25 「一撃必殺」
英雄は森に逃げていった。
まぁ妥当な判断だと思う。でも、もう止まらない。終わらない。殺すまでは。
「………………」
分からない。何でこんな事をしているんだろう。
どうしてあの人を殺す必要があるんだろう。
「だってわたしは殺せるんだもの」
殺したあと、どうなるんだろう?
悲しくなるのだろうか。それとも、もっと殺したくなるのだろうか。
昨日までの、お父さんの娘だったフェトラスのままでいられるのだろうか。
あるいは、カルンさんの言っていた魔王の在り方に近づくのだろうか。
どっちのわたしが、本当なのだろう? いや……どっちが、正しいのだろう、かな。
フェトラスか。
あるいは魔王か。
どちらでいることが正しいのか。
「それを知るために、殺すの」
じゃあ――――殺さなかったら?
「なんのために? 殺さない理由は?」
殺す理由はある。だけど、それでも。理由も無く殺さないという道はどうだろうか。
「……もう遅い。あの【魔人】は止まらない」
だからこの疑問は、もう手遅れだ。
英雄が森に逃げたのは、木々を遮蔽物として使用するためだろう。
たしかに【魔人】は巨体だし、森の中では多少の不自由を得るかもしれない。だけどそれではわたしの【魔人】は倒せない。
だって逃げるだけの獲物は、捕まった瞬間に殺されるのが相場だからだ。
ここでこうしていても始まらない。
あの人が死んだのを確認しなきゃ。わたしは残せないらしいけど、あの人は残せる。死体という物体を残すことが出来る。
胸がぎゅぅっとしてる。よく分からない。
天秤にかけたのだ。こうすると決めたのだ。だから胸が痛む理由は無い。わたしは最善の道を取っている。――――それだけを信じて、わたしは英雄の後を追い始めた。
浜から林。林から森へ。
目に付いた最初の大木は、見事に叩き折られていた。どうやら【魔人】は真っ直ぐにあの人を追いかけているようだ。倒された木。広がった空間。まるで道のように森が切り開かれている。
テクテクテク。のんきに歩く。モンスターは寄ってこない。
そして道の終わりで、わたしは信じられないモノを見た。
「ぜあああああああ!!」
「――――――――!!」
黒い騎士と元英雄が、楽しそうに踊っていた。
片方は華麗なワルツを。もう片方はランスを持ちながら無骨なステップを刻んでいる。
「なんで……」
黒い騎士がランスを振り回す。木が折れる。地面が弾ける。当たったら死ぬ。そんな攻撃。だけど英雄は、幾度となく繰り返された攻撃を全てかわしていた。だって生きてる。
「とりゃああああああ!!」
「―――――――――!!」
ただひたすらに避けるだけ。それだけに全力を注いでいる。あの英雄だけが一方的に攻撃されている。だというのに、焦りの表情を浮かべているのはわたしが造った【魔人】だけだった。
「はっ、ははっ」
英雄は笑っている。
「……いまなら」
今なら、きっと魔法が当たるだろう。【炎閃】と呟くだけで簡単に殺せるだろう。
だけどわたしは魔法を唱えなかった。
理由はいくつかある。
【魔人】の攻撃が当たれば英雄は死ぬ。
呪文の追加攻撃はちょっとアンフェアな気がする。
あの英雄はそんな地味な魔法では死にたくないと言っていた。
そしてなにより―――あの英雄が【魔人】を倒す所を見てみたいと思った。
黒い騎士が攻撃のスタイルを変える。ただ振り回していたランスを、突き殺すために動かす。だけどやっぱり当たらない。
英雄は徐々に後ろに下がりながら、ちらりとわたしを見た。
ニヤリ。
嫌味っぽく笑われた。だけど不愉快じゃない。「ま、見てろよ」なんて彼の声が聞こえてきそうな、頼もしい笑顔だった。
何か打開策でも見つけたのだろうか。逃げている間に? それとも、踊っている間に?
英雄の姿が木々の間に隠れる。
黒い騎士は見失った敵をあぶりだすために、近場の木を一掃した。
なぎ払われる木々。響く倒壊音。
そして。
「もらったぁぁぁぁ!!」
どこから現れたのか。英雄は黒い騎士の背後に立っており、手にしていた石で【魔人】を殴りつけた。
そんな石でどうにか出来るのだろうか。
疑問に思ったが、すぐに納得した。
黒い騎士の背後。その一点に緑色が見える。
「カルンさんの左腕……かな」
魔族の皮膚の色だった。どうやら【魔人】をこしらえる際に、混じってしまったらしい。わたしが対象としたのは砂だから、魔族の肉には作用しなかったようだ。
英雄はその部分を石で叩きつぶして、本当に小さな隙間を作った。そこからわたしの魔力が漏れだしている。微量だけど、黒い騎士が動くたびに魔力がこぼれていく。
濡れた砂で作ったお城。乾けば風に壊される。そんな様子を再現するみたいに、【魔人】は英雄を攻撃する度に少しずつ弱体化していった。
それからも延々と、彼は【魔人】の攻撃を避け続けた。ただの一度も当たらず、どこか余裕の表情を浮かべたまま。もしわたしがあそこに立っていたら、きっと一撃すらも避けられないだろう。
「んじゃ、これでサヨナラだな!!」
最後にそう呟いて、英雄は全速力で【魔人】の間合いから離脱。そのまま浜の方へと駆けていった。
「―――――――――!」
英雄を追おうとする【魔人】。だけどもうダメだ。浜につく頃には壊れてしまうだろう。
「はっ…………」
なんということだ。ただ逃げていただけのくせに、たった一回の攻撃で【魔人】を倒してしまった。
「ははは…………ふふっ、あはははははは……」
すごい。すごい。すごい! どうすればあの人を殺せるんだろう!
わたしは壊れていく【魔人】の後をゆっくりと追って、今後のことを考えた。
「今のはわたしの些細なミスね。まさかカルンさんの左腕が混じってたなんて……。運が悪かったのかな。もし混じってなかったら、勝てたかな?」
【魔人】には耐久時間という制限こそあるけれど、それは英雄も同じことだ。生き物の体力は無限じゃない。ずっと戦い続けることは不可能だろう。
だから浜でもう一度だけ完璧な【魔人】を作れば、わたしは勝てるはずだ。
でもそれは面白くない。
【雷千走閃】もそうだ。たぶんもう一度アレを唱えたらわたしは勝てる。
でもそれはしたくない。
「さぁて、どんな魔法にしようかな……」
派手なのが良いと言っていた。
だったら、わたしがもってる魔力で作れる最高に派手で綺麗な魔法を唱えたい。
あの人に、魔王の敵に、英雄に、お父さんに。
不意に彼の言葉を思い出した。
『そういえば、お前を拾った理由だが。……こういう風に、話し相手になってもらいたかったんだよな』
きっと嘘じゃない。カルンさんと違って、あの人は嘘をつかない。
でもわたしは魔王だ。そしてあの人はフェトラスの味方。魔王の敵。つまりわたしの敵。
殺せる。殺せない。殺したい。殺したくない。
もう分からない。きっと何にも分からない。
だから次で最後にしよう。
「さぁて、どんな魔法にしようかな……」
全力でやって、その結果を受け止めよう。わたしはそう決意して瓦解し始めた【魔人】の後を追いかけた。




