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我が愛しき娘、魔王  作者: 雪峰
我が愛しき楽園の在り方
251/286

四つ目の楽園、その結末



 パーティル様の楽園から逃げるように連絡通路を走り抜けて、月眼の間にたどり着く。


 そして扉を開けたそこでは、ロキアスさんが仁王立ちをしていた。びっくりするぐらい近い。扉のすぐそばで待っていたのだろうか。


 そして彼にしては珍しく強い感情を露わにした表情で、わたしを見続けた。


 不機嫌。

 彼の顔には、はっきりとそう書いてあった。


「た、ただいまー」


[………………]


「い……いやぁ、流石は月眼の楽園。攻略にはかなり手間取ったけど、なんとか帰ってこれたよ」


[そう。実際行ってみてどうだった?]


「ん……まぁ、いま思えば普通に楽しかったよ。エクイアさんの楽園よりも緊張感は覚えなかった、って感じ」


[そうか。それは何よりだ。そしてフェトラス、君が無事に帰ってこられて良かった。――――ところで第十一代目の月眼・パーティルの楽園はどうだった? 愉しかったかい? 興味深かったかい? 何か目新しいモノはあったかな? 数々の遊戯を通して彼の個性と愛に触れて君としても思う所は多々あっただろうけど、何か収穫はあったかな? そうそう、彼とお遊びのような賭け事をしていたみたいだけれど、遊びではなく本気で彼とギャンブルしてみる気は無いかい? あるだろう。あるだろうとも。得られる経験値がまさしく桁違いだ。であるからして、君はあの楽園にもう一度行くといい。行かねばならない。なぁに心配はいらない。いざとなったら僕が助けに行くとも。今度は片手を挙げるだけでいい。そうしたらすぐさま僕が駆けつけるから、君は今すぐパーティルの楽園に戻るべきだ。おっと、手料理をご馳走する約束もしていたかな? だったら今すぐ調理に取りかかれ。それを手土産としよう。準備が済み次第に再突撃だ。異論は認めない]


 薄い紙に爽やかな絵が描かれている。でもその紙一枚向こう側には地獄のような執着が見え隠れるする……そんなロキアスさんの面倒臭い一面が垣間見えた。


 まぁそれはそうだろう。ロキアスさんはカミサマ達から世にも珍しい『楽園訪問の許可』を得ていたのに、それが実行出来なかった悔しさは分からないでもない。


 観察出来ると思っていたのに、観察することが出来なかった。彼にとっては血の涙を流す程度には許しがたい事態だろう。


 だけどわたしはあの楽園にはもう戻らない。

 やるべき事があるから、戻ることが出来ない。


 だからわたしは五秒だけ考えた。


 それから更に三秒かけて、月の色をした覚悟を決めた。


[ロキアスさん。私は一度セラクタルに戻ります。だから邪魔しないで。異論は許さない。絶対に]


[………………]


[………………]


[…………チッ!!]


 めちゃくちゃ大きな舌打ちをして、ロキアスさんは身を引いてくれた。わたしはそれを見てこっそりと安心のため息をつく。


「っていうか、ロキアスさんなら普通に行っても大丈夫なんじゃない?」


 そう声をかけてみると、ロキアスさんは心底恨めしそうにわたしを睨んでため息を一つ。そうして彼はいつもの口調に戻った。


[……ダメだね。同じゲームを何度か連続でさせてもらえるのなら、たぶん勝てる。勝てるんだが、勝機を見いだすまでに一体どんな負債を負うのか見当がつかない]


「そうかなぁ。勝てると思った時だけギャンブルすればいいんじゃないの?」


[パーティルは僕を毛嫌い、というか警戒している。だからきっと彼は僕と交渉してはくれないだろうね。毎回違うゲームが提案されて、結果として数百年は軟禁されるだろうさ]


 うーん、否定出来ない。パーティル様はロキアスさんのことを『うさんくさい』と断言していたし。


[それにたったいま彼はフェトラスにしてやられて・・・・・・気が立っているだろうからね。そんな彼に、僕が考えていた攻略法を実行したら、不機嫌を通り越して激昂するかもしれない。流石にそんな事態は避けたいところだよ]


 と言ってロキアスさんは肩をすくめた。


 どうやらわたしがロキアスさんをパーティル様の楽園に招待しなかったことは一旦置いておいてくれるらしい。良かった。せっかく帰ってきたのに、ロキアスさんにまでヘソを曲げられていたらもっと面倒なことになっていたところだ。


「ん? ……攻略法? パーティル様の楽園には攻略法があるの?」


[ああ、それか。あるよ]


「でも運ゲーは嫌いってパーティル様言ってたけど……って、あー! そうだ! ロキアスさん嘘ついた! 運ゲー何回もやれば大丈夫って言ってたけど、その方法ダメだったよ!? どういうこと!?」


 わたしがそう問い詰めると、ロキアスさんはさっきよりも大げさな挙動で肩をすくめた。


[いやー、良い手だと思ったんだけどね。流石は月眼の魔王。予測不能ダネー]


「うさんくさッ!」


 わたしが全力でそう言い放つと、ロキアスさんは苦笑いを浮かべた。


[それが僕の個性に対する感想なのだとしたら、なにを今更、としか言いようが無いね。――――まぁそれはさておき、あの攻略法は僕も少し驚いたよ。まさかパーティルの愛を人質に取るようなマネを君がするなんて、思ってもみなかった]


「うっ……それは……まぁ……自分でもどうかと思うぐらい、品の無い行為だとは思うけど……」


[僕が考えていた攻略法よりも悪辣あくらつだったよ。そこは素直に賞賛を送るさ]


「あ、あれってロキアスさんの攻略法よりもイジワルな発想だったの? えーん。涙が出ちゃう」


 わたしが眉間にシワを寄せると、ロキアスさんはそれ以上に深いシワを眉間に浮かべた。


[君は僕のことを何だと思ってるんだ……? …………まぁ、いいや……]


 お父さんみたいな言葉で締めくくって、ロキアスさんは「はぁ」とため息をつきながら両肩を下げた。


「ところで、攻略法ってなんなの?」


[実にシンプルな方法だよ。というかさっきも言ったけど、運ゲーを挑んで、勝つまで勝負するだけさ]


「だからパーティル様は運ゲーが嫌いなんだってば……」


[ギャンブルなら受けてくれるんだろう? イカサマありになるけど]


「それは、そうなんだけど……イカサマで勝つの?」


[ちょっと違うね。まぁ事前にルールや話術での仕込みは必要だけど……まぁ極めてシンプルに言うとだ、前の賭け金の、倍額を賭け続けるだけだ]


「…………うん?」


[チップを十枚賭ける。負けたら二十枚賭ける。更に負けたら四十枚賭ける。それでもダメなら八十枚だ。繰り返せばいつかは勝てるって寸法]


 ロキアスさんが口にしたのは、ちょっと異質すぎてすぐには理解出来なかった。


 要するに『勝つまで運ゲーを繰り返す』を詳細に語っただけだけど、わたしとはなんだか着眼点がズレているような気がする。


「…………無理じゃないかなぁ」


[何故だい?]


「だって普通にズルいじゃん。それに、そういう賭け方してたら、勝ったとしてもパーティル様が『もう一回』って言ったら破綻しない?」


[だからそう言わせないように仕込むんだよ]


「あとは、チップの上限が互いに百枚って定められていたらその攻略法は成立しないよね」


[もちろんそうだ。そしてパーティルは必ずそう提案してくる。そもそも、この攻略法は賭場荒しとして有名なやり方だからね。絶対に最初のルールでチップの上限が設定されるだろうさ]


「やっぱり無理じゃん」


[そんなことないさ。チップをねつ造・・・すればいい]


「はぁ!?」


 何を言ってるの? とわたしが大げさに驚くとロキアスさんはニヤリと嗤った。


[パーティルが知らないであろうゲームを一つ紹介するにつき、チップを一枚追加させろと。そう交渉するだけでいい]


 あっ、と思った。

 確かにそれならパーティル様は確実に乗ってくる。


[最初にこちらのチップを三十枚。パーティルのチップを七十枚と設定する。そして僕がパーティルのチップ枚数を上回った時点で勝利とする、ってルールにしてもらうだろ? あとは勝つまで繰り返すだけだ]


「な、なるほど……でも、延々と負け続けたら……やっぱり無理なんじゃ……」


[おいおい。僕を誰だと思ってる。三代目の月眼にして、以降のセラクタルの全てを観察した魔王だぞ? 小僧が知ってるゲーム数なんて、僕のソレに比べたら微々たるものさ]


 確かに。パーティル様は自分でも新しいゲームを開発してはいるようだけど、それでも一人での作業だ。対して永遠のような時間を観察に捧げたロキアスさんの背後には、数え切れないほどの文明がある。


 つまりロキアスさんのチップだけが延々と追加されていくわけだ。


 そしてロキアスさんは観察の魔王。どんなにパーティル様がイカサマを駆使したとしても、いつかは必ず見破る。あるいは対策を思い付く。だからいつか必ず勝ってしまう。


 これはロキアスさんにしか採れない戦法だ。


「ず、ズルすぎる……」


[必勝法とは得てしてそういうものだよ]


 あまりにも理不尽な正論にわたしは黙り込んだ。


 やっぱりこのヒトは敵に回すと超絶に面倒臭い。


 わたしが「エグいなぁ」とぼやくと、ロキアスさんは鼻で笑って、それから片手をこちらに差し出してきた。


[…………それで、改めて聞くけど何か収穫はあったかい?]


「あ」



 そうだった。わたしは無意味に遊戯の魔王の楽園に遊びに行ったわけじゃない。


 わたしの目的は――ロキアスさんの『大魔王テグアの観察』という名の自殺阻止――ロキアスさんの代わりにテグアさんの様子を見に行く――そのための自己領域の拡大、だったはず。


 自己領域の拡大。実はこの言葉の意味はよく分かっていない。

 ロキアスさんが言うには「レベルアップ」だそうだけど、果たしてわたしのレベル(段階)は上がったのだろうか。


 わたしが言葉に詰まっていると、ロキアスさんはスッと後退して月眼の間の中央に設置されたソファーに向かった。立ち話もなんだ、という事だろう。わたしはそれに従ってロキアスさんと向かうようにソファーに座った。


 そして「そういえばお腹空いてたんだった」と何となく口にすると、管理精霊のサラクルさんが手早く作り置きの料理を温め始めてくれた。


 わたしは「ありがと!」なんて言いながら彼女の背中を見守って、やがて視線をロキアスさんに戻す。


「収穫って言う程のモノがあったかどうかはよく分かんないけど……まぁ、良い経験はした、って感じかな」


[ふむ? まぁ確かに、君があそこでやった事と言えば、魔法でテーブルクロスのようなものを作り、ビーフジャーキーを削り出し、あとはゲームをやっていただけだもんね]


「あとは定番の自己紹介」


[ではそこで、君はパーティルの愛をどのように解釈した?]


 憂鬱の魔王。ミレーナさん。遊戯。


「……パーティル様は…………うん。ミレーナさんが大切だったんだと思う。普通に好きで、普通に憧れて。そしてその感情も思い出も込みで、遊戯を愛した」


[…………なるほどね]


 お互いに一瞬黙り込む。


 思い浮かべるのはあの光景。お父さんと演算の魔王の離別の時。



『……俺はお前に愛してると言う資格が無い。だけど、愛よりも強い気持ちを込めて、この言葉をお前に捧げる――――ありがとう』


[そっか――――愛よりも強いんだぁ]



 すごく大切だけれども、愛したものは別。


 それは美しい思い出なのか、あるいは残酷な事実の提示だったのか。


 あれは幸せな光景だったのだろうか。それとも哀しいだけの思い出なのか。


 たぶんどっちもだ。一言では語れないくらい、あの二人にあった絆は複雑ではあったけど、確かだ。



「あっ……」


 ふと、いま何か閃きかけた。


「そっか……パーティル様とわたしって、似てるんだ」


[……ふぅん? どの辺が?]


「上手く説明出来ないけど……きっと今のパーティル様だったら、遊戯を通じて色んなヒトを愛せるんじゃないかな、なんて」


 そう口にして、閃きが輪郭を得る。


「たとえばミレーナさんが生まれ変わって、あの部屋を訪れたとしたら? ……月眼が抱けるのは一つの愛だけってロキアスさんは言ってたけど、たぶんそうじゃない。――――誰だってわたしみたいに、大切なモノは増やせるんだよ」


 そう呟くとロキアスさんは苦い顔をした。


[そりゃ君は虹の精霊由来だから、そういう多様な考え方も出来るだろうけど……根本的に僕達の思考回路はズレている。前提が違うんだよ。事実、複数のモノを愛した月眼は君以外にはいない]


「試す前に楽園に入って固定化しちゃったからじゃない?」


[うーん……]


「たぶんロキアスさんが一番近い所にいると思う。楽園じゃなくて外に出てるし」


[でも僕は観察という愛すべき行為のためにそうしてるだけだし]


「いやいや。カルンさんとか大事でしょう? 親友だって言ってたけど」


 そう指摘するとロキアスさんは難しい顔をして腕を組んだ。


[……僕は観察のためにカルンを尊重している。彼はとてもユニークな存在で、希少な価値を持っていて、何よりあの巻き込まれ体質は得がたい資質だ。そんな彼だけど、もしも観察の価値が無くなったとすれば……まぁ……普通に興味を失うと思うけど……]


歯切れが悪いよ・・・・・・・


 それが明白な答えだった。


 月眼は一つのモノしか愛せない。それ以外は全てが些事だ。


 だけど違う。現にロキアスさんはカルンさんを大事にしていて、観察の価値が無くなっても『興味が無くなる』と断言出来ないでいる。


「脳天気なわたしと違って普通の魔王達からしたら難しい事かもしれないけど……たぶん、月眼の魔王っていうでっかい器には、一つと言わず何個だって入れられるんじゃないかな」


 そんな仮定の結論を繰り出すと、ロキアスさんは変な表情を浮かべて天井を見つめた。


[――――どう思うよアルファ。これ肯定出来るか?]


〈α・――――認めがたい、としか言いようがないな〉


[やっぱお前でも無理か]


〈α・まず最初に思うのはコストがかかりすぎるという事。愛を育むという行為にはある程度の執着が必要なのは間違い無い。だが今までの月眼の魔王は現状に満足しているから、新たな執着を得る必要性がないのだ。それを差し置いて『こういうものは好きか?』と提案という名の実験を行い続けるのは、恐らく究極的に不毛だろう〉


[全くもって同感だよ。誰も他の愛なんて欲しがっていない]


〈α・次にリスクが高すぎる。たった一度の実験でも大暴れしそうな者が数名いる。そして、もしも万が一成功してしまったら、その愛を求めて何をしだすか分からない〉


[本当にその通りだよ。楽園を作り直せとか普通に言ってくるだろうな]


 そんな会話のなか、ふと気になったのでわたしは片手をあげて首を傾げる。


「楽園の改造って、可能なの?」


[まぁ、不可能ではないよ。実際僕も連絡通路を取っ払ったりしてるし。あとは図書の魔王メメリアの楽園みたいに膨張を続けている楽園も多いかな]


「そうなんだ」


[だけど複数の愛を管理するのは――――まぁ普通に無理だね。まず安定供給が出来ないし、いずれ破綻すること間違い無しだ]


 その解説の続きは不要だった。


 わたしも一度通った道だ。造られた楽園にわたしとお父さんと、演算の魔王ちゃんは一緒には行けなかった。


 わたしの楽園はセラクタル。だから複数の愛が許容出来ている。その代わりに絶対性と永遠性は、他の月眼達が収まっている楽園とは若干ニュアンスが異なっている。


 そんな事を考えていると、サラクルさんがお盆に湯気が立ちこめる器をいくつか並べてテーブルまで運んでくれた。


「お待たせしました~ご飯ですよ~」


「ありがとう! わーい! ご飯だー!」


 話はとりあえず一旦置いておこう。実際にお腹が空いているわけじゃないけど、わたしはほとんど何も食べずにパーティル様の楽園で長い時間を過ごしていたのだ。いまのわたしはココロが、魂が空腹状態なのだ。


 わたしは前菜のサラダに手をつけつつ、ロキアスさんに訪ねた。


「そういえばわたしって、どのぐらいの時間パーティル様の楽園にいたの?」


[だいたい三ヶ月ってところじゃないかな]


「えっ、そんなに居たの!?」


[何種類のゲームを何戦したと思ってるんだよ。だけどまぁ、予想よりはかなり早かった。下手したら十年から三十年はかかると予想してたぐらいだし]


「食べないし寝ないから、時間の感覚狂ってたんだよね……怖わぁ……」


 それはさておき、次は温かいスープだ。全部を食べたらとっととセラクタルに帰ろう。




 そう思っていたら、楽園の扉がガチャリと開かれた。



「えっ」

[えっ]

〈なんと〉


 現れたのはパーティル様だった。


「えっ……えっ……なんで?」


 わたしが呆然と尋ねると、パーティル様はシニカルな笑みを浮かべた。


[いやよく考えたら負けたのめちゃくちゃ悔しくて]


「仕返しに来た!?」


[そんなみっともないマネ、僕がすると思うの?]


 呆れたような表情を浮かべるパーティル様。


 そして、ロキアスさんのテンションが限界を突破した。


[ようこそパーティル! 久しぶりだね! ささ、こっちの椅子にどうぞどうぞ! いやまさか君が楽園から出るなんて思ってなかったよ! というか普通に出られたんだね!? その瞬間が観察出来なくて本気で悔しいけど、君がこうして月眼の間に来てくれるだなんて思ってもみなかったよ! ささ、立ち話も何だしここにおいでよ。一緒にお話ししよう。わぁ、愉しくなってきたぞぉ! はやくはやく!]


〈Ω・落ち着けロキアス〉


[うるせぇ、だぁまれッ! 僕はパーティルとお話しするんだよォッ!]


 狂乱以外の何物でもない。


 おそらく行けると思った楽園に行けなくて鬱憤状態だったのに、それが急に解放されたからカタルシスが大変なことになっているのだろう。


 パーティル様はドン引きしたような表情を浮かべつつ、わたしに向き直った。


[君に言いたいことが出来たから、わざわざここまで来た。この儀式をしないと、僕は悔しくてゲームを愉しめそうにないからね]


「な……なんでしょうか……」


[……それ、君が作った料理?]


 わたしの質問をスルーして、パーティル様はわたしが食べようとしていたスープを指さした。


「ああ、これ。うんそうだよ。作り置きしてたのをサラクルさんに温め直してもらったの」


 そう言って始めてパーティル様はサラクルさんの存在を思い出したのか、彼女に向かって気安く手をふった。


[やっほーサラクル。久しぶりだね。気が向いたらまた遊ぼうね]


「はっ、は、はっ、はい、ぃ……」


 対するサラクルさんは動揺しまくっている。さもありなん。だけど良い関係ではあるっぽいので問題はないだろう。


 パーティル様は「うんうん」と頷いて、再びわたしの前に置かれている器達を指さした。


[かなり今更なんだけどさ、僕の楽園の入場料をもらってなかった。なので、その料理をもらってもいいかい?]


「えっ。いいけど……これってかなり適当に作ったヤツだよ?」


[構わない。料理自慢って言ってたから、ちょっと気にはなってたんだ。そういう種類の雑念があるとゲームに集中出来ない時があるんだよね]


 それはきっと、久しぶりにジャーキーやクッキーを食べたからだろう。


 やっぱり大切なモノは増やせるんじゃなかなぁ、なんて思いながらわたしは提案をしてみる。


「……食べたいものがあるなら、リクエストに応じて今から作るよ?」


[……いや。それを待ってる間、こんな風に・・・・・ロキアスに絡まれ続けるのはかなりイヤだから遠慮しておく]



 ちなみにロキアスさんはわたし達が会話している間も[ねぇねぇ、どうして出てきたんだい?][なぁなぁ、久しぶりの対人戦はどうだった?][そうそう、今はどんなゲームがお気に入りなんだい?][無視しないでほしいなぁ!][ところで今から僕と一戦ゲームとかやってみない?][とりあえずこっちに座りなよ!][僕とも遊ぼうよ!][お腹が空いているのかい? 僕も料理出来るよ!][ねぇねぇ!][一緒に食べようよ!][ねぇねぇ!][ねぇってばー!]と非常にアレな……控えめにいって発狂しているような……史上最高のウザさでパーティル様にまとわりついていた。


 思わず同情してしまったわたしは、トレイごと全部パーティル様に手渡した。


「適当に作ったもので申し訳ないけど、こんなので良かったらどうぞ」


[ああ。久々のちゃんとした食事だ。味わって食べるとするさ。ありがとう]


「どういたしまして」


[ところで本題は入場料ごはんじゃない。儀式だ。――――二度と来るなとは言ったけど、正式に撤回する。近いうちにまた来てほしいんだ。次は完膚なきまでにボッコボコにしてみせる]


 それはリベンジマッチの申し込みでもなく、圧勝宣言でもなく、ただの監禁予告だった。


「うぇぇぇ……」


[大丈夫だよ。誰かを退去させる方法は確立させたから、次は半日……三日ぐらいで帰す。だから君の用事が終わったら、また僕の所に遊びに来てね]


 そう言ってパーティル様は大きな笑顔を作った。


[次のゲームも愉しもうじゃないか]


 それを言うためだけに、パーティル様は楽園を出てきたのだと思い知った。


 徹底しているなぁ、なんて感心しているとロキアスさんが大きく片手を上げた。


[ねぇねぇねぇねぇ! それって僕も行っていいのかな!]


 ここでようやくパーティル様はロキアスさんを見つめた。


[観察目的じゃなく、ゲームをするためであるのなら、いつでもどうぞ]


[うんうんうん! 分かった。それじゃあすぐに行くとしよう!]


[一秒でも観察の気配を感じ取ったら、僕が考え得る最悪の方法できみを断罪するよ]


[む]


 そう言われると、ロキアスさんは途端に静かになった。


[……それは難しいな。僕と観察はセットでありイコールだ]


[ではさようなら。フェトラス、サラクル、またね]


[それはそれとして、どうだろう。久々に会ったわけだしここで一局遊んでいってみない? 僕が考えたゲームがあるんだけど]


 パーティル様はロキアスさんを完全無視して、わたしとサラクルさんに手をふって楽園に帰っていった。



 最後の最後まで、ロキアスさんは[ねぇねぇ!]とパーティル様にまとわりついていた。



 そういうトコだと思う。





十一代目 遊戯の魔王パーティル

 楽園『死ぬまで遊べる部屋』――――脱出完了。





ちなみに『前の賭け金の倍額を賭け続ける』戦法は【マーチンゲール法】と呼ばれ、カジノとかでやると普通に出禁を食らったり、ガラの悪い所だと痛い目を見る事になるので悪い子はご注意を。


そして良い子はギャンブルなんてしないようにしてくださいね。遊びの範疇で楽しみましょう。

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