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我が愛しき娘、魔王  作者: 雪峰
我が愛しき楽園の在り方
243/286

最適行動 ≓ 最善行動




 早朝。集まった面々で自己紹介をしてから、メイフェスが口を開いた。


「早速だが、今回の作戦でのリーダーを決めたいと思う」


 それは不思議な物言いだった。今回の魔王討伐を行うメンツが、王国騎士と自警団と元英雄という構成だ。であるのならば、王国騎士であり、なおかつ支部副長という肩書きを持つメイフェスが必然的にリーダーを勤めるものと思っていたが。


「私はこの聖遺物を借りた身だからな。それに見れば君たちは知り合い同士のようだ。いきなり部外者がリーダー面しても、面白くは無いだろう?」


 そんなメイフェスの言葉にパウニャが答える。


「律儀な人だなー。まぁ俺はリーダーって柄じゃないし、パス」


 それを受けてブラントも同じく答える。


「……正直に言って俺は役に立てるかどうかすら怪しい。それを踏まえて、せいぜい上手く使ってくれ」


 そして俺とメイフェスは視線を合わせた。


「……俺は魔王との交戦経験が無い。メイフェス殿はどうだ?」


「俺も無い。訓練はいつも魔王相手が想定されていたが……優越の魔王が相手であるのならば、大して意味は無いだろう」


『…………』


 二人そろって、仏頂面で押し黙る。そんな面々を見てミレーナが声をかけた。


「立候補じゃなくて指名制にすれば?」


「……それでは実質決まったようなものではないか」


「あら、すごい自信」


「その物言いが既に答えを示しているようなものだ」


 新参者であるが故に誠実であろうとしたメイフェス。

 俺達とのやり取りで、折れた心から再起したブラント。

 旧知の仲であるパウニャ。


 後者の二人はリーダー職を拒否している。ならばもう決まったも同然だ。


「せーの」の合図で彼等が指さしたのは、予想通りに俺だった。


 ちなみに俺は両手をだらりと下げたままだ。みなの気持ちをくみ取るのならば、それが良いだろうと信じて。


「……ではつつしんで拝命するとしよう」


 丁寧にそう答えると、メイフェスが頷いた。


「ああ。王国騎士として、つまり魔王と戦う想定を常にしていた者として作戦に口を挟むことは多々あろうが、それは素直に聞いてくれ」


「もちろんだ。色々と教えてほしい。……それと、皆に最初に言っておく。戦闘になった際、基本的な指示はもちろん出すが、自分で考えて動かないといけない事もあるだろう。それに関しては何も強制はしない。――――俺達一人一人が、必死で考えて、必死で戦い、必死で生き抜く。それが全ての根幹にあると思ってほしい」


 うむ、と全員が深く頷く。


「俺から指示を出すことはあっても、命令することはほとんど無いだろう。ただ一つ、今のうちに命令を出させてほしい」


「なんだよガッドル。絶対に生きて帰れ、とでも言うつもりか?」


 パウニャがからかうように言ってきたが、俺は真面目な顔をして首を左右に振った。


「これはリーダーとしての命令だ。いいか。どんな状況になってもヤケクソ・・・・にはなるな」


 からかいの表情を浮かべていたパウニャが「あー……」と声をしぼませた。



「支配杖エンセンスが折れようとも絶望するな。爪が剥げようとも敵に腹を見せるな。敵の射程距離内に入っても狼狽えるな。何があっても、諦めるな」



 シン、と。早朝の空気が更に静まり返るような気がした。


「……思ったことがあるのだが」


「なにかな、メイフェス殿」


「ガッドル。お前が支配杖エンセンスを使った方がいいんじゃないだろうか」




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



[ここでアイディアロールだよ]


「そうなの? ……えいっ」


 わたしはコロコロとダイスが転がす。出たのは「決定的成功クリティカル」を表す数字。


[やるねぇ。ではここでガッドル君は一つの事実に思い当たる。自分がまだ斬空剣を使用していない、ということに]


「……いまさら?」


[そしてメイフェスも、ブラントもそれは同様だということ。――――つまり、今ならまだ聖遺物の持ち主を再決定出来るということだ]


「あっ、そうか。パウニャさんとヘイナさんはもうコンビだけど、他のみんなはそういうわけじゃないのか……」


[そしてクリティカルだから、もう一つ情報を追加しよう。このメンバーの中で一番支配者の資質が高いのはガッドル君だよ]



 ここまで言われたら、流石のわたしでも気がつく。

 遊戯の魔王パーティル様は『このままじゃたぶん負けるよ』と言っているのだ。

 ……いや、それはちょっと適切じゃないかな。たぶん勝ち目はあるんだ。



 つまりパーティル様が言いたいのは『もっと勝率の上がる組み合わせがあるよ』という事なんじゃないだろうか?


 アイディアロール……つまり何かに気がつく・・・・・・・ためのサイコロ振り。しかも成功したんだったらわたしに有利なナニカがここにはあるはずだ。そうじゃないとアイディアロールの意味が無い。


 こういうのなんて言うんだっけ。ええと……小説の残りページ数から、話しの展開を推測するやつ……あるいは、その本の作者は絶対にハッピーエンドしか書かないから、不穏な冒頭でも気にしなくて大丈夫だっていう信頼みたいな……。


 適切な語句・・・・・は思い付かないけど、とにかくそういう感じの。


 要するに聖遺物の交換はした方がいい、という読みだ。


 そんなことを考えていると、パーティル様が声をかけてきた。


[聖遺物と担い手の組み合わせ。なんとなくは流れで決まっていたけど、もし他の選択を取るというのならみんなと話し合いが可能だよ。行動権は一回消費するけど]


「う、うーーん…………」


[おや。珍しく悩むね]


「ちょっとね……」


 アイディアロールが成功したのだから、交換はした方がいいはずだ。……でもこういう推測の仕方は、パーティル様嫌いそうだしなぁ。いや、それも含めてゲームだって愉しそうに嗤うんだろうか?


 ただ一つ言えることがある。何となく、もうそれぞれの相棒は決定してる感じがするのだ。この物語の流れをいきなり変えるのは、ちょっとわたしには難しい。


 うーん。うーーん。どうしよう。



 ……どうしよう! ねぇねぇ脳内お父さん! 教えて!



『いや俺じゃなくてガッドルに聞けよ』




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「あ、そうか」


 ふとそんな言葉が口からこぼれた。


「……どうした? 何か思いついたような表情だが」


「……うむ。今更だが、俺達の戦力確認というか……相談だ」


「相談?」


「ここの三人の男がいる。そして聖遺物が三つある。誰がどれを使うのか、という相談だ」


「……もう決定済みだと思っていたのだが。お前が斬空剣を使い、そこの男が引導剣を使い、俺が支配杖を使うのではないのか?」


「それが一番自然だとは思ったが、だからと言って全てを他人任せで済ませるのはいきではなかろう。――――命を賭ける相棒の話しだ。それぞれが一番納得する形で手に取るべきだ」




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「というわけで、行動権を一回使います。みんなでちゃんと聖遺物を選んで、そしてそれを元に戦闘訓練……戦闘シミュレーション? どっちでもいいけど、とにかくフォーメーションとかを強化したいです」


[……良いアイディアだとは思うけど、行動権一回にてんこ盛り過ぎないかな]


「うぐ……」


[まぁちゃんと僕を説得出来るのなら、認めてあげないこともないけど]


「………………どうせわたしは、ガッドルさんは斬空剣しか選ばない。ブラントさんは昨日、他でもない引導剣ナーカに誓いを立ててる。メイフェスさんだって自分が支配杖エンセンスを使うって前提で動いてる。だったら、選ぶなんて行為にはそんなに時間がかからないはずだよ」


[……ふむ?]


「そう、時間はかからない。でもきっと大事なこと。そういう大切な手順を踏んでから、ちゃんと訓練をしたいです」


[オーケー。認めよう]



 勝率が上がる組み合わせは、たぶんある。


 支配者の資質うんぬんじゃなくて、ただなんとなくだけど、ガッドルさんが支配杖エンセンスを使うのが一番バランスが良い気がする。


 そしてブラントさんに斬空剣を使ってもらう。彼の折れた心は、代償を捧げることによって死地へと向かいやすくなる。


 最後に引導剣ナーカをメイフェスさんに使ってもらう。彼なら爪が数枚剥げても頑張ってくれそうだ。



 思い付くのはこんな組み合わせ。勝率の高い振り分け。


 でもちょっと非人道的というか、あまりにも無情な理由でそれが決まってるのが何となくイヤだなぁって。


 特にブラントさんと斬空剣さんの組み合わせは、トラウマでボロボロになった彼の心を強制的に戦いに向かわせているようで切ない。


 それに合理的なことは素晴らしい事の一つかもしれないけど、それがいつだって素晴らしい結果・・・・・・・を出すとは限らないのだから。


 だから勝率が高い組み合わせを求めるんじゃなくて、今のわたし達で勝率を上げよう。


 そっちの方が最善だと思うから。




 ついでに――――そして何より、わたしは斬空剣さんと戦いたいんだ。





◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 それはまるで儀式のような時間だった。


「命を預ける相棒だ。改めて、自分で選び取るというのはどうだろうか」


 そう言ってミレーナとパウニャに三つの聖遺物を預けた。


 斬空剣。

 支配杖エンセンス。

 引導剣ナーカ。


「さぁ、本当に使いたい、あるいは自分に向いていると思う聖遺物を選んでくれ」


 そう声をかけると、ブラントとメイフェスは、なんの迷いも無くそれぞれの聖遺物を手に取った。


 メイフェスは支配杖エンセンスを。

 ブラントが引導剣ナーカを。

 そして、やや遅れて俺は斬空剣を選ぶ。


 実際のところそれは儀式だったのだろう。メイフェスがこちらに向かって頭を下げてきた。


「……今ようやく、俺が聖遺物を扱うという自覚が芽生えたような気がする。借り物ではなく、俺が選び取った聖遺物。支配杖エンセンス……ああ、きっちりと相棒を活かしてやる事にするよ」


 そんな言葉を耳にしたブラントも頭を下げる。


「そうだよな。こういうの・・・・・って大事だよなぁ……。ありがとな、ガッドルの旦那。コイツの名に恥じないよう、俺も精一杯頑張るよ」


「ああ。皆で勝利をつかみ取ろう」


 俺がそうまとめると、パウニャが片手を上げた。


「……だいぶ蚊帳の外だったけど、そろそろ俺も参加していいかな?」


「もちろんだ。さっそくそれぞれの聖遺物を用いて、フォーメーションの確認や戦闘方針を固めておこう。何よりメイフェス殿は支配杖エンセンスがどの程度使えるのかをよく確認しておいてくれ」





◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 ここまで言って気がついた。


 そもそもメイフェスは、支配杖エンセンスと適合出来るのだろうか。


[ん? どうしたんだい?]


「……いや、なんでもないヨ」


[ふぅん……ま、いいけどね。ちなみに支配杖エンセンスの適合率は、そのまま行動の成功率にも繋がる。メイフェスとの適合率は現在60%だよ。……ちゃんと使えるから安心して?]


「あーん。全部読まれてるぅ……」



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 そうして結構な時間を修行パートに使ったような気がする。


 そもそも全員が戦闘経験者なので、ある程度の形には持って行きやすかった。


 特に支配杖エンセンスの行動補佐は体験してみないと分からない領域だった。連携を取りながら「二歩分前進!」と叫べば、その通りに身体が動かされる。あまり長い距離を動かせるわけではなかったが、戦場において身体一つ分が常識外の稼働力を発揮することはあまりにも強いアドバンテージだ。


 そして逆に行動を阻害してもらって、相手がどの程度影響を受けるのかを体感してみたりした。そして実感する。支配杖エンセンスはまさしく戦場を支配するモノだ。


 そんな感じで、自然と支配杖エンセンスを核にした戦法が組み上げられていく。適合系なので、使えば使うほど馴染むオマケつきだ。


 逆に斬空剣は一切使っていない。ブラントには、俺が普通の剣で打ち合い等を行って引導剣ナーカの重みに慣れてもらうよう努めた。


「――――とりあえずはこんな所か」


 そう声をかけて、訓練を一旦終了させる。


 かるく汗をぬぐいながら俺は呼吸を整えた。


 まだまだ時間はありそうだ。


 他に出来る準備は何だろうか……。


 色々と考えてはみたが、良いアイディアは思い付かない。


 なので俺はみんなに尋ねてみることにした。


「皆は他に、何かしておきたい準備はあるか?」



「……思い付かないなぁ」

「今更ジタバタしてもな」

「あたしも特には……」


 片手を上げたのはメイフェスだった。きっと何か(アイディア)に気がついたのだろう。


「昨晩、自警団の緊急放送で斧の聖遺物があるはず、ということを言っていなかったか? そちらはどうなっている」


『あっ』


 全員がハモった。普通に忘れていた。


「……そうだったな。では住民の避難状況の確認がてら、王国騎士団と自警団に行ってみるか」


 俺がそう言うと、メイフェスが強くうなずいた。


「それがよかろう。もし斧の聖遺物とやらが提出されているのなら、それに見合う人材を用意出来ると思う」


 そんな彼の言葉にパウニャが片手を上げる。


「あー、だったら自警団の方の確認、俺がひとっ走り行って来ようか? ガッドルが行ってもいいけど、俺の方が適任だろ」


 そんな提案をメイフェスはばっさりと斬り捨てる。


「その間に襲撃があったらどうするのだ。特に裂敵弓ヘイナを持っているお前に離脱されると困る。いつ襲撃があっても良いように、全員で行動・・・・・すべきだ」


「……まぁ、そうだな。すまん、余計な世話だったか」


「いや。時間を短縮させようという心意気は良いものだ。……そうだ。お前は元々聖遺物を持っていたのだろう? この際自警団を辞めて王国騎士にならないか?」


「魔王と戦うなんて、この一回こっきり・・・・・・でいいわ……ヘイナは戦闘に向いてるわけじゃねーし、今の自警団でも役目は果たせるだろ……」


「まぁ今すぐ決めることでもない。明日・・あたりにでも考えてみてくれ」


 メイフェスとパウニャ。堅物とお調子者。どうなるかと思ったが、意外と良い関係が築けそうだと俺は思ったのであった。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



[じゃあ行動権の二回目は、斧の聖遺物の確認でいいんだね?]


「メンバーもそれで盛り上がってるし、いいと思う。それに住人の避難状況っていうのも気になるし」


[いいだろう。――――先に言っておくけど、この選択は決して悪いものじゃないよ]


「そう? だったらいいんだけど……というか、気がついたメイフェスさんの功績だと思うんだけど」


[……選択は悪くないのさ。ただ、その成功率はお察しだ。はっきり言うとかなり低い。だから功罪の如何いかんはダイスの女神様に聞いてくれ]


 そう言ってパーティル様はダイスを振った。


 一度。二度。三度。四度。


「……な、なんでそんなにたくさん振ってるの?」


[このゲームに幸運の値が設定されてないからだよ。いま僕が判定してるのは、斧を隠し持ってる貴族の行動だ]



 放送を聞いていたかどうか【失敗】貴族は寝ていたらしい。


 身内に放送を聞いていた者がいたか【成功】彼は執事に起こされて事情を知る。


 聖遺物を提出するか否か【失敗】この聖遺物を買うのにいくらかかったと思っておるのだ。いきなり提出しろなぞと、無礼にも程があろう。


 そして四つ目のダイス。


 貴族は聖遺物を持って避難するか【成功】彼はとりあえず危ない予感がしたので、聖遺物を持って逃げ出すことにした。



[……というわけで残念ながら、聖遺物が提出される事は無かったみたいだね。貴重な行動権だったが、無駄骨だったようだ]


「まぁそれはいいんだよ。最初から期待してなかったし。ところで住民の避難状況はどうなの?」


[それもダイスで決めよう。…………避難率は40%と言ったところだね]


「少ないなぁ……せっかく街に出たんだから何か出来ることはないかな? もっと住人が避難出来るような何か」


 そう尋ねると、パーティル様はその美しい月眼をまん丸にさせてパチパチと瞬きをした。


[優越の魔王と戦う際には、こぞって逃げだそうとするだろうけど……]


 まるでわたしが尋ねたことがとてつもなく意外であったかのような反応だった。


 優越の魔王との戦いに集中しかけていた状況で、よくもまぁそんな些事(人の命)に気がつけるものだと、そう驚いているのかもしれない。


 魔王では決して思い付かないであろうフレーバーテキスト。


 だけどわたしとには大切なこと。


 パーティル様は驚きを収めて冷静に答えてくれた。


[……一番効果的なのは、斬空剣でその辺の建物を切り裂くことじゃないかな。騒ぎが起きる。あとはメイフェスが騒いでる住人を押し返せば、何割かは逃げてくれるはずだよ]


「おお。ここに来て斬空剣さんの初舞台」


[……いいのかい? 代償を払うことになるけど]


「わたしがそうしたい以上に、(ガッドルさん)なら絶対そうするんだよ」




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 どうやら斧の聖遺物は提出されなかったようだ。まぁ仕方がないだろう。今回の運命で俺達が交差することはない、と既に諦め済みだ。


 だが他に諦められないことがある。


 早朝の人通り。不安そうな顔をしながらも、職場へと出勤する者達がいる。


「皆、少し離れていてくれ。今からあの高台を斬り落とす」


 そう宣言するとパウニャが首を傾げた。


「……は? ガッドル。お前何言っちゃってんの?」


「まだかなりの住民が残っているようだ。アレを斬り落として『優越の魔王が来た』とでも叫べばかなりの人間が逃げ出してくれるだろう」


「いや……いやいやいや。大パニックになるぞ」


「優越の魔王が来る以上に?」


「うっわ。綺麗に論破された。……他に何か言いたいことあるヤツいる?」


 そうパウニャが言うと、必死の顔でミレーナが止めた。


「ダメだよガッドル。無駄に代償を捧げるもんじゃない」


「人の命を助けるのだから、決して無駄ではあるまい」


 思いのほか強い口調で言ってしまった。別に自分は八つ当たりがしたいわけではないので、ゆっくりと呼吸を整えて微笑む。


「それにこの斬空剣の切れ味と、代償がいかほどかというのも実際に体験しておきたいのだ。それもまた決して無駄なことではないだろう?」


「でも……」


 ミレーナはとても心配そうにこちらを見ている。


「ミレーナ。俺を心配してくれるのは嬉しい。哀愁を漂わせているその表情も可愛らしい」「お前ってそんなにノロケまくるタイプだったっけ」「うるさいぞパウニャ」


 こほん。


「大丈夫だ。俺はお前との約束を忘れてはいない」


 全部終わったら、キスするって約束だ。


「だからミレーナ。お前も覚悟を決めろ・・・・・・



 俺はお前の復讐に付き合う。

 だから、お前も俺の生き様に付き合え。



 そんな心を読ませて、ようやくミレーナは引き下がったのだった。


「……絶対に約束守ってよね」


「もちろんだとも」



「俺のノロケセンサーがビンビンに反応してる。ちなみにそれどんな約束?」

「おいパウニャ。いい加減に野暮天なことを口にするのは止めろ」

「だってブラントさん……あいつらァ……あいつらァ……!」

「大丈夫だ。俺達にはマーガレットとシブラがいる。強く生きよう」

「ああ、俺達絶対に生き残ろうな……!」



 そんな俺達の様子を見て、メイフェスはぼそりと「さっさと斬れ」と言ったのでった。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「パウニャさんとブラントさん、ちょっと暴走してない?」


[一緒に行動したおかげで、チームメンバーの絆も深まったようだね。戦闘前でハイになってるっていうのもあるんだろうけど。さてさて。いよいよ斬空剣の出番だ。どうやって斬る?]


「住民に被害が出ないように、慎重に斬る」


[対象は動かないオブジェクトだし、攻撃判定自体は自動成功でいいよ。さて……高台か……木製だ。耐久力は50ぐらいかな。支柱があるから、それを一本切ればバランスが崩れるので、後は蹴り倒してもいい。もしくは代償を少し多めに払って、一撃で切断してもいいよ]


「うーん。派手にやるのが目的だから、一撃必殺で」


[いいだろう。では、派手に]



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 何度か抜いたことはある。慎重に振ってみたこともある。


 だが、使うことは初めてだ。


 きちんと扱えるだろうか。そもそも応えてくれるだろうか?


 そんな不安はあったのだが、なんてことはない。鞘から解き放たれた斬空剣は今までとは違う気配を漂わせていた。


 すでに彼は準備万端のようだ。こちらの意思をくみ取ってくれている。


 普通の剣による訓練はもちろん行ってきた。ただ片刃の剣というものには馴染みが薄い。王国騎士達が持っている騎士剣と比べるとかなり軽量だし、そのリーチもやや短めであると言えるだろう。


 だが俺は既にこの斬空剣の強さにめまいがしそうだった。


 放てば斬れる。そんな確信しか無い。


 自宅でひっそりとトレーニングして、思い付いた剣捌きを披露する。


「――――斬空閃!」


 相棒に合図を出すつもりで、技の名前も一緒に叫ぶ。


 きっとそれは実際に効果があったのだろう。予想よりも遙かに早い速度で風が吹き荒れ、高台はスパリと斬断される。それどころか威力が強すぎたのか、高台の背後にあった壁までもを斬り裂いた。


 やや遅れて、高台の位置がズレる。それは徐々に落下していき、現実味の薄いゆっくりとした速度で地面に吸い込まれた。そして轟音が周辺を震わせた。


「西門の方面から、優越の魔王の襲撃だ! 魔法攻撃に違いない! 早く逃げろ!」


 高台がまだ粉塵を舞い上がらせている中、俺達は逃げろ逃げろと叫びながら街中を走り回った。




 それがどのぐらいの効果を発揮したのかは分からないが、かなりの人数が街の外を目指して走り抜いていった。西門とは反対の、東門から。そちらの方角には別の街があるため、避難先としては適切だろう。そして重要なのは、そちらの街が襲撃されたという情報は伝わっていない事。つまり安全であるということだ。昨晩に避難した者達も、自然とそちらに逃げていた。


 もし不運にも優越の魔王と遭遇したとしても、聖遺物を持っていないただの人間ならば見逃されるだろう。ヤツが掃除したいのは聖遺物だからだ。


 遊び半分で殺戮されては叶わんが……あまり騒ぎを起こすことは好まないだろう。たぶん。そのはずだ。



 ともあれ、街は静まり返った。


 これにて準備万端というわけだ。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



[聖遺物の選定と訓練。そして斧の聖遺物……まぁ本題は住人の避難か。それで? 行動権があと一回残っているけど、何かやりたいことはあるかな?]


「ん……どうしようかな……もう一回訓練? でも精度を上げるよりも、他に手札が欲しいような……うーん……」


[悩んでいいよ。存分に悩むといい。それもゲームの醍醐味だ]


「どうしよっかなぁ」


[参考になるなら、場面を巻き戻してシーンを再生(リプレイしてもいいよ。何か見落としが無いか、探してみるのも愉しいかもしれない]


「そうだね。じゃあ、お願いしてもいい?」


[もちろん]


 そう言って遊戯の魔王パーティル様は、わたし達が今まで演じてきた情景を映像として流してくれた。元々の数倍速で映像は動いたけど、字幕があったので状況の再確認は簡単だった。


 そして「優越の魔王が訪れたシーン」から「住民を避難させるシーン」までが流れ終える。


[どうかな? 何かしたいことは思い付いた?]


「うーん……微妙。もう訓練もしちゃったし、追加の戦力である斧の聖遺物さんはどっか行っちゃったし……手詰まりだなぁ……ガッドルさんならどうするかなぁ……」


 敵を待ち構えるだろうか?


 あるいは「みんな頑張ろう!」って励ましたりする? でもそれはどっちかっていうとガッドルさんじゃなくてわたし自身がしそうな行動だ。



 そこまで考えて、ふと気がついた。


 わたしがとても大切な事・・・・を見落としていたことに。





◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





「朝飯を食おう」




 そう言うと、みんながポカーンとした表情を浮かべた。そしておずおずとパウニャがこちらに向き直った。


「えっと……ガッドル、朝飯食ってなかったのか?」


「食ってない。む? 皆はもう摂ったのか?」


 そう尋ね返すと、メイフェスとパウニャは「軽く食べた」との返答。


 ミレーナとブラントは「食欲が無かった」と答えた。


「それはいかん。いかんぞ皆。人生において最大の決戦前だ。食事は大切だぞ。軽くしか食わないのなら軽い力しか出ず、重く食えば身体が重くなる。肝要なのはバランスだ。そして食事を食ってないなぞ論外だ。とにかくちゃんと朝食を摂ろう」


「ガッドルの旦那……こちとら憂鬱で飯なんか喉を通らねぇよ」


「だからこそだ。無理矢理にでも食わねばならん。戦闘中に腹が減ったと思ったら、それ自体が隙だ」


「殺し合いの最中に腹が減る人間はいねぇんじゃねーかなー……」


「やかましいわ。この問答の時間が無駄だ。朝食を食うぞ」


 そう言って俺は朝でも開いている食事処を目指そうとしたが、そういえば避難済みであった。仕方ないので足を自宅に向ける。


「雑な料理ですまぬが、この俺が自ら作ってやろう。たくさん食うといい」


 そう胸を張ると、メイフェスがため息をついた。


「いや、あの……もうすぐ優越の魔王が来るのだろう? そんな余裕あるのか?」


「黙れ。リーダー命令だ」


「なんとも傲慢なことで……」


 誰がそう呟いたのやら。


 皆のことを思いやっての行動なのに。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



[……本当にご飯食べるだけでいいの?]


「え。めちゃくちゃ重要なことじゃない?」


[…………]

「…………」


[マジか。……まぁ、いいけどね」


「これで体力が増えたり、身体が活き活きと動くことになって色んな成功率が上がったりとかはしない?」


[ああ、なるほど。……どうやら君もこのゲームに慣れてきたらしい]


「えへへ」


 パーティル様がくすりと嗤ったので、わたしも笑顔を返してみせる。



 どうやら皆は楽しく、美味しく食事ができたようだ。


 色々と不安なことはあるけど、とりあえず一生懸命頑張ろう。


 最善をつくそう。



 こうして、準備は整ったのであった。






「行動権1」 聖遺物の選別、及び戦闘訓練

「行動権2」 斧の聖遺物の確認、及び住民避難

「行動権3」 みんなで朝ごはん







どうでもいい補足説明。


『こういうのなんて言うんだっけ。ええと……小説の残りページ数から、話しの展開を推測するやつ……あるいは、その本の作者は絶対にハッピーエンドしか書かないから、不穏な冒頭でも気にしなくて大丈夫だっていう信頼みたいな……ちょっと適切な語句・・・・・は思い付かないけど、とにかくそういう感じの』



 適切な語句=メタ読み


 メタとは「高次の」という意味の言葉になります。



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