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優越の魔王のお名前は、もしかして、パーティルっていうんじゃないの?
そう問いかけると、パーティル様はにっこりと笑顔を浮かべた。
[……さて、そう思った根拠はなんだろう?]
「えっ」
根拠。根拠ってなんだ。そんなものない。
言ってしまえばただの勘。小さな情報のカケラを集めて、なんとなく全体像を想像しただけにすぎない。
だけど「勘です」と言ったところでパーティル様は満足してくれないだろう。この魔王はどうやら論理的な思考を好むみたいだし。
更に言えば、パーティル様はわたしの意見を『そんなわけないだろう』と一蹴していない。つまり、耳を傾けるだけの余地があるということだ。ならばきっと答えを導き出すことは可能なはず。
……もしかしたら全然見当違いで、一生懸命説明した後に『君は本当にユニークだねぇ』とニヤニヤと嘲笑される可能性はある。だけど別に失敗してもわたしが恥ずかしいだけでしかない。
本当に恥ずかしい事は、転ぶことじゃなくて立ち上がらないこと。それをわたしはお母さんから学んだ。
だからわたしは、このまま進む事になんの躊躇いを覚えなかった。
「根拠、ってほど確かなものじゃないけど、違和感がいくつかあったの」
[へぇ。それはどんな?]
「気がついた順番はバラバラだけど……えっと、まず黒鉄の瞳。あれが一番大きな違和感。えっと、パーティル様が考えたシナリオは映像を流しながらっていうのもあったけど、リアリティーがすごく高かった。窓の向こうに本当にその世界が広がってるんじゃないかって思えるくらいだったよ。舞台がよく考えられてて、状況の詳細が詰められていて、まるで路地裏にいるネズミの数さえ決まってるんじゃないかって思うぐらいに」
[お褒めにあずかり光栄だね。……流石にネズミの数は考えたことは無かったけど]
「そう思わせる程度にはしっかりしたシナリオだった。だからこそ、黒鉄の瞳は違和感がある。……あれは、理不尽すぎるよ」
[……へぇ]
遊戯の魔王パーティル様が愉しそうに嗤う。その肯定的な笑みに背中を押されて、わたしは更に閃いた。
「そうだよ……そもそもの話、敵としての魔王を強化したいのなら普通の銀眼でいいんだから」
でも彼はそうならなかった。銀眼を超えてしまった。ゲームの要素としては必要性が無い過剰戦力。そもそもパーティル様だって『あの魔法は基本的に使われないもの』だと解説していたじゃないか。
閃きは連鎖する。
「それにパーティル様が言ってたんだよ。黒鉄の瞳の再現は難しい、って。――――再現。再び現れること。だったら過去にああなった者が確かに存在したはず」
[うんうん。なるほどねぇ……他の違和感とやらは?]
「他……他だと、ちょっとこじつけっぽいけど……今考えてみれば、ミレーナさんの存在自体が違和感の塊」
[――――ほう]
パーティル様は笑みを消して、スッと目を細めた。だけど口を開く気は無いようだ。黙ってわたしの説明の続きを待っている。
「ミレーナさん。これはただわたしが抱いた印象だけど、彼女は登場人物の中でもすごく特別なキャラクターに思えた。人物としての造形で一番リアリティーがあった気がする」
なにせプレイヤーの行動次第で一緒に寝たりするのだ。でもそれは果たして本当にゲームとして必要な事だろうか?
ついでに言えばあの時、確かパーティル様は『彼女の行動原理としては当然だ』みたいなことを言っていた気がする。今となってはその言葉が、まるで自分が作ったキャラクターではなく、まるで誰かの思い出を語るような口調のように思える。
――――まぁこの辺の感想は、もしかしたらわたしが室内トレーニングばっかりしていたせいで、そのシナリオ部分に到達出来なかったのが原因かもしれないのでちょっと黙っておこう。そもそもわたしが気になったのは他の部分だ。
「ミレーナさんがまるで実在した人みたいに感じてたんだ。でも彼女が所有していた魔眼……えっと、クレバース? あの存在はちょっと変。不完全にしか使えない、物事を見通す聖遺物」
[…………]
説明しているうちに、なんだかわたしは楽しくなってきた。どんどん思いつきがあふれてくる。『もしかしてアレってそういうこと?』みたいな考察が次々に生まれて、ちょっとだけ鼻息が荒くなりそうになる。
「あのシナリオで、ミレーナさんがアレを所有している理由が分からない。シナリオ上で使い道があるのかな? でも全ての物事を見通す目は確かに便利かもしれないけど、ただ便利なだけ、じゃないかな。……そして何より、さっきパーティル様が口にした『分岐点』で魔眼の名前は挙がらなかった。説明を忘れていただけって言うなら引き下がるけど、遊戯の魔王を名乗るヒトがそんなミスするかな? わたしはしないと思う」
[………………]
「シナリオ上で必要がない要素。その存在理由が考えられるのは、えっと、わたしがそこまで到達出来なかったか、もしくは実際の史実を参考にしたから……みたいな?」
パーティル様は目を細めたまま、片手で口元を覆った。少し前のめりになって、真剣にわたしの話しを聞いてくれているように見える。だからこそわたしは、ただの思いつきで喋ることを止めて、真剣に考察を深めながら、身振り手振りを含めつつ説明を続ける。
「他の違和感としては……斬空剣、支配杖、引導剣、そして第四の聖遺物として斧があると貴方は言った。……だとしたら裂敵弓は? そして魔眼クレバースは? その辺のナンバリングはどういう基準でついているんだろう? もしかしたらただの言葉の綾だったのかもしれないけど、ここまで緻密に組まれたシナリオだったら、そこには意味があるんじゃないかなとすら思える」
[……だとしたら、そこにはどんな意味が?]
しばらく黙っていたパーティル様からの問いかけ。そして問われるということは答えがあるということ。もうその法則は知っている。パーティル様はこういう魔王で、わたしはそれに挑むのがなんだか楽しくなってきている。
いまのわたしはどうやら冴えている。頭の回転がいつもより速いみたい。なんだか懐かしい感覚。カウトリアの事を思い出しながら、わたしは説明を畳みかける。
「斬空剣をわたしが用意して、聖遺物の枠が一つ使われる。そして残りの三つを貴方がゲームの難易度に応じて用意した。支配杖、引導剣、そして第四聖遺物。ナンバリングが登場した順番じゃないのはそこが理由。……つまり裂敵弓と魔眼は、貴方が用意したものじゃなくて元々そこにあったもの……って推理はどう?」
そう告げると、パーティル様は口元を隠していた片手で髪をかき上げた。露わになった表情には、明確な愉悦が浮かんでいた。
[――――是非とも、他に違和感があれば教えてほしいな]
答えは返ってこず、ただ代わりに笑みと質問が投げかけられる。正しいのか間違っているのかすら分からない。まるで真っ暗な海の中を進んでいるみたいで不安だ。
(……でも、別に間違ってても死なないかぁ)
そうとも。ここは月眼・遊戯の魔王パーティル様の楽園。楽しむ事こそ、このお部屋の本質だ。
改めてそう考えたわたしは、不安も緊張感も消してニッコリと笑った。
「他の違和感はちょっと思い付かない。でも聞きたいことはあるかな。第四聖遺物の斧が実は優越の魔王の天敵だったりしないかな、とか。その世界で聖遺物の解放は可能なのか、とか」
[ふむ……そうか。じゃあ色々と答え合わせをしてあげよう]
「あ。ごめん、最後にもう一個思い付いた」
[なんだい?]
「この映像を映していた黒い板だけど。なんでまだ消失してないのかな?」
[……フッ]
パーティル様が嬉しそうな声を漏らした。そしてわたしはとある確信を抱く。
ゲームが終われば、あとはお片付けが始まるはずだ。今までのゲームは全部そうだった。でも今回は違う。まだお片付けのフェーズに入っていない。
「もしかしてまだ続きがあるんじゃないかな」
その問いかけはきっと及第点だったのだろう。
パーティル様はにっこりと嗤った。
[続きがあるとして、君はそれを観てみたいかな?]
「うーん……みんながただ殺されるだけなら、観たくない。悲しいだけなのはイヤ」
テーブル上から目をそらしながらそう答えると、パチ、パチ、パチと拍手が聞こえてきた。
[いいだろう――――見事。見事だよフェトラス。素晴らしい]
「……え、えーと。どうもありがとう?」
[不慣れながゲームながら、本当に一生懸命やってくれたんだね。とても嬉しく思う。そしておめでとう。君はこのシナリオのトゥルーエンドにたどり着いた]
「真実の結末……?」
[諸々の答え合わせと行きたいが、まぁ、それはスタッフロールの後でいいだろう。では見たまえ。これがきみの言う悲しみを乗り越えた、愉快な結末だ]
真っ黒な板が、ぞわりと蠢く。
そして映し出されたのは、無残な廃墟だった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「やぁ」
僕がそう声をかけると、ミレーナちゃんはガクガクと震えながら、大きな鉄の筒をこちらに向けてきた。なんだろうと首を傾げていると、その筒から爆音と閃光、そしてそれらを伴って発射された金属片が僕の胴体に突き刺さった。
「……わぁお。それでさっきから僕に攻撃を仕掛けていたのかぁ」
だがそれは僕にダメージを与えることは出来ない。さっき唱えた魔法がまだ保たれているからだ。
「クソッ……クソッ、クソッ、クソッ!」
ミレーナちゃんの呪詛と、鉄筒から放たれる爆発音が繰り返し部屋に響く。三発くらった段階で僕は呪文を唱えて、ミレーナちゃんの攻撃を徹底的に無効化した。
やがてカチ、カチ、カチと可愛らしい音が鳴り始める。どうやら鉄筒は壊れてしまったらしい。ミレーナちゃんは乱暴にそれを投げ捨てて、膝から崩れ落ちた。
「もう終わりかな?」
「……ああ、そうだよクソッタレ。まさかここまで勝ち目が無いとはね」
「うんうん。まぁみんなよく頑張ってはいたよ。剣に弓に靴と、よくもまぁ聖遺物を集めたものだね。流石の僕もちょっとヒヤリとした瞬間があったぐらいさ」
「みんな……みんな、殺したのかい」
「もちろんだとも。あのおじいちゃんも、タフガイも、面倒な弓使いも、まだ少女だったあの子も……みんなみんな殺したよ。殺戮の精霊・魔王としては当たり前のことでしょ?」
「…………お前も死ね。頼むから死んでくれ。お前はこの世に存在しちゃいけない」
「そういう苦情は神様に言っておくれよ。聖遺物ばっか放り投げてこないで、自分が直接殺れば? ってさ」
そう返すと、ミレーナちゃんは更に憎悪を込めて僕を睨み付けた。
「…………本当に、本当に何も考えて無いんだなお前は」
「うん? どういうこと?」
「何をしたって退屈なら、ずっとそこら辺で寝てろよ。迷惑なんだよお前。なにが殺戮の精霊だ馬鹿馬鹿しい。天敵に会って殺されてみたい、だ? ならとっとと自殺しろボケ」
「別に僕は死にたいわけじゃないんだよ。ただ、実感が欲しいだけさ」
「実感だぁ?」
「そう。ああ生きてるなぁ、とか。楽しいなぁ、みたいな。……人間はそういうのを充実感だったり満足感って呼ぶのかな? まぁとにかく、僕の人生ってやつは作業ばっかりで楽しくないんだよ」
そうボヤいてみせると、ミレーナちゃんは少し黙ったあとでグスッと鼻を鳴らした。
「なんでお前みたいな欠陥品に、皆が殺されなくちゃいけないんだ」
「君たちが弱いからだよ」
正直な意見だったのだが、ミレーナちゃんは目を見開いて――少しだけ赤色を示している義眼で僕を見つめて――魂を吐き出すかのようなため息をついた。
「――――もう、いい」
ミレーナちゃんはドサッと背中を壁に預けて、懐から何かを取りだした。
「何もかも無意味だったわけだ。ただの時間の無駄だったよ。……それはたぶんお互い様なんだろうけどね。まぁいいさ。永遠にそうやって足掻いてろよ」
ミレーナちゃん以外はほとんど皆殺しにしてる。そして人間はさておき、この街に残る聖遺物の気配はもう目の前の彼女が持ってる魔眼以外は残っていない。だからはっきり言えばもう既に飽きつつあった。
なので暇つぶしにとミレーナちゃんとの会話に付き合っていたのだが、彼女が黙り込むと、あたりから音が消えたような気がした。
そんな静けさがなんだか心地悪くて、僕はなんとなく口を開く。
「……時間の無駄、ってのはどういう意味なのかな?」
「ハッ、そのままの意味に決まってる。私はここでお前に殺されて終わりだ。そしてお前は、天敵とやらに会えてもどうせ勝っちまう。だから、時間どころか全部無意味ってことさ」
そう言いながらミレーナちゃんは、先程懐から取りだした小箱からトランプを取りだした。それなりに使い込まれているであろうカードを、彼女は美しい所作でシャッフルしていく。
「聖遺物を壊して回って。人類滅ぼして。ついでに魔族もモンスターも動物も魚も虫も全部殺戮して。最後にはお花でも摘んで回るのかい? なんとも優雅な末路だ。このセラクタルで独りぼっちになって、ずっと憂鬱に、死んでるみたいに生きてろバーカ」
シャシャシャと繰り返されるシャッフル。やがて彼女はピッと一枚のカードを抜き出した。
「……ジョーカー。まさにあんたの事だね。ゲームによっちゃ最強の手札で、場合によっちゃ互いに押しつけ合う疫病神。そして結局は数字を持たない、仲間はずれの独りぼっち」
どうやら僕はいま、彼女に罵倒されているらしい。
別にそれ自体にはどうとも思わないけど、この会話こそまさに時間の無駄のように思えた。
「恨み言をいわれるのには慣れてるよ。さてさて、中々詩的なセンスが漂う遺言をどうもありがとう。それじゃあ、さようなら」
普通に殴り殺すか、と思って近づくと、ミレーナちゃんはふと何かを閃いたのか「ハッ」とつまらなそうに笑った。
「どうせだから最後に一勝負付き合ってくれよ」
「……勝負? 僕に挑むのかい?」
「ああ。どうせ殺されるんだ。だったら冥土の土産の一つぐらい欲しい」
「君も物好きだねぇ。……いや、もう壊れてるのか。まぁそりゃそうだよね。いいとも。かかっておいで」
「私は自分の命を賭ける。んで、その対価としてあんたはこのゲームに乗る。異論は?」
「ゲーム……? 何を言ってるのか分からないけど、とりあえずいいよ」
「ん。どうせ魔王サマはゲームのルールなんて知らないだろうし、めちゃくちゃシンプルなヤツでいいか」
そう言ってミレーナちゃんは、トランプを扇状に広げて差し出してきた。一体何をしたいのかてんで見当が付かない。
「一枚選んでくれ。そしたら、それを私に見せないようにしてキープ」
僕は言われるがままに、カードを一枚引き抜いた。
「……じゃあ、これ」
「ルールは簡単だ。引いたカードの、数が大きい方が勝ち」
「ふぅん?」
「それじゃ私も引かせてもらおうか。……これだ」
ミレーナちゃんは無造作にカードを引き抜いて、深呼吸を一つ。――――それから「手札開示!」と叫んだ。
彼女の動きに釣られるようにして、僕もカードをひっくり返して数字を晒す。
僕は3で、彼女は10だった。
「はっはっは。毎度あり……って、何も賭けちゃいなかったか。とにかく勝負は私の勝ちだ」
「……そう。良かったね?」
「ああ、最高の気分だ。ざまぁみろ。
お前は私に負けたんだ」
自信満々で、たいそう壮絶な笑みで、彼女はそう言った。
負けた。僕が負けた。敗北した。勝てなかった。及ばなかった。憂鬱で陰鬱で全てに幻滅していたはずの僕が、見下していた人間に負けた――――だって?
……負けた?
そして僕は反射的にこう叫ぶ。
「は? 負けてないけど?」
その言葉で、ミレーナちゃんの笑みは更に更に深まった。
「いいや。お前の負けなのさ魔王サマ。さぁ殺せよ。私はこのまま勝ち逃げさせてもらう」
「いや、だから負けてないって」
「往生際が悪いぞ魔王サマ。良かったなぁ? 負けてみたかったんだろ? おめでとう!」
クスクスと笑って、やがては壊れたように笑って。ミレーナは賛辞を並べる。
「やったじゃないか! 人生で初めての敗北だ! 目的達成出来て良かったなぁ? これからの益々のご健勝を祈願して乾杯してやりたい気分さ!」
「だから、僕は負けてないってば! ……見ろよこの街の有様を! きみ以外はみんな殺してやった。そしてきみだってこれから死ぬんだ。どう見ても僕の勝ちじゃないか!」
「クククク。必死だなァ!? テメェのそんな顔が見られるとは思わなかった。最高の気分だよ!」
「このッ……!」
「そうだ殺せ! これでわたしの勝ち逃げだバカめ!!」
「クッ……!」
はははは! と高笑いを続ける彼女は、いよいよ発狂しているようにしか見えなかった。
え。
ヤバ。
こいつマジでムカツクんだけど。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
『こうして、憂鬱の魔王パーティルは生まれて初めて敗北したのでした』
映し出された映像は真っ黒になり、やがて文字が流れ始める。
シナリオ・パーティル
映像作成・パーティル
音楽・パーティル
などなど。
要するに『全部・僕』状態なのだが、わたしはポカーンと口を開けていた。
一通り謎の文字列が過ぎ去った後は、登場したキャラクターの名前や、聖遺物などが映し出されていく。
やがて大きな隙間が空いて「ゲームマスター・パーティル」続いて「プレイヤー・フェトラス」との表示が。
そして最後に「遊んでくれてありがとう」との文字が流れていった。
「え、と……憂鬱の魔王ってナニ?」
靴の聖遺物? おじいちゃん、少女? そんなのゲームに登場してない。
疑問はたくさんあったけど、パーティル様はわたしが口にした問いかけにのみ答えた。
[優越の魔王はゲーム用に調整した魔王だ。そして参考元は僕自身……即ち、遊戯の魔王を名乗る前の僕、憂鬱の魔王だ]
そう言われてわたしはようやく気がついた。
このゲームは、このシナリオは――自己紹介だ。
[さて、ここからはエピローグだよ]
その言葉に合わせるようにして、再び黒い板が蠢いていく。