拡大解釈からの反転
スッと一呼吸。
吸い込んで、納得するまでため込んで、深々と吐き出す。
改めてわたしは現状を確認した。
ここは美醜の魔王ポーテンスフの楽園。
基本構造としては、延々と続く廊下、変化の無い窓、そして等間隔に並ぶ絵の数々。
そして窓をぶち破ってみたら、すごくグロテスクな……臭くて不愉快で、とても醜い場所に繋がっていた。
続いては魔王本人。
ポーテンスフ。
ピエロのような格好をしていて、その精霊服は色取りがカラフル。一つ一つの色は綺麗なのに、それが重なると何だか違和感が強くて気持ち悪い。
身長がかなり高めで、手足も、ついでに髪の毛も長い。
男性型に見えるけれども、たぶん本人は自分の性別に関して興味が無いと思う。
内面は、正直よく分かんない。たぶん本人も分かってないんじゃないかなぁ。
自己が曖昧なタイプ? みたいに見える。
分かる範囲で言うと……。
暴力的ではない(かと言って紳士的とも言えない)。
多弁ではない(でも聞けば答える)
存在感が薄い(しかし強烈な立ち振る舞いだ。首の次に身体が傾く)
結論からすれば、本当に「よく分からないヒト」としか言いようがなかった。
ここは静謐な廊下。
カレーの匂いと、変わらない草原と、立ち並ぶ絵画。
ポーテンスフさんは精霊服の袖で額から流れる血をぬぐった。
そのおかげで彼の端正な顔は綺麗さっぱり。袖の部分だけは漆黒なので、精霊服が汚れたかどうかも確認出来ない。
つまり、強さのレベルが計れないということだ。
(まぁわたしより弱いって事は絶対に無いんだろうけど……)
先程見た、窓の先のカタストロフィ。それによって心乱されていたわたしは何度も深呼吸を繰り返して自制した。
「…………とりあえず。そう、とりあえずカレーを食べましょう」
[結構ですと先程お断りしたと思いますが]
「食べられないってわけじゃないんでしょう? だったら食べませんか?」
[必要ありません]
「食べたら死ぬっていうんなら諦めますけど……そうじゃないのであれば食べましょう」
わたしが強くそう言うと、ポーテンスフさんは[ふーむ]と呟いてから[分かりました]と答えた。
わたしも食欲が無いけれど、盛ればきっと何とかなる。
だって美味しく作ったんだもん。
「というわけで、テーブルとかあります?」
[ありません]
「……まぁ、想定の範囲内。じゃあここに創り出しても構いませんか?」
[創り出す。ふーむ……構いませんよ]
そろそろ聞き慣れた彼の喋り方。だけど、今回は注文が付いた。
[出来れば、貴女が思う美しいテーブルでお願いします]
「うつくしい」
……美しいってなんだ。
さっきは汚い虹を作れとか言われたけど、今度は美しさかぁ。
色とりどりな感じ? それとも整然としている? あるいは独創的にやっちゃうべき?
分からない。美しいモノを美しいと判断する価値観をわたしは持ってはいるけれど、美しいモノを創り出せとか言われたら困っちゃう。だってそんなの考えた事ない。
料理だったら彩りにもこだわるんだけど……美しいテーブルと言われてもなぁ。
月眼の魔王のリクエストではあるけれど、対応はしかねる。でもわたしは何だか疲れ始めていたので「了解」とだけ答えた。
……本来ならこの辺の廊下を素材にしてテーブルとかを作り出すんだけど、流石にここは『楽園』だ。勝手に改造するのはめちゃくちゃに怖い。
なのでわたしは手っ取り早く水を生成して、それを凍らせて形成し、ソレを断熱材で覆ってテーブルと椅子を拵えた。
題して氷机。断熱材もといテーブルクロスや椅子カバーは純白だ。シンプルな美しさ、みたいなテーマで創った。
「はい完成」
と言いつつ、お皿を持ってくるのを忘れてしまっていた。スプーンは懐に入れてきたけど。
まぁいいや。テーブルと同じ要領で創ろっと。
「ではそこに座ってくださーい」
美醜の魔王ポーテンスフは大人しく椅子に座った。ちらりと見れば、負っていたはずの外傷が完全に消えている。
治癒した? それとも外皮だけ取り繕った?
判断するには情報が足りなさすぎるけど、まぁいいや。別に戦いに来たわけじゃないし。
ほんの少し冷めてしまったカレー。わたしはそれを魔法で適温に温め治してから、ポーテンスフさんに尋ねた。
「辛いのと、甘いの。どっちがお好みですか?」
[どちらでも構いません]
「いやいや……好みぐらいあるでしょ。横着しないで、どっちが食べたいか考えてください」
[横着?]
ことさらはっきりと聞き直された。
もしかして非難に聞こえたのかな。まぁ非難なんだけど。
…………どうやらわたしは、先程のカタストロフィを見て気が昂ぶっているらしい。
そんなことを自覚したので、わたしはまた大きく深呼吸をした。落ち着けー。落ち着けわたしー。
「ええ、そうです。面倒くさがらず、興味を持ってほしいです。その方がきっと喜ばしいことだから」
ニッコリと笑ってそう伝えてみると、ポーテンスフさんは顎に手を添えた。
[興味。ふーむ…………興味を持たないと、喜ばしくない、つまり不幸なのですか?]
「そりゃ……不幸とまでは言わないけど、色んなことに興味を持った方が幸せなのは間違い無いでしょう?」
[狭量な価値観ですね]
それは鋭い返答だった。
再び、彼の殺意なき殺気がわたしを包んだような気がした。
「……えっと、それは、どういう?」
恐る恐るそう尋ねてみると、ポーテンスフさんは初めて『不愉快だ』という感情を顔で表現した。
[どうもこうも。興味が抱けないモノに興味を抱けと言われても、それは不可能でしょう。だって興味が無いのですから。貴女が口にした言葉は、不条理極まる。例えるならば……貴女に伝わるであろう表現をするのならば、それは嫌いな食べ物を美味しく食べなさいと言っているようなものでしょう]
冷たい口調で熱弁された。
「…………ええっと」
[つまらない。退屈だ、貴女は]
断罪されたような気持ちになった。
えっ。
なんでそんな急に怒るの?
「…………何か不愉快な気持ちにさせたのなら、謝ります」
[それは謝罪ではなく自己擁護です。……まぁ、詮無きことですね]
ポーテンスフさんは席を立った。
[やはり食事は結構です。その必要性がありません。興味がありません。それでもなお、貴女が変わらずソレを求めるおつもりならば、わたしを納得させればよろしい]
よし。帰ろう。
わたしは素直にそう思った。
だけどなんだか悔しくて反射的に「美味しく作ったのに……」という言葉がこぼれてしまった。
[……………………]
「…………もう、いいよ。頑張って作ったけど、そこまで言うならもういいもん」
あっ。
かなしい。
「もういいもん。全部わたしが食べるもん」
創ったお皿にカレーを盛る。ほかほかの湯気が踊っていて、お野菜もお肉も形が綺麗。ルーも複雑な色を示していて、とっても綺麗。ビューティフォー。
いけない。なんか涙がこぼれそう。
「喜んでくれたらいいなぁ、とか考えてた自分がバカみたい。でもいいもん。独り占めしちゃうもん」
純白の皿に、黄金色。
今日はチキンカレーです。野菜もたくさん煮込んで、いくつかの種類は形が無くなるまで煮込んである。でもお肉はプリプリのままだ。
地域によってはパン、もしくはピザの生地みたいなのを合わせたりする。あとはもっとドロドロに濃厚に仕立て上げて、お肉に合わせたり。逆にスープみたいにして麺類に合わせたりする料理もあったっけ。
要するに小麦粉との相性がバッチリなのだ。濃いカレーを、ソースに見立てる感じ。
今回用意したのは、ちょっと固めのパン。それを魔法で軽く熱して美しく焦がす。
「よしかんぺき。さーてと、食べよっと」
[………………]
ポーテンスフさんはじっとわたしの仕上げを見つめていた。
でもどうせ『美味しそう』とかじゃなくて……なんかこう、別の感想を抱いてるんだろうなぁ。
まぁいいや。どうでもいいや。しらないもん。これは全部わたしのだ。
「まずは甘いのからかな~。はむ。もぐ。…………うーん。さいこう」
甘い方は使用している具材が多い。スパイスを減らしているから、別の方面で芳醇性を高める狙いだ。
コクがあるぅ。
「続きまして辛い方。はむ。もぐ、もぐ…………うーん。さいこう」
こっちは逆にガツンとスパイスが効いている。あまり足しすぎるとわけが分からなくなるので適量を意識してはいるけど、十分に力強い。お父さんはこっちの方が好きだったなぁ。
[………………]
(そんなに見たって、もうあげないもん)
食欲が無くなっていたことをすっかり忘れて、わたしは自信作のカレーを食べ続けた。
もぐもぐと。喋ることなく、ただもぐもぐと。
「…………」
[…………]
結果。お腹が満たされたわたしは、心が広くなって、罪悪感を覚え始めた。
「もぐもぐ……」
[………………]
ポーテンスフさんは相変わらずカレーを見つめている。
さっきの熱弁はいったい何だったんだろう、とか。
わたしの態度はちょっとお行儀が悪かったかな、とか。
どうしてそんなにじっと見つめてくるのかな、なんて。
心に出来た余裕はそんな疑問を思い浮かばせる。
彼のカレーを見つめる視線があまりにも真摯なものだから『やっぱり食べたいのかな?』なんてことすら考え始めてしまう。
彼は言った。必要無い、と。
でももしかしたら、アレは強がりだったのかもしれない。だってこんなに美味しいんだもん。
――――よくよく考えてみたら、わたしもちょっとムキになり過ぎてたかも。
酷い光景を見て、心が乱れていた。
でもここは彼の楽園だ。それを否定する権利をわたしは持っていない。本来ならばここにいる事自体が罪なのだ。
お腹と心が満たされてきた今なら何となく分かる。
ポーテンスフさんは理解しがたくて、度しがたくて、許しがたい側面も持っているかもしれないけれど。
彼が歩み寄ってくれないからといって、わたしが歩み寄るのを止めてしまったら相互理解は永久に出来ない。
わたしはスプーンをそっと置いて、再びポーテンスフさんに語りかけた。
「…………カレー。一人で食べるにはちょっと多いんですけど、やっぱり食べませんか?」
[先程も言いました。食事は結構です。その必要性がありません。興味がありません。それでもなお、貴女が変わらずソレを求めるおつもりならば、わたしを納得させればよろしい]
なっとく。ナットク。納得ってなんだ。
「うーん………………」
別に無理に食べてほしいわけじゃないんだけど。
それでも。
わたしはあまり深く考えずに口を開いた。
「わたしにとって、料理は魔法みたいなものなんだ」
[魔法]
「呪文が紡ぐ破壊という意味じゃなくて、願いを叶えるための手段って言い換えた方が正しいかな? 誰かを喜ばせたり、誰かと仲良くなるためだったり、病気のヒトを助けたり、もっとシンプルに生きる活力を与えるためだったり。あとは、えーと……そう。予想外の幸せを作ったり」
[……ふーむ?]
「ポーテンスフさんの楽園には、絵がたくさん飾ってあるよね」
[そうですね。道の先では彫刻や武器防具といった道具類等、多様なものも置いてありますが]
「そうなんだ。絵だけじゃないんだね。でも料理は無いの?」
[ありません]
「そっかぁ。わたしにとっては料理も芸術作品みたいなものなんだけどね」
[――――ほう]
ポーテンスフさんの声色が少し変化した。
「お料理の世界にも『彩り』って概念はあるよ。やっぱりヒトは綺麗なモノを食べたがるから。色んなヒトがそれに挑戦するし、欲する。それに絵と同じで練習が必要だし、経験がないとオリジナリティーは出せないかな? 未知の食材がいっぱいあって、それを組み合わせることで可能性は無限大に広がる」
つらつらと語っていると、ポーテンスフさんの視線はカレーからわたしへと移っていった。
「絵と違って残るものじゃないけど、誰かの思い出には刻まれる」
[しかし、残せないのならばそれは芸術作品と呼べないのでは?]
「レシピは残せるよ」
[――――ああ、なるほど。再現性。なるほど。ですが全く同一のモノを作ることは叶わないでしょう。同じ命なぞ存在しないのですから]
言ってることはなんとなく分かる。わたしは「同じ味」は作れるつもりだけど、入れる具材の量は厳密には異なる。目分量だから仕方ないじゃないか。
そして。『そこまでこだわらなくてよくない?』というのがわたしの素直な感想だ。
「……絵だってお日様に当ててたら劣化するし、多少の変化はあっていいんじゃないかな?」
[ここでは劣化しません]
「……そうなんだ」
残念。お料理も芸術みたいなものだから、貴方も楽しんでみて、という説得のつもりだったんだけど、どうやら納得はしてくれないみたい。
別に論破したいわけじゃないので、わたしは再びスプーンを手に取った。
だけど最後にもう一つだけ。
「綺麗と思うのと、美味しいって感じること。そして汚いって感じるのと、不味いって思うこと。そういうのは言葉のニュアンスが違うだけで、本質的な意味は同じ所にあるんじゃないかなぁ、なんて事をわたしは思うんだけどね」
ぞわりと。
明確な殺気がわたしを包んだ。
[――――ふぅむ]
嗤っている。
[――――なるほど。料理も芸術作品たり得るという貴女の主張は理解しました]
ポーテンスフさんが。
[転じて、この楽園は不完全であると貴女は仰るのですね?]
濁った月眼の視線が、わたしを射貫いた。
あちゃー。
地雷踏んじゃったかなー。
っていうかわたし、不完全とかそんな事は一言もいってないんだけどなぁ。
だけどまぁ仕方ないか。人間だって、分かり合う手段の一つとして「衝突」を選ぶことがある。そして「わかり合えない」という結論に至ることは結構多い。
お腹がいっぱいになってきたわたしは、改めて覚悟を決めた。
ちゃんとぶつかろう。
そのためにわたしはここに来た。
というか。よく考えたらロキアスさんとも、エクイアさんとも、パーティル様とだってわたしは戦って来たんだよな。
だったらココでも戦うことになるのは割と当たり前というか、想定の範囲内じゃないか。
だって相手は月眼の魔王。もう出会いすぎてレア感は無いけど、誰しもが愛故にトチ狂ってる。
今更気がついた。
戦うつもりは無かったけど、わたし達は殺戮行為に特化し過ぎている。だから普通の月眼は分かり合おうなんて行為をそもそもしない。自分の愛だけが一番大切で、それ以外のものは興味が無いか、殺戮対象なだけ。
だから戦うのは、まぁ、至極当然のことなんだろう。
パーティル様はちょっと例外だけど、あれは戦い方が違うだけで立派な殺戮者だ。
そして目の前にいる魔王ポーテンスフ。
いいよ。
やろう。
もう遠慮は無しだ。
「この楽園が不完全かどうかなんて、わたしが語れることじゃないと思うんですけど」
はっきりとそう告げると、ポーテンスフさんの暗い笑みが深まった。
[ここにはわたしが考え得るほとんど全ての芸術品が揃っていると自負してます。しかしあなたの観点からすれば、ここは不完全なのでしょう?]
「ここはポーテンスフさんの楽園なんだから、わたしの観点なんていらないでしょう?」
[はい。いいえ。……さて、どちらが私の本音なのやら。ククク……]
わぁ。悪役みたいな嗤い方し始めたよこのヒト。
[改めて、料理も芸術作品であるという意見を私は認めます。賛同します。盲点だったと反省もしましょう。だが分からないことがある。聞きたいことがある。――――料理とは、どう愛でれば良いのでしょうか?]
「どうって……普通に食べればいいんじゃないかな……」
[ですが食べてしまえば消失します。
一度愛でたら終わるモノの愛し方を、私は知らない]
真顔で何言ってんだこのヒト。
「もう一回作ればいいじゃん」
わたしが呆れを隠すことなくそう告げると、ポーテンスフさんはまた嗤った。
[クククク! 実にごもっとも。自分で再現すればよろしい。……だがそれでは永遠に完成しない。安定しない。誰にも時は戻せないのだから、永遠の美醜は成り立たない。あまりにも揺らぎが大きすぎる]
ここに来て一番あたまが「???」になるセリフだった。
「何が言いたいのかはよく分かんないけど……要するに、絵とか彫刻みたいに動かないし変化しないモノが好きなの?」
[好き。ふーむ……分かりやすい、あるいは観測しやすい、と答えるべきでしょうね]
「やっぱり貴方が何を言ってるのか分かんない。……独特の価値観をお持ちだということだけは理解出来たよ」
わたしがそんな皮肉を口にすると、ポーテンスフさんは大きく嗤った。
[アハハハハハハハハ!!]
うーん。
普通に怖い。
そんな感想を抱いた直後。ポーテンスフさんは壁に飾ってある絵に向かって人差し指を突き出した。
その先にあるのは親子四人と思われる肖像画。
[独特の価値観! 転じて固定概念! 私の捜し物が見つからない理由が思慮の外側にあるのだとするのならば!]
ポーテンスフさんは、口角をつり上げた。
[【棺傷】]
呪文構成不明。だけど攻撃魔法であることだけは理解。
思わず身構えたが、彼が口にした呪文はわたしを傷つけず、肖像画に作用した。
――――絵の中の父親の首が落ちた。
――――母親は血の涙と鼻血を流す。
――――子供達はバラバラに砕け散る。
「ツッ!?」
[あー。なるほど! なるほど! なるほど! 私はとても哀しい。だけど分かってきた。なるほど!]
ちょっと所では無い。明確に恐怖を覚えたわたしは彼から距離を取って次のアクションに備えた。
だが彼の視線はわたしではなく、壁にかかっている絵に向けられている。
[ふーむふむふむ! ではこちらはどうだ!?]
そして彼が指さしたのは隣りの絵。森の中にある滝を描いたのであろう、美しい風景画。
[【還沼】]
相変わらず呪文構成不明。だけどやっぱり攻撃的な魔法。
――――美しい滝は汚泥にすり替わり。
――――周囲の木々は枯れ果てて。
――――差し込む陽光は夜に塗り替えられた。
[ははぁ! なるほど! これは愉しいな!]
絵を……魔法で描き換えている……?
「い、一体なにを……?」
[何を? 何をと問う? 貴女が提示した事なのに?]
「えっ……と」
[一度愛でたら失われる。だが心には残る。そう仰っていたではありませんか。今、私はとても愉しい。嗚呼、だけど同時に哀しい、苦しいし、何より勿体ない。アハハハハハ!]
狂乱というか、正しく本当の意味でトチ狂ってしまったご様子のポーテンスフさん。
これはしばらくそっとしておいた方がいいような気がしてきた。
(よし逃げよう!)
冷静にそう判断したわたしはニッコリと作り笑いをした。
「たのしそうで、なによりです。ではわたしはこのへんで。サヨウナラ」
[まぁまぁ! せっかくなんで見ていくといいですよ! これは貴女が創り出した芸術なのですから!]
「そんな覚えないよ!」
そこだけは強く否定して、わたしは出口に向かって駆け出した。魔法を使うとどんな反応があるか分からないのでただ走るだけ。
ポーテンスフさんの嗤い声は背後で強まっていく。ご機嫌で何よりだ。そのままじっとしててください。
結構な距離があったけど、ひたすら駆け抜ける。
だけど一際大きな街の絵を通り過ぎたあたりで、ポーテンスフさんの嗤い声が途絶えた。
(お願いだからこっち見ないでね!)
そんな願いと共に後方を確認するが、ポーテンスフさんの姿はどこにも無かった。
(いない!? ……まぁいいや! もう帰る!)
視線を前に戻る。出口を目指す。
だけど。
[ふむふむふむ。なるほどなるほど。一枚目からヤれと。そうですね。確かに確かに。その方が冴えている。美しいと評してもいいでしょう。それを乱すのもまた愉しい事なんでしょうが、ひとまずは貴女のルールに従ってみましょう]
出口の前。
ログハウスの絵の前で、ポーテンスフさんが両手を広げてわたしを見つめていた。
[さぁ始めましょう。芸術品はたくさんありますから、貴女もどうぞ愉しんでいって]
とても親切そうな笑顔で、だけど強烈に濁った月眼で、美醜の魔王はそう言ったのであった。
フェトラス「地雷って単語? パーティル様のところで覚えたよ。怖い兵器だよね……わたしのセラクタルでは絶対に存在を許さないつもり」