お父さんがいないから。
ユシラ領。
お母さんの生まれ故郷だったそこは、わたしにとっての故郷になった。
あの無人島大陸、通称『魔王のエサ箱』も故郷といえば故郷だが、今となっては『カルンさんのわくわくお友達ランド』という印象の方が強い。
さて。現在わたしがユシラ領にてホームに定めている一軒家だけど、これはお父さんやお母さんと過ごした家とはまた違う家だ。あの家はとっくの昔に耐久年数を過ぎていて取り壊されてしまった。
最初は小さな、お父さんと二人だけで過ごすお家で。
お母さんと住むようになってから増築して。
ティザリアとキトアが産まれてからまた増築して。
改修して、増やして、ガタついた所を撤去したりして。
ソレが無くなってしまう時は寂しかったけど、自然環境よりも速いサイクルで動いていたから仕方が無い。それを便利な魔法でどうにかしようとは思わなかった。
永遠なんて無いから。全ては変わっていくから。それを止めることは必ずどこかに無理を生じさせてしまうから。だからわたしは「まぁいっか」という言葉を絞り出すことに専念した。
「ただいま」
久しぶりに帰ってきたような気がするマイホーム。中には誰もいないし、値打ちのあるモノもない。魔王が住むにしてはえらく質素な家だけど、そもそも旅に出っぱなしの事の方が多いのでわたしにはこれぐらいが丁度良いのだ。
「おかえり」
そんな言葉が背後から聞こえてくる。弟分のディアだ。
「……おかえりといらっしゃい。言われるならどっちがいい?」
「それ、何か違いでもある? どっちでもいいよ」
ディアはつかつかと中に入っていき、どさりとベッドに腰掛けた。そしてチラリとわたしの方を見て、ボソリと「…………それで?」なんて聞いてくる。
「えっ、なにが?」
「……いや、だから、ここに帰ってきた理由だよ」
「???」
ディアが何を言っているのか分からなくて、まばたきの数が増える。
「えーと、理由って言われてもなぁ。……自分のお家に帰るのに理由なんている?」
「そりゃいるさ。なんて言ったらいいのか分からないけど、理由はいるんだ」
「ディアは難しいコトを言うんだね。人生を過ごすには理由があった方がいいけど、今日を過ごす理由は要らないんだよ」
「姉貴の言ってる事の方が難しいわ」
ディアはそう言い放って、わたしのベッドにごろりと寝転がった。瞬時に彼の精霊服が反応して、履いていた靴が消える。
さて。
さて。
うーん。早速手持ち無沙汰。ヒマだ。する事が無い。
「……【全域」
「それさっきも唱えただろ」
「う、うるさいな」
眠くない。疲れてない。お腹も空いてない。したいコトもない。
ヒマだなぁ。
……いいや、きっとこれは暇とは違う種類のモノだ。
――――きっとわたしは空虚なんだろう。
いつものコトだ。
なので暇つぶしではなく、気分転換をするとしよう。
「よし。じゃあディア、手合わせしよっか」
「……えっ、ユシラ領で?」
「魔法無しの体術のみ、だよ」
魔法有りだと何をしてしまうか分からないから。
わたしが本音を押し殺して明るい口調で言うと、ディアは割と大きなため息をついて「了解」と返してくれた。
マイホーム。
ぶっちゃけお父さん達との家があった場所だ。周囲に民家は無くて、畑の跡地が残っている。周囲の景色も多少は変化しているが、空の青さと山々の形はほとんど変わらない。
外に出たわたし達は、ある程度の距離をとって構えた。
「さてちびっ子。かかって来なさい」
「次にその呼び方したら姉貴でも許さない」
「いやぁ、中々大きくならないから心配でさぁ」
「よし分かった。こっちは怪我させるつもりでやるから、ちゃんと対応してくれよな」
ディアはそう吐き捨ててから【雷顕】と唱えた。雷の顕在化。彼の手元に現れたのはまるで聖遺物のような、雷の剣だった。
「……魔法は無しって言ったでしょーが」
「は? 体術なんだから武器は体系的にギリセーフだろうが。そもそも体格差があるのに体術のみってなんだよ。ふざけてんのか月眼の魔王様」
「……まぁいいや。おいで」
考えるよりも速く精霊服が反応する。袖口の青色が煌めいて、そのまま手袋のようにわたしを包んだ。これなら手で払っても感電しない。
「――――シッ!」
「ほいよっ」
一撃で終わらせる、みたいな覚悟を伴った突貫。ディアは残酷な剣筋でわたしの顔面を狙ってきた。対魔王の戦い方としては及第点。特にわたしのレインの防御力は鉄板よりもはるかに高いので、露出している部分を狙うのは当然のことだ。
でもあまりにも当然すぎる。
わたしは逆にディアの狙いが透けて見えたので、ギリギリではなく大きく回避行動をとった。
「んー。もしかしてその雷の剣、実体化してる部分以外にも効果が及んだりする? バリバリバリー! って、刀身から離れてる空間でもスパークするとか」
「う、うっせぇ! 自分で食らって確認しろ!」
単調すぎる。わたしは思わず笑ってしまって、再び構えを取った。
「ほら頑張れ」
「この……!」
一発食らってみるとするかな。そう考えて、わたしは慎重に雷の剣筋にレインをかすらせた。ピリリとした電気反応。たぶん人間が相手だったら、かすっただけでも結構なショックになるだろう。
受けるだけじゃつまらないけど、所詮はお遊びだ。わたしはディアの成長を確かめる意味も込めて、雷顕の効果範囲を調べ続けた。
「ハッ、とりゃっ!」
「ほい、ほい、ほーい」
ディアは真剣な顔をして剣を振り回している。どれもこれも本気だ。別に殺す気では無いんだろうけど、彼が口にしていた通り怪我をさせる覚悟は持っているみたい。
躱し続けて十三撃。そのタイミングでわたしは雷の剣を、白羽取りの要領で両手でしっかりと挟み込んだ。
さぁ、ここからどうする?
「雷顕……【天戒】!」
顕在化していた雷が形を変え、空に広がる稲妻のようになり、わたしの身体に纏わり付くように展開していく。即時攻撃の類いじゃなく、拘束が目的の設置型トラップ魔法。
たぶん触れたら爆発する系の魔法だ。
「ほう。なるほどなるほど。ただの剣じゃなくて、雷を即時展開させるための弾倉だったわけだ」
「だんそう?」
あっ、やべ。これはパーティル様とのゲームで学んだ未来の単語だった。
「まぁ要するに、本命の魔法を唱えるための前準備だったってコトでしょう?」
「まぁね」
「でもおかしいな。お姉ちゃんは魔法無しって言ったはずだけど」
「攻撃魔法じゃないからセーフだろ」
「それはどうかなぁ」
「ちなみに触れると相当痛いから気を付けてね。……さて。これで姉貴は動けない。そして武器がセーフであるなら、弓矢もオーケーだ」
「ヒトはそれを拡大解釈と呼ぶよ」
ディアは笑いながら【雷放】と唱えて、矢だけを出現させた。雷魔法は他の魔法に比べて発動するのにタイムラグが大きいけど、放たれたら止めるコトは難しい。
「武器有りを認めたのは姉貴自身だろ? まぁいいやって言ってたじゃないか」
「確かに」
でも武器が有りなら、防具はもっと有りなんだよなぁ。
「【絶虹】」
「あっ」
光を絶つ虹。なんてことだ。わたしの虹魔法無敵すぎないか? 雷属性の魔法に対してほぼ完璧な解答を出してしまった。身に纏った虹色が、雷を散らしていく。
展開していた雷の檻を悠々と歩いて突破し、わたしはニッコリと微笑んだ。
「その矢でわたしの魔法を貫通させられるかどうか、試してみる?」
「………………クソが。武器としてじゃなく完全に魔法として上書きしていいなら試す価値もあるけど、それじゃ流石にルール違反だな」
「魔王としてどんだけ歴が違うと思ってるのよ。普通に体術縛りの方が勝ち目あるから、パンチとかキックでおいでよ」
「いつか身長追い越したら本気で叩きのめしてやるから覚悟しとけ」
「おお怖い。じゃあいつか勝てなくなる日が来るまでは、気持ち良く勝たせてもらおうかな」
全ての魔法を消して、ディアが襲いかかってくる。
真剣だ。心地良い本気だ。なのでその小さな姿と、大きな心意気に免じて一発だけノーガードで受ける。
「オラァッ!」
「……弱いっ!」
『フェトラスは脚が長いから、蹴り技とか覚えると良いと思うぞ』
『わかった! たくさん練習するー!』
左脚で地面を蹴りながら、右脚で大きく孤を描く。
それは熊型モンスターさえも倒す一撃。シャレで武術大会に出たら蹴り技だけで準決勝まで行ってしまった封印体術。ちなみに決勝戦は疲労困憊を装ってわざと負けた。
そんな誰かにとっては悪夢のような蹴りが、ディアの頭上を通り過ぎていった。
蹴りを収めて、残心。
ディアはあまりにも鋭い蹴りに少しだけ放心していたが、すぐに怒りだした。
「なに、いまの。なんでわざと外したの」
「ディアが魔法使ったからズルいと思ったけど、本気のコレを当てるのは流石に大人げないからね」
そう言いながらわたしは少しだけ腰を落とした。
「じゃ、次は乱打ね。何も考えずに打ってきてごらんなさい」
「コレじゃ手合わせじゃなくて俺の修行じゃねぇか! クソが!」
本気で悔しそうだったが、彼は素直に突っ込んで来たのであった。
小一時間ほど身体を動かすと、ディアは突然膝を突いた。
「も……も、無理……」
「……まぁこんなもんかな。以前よりもスタミナが付いてるし、戦略もちょっと練られてるフシが見えたよ」
「はいはい、そうですか……」
なんて、息切れしながらディアは呟いた。
「でも途中から、ちょっと緊張感が抜けてきてたでしょ? 色々試すのはいいけど、次からはわたしも程よく反撃するから防御も視野に入れておこう」
「もういいや」
ディアはそう言ってバタリと倒れ込んだ。
わたしは苦笑いを浮かべながら彼の隣りに腰を降ろす。
「褒めてるんだからスネないでよー」
「うるさいばか」
「あっ、バカって言ったな」
そのバカに負けるお前は何だ、的なコトでも言ってやろうかと思ったらディアはすぐに
「ごめんなさい」と謝った。
流石はわたしの弟分。学習能力と危機管理能力が高い。
「よろしい」
そよそよと。風が草原をなびかせる音が聞こえる。
うん。
ちょっとスッキリしたかな。
「ありがとねディア」
彼は返事をしなかったけど、わたしは嬉しくなって彼の頭をなで回した。
それから一週間ほど、わたしはユシラ領で過ごした。
今の時節だと領民と交流を持つわけにはいかない。あと二十年ぐらいは待たないとダメなのだ。
街でどこかの老人とすれ違うと「あれ? フェトラス?」と気がつかれてしまうからだ。
うっかりそれに「やぁ!」なんて返事をしてしまったら「お前それ若作りってレベルじゃねーぞ」「もしかしてアイツの娘さんか?」「というか冷静に考えてよく見るとお前まさか」ってな具合で、魔王だと露見してしまう可能性がある。
今はそういう時節なのだ。
世代が交代するまで。わたしが彼らのお葬式に参加して泣くまで。
世界中を旅して回ってなんとか誤魔化して来たけど、やはり限界はある。
「暇すぎるし、またカルンさんの所にでもお邪魔しようかな……」
「ああ……まぁ三日ぐらいは暇つぶしになるだろうけど……」
「うーん」
あの大陸もまた楽園だ。
大半のモンスター達は怯えてしまうけど、カルンさんは良くしてくれるし。
ただカルンさん自身に問題は無いんだけど、カルンさんはトラブルを呼び寄せてしまう性質があるのだ。きっとそういう運命なんだと思う。(※八割以上はロキアスが持ち込む)
わたしが訪ねたらカルンさんは喜んでくれるけど、それよりももっとロキアスさんが喜んで、イコールでカルンさんが困ってしまうのはあまり良くない。
ああ。
ああ――――退屈で、何よりも空虚だ。
……そういう感情に囚われたわたしだったからこそ、月眼の間に向かってしまったんだけど。
退屈で。空虚で。発狂しそうで。
あと数十年待てばまた世界を旅することも可能だろうし、それはきっと充実した毎日なんだろうけど。
いつまで経ってもお父さん戻ってこないし。
いつまででも待つけれど。
やっぱり気持ちが落ち込むコトもあるわけで。
味のしなくなった飴を舐め続けている気分。
口の中には石が詰まっている。
するコトがなさ過ぎて枯れ果ててしまいそう。
「みんなのお墓参りも行ったしー、知り合いにも全部顔出しちゃったしー、王国騎士の視察も終わっちゃったしー」
不満を口にしながらため息をつく。
「なんもしたくねぇ」
「姉貴、言葉遣い」
「退屈なんだよー。ディア、あそぼー?」
「いいぜ。何をする?」
「考えてー。なんか楽しいコトを」
「無茶言うなよ」
そう言ったディアは、とても寂しそうな顔をしていた。
「…………ごめん」
「謝んなって。……俺の方こそ、ごめん。ふがいなくて」
「ディアはなーんにも悪くないよ」
好奇心は猫を殺した。
だったら退屈は何を殺すんだろう。
「…………ねぇディア」
「なんだよ」
「まだお姉ちゃんを殺したいと思う?」
「最悪な質問すんな」
「ごめんね」
「…………」
ディアはわたしとは違う。
殺戮の資質をきちんと持っている。
それでも彼がそれを抑えているのは、わたしのせい。
「………………やっぱダメかぁ」
「何がだよ」
「ちょっと旅に出てくる」
「また? 今度も数ヶ月かかるヤツ?」
「分かんない……うーん、本気で分かんないなぁ……数時間で帰るかもしれないし、数ヶ月か、数年か……」
「答えてくれないのは知ってるけど、もう一回聞くね。姉貴、どこ行ってたの?」
「……珍しい所」
「世界中のどこにもいなかっただろ」
「えっ、やだ、お姉ちゃんのこと世界中探し回ったの?」
「いやあの魔法唱えたら場所なんてすぐに分かるよ。……でもその気配が三ヶ月で一度も無かった。そして姉貴がアレを唱えないわけがない」
「毎日どころか毎時間探してるのがバレると恥ずかしいから、隠れて唱えてたんだよ」
「…………あっそ」
ごめんねディア。言えないんだ。それが神理ってルールだから。
それから数日過ごした。
カルンさんの所にも顔を出した。
イリルディッヒさんの一族にも会いに行った。
お父さんの系譜の子供達を遠目で見守った。その数は順調に増えていて、全員を追うのはちょっと難しい。なので割合的に血が濃い子らをわたしは守護している。
今じゃどこにもお父さんの面影は残っていないけれど。それでも。
ムール火山。
まぁ火山としての機能は昔わたしが殺してしまったので、今じゃムール山とか呼ばれているけど。
かつて月眼が最高純度を抱いたこの地に、わたしは舞い降りた。
ディアに「いってきまーす」と告げて数刻後。
わたしはいつものように【全域透化】と【刻印示返】を唱えた。
返事は無い。
「ああ……そうだった……こういう気持ちだった……」
月眼の間が刺激的すぎて忘れていた。
お父さんのいないセラクタルは、こんなにも。
……だからわたしは月眼の間に行った。
はっきり言ってしまえば、暇つぶしだ。
だけどそこでの出来事があまりにも刺激的すぎて、わたしはセラクタルが恋しくなって。
そして恋しさは直面すると霧散して。
……何もかもが極端すぎる。
わたしがお父さんの帰りを待つ場所の選択肢は、地獄か虚無の二択だ。
このセラクタルは間違い無くわたしの楽園だけど、最も大きなピースが欠けている。
「お父さん……」
全域を透明化させて。刻んだ印に呼びかけて。
それを何度も繰り返して、ようやく諦めがついて。
『ごめんなフェトラス』
「いいの。ちゃんと良い子にして待ってるから」
ああ、いっそわたしも【源泉】に行ってしまおうか。
そう考えたことは、数え切れない程に多い。
だけど自殺だけは許されなかった。
カウトリアはもっともっと苦しんだ。
わたしの退屈なんて、彼女が抱いた孤独とは比べること自体が失礼極まりない。
だからわたしは、絶対に自殺なんてしちゃいけない。
……あの子の愛に負けるのは、とっても悔しいから。
だけど流石に待ち疲れた。退屈にも程がある。
あと二十年待てばまた旅も再開出来るにせよ、今はちょっと色々と持てあましすぎだ。
だから暇つぶしに、わたしは楽園という地獄をのぞき見しに行くのだ。
悪いか。全然悪くないだろ。むしろ良い子だよ。
「じゃ、行くかぁ」
かつて月眼の間に招かれたこの場所で。
かつて抱いて、今もなお尽きないこの想いを言葉にして。
[……心から想う。ずっと変わらない気持ち。【私は、お父さんを幸せにしたいよ】]
私の月眼は満たされてはいないけど、想い出は色褪せそうだけど、それでも。
ロキアスさんの力を借りるまでも無く、ここでなら。
心からの寂しさと愛を紡げば、私は資格を示せる。
そうして扉は開かれた。
[お帰り、フェトラス]
「ただいま、なんて絶対に言ってやらないんだから」
[なんてつれない事を]
「あっ、サラクルさんただいまー!」
サラクルさんは困ったようにロキアスさんとわたしを交互に見て、それからちょっと嬉しそうに片手を振ってくれた。
それを見たロキアスさんは少しだけ顔を歪ませながら嗤って[里帰りはどうだった?]なんて皮肉を口にした。
「どうせ全部観察してたんでしょう? ご覧の通りだよ」
[……そうかい。まぁいいさ。君がいない間も、愉しいことばかりだったよ。今のセラクタルは停滞して久しいけど、それでもドラマチックな事は日々起きている]
「それは何よりで」
[ところでお節介を一つ焼かせて欲しいんだが]
「それ本当にお節介? 世迷い言とか、戯れ言とか、碌でもない話しだったりしない?」
[推測するに、たぶん碌でもない意見だね]
「じゃあ聞かない」
[現状、君を悩ませている虚しさの件についてなんだけどさ]
「聞かないってば」
[文明進化と戦争を許可すれば、セラクタルはもっと賑やかになるよ?]
ロキアスさんがそう言った瞬間、わたし達の間に電流のような緊張感が走る。発生源はもちろんわたしから。
「何度でも言うけど。セラクタルに手出ししたら、本当に敵対するからね」
[……わざわざ銀眼にならなくてもいいじゃないか]
「本気だって言葉以外でも伝えておかないと、貴方は約束とルールの裏をかきそうだから」
[うーん。交渉の余地無し。まぁいいさ。僕は気にしない。愉しいことはいっぱいあるからね]
「――――羨ましい限りだよ」
[なんて恐れ多いことを。僕は君こそが羨ましい。他の月眼の楽園に行ける許可証だなんて、歴史上でも君しか持っていないんだよ?]
「はいそれ思考誘導ー。わたしは許可証なんて持ってない。資格すら無い。数少ない理由で、とんでもなくリスキーな事をしているだけですー」
[でも愉しいだろう?]
「興味深い、とだけ言っておくよ」
悔しい。
本当に本当に悔しい。
ロキアスさんとちょっと会話しただけなのに、あの酷い倦怠感が消えている。
刺激的すぎて、なんだかもう帰りたくなって来たのも正直な気持ちだけど。
「まぁいいや」
お父さん。
早く帰って来てよ。
じゃないとわたし、本当に大魔王さんの所にたどり着いちゃうよ?
[さぁそれでは早速、愉しい愉しい作戦会議だ。次はどの楽園に行きたいかな?]
やれやれだ。この悪魔みたいな魔王は、ホントに人でなしだ。
こうして。全然ノリ気じゃないけれど、わたしはテーブルについて楽園のリストを要求したのであった。