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我が愛しき娘、魔王  作者: 雪峰
我が愛しき楽園の在り方
244/286

戦闘ロール



「ああ、ちくしょう」


 そう呟いたのはパウニャだった。


「ヘイナが反応した。やっぱり西門の方角から。数は……三つ。だけど離れた所に一つ気配がある。たぶんそれが優越の魔王だな」


 裂敵弓ヘイナは敵の位置をかなり事前に察知出来る聖遺物である。聖遺物ゆえに仕組みはもちろん分からないが、かの聖遺物が読み取るのは人類に対する悪意なのかもしれない。


「――――では、いくとするか」


 俺がそうかけ声をかけると、全員が西門の方へと歩みを進めて行く。


 その道すがら、ブラントが「そういえば」と切り出した。


「メイフェスさんは最前線に出張るとして、他の王国騎士達はどうしてるんだ? それに自警団の人達は」


「自警団の方は戦力にならない。避難したやつもいるし、避難を誘導してるヤツもいる。全く信じてないボケもいたっけな。どっちにせよ戦闘に参加出来る根性も装備もねぇ感じだった」


 パウニャがそう言って、継いでメイフェスが言葉を重ねる。


「昨日、ガッドルが帰った後で作戦会議をしたのだがな。お恥ずかしい話、現在の王国騎士は練度が低い。つまりは士気も低い。……また、優越の魔王が本当に来るのかどうか、とう点で懐疑的な者も多かった」


「自警団と似たような状況か。……それで?」


「命を張る覚悟がある騎士が五名。とりあえず職務を果たすか、という程度の気概を持つ者が三名。そして俺の上司に当たる支部長がこの街に残っているだろう。まぁあの方は少し高齢なので、戦場には出てこないだろうが。……他は逃げたか、あるいはどうせ来ないだろうとタカをくくって通常業務をしているトンチンカンが数人といった所だな」


「……戦力は八人かぁ。しかも聖遺物抜きときた」


 ふぅ、とため息をつくブラント。だが代わりにパウニャが明るい声を出した。


「でもこの街の王国騎士は銃を持ってるんだろ? 遠距離武器。弓よりも強いって評判だけど」


「強いか弱いかでいうと、はっきり言って大差はないと俺は思っている。お前の持つ裂敵弓ヘイナとは比べ物にもならんよ。……ただ訓練をあまり必要としてないという点で強い武器だな。老若男女問わず、ある程度センスがある者なら五発の試射でモノにすると聞くが」


「……あまり想像が出来ないな」


「俺も扱ったことはあるが、銃を扱う上で必要なのは技量ではなく冷静さだと思う。遠距離で運用される武器ではあるが、密着すれば外しようが無いからな」


 老人と子供が魔族や魔王に接近するのは無理だと思うが、それを口にしてもただ野暮なだけなので俺は別の言葉を口にした。


「メイフェス殿。それで銃はこの街に何本あるのだ?」


「十挺……十本だな。サイズ的には通常の弓よりも少し小さいぐらいか」


 それからメイフェスは歩きながら銃の性能を少し語った。


 単発式、ライフルという名、射程距離は1500。他にもいくつかスペックを表す単語があったようだが、専門用語が多く、あまり理解が進んだとは思えない。まぁ無知ではなくなったと信じたいが。


「一本だけ特別仕様のモノがある。通常の銃よりも攻撃力と射程距離を上回るヤツだ。特別性の弾丸を使うため数に限りがあるが、大型のモンスターでも急所に当たれば一発で倒せる」


「そりゃすごい」


 訓練を要さず、遠距離でモンスターを駆逐出来る武器。それは下手をしたら幾多の聖遺物を上回ってしまう事ができる。


「やがて時代は銃がメイン武器となっていくだろう。こういった騎士剣は……どうなっていくんだろうな」


 メイフェスはそう言って寂しそうに腰に下げた騎士剣の柄を撫でた。



 西門入り口。


 そこには二名の王国騎士が監視役として立っていた。


「騎士の配置は?」

「そこら中の建物の屋根とか、窓辺で待機してます。全員が銃を携行済みです。……あの、本当に来るんですか?」


「裂敵弓ヘイナの事は知っているな? 自警団……というより、そこのパウニャ・マカレードが所有している聖遺物だ。アレに反応があった。敵の来訪は間違い無い」

「……そうですか。了解です」


 やや暗い表情を浮かべた王国騎士は、指笛を数回鳴らして何らかの合図を示した。


 途端、空気がピリつくような気配を覚える。騎士の各々が臨戦態勢に入ったのだろう。


「副長の銃も用意しています」

「いらん。ようやく俺も聖遺物を持った所だ。ずっと付き合い続けてきた騎士剣はさておき、新参の武器に浮気なんてしていたら怒られてしまうだろうよ」


 そう答えたメイフェスだったが、ふと、何かを考えたようだ。


「いや……やはり持ってきてくれ」

「はっ」


 短い返事。素早い行動。あっという間に騎士はメイフェスの銃とやらを持ってきた。


 木製の外装。先端に行くにつれて金属が増えていく。なんだかパッと見では頼りない武器のようだった。


「ミレーナ殿。俺の代わりにこれを持っていろ」


「えっ、わたし?」


「聞けばこの戦い、事の発端は貴女の復讐なのだろう? ただ見届けるだけでは退屈であろう。隙あらば撃て」


「いや……触ったどころか、見たのも初めてなんだけど……」


「優越の魔王が現れるまで、そこの騎士にレクチャーを受けておけ」


「わ、分かったよ」


 騎士はメイフェスに「一般人に銃を持たせるんですか?」と尋ねたが「この聖遺物はミレーナ殿からお借りしているのだ」と言って聞かなかった。


 きっとこの騎士は「命を張る覚悟がある者」なのだろう。彼は議論は無駄だとすぐに理解し、早速ミレーナに銃の取り扱い方法を説明していた。



 そんなイベントが進む中、パウニャは裂敵弓ヘイナを握りしめたまま西の空をにらんでいた。


「残りの距離は?」


「あと十分ぐらいで来るだろうな。気配は引き続き三つ。その後方に一つ」


「……魔王の軍勢、というにはいささか数が少ないな」


 そう呟いたが、重要なのはそこではない。俺はメイフェスと騎士に「あと十分で現れるそうだ」と告げ、最後に仲間の顔を見渡した。


「さぁ、いよいよ戦争の始まりだ。敵の方が少ないとはいえ、その力は人間を超越するモノだろう。各員、最後に深呼吸をしておくように」


「了解」 同僚であるパウニャの返事は簡素だ。

「わーったよ……」 戦意は低かろうが、ブラントも返事をする。

「――――。」 メイフェスは支配杖エンセンスを構えた。

「みんな、死なないでね……」 ミレーナは銃を抱きしめて祈った。




「来た」


 パウニャの声が上から聞こえてくる。彼は西門付近の家の二階……つまり高所に陣取っている。


 俺とブラントは西門の影に隠れるように。


 そしてメイフェスは、支配杖エンセンスを使うに適した位置(パウニャとは別家屋の高所)でスタンバイしていた。ミレーナもそこにいてもらっている。


「やはり三体。魔族だな」


 裂敵弓ヘイナに矢をつがえながら、淡々とパウニャが敵の情報を報告する。


「まぁ綺麗にパワータイプ、スピードタイプ、テクニカルタイプっぽい見た目に別れてる。種族も衣装もバラバラだが、歩みには規律すら感じられるな。簡単に言うと手強そうだ」


「了解」


 俺は片手を上げてメイフェスに指示を出した。そして彼が精霊具(トランシーバーで何か合図を出す。


 そして、ミレーナが銃を構えた。



 この戦いは、ミレーナの復讐だ。


 だから口火を切るのは、やっぱり彼女でなくてはならない。



 魔族は歩みを止めない。そしてメイフェスが支配杖エンセンスを掲げた。


『!?』


 西門の影からのぞき見ると、一体の魔族の歩みが止まったのが分かった。それと同時に大きな音。ターーンッ! という余韻の長い炸裂音。ミレーナの発砲だろう。


 それはまさしく開戦の合図だった。


 ミレーナの銃撃は当たらなかったようだが、一瞬後に無数の発砲音が響き渡った。


「テクニカルタイプと思われる魔族が負傷」


 パウニャの報告と共に、俺とブラントは西門から飛び出して言った。



 作戦はこう。


 三体の魔族が来る。まずはその内の一体を支配杖エンセンスで行動阻害。それを王国騎士達が銃撃。目的は打破だが、最低でも足止めはしてもらう。


 残るは二体。敵に連携をさせないよう、俺とブラントが分散して対処にあたる。


 俺は斬空剣による遠距離攻撃での打破。

 ブラントは、俺か王国騎士の銃撃によるサポートが来るまで敵の足止めが役目だ。


 つまり敵三体に全戦力を投入するのではなく、各個撃破が目的である。




「ブラント! 無理はするなよ!」


「無理そうなら逃げるよ!」


 互いにそう叫びながら敵と距離を詰める。


 敵に近づくにつれて、パウニャの報告通りの敵影がはっきりとしてきた。


 サイズの大きいパワータイプ。それに比べるとサイズが小さめのスピードタイプ。


 テクニカル系の魔族はある程度ダメージを負ったようだった。遠目でも出血しているのが分かる。


 だれがどう戦うのが適切だろうか。そんな事を一瞬考えて、俺はオーダーを放った。


「ブラント、お前はあのノロマそうなヤツを抑えててくれ! 俺はあのチビを狩る!」


「了解!」


 俺達がある程度敵に接近すると、銃声が止んだ。背中を打たれてはたまらないので、敵を引き剥がすまでは銃撃サポートは控えてもらうよう頼んである。




 敵と対峙。


 スピードタイプ……魔族だ。青い肌、青い服。装飾品は黒。


 高速で動きつつ、細かな攻撃を重ねるタイプだと俺は見て取った。


 サイズが小柄なため、斬空剣で遠距離攻撃しても当てるのは容易ではないだろう。


 だがブラントの戦闘能力ではこいつから逃げ切れる気がしない。なので俺がこちらを対処する事を受け持ったのだ。


 そして魔族が口を開く。


「へいへい。なんだぁ、今の攻撃は? まるで魔法みてーじゃん? オレらの可愛いビアンケちゃんが血塗れだ」


「……貴様は優越の魔王の配下か」


「そりゃそうだろ。オレの名はピズリ。あっちの白いのがビアンケで、デカいのがローソだ。よろしくな人間」


 対話は必要だろうか? そう悩んだが、情報があるに越したことはない。俺はじりじりと距離を保ちつつ、なるべく敵同士を引き剥がしやすく出来るような位置取りを誘った。


「かの有名な優越の魔王の配下がたったの三体か。他にはいないのか?」


「ん? あー、魔王様はぞろぞろ連れて歩くのが苦手でな。あまり配下を必要としてないんだよ。オレ達だって勝手に付いてきてるようなモンさ。あの方はお一人で行動される事を好む」


「……そうか。魔族が百体来たらどうしようかと悩んでいた所だ。少なくて助かる」


「そりゃ良かった。じゃあお互い……頑張ろうぜッ!」


 途端、ピズリと名乗った青い魔族がこちらに駆け出してくる。予想よりも速いスピードで。


 迎撃必殺。


「――――斬空閃ッ!」


 相棒に声をかけながら刀身を振るう。まるで白い風のような一閃が魔族ピズリめがけて飛んでいったが、ヤツはそれを難なく回避した。


「おおっと、聖遺物か! こわいこわい!」


 魔族ピズリはスピードを落とすことなくこちらに向かってくる。


 もう一度。俺は斬空剣を構え直して、再び一閃を放った。


「はいよっと!」


 だがそれすらも魔族ピズリは避ける。小柄だから当てにくいのではない。ヤツは的確に俺の攻撃を避けたのだ。


 強いか弱いかはさておき。――――出来る。


 もはや遠距離攻撃とは呼べぬ程に詰められた距離。俺は覚悟を決めて斬空剣を握り直した。


「じゃ、こっちもいかせてもらうぜぇ!」


 魔族ピズリの主要武器は『爪』のようだった。左手を前に、右手を上に構えたまま突進してくる。軽いが鋭い一撃が放たれるだろう。回避するか、防御するか、あるいはいっそカウンターを狙うか。


 チリッ、とノイズが目と耳に走る。


『カウンターだ。一撃で殺して、速くブラントの援護に向かわなくては』


 そんな心の声が、俺の選択肢をせばめる。


 頭の中では違う声がする。――――斬空衝という技がある。あれでこの軽そうな敵を吹き飛ばし、再び斬空閃で攻撃する方が安全だと。


 だが頭の声よりも、心の声の方が強かった。一撃必殺。少なくとも敵はもうこの刃が届く位置にいる。斬り捨てるべきだ。でなければならない。


 距離を離せ――いいや、殺せ。


 それは葛藤ではない。逡巡しゅんじゅんではない。意見の対立ではない。


 それはまさしく、戦場において距離感を狂わせる斬空剣の代償だった。


 ――――だが、まずは情報だ。

 俺は「くらり」としかけた思考を、歯を食いしばって律する。


 俺は回避を選択した。相手の攻撃を見抜き、チャンスをつかみ取る。


「いーよいしょぉ!」


 魔族ピズリがかけ声と共に突き出した左手を俺は回避。


 だが振りかぶられた右手は避けられそうにない。鋭く振り下ろされたそれが、俺の右腕を切り裂こうとする。


「クッ!」


 防具はもちろん着けてはいるが、深々とそれごと切り裂かれてしまった。だがダメージは軽微だろう。俺は臆することなく斬空剣の柄を握りしめた。


 この近距離ならば、外しようがない。


 俺は早急にこいつを片付けるために、歯を食いしばって力を込めた。


「うおおおおおお!」


 思い付いた技ではなく、鍛錬によって導き出した答え(通常攻撃)を魔族ピズリに放つ。


 それは深く、魔族ピズリの肩口をえぐった。


「痛ッてぇぇぇ!」


 叫び声をあげながらヤツは後退し、憎悪の視線をこちらに向ける。


「人間ごときがよぉ! クッソ。不味そうだが、お前は後で絶対に喰う! そんでその後ゲロにして、豚に喰わせてやるッ!」


 下劣なセリフだ。だが戦意は本物だろう。魔族ピズリは怪我に構うことなく再び爪での攻撃態勢を取った。


 再び回避だ。見切ったとは言いがたいが、先程と同じ攻撃。俺は大きく身体を動かして、その双撃を完璧・・に避ける。


 それによってヤツは体勢を大きく崩した。


 絶好の機会。そしてそれ故の一瞬の迷い――――速やかに斬り殺すか、あるいは代償を控えるために通常攻撃を重ねるか。


 ブラントの様子を確認する余裕はない。この絶好の機会は、この一瞬だけ。


「……ここでお前に手こずっている暇は無いッ!」


 両手にしっかりと力を込め、俺は技名を相棒に告げる。


「斬天空ッ!」

「やっ……」


 斬空剣自身の刃に、白き刃が重なる。


 それは天空すらも斬り裂かんとする勢いで、魔族ピズリの胴体に吸い込まれていった。


「ギャアアアア! アッ、あっ……あ……」


 魔族バタリとピズリは地に倒れ伏した。起き上がる気配はない。ただ、かろうじてまだ息があるようだった。


 意識は完全に失っているようだが、トドメは必要だろうか。


「……いや、意識が無いのなら後でよかろう。ブラントの援護に向かわなくては!」


 俺はそう気持ちを切り替えて、瀕死の魔族ピズリに背を向けた。




□■■□■■□■■□■■□■■□



 ブラントはパワータイプの魔族と対峙した。


 赤い肌。赤い服。黒の装飾。


 そんな見た目の魔族は、怒り心頭のご様子だった。


「不意打ちとは卑怯な。オレ達の仲間であるビアンケになんて事しやがる」


「……そりゃ申し訳ないね。でも殺しに来たんだろう? だったら、殺される覚悟も持ってほしいもんさ」


「貴様とて人間であるのならば、猫を虐めた事があろう。だがその猫に殺されるとはついぞ考えたことがないはずだ。己の事を棚にあげて愚昧を垂れ流すな」


「あぁ? ふざけんな。俺は猫好きなんだよ!」


 ブラントはすらりと引導剣ナーカを抜いた。漆黒の刀身が陽を浴びる。


「そういうテメェは、猫を虐めんのか?」


「馬鹿め。人間と違って、猫は愛でるモノだ」


「…………」

「…………」


 一瞬だけ奇妙な間が空いたが、赤い魔族は自分の両拳を目の前で打ち付けた。


「我が名はローソ。魔王様のために雑魚を狩りに来た」


「俺はブラント。魔王に全部持ってかれた男だよ」


 お互いに名乗りをあげて、両者は戦闘の構えを取る。


 魔族ローソは教科書に出てきそうなパワータイプだった。基本的な動きは遅く、だが攻撃の瞬間だけは弓矢の速度で拳を振り抜くのだろう。 


 引導剣ナーカの攻撃スタイルとしては、部位破壊を繰り返してダメージを蓄積した後に、トドメの一撃を放つものだ。……自身の爪、そしてそれを失う激痛と引き換えに。


 爪の一枚で魔族が殺せるならば安い物。


 だが、本命は後ろに控えていると思われる優越の魔王だ。


 そんな判断から、ブラントは様子見と回避に専念することにした。


「そちらが来ぬのならば、こちらから行くぞぉぉ!」


 魔族ローソがそう吼えて、ブラントめがけて『蹴り』を放つ。


(あんな拳を見せつけておいて、蹴りかよ!)


 予想よりも速いスピードで迫り来る脚。まるで丸太のように太いそれを。


 ブラントはぎりぎりの所で避けた。


「あっぶねぇ……!」


 距離を取って、再び様子見。


 しっかりと相手を観察することで回避率を高めようとブラントは試みたが、魔族ローソは細かくステップを刻んでおり、それは少し難しいように思えた。


「ふん。その黒き剣は飾りか? どうやら聖遺物のようだが、振るうに値しない者が持っていてもどうしようもないだろう……なッ!」


 ブラントが攻め込んでこない事を察知した魔族ローソは、今度は鋭く踏み込んできて拳を振り上げる。


 だがその大きな拳は、ブラントに当たらない。


「パワータイプの真っ正面パンチなんかに当たるほど耄碌してねーぞ!」


 ブラントはそう挑発をしながら、伸ばされた魔族ローソ右手に向かって引導剣ナーカを振り下ろした。


 だがその試みは失敗する。足は鈍重だとしても、拳の稼働速度は一級品のソレだった。振り下ろされた刃は地面を叩くだけに終わる。


「貴様が耄碌しているかどうか、これで確かめさせてもらうとしよう!」


 魔族ローソはそう叫びながら、拳ではなく再び蹴りを選択する。拳に比べると威力は劣るが、素早い蹴りを。


 その鋭い蹴りはブラントの腰付近めがけて放たれた。


「やべっ……!」


 攻撃の後で体勢が整っていない。ブラントはまともにその蹴りをくらって吹き飛んでしまう


 ゴロゴロと地面に転がりつつ、引導剣ナーカだけは手放すわけにはいけないという気概は、ブラントに受け身を取らせなかった。


「ぐ、ぐお……痛ぇなんてレベルじゃねぇ……めっちゃ痛ぇ……!」


 なんとか立ち上がったブラントだったが、今の一撃が少々身体に響いたようだった。そんな彼に魔族ローソがのしのしと近づいてくる。


 足の部位破壊が成功すれば、戦闘はおそらく容易になるだろう。だがしかし成功するだろうか。そんな弱々しい不安。そしてどんどん近づいてくる魔族ローソに対する強い恐怖。


 もうこれ以上攻撃を食らうわけにはいかない。ブラントは深呼吸を重ね、魔族ローソの次の挙動に注視した。……次は絶対に避ける。


 これ以上というか、まだ一発しか食らっていないのだが、ブラントの心は折れやすいのだ。彼は既にこの戦闘に対して嫌気が差しつつあった。


「どんどん行くぞ! ほらぁっ!」


 魔族ローソの蹴りが、再びブラントに襲いかかる。

 だがしかし、今度こそブラントはその蹴りを避けた。


「見切ったぁッ!」


 ダメージを負った身体とはいえ、まだ動く。


 そして慎重にブラントは魔族ローソと距離を取った。


「立派な拳がついてる割には、蹴りばっかだな! 出し惜しみか?」


「上等だ人間めッ!」


 次の攻撃も見切る。そのつもりで注視を行ったが、魔族ローソは蹴りではなく拳を使うつもりのようだ。まだ拳の動きは見切れそうにない。


 だが避けなければ。当たったら死ぬかもしれない。まだ爪の一枚もナーカにくれてやってないのに。


「ふんぬぅ!」


 だが避けるまでもなく、魔族ローソの攻撃は空ぶった。


「おのれちょこまかと!」

「いやこっちは動いてないんだが……もしかして殴るのは不得意なのか?」


 だとしたら時間稼ぎは容易かもしれない。そんな事をブラントは考えたのだが、油断は禁物だ。


 次の攻撃もしっかり避けたい所。そしてブラントは魔族ローソの挙動を見守ったが、次の攻撃は何だとハラハラするばかりで建設的な意見は見いだせなかった。


「次はぁ、当てる!」


 大きく振り上げられた拳。ブラントは瞬間的に「やべぇ、この軌道はくらう」と思った。


 さもありなん。魔族ローソが放つ拳の圧は、まごう事なき強者の一撃。今度は避けることが出来ず、ブラントは再び大きな衝撃を感じた。


 だが直前で引導剣ナーカを盾代わりに使ったのが功を奏したのか、ブラントが即死することはなかった。空中を舞う短い時間で、気絶と覚醒を繰り返す。


 グルグルと回る視界。ガッドルがこちらに向かって全力疾走をしているのが見えた。


 だがこのままでは間に合わないだろう。


「ああ、このまま殺されちまうのかな」と考えてしまったブラントは、引導剣ナーカをしっかりと握りしめた代わりに、自らの意識を手放した。




□■■□■■□■■□■■□■■□



「やっべ。ブラントさんがやられちまう」


 戦況を見守っていたパウニャは窓から身を乗り出し、突起を利用して二階の屋根に飛び移った。


 メイフェスは引き続き支配杖エンセンスでテクニカルタイプ・白い魔族の行動を支配している。ガッドルが離れたおかげで騎士達による銃撃も再開されてはいるが、ブラントの援護に回る余裕は無いだろう。


「まぁこのための後方支援係だ。しっかりと仕事しねぇとな!」


 裂敵弓ヘイナを構え、矢を番う。


 乱戦状態だと誤射フレンドリーファイアが怖いが、ブラントが倒れ伏した今の状態ならば動く敵はただ一体のみ。


「俺が騎士達と白い魔族を狙うんじゃなくて、わざわざ控えてたのはこういう時のためですよ……っと!」


 力を込めて、狙いを定めて、意識を弓矢の先端に乗せ、息を止める。


 研ぎ澄まされたそれを解き放つのに力はいらなかった。ただ自然に、そっと矢は放たれる。


「ムウッ!?」


 胴体に命中。

 赤い魔族は突然飛んで来た矢に驚いたのか、身を護るように動きを止めた。


 もう一発。


 素早く弓は構えられ、先程と同じ空間めがけて矢が飛翔する。


「しゃらくさいわぁッ!」


 同じ場所を狙ったのが不味かったのか、赤い魔族は大きな腕を振り回して矢を弾いた。


 それを見てパウニャが深いため息を吐く。


「バケモンかよ。……ただまぁ」


 もう弓を構える必要は無い。


「俺のバケモンみてーなダチが間に合ったから、俺の勝ちだよ」



 赤い魔族めがけて、大きく斬り込むガッドルの姿をパウニャは笑顔で見送った。




□■■□■■□■■□■■□■■□




 ブラントが倒れている。間に合わなかったようだ。


 だがしかし、赤い魔族の胴体には一本の矢が刺さっていた。どうやらパウニャによる緊急支援が成功したらしい。


 安堵のため息なぞつく余裕は無い。


 俺は奇襲という形で赤い魔族に斬りかかることにした≠動きが鈍そうだし遠距離攻撃の方がいいのではと考えた。


 先程と同じく視界と聴覚にノイズが走る。


『斬れ』


 それは命令だった。


 残っていた距離は秒速で詰められる。


「斬天空ッ!」

「むぅッ!?」


 奇襲は成功し、強大な一撃が赤い魔族を斬り裂こうとする。


「ぐおおおおおお!」


 空間を振動させるような苦悶の方向。


 致死には至らなかったようだ。赤い魔族が殺意をたぎらせてこちらに向き直る。


「こしゃくな人間がぁぁぁ!」


 素早い蹴りが飛んでくる。

 まさか立派な拳ではなく蹴りが飛んでくるとは。不意をつかれた気分になった俺はその蹴りをまともに食らってしまう。


『斬れ』

『斬れ』

『斬れ』


 命令ノイズが重ねられる。


 だからこそ、俺は接近戦をさけた。


 これが代償か、と怖れ戦く気持ちがまだ残っている。そんな冷静な感情は、赤い魔族が弱っていることも見て取った。


 奇襲で高威力の技を放った。そしてそれは俺が思い描く理想の一撃にかなり近いものだった。……大ダメージは既に与えている。ならばこれ以上強い攻撃は不要のはずだ。


 そう判断下すと同時、先程の蹴りが十分に脅威的な攻撃だった事も思い出す。


 なので俺は通常攻撃ではなく、遠距離攻撃を選択した。


「斬空閃……!」


 どんぴしゃでそれは赤い魔族が蹴りを放とうとした脚に当たる。


「おおおおおお……おぉ……」


 こうして。ズドンと大きな音を立てて赤い魔族は地面に倒れ込んだのであった。



 赤い魔族は荒い息をつきながら、苦悶の表情で脚を押さえている。出血も多いようだし、もう動くことは出来ないだろう。


 戦闘は終了だ。


 俺はまずブラントの容態を確認することにした。


「ブラント! おいブラント! しっかりしろ!」


 完全に気絶しているブラントに声をかける。だが彼はしっかりと引導剣ナーカを握りしめていたので、今すぐに死ぬという事はなさそうだった。


 懐に入れていた応急手当キットを使用して、回復を試みる。


 応急手当の第一歩。まずは目を覚ますために水をぶっかける。


 冷たい水に驚いたのか、ブラントはうめきながらも目を開けた。


「う、うう……なんじゃこりゃ……全身が痛ぇ……」


「しっかりしろ。傷は浅いぞ」


「絶対嘘だろそれぇ……」


 どうやら骨折や出血は無いらしい。痛みを抑える薬を使用したところ、多少フラつきながらブラントは立ち上がった。


 そして彼は周囲を見渡す。


「ローソの野郎は……ああ、倒したのか。流石だなガッドルの旦那」


「なに。お前が上手く引きつけてくれていたおかげだ。奇襲が成功したので一撃だったさ」


「パウニャも援護してくれたみたいだな。助かったぜ……ああ、死ななくて本当に良かった」


 そう、呟く彼は震えていた。


 きっと痛みではなく怖れで。


「…………どうだブラント。まだやれるか?」


 心は折れてないだろうか。もう帰りたいと逃げ出さないだろうか。泣きながらうずくまったりしないだろうか。


 そんな心配から出た確認の言葉。


 それを耳にしたブラントだったが――――彼はまだ折れていなかった。


「やれるかどうかは……優越の魔王と対峙してから考えるさ。まだ爪の一枚も使ってねぇしな」


「上等だ」


 確認は済んだ。ここはまだ戦場だ。俺は素早く意識を切り替えて、状況を確認した。



 赤い魔族・倒れ伏している。

 青い魔族・気絶中。もしかしたらもうすぐ目覚めるかもしれない。

 白い魔族。銃撃を受けている最中。


 だがよく見れば、白い魔族の周辺の空間が歪んでいる事に気づいた。


「魔法か……?」


 もしかしたらあれで銃撃を防いでいるのかもしれない。


 ならば攻勢に転じられる前に始末をつけた方がいいだろう。


 そう思い駆け出そうとすると、慌てたようにブラントが声をかけてきた。


「待て待て待て。ガッドルの旦那。まだローソはくたばってない。トドメを刺していってくれよ」


「む。しかしだな」


「あんたが離れたあと、こいつに火事場の馬鹿力とか隠された本当の力とかを出されると迷惑だ。俺の引導剣ナーカじゃトドメは刺せないし……手間かもしれんが、頼まれてほしい」


 それもそうか、と思い俺は斬空剣の刃を地に倒れ伏している赤い魔族に向けた。


『斬れ』


 命令が聞こえてくる。


 でも、俺は、全然違うことを考えていた。



 もしもこの世界が本当に自由で、何でも出来る世界なのだとしたら。

 誰も殺さず、殺されず。そんな世界をここに創ることは出来るのかな。

みんなが家族や友達になれたりはしないのかな。







 ガッドルは斬空剣を振り下ろした。


 赤い魔族ロッソは息絶える。


 駆け抜けて、目を覚ました青い魔族ピズリも斬り殺した。


 駆け抜けて、白い魔族を目指す。



 きっとガッドルならばそうするのだろうと、静かな気持ちで斬空剣は振るわれた。



   

戦闘パートなのでダイス回数が多かったです。

それに併せて描写がカクついておりますが、ご容赦ください。

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