醜さの一端
※ちょっぴりショッキングな描写が含まれます。
おグロが苦手な方は、◇◆の羅列以降を飛ばしてください。
再びなんとなく◇◆羅列が見えたら、大丈夫です。
後書きの領域に、該当部分のファンシーな表現版も置いておきます。
二度目の来訪。
扉を開けると、そこには以前見た時となんら変化の無い廊下が続いていた。
ポーテンスフさんの姿はどこにも見えない。
「もしかしてこの楽園って、ひたすら直線的なのかな……出入りが面倒臭そうだけど……」
まぁ出るつもりが無いのだろう。
しかしそれにしたって、一枚目のログハウスの絵を見ようと思ったら手間がかかりそうだ。
二度目の来訪。だけど見るのは三回目。そんなログハウスの絵は、以前と変わりなくそこに飾られていた。
「そういえばポーテンスフさんは、どうやってわたしのことを認識したんだろう。……待ってたら来るかな?」
わたしの手には大きなお鍋。中身はカレー。便利なことに中が二つに分かれている。つまり一つの火力で同時に二品煮込める逸品だ。とある鍛冶屋さんに特注で作ってもらった。
「辛いのが好きかな。甘いのが好きかな。どっちも気に入ってくれるといいんだけど」
そうは呟いてみても、彼がカレーを食べた時のリアクションを想像してみると、どう考えても。
『ふむ。……カレーですね』
という未来しかイメージ出来ない。
まぁそれでもいいや。一歩ずつがんばろう。
しかし、待てど暮らせどポーテンスフさんは現れなかった。
ただ退屈なので絵を眺めて歩き続けていたのだが、数え切れないぐらいの絵を見ても彼が現れることは無かった。
「…………こんにちはー!!」
大声で挨拶をしてみても、音は反響せずにただ虚しく散っていく。
「うーん? なんだー? 前はどうして会えたんだ?」
そこでふと立ち止まって、わたしがポーテンスフさんと邂逅を果たした瞬間のことを思い出す。たしか巨大な絵を眺めていた時だ。
「…………って、アホかわたしは」
どう考えても、わたしが魔法を唱えたから彼は現れた。
即座に攻撃されなかったのは、たぶんわたしが唱えたのがただの飛行魔法だったからだ。
じゃああの時と同じ魔法を唱えたらいいのかな?
でもどうせ魔法に反応するのなら、もっとあからさまに敵意が無い方が良い気がする。
わたしはお鍋を地面に置いて、両手を広げた。
「えーと……虹で、無害を証明するわけだから……ちょっと強引だけど【幻虹】とか」
手元に幻のような虹を創り出す。ただそれだけの魔法。
とは言いつつ結構複雑な構成にはなっている。光の発生、屈折制御、規格指定。ただ、現在わたしが知っている虹の再現ではあるから、わたしにとってはお手軽な魔法だ。
「よし出来た。こうやって魔力使ってたらポーテンスフさん来てくれるかな?」
[なるほど。その為の魔法でしたか]
自分で呼んでおいてなんだけど。
本当にいきなり背後から声がかかったから、わたしは内臓が全部ひっくり返るかと思うぐらいビックリした。
「……お、お鍋地面に置いててよかった…………」
[お鍋。ふーむ。それのことですか]
「あ、はい。ええとお邪魔します。こんにちはポーテンスフさん。このお鍋の中身はカレーです」
[カレー。…………ふーむ? 何かの食物でしょうか]
「はい。わたしの手作りです。良かったらご一緒にいかがですか?」
[結構です。私は食事を必要としていません]
食べる所があんまり想像出来なかったけど、まさか食べてすら貰えないとかー!!
何気にわたしはショックを覚えたのだが、ふとあるコトに気がついてわたしは考えを改めた。
ポーテンスフさんは、じっとわたしが創り出した虹を見つめていたのだ。
「……虹、お好きですか?」
[わかりません。ただ、そうですね、美しい現象だとは思います]
美しい。
きっとポーテンスフさんは全然そんなつもりは無いんだろうけど、わたしは自分が褒められたみたいでちょっと嬉しくなった。
「ご希望でしたら、窓の外に大っきな虹をかけることも出来ますよ?」
[大きな虹。ふーむ、それは見てみたいですね]
「任せてくださーい。実はわたし、虹の精霊由来なんですよ」
[そうですか]
その間も彼はずっとわたしじゃなくて、わたしが作った虹を凝視している。ちょっと怖くなったので、なるべくタイムラグが出ないようにしてわたしは窓の外に虹を作ることにした。
「それじゃあ、いきますよー……【虹代】!」
草原。青空。ここまで快晴の状態ではまず見る事が難しい虹だけど、その代わりに成るモノを思いっきり大胆に描く。
現れた虹は、自分で言うのもなんだけどまるで絵に描かれたような美しさを誇っていた。
ただしちょっぴり違和感もある。快晴でも上空の氷みたいな成分で虹が産まれることはあるけど、そういうのはだいたい淡い。
わたしが描いた鮮やかな虹は本来自然発生しないものだ。それがわたしにとっての違和感。
だけど綺麗だと思って欲しかったので、あえてこういう虹を作ったんだけど。
[………………………………]
ポーテンスフさんは声一つもらさず、じっと窓の外を見つめていた。
その横顔は真剣そのもの。やがて彼は身体を動かして、正面から見たり、斜めになったり、窓に張り付いたりしていた。
その様子があんまりにも一生懸命に見えたので、わたしは彼に声をかけることが出来なくなった。邪魔しちゃ悪い気がしたのだ。
[…………………………]
でもあんまり長時間魅入られると、カレーが冷めちゃう。
それより何より、なんの感想も呟かないからちょっと怖くなってきた。
ここまでガン見しておいて『虹ですね』の感想だけだったら、流石のわたしもちょっと凹むぞ。
「えと……どうでしょう。出来るだけ綺麗に創ったつもりなんですけど……」
[綺麗……きれい…………ええ。そうですね。これはとても美しいと思います]
長い沈黙を挟みつつ、ポーテンスフさんはようやくこちらに向き直った。
[いくつか質問があります]
「ど、どうぞ」
[まず貴方の名前を教えてください]
前回来たとき、名乗ったんだけどなぁ!?
……まぁいいや。イリルディッヒさんもあんまり他種族の個人名とか覚えられないタイプだったし。かくいうわたしも、イリルディッヒさんの名前を正しく発音するのにちょっと手間取ったし。だから全然ショックじゃないもん。
むしろちゃんと興味を持って貰えたと思って喜ばなきゃ!
「十三代目の月眼。極虹の魔王フェトラスです」
[フェトラス。貴方はあの虹を美しいと思いますか?]
「……え?」
即座に重ねられた質問の意図が、わたしにはよく分からなかった。
だけど答えは一つだけ。
「綺麗……んんっ……美しいと思いマス。そう見えるように創ったつもりですし」
[ではあの虹を醜くしてください]
再び即座に言葉を重ねられた。
心の中で、ポーテンスフさんが言ったセリフを繰り返す。
あのにじをみにくく、してください?
どの虹を。あの虹を? 醜く? え、汚い虹ってなに?
ちょっぴりパニック状態に陥ったわたしを、ひどく冷静な瞳で彼は見つめた。
[出来ませんか?]
「えっと……ごめんなさい。汚い虹っていうのが……イメージしたこともないので……」
[ではイメージしてください]
ただひたすらに要求してくる月眼の魔王様。
これに答えるのは難しいけれど、答えた方が仲良くなれそうな気がする。
「…………じゃあ、何回か実験してもいいですか?」
[いいですよ]
その返答は温和なものか。あるいは期待なぞ抱かれていない、冷たい丁寧語なのか。
ただどちらにせよ、わたしにはピエロのような格好をしたポーテンスフさんが死神のような姿に見えたのであった。
「汚い虹……醜い虹……色彩をバラバラにしてみるとか……?」
色の配置をごちゃごちゃにしてみる。ひどく違和感の強い虹が出来上がった。
だけど「これは醜いか?」と問われたら「うーん?」としか答えようが無い。
逆に明度をいじってみたり、一部の色だけを異様に強調してみたり。
だけどそれは「変な虹」であって、醜さを表現出来てるとは言いがたい。
そもそも醜いってなんだ。失礼な。虹は綺麗だもん。ぷんぷん。
――――そう、わたしにとって、虹は光は綺麗なものだ。どう足掻いても醜くはならない。はいどーも虹の精霊由来の魔王でーす!! 自画自賛っぽいかな。でもそう思えるし、そうお父さんが褒めてくれたんだ。だからこの価値観は譲れない。
しょうがないとばかりに、思い出箱をひっくり返してわたしが見てきた醜いモノを思い出す。当然良い気分はしないけど、心当たりはあった。
わたしが見てきたモノの中で、最悪に醜かったモノの一つ。
かつて演算の魔王ちゃんが、ロキアスさんに放ったフォースワード。
その魔法こそ『汚玖華鏡』
いつか見た地獄。
とある天外の狂気にそっくりだと評された、色彩の地獄。
だけどアレを唱えることがわたしには出来ない。呪文構成が意味不明すぎて再現のしようが無い。真似ることも似せることも、わたしには出来ないだろう。
そもそもアレは虹じゃないし。
――――ただ参考にはなるかも?
そんな葛藤を超えて、わたしはイメージ出来る限りの「汚い虹」を披露することにした。
「えっと、もう一回だけ実験したいんですけど……ちょっとばかり、攻撃性の強い魔法になるかもしれません」
[攻撃性。ふーむ……魔法とはそもそも、そういうものでしょう]
そう答えた直後、ヴン、という変な音を立ててポーテンスフさんは窓の外に瞬間移動をした。
「えっ、なにいまの。どうやって外に出たの?」
魔法なんて唱えてなかったはずなのに。
少し驚いていると、やや離れた位置に立ったポーテンスフさんは両手を広げた。
[どうぞ]
正気かこの魔王ー!?
窓越しで、離れた場所にいるにも関わらずそこにいるかのようなポーテンスフさんの声。
色々と未知数だし、意味不明だし、理解不可能。
ただ月眼の魔王の行動にいちいち突っ込んでも意味が無いのは重々承知の上。
仕方なくわたしは「……本当にいいんですね?」と念を押した。
[どうぞ]
「……月眼の魔王の攻撃魔法をくらうのに、躊躇いとか無いのかな」
めちゃくちゃ小声でそう呟いてみたら[ありません]なんて返答が飛んでくる始末。
オーケー。
いいでしょう。そこまで言うのなら、披露させていただきましょう。
「じゃあ、今から光属性の魔法を飛ばします。でも熱と氷、そして硬質と軟質の攻撃が織り交ぜられてます。対処は可能ですか?」
[はやく]
それは初めて聞く声色だった。
人生で、始めての音。
殺気の無い殺意。
反射的に双角が音を立てる。だけど同じぐらい反射的にそれを鎮めて、だけど意思だけは整う。
最早わたしが知っている虹の定義からは外れるけれど。
それでも彼が望むモノを。
「彼女の地獄を知らないわたしが描く、色彩の地獄……不完全版! 汚玖華鏡】ッ……はやっぱり無理だから超絶アレンジ! 【極彩】!」
現れたのは七つの攻撃色。それを九つ重ねた。
過剰は例外無く失敗、という昔のことわざみたいなものだ。
七色をデタラメに乱舞させる、中域殲滅魔法。
虹色に輝く光線は複雑に、時に意味も無い方向へと飛び散っていく。それらが描く光景は、違和感というラベルを通り越したものに変貌していく。
(我ながらちょっと気色悪い……!)
そしてポーテンスフさんは。
第十二代目、美醜の魔王は。
[ふむ]
一切の防御反応を示さず、余すこと無くわたしの魔法に打ちのめされていった。
「えええええ!? ちょ、ちょっとちょっと!?」
慌てて魔法を解除するけど、その間の数秒でポーテンスフさんは空中に舞っている。
七色の九層攻撃。全部直撃した。
「うそ嘘うそウソ! ちょっと待って、なんで!? 呪文構成教えたのに!」
思わず駆け寄ろうとしても、窓が邪魔。
だけど邪魔なだけ。
「【斬空】ッ!」
使い慣れた魔法で窓を粉々に切り刻んで、わたしは外に飛び出した。
正確には、飛びだそうとした。
次の瞬間、わたしは楽園の裏側とも呼べる場所へと着地していたのであった。
――――先程の美術館が、静謐であり澄んだ場所だとしたら。
――――わたしが降り立った場所は、醜悪としか言えないような場所だった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
構造は似ている。
廊下があって。窓があって。右手の壁には絵が飾られている。先程の美術館とは位置が逆だ。
だけど廊下は廊下ではなく。
生き物の、むき出しの内臓に似たモノが、敷き詰められて、蠢いている。
周囲は薄暗くて。だけど赤と白と黒ははっきりと見えて。
吐き気をもよおす臭いが漂っている。腐敗したような、汚れを煮詰めたような、毒のような。全身にこびりついて、何度お風呂に入っても無駄であるかのような。
イヤな音が聞こえてくる。苦悶、怨嗟、不安を抱かせるようなうなり声。耳元で囀る誰かの憤怒の声。意味があるように聞こえる、不協和音の羅列。
足元の感触が精霊服のブーツを貫通してくる。
まるでネズミの腹を踏みつけたような、そんな柔らかさと固さ。もちろんネズミさんのお腹なんて踏んだことなんてない。だけどそうとしかイメージ出来ないような不安感をわたしは覚えた。
醜悪な有様と、臭いと、音と、感触。それらはほぼ同時にわたしを襲っている。
――――血の色、脂肪の色、糞尿と脳みそまみれの光景。
現在の状況をそう認識してしまったわたしは、反射的に口元を抑えていた。
そしてそのまま魔法を唱えようとした。だけど発狂に近しいような衝撃を受けていたわたしは落ち着いて呪文を口にすることが出来ない。
「虹っ……外壁……浮游……」
イメージが。
まとまらない。
頭がおかしくなる。
たすけて。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
地獄みたいな光景。
それから逃げるためにきつく目を閉じた。
『一つずつ、だ』
そんなお父さんのアドバイスを思い出す。あれはいつの頃だったかな。
もう昔過ぎて、シチュエーションが思い出せない。
だけど、お父さんは教えてくれたんだ。
解決が難しい問題は、バラして一個ずつ考えろって。
まずわたしは目を閉じた。それはこの光景を視界に入れないためだ。
それが出来たのだから、次は臭いだ。これに対処しよう。
わたしは、ここの空気を吸いたくない。まずはそこからだ。でも呪文がまとまらない。
それでもまずは、ここからなんだ。
「……【斬空衝壁】!」
乱暴に魔力を込めて、周囲の空間を斬って押しのける。そうして産まれた無の空間。次は綺麗な空気! きれいな空気だ!
「【現装水面】ッ!」
これまた無理矢理な魔法。自分の近しい場所を、自分の理想で現実を書き換える。
あとは浸食されないように固定だっ!
「【拒侵定刻】ゥッ!」
三つもフォースワードを立て続けて、なんとか状況を改善させる。
「……すぅ……ふぅ…………」
おそるおそる、呼吸をしてみる。爽やかな水の匂い。
そしてもっとおそるおそる目を開けてみると、そこには空と鏡のような水面が。
「はぁ……はぁぁぁ…………」
月眼でも銀眼でもない状態で、無理矢理フォースワードを連発した。しかもかなり無理のある魔法で。
どれもこれも、いつか唱えた魔法の劣化版でしかない。それぐらいしか出来なかった。
ごっそりと魔力と気力を持って行かれた気分だ。不意打ちにも程がある。
「なんなの、今の気持ち悪い場所は……」
醜悪と表現したが、あれは本当に不愉快な場所だった。否、不愉快を通り越して暴力ですらある。
「うう、夢に出てきちゃいそう……お父さんの夢だけ見てたいのに……」
頭の中がチカチカする。思い出したくない光景が勝手に再生される。
「おえっ……」
これが吐き気か、といまさら実感した。
わたしは吐瀉した経験が無いのである。
……もちろん、生き物を捌いたことはある。
動物や魚。それらに刃を突き立てて、命を奪ったことは幾度もある。料理人だから当然だ。それに対して罪悪感をあまり覚えなくなったのはいつの頃からだったろう。
だけど命を奪う覚悟はずっとしてきた。
申し訳なさは薄れたとしても、感謝の念だけは忘れたつもりがない。
でも、あんな風に命の有様を見せつけられるのは違う……はずだ……。
なんとか呼吸を落ち着かせて、冷静さをカケラを集める。
今は安全地帯を創り出したとは言え、これからどうすればいいのやら。
「……呪文を解除して、さっきの場所に戻って……それから脱出を試みるか、ポーテンスフさんに助けを求めるか…………」
でもポーテンスフさん、さっきブッ飛ばして来ちゃったしなぁ。
絶対生きてるとは思うけど、あそこまで綺麗に舞わせてしまったのだ。気絶してる可能性が否定出来ない。
そもそも助けてくれるかな?
そうじゃないとしても、どっちにせよこの魔法を解いてさっきの場所に戻る必要がある。瞬間移動なんて絶対無理だし。
そんな便利な魔法があるなら、誰でも習得を試みるっての。
……それでもダメ元でそれらしい呪文を考えてみたけど、やっぱりわたしには不可能みたい。
遊戯の魔王パーティル様に似たような魔法をかけられたけど、絶対無理だ。 汚玖華鏡より無理。
「ど、どうしよう……」
ここから出たくない。
でも出ないと始まらない。
「落ち着け……落ち着くんだわたし……そしてその上で、助けて脳内お父さん……!」
『こりゃ難しいな』
そんなコト言わないで!
『って言ってもなぁ……うーん……どうしたもんか……』
た! す! け! て! お願い!
『そりゃ俺としても助けてやりたいのはもちろんだが』
なんで死んだの! ばか!
『無茶言うなよ。でもお前のおかげで幸せだった』
激烈な虚しさがわたしを襲った。
幸せだった。それはそう。間違い無い。お父さん自身もそう言っていた。
でも彼はもういない。今はいない。
脳内お父さんはめちゃくちゃ精度が高いけど、それでも、現実じゃない。
だから再会の日のために、わたしは歯を食いしばって笑っている。幻想にすらすがっている。
でも、こんなにもお父さんに会いたいのに。世界はまだそれを許してくれなくて。
なんでかな。どうしてかな。そんなにお父さん悪いコトしたのかな。わたしのせいかな。生まれ変わるのが簡単じゃないことは理解してるつもりだけど、それでも、時間がかかりすぎなんじゃないかな。
これは何かの罰なのかな。
なんだっけ。源泉、だったっけ。
死ねば還る場所。自分で行こうかと思ったけど、カウトリアへの意地で堪えていたライン。
ああ、でも。
「いっそ奪いに行ってやろうか」
きっとこの感情は、銀色なんだと思う。
「殴り込んでやる……カチコミじゃ……ふざけんな源泉……」
愛は思い出の中に。
供給はされず、新鮮さは無く、だけど変わらず愛おしくて大切な想い。
暇つぶしに地獄に来たら、本当に地獄みたいな光景を見せつけられた。
こんな体験を「暇つぶし」と呼称していた自分への怒り。
あんな風景を造り出したポーテンスフさんへの怒り。
そして、地獄を知らないわたしが軽々しく地獄なんて表現を使ったコトへの失望。カウトリアに失礼だ。許されない。ごめんなさい。
それら全部が、いつまで経ってもお父さんを帰してくれない源泉のせいだと私は悟って。
愛を由来としない、魔王がその性能を発揮する色。
銀眼。
虹に含まれないその色を携えて、私は呪文を解いた。
「あぁ、そういえば……テグアさんは、源泉に行ったことがあるとか何とか……」
セラクタルがあって。そこから次元移動して源泉にたどり着き、その先の無明で彼はカミサマと共に「月眼の間」を創った。
醜悪な光景が、酷い匂いが、残酷な感触が、音がわたしの周囲に戻る。
……だからなに?
私は大魔王テグアに聞きたい事が出来たぞ。源泉への行き方だ。
ついでに、そう、ついでにポーテンスフにも聞きたいことが出来た。
お前はこんなものを愛したのか?
怒りのせいで、周囲の環境のことがわずかにどうでも良くなる。ただ不愉快でしかない。それは私にとって都合のいいことだった。
なんとなく壁に掲げられた絵を見てみる。
「チッ……醜い発想だ」
そう表現するのがピッタリな絵だった。
もうここには用がない。
そもそも最初から、私が求めているのはお父さんだけだ。
振り返って窓の方向を見てみる。
そこに広がっているのはもちろん醜い光景。だけど先程の草原と違って、バリエーションが豊かだ。醜悪で、乱雑で、何より趣味が悪い。
「【斬空】」
再び窓を斬り裂いて、私はその空間に飛び込んだ。
元の場所に戻れるといいんだが。そんなコトを考えながら。
ダメならダメで、しょうがない。
大変申し訳ないが、それでも受け入れがたいから。
戻れないのならこの楽園は消滅させる。
何故なら精神攻撃されたからな。
いいや、そういう報復とはまた違う感情かもしれない。
シンプルに、ここは、気に入らない。
そんなかつてない程に明確な敵意を持って飛び込んだ先では、カレーの匂いが漂っていた。
「…………戻っ、た?」
静謐な空間。澄んだ空気とカレーの良い匂い。
「食欲は完全に失せたが」
やれやれだ。もう帰ってしまおうかな。
ふと振り返って草原の方を確認すると、遠く離れた場所でポーテンスフさんが横たわってた。
「死んでないとは思うが……おい、起きろ美醜の魔王」
おーい。おーーーい! と何度か声を掛けると、プルプルと震えながら彼が上体を起こしたのが見えた。
[……ふーむ。気絶してしまいましたか]
生きてて一安心だよコノヤロウ。
ほっとため息をついたら、わたしの銀色が薄れていくのが実感出来た。
…………なんか、久々な感情だったなぁ。
たぶん銀眼になってたと思うけど、いつぶりだろ?
「えーと……とりあえず、大丈夫ですか?」
[もちろんです]
彼は近くにいるような声でそう言って、フラフラとこちらに向かって歩き始めた。
やがて窓のすぐそばまで来るとヴンという謎の音と共に彼は帰還を果たした。
「……一応、ごめんなさいって謝っておくね」
[なんの謝罪でしょうか?]
「…………攻撃魔法打ったし」
[私のリクエストだったのですから、謝罪は結構です]
「そうですか……」
受け答えは普通だが、その姿はあまりにも痛ましい。精霊服もボロボロで、所々が裂けたりしている。放っておいたら治るんだろうけど、ポーテンスフさんは額からも血を流していた。
「…………あの、聞きたいことがいくつかあるんですけど」
[どうぞ]
「さっきの魔法、なんで避けなかったんですか?」
[よく見てみたかったからです]
「そうですか……醜い虹をご所望でしたが、どうでした?」
[…………分かりませんね]
「そうですか」
[だからこそ、私好みではありました]
意味が分からなすぎる。
さっきの酷い場所とか、カレーの事とか、休憩がいるかとか。聞きたいことはまだまだあったけど、わたしは苦笑いを浮かべて「なら良かったです」とだけ答えたのであった。
ファンシーな表現版
◇◆
斬空で窓をパリーン!
シュタッと着地したら、あれれ!? 草原じゃなくて全然違う所に出ちゃった!
大変! なんか不潔な場所!
くさい! こわい! あとなんか耳元で呪いの言葉が聞こえてくる!
やばーい☆
SAN値がゴリゴリ減って、発狂ダイス☆ロール。
わたしってば、どーなっちゃうのぉ~!?
◇◆