五つ目の楽園。月眼・十二代目・美醜の魔王ポーテンスフ
[君がいない間、神様達とよく話し合ったんだけど]
「ふむふむ」
[どう考えても、というか考えれば考える程、次の楽園はポーテンスフの所以外にあり得ないという結論に至った]
「はぁ……」
ロキアスさんがちょっと辛そうに言うもんだから、わたしは生ぬるい返事しか出来なかった。
「ポーテンスフさん。えーと、十二代目。つまりわたしより一個前の魔王だよね。美醜の魔王」
[そうだ。美しさと醜さを愛する魔王、ポーテンスフだ]
「…………まぁ、分からないことだらけだし。とりあえず一つ一つ聞いていくかな。ポーテンスフさんってどんな人?」
[テンションの落差が激しい狂人だ]
「はいはい、なるほど。――――とりあえず今の段階では。絶対に行きたくないとしか言えないんだけど?」
[だがポーテンスフは会話が成立するんだよ。だからこそ、次はアイツの所以外にあり得ないんだ]
会話が通じる。
はて? それは当たり前の前提なんだけど。
逆に会話が通じないならどうしようもないじゃないか。
[君が『こんにちは』と言えば『こんにちは』と返してくれる。そんな魔王だよ]
「パーティル様とか、エクイアさんみたいに?」
[そうだ。彼はまず対話から入る。故に、僕達は彼の楽園を勧めるんだ]
「なるほど」
なるほど。
つまり、それ以外の魔王は会話が成立しないって言ってるに等しいなぁ。
[フェトラスが今まで触れた楽園は四つ。だが覚悟を決めて突撃したのは実質的に二つだ。エクイアとパーティルの楽園。彼らは会話が成立するタイプだ。だからこそ君が得意とする『相互理解』が有効だった]
「……そうだね。それがわたしのやり方だよ」
[以前にも言った通り、月眼の魔王達にはそれぞれ危険度において違いがある。……だけどその僕達が想定している危険度と、フェトラスが突撃する際の危険度にはちょっとした乖離があったんだよ]
「簡単に言うと?」
[僕が行く場合と、君が行く場合では危険な楽園が異なる]
「…………なるほど?」
[例えば僕は、図書の魔王メメリアとは最悪に相性が悪い。逆に……そうだな……ポーテンスフとは一番相性が良いかもしれないな]
相性。
それは結婚の魔王エクイアさんの楽園で実感した概念だ。
「っていうかロキアスさんと相性がいい魔王なんて実在するの?」
[僕とポーテンスフは意気投合出来る可能性が高い、っていうのは神様の見解だよ]
わたしは思わず天井に向かって「正気?」と尋ねた。
だけどカミサマ達は苦笑いの雰囲気こそ醸し出していたけど、ノーコメントを貫いた。
「…………ならロキアスさんが行けばいいじゃん」
[えっ]
「ロキアスさんと相性が良いんでしょう? なら別にわざわざわたしが行かなくても」
[なるほど]
その手があったか、という続くはずの語句をロキアスさんは口にしなかった。
顎に手を添えて、マジで超絶に真剣な様子でソレを検討し始める。
[……僕がポーテンスフの所に行って、その体験と経験を伝える……臨場感たっぷりに、そしてフェトラスの成長に繋がりそうな要素を全て余すことなく一切合切を持ち帰る……]
仄暗いテンション。
ロキアスさんがこういうモードの時は、総じて碌でもない結果が訪れる。
なのでわたしは慌てて椅子から立ち上がって、スタスタとポーテンスフさんがいるという楽園の扉に向かって歩き出した。
「ま、まぁロキアスさんは直接介入より観察する方が好きだろうから、とりあえずわたしが行ってくるね~。お話しが出来るタイプのヒトなんでしょう? じゃあ多分大丈夫~」
[待てフェトラス。エクイアとパーティルと接したとはいえ、それは強烈な油断であると僕は進言しよう。ポーテンスフは危険な狂人だ。やはりここは相性の良い僕が行くべきだろう。すっこんでろ小娘。邪魔をするな]
「…………………………」
わたしはロキアスさんの月眼を見つめた。
めちゃくちゃ輝いていた。
ソレはカルンさんがトラウマを抱いた目つきだ。
つまり、舞台がはちゃめちゃになる可能性が極めて高いという事。
わたしは取り返しの付かない事が起きる前に、自らポーテンスフさんの楽園の扉を開けて突き進んだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
〈……良かったのか?〉
[なにが?]
〈フェトラスになんの説明もしてないが〉
[だって説明を聞く前に彼女が突っ込んで行ったんだから、しょうがないじゃないか]
〈……まさか誘導したのか? 演技していたようには見えなかったが〉
[別にしてないよ。僕が行っても良かったし、彼女が行ってもいい。どちらにもメリットはある。ただあの楽園に関して、一切の情報を持たずに突っ込んで行ったフェトラスの安否を僕はニコニコしながら見守るだけだよ]
〈ほんとうに せいかくが よろしい ことで〉
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
いつもの暗い連絡通路。その先には扉。
思わず来てしまったけど、扉を前にしてわたしは少し悩んだ。
「流石に情報が足りなさすぎるよね……」
カミサマ達とロキアスさんは『ポーテンスフの所しかあり得ない』と言っていた。
会話が通じるんだってさ。必殺・相互理解が出来るんだってさ。
でも確実に、エクイアさんとパーティル様の楽園よりは危険らしい。
だってオススメする時に悩んでたもん。
「……会話が通じる狂人って何だろう」
今更になって怖くなってきた。
やっぱり戻ろうかな? もっとちゃんと情報を聞き出して……あるいは本当に、全部ロキアスさんに任せちゃう?
でもなぁ……あのヒト、めっちゃウキウキしてたしなぁ……絶対この先にいるポーテンスフさんに迷惑かけるよなぁ……。
少しだけその光景を想像してみた。
ポーテンスフさんの外見をまだ知らないから、彼は真っ黒いシルエット。
そしてその黒いシルエットを、ロキアスさんの月眼がこれでもかというくらいに照らしまくるのだ。
『ねぇねぇねぇねぇねぇ!!』
うわぁ。
やっぱ無しで。
ただ希望的な意見もある。
まずカミサマ達がわたしを止めなかった。これはかなり重要なポイントだ。彼らから見ても『フェトラスならたぶん大丈夫』という安心感のようなものがあるからだろう。
そうとも。わたしとて二つの楽園を攻略した者だ。
自己領域の拡大もちゃんと出来ているはず。
こんな月眼の魔王は他にはいないぞぅ。わたしは史上初にして至上最高の月眼の魔王様だぞぅ。
次点の希望的意見。実はちょっぴりだけど、自信があった。
楽園を順調(?)に攻略した結果、わたしにはお友達が増えたのだ。だからポーテンスフさんとも仲良くなれるんじゃないかな、っていう。そんな楽観的な自信。
会話出来るらしいし。だったら多分大丈夫でしょ。
という油断は、ここでしきっておこう。
どうせ扉の先は地獄だ。
「……よし。危なそうだったら、速攻で逃げよう!」
ここに来てわたしは新しい必殺技を編み出した。
名付けて『こんにちは&さようなら』である。
色んな意味でドキドキしながら、けれども少しだけワクワクもしながらわたしは扉に手をかけた。
それは広い廊下だった。白を基調とした床。高い天井。
瞬間に抱いた第一印象は「静かで綺麗な場所」だ。
右手には大きな窓。そして左手の壁には、絵画が飾ってあるようだった。
窓は等間隔に並んでいて、柔らかな陽差しが廊下を照らしているように見える。
ただそういう情報よりも、もっと直感的にわたしは危機感を抱いていた。
ここは廊下だ。静かで綺麗で、明るくて。
ただその廊下の果てが見えない。
まるで地平線みたい。遠すぎて絵が何枚並んでいるのか全然数えられない。
「っと」
ぼんやりと消失点を眺めているとめまいがした。遠近感が乱れたせいだ。
目を強く閉じて、その後で自分の足元や手の平を見つめてみる。
「あんまり遠くの方をのぞき込むと具合が悪くなりそう」
わたしは真っ直ぐ前を向くことをやめて、右手にある窓の外をのぞき込んだ。
そこには綺麗な草原が広がっていた。青い空と太陽もある。だけど廊下と同じく果てが見えない。雲一つ無いどころの騒ぎじゃなく、本当に草しか無い。
「き、綺麗はキレイなんだけど……違和感が強すぎてちょっと不気味かも……」
そうだ。ここには現実感が無い。
廊下。窓。草原。太陽。なるほどパーツだけ切り取れば、どれも調和があって美しい。だけど……床も窓も整いすぎている。汚れなんて一つも無い。だけどその全てに差異がまったく無いというのはどうなんだろう?
まるで上等な鏡に写ったオリジナルを複製しまくったような。
もしかしてと思ってわたしは再び草原を観察してみる。
窓の外を見る。次の窓の外を見る。次も、次を、そのまた次へ。
それは不気味を通り越して、異様だった。
その窓から見える光景は、全てが同一だったのだ。
太陽の位置も、草の生え方も。
「……絵のような光景」
それは悪い意味での比喩だ。窓を開けることは叶わないようだが、きっと風すらも吹いてないんだと思う。またしても現実味が奪われていく。
あまり見続けると毒だな、と判断したわたしは入り口に戻った。
別に帰るわけじゃない。この全てが同一に見える空間の中で唯一、絵だけは全てが異なっていたから興味を抱いたのだ。
一枚目の絵は、草原の中にログハウスが立っている風景画だった。
あまり大きな絵じゃない。使われているのも普通の絵の具。
わたしはちょっぴり絵を嗜けど、上手な絵だなと思った。
二枚目。今度は花の絵だった。
キャンバスには余白がたっぷり。花だけが描かれた絵。精密ではなく、むしろ雑に描いたような印象をわたしは受けた。
三枚目。猫ちゃんの絵。デフォルメが効いている。可愛いと思った。
四枚目。ちょっと言葉で説明するのは難しいんだけど、キャンバスには○が描かれていた。ただし色合いがグラデーションを描いて変化している。面白いな、とわたしは思った。
五枚目。リンゴが描かれていた。たぶん鉛筆。上手だけど美味しさは伝わってこない。
「……なんか」
続く言葉をわたしは胸の中で発することにした。
楽園の感想を口にする場合は、賛辞に満ちていなければならないから。
だから別に悪口じゃないけど、褒め言葉でもないから思うだけにしておこう。
(なんか普通の絵ばっかりだなぁ)
たぶん作者は全部違う。
でもどれもこれも、月眼の魔王が喜んで飾るような名画には見えない。こっそりわたしが描いた絵を並べても多分違和感は無いと思う。……そのぐらい普通の絵ばかりだ。
(なんでこんな絵……っていうと流石に失礼だけど、こういう絵を並べているんだろう)
普通の絵を飾る、美醜の魔王。
ここに来てようやくわたしは『そもそも美しいとか醜いの違いって何だろう?』という疑問を抱いたのであった。
「……見続けたらそれが分かるのかな?」
廊下は果てしなく続いている。もしポーテンスフさんが来るならすぐに分かるだろう。
そう判断したわたしは、六枚目の絵を見るために足を進めたのであった。
十五枚目ぐらいでわたしはしっかりと足を止めた。
それはとても大きな絵だった。見上げるぐらいに大きくて、横幅だってわたしが両手を広げて五人分ぐらい。
「ほぁー」
それは人間の街並みを描いた絵だった。
色んな人や建物が描いてあって、賑やかだ。
物を売ってる人。それを買おうとしているおばちゃん。ただ歩いている人。ちょっと急ぎ足に見えるおじさん。ベンチに座っている子供。犬と散歩をしているおじいちゃん。
とにかく色々描いてある。
「だれが描いたんだろ?」
ここまで巨大な絵だと、サインぐらい入っててもよさそうなものだけど。
だけど絵の隅にそれらしきものは見当たらない。
「っていうかどうやって描いたんだろう……」
思わず言葉が零れ出す。
「はしごをかけて描いたのかなぁ……それとも、地面に横倒しにして、寝そべりながら描いたのかな?」
もっとよく見てみたいので、わたしは【飛虹】を唱えて浮かび上がった。
「大っきいなぁ」
上部もしっかりと書き込まれている。ただこれは風景画じゃない。遠近感が無いというか、まるで街の地図に人物を書き込んだような絵だ。上部も下部も人間のサイズ感が似たようなもの。
わたしの身近ではあまり見られない手法だけど、特に違和感は無い。椅子に座ってスケッチした絵じゃなくて、自分が見た光景を頭の中で変換して描いたのかな?
そうやってしばしじっくりと見て、わたしは地面に降り立った。
最後にもう一度全体像を眺めてみる。
「……描くのにどれぐらいの時間がかかったんだろ?」
ものすごく集中したとしても、一年じゃきっと描ききれないと思う。
[二人がかりで三年かかったそうですよ]
「こひゅっ」
突然声を掛けられて、わたしは全身が凍り付いた。息だけが漏れ出る。
[人物担当と、それ以外。とある貴族が自分の愛した街並みを絵にしたがってたらしく、かなりの金額をつぎ込んだそうです]
「え、と……」
振り返ると、そこには何やら凄い格好をした人物が立っていた。
クラウンのメイク――――ピエロのような化粧。そして着込んでいる服はとんでもなくカラフルで、どこにいても注目の的だろう。悪い意味で。
もちろん月眼だ。どこからどう見ても魔王だ。
ただし精霊服がこんなにデタラメに発色しているケースを、わたしは今まで見たことが無い。
固まったまま、わたしは三秒悩んでペコリと頭を下げた。
「お……お邪魔してます」
[はい]
「突然入り込んでごめんなさい」
[まぁいいでしょう]
「…………」
[……?]
ピエロさんは首を傾げた。
いたって冷静な表情で、静かにわたしの発言を待っている。
(……ええいこうなったら行くしかない! くらえ、必殺・自己紹介!)
「わたしは十三代目の月眼、極虹の魔王フェトラスです。あなたは……美醜の魔王ポーテンスフさんでよろしかったでしょうか?」
[はい。ポーテンスフですよ]
「改めて謝罪を、えっと、勝手に入ってしまって……」
[それはもう伺ったので結構です]
「あっ、はい……えと……ええっと……」
[………………]
ポーテンスフさんは丁寧に受け答えしてくれるけど、わたしに何かを問いかけることもしなかった。
こ、これは会話じゃない気がする。
――――会話が成立するって言ってたじゃーん! またロキアスさん嘘ついたな! ……なによこれ、どうすればいいのよー!
わたしがしどろもどろになっていると、ポーテンスフさんは首の傾きを深めていった。
それはゆっくりだけど、止まらない。まごまごしているうちにポーテンスフさんの首の傾きは可動域の限界を超えたのか、今度は身体ごと傾きはじめた。
怖い。
見た目がすごく怖い。不気味だ。
放っておいたら地面に倒れるまで傾くかもしれない。
「えっとぉ! 実はこの楽園の見学に来ました! お邪魔でしたらすぐに退散するし、必要であればお詫びの品を後日持参します!」
[邪魔。ふーむ……別に邪魔ではないですよ。お詫びの品も結構です]
「それは良かったです! では引き続き見学を続けても結構でしょうか!」
[ええ。構いませんとも]
「ありがとうございます!」
[いえいえ]
言葉の応酬をするにつれてポーテンスフさんの傾きが元の位置に戻っていく。これはもう、喋り続けるしかないのでは?
「と、ところで……絵について質問したりしても、いいでしょうか」
[構いませんよ]
「…………ここにある絵って、ポーテンスフさんが集めたんですか?」
[そうですよ。色んな時代の、様々な者が描いた絵があります]
「……絵がお好きなんですか?」
[好き。ふーむ……まぁそうですね。興味は強いです]
……あれ?
愛してるわけじゃないの?
そんな疑問を抱いたけど、まだその質問をするには早すぎる。
まだわたし達は出会って数分だ。いきなり内心に踏み込むのはあまりにも品が無い。
「ここには何枚ぐらいの絵があるんですか?」
[数えた事が無いのでなんとも言えませんね]
わぁ。もし全部の絵を見ようと思ったら、とんでもない時間がかかるかもしれない。
「……ポーテンスフさんは普段、何をして過ごしているんですか?」
[絵を眺めたり、彫刻を眺めたり……色んなものを眺めてますね。あとは考え事です]
「考え事?」
[はい。まぁ――――色々です]
答える気が無いのか。
それとも質問の仕方が悪かったのか。
こうしてピエロのような出で立ちをした美醜の魔王ポーテンスフさんと、わたしは出会ってしまったのであった。
現段階では狂人には見えない。
変わったヒトだとは思うけど。色々と変だけど。それでも。
『テンションの落差が激しい狂人だ』
わたしは何となく、わかり合うことに対しての恐怖を覚えたのであった。