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我が愛しき娘、魔王  作者: 雪峰
我が愛しき楽園の在り方
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絶望的クライマックス



 赤い魔族と青い魔族を通常攻撃で斬り殺した俺は、続いて白い魔族に向かって突貫した。


 こちらの意図を汲んだのだろう。銃声は鳴り止み、そして俺の肉体の移動速度があがる。支配杖エンセンスでメイフェスが行動補佐をしてくれているのだろう。


 白い魔族。テクニカルタイプ。被弾してダメージを負っている。だが高確率で魔法を使うと思われるので、不用意に接近するのは危険『斬れ』『斬れ』『斬れ』危険だ。まずは目視で情報をかき集めるだけかき集めなければ。


 白い魔族は『斬れ』なにやらフワフワとたなびく布を展開していた。宙に浮かんでいるように見える。おそらくはそれで銃弾を防いでいたのだろう。足下にはポツポツと黒い鉄クズのようなものが散乱していた。


 銃撃が止んだことに、そして俺が接近してきた事に気がついたのだろう。

 白い魔族は布の影から俺を睨み付けて「よくもローソとピズリくんを……!」と怨念めいた声を発した。その声を受けて俺は一旦立ち止まる。


「……ガッドル・アースレイだ。貴様を斬る」


「ビアンケ・イシュラ・ゾルド。……今だけは魔王様のためではなく、あの二人の無念を晴らすために貴様等を絶滅させてやる」


 高い声。白っぽい肌。白い服。そして真っ黒な血の跡。それは酸化した血の色ではなく、闇血と呼ばれる黒色だ。その血を持つ者は魔法に特化している。


 やはり接近は危険だ。『斬れ』いや、どうせ相手も魔法を使って遠距離攻撃を仕掛けてくるのだから、接近して斬った方がいいのかもしれない。


「死になさいッ……【迫地】ッ!」


 足下の地面がまるで巨大なミミズのようにせり上がってくる。人間よりも大きな柱だ。その数は二つ。動きは緩慢だが、その丸みを帯びた先端が蛇のようにこちらをロックオンしているように見えた。


 おそらくは地面を変化させてからの物理攻撃。そしてその後ろからの遠距離魔法が来るのだろう。


 対処は容易だ。斬空閃で斬るだけでいい。位置取りによっては一撃で斬断することが可能かもしれない。ヒュゥと鋭く息を吸う。そして一瞬だけ考えた。右側面に移動して、一撃で二柱をまとめて斬ってしまった方が効率が良いか。あるいはやはり一本ずつ斬った方が安全か。


 だけどそんな葛藤は一瞬で過ぎ去る。どう考えても、今斬っておく方がいいに決まってる。ヤツが追加でどんな呪文を唱えるかは知らないが、敵の手札は斬れる時に斬っておくべきだ。


 ……先程の二戦でかなり自分が斬空剣に呑まれている・・・・・・自覚はある。休憩を挟んだ方がいいのは間違い無い。


 だが銃弾が尽きるまで撃ったところで、このままガードされ続けていればそれで終わりだ。本当に銃弾が尽きるよりも早く、優越の魔王が到着してしまうだろう。


 だから斬る。それしかない。それしか出来ない。


「斬空閃!」


 右手の柱を根元から切断する。柱は土塊つちくれに戻り、反対側の柱が瞬時にこちらめがけて迫ってきた。


 図体のでかいそれをなんとか避けて、俺は伸ばされた柱の腹めがけて通常攻撃を放った。手応えが硬い。斬空剣が欠けるとは思えないが、完全に斬るにはもう一撃入れる必要があるだろう。


「これで死んでよぉッ! 【白狼】!」


 続いて現れたのはオオカミのような土塊――――造形タイプの魔法か! 周辺の白い大地に形を与える魔法が得意のようだ。雑草が生えそろっている場所には干渉していないことから、魔族ビアンケの魔法範囲にも限界があるのが見て取れた。王国騎士団の銃弾と同じだ。消費を繰り返せば枯渇するはず。


 造り出されたオオカミは一体だけだが、形が完成するなりこちらめがけて駆け抜けてくる。俺は再び通常攻撃を放って柱を切断し、残された短い柱はウネウネと悶えていた。まだ完全に破壊できたわけではないが、攻撃射程はかなり短くなったはず。


 その隙をついて命無きオオカミが迫ってくる。


 回避したかったが、攻撃のせいで体勢は崩れている。土塊のオオカミは吼えることなく、無音で俺の左腕に牙を立てた。


 傷は浅くとも、血は流れていく。


「クッ……!」


 それで役目を終えたのか、オオカミはゆっくりと土塊に戻っていく。そのタイミングで魔族ビアンケが追加で呪文を叫んだ。


「【剥煙】!」


 足下の白い地面が広範囲に渡って振動し、砂煙が巻き起こる。


 煙幕……強い魔法を唱えるための時間稼ぎだろうか。『斬れ』関係無い。突っ込んでいって、素っ首を斬り落とすだけだ。


 ウネウネともだえる柱を無視して、俺は駆け抜けた。


 魔族ビアンケは砂煙で隠れてしまっているが、位置はもう把握している。


 ――――そう、俺は把握しているのだ。把握出来てしまっている。


 ある閃きを得た俺は、急制動をかけて脚を止めた。


 剥煙。剥がす煙。剥奪する煙。


「もしや……罠か?」


 精神汚染魔法の一環だろうか。あるいは体力などを奪う効果が付与されているかもしれない。座学で習った魔法は、本当に多種多様にわたる。


 魔法はヴァベル語の極地だ。効果を見ずとも、神なる言語によって紡がれたソレは音色だけで効果をある程度知らしめる。世界に、敵対者に。


 ならばこの煙ごと・・・・・斬ってしまうのが安全だろう。


 代償がやや高めなのが気になるが、身の安全を買うためと思ったら安いもの。


「斬空閃・乱ッ!」


 大きく斬空閃を放ち、それに二発目の斬空閃を追い当てて分散させる。


 千々に乱れた斬撃のカケラは広範囲に飛び散って、煙の中から魔族ビアンケの「キャアアアッ」という悲鳴が聞こえてきた。……予想よりも位置がズレている。やはりこの煙に乗じて移動をしていたか。


 煙はまだ消えない。魔族ビアンケはまだ死んでいない。


『斬れ』『斬れ』『斬れ』そうだ。安全のために、もう一度、いいや、もっと強い一撃を、いや『斬れ』『斬れ』『斬れ』今こそ必殺の【斬空】で周辺もろとも。


「……ふんぬっ!」


 斬空剣の柄で自分の太ももを叩き、自分自身をその場所に縛り付ける。


 まだだ。まだ乱れるわけにはいかない。優越の魔王が来る。ミレーナの復讐相手が来る。俺はそれを斬らなくてはならない。斬るために、今は抑えろ。


 頭の中は乱れっぱなしだ。冷静にはほど遠いのかもしれない。


 だけど俺は静かに斬空剣を天にかかげて、舞い散る砂埃の向こう側にいるであろう魔族ビアンケに狙いを定めた。


「斬空閃」


 放たれたそれは真っ直ぐな軌道を描き、やがて首の落ちる音が聞こえた。






 死体を確認した後、俺とブラントは慌てて西門へと戻った。


「お帰りガッドル。見事な初陣で」


「なにが……見事なものか。負傷した。手当がほしい」


 上から降ってくるパウニャの言葉に苛立ちを覚えつつ、俺は近くにスタンバイしていた王国騎士に治療をお願いした。


 受けたダメージは三箇所。青い魔族ピズリの爪、赤い魔族ローソの蹴り。そして白い魔族ビアンケの、オオカミによる牙攻撃だ。


 特にローソの蹴りが堪えた。骨折はしていないが、膝をつくと立ち上がるのがしんどく思える。


 ブラントもまぁまぁ大きなダメージを負っていた。

 聞けば蹴りと拳をまともに食らったらしい。なにせ気絶をする程だ。かなり痛むだろう。


 王国騎士達の治療は手際がよく、俺は破損した防具を取り替えてもらったり、行動に支障が出ない程度でのテーピングなどを施される事になった。


「パウニャ。優越の魔王の位置は」


「たぶん丘の上でさっきの戦いを観戦してたんだろうな。ずっと立ち止まったままみたいだけど、今はゆっくりとこちらに歩いてきてる感じだ」


 魔王が来る。斬らねばならぬ。なぜなら間も無く魔王が来るのだから。だから斬る。


「……一息入れるのがせいぜいか」


 俺がため息をつくと、ミレーナが建物から駆け寄ってきた。


「が、ガッドル。大丈夫かい? 無事に帰ってきてくれて嬉しいけど、怪我をしたって聞いて……」


「なに。五体満足だ。多少は負傷したが、もう治療済みだ」


「あまり無理しないでって言いたいけど、頑張れって言うのもなにか違う気がするけど……何て言ったらいいか分からないけど、どうか死なないで」


 半泣きのミレーナは両手に食料と水を抱えていた。


「さっきガッドルが作ったヤツの余りを持ってきたんだ。全力で動いた後だし、ちょっとでいいから食べておいてよ」


「助かる」


 ずっと強く握りしめていた斬空剣をわきに置いて、それらを受け取る。


 もちろん腹が空いているわけではないが、その気遣いが嬉しくて俺は少量だけ口に入れた。水も有り難い。――――殺し合いは俺の想像以上に気力を奪っていた。


「なにかして欲しいことはない? なんでもするから、何でも言っておくれよ」


「こうやって話してくれるだけで気が紛れるんだが……そうだな。だったらこの後来る優越の魔王に対して、何か伝言はないか?」


「伝言?」


「何か言ってやりたいことがあるだろ」


「……死ねって言っておいて」


 その余りにもストレートな物言いに、俺はうっかり笑ってしまった。


「他にはなにか無いか?」


「アイツに言いたいことなんて他にはないよ。むしろ、あたしはアンタに言いたいことが沢山ある」


「――――そうか」


「うん。帰ってきたら全部聞いてもらうから、三日三晩は覚悟しておいてよね」


「そうだな。明日からは有休を取ることにしよう。自警団のみんなも、それぐらいは許してくれるだろうさ」


 今世代で最強の魔王がやって来る直前だというのに、ミレーナの真摯な気持ちが嬉しくて俺は心が安まる思いだった。



 メイフェスが合流して、いよいよ最後の作戦会議が始まる。


「まずは三体の魔族討伐。見事だった。魔族の侵入を許すこともなく、一人の死者も出さずにいられたのはガッドルのおかげだろう。ありがとう」


「……パウニャが助けてくれなかったら、俺も死んでただろうな」

「気にすんなよブラントさん。俺は二人と違って最前線から遠いし、自分の役目を果たしただけだ」


 そんな二人の労い合いはさておき、メイフェスは話しを続ける。


「魔族に対しても支配杖エンセンスは有効のように見えた。ガッドルにも一度だけ使ってみたが、実際の戦場ではどうだった?」


「やはりかなり便利だと実感したな。体力が減らないのに速度は上がるというのは強い。ただし直線的な行動補佐は有り難いが、乱戦状態での行動補佐はあまりしない方がいいのかもしれない。意図しない方向に身体が動くのは単純に危険だ」


「なるほど……ではこのまま高所に陣取ったまま、優越の魔王の行動を阻害し続けるのが得策か……」


「……それとだが。訓練でやった時よりも行動補佐がにぶく感じた。やはり近距離の方が効果を発揮しやすいのだと思う」


 シン、と一瞬だけ場が静まり返った。


 メイフェスは少しだけアゴに手を当てて考え込んだが、答えが出なかったのだろう。彼はこちらをじっと見つめて「リーダーに問う。俺も前線に出るべきかどうか。判断してほしい」と言った。


「前線……いまさらその覚悟を問うわけではないが、いいのか?」


「ああ。命を繋ぐために、ここで死ぬ覚悟だ。それは問題ない。ただ俺ではなく、支配杖エンセンスが戦場に出ることに関しては判断が難しい」


 それは確かに。前衛と後衛では、運用スタイルが根本的に異なるモノになってしまう。


「前線に出れば支配杖エンセンスの力を存分に発揮出来るし、連携が取れるため効率が高いだろう。ただしデメリットとして死亡する可能性が高まる。後方支援に当たれば、効率は下がるが、ほぼ永続して優越の魔王の行動を制限することが出来るだろう」


 最高の力を発揮するか。あるいは最高のチャンスを狙い続けるか。


「リーダー。お前が決めてくれ。俺はそれに従う」


 もうすぐ優越の魔王が来る。作戦を決定するのはこのタイミングしか無いだろう。




 治療。栄養補給。ミレーナとの会話での精神安定。


 ダメージが全回復したわけではないが、出来る準備は全て終わっている。


 俺とブラント。そしてメイフェスはそれぞれが相棒を手にして、戦場の最前線で一列に並んでいた。


 パウニャは西門の外に設置されたトラックの屋根に登っている。そこに控えてもらい、可能なら矢で支援を。状況が悪ければ『強力な一撃』でそれをひっくり返してもらう算段をつけてもらう。……味方ごと吹き飛ばすことになるが、あくまで状況が悪ければ、だ。


 そしてミレーナは、ライフルではなく『特別な銃』を持って街の高所にスタンバイしてもらっている。銃弾に限りはあるが、射程が長く、威力が高い。

 弾丸に限りがあるのでおいそれと訓練が出来なかったらしく、王国騎士の誰もその銃を扱ったことがなかった。つまり誰が使ってもぶっつけ本番だ。なので、先程の銃撃でライフルの扱いに問題が無かったミレーナに白羽の矢が突き刺さった次第である。この復讐が彼女から始まっているからというウエットな理由で。


 王国騎士による銃撃のサポートはほとんど見込めない。なにせただの魔族に通じなかったのだ。魔王に通じるとはとても思えない。むしろ味方への誤射が恐いので、基本的には銃撃を控えてもらうことにした。……万が一の時は死に物狂いで突撃する勇敢な者もいるかもしれないが、戦力としてはお察しである。



 さて――――荒野のような白い地平から、優越の魔王が歩いてくるのが見えた。


「いよいよお出ましだ。覚悟はもう済んでいるだろうが、何か言いたいことがあるヤツはいるか?」


「情けない姿をさらしたらゴメンな、ってぐらいだな」


「同感だな。判断ミスが無いように十分気を付けるが、もし失敗したら……地獄で謝る」


 ブラントとメイフェスは揃って震えていた。


 ブラントは過去に対峙した優越の魔王の影に怯えて。


 メイフェスはこれから魔王と戦うのだ、という少し未来の恐怖に怯えて。


 そして俺もまた、今から魔王と交戦するのだという状況が恐ろしくて震えてしまいそうだった。


 だが斬空剣がそれを許さない。 


『斬れ』


 先程よりかは圧迫感が和らいでいるが、それでも断固たる命令だった。


「では行こう」

「ああ……」

「……ああ」


 返事の毛色がそれぞれ違う。それでも全員が確かな足取りで一歩を進めた。




「やぁやぁ。おはよう」


 気安い口調で優越の魔王が話しかけてくる。


 紺色のコート。フードが付いているが、それは後ろに流れていて大っぴらに顔をさらしている。一見すると軽薄そうな若い男性型。紫がかかったような長髪。伸びた双角は螺旋状を示していて、魔力量が高いことがうかがえる。


 そんな魔王が、楽しそうに嗤っていた。


「ちょっと見てたけど、すごいねー。魔族三体を相手にして損害ゼロとは。さてさて。あの魔族達が弱かったのか、それとも聖遺物が強かったのか」


 ピッと人差し指をこちらに向けて、優越の魔王は語り続ける。


「その中でも、特にそいつは凄まじい。遠い場所を斬る剣ってなんだって感じだよね。しかも攻撃力が高い……代償系かな」


 斬空剣のことを指しているのだろう。だが優越の魔王は賛辞の言葉を述べてはいるものの、全く脅威に思ってはいないようだった。


「そしてその真っ黒な剣も興味深い。実は一番それがオーラを放ってるんだけど……さっきはあんまり上手く使えなかったのかな? 普通に転がされてたから少し驚いたよ」


 今度は引導剣ナーカについて。……聖遺物の位置と機能は何となく知っていたようだが、流石に詳細な能力までは把握していないのだろう。


「最後にその支援系の杖。それはよく分からん。でもまぁ全然恐くないから気にしてない。そんで索敵用の弓があそこで、ミレーナちゃんは……後方待機かな。まぁそんな所だよね」


 気さくに、まるでちょっと陽気な兄ちゃんぐらいのノリで優越の魔王は喋り続けた。


「斧の聖遺物が見当たらないし、感じられないけどどうなったんだい? 貴族に持ち逃げされた?」


「――――よく喋るな、優越の魔王」


「あらら。他に出来ることと言えば殺戮ぐらいだけど、そっちをご所望かい? 別にいいよ?」


 反射的に柄を握る力が強くなる。


 ……だがブラントとメイフェスが魔王の迫力に負けて呼吸を荒くしている。


 もう少し時間が稼ぐべきだと判断した俺は、斬空剣を構えずに、ほんの一歩分だけ前に出た。


「……初めまして。ガッドル・アースレイだ。有名な魔王と対峙出来て光栄の至りだよ」


「はじめましてこんにちわ。優越の魔王だよ。今は有名でも、そのうち有名じゃなくなる予定だ。俺のことを語れる人間は遠からず絶滅しちゃうだろうからね」


「優越の魔王……名を名乗るつもりはないのか」


「あはは。ガッドル君はアリさんにも挨拶するのかい? そりゃ気分が良ければ『アリさんこんにちわ』ぐらい言うかもね。でも流石に名乗りはしないだろう? そんなのご近所さんに見られたら、頭がオカシイ人扱いされちゃうよ」


「――――ハハッ。聞いたか二人とも。俺達はそろってアリンコらしい」


 そう煽ると、二人からグッと力を込めるような気配が放たれた。


「まぁまぁまぁ。そのアリさんが凶器を持ってるから、ちょっとは見物するよ。どんな風に襲ってくるのか、少しは気になるしね」


 そう言って優越の魔王は俺達をじっくりと観察した。


「うーん……しかし妙だな。あの魔族達はなんであんなに簡単に殺されたんだろう? その蒼い紋様が入った剣が代償系で強いのは分かるんだけど……実際にガッドル君一人で皆殺しにしてたけど……アイツら何やってたんだ? もしかして遊び感覚だった?」


「――――そんな事は無いさ。真剣で、強敵だったよ」


「マジ? その割にはあっさり殺されてたよなぁ。えーと……名前忘れちゃったけど、あの赤いヤツとか、それなりに強かったはずなんだけどね」


 その物言い。優越の魔王はあれらの魔族を配下としてすら見ていないようでもあった。


「――……他に魔族がいない事は既に把握しているが、お前は独りなのか?」


「俺はずっと独りだよ? あいつらも勝手に付いてきてただけだし。『魔王様の露払いの役目を我らに!』てな具合で。その様子がなんか一生懸命だったから、放置してただけ」


 どこかで学んだ知識がある。


 強い魔王は孤独である。もしくは、孤独な魔王は強くなる。


 どちらにせよ強大な魔王はすべからく孤独に陥る。他者を必要としないのだ。


 そして優越の魔王は己が孤独であることを卑下も誇りもせず、ただ当たり前のコトであると表明していた。


 その強さに疑いようはない。ただ集団で襲撃されないという点だけが喜ばしかった。


「……ではここでお前を倒せば、俺達の故郷は守られるわけだ」


「そーそー。そういうコト。ただし一つだけ訂正してほしいかな」


「なんだ」


「倒すとか言わずにさ、普通に殺すって言いなよ」


 優越の魔王が身に纏う紺色の精霊服がゾワリとたなびく。開戦五秒前。


「ああそうだ。優越の魔王。貴様に伝言がある」


「へぇ。誰から?」


「ミレーナからだ。――――死ねッッ!」



 初手必殺。そうは願うが、まさか一撃で死にはしないだろう。


 死ねを合い言葉にメイフェスが動く。優越の魔王への行動阻害。


 だがしかし、かの魔王はそもそも避けるような素振りさえ見せていない。 


 それどころか両手を広げて「かもーん」と軽薄に笑っている始末。その顔面にめがけて、俺は叫んだ。


「斬空閃ッ!」


 様子見の一撃。ただし高火力。そしてハイスピード。そんな一閃を前にして、魔王は笑うばかり。


「【優越甲種】」


 斬撃が届いた音が聞こえた。


 だが魔王は――――怯むことさえせず、ただそこにたたずむばかりだった。


「おお。すごいすごい。結構強いね。あー。これならあの赤いのも一蹴されるわけだわ」


 余裕の軽口。今の一閃が、そよ風と同レベルだと魔王は体現してみせた。



 ブラントから聞いていた通りだ。


 曰く。対人戦に特化した型魔王。

 曰く。相手の攻撃力を上回る守備力持ち。相手の守備力を上回る攻撃力を放つ。


 常に相手よりも優れる者。


 故にこその、優越の魔王であると。


 まさしく絶望的であろう。どうやって勝てばいいのやら。


 しかし、だからこそ――――俺達はその絶望に立ち向かうために、作戦を立ててきたのだ。



「想定内だ! 多面同時攻撃に移る。各自散開ッ!」


 俺がそう叫ぶと、一列に並んでいた人影がバラけた。


 正面が俺。その背後にメイフェス。そしてブラントが優越の魔王の側面へと走った。



 優越の魔王は防御力を変化させる・・・・・・・・・


 何物にも貫かれない盾なぞ存在しない。何者も切り裂く剣もまた存在しない。


 優越の魔王は呪文を唱えた。フォースワードではあったが、それは絶対の理をあらわすものではない。ルールが必ずあって、規則性が存在して、突ける穴は確実にある。


 そのための布陣がこれだ。俺が正面にて優越の魔王の気を惹き、メイフェスが行動阻害ではく「弱攻撃」を放ち、ブラントがそのタイミングで部位破壊を試みる。


 優越の魔王に対してダメージを積み重ねるというリスキーな作戦ではあるが、このフォーメーションが崩れなければ必ず打倒し得る……殺せるはず。


 そんな作戦が決行された。



 斬空剣による攻撃のダメージはゼロだった。


 優越の魔王が唱えた呪文の効果は精霊服ではなく、魔王の身体自体に効果が及んでいるようだ。顔面を狙ったはずなのに、ヤツは構えすら取らなかったのだ。


 それは確かに脅威ではあるが、同時に朗報・・でもあった。


 魔法であるが故に、いつかは効果が薄れる。おそらく数回斬り込まれる度に魔法をかけ直さねばならないはずだ。それは明確な隙。逃してはならない好機だ。


 だが耐久戦を試みるのはゾッとしない。ブラントが脱落した時点で、こちらの手札はかなり制限されてしまう。


 だから俺は、死に物狂いで囮を演じるのだ。


「斬空閃・乱!」


 攻撃を分散していく。一度の攻撃全てに対処出来るのか、あるいは一発ずつの対処となるのか。これが効いてくれるのならばかなり楽に戦えるのだが――――。


 そんな願いも虚しく、魔王は平然とした様子だった。乱撃の全てが無効化されていく。


「ガッドル君は確か、その聖遺物を手にして日が浅いはずだよね? うーん。使いこなれてるなぁ」


 そんな感想を述べながら魔王は俺と距離を詰めてきた。


「でもまぁ、それじゃ俺は殺せない」

「ツッ!」


 それは素早いだけの攻撃だった。力を入れているようには全く見えない、ただのジャブ。


 だが、当たればこちらの防御力を貫通する。


 死ぬ。


 そんな恐怖が身体を縛った。


「う、うおおおお!」


 なんとか避けようとするが、恐怖は身体を鈍くしたまま。


「ははっ」そんな魔王の嗤い声が目の前に迫り――――唐突に、その距離は遠ざかった。


「立て直せガッドル!」


「ツッ! 助かったメイフェス殿!」


 支配杖エンセンスによる行動補佐。それによって、避けきれなかったはずの一撃は空振りに終わる。それに一番驚いていたのは魔王だった。


「なんだいそのキモい動き。ちょっとビックリしたよ」


 片手を開いたり閉じたり。「へー」なぞと呟きながら、やがて魔王は拳を握りしめた。



「なるほど。それが杖の能力か」



 まずはオマエからダ。


 そんな視線に貫かれたメイフェスが小さく悲鳴を上げる。


「ヒッ……」

「臆するなッ! もう一度だ!」


 メイフェスが動揺しているので、ブラントも攻撃を合わせられない。


 俺は再び斬空剣を強く握りしめて『斬れ』呼吸を整えることにした。


「斬空衝!」


 ノックバックを発生させる技。斬り裂くためではなく、刃を横に向けての突き放し。


「おっと、っと!」


 それはそよ風ではない。相手を押しのける暴風だ。魔王もこれにはたまらず踏鞴たたらを踏んで後退した。


 呼吸を整えてもう一度。あるいは二度。何度でも。


 改めてフォーメーションを元に戻すと、魔王は「うーん」と唸った。


「こりゃ面倒だな。ガッドル君の存在感が一番大きいけど、あの杖が一番ウザい。そして真っ黒な剣は不気味だけど、俺にビビッてるのか近寄ってもこない」


 そう言いながら、再びヤツは「うーん」と唸った。


「杖を落とせばすぐに終わるんだろうけど、そのためにはガッドル君をどうにかしないといけない。ただ杖があるから、ちょっと面倒臭い。うーん。うーん」


「……わざわざ思考を口にしているのは何のためだ? 余裕の現れか?」


「えっ。いや、そんなコトないよ。悪いけど、俺は必ず優れて上回る者。――――だからこそ、俺は油断しない主義なんだよね」



 そして優越の魔王は、ブラントに向き直った。


「というわけでまずは黒剣。キミからだ」



 フォーメーション崩し……! 


 付け入る隙は必ずある。

 だがそれは、こちらの作戦にも言えることだ。

 優越の魔王のあまりにも早い最適解の導き出し方に俺は戦慄した。


「ヒョエッ……」


 魔王の視線に射貫かれたブラントが情けない悲鳴を上げる。


 震えは大きくなり、後ずさりは止まらず。


「下がれブラント!」


 そう声を発したのはメイフェス。支配杖エンセンスによる行動補佐で、ブラントの後退速度がかなり上昇した。


 それはメイフェスなりの判断だったのだろうが、俺はそれが誤りだとすぐに気がついた。


 

 魔王は、わざわざ自分の考えを口にしていた。


 それはつまり俺達の予想を絞る・・ためだ。



 思考がもどかしい。だが既に答えは明白だ。


 ブラントの後退速度は上昇したとはいえ、距離を詰められたら一撃で殺される可能性が高い。なので、俺はそれを邪魔しなければならない。


 だが邪魔した結果、メイフェスの身柄がガラ空きになる。


 つまり――――どちらかを見捨てなければならない盤面に俺達は陥った。攻撃ではなく、ただの言葉・・・・・によって。



 さぁどうする? と言わんばかりの微笑みを浮かべて優越の魔王はブラントに駆け寄る。


 斬空衝だ。あれで再びフォーメーションを整えて『斬れ』

 いや無意味だ。同じことの繰り返しになる『斬れ』

 であるのならばやはりどちらかを見捨てることになって『斬れ』


「優越の魔王ぉぉぉぉ!」



 対人戦特化型。相手よりも上回る者。

 百の聖遺物をロストさせて、今世代最強の名をほしいままにする魔王。


『俺は油断しない主義なんだよね』


 その恐ろしさを、俺はようやく実感したのであった。



 

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