遅すぎた作戦会議
時間帯は『夜分遅く』と言ったところ。
子供ならまず寝ているだろうし、朝が早い大人だったら就寝の準備をするような時間帯だ。
だがしかし有り難いことに、俺が訪問した王国騎士団の支部には副長の肩書きを持つ者がいた。
しかしその者、顔が疲れ切っていた。
「……で、なんだったか。魔王が来るって?」
面倒な来客の対応をするぐらいなら寝酒の一杯でも飲んで仮眠を取りたい。そんな意思が顔面に浮かんでいる。
だがしかしこちらに余裕は無い。俺は至極真面目な顔をしてうなずいた。
「そうだ。魔王が来る。しかも優越の魔王というとびっきりのヤツが」
「ほう。そりゃ大変だな。大変を通り越して信じたく無いぐらいだ」
副長の表情は変わらない。変わらなさすぎて、信じてるのかバカにしてるのかの判断が付きにくかった。
「とりあえず聖遺物持ってるんだって? 見せてみろよ」
「……これだ」
ゴトリと、テーブルの上に斬空剣を俺は置いた。ただし目の前の人間が手に取ろうとしたのならすかさず拒否出来るような位置に。
「…………ふん。確かに聖遺物だな。魔剣か」
「代償系だ。名を斬空剣」
「なるほどなるほど。いかにも強そうな見た目に、強そうな名前だ。この時点でお前さんの……あー、名前なんだっけ?」
斬空剣はある程度の話しを聞く根拠になったのだろう。ようやく副長なる者は俺を「面倒事を持ち込んだバカ」ではなく「それなりに価値があるかもしれない人物」に格上げをしてくれた。
「ガッドルだ。ガッドル・アースレイ」
「へぇ。このご時世でクソ真面目にアースレイの家名を名乗るヤツがいるとは。ああ、俺はメイフェスだ。この王国騎士団の支部の副長を務めてる」
そう名乗ったメイフェスは、表情に少しだけ真面目なモノを漂わせた。
「それで、なんだっけ。優越の魔王が来ると」
「そうだ」
「何しに来るんだ?」
「この街を滅ぼしに。殺戮をしに」
「……まぁ愚問だなわ。魔王の行動理由なんてソレしかねぇわけだし。……んで、だ。そうなると色々と聞きたい事がある。要約すると聞きたい事じゃなくて言いたい事になるんだが」
「なんだ?」
「優越の魔王なんてスペシャルゲストが降臨するとお前さんは言っているが、俺はどうやってそれを信じたらいい?」
意地の悪い言い方だった。
この者は悪魔の証明に近いモノを求めている。
だがそんな言葉遊びに付き合っているヒマはこちとらないのだ。
「信じないのならば、話しはこれで終りだ」
そう伝えると、副長であるメイフェスは「ほう」と方眉を上げた。
何かが琴線に触れたのだろう。俺は畳みかけることにした。
「結論から言えば俺は優越の魔王と戦うつもりでいる。その際、王国騎士団の助力が無いのは痛恨の思いではあるが致し方ない。せいぜい地の果てまで逃げてくれ……としか言うべき言葉は見当たらないな」
「大した自信だよ。色んな意味で」
フフッと笑ってメイフェスは相好を崩した。
「なるほどな。どうやらただの気狂いじゃないらしい。――――では事務的に、そして端的に話しを進めるとしよう。明日優越の魔王が来るとして、それはいつだ?」
「恐らく早朝は無い。正午よりは早いとは思うが」
「ふむ。それでアンタは俺達に何をお求めだ?」
話しのテンポが加速する。俺としては望む所なので、それに乗る。
「こちらはこの斬空剣の他に二つの聖遺物を有している。だがその二つともに担い手がいないのだ。なので王国騎士のメンバーから二人ほど借りられればと思っている」
合計で三つの聖遺物を持っている、という情報にメイフェスの表情が激変した。
「……正気なのか? 一切合切が、本当の話しだってのか」
「そうだ。そして手早く話しがまとまれば、我々とて多少の休憩時間が得られるというわけだ」
ふむ、という呟き。そして彼は視線を鋭くさせた。
「その聖遺物のスペックは?」
「まずは魔杖。敵の行動阻害と、味方の行動補佐が可能だ。適合系で、支配者の資質がいるらしい。……そして消費系の聖剣。敵の部位破壊を得意としており、更にはトドメの一撃を放つ際に絶大な攻撃力を発揮するらしい。ただし使えば爪が剥がれるらしいので、担い手はかなり限定される」
「有能だな。しかしピーキーすぎる」
副長メイフェスが指摘した通り。性能はかなり限定的だ。戦場を支配するとはいえ決定打に欠ける杖。そしてもう片方はラストアタックの状況のみで最大の真価を発揮するという尊大な聖遺物だ。
だがそれがどうした。俺は現代に生きる者として、魔王の討伐方法を知っている。今まで積み重ねてきたデータが、魔王討伐における最適解を既に導き出している。
「どうせリンチでしか勝てぬのだ」
強い魔王ならば、特にそう。
「魔杖で行動を阻害し、この斬空剣で削り、聖剣でトドメを刺す……それしか勝機はあるまい」
「まぁアンタが本当に聖遺物を三つも持っているというのなら、そのプランしか無いな。羨ましい話しだぜ。こっちは偉大なる王国騎士団サマだっていうのに、この支部には聖遺物が一つもない」
彼の言葉と、そして優越の魔王の言葉を信じるのなら、その通りなのだろう。
この王国騎士団の支部には聖遺物が無い。
「代わりに銃が何丁かあるが」
「銃……か」
直接扱ったことはないが、ウワサにはよく聞く。
人間ならば一瞬で葬れる飛び道具だ。
「果たしてそれは魔王に効くのか?」
「発生したてのザコ魔王なら問題無く。だが一番の強みはその攻撃力ではなく、ちょろっと訓練した程度でも十分に活用出来るという敷居の低さだ」
さもありなん。昨今は余り気味とはいえ、聖遺物は誰でも使える武器ではない。
「いまの社会で警戒すべき魔王なんて、それこそ優越の魔王ぐらいしかいない。だからというわけではないが、いま聖遺物は一箇所に集められつつある」
「……王国騎士団による集団戦か」
「そういうこった。相手は百の聖遺物をロストさせた化け物。だが使えるか使えないかはさておき、千本の聖遺物を集めれば流石に圧殺出来るだろ。そんなわけでこの支部にあった聖遺物も既に徴収済みってわけだ」
メイフェスは半笑いで両手を広げた。
「はっきり言うが、今の王国騎士団はその大半が無能だ。だってそもそも魔王がいないということは、主立った職務が無いって事だからな。……やる気があるヤツは勝手に突っ走って返り討ち。残されたメンバーも実力が怪しい者ばかり。でも銃があれば多少の事は何とかなる……自警団の真似事みたいなモンだがな」
そして半笑いは、自嘲へと変わる。
「たぶん俺達は、優越の魔王を殺したら路頭に迷うハメになる運命ってわけだよ」
抹殺すべき天敵を絶滅させた後。
役に立たない武力。
転用するにしては過剰すぎる暴力。
メイフェスはそんな含みのある言葉をつぶやき、ため息をついた。そして。
「だが、それでも」
ため息の後に訪れたのは力強い視線。
「その最後のターゲットである優越の魔王サマが来るっていうんなら、出迎えてやんねぇとな。それぐらいの矜持は残ってる」
メイフェスは結局最後まで「勝てると思うか?」とは尋ねなかった。
たぶん確認するような事柄ではないからだろう。
そしてついでに言うなら、本当に優越の魔王が来るかどうかも疑わしいとすら思っているだろう。
だが彼は王国騎士団。時代が変わり質が下がったとはいえ、その支部の副長。魔王関係の情報であるのならば、例え誤報と分かりきっていても動かなければならない時があることを、彼は十分に理解していた。
来るのならば対処せねば。
もし全部が嘘だったのなら、アースレイを名乗る男をボコって憂さ晴らしだ。
そんな軽口が透けては見えたけど、彼には聖義という名の炎が確かに宿っていた。
「……メイフェス殿ならば、おそらく支配杖エンセンスが使えるはずだが、参戦してくれる意思はあるだろうか?」
「まぁ、適合するなら吝かじゃない」
「恐らく問題無いだろう。残るは引導剣ナーカだが……敵にトドメを刺すと爪が一枚剥がれる仕組みだそうだ。痛みに強い者か、根性のある者……あるいは、責任感が強い者はいるだろうか?」
そう尋ねるとメイフェスは両手を組んでうなった。
「この支部のトップなら、責任感は強いだろうが……実戦となると使い物にならんだろうな。なにせ高齢のジジイだ。今日も帰って寝てるよ」
「他に心当たりは?」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
[非公開GMロール…………あらら。まぁ、仕方が無い。タイミングが遅かったね]
「……運が悪かったとかじゃなく?」
[この世界に幸運は無いんだよ。さ、次はきみの番だ。ダイスを振って。求める値はINTだ。成功率は40]
「えいっ……ああっ! なんかすごいの出た!」
[――――このタイミングで致命的失敗とはね]
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「他に心当たりは無いな」
メイフェスは無情にも、そう断言した。
「思い当たるヤツが数日前にはいたんだが、転属になっちまったよ。グレンファって男なんだが、俺が知ってる人類で一番気合い入ってたヤツだ」
惜しい人物を逃したらしい。俺は眩暈に似た感覚を覚えて、額に手を当てた。
「クッ……他に誰かいないか?」
「いねぇな。聖遺物を扱えそうなヤツって言ったら、それこそさっき言った隠居寸前のジジイしかいねぇ」
「…………そうか」
流石におじいちゃんを戦わせるのはイヤだ。あんまり無茶な運動はしないでほしい。
落胆のため息をついたあと、俺は激しい憤りに包まれた。
数日。たった数日だ。俺が本当にミレーナの復讐に加担するというのならば、それが命を賭けるに値するほど重要な決断であったのなら、俺は暫定的にでも聖遺物の持ち主に見当を付けておくべきだった。――――備えるとはそういう事だ。
思わず悔しさで下唇を噛んだ。
「……では仕方が無い。引導剣ナーカについては、俺の仲間に期待するとしよう」
そう告げるとメイフェスはこくりと頷いて「では俺も俺で準備を開始しよう」と言ったのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
[一人しか勧誘出来なかったけど、これからどうする? 時間はまだ残ってるけど]
「早めに戻るか、それとも頑張って探し続けるか……ねぇ、どっちが良いと思う?」
[GMに対してする質問にしては、かなりナンセンスだ、と回答するに留めよう]
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結局俺は深夜になりかけた街をブラついてはみたものの、引導剣ナーカを扱えそうな人物に出会うことは無かった。なにせこの時間の街を歩くのは残業でとても疲れ果てた労働者か、酔っ払いぐらいしかいなかったからだ。
メイフェスは一応明日の朝に俺の家に来てもらう手はずになっている。
彼ならば恐らくは支配杖エンセンスを扱える、はずだ、ろう……という歯切れの悪い感覚しか無いのだが。
やがて街中にサイレンが鳴り響く。俺も初めて耳にする緊急放送のサイレンだ。
『こちら自警団。こちら自警団。緊急放送だ。こいつは訓練じゃない。マジの話しだ。――――優越の魔王がこの街を目指している。繰り返す。最悪の魔王がこの街に来る。明日の朝には来るかもしれない。だから今すぐ逃げろ。いいか、こいつはマジの放送だ。信じないヤツは残っていいし、嘲笑ってもいい。ただ死にたくないヤツは今すぐに逃げろ。数名の英雄志望で対処を試みるが、はっきり言って勝てる気がしない。――――以上。自警団唯一の聖遺物保持者、パウニャ・マカレードより。……進退どころか命を賭けての放送だ。一人でも多くの人が逃げてくれる事を切に願う。最後にもう一度だけ繰り返そう。優越の魔王がここに来る。だから今すぐ逃げろ』
爆音で流れたそれはどれぐらいの人の心に届いただろう。
疲れ果てた労働者は放送を聞きながら虚空を眺め、酔っ払いは首をかしげていた。
『おっと、追伸だ。斧の聖遺物を所有してる貴族いるだろ。それ持ってるヤツは速攻で提出しろ。勝率が上がる。出てこなかったら後でブチ殺すから、大人しく素早く自警団か王国騎士団に持ってこい。以上だ。他の住民はさっさと逃げろよ』
出てきてくれたらいいのだが、アテにはすまい。
そうこうして帰宅。
家には既にパウニャが戻っていた。
「面倒な尋問を受ける前にとっとと逃げ出してきたわけだが、街の様子はどうだった?」
「……残念ながら避難が進んでいるようには見えなかったな。逆に言えば恐慌も起きていないという事になるが」
「ま、しゃーないか。誰も信じたくないだろうしな」
しかしながら出来ることは果たした。あとは個々人の危機管理能力に任せるしかないとパウニャはドライに言い捨てた。
「それでガッドル、そっちはどうだった。誰か見つかったか?」
「副長のメイフェスという男が話しの分かる者だった。おそらくは支配杖エンセンスが扱えると思う」
「そら僥倖。……引導剣の方はどうだ?」
「残念ながらそちらは叶わなかった」
「そっか。……自警団の方も、しょっぱかったよ。だいたい爪が剥がれる聖遺物なんて言われて、ちゃんと扱える人間の方が珍しい」
「……まぁ引導剣ナーカはトドメが楽になる、ということで真価を発揮する武器だ。最悪の場合は俺が斬空剣で肉薄する」
「大丈夫なのかよ」
「斬空剣は近距離になればなるほど攻撃力が増すそうだ。そして引導剣ナーカと違ってこいつは代償系……さぞ強力な事だろう。そこに賭けるだけだ」
パウニャは「やれやれ」と首を左右にふって「一度も使った事が無い代償系の剣で、ぶっつけ本番で優越の魔王とやりあうのかー」と呆れたように呟いた。
少し暗い雰囲気が漂う。
そんな中、今度はミレーナが帰宅を果たした。
みれば表情が真っ青な男も連れてきている。見たことがある男だ。おハゲさん。
「ちょっと時間がかかったけど、何とか説得してきたよ。ブラントだ」
「…………ブラント・イーラだ。元英雄。やる気は全然無い」
本当に嫌そうに呟くブラント。だが彼は逃げなかった。投げ出さなかった。ここに来た。それだけでも十分に褒められるべき事なのだろう。
「じゃあ状況のおさらいだ。まず避難勧告は済ました。あとは知らん。ここから考えるべきなのは俺達と優越の魔王についてだ」
「こちらの戦力は俺と斬空剣。パウニャと裂敵弓ヘイナ。そしてやや希望的観測を含むが、王国騎士団の支部副長メイフェスが支配杖エンセンスに適合すると思われる。そして余った聖遺物が、引導剣ナーカだ」
ちらりとブラントを見つめる。
彼はずっとうつむいたままで、息を殺していた。
「……ミレーナ。説得したと言っていたが、どのように?」
「誠心誠意お願いしただけだよ。全力で頭を下げて、言葉を重ねて」
きっぱりとミレーナは言い切った。おそらく赤透眼クレバースを使っての説得だったのだろうが、当のブラントに戦意はあまり見受けられない。
「…………あの優越の魔王相手に、何が出来るって言うんだ」
そんな呟きを彼は放つ。
「……俺はもう、明日にはこの世にいないんだろうな」
重ねられたのは沈痛な言葉だった。
たぶんブラントには引導剣ナーカは使えない。否、手に取ることすら拒否するだろう。彼の胸の内には絶望が溢れかえっている。
だが正直に言って、俺とブラントの間には決定的な温度差があった。なぜなら俺は優越の魔王のスペックを全く知らないのだ。
「ブラントさん。貴殿は優越の魔王との交戦経験がおありだとか。……その経験は、攻略の糸口に繋がるかもしれない。どうかヤツについて教えてくれないだろうか?」
ハキハキと喋ると、ブラントはうつむいたまま「へっ」と笑った。
「一言で言えば最強。もっと言えば理不尽。あれは殺戮の精霊というよりも――――そうだな、全てを殺す者だ」
よく分からない説明だった。全てを殺す者。それはまさしく殺戮の精霊のことではないだろうか。
「ガッドルの旦那は魔王を見たことはあるか?」
「……直接は無いな」
「そうかい。まぁそれでも構わないんだ。ヤツの性能は普通の魔王とは違う。普通の魔王ってのはだいたい嗤いながら街を壊すもんだが、ヤツは嗤いながら、一人一人を殺していくんだよ」
「…………それは…………広範囲の魔法で全てを吹き飛ばすタイプではない、という事だろうか」
「うん。戦力的な判定を下すとそうだな。一撃必殺の広域殲滅型じゃなく、一人一人を丁寧に殺していって、結果として広域を殲滅させるタイプ。……俺が言ってること合ってるか? あんまりあいつのこと思い出したくねぇから、ちょっと不安定な物言いになってるかもしれねぇ」
「大丈夫だ。通じている」
無差別な破壊を撒き散らかす者ではなく、命を丁寧に摘み取る魔王。
それはそれで脅威だが、付け入る隙もあるような気がする。
「だとしたら、単純な物量戦も有効ではないだろうか?」
「人海戦術が採れるならそれもアリだろう。でも無意味だ。普通の魔王は攻撃、言い換えて殺戮に特化しているが、あいつは殺戮よりも対人戦に特化しているんだ。どんな攻撃もほとんどが無力化される」
攻守共に隙が無いと。なんだそれは。
「……優越とは何を表す言葉なのだ?」
「文字通りだな。優越の魔王は常に相手の攻撃力よりも自身の防御力が高く、相手の防御力よりも攻撃力が高くなる。……言っている意味が分かるか?」
「それは、つまり」
「こちらのどんな攻撃も無意味だ。そして、こちらがどんなに防ごうと思っても無意味だ。……そんな魔王サマだよ」
ブラントの言葉はにわかには信じられないものだった。
常に相手よりも上回る者。
なるほど確かに最強で、理不尽だ。
しかし確認のためと思いミレーナに視線を送ると、彼女は静かに頷いた。
「炎の魔法で十人の人間をまとめて灼き払う、なんて事はしなかった。一人を殺して、次の一人を殺して、それを繰り返して殺戮とする。……あの日わたしが見た優越の魔王は、そんな感じだったよ」
「勝ち目が無いように聞こえるのだが」
「だからねぇんだって。ガッドルの旦那」
ブラントはようやく顔を上げて、俺と視線を合わせた。
「ヤツに勝利しようと思ったら、無数の聖遺物を集めて、同時攻撃するしかない。それぐらいヤツは理不尽なんだ。――――でも実のところ、俺はあまり心配していない。いま王国騎士団が動いて聖遺物をかき集めているんだ。きっといつか、ヤツは倒される。世界の平和は護られるんだ。……だけどそれは明日じゃない。もう少し先の未来だ」
いつか人類は勝利するだろうけど、俺達はここで死ぬのさ。
そんな事をブラントは口にした。
「…………ではどうすればいいのだ? 今から逃げ出せと?」
「多分無駄だけどな。ヤツは『自分の天敵と戦ってみたい』みたいな事を言っていて、それを探すのに他の聖遺物が邪魔だから街を破壊して回っているようだった。殺戮はそのついで。だけど魔王としてはやらない理由が無い。きっと生き残りは執拗に追われて、綺麗にお掃除されるんだろうさ」
話しを聞いて、俺は「ふむ」と顎に手を当てる。
見るとパウニャは裂敵弓ヘイナを握りしめて、先程のブラントよりも深くうつむいていた。話しを聞いていないわけではないのだろうが、会話に参加する気配は無かった。
なので俺はブラントの会話に集中する。
「話しを総合すると――――とりあえず、明日の朝一番で魔法が飛んで来て街が壊滅する、ということは無いのだな?」
そう尋ねると「ここまで聞いてまだ戦うつもりか」とブラントは目を丸くした。
「なるほど。優越の魔王が貴殿の言った通りの人物像なのだとしたら、一体一の戦いを好むというよりは、一体一での戦闘ならば最強であると言えるだろう。そして有効な戦術といえば聖遺物による同時攻撃」
俺は真っ直ぐに言い放った。
「ならば結局は普通の魔王と同じことではないか。魔王はリンチで殺す。――――そうだろう?」
「よくもまぁそんな事が言えるな」
ブラントはほとほと呆れたように仰け反った。
「ガッドルの旦那達が抱えてる戦力は四つの聖遺物。斬空剣と引導剣は確かに強いんだろうが、支配杖と裂敵弓は攻撃力に乏しい。前後左右での同時攻撃が出来たとしても、その交差で一人ずつ殺されて終わりだろうよ」
「近接で使用するのは引導剣だけだ。他の三つは遠距離攻撃を可能としている。それに――――聞けば聞くほど、俺には勝利の図が完成していくのだが」
「――――ハッ。おめでたい野郎だ。これ以上適切にアンタのことを表現する言葉を俺は知らないね」
ほんの少し苛立った様子でブラントがそう言い放つ。
「ああ、そういえばその斬空剣は代償系だっけか。命への執着を失う。そうか、そうか。散々そいつを使った後か。だったらその物言いにも納得出来る。自殺したいのならどうぞご自由にと言った所だな」
ブラントがそう言うとギョっとした目でミレーナが『使ったの!?』と俺を睨んできた。
だが心を読まれてもどうという事はない。いまだ斬空剣は未使用だ。
ひっそりと安堵のため息をつくミレーナに向かって小さく頷いて、俺は再度口を開いた。
「優越の魔王は、相手の攻撃力よりも防御力を高める……つまり防御力を変化させるわけだ。だとすれば、支配杖エンセンスでその背中をそっと押したとしたら? 指先で触れる程度の攻撃――――それを上回る防御力なぞ、在って無いようなものではないか」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
……いい着眼点だと、素直に思った。
アイディアロールするまでもなく、自分で戦略を導き出している。
フェトラスは真剣な表情で展開を、想いを語る。
僕は心の中でこっそりと嗤い、そして同時に心の底から愉しいと感じた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「支配杖エンセンスが上手く使えれば、優越の魔王の防御力はかなり低下するはずだ。その隙に斬空剣で斬りつける――――どうだ? ダメージは通るのではないか?」
ただの思いつきではあったが、言葉にするとそれが模範解答のように思えた。
いかに最強の存在と言えど、絶対無敵の存在なぞこの世にはいない。
世の中には相性というモノがあって、それを上手く使うことが肝要だ。
――――しかし、そんな俺の提案をブラントは嘲笑で迎え撃った。
「素晴らしい作戦だ。美しい理想だ。是非とも頑張ってくれ。ただしお節介なアドバイスをさせてもらうと、成功率は極めて低いだろうな。訓練用のカカシだったら、もしかすると成功するかもしれないってレベルだ」
「…………」
「相手は魔王だ。魔王なんだよ、ガッドルの旦那。シンプルに強いんだよ」
この中で唯一魔王との交戦経験を持つブラントは切々と語る。
「そんなヤバい存在と戦うっていうのに、こっちは訓練無し、チームワーク無し、全部がぶっつけ本番と来た。……そりゃサイコロを転がせばピンゾロが出ることもあるだろうさ。でもそれを十回連続で成功させるなんて、誰にも出来ないだろう?」
「…………」
「一度でもしくじれば誰かが殺される。ガッドルの旦那が殺されたらそこで終わるし、支配杖エンセンスが破壊されても終わりだ。敵を事前感知する弓と、トドメを刺す用の聖剣が残ってどうする」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
[……さて、ここでガッドル君ではなく、プレイヤーとしてのフェトラスに質問だ。このゲームの目的は?]
「えっと……優越の魔王を倒すこと」
[よろしい。それじゃ確認も済んだ所で、シーンの再開だ]
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「だから俺は提案する」
ブラントは先程とは違って、強い覚悟を決めた表情でこう言った。
「恐らくだが……その支配杖エンセンスは、優越の魔王の天敵に近い聖遺物なんじゃないかと俺は睨んでいる」
「アレが……?」
「そうだ。……実のところ、さっきガッドルの旦那が言っていた戦術は有効だと思った。支配杖エンセンスでヤツの防御力を下げて、その隙に討つ――――素晴らしい作戦だ。美しい理想だ。思わずすがり付きたくなってしまう程に、信じてしまいたくなるくらいに、心が奮い立つぐらいに」
ブラントはごくりとツバを飲み込んで、言葉を吐き出す。
「もしガッドルの旦那の言ってた方法が効くんだとしたら、高い攻撃力を持つ聖遺物を数本用意するだけで勝てるかもしれない」
だから、と続けて彼は提案する。
「誰かに支配杖エンセンスを持って逃げさせて、残ったメンバーが全力で優越の魔王を足止めするんだ」
それは俺達に捨て石になれという提案だった。
「たぶんコレが現状で一番勝率が高い戦術だと俺は思う。ダメ元で突撃して殺されて終わるよりかは、よっぽど希望が持てる作戦だと思わないか?」
「しかし……それは……」
「そうだな。簡単に言えば『人類のために死ね』って言ってるようなもんだ。だけど……どうせ散らす命なら、平和な世界のための礎になる方が……よっぽど……マシじゃねぇか……」
ブラントはそう言って、テーブルの上に置かれていた引導剣ナーカを手に取った。
「爪が剥がれる聖遺物、ね。……そもそも一体何がしたいんだか。魔王をブッ殺すために神様が与えてくれた武器なんだろう? だったらもっと慈悲深く在ってくれりゃいいのに」
そう言いながら、ブラントはしっかりと引導剣ナーカの柄を握り、鞘からその刀身を引き抜いた。そしてその漆黒の刀身に映った己の表情を確認して、諦めたように「フッ」と笑って見せた。
「自分で言っておいてなんだが、どうせ死ぬなら意味のある死に方をしたい。支配杖エンセンスを逃がすっていうんなら、俺は全力で協力しよう」
それはつまり、支配杖エンセンス抜きで戦えという勝率の高い作戦だった。
俺達個人にとってではなく、あくまで人類が勝利するための、ではあるが。
補足・用語説明
アイディアロール。
簡単に言えば、ゲーム攻略のヒントを獲得するチャンスです。
そしてプレイヤーが困っている時に行うただの救済ではなく、探索者がどのように本筋に戻るかを決定するものでもあります。
アイディアロールはある意味ギャンブルであり、成功すれば手がかりに気づき大きな問題もなく物語を進めることができます。ただし致命的失敗《ファンブルと呼ばれる最悪のミス》が発生すれば、状況によっては詰んでしまう事もあり得るでしょう。