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我が愛しき娘、魔王  作者: 雪峰
我が愛しき楽園の在り方
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こんにちは&さようなら(ディレイ版)




 ピエロのような格好をした月眼の魔王。


 美醜の魔王ポーテンスフさん。


 背が高く、手足も長い。スラリとしたその佇まいは、それ自体がまるで描かれたような雰囲気……異彩を放っている。長い髪は綺麗な艶を示していて、オールバックが似合いそうだとわたしは思った。


 彼とは会話が成立する。だけど気軽なお喋りは成立しそうにない。まだ。


 そして特筆すべきは、その月眼の色味だ。


 輝いていない。

 なんなら鈍い色合いをしている。まるでくすんだ金色だ。


 その眼差しはロキアスさんの「観察する目」に少し似ている。……だけど同時に、真逆のようにも思える。ロキアスさんはキョロキョロと節操なく情報を集めようとするけど、ポーテンスフさんの眼差しは真っ直ぐで、ゆっくりで……。なんというか、深い。



 そんな思案をしていると、再びポーテンスフさんの首が傾き始めた。さっきとは逆側に。


 わたしは少し悩んだけど、開き直って喋り続けることにした。自分の事を語るんじゃなくて、ポーテンスフさんの事を教えてもらうために。


 語らせるのだ。美醜の魔王の愛を。


「え、えっと……絵の解説とかって、お願い出来たりしますか?」


[解説。ふーむ……まぁいいでしょう]


 彼はじっとこちらを見つめながら、淡々とそう答えた。


「じゃあせっかくなんで一枚目から……」


[はい]



 ヒトが一番饒舌じょうぜつになるのは、どういう時か。


 候補はいくつかあるけれど、わたしは『自分に自信がある時』だと思っている。


 例えばわたしはお父さんへの愛に関して絶対の自信を持っている。だから語れと言われれば喜んで三日三晩語り尽くせる。お望みとあらば何年でも。


 逆に自信が無い事柄だと、スラスラと喋るのは難しい。ヒトの中には嘘や思い込みで欺瞞を大いに語る者もいるけれど、そういうヒトは大声は出すくせにディスカッションが成立しないものだ。


 だからわたしはポーテンスフさんに「絵の解説」をお願いした。


 なにせ楽園に飾ってあるぐらいだ。わたしの知らない価値を、彼なら知っているはず。それこそ自信たっぷりに解説してくれるに違いない。


 それを繰り返せば、やたら淡々としている様子のポーテンスフさんだって、段々とテンションが上がってくるはずだ。その時こそ、いよいよ会話が成立するはず……!



 そう、思っていたんだけど。



 一枚目。ログハウスの絵。


[ログハウスの絵ですね]


 二枚目。花の絵。


[花の絵ですね]


 三名目。猫ちゃんの絵。


[猫の絵ですね]



 これは果たして解説なのだろうか。


 彼が四枚目の絵で[色味の多い円ですね]と言った時に、わたしは苦笑いを浮かべた。


「えっと……この絵は、何を表しているんですか?」


[色と円でしょう]


「……なんのために?」


[なんの、ために?]


 ポーテンスフさんはパチパチと瞬きをした。


[――――なんの、ために。ふーむ…………]


 停止。彼は瞬きすらせずに四枚目の絵を見つめた。


 そしてたっぷり十秒ほど黙ったあとで、彼は一度目を閉じた。


[考えたこともないですね。そして答えはありません。書いた本人しか分からない事でしょう]


「誰が書いたんですか?」


[知りません]


「……どうやってこの絵を手に入れたんですか?」


[壁に飾ってあったので回収しました]


「…………どこの壁から?」


[人間が生活していた場所の壁です]


 瞬間、ズンとした重みを腹の底に感じた。


「……奪ったんですか?」


[奪う。ふーむ……奪うと回収は、同じ意味・・・・だと思います]


 そこには何の感情も含まれてはいなかった。だからわたしは何が起きたのかを悟った。即ち殺戮だ。



 ……オーケー。


 そうだ。これこそが魔王だ。


 オーケー。分かってた。くじけるなわたし。


 殺戮の精霊・魔王。彼らにとって人間の命は、価値が無いものだ。


 エクイアさんは結婚を愛した。それを成す人間にも好意を抱いた。


 パーティル様は遊戯を愛した。それを成す人間ミレーナさんにも好意を抱いた。


 ロキアスさんは観察を愛した。だから人間も観察対象だ。


 わたしは、言わずもがなだ。


 そして美醜の魔王ポーテンスフ。彼は「美醜」という名を謳い、そしてたぶん、いいやきっと――――人間を愛してはいないのだ。


 ――――わたしは強く深呼吸して、こう訪ねた。



「あなたは、何を愛したんですか?」



 いきなり内面に踏み込むなんて失礼だ、とか言ってる場合じゃない。


 猛獣の尾を踏まないようにするために、失礼なことを言ってしまわないように。わたしは彼の前提・・を知らなければならない。


 だけどポーテンスフは、わたしの強い問いかけにさえ首を傾げた。



[何を愛したかなんて、私も知りません]


「えっ」


 えっと……それはつまり……えーと……。


 ツッッッ……カァァァァァァァッ!!


 だめだこの魔王! 分かった、分かってしまった!


 会話が成立しないんじゃない。会話は成立するけど、わたしじゃ理解が出来ないんだ!!



 ああだこうだと、目まぐるしくコトバが頭の中を駆け巡る。


 こんな時お父さんなら、カウトリアがいれば、すぐに次の言葉を紡ぐことも出来るだろう。だけどわたしは彼らじゃない。フラッシュバックするみたいに、一気にポーテンスフさんの事が判明する。



 美醜の魔王このヒトはきっと、理解不能の一種だ。



 その結論だけでもうお腹いっぱい。


 この魔王はわたしの物差しじゃ計れない事がよーく分かったので、わたしは優雅にお辞儀をしてみせた。


「なるほど。お話しありがとうございました」


[いえ]


「ではわたしはそろそろ帰ろうと思います」


[そうですか]


「……また来てもいいですか?」


[まぁ、構いませんよ]


「ありがとうございます。では、さようなら」


[さようなら]



 こうしてわたしは、ゆっくりと逃げ出したのであった。






「なにあれ!!」


[なに、と言われてもね]


 無事に月眼の間に戻れたわたし。


 半分八つ当たりなのだが、わたしはプンプンしながら片手を突き上げた。


「はいはい、わたしが悪かったです! というわけで情報プリーズ!」


[ふふっ……はいはい]


 ロキアスさんは苦笑いを浮かべつつ、月眼の間の中央に置かれたソファーに腰掛けた。


[まさか即座に離脱してくるとは思わなかったよ。もっとこう、グイグイ行くかと]


「ダメでしょアレ! 危なっかしすぎる!」


[そうかな? ポーテンスフは紳士的に対応していたように見えたけど]


「だから怖いんだってば! ……テンションの落差が激しい狂人って言ってたけど、その真髄を理解するにはわたしの定規は短すぎるよ」


[…………ハッ]


 ロキアスは愉快そうに失笑した。


[うーん。実に見事な判断。良い引き際だった。良すぎて若干物足りないというのが正直な意見だけど……まぁ、適切ではあったとは認めてあげよう。あー、つまんない]


「はーい。今からしばらくロキアスさんの事を無視しまーす。ねぇねぇカミサマ。ポーテンスフさんについてもっと教えて?」


〈α・まずはよくぞ帰還したと言わせてもらおう〉


 珍しくアルファさんがわたしの事を褒めてくれた。本当に珍しい。


〈B・同意する。無事に帰還出来て何よりだ〉

〈C・正直、我々の危機管理が甘かったと言わざるを得ない。やはり安全マージンは完璧でなければならない。フェトラスの自己領域の拡大のため、なぞという甘言に踊らされたこちらの失態であると言えるだろう〉


「おお……なんか、べた褒めされて……る?」


[ねぇねぇ。仲間はずれはよくないよ。僕も混ぜてよ。ねぇねぇ]


「それでカミサマ、ポーテンスフさんってどんな魔王なの?」



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 十二代目 美醜の魔王ポーテンスフ


 楽園『アトリエと展示会場』



 その名の通り、あの楽園は二層に別れている。アトリエと展示会場の二つだ。


 ポーテンスフは芸術を好む……と言っていいだろう。ただし好むだけ・・・・だ。



 彼は確かにナニカを愛している。

 だけどそれが何なのか、彼自身でも理解が出来ていないのだ。



 彼はある日、突然月眼になった。だからナニカに対する愛は確実に芽生えたのだろう。


 だけど彼は自分が何を愛したのか、理解していないのだ。


 楽園を生成する際も[作る場所と、見る場所を]と望んだだけ。


 あまりに楽園の方向性が分かりづらいので、我々はこう尋ねた。


〈そこで何を望むのか〉


[何を。ふーむ………………美しさと、醜さ。あるいは醜さと、美しさを]



 そうだ。彼の求めるモノは相反していて、それでも同一なのだ。


 美しさとは何か。

 醜さとは何か。

 自分が愛したモノを知らず、だけど(資格)を知ろうとはせず。


 ただ美と醜を追求あいする。


 ポーテンスフとは、そういう魔王なのだ。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「はいはい! わたし知ってる! そーゆーの、哲学的・・・って言うんでしょう!?」


[違うねぇ]


「違うの!?」


[君の知ってる哲学と、僕の知ってる哲学は違うんだよ]


「……ぜんぜんわかんない!」


[馬鹿にするわけじゃないけど、君の哲学に対する理解度が指一本分の長さだとする。そして僕が知っている哲学はセラクタル五周分はある。そんな僕から見た、君の語る哲学とやらは哲学と呼ぶにはおこがましいレベルの戯れ言だ]


「本当に全然分からないけど、とりあえずバカにされた事だけは分かる!」


[馬鹿にするわけじゃないけど、って断りを入れたじゃないか]


 別にケンカが始まるわけじゃないけど、オメガさんが場を仕切り直すように口を挟んだ。


〈Ω・哲学。元々はphilosophiフィロソフィアa……語源としては、知を愛する、というものだ。〉


「知? ……知恵なの知識なのどっちなの」


〈Ω・知る事を愛する、と訳してもいいかもしれない。かなり複雑な学問だ。簡単に説明すると語弊が生じる〉


「つまりチンプンカンプン!」


〈Ω・だがそれでもあえて誤解を怖れずに言うならば、哲学とは『答えが無いモノ』を追求する学問と言えるだろう〉


「はぁ。答えが無いモノ……この宇宙はどうやって始まったのか、とか……どうしてヒトは死んでしまうのか、みたいな?」


〈Ω・どちらも最初は哲学から始まったのだろうが、今では前者が物理学と呼ばれ、後者は生物学に分類されているな。その分類に異論を唱える者も勿論いるだろうが〉


「……???」


 オメガさんはわたしでも理解出来るように易しい表現を使ってくれてはいるんだろうけど、つらつらと知らない単語を立て並べられても理解出来るはずもなくて。


「よく分かんないからもういいや」


 と肩をすくめてみせた。


〈Ω・まぁそう言うな。これはポーテンスフを理解する上で、持っておいた方がいい情報だ〉


「むぅ……」


 オメガさんがそう言うなら、まぁ。ちょっとだけ頑張ってみるか。


「えーと……哲学とは……答えの無いモノを頑張って考えるコトで……」


 頑張ってみたんだけど、他の言葉は出てこなかった。


「……それって何かの役に立つの?」


 という疑問が吹き出した。



 その後、オメガさんだけでなくアルファさんや、珍しくDさんも参入して哲学のことを教えようとしてくれたけど、途中でわたしは疲れ果ててしまった。


 だって。


〈α・哲学とは考えることを基本とし、そこから疑い、発展し、時には戻り、それでも前に進むための学問だ〉

〈Ω・哲学という学問の必要性を問うことは、着眼点がズレていると言わざるを得ない〉

〈D・答えが無いとされる事柄に対し『本当に答えは無いのか?』と自問することから全ては始まる。そして、知性を持つものはそれを発展させてしまうものだ。誰かにとっては無益な妄言だとしても、誰かにとっては真理に近づくための足がかりになって欲しいという願いを込めて〉

〈α・そして得られた着想で答えは出ずとも、他の問いかけに対する答えになり得る事が多々あるのだ。当然の帰結であったり、逆説であったり〉


 小難しい言い回しのオンパレードだ。そりゃ疲れる。


 わたしは最初から「わかんない!」と思考停止していたし、それでもなんとか理解しようと頑張って口を挟んでみたり、あるいは「~~みたいなこと?」と質問しても〈そうではない〉〈そうとも言えるが〉〈いやしかし〉みたいな否定の言葉が続きまくるのだ。


 もうヤ。


 わたしはロキアスさんに向き直って、にっこりと笑った。


つまり・・・?」


 シンプルな要求だ。お願い、要約して。


 これに対して観察の魔王ロキアスはわたしにとって完璧な回答をしてくれた。


[では誤解が生じることを承知の上で、あえて言葉をそぎ落とそう。……ポーテンスフは自分の美醜に対する執着が、本当に自分の愛なのかを試行錯誤して確かめている魔王なんだと思うよ]


 わたしなりの翻訳『美しいとか醜いってなんだ。わからんけど好き。もっと見たい』という感じかな。


「よし理解できた! そう! そういうの! そういうのが欲しかった! ありがとうロキアスさん!」


 絶賛と感謝を伝えてみると、軽く白熱しかけていたカミサマ達の哲学講座は静まり返った。


 ちょっとした哲学アレルギーが発症しそうになっていたわたしにとって、ロキアスさんの言葉は非常に分かりやすかった。


「そういえば、楽園で見たり考えたりしてるって言ってたっけ。……そっかー。飾られてる絵が綺麗なのか汚いのか、悩んでるって感じなのかな?」


[どうなんだろうね? その辺はもう本人に聞くしかないよ。僕達があーだこーだ言っても仕方が無い。ポーテンスフは月眼だから、確実に愛を知っているはずだ。それに対するアプローチは彼の好きにさせてあげようよ]


「仰る通りだよ」


[ただ一つだけ僕の見解を述べさせて貰うなら、絵が綺麗か汚いか、という表現は間違っていると思うね]


「あー。綺麗じゃなくて美しい。汚いじゃなくて醜い……ってこと?」


[そういう表現の差の問題じゃないよ。あくまで多分なんだけど……]


 そう言ってロキアスさんは口元に片手を当てた。


[……いいや、やっぱりやめておこう。ポーテンスフに直接聞くべきだ]


「でも会話が……」


[会話は成立してただろ。どんどん質問しまくれ]


「でもでも! 急に怒りだしたら対処出来る自信が無いよ!」


[怒る。……怒るのかアイツ? そりゃいきなり殴ったりしたら不愉快には思うだろうけど、フェトラスはそんなことしないだろ?]


「しないけどぉ……だって楽園では、月眼の愛を否定したら危ないでしょう? 知らないうちにそういうコトを口にしちゃったら、絶対にヤバいじゃん」


[ポーテンスフ自身が愛の定義を見失ってるっぽいから、たぶん大丈夫だろ。むしろフェトラスが行くことによって刺激を受けて、彼は自分の愛を理解して、最終的にはハッピーな気分になれるかもしれない]


 目から鱗だった。


「えっ……えっ? そういう感じ? 刺激していいの?」


[むしろ僕はそれを期待している。なにせ僕と彼は似た部分・・・・があるからね。……僕は森羅万象への観察を愛する者だ。そして君が巻き起こすイベントの数々は、僕にとって興奮的な体験をもたらしてくれる事が多い]


「は、はぁ……」


[そしてポーテンスフは、一枚の絵を鑑賞することが大好きなはずだ。だって愛には多少の執着が必要で、そして彼の楽園には無数の絵が飾られているからね。あそこまで無数の絵を蒐集しちゃうんなら、もう絵を愛してると言ってもいいんじゃないかな。――――だけど、彼はそんな絵が好きな自分に自信が無いらしい]


 ピリッ、と。少しだけ『ワクワク感』をわたしは覚えた。


[僕は観察。彼は鑑賞。僕達は見ること、知ることが大好きだ。だからきっとポーテンスフも、フェトラスが楽園を訪れることを歓迎してくれるはずさ]


「……そう、かな。あのヒトはわたしにあんまり興味が無さそうだったけど」


[感情表現が下手クソなだけだろ。物静かなだけで、頭の中ではいっぱい喋ってるタイプなんだよきっと]


「……そっか。そうならいいんだけど」


[ついでに言うと君はポーテンスフの狂乱を怖れているようだけど、テンションが高いだけで別に害は無いよ。さっきの会話では質問に回答するだけだったけど、テンションが上がれば君がどんなにつまらいジョークを飛ばしても『ヒャハハハ!』って嗤ってくれるさ]


「その笑い方は怖いんだけど!?」


[ようするに、だ]


 ロキアスさんははっきりと会話の流れを切って、少しだけ沈黙を保って、嗤った。



[ポーテンスフは自分の愛に確信が持てないまま楽園に行ったせいで、その状態をずっと続けている。だから君が手助けしてあげれば、きっと彼は喜んでくれるよ]



 それはわたしにとって、非常に斬新な説明だった。


「喜んで、くれるかな?」


[少なくとも僕は君に会えるとだいたい嬉しいよ]


「そっか。ならもう一回……行ってみようかな?」


[せっかくだからサービスだ。……なぜ僕達はポーテンスフの楽園を後回しにしたんだと思う?]


「あ。そういえばそう。危険度高いんだった。また騙す所だったの?」


 わたしが半笑いで冗談を飛ばしたのだが、ロキアスさんはニッコリと嗤ってそれをスルー。


[無為無策に飛び込んだら確かに危険だ。なにせポーテンスフは、お互いに共感を覚えにくい魔王だからね。でも君は、既にポーテンスフの楽園に侵入し、帰還を果てしている]


「…………」


[それは間違い無く、成長の証だろう?]


 じんわりと。


 じんわりと、褒められた喜びが体内に満ちた気がした。


[だからもう、僕達はさっきとは違う心持ちで君にこう言えるんだ。いってらっしゃい、ってね]


「………………分かった!!」



 こうしてわたしは、今までの楽園とは異なるテンションで月眼の魔王に挑むことになったのであった。



「そうだ! お土産にご飯もって行こっと! わたしの得意分野で勝負だ!」


 カレーだ。カレーを持っていこう。たくさんの種類の香辛料がつぎ込まれた、超高級料理の一種だ。


 あれが嫌いだという人にわたしは会ったことが無い。きっとポーテンスフさんも気に入ってくれるはずだ。


 辛みが苦手って人はけっこういたけど、そこはどうにかなる。


 カレーの良い所は、その懐が無限大に広い所にある。なにせ何を入れても大体美味しくなるのだ。魔法よりすごい。


 果物とか、コーヒーとか、蜂蜜とか、発酵食品もお酒も、なんなら色んな味のお肉を混ぜ合わせても味が調和してしまうのだ。いや、もうあれは調和というか「屈服させる」という表現の方が正しいかもしれない。


 なので甘いのと辛いのを両方持っていこう。気に入った方をあげて、残った方をわたしが食べれば良い。そうだ。そうしよう。一緒にご飯を食べれば大抵のことは何とかなる!


 というわけで、わたしは管理精霊のサラクルさんと一緒にカレー作りに勤しんだのであった。



 カレー完成後。


「準備完了ー! というわけで、分かりやすくいこうと思います。わたしらしく」


[うん。いいと思うよ]


「最後に情報のおさらいだ。まずポーテンスフさんは……えーと、作る場所と飾る場所を欲しがった。美しいモノと醜いモノを求めた。だから美醜の魔王」


[そうだね]


「だけど彼は自分が何を愛したのかよく分かってない。それはつまり……」


自分の考えてることをツラツラと口にしていると、少し引っかかった。


 わたし自身が、あの楽園で抱いた疑問だ。


 ……もしかしたら、ポーテンスフさんも同じ疑問を抱いているのかもしれない。



「そもそも美しいとか醜いって、なに?」



 そう口にした後で、わたしは「あっ、簡単に説明してね。難しいのはイヤ」と追加注文をした。



 ロキアスさんは嗤って[価値観につける名前ラベルだよ]という。


 カミサマは少し沈黙した後で〈快いモノと、不快なモノだ〉と答えた。



 たぶんどっちも合ってる。


 だけどポーテンスフさんはどうだろう?


 こうして、わたしは答えの無い楽園へと再び足を向けたのであった。





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