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我が愛しき娘、魔王  作者: 雪峰
我が愛しき楽園の在り方
246/286

最高峰難易度



 優越の魔王の行動は迅速だった。


 狙われたのはブラント。彼の顔面は恐怖で強ばっていた。支配杖エンセンスによって行動補佐が行われていたが、魔王の威圧を受けたせいで、やがては足が地面に縫い付けられたように硬直してしまったようだ。


 かばいに入ろうにも間に合わない。打てる手段といえば斬空閃を放つことぐらいだが、下手をすればブラントにも当たってしまいそうな位置取りだった。


「じゃ、まずは軽く一発」


 魔王が宣言通りに振り上げたのは右腕。魔法による攻撃ではなく物理的な一撃。


「ヒッ……ヒッ……ヒィッ!」


 ブラントはガクガクと震えながらも引導剣ナーカを構えて迎撃の構えを取る。だがそれは子供が「こっちにこないで」と両手を突き出しているに等しい有様だった。そして当然のように懇願は無視され、魔王とブラントの身体が交差する。


「あらよっとぉ!」

「グガッ!」


 決して早いパンチでは無かった。威力があるようにも見えない。


 だがブラントは空中で一回転する勢いで吹き飛んでいった。ゆっくりと空を舞ったブラントは引導剣ナーカすらも手放して地面に叩き付けられ、そのままピクリとも動かない。


「はいじゃあ次」


 ブラントが一撃でリタイヤした。優越の魔王は一撃必殺それが「当然だ」といった表情でこちらに振り返り、ねっとりと嗤った。


 ブラントの容態は不明。ただの気絶か、あるいは瀕死か……どちらにせよ当分は立ち上がれまい。それどころか手当をせねばすぐに死んでしまう可能性が高い。幸いにも魔王は既にブラントから興味を失ったらしく、こちらにテクテクと歩いてくるばかりだ。


 俺はすぐさまメイフェスに駆け寄り、手短に情報を交換した。


「デタラメな攻撃力だな。こちらの防御を上回るどころではない。大した力を入れたようにすら見えなかったぞ」


「……先程のフォースワードの効果か? だがいかに四単語呪文といえど、強すぎる」


 優越甲種。……種……たねではない……種類が分けられている?


 もしこちらも魔法が使えるのならば詳しく判別出来るのだろうが、生憎と人類は魔法について詳しくない。


 いずれにせよ強力な、そして物理的な支援効果バフなのは間違い無い。


「先程のブラントが一発で沈んだ様子を見るに、ビンタされるだけでも首がもげる可能性がある。短期決戦以外に勝ち目は無いだろうよ」


「……俺がエンセンスで押して・・・、お前が斬るか」


「現状で最も可能性が高いのはそれだけだ。ついでに言うなら、押すぐらいじゃ無視される可能性もある。思いっきりやってくれ」


 タイミングはシビアだが、それが決まれば大ダメージは与えられるはず。『斬れ』ああ、分かってるよ。『斬れ』もう覚悟は決まってるさ。


 会話を打ち切り、斬空剣を構えて優越の魔王を睨み付ける。ヤツは鼻歌を唄いながらこちらに歩み寄ってくる。ゆっくりなのが殊更恐ろしい。恐怖が高まり、先程吹き飛ばされたブラントの姿が脳裏にチラつく。


 そして額に浮かんだ汗が頬を伝う頃、二つの音が飛来してきた。


 真横を駆け抜ける矢の音。はるか後方で炸裂した発砲音。パウニャとミレーナの援護射撃だ。


 迫り来る攻撃に少し驚いた様子を見せた優越の魔王は腕で矢を受け、そして銃弾を腹に食らったようだった。その身体が少し前屈みになる。


 矢は魔王の腕に突き刺さることなく、折れて大地に転がった。そして魔王は「普通に痛いなコレ」と言いながら腹を撫でた。


「……なんだ今の? 矢は分かる。聖遺物によるモノだ。でもこれは……なんだ?」


 やがて彼は腹に突き刺さったであろう銃弾のカケラを指でつまみ取った。


「金属……? でもこんなに小さな物が、あんなスピードで?」


 少し苛立ったような声で優越の魔王はこう続ける。


「聖遺物の気配はしない……分からん。魔女でもいるのか? 精霊服がガードしてくれたけど、目とかに当たると危ないな」


 チラリとこちらを見つめた魔王は、二秒ほど考え込んだ後で壮絶な笑みを浮かべた。


面白い・・・


 そして彼は嗤いながら街の方角を見つめた。


「矢はどうでもいい。良い腕だけど、それだけだ。でもこの金属片攻撃は面白い。聖遺物じゃないから魔法かと思ったけど、どんな呪文構成で成立するんだよ」


 愉しそうにつぶやきながら、魔王は街を見つめるだけでなく、身体全体をそちらに向けた。


「興味深い。これは興味深いぞ。さっき白い魔族がなんか妙に足止めを食らってるなとは思ってたけど、これを防いでたのか」


 殺意の矛先が変わったことに気がついたのか、パウニャがすぐさま次の矢を射る。それに合わせるように発砲音も響き渡った。そして先程と似た動作で魔王は顔をガードしながら、嗤い声を上げる。


 弓を払いのけた魔王は一瞬だけ立ち止まり、更に嗤い声を強めた。


「ハハハハッ! こりゃ面白い。なんだこの攻撃は。爆発音がするが……魔法じゃないのか? いいねェ! これは予想外だ! 速度良し、攻撃力良し、そして聖遺物の気配無し! その正体をちょっと教えてもらいに行くとしよう! ――――【優越甲種】!」


 その瞬間、俺は自分がとんでもないミスを犯したことに気がついた。


 呆けている場合ではない。今のは、最大のチャンス・・・・・・・だった。



(何発だ? 何発くらって、ヤツは魔法を唱え直した?)



 カウントする余裕が無い。魔王の視線が外れた瞬間にブラントを起こしに行こうかとも考えていたのだが、それはもう不可能だ。ヤツは街に向かって走り出した。


「クッ……斬空閃!」


「はいはい! きみは後で相手してやるよ!」


 魔王はこちらを振り返ることもせず、こちらの攻撃を無視する。


「エンセンス! ヤツを止めろ!」


 メイフェスがそう叫ぶと同時、魔王の速度が少し鈍くなる。そのタイミングを狙い澄ましたかのようにパウニャが矢を放つのが見えた。――――だが今度の矢は当たらない。どうやら魔王の速度が鈍ったせいで、着弾地点がズレてしまったようだ。


(何発だ。あの魔法を溶かすのに、何発必要なのだ。あるいは回数ではなく、威力が関係するのか? それとも時間経過か? ……どちらにせよ攻撃し続けるしかない!)


 完全にこちらに背を向けている優越の魔王。


 俺は斬空剣に向かって「斬空閃・乱!」とオーダーを斬り発して斬撃を飛ばして斬る、斬る。


 魔王の背中に数発の剣閃が突き刺さる。だが魔王は一切それを気にせず、愉しげに街に向かって走り続けた。全く効いていない……!


 だめだ。攻撃を重ねて斬る。いや、タイミングを計って斬らねば無意味だ。ヤツの魔法が解けた瞬間に斬って溶かして斬り融かす。


 心のノイズが視界にまで作用する。


 気がつけば魔王の背中が大きく見える。どういうことだ。こんなに大きいなら、外しようがない。斬り時だ。


「ああああああ!」


 怒鳴り声が聞こえる。いや、俺が口にしたのか?


 無防備な背中に向けて、斬空剣を振り下ろす。


 ようやく意識がこちらに向いたのか、魔王は少しだけこちらを振り返って「うわっ、近ッ!」と驚いた。


「あああああああ!」

「いやいやいやいや! 急に理性を失うなや!」


 狙うは、首。


 だがそのためには腕が邪魔だ。斬り落とすべし。曲げられた肘先に狙いをつけて、そこを大きく斬り抉る軌道。魔王は慌てた様子でこちらに振り返り、今度こそしっかりとガードをした。手応えは堅い。まるで棒で岩を叩いたかのような。


「チッ、代償系の末路か。予想よりも早いな」

「斬り殺すッ!」


「あー、面倒臭ぇ! 天敵以外の聖遺物に用は無いんだよ!」


 魔王が取った構えは、ボクシングスタイルのようにコンパクトなポーズではなく、身体を大きく広げた、舞うためのようなモノだった。


「邪魔だから死んどけ!」

「斬る……!」


 フェイントが混ぜられた拳。流れるように稼働する手脚。それら一切を点で見て、線を読み解き、少し先の未来を手中に収める。全ては魔王を斬るために。


上手うまッ!?」


 俺に攻撃を受け流された優越の魔王の体勢が大きく崩れる。今だ。斬り殺せ。何度でも。


「斬天空」


 上段から切っ先を振り下ろす。遠く離れた空間でさえ斬切する一撃を、刀身の一撃に重ねて斬る。


 ――――ソレは完璧なタイミングだった。


 必殺どころではない。森羅万象の一切を両断し、その先にある不可知の領域にすら届きうる神撃。


 それが瞬きの間に優越の魔王の肩口に吸い込まれ――――弾かれた。



「――――すげぇ気迫。普通にちょっと恐かったよ。でもそれはその剣じゃなくて、ガッドル君。きみ自身のソレだ。お見事」



 ……斬れなかった? 今ので?


 全力の一撃は届かない。


 優越の魔王は「後で相手するって言ったけど、撤回するよ。いま死ね」と言って。







「――――ドル! ガッドル! 起きろこの野郎!」


「……?」


 目が覚めた瞬間、俺は大きく咳き込んだ。地面なのか空中なのかすら分からない世界で、咳き込んだ拍子に血を吐いたことだけは理解出来た。


「よっし! よく起きたなこの野郎!」


「……パウニャ、か……ゲホッ、ゲホッ」


 無理矢理上体を引き起こされた俺は、ぐらんぐらんと揺れる視界に酔いそうになった。


「状況は最悪だ。俺の……ヘイナも折られちまったよ……」


「裂敵弓ヘイナが……?」


 上体だけでなく、そのまま全身を引きずり起こされて俺はなんとか両足で地面に立ち上がる。視界はまだ乱れたままだが、空の青さと、パウニャの表情がグチャグチャなのが理解出来た。


「メイフェスさんがブラントさんを叩き起こして、いま王国騎士達と一緒に優越の魔王を抑えてる。ヤツの狙いはミレーナさん・・・・・・だ」


「……なんだと?」


 焦点が定まる。


 ここはどこだ。大地だ。

 今はなんだ。殺し合いの真っ最中だ。

 俺は誰だ。――――我、斬り殺すモノなり。


 視点を戦場に向ける。


 街の門に巨大な穴が空いていた。王国騎士の死体が二つ転がっている。


「……ヤツはどこだ!」

「街だよ! 早くしないと、ミレーナさんが危ねぇ!」


 一瞬で呼吸が乱れて、血が口内にせり上がってくる。だが俺はそれを飲み干して、深く息を吸い込んだ。


 恐らくは内臓の損傷。……無理に動けば死ぬかもしれない。


 だが放っておいても死ぬかもしれない。そして何より、このままでは俺だけではなく全員が確実に死ぬ。


 その前に斬り殺さねば。


 その意思だけが身体を動かす。死地で死ねと魂が震える。


 身体を引きずるように走り、なんとか街に入り込むと当たりには血の池が点在していた。王国騎士団。全員の死体は巨大な化け物に殴り殺されたかのような折れ曲がり方をしていた。中には身体のパーツが吹き飛んだモノも……。


 その地獄のような光景に視界が歪む。絶望から始まり様々な感情が渦巻いて、諦めに落ち着こうとしたソレをなんとか憎悪という戦意に変えて抑える。


 耳を澄ますまでもなく、必死の声が聞こえてくる。


「やめろやめろやめろ! 来るな来るな来るなぁ!」

「助けて……! お願い、殺さないで!」

「それでも逃げないんだねぇ、きみ達は。すごいすごい」


 声のする方へ走り、建物の角を曲がり、そうして見たのは抜き手で貫かれた王国騎士。耳に届くのは断末魔の絶叫と、仲間が散った事で正気を失いかけた騎士の悲鳴。


 返り血をふんだんに浴びた優越の魔王は、退屈そうな表情を浮かべていた。そしてそのまま無造作に遺体を打ち捨てて、ボールを蹴るようにもう片方の王国騎士を蹴り殺した。


斬る(斬る)


 頭の中が空っぽになった。


 口から血を吐き散らしながら、それでも足は止めない。


 斬空剣を振り上げ、対象を斬り殺すために、斬り落とす。


 ――――まともに剣が振れるのはこれが最後かもしれない、なんて予感を抱きながら。


「ぬおおおおおおお!」


「ん……? って、復活早いなきみ! あー、やだやだ!」


「 斬 空 」



 剣を一度振り下ろす。――――目の前に浮かんだ白刃。それに横薙ぎの一閃を加え、十字を成す。最後に斜め斬りを加えてようやく白刃は魔王めがけて迸る。

 その奔流を追いかけて、逆袈裟に斬りつけた。三つの白刃と一つの斬撃は合わさり、周辺の空間を斬り裂いた。

 空間。それは虚無ではない。そこにあるのは大気であり温度であり湿度であり、幾億幾兆、その幾京倍の原子や分子が揺蕩う一握の世界。

 それらの一切が斬られていく。在るべきモノが崩壊して、全てが虚空と化していく。一は引き裂かれて、零ですらない無に還っていく。


 大地。周辺の建物。王国騎士の死体さえも。


 光、音、全ての情報は斬断された。そして失われた空間は空白と化し、それとほぼ同時に周囲の情報が空白目がけて流れ込み出す。それはまるで嵐のように荒れ狂って、やがては収束した。


 その光景に誰も声を発することが出来なかった。


 まるで世界の強制削除だ。


 神様以外は使っちゃいけない、もしかしたら禁忌的な領域の攻撃……これは攻撃なのだろうか……そんなモノよりももっと取り返しが付かないような……なんて。それを目撃したわずかな生存者の心さえも斬り裂いて、斬空剣は処理・・を終えた。



「おいおい……マジかよ……」



 呆れたような声が聞こえてくる。


 もう空っぽだ。なにもない。


俺の精霊服が・・・・・・消し飛んじまった・・・・・・・・。やばすぎるだろ」

「…………」


「いまの一撃は、きっと俺の天敵が放つソレよりも強かったんだろうな。それだけは間違い無く言える」

「………………」


「……それは少し、危険過ぎるな。俺じゃなくてこの世界そのものに対して。だから」

「…………」


【優越超種】


 なにか聞こえた気がした。


 手元に在るモノを引っ張られたような気がした。


「……真価・斬、くう」

「ダメだよガッドル君。もう終わりだ」



 意識は途絶えて久しい。


 命が絶えた事にも気がつかないまま、彼は全てを失った。






◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 目の前の映像が動いている。


 ガッドルさんは立ち尽くしたまま。だけど心が消えて、命が消えて、映像の中の彼はゆっくりと倒れて、もう起き上がらない。


 画像は動けども、ガッドルさんは動かない。


[……残念。ここでゲームオーバーだ]


「――――あれはなに?・・・・・・


 わたしは様々な葛藤を抑えて、遊戯の魔王パーティル様に問いかけた。


「月眼じゃないにせよ、確実に銀眼以上。……あれは一体なんなの?」


 映像の中で立ちすくむ個体名不詳・優越の魔王。彼が抱いた瞳の色は黒鉄の色を示していた。ただの映像。そうなのかもしれない。だけど目を離してはいけない不吉さを彼は纏っていた。


 ゲームに負けたのは悔しい。

 それよりもガッドルさんが死んでしまったのが悲しい。

 そして同じくらいに、世界の危機を目の当たりにしてわたしは戦慄していた。


「アレって本当に魔王なの……?」


[魔王だよ。殺戮の精霊にして、全てを統べるモノ]


 パーティル様がそう答えると同時、映像は停止して真っ暗になった。


[どう質問しようとも、ガッドル君は優越の魔王の詳細なデータを知り得なかった。だから、この物語はここで終わりなのさ]


 あっけなさ過ぎる。

 そして何より理不尽だ。


 ガッドルさんは最高の一撃を決めた。ダメージの算出方法は知らないけど、パーティル様が提示した『斬空』の威力はトチ狂っていた。あれは下手をすれば世界の理を崩しかねない一撃だったはず。


 だけど優越の魔王はそれすらも無効化し、最後にはパワーアップまでして斬空剣をへし折ったのだ。ゲームバランスが狂ってる所の騒ぎじゃない。倒せるイメージがわかない。


 ふと真っ黒になった画面から顔を上げると、パーティル様が静かな表情を浮かべているのが分かった。そして同時に気がつく。わたしはゲームに負けたけど、パーティル様はどうなのだろうか。つまり。


「ねぇ。ゲームマスターの役割って、プレイヤーを勝たせることなの? それとも負けさせることなの?」


 もし彼が後者のスタイルなら、勝敗ははっきりする。

 だけどわたしの予想通り、パーティル様は首を左右に振った。


[どっちも違う。そもそもゲームマスターが目指すのは勝敗じゃなくて、愉しんでもらうことにある。それだけの役割さ]


「……優越の魔王って殺せるの?」


[やり方次第では、もちろん。どうする? もう一回挑戦してみる?]


「それは……無理かな」


[おや。イエスでもノーでもなく、無理なのかい。……愉しくはなかった?]


 少しだけ失望したような声。

 わたしはゆっくりとため息をついて、苦笑いを浮かべた。


「楽しいというか、集中しすぎてそれどころじゃなかったかも。そして今の感想は、悲しくて悔しい。あとついでに言うなら理不尽すぎるかな、って所」


[……ああ、一生懸命はやってくれたんだね。没入感を持ってやれたのなら、それは良かったよ]


「うん。だからこそ、もう一回っていうのは無理かも。わたしの考えたガッドルさんが、えと、負けちゃって悔しいけどさ。……何度もアレに挑んで殺されるのは、もっとイヤ」


 キャラクターに愛着がある、どころの騒ぎじゃない。

 ガッドルさんは、実際にわたしの大切な友達なのだ。


「それに――――結末はどうあれ、今までの事を無かったことにするのが一番無理」


 ただのゲームだけど。所詮は空想かもしれないけど。現実ではないけど。でも大切だと思えるのなら虚構は十分に価値を持つ。


[……そうかい]


「一生懸命やった。その結果が残念だった。もしこれが現実で、本当に誰かが死ぬのだとしたらもっともっと抗ってしまうんだろうけど……これがゲームで良かったと思いつつ、ただのゲームじゃなかったかな、ってのが正直な感想」


 その答えはパーティル様にとって満足いくものだったのだろうか。


 彼は相好を崩して[ん]と短い返事をした。


「でもそれはそれとして、あの優越の魔王はちょっと異常過ぎると思う。本当に勝てるの?」


[まぁキミの言う通り、ちょっと理不尽な展開には突入していたかな。なにせ致命的な失敗が多々あったからなぁ……]


 そのパーティル様の言葉は意外なものだった。


「致命的な失敗? たまにダイスで失敗はしてたけど……そんなにやらかしてたかなぁ?」


[ふむ。再プレイしないというなら――――そうだね、感想戦みたいな事でもやってみようか。僕が理不尽ゲーを仕掛けたと思われるのもちょっとシャクだし]


 宙に浮かんだ真っ黒な画面はそのままで。テーブルの手元の部分が真っ白に変化した。


[まずどこから説明したものか。道中でヒントはいくつか出したんだけど、キミが気がつかなかったり、ダイスに失敗していた部分がある]


「たとえば?」


[今回のシナリオでは、まずプレイヤーが選ぶ自分の聖遺物でルートが変わる。適合・消費・代償の三つ。そしてそれが攻撃型なのか、サポート型なのか。つまり全部で六パターンだね]


「そこからぁ!?」


[登場する聖遺物が全部攻撃型じゃ、どう足掻いても勝てないよ。優越の魔王を殺すのに必要なのは、聖遺物のバランスとチームワークだ]


「な、なるほど……」


[そして君が選んだのは、代償系の攻撃型。難易度が一番高いルートだね]


 そう言われた瞬間、先程言われた言葉の真実味が増した。必要なのは攻撃力じゃなくて、バランスとチームワーク。なるほど確かに。斬空剣の処理はわたしの想像を遙かに超えた現象を引き起こしていた。あれでも倒せないならどうしようもない。他の手段を講じるべきだ。


(それにしてもあの現象の描写……もしかしてパーティル様は斬空剣か、もしくはそれに近い聖遺物を知っていたのかもしれない)


 そんな事を思ったけど、とりあえずは今のシナリオについてだ。話しを戻すとしよう。


「……難易度が低いのはどういう組み合わせ?」


[適合系の、サポート型。つまり支配杖エンセンスの立ち位置の聖遺物を使えば、難易度は下がる傾向にある]


「はぁ……そうだったんだ……」


[さっきも少し言ったけど、このシナリオには大きな分岐点がいくつかある。さて、それはどこでしょう?]


「一番大きなのは自分が何の聖遺物を使うのか。その次が……四つ目の聖遺物? 貴族が隠し持ってたっていう斧の」


[そうだね。第四の聖遺物は割と重要な分岐点だね。アレがあると無いじゃ大きな違いが出る。……他には?]


「えぇ……? んと、えと…………じゃあ、誰が使うのか、っていう組み合わせ?」


[半分正解。もったいぶらずに言うと、それぞれの聖遺物には最適な担い手がいる。例えば支配杖エンセンスを最大効率で使いこなせるのはメイフェス副長じゃなくて、おじいちゃんと呼ばれていた支部長だ]


「えっ、そうなの!?」


[支配者に呼応する聖遺物だよ? そりゃ長の方が適合するものさ]


「で、でもでも。お名前も出てないおじいちゃんが正解だったって言われても……」


[支配杖エンセンスは戦場を支配するモノ。最前線に出なくても活躍は十分に出来るよ。だからガッドル君は『戦闘に不向きなおじいちゃん』ではなく『人の上に立っている者』として支部長を呼ぶべきだった。……そもそも、君は王国騎士団を訪ねるのが遅すぎたんだよ。その時間と余裕がある頃、君はずっと室内トレーニング・・・・・・・・をしていたね?]


「あ」


[聖遺物が手に入ったのなら、独占せずに人類枠で共有するのが常識だろ。なんでずっと室内トレーニングなんだよ。……恨み言を一つ口にさせてもらうなら、サブイベントも結構あったのに、全部スルーされてたまらなかったよ]


「教えてくれたらいいじゃん! アイディアロールとか、普通にヒント出すとか!」


[そのタイミングで君はこう言ったんだ。『わたしは斬空剣さんと分かり合いたいから、なるべくお部屋で一緒に過ごします!』って。愉しそうにそう言われちゃ、邪魔するのも不粋だろう? あと一応、処理としては斬空剣の代償が軽減するのと、使える技が増えたから完全に無駄ってワケじゃない]


「うぐぐ……」


「更に言うなら、引導剣ナーカの適正な担い手も別にいた。そちらは王国騎士と、サブイベントに出てくる旅人だね]


「ああ……なんかメイフェスさんがそんなこと言ってたなぁ……使えそうなヤツがいたけど、もういなくなったって……えぇ……? そこから失敗してたんだ……」


[ブラント自身も『自分は戦闘向きじゃない』って散々言ってただろ? 彼の立ち位置は、聖遺物の担い手が不在時の緊急措置だ]


「そういえばナーカ一回も使ってないや……」


 ブラントさんは赤い魔族と戦って、転がされただけ。優越の魔王にも当然立ち向かえなかった。なるほど、確かに戦闘向きじゃない。


[流石に何度か救済措置のダイスを振らせたんだけどね。でも君は悉くダイスに失敗するし。全然気がつかないし。……というか、本当は気がついてたんじゃない? あの状況下ではガッドル君が支配杖エンセンスを使うことが最適解だった]


 それは、分かる。

 なんとなくそう思っていた。

 だけど出来なかった。ゲームだけど、ただのゲームじゃなかったから。


[あるいは、の話しだけどさ。メタ的に言うのであれば引導剣ナーカを使うのもドラマチックではあった。なにせトドメの一撃・・・・・・を司る武器だ。幸運のステータス値を排除したゲームであるが故に、主人公補正と呼ばれるボーナスを付けることはやぶさかじゃなかったんだけどね]


 それは全然考えつかなかった展開だった。

 ……まぁガッドルさんなら問題無く八撃は入れていただろうけど。


[それでも君は斬空剣を使うことにこだわった。……まぁ、僕は浪漫を優先するスタイルが嫌いじゃない。だから君の好きなようにやらせたわけだけど]


「……むぅ。それじゃあ、あの状態じゃ優越の魔王を倒すのは絶対に不可能だったの?」


[そんなことはないさ。ダイスの女神に愛されれば、そして優越の魔王の隙をつけばきっと殺せたはずだよ。ただし難易度は最高峰レベルだったけど]


「斧があって、支部長がいて、もう一人戦える人がいたら楽に勝ててたのか……えっ、でも待って」


[なにかな?]


「……最高の条件を揃えたとしても、あの・・優越の魔王は絶対に倒せないよね?」


 黒鉄くろがねの瞳。あの瞬間、彼はある意味で月眼に迫っていた。


 わたしがそう問いかけると、パーティル様は少しの間沈黙した。答える気がないわけではないだろうから、気にせずわたしは問いかけを続ける。


「正直に言うと何が起きたのかまだ分かってない。優越超種……種を超える……呪文構成が全然読み取れなかったけど、想像するに、あの時の優越の魔王は、魔王を超えていたってことでしょう?」


[概ね正解だよ。月眼が『天を超える存在』だとすれば、あの状態の優越の魔王は『深淵に潜る存在』とでも呼べばいいかな。まぁ再現・・はほとんど無理だろうね]


 チリ、と違和感が走った。――――が、一旦それは置いておく。


[優越の魔王は殺戮の資質を完全コントロールしたんだよ。出すも引くも自由自在。その感性は月眼に近い。でも愛を知らないから月眼じゃない。澄んだ銀眼に魔を注いだ黒鉄の瞳。……優越の魔王の必殺技みたいなもの、と考えればいいよ]


「月眼に近いって……つまり銀眼は超えてる? やっぱりそんなの倒しようがないじゃない」


[――――そうだね。僕もそう思うよ]


「でも、条件が揃えば倒せるって。……それ本当ぉ? どう考えても不可能じゃない?」


[うん。だから唱えさせないようにするのが重要だ。まぁそもそも、シナリオの通常ルートだったら優越の魔王はアレを唱えないはずなんだけど]


「失敗したプレイヤーにトドメを刺しに来るなんて。ひどい」


[いやそれとはちょっと違うんだけど……まぁいいや。とりあえず感想戦としてはこんなところかな? 君は知らなかったとはいえ難易度が高いルートを選択して、第四聖遺物を獲得出来ず、担い手の適正が低くて、そして攻撃の正しいタイミングを突けなかった。それがガッドル君の敗因だろう]


「………………」


[さて。それじゃあどうする? 他のシナリオで遊んでみるかい? TRPGはやればやるほどプレイヤースキルが上がるから、愉しみ方の幅が大きく広がる。ただ勝つだけじゃなくて、ゲームマスターの予想すら超えるハッピーエンドが作れる時もあるよ。それとも全然別のゲームにする? ボードゲームでシンプルかつ奥深いルールのやつとかあるけど]


「……――――。ねぇ」


[なにかな]


 自分で口にした言葉。『プレイヤーにトドメを刺しに』

 パーティル様が口にした言葉。『ガッドル君敗因』


 シナリオの大筋は変わらずとも、難易度が最初から六個も設定されている緻密さ。登場するキャラクターが持つ造形の複雑さ。月眼に至ったわたしですら知らなかった【黒鉄の瞳】というオリジナリティ・・・・・・・


 わたしは映像が停止して真っ黒になってしまった板を見つめた。


「……他のみんなは……ミレーナさん達は、あの後どうなっちゃうのかな」


[………………]


「やっぱり、みんな死んじゃったのかな」


[……さてね。ガッドル君はそれを知りようがない]


 わたしは確信とはまでは呼べない、でもはっきりとした予感を持って問いかける。




「優越の魔王のお名前は、もしかして、パーティルっていうんじゃないの?」






おまけ設定


優越の魔王が唱えられる魔法。


優越甲種――攻撃と守備を優越(基本的にはこれしか使わない)

    乙朱――外見及び好感度のバフ

    兵種――軍略のバフ。魔力を兵に見立てて運用。

    超種――限界突破。明確な理性を伴ったまま、疑似的に銀眼化してその力を制御する。


 

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