最低の問い
ギャンブルをしましょう。
そんな私の言葉にパーティル様は目を丸くした。
[は]
そんな彼に独り言のような言葉を重ねる。
[散々負けた。考え続けた。ずっと本気だった。でも勝てなかった。……でもそれは当然のこと。遊戯の魔王にゲームを挑んだ時点で負けは確定している]
[……お褒めにあずかり光栄だね。でも、だったらどうしてギャンブルを挑むんだい?]
[さっきパーティル様が言ってたことだよ。ギャンブルなら、イカサマ有りなんでしょう?]
パーティル様の目つきがギラついた。口元は禍々しく釣り上がり、狂気的な愉悦を表情に出す。
[へぇ…………正気かい…………僕はゲームで負けることはあっても、ギャンブルで負けたことはミレーナ以外には無いんだけど]
自信まんまんである。
だからこそ、ハメやすい。
[それも何年前のことやら。ずっとこの部屋に籠もっていた貴方には、ゲームの対戦相手はわずかにいたとしても、身を滅ぼすようなギャンブルはしてこなかったはず。――――勝ち目があるとしたら、そこにしか無いでしょう?]
ロキアスさんが言っていた。使者のような者を送りつけたとか、カミサマっぽい対戦相手がいるとか。
私の言葉を正確に理解したのか、パーティル様は笑みを深めた。
[良い度胸だ。ああ、いいね。とてもいい。素晴らしい。感服極まるとはまさにこの事だ。だけど、そういうきみもギャンブルは不得意だったよね?]
[そうね。ギャンブルは嫌い。でもこれもまた貴方が言っていたことだけど……私は必要性があるのなら、躊躇わない。ズルをしてでも必ず勝つ]
私の言葉をイカサマの宣言と受け取ったのか、生粋のギャンブラーに憧れた遊戯の魔王は獰猛に嗤う。
[よろしい。受けよう。ただし気を付けたまえ。賭けた以上、結果が全てで絶対だ。支払いの不履行は許されない]
[もちろん。――――私が望むのは『無事にこの部屋から退室する事』だよ。さて、そんな願いに相応しい、貴方が望むものはなに?]
[ここは僕の楽園。死ぬまで遊べる部屋。その名の通りに従ってもらうだけだよ。だから君には死ぬまでここにいてもらう。それがこの楽園の在り方だからだ]
[いいでしょう。ただし私はチャレンジャー。勝負の内容は私が考えてもいい?]
[…………内容によるね]
[あら。負けるのが怖い?]
[面白いことを言うねぇ]
パーティル様は本当に愉しそうに嗤った。
[負けず嫌いと呼ばれた僕だけど、負けるのも遊戯の醍醐味なんだよ]
不敵な笑み。ギラギラと彼の月眼は輝きを増し続け、表情はどっぷりと昏くなっていく。
[ただし、あまり一方的に無理ゲーを吹っかけるのはマナーが悪すぎるよね。だからきみが提案したギャンブルには、一つだけルールの面で介入させてもらうよ]
[もちろん]
[……おや。案外素直に受け入れるんだね]
[だって遊戯の魔王パーティル様は、負けず嫌いだけどルールに誠実で、無理ゲーが嫌いなんでしょう? だったらそれぐらいは受けてあげないと]
[散々僕に負け続けてきた子娘が、急に豹変したね。そんなに家族達に会いたい?]
[それがお父さんの願いだから。そして私は、自分の願いを叶えるだけ]
今この瞬間にも、お父さんが生まれ変わって産声を上げているもしれないんだ。
邪魔 を す る な。
凍り付くような覚悟が決まってしまいそうだったので、私は無理矢理微笑んだ。
[では――――まず最初に謝っておくね。ごめんねパーティル様。今から私はズルいことをします]
[ちなみにこれは常識的な話しだけど、イカサマは見破られた時点で敗北だからね?]
[もちろん]
[……大した自信だ。本当に。まるで別人だ。いいよ。ところで何にで僕に勝負を挑むつもりだい?]
[使うのは紙とペン。……お借りしても?]
パーティル様はテーブルの下段部分にあったスペースから、紙とペンを取り出す。
私はそこに、パーティル様に見えないようにしてサラサラと文字を書いた。そしてそれを丁寧に折りたたんで、テーブルの上に。そして手でそれを覆い隠した。
[では勝負]
[……何をするつもりだい?]
[今からクイズを出します。それに貴方が正解すれば私の負け。逆に不正解なら、私の勝ち]
[…………ふぅん?]
[答えはもうこの紙の中に。もちろん魔法で認識阻害なんてしてないからご安心を]
[そもそもきみはこの楽園で呪文を唱えてないからね。いや、まな板代わりに一つ唱えたか。まぁ些細なことさ。散々勝負してきたし、そこは疑っていない。……この楽園に入る前からソレを準備していた、というのなら驚くべきことだけど]
[そこまで器用に生きてないよ。……さて、もう説明すべきことは無いんだけど、どうする?]
[………………ふーむ。クイズ。クイズか。それを当てれば僕の勝ち、ね]
[そう。ルールを足すなら今だよ。クイズを出した後じゃ、流石にね]
[なるほど、面白い。もちろんクイズもゲームとして成立はするけど、きみとはまだやってなかった]
にっこりと私は笑ってみせる。
ごめんねパーティル様。
どう足掻いても、この勝負は私が勝ってしまうの。
パーティル様は顎に手を当てて少しだけ目を細める。
[イカサマをすると宣言……いや、ズルをする、だったね。ということはそのクイズとやらは不条理なんだろう。答えの意味合いが変化するタイプのクイズかな? ダブルミーニングとかね]
[………………]
[しかし参ったな。まさかクイズとは。ルールを追加しようにも、シンプルすぎて介入が難しい。だとしたら……ねぇ、これは質問なんだけど、僕は何回解答に挑戦出来るんだい?]
[一回だけだよ]
[そこに介入する。三回にしてもらおうか]
[いいよ]
即答すると、パーティル様の表情が凍り付いた。
[……いい、のかい?]
[うん。大丈夫]
[…………重ねて質問だ。それは、本当に僕が答えられるクイズなのかい? 適当に書いた意味の無い文字列を当てろとか言わない?]
[そんな事しない。ちゃんと答えられるよ]
[更に質問だ。さっききみは、これを運ゲーだと言った。……クイズのどこが運ゲーなんだい?]
[質問が多くないかな?]
私がニコリと笑うと、パーティル様は嗤いながら舌打ちをした。
[では、ルールをもう一つ追加させてもらおう。問題文を提示した後で、ヒントを要求させてもらう]
[ヒント……うーん、難しいなぁ……]
[おいおい。きみの言葉を信じるなら無理ゲーじゃないらしいけど、それでも理不尽な運ゲーを強いられてるんだ。少しは勝負のテイを成すために協力してくれよ]
[でもこういうのも燃えてこない?]
[……燃えるね! 滾るし、昂ぶるし、愉しい!]
[あはっ、流石は遊戯の魔王様。じゃあいいよ。問題文を提示した後で、ヒントをあげる]
[上等だ。では最終確認。きみはいまから僕にクイズを出す。解答権は三回。ヒントが一つ。正解すれば僕の勝ち。不正解だったらきみの勝ち]
[…………喋りすぎたせいか、ちょっと不安になってきたよ]
[ははは。何を今更。ではきみが勝負を投げ出す前に始めてしまおう]
遊戯の魔王は嗤う。
命のやり取りをしなくなった殺戮の精霊・魔王が、今になって私に『死ぬまでここにいろ』と命令してくる。だけどそこに矛盾は無い。ここは楽園。全ての願いを達成する月眼の魔王がたどり着く、最期の居場所。
[さぁフェトラス――――クイズを、どうぞ?]
私は少しドキドキしながら、スッと息を吸った。
[問題です。私がこの楽園で遊んだゲームで、一番楽しかったものはなんでしょう?]
[!?]
[どうする? ヒントいる?]
[なっ……な……なんだって?]
[この楽園で一番楽しかったゲームってなーんだ?]
[そんな……そんなッ!? きみは何を言っているんだ!?]
[じゃあヒントの時間です。いっぱい遊んだよね。最初のボードゲームの指令の苛烈さには本当に驚いたよ。ゲームであんなにドキドキしたのはあれが初めて。新感覚だったよ。その次に遊んだのはポーカーだった。あんなに綺麗に十連敗するのは悔しかったけど、最後の方は呆れに近い感動があったり]
[待て……待ってくれ……そんな……]
[駒を動かすゲームはすごく難しかったけど、たくさん集中出来た。あれでいつかパーティル様に勝ってみたいなぁ。そうそう、これは余談なんだけど、あれのもっと簡単な感じのゲームをしたことがあるんだ。管理精霊のサラクルさんからちょっと借りたんだけどね。お父さんと一緒に遊んだんだー。あれも楽しかったなぁ]
[きみは……きみは、なんという……なんて怖れ知らずな事を……ッ!]
[あとはやっぱりミレーナさん最強伝説。すごく愉しかったよ。ちょっとゲームバランスというか、優越の魔王さんが強すぎてアレだったけど]
[――――キサマには、この僕の楽園に対する敬意というものが無いのかッ!!]
パーティル様がブチ切れた。
そりゃそうだ。
パーティル様が提案したゲームなんだから、全部楽しいに決まってる。
だから、そう。三回も解答する必要はない。
彼は、遊戯の魔王は、この楽園において『全部愉しかった』以外の答えを提示してはいけないのだ。
それは楽園への矜持よりも、もっともっと深い所にある彼の根底。
彼が愛したものに順位をつけろ、と。これはそういう無理難題だ。
お父さんで例えてみよう。
笑ってるお父さん。幸せそうなお父さん。ちょっと拗ねてるお父さん。時々は怒るけど、その後でちゃんと謝ってくれるお父さん。じっと私を見つめてきて微笑むお父さん。……愛してるって告げてくれるお父さん。
さて問題。一番好きなお父さんはどれ?
答え――――全部に決まってる。
誰に問われたとしてもそこは譲れないし、譲ってはいけないモノなのだ。
じゃなきゃ私達は月眼なんて化け物に至っていない。
やがて呼吸を整えたパーティル様は、下手すれば憎悪を込めたような視線を私に送りつつ、こう言った。
[……ヒントはもう結構だ。そして解答権も……クソが……一回だけでいい。だが最後に一つだけ聞かせろ。キサマはこれを運ゲーだと呼んでいたな。何故だ?]
[もしもパーティル様が……勝利のために、楽園の矜持をないがしろにしても嘘をつける魔王だとしたら、あとはほら、もう運しかなくない? だってコレはパーティル様の感想じゃなくて、私の感想なんだもん]
[…………なるほど、確かに。ああ、そうだとも。僕はそう言った。どういう感想を抱こうが、自由だって]
やがてパーティル様は深いため息と共にテーブルに両肘をつけて、頭をかかえた。
[でもよりにもよって、この月眼である遊戯の魔王の僕に……よくもまぁ、そんなクソ度胸だけで挑めたもんだ……逆上して殺されるとは思わなかったのかい?]
[それだけは絶対に無いって知ってた。だってミレーナさんを参考にしたんだもん]
[殺せば僕の負け、か…………いやそれにしたって、ミレーナの数万倍は悪辣だよきみは]
[――――それで、解答は?]
[ああ、もう。なんだよ。本当にイジワルだなきみは。はいはい。僕の解答はもちろん……全部愉しかった、だ]
先程までの激情はどこに行ったのか。遊戯の魔王は己のプライドに従い、敗北に嗤った。……譲れないモノを譲るぐらいなら、負けた方がずっとマシなのだ。
[残念でした。私の勝ちだね]
私は手をどけて、紙を手に取る。
それを広げようとする前にパーティル様が片手でそれを制した。
[解答権は投げ捨てた。だけどそれを踏まえた上で、ただの挑戦だ。そのクイズの正解はミレーナ最強伝説……と見せかけて、答えは『このクイズだよ』だろう?]
私は全身の毛穴がブワッと開く感覚を覚えた。
びっくりし過ぎて月眼が静まり返る。
「…………せ、せいかい…………一文字の狂いもなく、完全正解……」
嘘をつきたくは無かった。だから勝利の確信を覚えたこのゲームが一番楽しかった、という本当の気持ちを書いた。散々負け続けて、愛を人質にしたような卑劣な発想を相手に叩き付けて、その上でようやくつかみ取れるかもしれない一勝。――――もちろん楽しいし興奮するに決まってる。
(でも絶対ミレーナさん最強伝説って答えると思ってたのに……! だって思い入れが違うじゃん! 絶対どのゲームよりも気合い入ってたじゃん!)
わたしがアワアワしていると、パーティル様は[ハッ]と小さく嗤った。
[ったく。とんでもない魔王だなきみは。本当に意地が悪い。最悪だ。この部屋に入ってきた時はお気楽そうな、ただの脳天気娘かと思ってたのに]
「ち、ちょっとミレーナさんを見た脳内お父さんが良くないハッスルをしまして……」
『いや、人のせいにするなよ』
[あーあ。酷い目にあった。楽園に入って初めての経験だ。マジで最低の気分。……二度と来ないでね? 来たら次は絶対に帰さない]
「う……でも楽しかったのは本当だから、半日ぐらいの期間だったらまた遊びに来たいっていうのも本音で……えへへ……へへ……」
[流石の僕もそこまで舐められたら怒るよ?]
「ですよねぇ……あ、じゃあ逆に月眼の間とかだったら? あそこならわたしもご飯作ってあげられるよ?」
[出る意味が無い。というか、月眼の間で料理だって? あそこ扉しか無いだろ]
「いまはわたし用のキッチンを置いてもらってるんだ」
[……自由すぎない? てかそんなに料理が好きならヴァウエッドの所にでも行けばいいだろ]
「あ、ヴァウエッドさん知ってるんだ」
[会ったことはないよ。神様にちょっと聞いただけだけ。……月眼の魔王と遊んでみるのも悪くないかなと思ってたけど、どいつもこいつもクセが強そうだし、面倒臭そうだからやめておいたんだ]
きみと遊んで少し他の月眼にも興味がわいたけど、やっぱりナシだな、なんて。パーティル様はそう言ってまたため息をついた。
「あー……じゃあ、かなり今更だけど、わたしがここに来たのってやっぱり迷惑だった?」
[本当に今更。まぁ……最後はかなり最低だったけど、やっぱりここは僕の楽園だからね。全てのゲームが愉しかったとも。それにやっぱり、遊戯には対戦相手がいるほうが楽しいものさ。――――だけどやっぱり負けるのはストレスでもあるし、ただの雑魚を呼んでも愉しくない。僕の楽園にいるのは僕だけでいい]
彼女がいたのなら、また話しは変わるんだろうけど。そんな言葉が続きそうな表情をパーティル様は浮かべていたけど、彼はそんな事は言わずに[というわけできみは邪魔だね]なんて悪口を重ねる。
そしてパーティル様は片手をわたしの方に突き出した。握手じゃない。魔法発動の予備動作みたいなものだ。
[それじゃ、お別れだ。二度と来るんじゃないぞ]
「う……ズルいクイズだしてごめんなさい! 良かったらわたしの料理食べに来てね!」
[はいはい。それじゃさようなら。――――【憂帯離奪】」
瞬間、わたしはパーティル様に殺されかけた。
「……ハッ!?」
気がつけばわたしはパーティル様の楽園の外、真っ暗な連絡通路に飛ばされていた。
「……えっ、えっ、いまの何いまの何! 怖すぎるんだけど! いま絶対わたし死んだよね!?」
憂いを帯びさせられて、あの一帯から離され、幽体という名の意識を奪われ、体を離脱させられた。
「意識だけ飛ばして、そこにドンピシャで身体を送り込まれたか、あるいは精神体から逆算で再構築させられたか……いやいや意味わかんない。身体の位置が少しでもズレてたらそのまま死んでたんじゃ……こわっ……なんのための魔法なんだろ……」
というかそもそも、あの楽園には出口が存在しない。
誰かが入る予定も無いし、出ることもない。
死ぬまで遊べる部屋。
だとしたら先程彼が唱えた疑似即死魔法はもしかして、もしかしてだけど。
「ぶ、ぶっつけ本番の荒技だった……!?」
こうしてわたしは、ぴぇーと悲鳴を上げながらその狂気の楽園に背を向けたのであった。