他の月眼となると話しは別だ。


 まぁ基本的に無理強いするつもりは無い。

 でも一生懸命伝えようと思う。ポーテンスフさんの楽園の意義を。


 最後のハードルが、ポーテンスフさん自身。


 うっかり「地獄側」の界廊を案内されたら、本当に地獄絵図みたいな状態になる。わたしはそれを覚悟した上で、全力でこの計画をコントロールしなければならない。


 そして何より。


 芸術には賞賛だけでなく、批評も存在するということ。


 あのポーテンスフさんが一生懸命に描いた絵に対して『なんだこのワケの分からんゴミは』というヒトはいないと思うけど、十人十色、千差万別の感情に絶対は無い。


 そしてもしも、誰かがその批評を口にした時。ポーテンスフさんがどういう反応を示すのか。


 ――――賞賛だけを得る芸術なんて、たぶん実現しない。


 大なり小なり、必ずネガティブな感想は生じる。


 それに対してポーテンスフさんが何を感じ、どう行動するかは本人も含めて誰にも予想がつかない。


 ああ、求めるものはささやかなのに。リスクがあまりにも大きすぎる。


 だけど、それでも。


「すーーっ……ふぅ……」


 やるべきことを確認して、わたしはもう一度だけ深呼吸した。


 いくぞ。やるぞ。絶対に、関係者各位全員を幸せにしてみせる。



 全力で扉を開け放つ。


 元気いっぱい。開いた片手を全力で天に突き上げ、わたしは真顔で大声をだした。


「ただいまーーぁぁぁ!」


《…………》

[…………]

「……あ、あれ? …………ただいまー!!」


[……おかえり]

《……お、おかえり》

「あれ。みんなどうしたの。なんか静かだね」


 月眼の間は静まり返っていた。


 まっ先に口を開きそうなロキアスさんでさえ、ちょっと困ったような表情を浮かべていた。


[えっと……フェトラス?]


「はい。フェトラスです」


 コテンと首を傾げてみると、ロキアスさんの表情はますます曇った。


[……君は…………ごめん。ちょっと待ってね。言葉を選ぶ]


 言葉を選ぶ。


 なんだそれは。選ばなかったらどうなるんだろう。


 その後もロキアスさんは[あー]とか[うー]とか[んん……]みたいな独り言を繰り返して、ようやく真っ直ぐにわたしを見つめた。


[フェトラス]


「はい」


[君はアホか?]


「まあ失礼な」


 怒るよりも先にわたしは警戒した。


 どうやらわたしは、また何かやってしまったらしい。




 ロキアスさんは天井の方を向いて[どうする? 僕から話す? それともお前等が?]と問いかけた。それに対するカミサマ達は《……ロキアスから説明してくれ》と返した。


[なるほど。分かった。じゃあ僕から話そう。……ただしこれはかなりデリケートな問題だ。頑張って話すけど、上手く伝わるかなぁ……]


 あのロキアスさんが少々……困惑してる? 呆れてる? 後悔してる? そのドレなのかは判別が付かないし、もしかたしたら全く別の感情を抱いているのかもしれない。あるいは全部か。


「え、えっとぉ……みんなすごく真剣な雰囲気出してるけど、どうかしたの?」


[……自覚は無い、か。まぁそうだよな]


 どこから説明したものか、とすごく小さく呟いてから、ロキアスさんは居住まいを正した。


[先程アホかと言ったけど、撤回しよう]


「なるほど。……もっとひどい悪口が出てくるんだね?」


[その通りだ]


 ハハッと嗤って、ロキアスさんはわたしを見つめた。


[君はやりすぎた]


「……どういうこと?」


[世の中にある『過剰』は全て害を招く。これに例外は無い。愛も、金も、幸福も、健康ですら。喜ばしい全てのモノは『過剰』というオーバーフローによって最終的に歪み・・を生むからだ]


「……そうかなー?」


[そうだよ。僕達月眼だってそうさ。過剰存在。その愛がどんなに素晴らしいモノだとしても、過剰に何かを愛するということは、やはり健全ではない]


「……あんまり納得出来ないかな」


[まぁこの辺の意見は極論を含むから完全にすり合わせる必要は無いんだけども。――――とにかく、『過剰』とは基本的によろしくない概念だ。ここまではオーケー?]


「おっけー」


[それを踏まえて。君がポーテンスフに与えた影響は確実に過剰だった]


 ロキアスさんのシリアスな表情を見て、わたしは少し驚いた。


「……何を愛したか知らないポーテンスフさんに、色々教えてあげたら幸せになれる、ってのが今回の楽園訪問の趣旨だったと思うんだけど」


[そうだね。だが誰があそこまでやれと言った]


「どこまでやっていい、とかそういう指示やアドバイスは無かったよ?」


 とっさにそう答えると、月眼の間から音が消えた。


 ロキアスさんの息づかいも、カミサマの気配も、オロオロしていた管理精霊サラクルさんの衣擦れの音も。何もかもが振動を止めた。


「……わたし、何か間違ったこと言ってる?」


[――――そう、だね。間違ってはいないかもね]


 ロキアスさんは深々とため息をついた。


[楽園巡り。絶対に行われないはずだった月眼による月眼への訪問。その全ての責任はカミサマにある。だけど全てとは言いつつも、やっぱり僕にも責任があって、もちろん君にもある。だけど、その全体責任量から見るとフェトラスが負担するのは二割程度で済むはずだった]


 遠回しな表現が続く。困ってしまったわたしは素直に尋ねた。


「……要するに?」


 長い付き合いだ。この会話のテンポにも慣れているのだろう。話しの腰を折られたロキアスさんはイヤな顔一つせず、簡潔に答えを示した。


[ポーテンスフは期待以上の覚醒を果たした。だが、期待以上すぎるということが問題なんだ。寒いから焚き火を作ってくれと依頼したら、森ごと燃やされた気分だよ]


 そりゃ確かに酷い。


「どこがダメだったの?」


[繰り返すが、期待以上にポーテンスフに影響を及ぼしたことが不味い。ちょうどさっきのポーテンスフが陥った状況に似ているね。干渉を通り越して、ポーテンスフは改変されたと言っても過言じゃない]


「……そんなつもりは無かったんだけど」


[そりゃそうだ。君は展示会場の絵を見て、カレーを食べて、彼の絵を見て、感想を口にしただけだ。誠実であろうとしていたし、嘘もついていない。きっと君は悪くないんだろう。――――だけど導き出された結果がすこぶる悪い]


「なるほど」


 確かにわたしは全力でお節介を焼いた。しなくていいことをした。余計なことを言った。


 ただ、それを責められているわけではないらしい。


 でも、苦言の一つでも口にしないといけない状況なのは間違い無いようだ。


[本質的に、ここにいる月眼は【天外の狂気】をブチ殺すための兵器だ。ポーテンスフは戦ったことないけどね。……それでも兵器は兵器。武器であり、敵を殺すために管理されていて、存在を許されている。そして今回の件で僕達はポーテンスフの行動が読めなくなった]


「……? 今までと変わらずに絵を描き続けるだけじゃないかな。動機こそ少し違うのかもしれないけど」


[端的に、最悪の未来を予想しよう。ポーテンスフが源泉に突撃する可能性が出てきた]


 わたしは首をかしげた。


 源泉。源泉かぁ。――――いつまで経ってもお父さんを還してくれない、アレかぁ。


「それの何が不味いの?」


[源泉に干渉されて、今のセラクタルを運用しているシステムに影響が出ると全部がご破算になるかもしれないんだ。最上位級の神理違反。世界が滅ぶどころか、全てがバッドエンドに向かう。過去も、未来も、想いも、努力も、愛も。何もかもが無価値になる]



 愛を知らなかったポーテンスフさん。彷徨い続けて、彷徨い続けて。


 そして彼はようやく愛を知った。だけど全部じゃない。だから色々な所に探しに行く。


 それが不味いらしい。どこに行くか分からないから、最悪の場所に行っちゃうかもしれない。危険なことをするかもしれない。そのリスクによって生じた損害は誰にも補填が出来ないかもしれない、と。


 ふーん。


 源泉、ね。




「どうせ永遠なんて無いんだし。そうなるのも、ある意味必然なんじゃない?」




 わたしが平然とそう返すと、ロキアスさんはパチパチと瞬きした。


[……え?]


「え、ってなによ。源泉? 知らない。見たことない。感じたこと無い。お話し出来るんなら是非ともしてみたいけど」


[ふ、フェトラス? なんでキレてるの?]


「あー。ポーテンスフさんとのやり取りは観察してたかもしれないけど、わたしの内面は観察出来ないか。でも確か、一言だけ口にはしてたと思うんだけど……まぁいいや」


 少しうつむいて思考を走らせる。速い。ああ、わたし銀眼化してる。


「はい、じゃあどうぞ。――――わたしは今、何を考えているでしょう? 当ててみて・・・・・。そういうの得意でしょ?」



 ポーテンスフさんの楽園。その地獄側の画廊にて、わたしは呟いたのだ。


『殴り込んでやる……カチコミじゃ……ふざけんな源泉……』


 いつまで経ってもお父さんを還してくれない源泉に、わたしは用事がある。



 ロキアスの顔が驚愕に染まり、その一瞬後にはとても大きな笑みに変わった。


[――――へぇ、なるほど。そう来るかい。本気なんだね?]


「割と」


[――――うーん、悩ましい。どっち側・・・・に付くのが愉しいかなぁ!]



 パチン、と控えめな雷音。


 すぐさまオメガさんが光るヒトの姿で顕現してきて、小走りでこちらに近づいてきた。



《Ω・あの……》

「なーに」

[何かな]


《Ω・聞き間違いで無ければ……源泉に、何かするつもりなのか?》

「いい加減お父さんを還してもらおうかと」

[素晴らしい親子愛だね]


 わたしが淡々と答えると、オメガさんは縮こまるポーズを見せた。


《Ω・その……最大限、努力する。本来ならば何でもすると言いたいのだが、それが出来ないことを許してほしい。だが、最大限の努力をする。敬意を払う。我々が支払えるものなら何でも支払う。だから、お願いします。源泉にだけは手を出さないでください》


「…………」

[現状維持を望むのか? それは、あまり愉しくなさそうだ]


《Ω・お願いだフェトラス。我々は、カミノ様を愛しているのだ。魂を持たないはずの我々だが、その愛によって魂を実感している。どうか思いとどまってください。お願いします》


「…………」

[ポーテンスフのことで思い悩んでいたのが馬鹿みたいだ。そうだとも。もっと面白いことが存在する。この展開は全然予想してなかった。この僕が、だ。それはとても価値のあることだ]


 うきぃ、うきぃ……とおぞましさを増してキャッキャッし始めたロキアスさんをわたしは片手で制した。


「ロキアスさん。少し静かにしてて」

[はーい]


「……割と素直に聞くんだね。まぁいいや。その手の平で踊ってあげる。さて、オメガさん」


《Ω・はい……》



「その神々しい姿で、小動物みたいにピコピコ頭下げるのやめてよ。なんか……ふふっ、気が抜けちゃう」



 ひたすら両手を合わせてぺこぺこしているオメガさんは、ちょっと可愛らしかった。ずるい。あまりにも姑息すぎる。カミサマ名乗るのやめてほしい。


『神の一柱・否定のオメガ』というよりも『おめがちゃん』って感じ。


 神の威厳もクソも無い。つまりはそれぐらい本気なのだろう。


「あーあ」


 ついさっき聞いた、過剰は全て害を生む、って話し。


 なるほど確かに。わたしが愛のままに行動すれば、他のナニカを踏みにじる可能性は確かにある。


「あーあ……」


 でも、お父さんに会いたいなぁ。


 会いたいなぁ。


 銀色が、鎮まらない。



「ロキアスさん」

[なにかな]


「源泉にカチコミの件、やっぱ無しで」


 わたしが静かにそう言うと、ロキアスさんは深々と一礼してみせた。


[凄まじい自制心だと、心からの尊敬を送るよ。……でもカチコミという表現こそちょっとアレだけど、選択肢の一つではある。すごくすごく愉しそうだから、やる気になったら是非相談してくれたまえ]


「ありがと」


[さてオメガ。フェトラスの機嫌はまだ悪いままのようだが、別に今だけの話しじゃない。彼女はずっと我慢していた。そしてこれからも我慢してくれるそうだ。そこはお互い尊敬の念を忘れずに、きちんと気を遣ってあげようじゃないか]


《Ω・もちろんだ。……ありがとう、フェトラス》



 どうしても我慢出来なくなったら、やるから。


 その時は頑張ってわたしを殺してね。


 わたしも頑張るから・・・・・・・・・



 全ての言葉を飲み込んで、わたしは沈黙を示した。




[さて。今となってはポーテンスフの問題がとても可愛らしいレベルになってしまったな……。だけど一応は情報のすり合わせをしておこう」


「……そだね」


[ポーテンスフが覚醒したことによって、彼は誰にも手の付けられない化け物となるか、あるいは究極の雑魚になるかの二つの未来がある]


「……そうなの?」


[そうとも。彼の愛は変質して、楽園さえも否定された。それ・・が再び起こらない可能性はゼロじゃない。他の楽園は安定しているが、彼は不安定だ。危なっかしいことこの上ない]


「でも、雑魚って。あのポーテンスフさんが弱くなるの?」


[兵器としての戦闘能力が欠落する可能性、って考えると全然あり得るよ。ただその分、彼には別の可能性も増えた。出来ることが増えたんだよ。激増したと言ってもいい。第一級神理聖遺物である美醜杖に触れた経験もあるし、本当に源泉に興味を抱く可能性もある]


 ここでわたしは(なんだか可能性のお話しばっかりだなぁ)という感想を抱いた。


 そして銀眼による思考の速さは、適切な段階を踏んでわたしを答えに導く。


(ああ、そっか。このヒト達は本当に神理を大事に守ってるんだな)


 だから極小の可能性ですら怖れる。排除を試みる。自分達の大事なものに傷一つつけないよう、一欠片のホコリすら触れないよう。


 そんな彼等が苦言を呈している。


 だからわたしは、それに対して適切に答えるだけ。


「分かった。とりあえず何かあったらわたしが責任を取るよ」


[……責任というと?]


「ポーテンスフさんが誰も困らせないように、頑張る」


[頑張る、か]


「うん。さっきロキアスさんは全ての責任はカミサマにあるって言ってたけどさ、わたしはそうじゃないと思う。きっと誰かが何かに関われば、それぞれに出来ることはあるはずだよ。責任に割合なんて無いし、あったとしてもそれは悪い結果が出た時にだけ用いればいいんじゃない? とりあえずみんなが出来ることを、やりたいようにやればいいんじゃないかな」


 わたしのやりたい事。


「……わたしはみんながハッピーになればいいと思ってるだけだし、わたしの行動によって悪い状況が訪れたとしても、わたしは変わらずにみんながハッピーになれるように努力するだけだよ。そして」


 真剣な表情のお父さんを思い出す。最悪の定義を思い出す。だからわたしは。


「わたしは最悪なことが起きる前に、その可能性を殺戮するだけ」


 それが大好きなお父さんに教わったことだ。


 会いたい気持ちが心を冷やしていく。


 銀色の意志が、悲しみで薄らいでいく。


 わたしは何度目かのため息を吐いて「ところでそのポーテンスフさんがハッピーになれる計画があるんだけど、聞いてくれる?」と苦笑いを浮かべた。





 わたしはサラクルさんが淹れてくれたお茶を飲んで、ほぅ、と幸せな吐息をはいた。


「おいしー」

「それは良かったです。お茶菓子もどうぞ」


「いつもありがとうね、サラクルさん」

「ふふっ。ありがとうって伝えてくれて、ありがとうございます」


 ほのぼのとした時間を過ごす。


 ようやくわたしは気持ちが落ち着いて、サラクルさんに微笑みかけた。


「でもサラクルさんも大変だよね。ここにいるの、怖くない?」

「怖いですね」


「だよねぇ……ねぇねぇカミサマ。たまにはサラクルさんを自由にしてあげてよ」


 そう話しかけると、意外にもアルファが乗ってくれた。


《α・ふむ。サラクルよ。何か希望はあるか?》


「そうですねぇ。たまにはメメリア様の様子をうかがいたいところです。あとはヴァウエッド様の冷蔵庫の整理とか。ああ、叶うならクティール様の楽園の管理もしてみたいですね」


「い、意外と凄いこと言うね……それ全部死ぬ可能性があるんじゃない?」


「ありますね。ただ……まぁ、これが私ですので」


 流石は管理の精霊。その境地は最早愛なのではないだろうか。


「……サラクルさんが魔王になれば、すぐに月眼化出来るんじゃないかな」


《E・サラクルは高等精霊ではあるが、完全に受肉しているわけではない。そして何より殺戮の資質が付与されていない》


「あーその問題があったか……。まぁいいや。サラクルさん、本当にやりたい事ができたらわたしに言ってね。何でも協力するよ」


 そう告げるとサラクルは花のように可憐な笑顔を浮かべて「はい」と言ってくれた。


「さて」


 心も落ち着いたことだし、本題に入るとしよう。ポーテンスフさんのことだ。


「観察されてたはずだし、もう計画の全容は知ってると思うけど改めて。結婚の魔王エクイア・セッツの楽園から住人を借りて、美醜の魔王ポーテンスフの楽園に招待するって話し。――――どう思う? カミサマ達の総意じゃなくて、順番にどうぞ」


《α・リスクが高すぎる》

《B・ポーテンスフは現在創作中だろう。しばし時間を置いて様子を見るべきだ》

《C・然り。……あるいは、人々が死ぬ可能性を許容出来るのならば有効であろう》

《D・エクイアは恐らく拒絶するだろう》

《E・ポーテンスフが安定を取り戻すかもしれぬが……》

《F・想定外にポーテンスフが強大化し、フェトラスでも制御出来ぬ場合が恐ろしい》

《Ω・リスクが高すぎる》


「ふーん……アルファとオメガさんが意見一致するのって珍しいね」


《α・リスクを完全回避出来るのならば、試してみるのも悪くは無いと思う》

《Ω・だが、リスクを完全回避出来るとは到底思えない》


「なるほど。そういう一致。……おおむねダメって感じかな」


《……総意としては、そうなるな。許容しかねる。あぶない。こわい》


 なんかちょっと話し方に遠慮を感じる。

 さっき銀眼化したのをまだ引きずっているんだろうか。


 ちらりとロキアスさんに視線を送ると、彼は背筋をピンと伸ばし、片手を高々と掲げていた。鼻息が荒い。


「…………はい、ロキアスくん。意見をどうぞ」


[はい! 僕は大賛成です!]


「その理由は?」


[面白そうだからです!!]


「愚問だった」


 およよと両手で顔を覆うと、ロキアスさんが鼻で笑う音がした。


[本当にね。今のは質問が悪かったんじゃないかな]


「じゃあ……どうすれば丸く収まると思う?」


[まずは僕が行くのが一番丸いんじゃないかな]


 平然とそう言い放ったロキアスさん。口角がピクピクと上に行きたがっている。


 なるほど確かに。何かあってもロキアスさんなら対処は可能かもしれない。


「でも残念ながらロキアスさんは出禁だってさ」


[なんでだよぉポーテンスフッ! 僕と仲良くしようよ! フェトラス、仲介して!]


「無理です」


 容赦無く斬り捨てると、次はサラクルさんが手を上げた。


「では、私ならどうでしょう? 絵の鑑賞の他に、ポーテンスフ様さえ許可して頂けば作品の管理にも携わりますが」


「……ダメ」


「あら。適任かと思ったのですが……」


「ごめんだけど、サラクルさんの動機はロキアスさんのソレに少し似てる。ちょっと『管理したい感( エゴ )』が滲み出てる。わ、悪いことじゃないんだけど、その」


「撤回しますね」


 ロキアスさんに似てるという言葉が刺さったのか、サラクルさんはシュバッと後退した。


 しーんと静まり返る月眼の間。


「うーん。やっぱり一番丸いって言ったら、もう一回わたしが観客を務めるのがいいのかなぁ」

 

[まぁ確かに丸い。安定の一手。安心のいつも通り。鉄板。だけど正直に言うと変化に乏しいかな]


「だけどみんなはポーテンスフさんの変化を怖がってるんだよね?」


《α・であるからこそ、せめて良い方向に誘導したいと考えている》


「誘導、か」


 そんなこと出来るのだろうか。


 人材を用意出来たとして、リスクを排除するために『批判禁止』を徹底する?

 もしくは批判されてポーテンスフさんがキレたとしても、わたしが徹底的に抗う?

 それともポーテンスフさんの好きにやらせる? 源泉に行きたきゃどうぞご自由に。


 とは言っても、ポーテンスフさんは源泉に興味を抱かないだろうけど。もしかしたら見たがるかもしれないけど、干渉しようとはしないはずだ。彼は改変を悔いていたのだから。


 そんなことをツラツラと考えているとロキアスさんが肩をすくめた。


[とりあえずエクイアに相談してみるべきじゃないかな。彼女がどう思うのか、ってのも重要な参考になるはずだよ]


「それはそうだけど……。あーあ、最初は良い案だと思ったんだけど、みんなの話しを聞いてると断固拒否される未来しか見えなくなっちゃったんだよね」


 Dのカミサマもそう言ってたし。


 ちょっと憂鬱な気分。わたしはサラクルさんが用意してくれた焼き菓子に手を伸ばした。さくさく。もぐもぐ。


「ふー。……とりあえず、言うだけ言ってみようかなぁ」


[そうだね。案外すんなり許可してくれるかもしれないさ。そうでなくても断固拒否される未来が見えているのならば、その未来に備えて、抗うべきだよ。こっちには答弁を準備する時間がある]


「ん。りょうかい。そうしてみるね」


 でもごめんだけどまずそのまえにわたしにはやることがある。



「とりあえずセラクタルに一度戻ります」



 意識して柔らかく言ったつもりだったけど、カミサマ達は少し怯えた様子で《どうぞどうぞ》とわたしを送り返してくれたのだった。




 今回は、少し、疲れた。


 わたしはお父さんの帰りをいつまでも待つ。


 だけど今回、わたしは認識してしまったのだ。


 お父さんがいるかもしれない場所を。


【源泉】


 あたまが煮える。


 こころが穴だらけになる。


 ゆびさきが冷たくなって、わたしはお父さんと手を繋ぎたいと思った。




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