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我が愛しき娘、魔王  作者: 雪峰
我が愛しき楽園の在り方
242/286

勝率の低い最善




 支配杖エンセンスを全力で逃がす。


 そして世界のどこかでかき集められているという聖遺物の軍団のようなものに、優越の魔王の天敵に近しい存在として参戦させる。


 ――――なるほど確かに。それは勝率が高い作戦だ。少なくとも斬空剣や裂敵弓ヘイナが生き残るよりは、人類にとって有益だろう。


 適切な反論が思い付かなかったので、俺は少しのあいだ黙ってしまった。


 しかしただ呆然と黙っていたわけではない。戦う理由を見いだしたブラントを説得するために、必死で頭を回していた。


「……支配杖エンセンスを逃がす事によって、逆に目が付けられるという可能性は?」


 苦し紛れにそう伝えてみると、ブラントはゆっくりと首を振った。


「……そりゃ気がつくだろうな。ヤツは聖遺物の現在位置と、ある程度の性能まで把握していた。今はただの支援型聖遺物ぐらいにしか思ってないろうが、俺達が逃がすことによってその性能に注目される可能性はかなり高い」


「ならば」

「だからこそ」


 ブラントは俺の言葉に被せるように強い口調で言った。


「確実に支配杖エンセンスを戦域から離脱させるために、一生懸命足止めしないとな」


 それは泣きそうな笑い方だった。


 死ぬのは怖い。でもようやく死に場所を見つけられた。――――そんな矛盾する感覚を彼は覚えているのかもしれない。


 ふと気がつくと、パウニャが静かな瞳でこちらを見ていた。


「……もし支配杖エンセンスを逃がすっていうんなら、裂敵弓ヘイナの能力は役に立つ。本気で、万全を期して逃がすのなら、俺も一緒に動いた方がいいだろうな」


 パウニャのそんな言葉に、ブラントの表情が少し輝く――――代わりに彼の瞳は濁っていく。


「ああ、それはいい考えだ! ヤツが聖遺物の位置が探れるとはいえ、一つ一つの気配の違いなぞ分かるはずもない。どうせ裂敵弓ヘイナの攻撃力では参戦に意味があるとは思えないし、非常に良いアイディアだと思う」


「でもさ、それでいいのかい? ブラントさん。ガッドル。そしてミレーナさん」


 ブラントの微笑みは引きつったモノへと変化する。


「優越の魔王が来る。そこはもう疑ってない。あと俺に必要なのは戦う理由だ。……俺の場合は、ミレーナさんにマーガレットちゃんっていう天使を紹介してもらう、って事にはなってるけど……まぁ、流石に言わなくても分かるよな? 俺が命を賭けるのは別の理由だ」


 パウニャの静かな瞳が俺の姿を捉える。


「ガッドル、お前が優越の魔王と戦う理由はなんだ」

「自分自身のため。ミレーナのため。人類のためだ」


「ミレーナさんは? 事情なんてほとんど知らないけど、今回の騒動の中心人物はあんたなんだろ?」

「……わたしの場合は、ありきたりな理由さ。復讐だよ。人生を奪われたんだ」


「……確かにありきたりかもしれない。でもそれが切実で、大切で、譲れなかったからあんたは今もなお優越の魔王に奪われっぱなしなんだと思う。……そりゃ、そろそろ返してほしいよな」


 グッ、とミレーナが拳を握りしめたのが見えた。


「それで、ブラントさんは? ブラントさんは何のために戦うんだい?」

「それは……」


「支配杖エンセンスを逃がすためなら全力を出すって言ったよな。それは何のために?」

「……確実にヤツを始末するためだ。勝率の高い方に賭けるのは当たり前のことだろう」


「勝率の高い方、ね」


 パウニャはゆっくりと目を閉じてため息をついた。


「ブラントさん――――あんたギャンブルに向いてないよ」

「な、なにを」


「ガッドル。俺はもう言うべき言葉が見当たらない。最後の説得はお前がしろよ。俺は別にどっちでもいい・・・・・・・からさ」





◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



[さて。このゲームの勝利条件は先程確認した通り、優越の魔王を打倒することだ。……ここではアイディアロールは無し。どうするかは君が決めるんだ]


「支配杖エンセンスを逃がすか、それとも……ブラントさんが引導剣ナーカと一緒に盤面から退場するか」


[…………]


「――――たぶん、問われてるのはそこじゃない・・・・・・よね」



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 最悪の定義。それは後になって「ああしていれば」「こうしていれば」と後悔すること。


 では逆に、最善の定義・・・・・とは何か。


 ――――それはきっと、後悔しない事ではない。


 とてもよく似てはいるけど『後悔しなかったら全て最善だ』なんて事、口が裂けても言いたくはない。



「ブラントさん。貴殿は先程、支配杖エンセンスが天敵に近い存在だと言ったな」


「あ、ああ……」


「天敵に、近い・・と」


 そう繰り返すと、ブラントは何かを察したのかうつむいてしまった。そんな彼に追い打ちをかける。


「結局のところブラントさんが語った作戦は勝率が高いだけで、絶対ではない」


「だが……だが、しかし……」


「ここで俺達が捨て石になって、人類の勝率を上げる。なるほど確かに素晴らしい作戦だ。美しい理想だ。嫌味ではない。本当にそう思う。だがどうせ命を賭けるのであれば、もっと良い作戦があるではないか。これ以上なく明快なモノが」


 俺は立ち上がり、斬空剣を鞘から引き抜いた。


 現れるのは蒼の紋様が走る、美しい片刃の剣。


「明日、優越の魔王を討つ。それがきっと最善の未来だろう」


「――――失敗すれば、最悪だ!」


「それはそうだな。否定のしようもない。だが現状で勝算が無いわけではないだろう?」


「失敗すれば、支配杖エンセンスを失ってしまえば、もっと多くの人が殺される! 聖遺物がロストする! 最悪の場合、そのまま人類滅亡だってあり得るんだぞ!」


「そうか。それは困るな……本当に嫌だな……なればこそ、命を賭してでも優越の魔王を討たねばならん」


 淡々と告げると、ブラントは引導剣ナーカをテーブル上に置いて頭をかかえた。


「最悪だ……なぜ分からないんだ……こんな戦力で、ヤツに勝てるわけがないんだ……」


「ブラントさん。支配杖エンセンスを逃がすことによって俺達の全滅、ひいては街に残った人間の全てが死に絶えることになってしまうのだ。……不謹慎ではあるが、ギャンブルで例えようか。俺達の破産はもう確定している。だが唯一残った希望がある。どうだ、それに一口乗らないか」


「最悪だ……本当に、最悪だ……」


「これ以上、優越の魔王に殺させてなるものかよ」


 俺は堂々と、ブラントのそばで膝をついた。


「いずれ本当の天敵がヤツを討つ。だがあわよくば、ヤツには今日くたばってもらった方が、俺達の心は満たされるのではないだろうか」


「だが……失敗すれば……」


「成功すればいい」


「簡単に言うなよ、ガッドルの旦那……」


「いずれ本当の天敵が現れて、優越の魔王を討つ。人類はかならず勝利すると俺は思う。そして平和な世界がやってくるだろう。しかしそれを見ずに死ぬというのは、いささか納得出来ないのだが」


「プレッシャーが酷すぎるぜ……失敗すれば、いったい何千、何万人が死ぬと思ってるんだ……」


「そのプレッシャーを他人に押しつけて良いのか? ブラントさんの復讐は、貴殿自身の手で行うべきであろう。誰かに任せて無念を晴らしてもらうより」


 ここで俺は一度言葉を切った。


 そして少し考えてから、こう言った。


「……『復讐は何も生まない』とはよく本で見るセリフだが、俺はそうは思わない」


「……?」


 シンプルにいこう。言葉は口にするのではなく、伝えることに意味がある。


 ちょっと口にするのはどうかとも思うけど、ブラントさんに届いてくれるといいな、なんて願いを込めて。



「――――自分でブッ殺せば、きっと美味い酒が飲めるぞ」



 真面目な顔をしてそう言うと、ミレーナが「プッ」と吹き出した。


「そりゃいい。ブラント、あたしがお酌してあげるよ。ついでにわたしが知ってる中で一番の美人も連れて行く。なんならソイツの片乳を揉むぐらいはサービスさせてやってもいい」


 そんな軽口にパウニャが参戦する。


「え、なにそれ絶対行く」


「マーガレットは清純な子だから、そういう飲み会に参加する男が苦手だと思うけど」


「じゃあせめてミレーナさんがお酌して」


「それはもちろん。こちらからお願いしたいぐらいだよ勇者様」


「俺は酒があまり得意ではないのだが」


ガッドルあんたの参加は絶対。……でもずっとわたしの隣りに座ってて」


「むぅ」

「またノロケられた」

「…………ははっ」


 ブラントは笑った。


 力なく、情けなく、それでも確かに笑ったのであった。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



[ブッ殺す、か。良い言葉だね]


「……お上品じゃないから、わたしは嫌いだけどね」


[いや、すまない。物語の腰を折ってしまった。でもなんだか嬉しくてね。いやこれ以上何か喋るのはやめよう」


 そう言いながら遊戯の魔王パーティル様はダイスを手に取り、そして握りしめて、やがては転がすことなくそっとテーブルの上に置いた。


[…………いいだろう。君はダイスを振らなかった。だから僕もそのロールプレイに応えるとしよう]



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 やがてブラントは「あーあ」と言って頭をかいた。


「おいミレーナ。方乳なんてセコいこと言わずに、両乳揉めるよう交渉してくれよ」


「それこそセコい発言だね。自分で口説きな」


「こんなしょぼくれたオッサンが、どうやって口説けって言うんだよ」


「優越の魔王をブッ殺せば文句なしで英雄でしょ? ヤツにトドメを刺せれば、それこそ向こうから『抱いてください』ってお願いしてくるわよ」


「……ははは! そりゃいい! なら俺は引導剣ナーカに付き合ってもらうしかないな!」


 ブラントは泣いた。


「悪ぃな、ナーカ。はっきり言ってロクでもねぇ理由だが、俺はお前に力を貸してほしい。爪の一枚で心が折れるかもしれないし、そもそも一撃入れられるかどうかも怪しい」


 泣きながら引導剣ナーカに再び手を伸ばした。


「でも昨日を忘れるための酒じゃなくて、明日を喜ぶ美味い酒ってのを俺は久しぶりに飲んでみてぇんだ」


 漆黒の刃がギラリと光ったように見えた。





「あ~…………すまん、ガッドルの旦那。だいぶお見苦しい所をお見せしちまった」


「構わんさ。走り続けるよりも、転んで立ち上がる方が苦しい時もある」


「おーおー。お上手なこって。……なぁ一個だけ聞いていいか?」


「何なりと」


「どうやってミレーナを口説き落としたんだ?」


「違う。俺が口説かれたのだ」


「バッ、バカなこと言ってんじゃないよガッドル!」


「またノロケられた」


「ははっ、こりゃ勝てねーわ。なぁミレーナ、お前さんの言ってた一番の美人さんの名前って何だ?」


「みんな女の子の名前知りたがるのなんなの? ……シブラだよ。めちゃくちゃ美人だから期待しときな」


「よっしゃ……待ってろよシブラ。お前の生チチは俺がもらった」


 なんとも下品な物言いで、そしてさりげなく方乳から要求レベルが上がっていたが。誰もが苦笑いを浮かべてそれをスルーしたのであった。




 そしてそれぞれは住処に戻り、太陽が昇るのを待つ。


 優越の魔王は早朝には来ないだろう。でも来るかもしれない。


 休息はもちろん大事だが、出来ることは全てやっておく事にした。


 最悪の対義語は最高かもしれないが、今回はそれを採用しない。


 善悪という言葉に倣い、最悪を回避するために、ただ最善を尽くすのだ。



 ――――最善という言葉を極めてシンプルに表現するなら、一生懸命やる・・・・・・という事だと信じているから。





◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



[そして朝日が昇る――――いよいよ物語は戦闘フェーズに突入するわけだけど、準備はいいかな?]


「準備が全然出来てないから、色々と用意したい」


[素晴らしい判断だ。ではここでダイスを振るとしよう。…………うん。内容にもよるけど、三回ぐらい行動が出来そうだね。何をする?]


「まずは全員が自己紹介しなくちゃね。副長のメイフェスさんのこと誰も知らないし」


[まぁそれぐらいなら行動にはカウントしないであげよう。他には?]


「……全員の戦力の確認って、やっても大丈夫?」


[うん。それも自己紹介の範囲内だ。ただNPC……ガッドル以外のメンバーに関して、能力値が全部開示されるわけじゃない。ただその人を見て聞いて、戦力をなんとなく把握する程度だね。きっちり確認したいなら行動権を一回消費する]


「なんとなくでいいよ。知りたいのは詳細な実力じゃなくて、どれぐらいのテンションで戦いに参加するのか、っていう所だし」


[よろしい。では先にステータスを開示するとしよう]


 そして白い板に情報が投影される。画像だけでなく文字も一緒だ。


 今までもシーンに合わせてキャラクターの映像が動いたりはしていたけど、今回はちょっと毛色が違う。……お父さんが前に言っていた、ステータス画面? というものに近いのかもしれない。




 パーティーメンバー


■パウニャ・マカレード。タイプ=暗殺者。

 攻撃力・低。

 体力・並み。

 回避が得意。


 裂敵弓ヘイナ。遠距離攻撃用。索敵に明るく、不意打ちに強い。


「気合い入れたら高い威力での攻撃も可能だ……ちょっとばかし集中力がいるし、連発は出来ないけど」



■ブラント・イーラ。タイプ=戦士。

 攻撃力・中。

 体力・低。

 心が折れやすくなっている。


 引導剣ナーカ。近接武器。部位破壊を主として運用。真価はトドメの一撃。


「マジで何回耐えられるか分からんから、そこだけはよろしくな。はっきり言って自信が無い」



■メイフェス・ロード。タイプ=騎士

 攻撃力・高

 体力・高

 十分に戦える人物である。騎士剣も装備している。


 支配杖エンセンス。遠距離・戦場支援型。サポーターとして役に立つ。


「私の役目が裏方とはな。だが私は私の意思で動く。時には積極的に攻撃に参加することもあるだろう。……支配者というのは、そういう者だろう?」




■ミレーナ・インエ。タイプ=暗殺者/ギャンブラー

 攻撃力・皆無

 体力・低

 戦闘向きではない。敵味方を問わずの行動予測。そして応急手当ぐらいは出来るだろう。


 《不完全》赤透眼クレバース。物事を見通す眼。


「見守るだけってのが悔しいけど……せめて見通してはみるよ」




■ガッドル・アースレイ。

 ステータスは前述の頁を参照。

 斬空剣。


「斬空閃」 遠距離攻撃。

「斬空閃・乱」 遠距離複数攻撃。

「斬空衝」 攻撃力は低いが、相手をノックバックさせる。

「斬天空」 斬撃力が高い技。


 代償・高――――「斬空」 広範囲を切り裂く


 代償の果て――――「真価・斬空剣」 超近接攻撃。





「わ、なんか必殺技がいっぱいある」


[フェトラスが用意した設定になかったから、こちらである程度作成したよ。まぁ君が日常パートで繰り返してた室内トレーニングの結果とも言えるかな。……他にも何か技を思い付いたら、使用を宣言していい。成功するかどうかは状況次第だけど]


「この技だったら問題無く使える?」


[まだ未使用とはいえ、成功率はそれなりにあるね。ただし繰り返すけど、斬空剣は代償系の聖遺物だ。成功率は状況で変動するから気を付けて]


「…………うん。分かった」


[それと代償についてだけど、使えば使うほどガッドル君は死地に行きたがるようになるから、そこは特に注意した方がいいだろう]


「代償……か」


 ふと気になって、わたしは遊戯の魔王パーティル様に視線を向けた。


「かなり今更だけど、戦わずに済む展開はなかったのかな……?」


[――――TRPG初心者の君じゃ、絶対にたどり着けないだろうね]


「そっか。もしかしたらあったのかもしれない展開、か」


 既に状況は始まっている。

 生まれた命がやがて死ぬのと同じだ。



 さぁ、最後の準備を始めよう。






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