Q.殺戮者を幸せにする方法
ポーテンスフは六枚目の絵『赤目の魔王さん』の前から動こうとはしなかった。
いや、正確に言えばよく動いている。首を傾げたり、前後左右に行ったり来たり。下からのぞき込んでみたり、かと思えばキスでもするのかと勘違いするような距離で絵を凝視したり。
だけどポーテンスフは六枚目の絵から離れようとしなかった。
ピエロのようなメイクには似つかわしくない、極めて真剣な表情。
時折うなったり、長い沈黙の後に[ふむ]と声をもらしたり。
そういう行為はとても長い時間行われた。時間を計ったわけじゃないけど、さっき食べたカレーが完全に消化される程度の時間は経っている。
だけどわたしはじっと彼の側で控えていた。一言も発さず、動かず、ただ彼の背中を見つめていた。
――――現状、わたしはとんでもない無礼者だ。
楽園に乱入したかと思えば、ストレートに批判の言葉までぶつけている。
……攻撃されなかった理由が分からない、ということが不気味すぎる。触れてはいけないはずの逆鱗を殴りつけたのに、ポーテンスフは怒らなかった。それは彼が寛大だからじゃない。
きっとポーテンスフの怒りのスイッチは、わたしの価値観の外側にあるのだ。だから下手に動くことがもう出来ないでいた。
さっきまでは「なんとかなるさー」というテンションであったことを正直に認める。
でも今じゃもう無理だ。
美術館を汚染していた時のポーテンスフは、本当に恐怖の塊だったから。
そんな彼が、今は一枚の絵を熱心に見つめている。
問いかけ。
『この殺戮者である魔王と死体の絵を救済するのならば、どのような方向性が相応しいか』
……とても難しい問いかけだと思う。改心させる、または何かを愛させるというわたしの意見は却下されているし、今の所は他の案なんて全然思い付かない。
だからわたしは、ポーテンスフが答えを出す時をじっと待ち続けた。
だけど。
まさか彼が丸一日に近い時間、絵を見続けるとは思わなかった。
[ううむ……]
「…………」
[……………………ふむ……]
「…………」
ここは楽園だ。時間の流れ……というか、循環の法則が異なっている。
本来ならば【楽園】と呼ばれる領域で空腹を覚えることは無い。
エネルギーが循環しているからだ。ここは不変の場所。
設定次第では空腹を覚える仕様も実装出来るんだろうけど、ポーテンスフは食事を必要としていない。
なので空腹を覚えることはない。
もう一度だけ言おう。空腹を覚えることはない。
ないのに。
どうしてこのお腹はなるのかなぁ。
[………………]
(くぅ)
[………………]
(ぐぅー)
恥ずかしくて泣きそう。
(いや違うの。無礼者のわたしはお行儀良くしなくちゃいけないの。反省とごめんなさいを態度で示すの。ただものすごく長い時間ここにいるし、ぶっちゃけ退屈だし、暇だからお家に帰った時の献立を考えただけなの。お腹すいてないもん。それに成熟した魔王は【魔】に寄りすぎる、つまり命ではなくかなり精霊に近い存在になるからご飯の必要性があんまり無くて)
大きなドンブリにライスを山のように乗せて、そのライスの山に唐揚げを無理矢理ねじこんで、上から甘辛いタレをどばーっとかけて。
[………………]
(ぐぅぅぅ、ぎりゅぎりゅぐる)
わたしは両手で顔を覆った。
[…………]
「ひぃん……」
恥ずかしくて死にそう。
そして衣擦れの音が聞こえた。
顔を上げると、ポーテンスフが怪訝そうな顔でこちらを見つめているのが分かった。
[………………]
ただし怪訝な表情のまま、何も言わない。
「…………」
[…………]
非常に切ない沈黙が二人の間に訪れた。
先に折れたのはポーテンスフだった。
[……貴女は何をしに、この楽園へ?]
尋ねられたなら喋ってもいいはず。わたしは顔を真っ赤にしたまま、おずおずと口を開いた。
「えと、あの……最初の方でも言ったと思うんですけど、見学です」
[なるほど。では今は何をしてらっしゃるので?]
「え……」
[見学の件でしたら、既に許可は出したつもりでいたのですが。ええ、どうぞご自由にご覧になって頂いて構いませんよ]
「でも。わたし、貴方の楽園に文句とか言っちゃったすごい無礼者なので……」
[はぁ。左様ですか。それで?]
「……だから勝手にウロウロするとポーテンスフさんがイヤな気持ちになるかな、って」
[構いません。どうぞご自由に]
そうは言われてもなぁ。
ちらりと、わたしは廊下の奥を見つめた。
なんて呼んだらいいのか分からないのでカタストロフィ地点とか呼んでるけど、ここの絵は嫌いだ。救済された絵の付近はかなりマシな状況だけど、五枚目以降からは空気が悪い。感触も最低。耳障りがひどい劣悪な環境。ここの見学は流石に遠慮したい。
でもさっきの美術館(あっちは好き)に戻ろうと思ったら、窓を突き破るしかない。最初は緊急事態と思ってブチ破ったけど、二度目の今はポーテンスフが謎の方法でこちらに送り込んできた。謎すぎて再現出来る気がしない。
ご自由に。その言葉がどの程度の自由を指すのか全然分からないので、もう一回窓を壊す勇気なんてあるはずもなく。
そうやってわたしがマゴマゴしているとポーテンスフはため息をついた。
[――――ふぅむ。では――――ううむ……そうですね。大変珍しいお客様ですし、少しだけ対応して差し上げましょう]
「対応?」
[最初は物珍しさもあったのですが、現段階で貴女は非常に退屈だ]
「ぐっ」
[ですがそれもどうやら緊張・遠慮・恐怖・不安といったネガティブな感情に行動が制限されているようにも見えます。初対面の段階よりもそれは顕著だ。食事をしていた時の方がよほどマシでしたよ]
「そ、そうですか」
[特に遠慮の姿勢が良くない。貴女の個性が何も見えない。だから興味を抱けない。価値を見いだせない。美でも醜でもない貴女]
言いたい放題のポーテンスフはそこで再びため息をついた。
[こちらのリクエストとは言え、既に貴女は私を魔法で打ち抜いているというのに。今更何の遠慮を?]
「あ」
それは、そう。
わたしが息を止めてまばたきを繰り返すと、ポーテンスフは頭をかいた。
[……対応するとは言いましたが、興味が無さ過ぎて喋るのが面倒になってきました]
「ちょっ」
[なので見せて下さい。貴女は美しいのですか? それとも醜いのですか?]
それは今までで一番難しい問いかけだった。
その問いに答えるのに必要なのはとても高い自己評価か、あるいはひどい劣等感のどちらかだ。
だが見せろと言われれば見せるしかない。わたしという存在を。
思い出せ。わたしが持っているもので一番美しいものはなんだ? お料理か? 虹色の魔法か? ――――違う。わたしは。
思い出せ。わたしの中の醜いものを。殺戮者。傲慢な世界管理者。――――違う。わたしは。
『将来に期待だな』
――うん。わたしも期待してる。結婚しようね。
『話し相手になってくれよ』
――色んな事を一生分話したよね。でも全然足りないよ?
『お前の名前は、俺がつけてやるよ』
――フェトラス。わたしの宝物。
『寿命が来るまで楽しく生きてやる』
――わたし号泣してたのに、笑いながら目を閉じるんだもん。
『……成長しても、俺を殺すなよ?』
――そんな不安を抱えてたのに、私を育ててくれてありがとう。
彼は言った。
世界で一番綺麗な笑顔だった、と。
お父さんがお母さんにプロポーズした日のことだ。
だから私はそうなんだ。
百万人から「美しい」と評価されたら照れつつも謙遜しよう。
百万人から「醜い」と評価されたら静かに否定しよう。
でも誰かに「綺麗だ」と言われたのなら、私は満面の笑みを浮かべよう。
[私が美しいか醜いかは、そちらが勝手に判断すればいい。私の自己認識はそのどちらでもない]
美しいと綺麗は似たような意味かもしれない。でも絶対に譲ってやらない。
そんな敵愾心を抱きながらも、私は月眼を想い出す。
その輝きを見てポーテンスフは薄く嗤った。
[……ほう。別に疑っていたわけではありませんが、確かに月眼だ]
[ええ。十三番目の月眼。極虹の魔王フェトラス。愛した者は、私を育ててくれたお父さん]
[なるほど]
ポーテンスフは頷いた後で、思いっきり首を傾げた。
[…………殺戮の精霊を育てた?]
「そうだよ。人間だった。魔王崇拝者でもないのに、私を大事にしてくれた」
[………………なるほど?]
疑っているのか、それとも理解出来ないのか。ポーテンスフは首を反対の方向に傾げ始めたが、突然両目を見開いた。
[ああ。そうだ]
急激にきびすを返したポーテンスフは六枚目の絵に向かって片手を突き出す。
[何も愛せぬ殺戮の精霊。
……では逆に、それが愛されるのだとしたら?]
紡がれた呪文は汚染でも救済でもなく干渉を引き起こす。
【冠賞】――――魔王は冠をその頭部に抱き、人々がそれを後方で賞賛している。相変わらず魔王さんは前を向いているが、何か攻撃の真っ最中のようにも見えた。
そして彼の視線の先には【真っ青な血を流し続ける巨大な肉の戦艦】が空に浮いていた。
見た瞬間に魂が理解した。
あれは天外の狂気だ。
[うーむ……素晴らしい……ああ、これは美しい]
ポーテンスフはうっとりと呟く。
魔王としての機能や意思はそのままに。
ただ殺戮対象が変わり、人々はそこに救いを見出す。
世界の敵が、誰よりも頼もしい救世主へと変貌していた。
――――だけど描かれた天外の狂気のフォルムがあまりにも禍々しく冒涜的で、私の指先は震え続ける。
[殺戮の精霊。それが目指す本来の存在理由。なるほど。どうやら私は視野が狭かったようだ。こんな――――ああ……]
干渉はすでに終わっている。
赤目の魔王さんが勝つのか、それとも天外の狂気によってセラクタルごと破壊されてしまうのか。その結末は描かれていない。だけど絵の中の魔王さんは力強く人々の賞賛を背負っていた。
[――――ひゃっ]
ポーテンスフの身体がブルリと大きく震えた。
[アヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!! カッ、ブヒャヒャヒャヒャッ!]
狂乱。
[素晴らしい! ああ! ああ! 意識の外側! なるほど! 足りてない足りてない全然全くこれっぽっちも微塵も足りてない! よりにもよって天外の狂気! 絶対にあり得ない光景! あっはっはっはっは!!]
ポーテンスフは膝から崩れ落ち、ダンダン! と強く廊下を殴りつけた。
[面白い愉しい嬉しい喜ばしい! あああああ!! 震えが止まらない!]
どうやら頭ハッピーらしい。私は半歩下がった。
と、ここで気がつく。六枚目の絵が干渉された結果の一つなのか、尋常じゃ無いくらいここの空気が清浄化していた。
今までの絵よりも凄まじい改変具合だ。さっきの美術館なんてメじゃない。呼吸をするだけで元気になれそうな、笑顔になってしまいそうな。……栄養のある空気って何?
私が戸惑っていると、ポーテンスフは満面の笑みでこちらを見つめてきた。
[貴女! そこの貴女! いいですね貴女! 最高ですね!]
[あ、はい……どうも……]
[ではここで問いかけです! この素晴らしく最高に美しい絵を、貴女ならどう醜くしますか!?]
もう完全にダメだ。ついて行ける気がしない。
だけど月眼状態の私は冴え渡っているので、直感的にとある光景を思い出した。
観察の魔王ロキアスさんの楽園でのことだ。
『ロキアスさんは、ここで完結したくないんだね。
全てを識って満足しきらないように、あえて楽園から出てるんだ』
そして目の前の月眼。美醜の魔王ポーテンスフ。彼は違う。ロキアスさんとは真逆だ。
彼は自らが望んだ楽園に居ながら、ずっと飢えていた。
だからこんな風に気持ちが高まってしまって、セーブが一切出来ないでいる。
例えるなら、ロキアスさんはたくさんのごちそうを前にして、つまみ食いばかり。
でも飢えたポーテンスフは久しぶりのご馳走を前にして、骨までしゃぶり尽くす勢いを見せている。
……ポーテンスフは自分が何を愛したのか明確に理解していない。にもかかわず彼は月眼化した。
それが表すのはとてもシンプルな事実。
彼の愛は、言語化出来ないのだ。
彼が愛したのはおそらく感情の爆発そのものだ。魂が震える瞬間、とでも呼ぼうか。
だけど彼自身その原因が言語化出来ないから、再現が上手くいかない。
難儀すぎて説明が難しい。
だけどなんとなく、楽園の中を彷徨い続ける哀しい後ろ姿が幻視出来た。
要するに――――彼は感動したくてたまらない性を持っているんだろう。でもどうやったら自分が感動するのか分からなくて、なのにその感覚の沼に沈んでしまって、つまりはよく分からないまま幸せなのだ。
『この絵をどう醜くする?』と問いかけてきた割には、もうポーテンスフさんは六枚目の絵に向き直っている。
大きな背中が震えている。愉しそうに、幸せそうに、狂乱しながら、もしかしたら涙を流しながら、それでも大声で嗤っていた。
一日と言わず一週間ぐらいこの場に留まりそうな勢いだ。
……なんか幸せそうだし、もう帰ろうかな。
知らぬ間に目的は達成してたし。ええと、ロキアスさんが言ってたヤツ。
『ポーテンスフは自分の愛に確信が持てないまま楽園に行ったせいで、その状態をずっと続けている。だから君が手助けしてあげれば、きっと彼は喜んでくれるよ』
手助け出来たのかどうかはよく分からないけど、とりあえず彼は大喜びの真っ最中だ。
理解不能な月眼だったけど、まぁ、なんとなくこうかな? という仮説は立てられた。新米の私としては上々の結果だろう。
(よし、そっと帰ろう)
どうかそのままお幸せに。次の絵も素敵に干渉してハッピーになれたら嬉しいな。
美術館の絵を汚染するのは止めて欲しいけど、まぁそれは私の個人的な意見だから伝える必要は無いだろう。
一呼吸置いて月眼を鎮める。
そしてわたしは顔を右手に動かした。
出口は無かった。ただの壁しか存在してない。
そう、ここはカタストロフィ地点。そしてわたしが入ってきたのは「美術館側」だ。
[フフッ……うふっ……イヒヒヒヒ……!]
(声かけたくないなぁ)
彼はお愉しみ中だ。邪魔するのは絶対によろしくない。
じゃあ勝手に窓をぶち破る? [うるせぇ!]って吹き飛ばされる可能性が高い。
……もの凄く静かに窓を切り抜いてみる? でもポーテンスフはわたしの魔法にとても敏感に反応する。
あ。
だめだこれ。詰んでる。
こうしてわたしは、嗤い続けるポーテンスフさんを見守る係になったのであった。
まさか本当に一週間くらいかかるのかな、と凄く不安だったんだけど、意外なことにポーテンスフさんは十分ぐらいで正気に戻った。
[はぁ……最高です……ん?]
わたしの存在を思い出したのか、ポーテンスフさんはこちらに向き直ってパチパチとまばたきしてみせた。
[ああ。貴女。まだいたのですね]
「あ、はい」
[この絵を醜くするアイディアは思い付きましたか?]
「え……」
[私としては、まぁ当然のごとく『このバケモノに世界中が蹂躙される様子』だと思うのですが、是非とも貴女の意見を聞いてみたい]
ポーテンスフは先程よりもかなり友好的な微笑みを浮かべて見せた。それはたぶん歓迎すべき事なんだろうけど、イヤな予感が強すぎる。
でも何かに慣れてきたのか、わたしの口はスルッとアイディアを吐き出す。
「……その魔王さんが天外の狂気の味方になっちゃう、とか」
[はぁ!? ……さては貴女天才ですね!?]
絵に振り返ることもせず、彼は【冠消】と叫ぶ。
――――王は冠を自らの手で粉々にし、前ではなく後ろを向いて、人々を。
それと同時にここの空気が再び最悪化する。
『見れば魂が汚れる』
そんな予感が脳裏に走ったので、わたしは大きく後ろに飛んで三枚目の絵付近に退避した。
「ごめんなさいごめんなさい! 今の無し! 今の無しで!!」
[何故ですか!? 至高の発想! 残酷ではあるが、現実に忠実過ぎる魔王解釈! ええ、ええ! きっと彼ならば『あんなバケモノに殺されるぐらいなら、その前に全てを殺戮してやる』と燃えたぎることでしょう! 人々が希望を抱いた瞬間に、なんとまぁ! 彼等は絶望すら出来ず、ただ唖然とするばかりでしょう! 誇ってください! 貴女のセンスは最高です!]
今度の狂乱は十五分ほど続いた。
[ではこの絵を、更に、更に美しく! 貴女なら出来ます!]
これ以上どうしろって言うのよ。もう無理でしょ。
だけど考える時間はあった。なのでわたしは慎重に言葉を発する。目的はあの最悪の空気の排除。
「……ポーテンスフさんがその絵の中にいたとしたら、どうします?」
[ほう! 私が自らこの絵の中に! それで? それで!?]
「…………それで、好きなように立ち振る舞ってみてはいかがでしょうか」
好きなだけ救済してください。
そんなことを言ってみると、途端にポーテンスフのテンションは平らになった。
[……皆殺しにして終わりですね。何も残らない]
深いため息。
[――――まぁいいでしょう。十分に愉しめました。ありがとう貴女]
「喜んでいただけたなら何よりです……あの、わたしそろそろ帰ろうと思うんですが」
[なぜ?]
「何故って……わたしも愛する人に会いたいので……」
素直にそう告げると、ポーテンスフは目を丸くした。
[羨ましいですね]
「……えーと、はい。貴方も楽園生活を愉しんでください]
[いえいえ。先程の刺激はとても久しぶりでしたよ。ああ、そういえば……この楽園の名はご存じで?]
そう聞かれて、わたしはようく思い出した。
そうだ。この楽園は、たしか二重構造だったはず。
「――――アトリエと展示会場?」
それは『美術館』と『カタストロフィ地点』の二重構造ではなく。
『作る場所』と『飾る場所』の二重構造。
[その通りです。実は私、自分でも色々と作品を製作してるんですよ。ですがとても難しい。何を作っても満足出来ないんです。作品が完成した時は達成感のような清々しさを覚えますし、我ながら上手い物が作れたと笑みを浮かべる事も稀にあるのですが、納得したことは一度も無いのです]
「そう……なんですか」
[ですが貴女。貴女のセンスは最高だ。そこでお願いがあるのです。私の制作物をご覧になって、その上で改善のアイディアを出してほしいのです]
初めて会った時はどんよりとしていたポーテンスフの月眼が、今や期待でキラキラと輝いていた。
「せ、責任重大過ぎる……自信が無いので遠慮したいんですが……」
[遠慮。ふーむ……遠慮はしないで欲しいと伝えたつもりですが?]
ポーテンスフの背筋が伸びた。身長の高い彼が居住まいを正しただけで、圧が数倍に膨れあがる。六枚目の絵が放つ悪臭をバックにして、まん丸に見開かれた月眼がわたしを射貫く。
言葉選びを一つ間違えただけでコレだよ。
こうしてわたしは、為す術もなく彼のアトリエへと拉致されたのであった。