今できる最善の行動
必要なのは戦力だ。
この場合の戦力とは、有象無象の集団を千人かき集めることではない。一騎当千の強者を千人かき集めることが理想だ。
だがそれがしょせん理想論に過ぎないことは語るに及ばない。端的に言って無理だ。
故に現状で集められる最高戦力は五名。
まずはもちろん俺。相棒は斬空剣。
そして俺の同僚であるパウニャ。裂敵弓ヘイナの持ち主だ。能力はオートエイム。攻撃力は高くはないが、ヤツがいるといないでは強襲成功率と、こちらの生存確率が段違いに跳ね上がる。
……残りの三名は不明だ。思いつきすらしない。
ただ聖遺物は三つある。
支配杖エンセンス。能力は味方への行動支援と、敵の行動阻害。これまた攻撃力は高くないが、戦況を支配しうる。
引導剣ナーカ。こいつは武器としての基本スペックがかなり高い。部位破壊で確実に敵を追い詰めながら、トドメの一撃には俺の想像を超えた威力を発揮するだろう。ただしその消費するのが爪であることが痛い。二つの意味で。
なにせ一撃を放つだけでその者の戦闘能力は激減するのだ。まぁ片手ならば気合いで何とかなるかもしれないが……。気合いが足りない者や、痛みに弱い者はその一撃と引き換えに剣を地面に落としてしまうことだろう。
そして三つ目。貴族が隠し持っているという聖遺物・斧。破壊用らしい。攻撃力は高そうだが、さていかなる聖遺物なのか。
これらの聖遺物を使える者を集めることが、現状で得られる「最大戦力揃える」という事になるだろう。
そしてここに、例外たる六つ目の聖遺物がある。
魔眼・赤透眼クレバース。全てを見透かす聖遺物。攻撃力が皆無……なのではなく、攻撃方法がよく分からないというのが正直な所だ。使いこなせたら便利そうだが、不完全な聖遺物。
そして何より、その所有者であるミレーナが優越の魔王との遭遇のせいで完全に参ってしまっている。彼女は戦える人間のようだが、こんな状態の彼女を戦力に数えるのは酷であろう。
このまま置いて行くのが優しさなんだとは思う。
だけど――――。
だけど、この復讐は彼女のものだ。
酷であるとか、優しいかどうかは問題ではない。
そして必要なのは正しさですらない。
必要なのは、文字通り『必要性』だ。
現代において最強とされる魔王との戦い。冷酷に考えるならば、一秒しか保たない肉壁だとしても人手が多いにこしたことはないだろう。
戦力になるのであれば、犬ですら使うのがニンゲンという種族なのだから。
時刻は夜。まずは同僚のパウニャを誘拐しなければと俺は考えた。死ぬ程嫌がるだろうが、嫌がった結果優越の魔王に殺されるのと、抗って死ぬのでは断然後者の方がマシというもの。
せめてあいつをここに連れてくるまでは、ミレーナにも落ち着く時間を与えたい。
そんな思いから俺は彼女に風呂で身体を温めるように勧め、自分は雨が降る街に向かって飛び出して言った。
パウニャはいつものようにダンスホールで楽しそうに踊っていた。
大きな音楽、色とりどりの閃光、ステージの上では見目麗しいダンサーがDJの曲構成に従って舞っている。
その階下、ホールには多くの若者がいて、それぞれが自由に踊っている。皆楽しそうに、思い思いに。だけどパウニャの踊り方はちょっとだけリズムが狂っていて、なんだか周囲の人から浮いて見えた。
「……踊るのならば腰を伸ばせパウニャ。そして両手を上下に振り回すだけの奇っ怪なムーブを止めろ」
「うおおっ!? なんだいきなり!?」
突き出されていた彼の尻を背後からパーンッとはたくと、彼は飛び上がって驚いた。
「え、え? ガッドル!? お前がここに来るなんて珍しいな!」
「ああ、お前に用があってな」
「なんだよなんだよ。とりあえず乾杯しようぜ!」
パウニャはノリノリで俺の肩に手を回し、そのままカウンターバーへと誘う。
「にいちゃん、サボテン酒を二つ!」
「あいよ」
熟練された手つきで黄色い酒が出てくる。速い。注文から五秒で出てきたのは褒めるべきだろう。
「そらガッドル。乾杯だ乾杯」
「……相談があるのだが」
「まぁまぁ! まずは飲んでからだ! 話しはそっから聞く!」
「かなり真剣な話しだ」
「…………えっ」
俺がすごむと、パウニャの顔がとても哀れに歪んだ。
「し……真剣な話しなの?」
「そうだ。一生のお願いをしに来た」
「い、いやだ……聞きたくねぇ……お前のそんな顔、見たくねぇ……」
うーと唸ってパウニャが両手で自分の顔を隠す。
「お前が話しをそういう風に切り出してくる時は、いっつも面倒事だ。それだけでもヤベぇのに、時間が夜で! 場所がダンスホールで! しかも一生のお願いとか言ってきやがった! 緊急事態かつ異常事態じゃねぇか! もうその時点で終わってるよ!」
彼はさっきの変なダンスのように、両手をぶんぶんと上下させてからため息をついた。
「……それで、今度はどんな無茶ぶりだ? 山賊狩りか? 要人救出作戦か? テロリストが厄介事を起こすまえに叩きつぶす系? あるいは全部か」
「そこにあるサボテン酒が、もしかしたらお前が口にする人生最後の酒かもしれない」
「…………」
「…………」
俺はずっと真面目な表情を保っていた。冗談や腑抜けた気配なぞ一切無し。なんならピリついてすらいる。
パウニャはひとしきり百面相をした後で、大きな大きなため息をついた。
「悪いがにいちゃん。その酒は、どこぞの可愛い子にパスしてくれ」
「……飲まないのか?」
「飲んでる場合じゃねぇんだろクソッタレめ」
「…………すまない」
彼のため息よりも深々と頭を下げる。
「本当にすまない。だがしかし、まずは話しを聞くだけでいい」
「あー。いーよいーよ。やるよ。やればいいんだろ。その代わり、全部ケリがついたら俺に極上の美人を紹介しろ。いいな? 俺もそろそろ彼女が欲しいんだよ」
「分かった。それに身命を賭すと誓う」
「怖っ」
意外なほどあっさりとパウニャが従ってくれたので、俺は彼を自宅に招いた。
それはタイミングよく、ミレーナが長風呂から上がった後のことだったのだろう。彼女の髪はしっとりと濡れていて、だけど雨に打たれた後とは違って多少は健康的に見えた。
「ああ、紹介しよう。あの子はミレーナだ。そしてこっちがパウニャ。俺の同僚だ」
二人にまとめて声をかける。ミレーナはペコリと一礼して、パウニャもそれに倣う。そして彼は俺の首に片腕を回し、部屋の隅へと連行した。
「おいおいおいおい。いきなり報酬の前払いとはどういうことだ。めっっっちゃ美人さんやんけ。おい。ありがとうガッドル。え、今夜はここで過ごしていいの? それともどっかに連れ出した方が? えー、マジで? すごい美人。その分お願いごとのハードルが上がった気がするけど」
「………………あー。その、なんだ。すまない。そうじゃないんだ。紹介の意味が違う。彼女は単に今回の騒動の中心人物というだけで」
「ンだよ期待させんなボケぇッ!」
たぶんこれは彼なりの遊びなんだろう。半笑いで俺の肩を叩いたパウニャだったが、軽い足取りでミレーナに近づく。
「こんばんわお嬢さん。パウニャ・マカレードです。ガッドルの親友だよ。どうやら君が困っているらしいから、助けに来たってわけだ。もう安心していい」
「――――ガッドル。この人に事情の説明したの?」
「一切しておらぬ」
「……あんた、そういう所ズルいよね。逃げ道無くしてから追い詰めるなんて、マフィアのやり口じゃないか」
「おや。お嬢様風の見た目から繰り出される姉御風の言葉遣いにパウニャびっくり。でもそういうギャップ、嫌いじゃないぜ」
「…………ああ、なるほど」
赤透眼クレバースを使ったのか、ちょっぴり眉間にシワを寄せていたミレーナは表情を改めた。
「……ありがとうございます、パウニャさん。あなたは真なる意味で勇敢です」
「うん? なんだかいきなり褒められたぞ? もしかして好感度が初期から高め? いいとも、どんなに長い道だろうとも、二人でゆっくりとゴールまで歩んでいこう」
「あなたの想像通りです。我々が戦うのは、魔王です」
「……ほ、ほーん。会話のキャッチボールが成立してないが、なるほど。まぁたまにいるよね、魔王。うん。まぁ俺も聖遺物を担う一員だし、そういう日がいつか来ることは予想してた」
「残念ながら相手はこの世で最も忌まわしい者、優越の魔王と呼ばれる者ですが」
「………………………………」
パウニャのヘラヘラとした作り笑いが、今度こそ消えた。
「おいガッドル」
「なんだ」
「帰りたいんだが」
「そうは言うが、それでも帰らないのがパウニャ・マカレードという漢だな」
「そうだよクソッタレ。やっぱりあのサボテン酒飲んでおけば良かった」
そう言いながらパウニャはずっと肩に背負っていたケースから裂敵弓ヘイナを取りだした。そしてそれを手にし、一瞬だけ部屋が静まり返る。
「……まぁ、近くにはいないよな。いたらもっと大騒ぎになってら」
もうヘラついた様子は無い。そこにいるのは聖遺物を使いこなす一人の勇者。
「それで、どういう状況なんだ?」
手早く状況と現状を伝えると、パウニャは「なるほど」とつぶやいた。
「んじゃとりあえず避難勧告でも出すか。女子供ぐらいは逃がせるかもしれない」
「今から緊急避難放送をしても、馬車が足りぬ。そもそも避難先が無いぞ。雨も強まってきているし……」
「それがどうした。馬車が足りないなら走って逃げるべきだ。雨が降ってることがそんなに問題か? 転んで怪我をするから? 雨に打たれて風邪を引くから? 着替えの準備に時間がかかる? くだらねぇ。命以外のものを気にするヤツは家に籠もってりゃいい」
存外苛烈な言葉を使って、パウニャは命の選別を手早く済ませる。
生きたいヤツだけ生きろ、と。
「優越の魔王が来るから、一秒でも早く逃げろ。避難放送の内容なんてこれだけでいいだろ」
「…………まぁ、そうなのだが」
「信じるも信じないも、逃げるも逃げないも、どうでもいい。ご丁寧に一件一件訪問して、事細かく事情を説明して『避難してください』って頭を下げるのか? そんな場合じゃないと俺は思うけどな」
「……うむ」
ここで俺は野暮なことを言いそうになった。
『優越の魔王が来ると、本当に信じているのか?』
聖遺物が複数転がっている部屋とはいえ、俺達の言説だけで?
そんな俺の疑問を、ミレーナがさらりと解く。
「わたしの言葉信じてくれてありがとうパウニャさん。とてもカッコ良くて、頼りになります」
「……まぁね! 未だに優越の魔王が来るなんて事態は信じたくもないですが、それでもミレーナさんみたいな美人に踊らされるっていうんなら、ただ全力で踊るだけですよ」
「ガッドル。あんたの同僚は最高だね」
流石の俺にも分かった。
こいつは別にミレーナの言葉を信じたわけじゃない。
他ならぬ俺の事を信じてくれたのだ。
その証拠に、パウニャはずっと裂敵弓ヘイナを手放していない。震えないようにしっかりと握りしめられたその手は、腕ごと小刻みに振動している。
命のやり取り。その気配を彼は正しく受け取ってくれていた。
きっとそれは俺とこいつが同僚として長く付き合ってきた結果の一つなのだろう。
「……ミレーナ。お前の知り合いで一番の美人をこいつに紹介してやってほしい」
「もの凄く顔の良い知り合いがいるけど、あんまり性格が良くない。でも逆にめちゃくちゃ性格の良い子がいるから、そっちの子を紹介したいかな。まだ若いけど、気立ては十分」
彼女がそう言うと、パウニャは真顔のままこう返す。
「ミレーナさん自身は紹介してもらえないのかな?」
「ごめんなさい。わたしはもう、この人のものだから」
ミレーナがクスクスと笑って(笑ってくれた)俺を指さす。
パウニャは目を大きく見開いて、ゆっくりとこちらに眼差しを向けてくる。
「へー」
「…………さて、話しを本題に戻そう。戦力だ。裂敵弓ヘイナはお前が使うとして、この支配杖エンセンスと、引導剣ナーカはどうする?」
「どっちもお前向きだとは思うけどな。人の上に立つ資格はあると思うし、爪が剥がれてもお前なら八本ぐらいいけるだろ」
「支配者の資格はどうか知らんが……まぁそれでも、俺はこの斬空剣が気に入った。一目惚れに近いな。手にして馴染むのだ」
「代償系聖遺物が馴染むって……その感覚ヤバない?」
「それはさておきだ。これらを使いこなせる人物に心当たりはあるか? ちなみに俺は無い」
「…………難しいな。今の自警団の団長は事務処理屋みたいな感じになってるし、普通の貴族に戦う気概は無い。そして爪が剥がれても気にしねぇって気合いの入ったヤツはこのご時世少ない」
「だな。しかしそうも言ってられん」
「せっかく強い聖遺物なのに、強いが故に担い手は選ばれる。……俺は裂敵弓ヘイナを使っちまってるし、いまさら鞍替えとか無理だしなぁ。ヘイナの気配が身体に残ってる内は、他の聖遺物なんて絶対に使えないだろうし」
そもそも俺は支配者向きじゃないし、痛いのもごめんだ、とのこと。
聖遺物の同時使用が無理なのは仕方が無い。そういう仕組みだ。英雄が他の聖遺物を使おうと思ったら、個体差はあれど最低でも数日間は聖遺物を起動させない必要がある。
中には数年単位で「浮気」を許さない聖遺物もあるらしいが、裂敵弓ヘイナはそういうタイプではないだろう。
ここでパウニャは空いている方の手をあげて、こう言った。
「そもそも戦う必要があるのか、と俺は聞きたいね」
「……どういうことだ?」
「さっき聞いた優越の魔王の……特徴というか、目的だな。聞く限りじゃそいつは聖遺物の位置を感じ取れるタイプの魔王だ。テキストで読んだことがある。んで、だ。ソイツの目的は自分の天敵たる聖遺物と戦うこと」
だろ? と尋ねてくるパウニャにミレーナが肯定の意思を示す。
「だったら、街の入り口に聖遺物を全部並べて『これ壊していいから見逃してください』って命乞いする方が確率高そうじゃね? それでヤツの目的は達成に近づくんだから、両者が得するだろ」
「それはダメだ」
反射的な言葉だった。
ミレーナの片目が魔眼で、それによって彼女が視力を保っているだとか。聖遺物をロストすることは大罪であるとか。我々が戦って殿をつとめ、逃げ切れる者を増やさねばとか。アースレイの者としての振る舞いとか。
そういうことじゃない。
もっとシンプルな話。ただ俺は、ミレーナの怯える姿を見てしまっているのだ。
「それは、ダメだ」
「……理由を聞いてもいいかい?」
「その行為が、ただの戦闘放棄だからだ」
命乞いなぞ、交渉なぞ、通じるはずがない。
殺すも殺さないも優越の魔王の気分次第で、そこに他者が介入出来る余地は無い。
それを可能にしようとするなら「優越の魔王の天敵」を用意するしか無いだろうし、それが現在この世に実在するかどうかも怪しい。
「降伏に意味がない。ヤツの目的は天敵と戦うことかもしれんが、ヤツが行う殺戮には基本的に意味も目的も無いからだ――――それが殺戮の精霊、魔王であろう」
「実際魔王と会ったことねぇから、その辺の感覚は分からん」
一瞬間が空く。
そしてこの中で唯一魔王と接したことあるミレーナが静かに頷いた。
「ガッドルの言う通りだよ。命乞いしても意味は無い。普通の人は子供に『助けてください』って言われたら耳を傾けるかもしれないけど、アリに命乞いされても気にせず踏み進むだろ」
「もっとアリさんを、命を大切にしようよ」
「そんな言葉で殺戮の精霊が理解してくれるなら、この世界に聖遺物なんてものは必要ないね」
「ミレーナの言う通りだ。さて、話しがそれ始めているので戻すとしよう。貴族が隠し持っているという斧……まぁ優越の魔王の言葉を信じるならば、という一文がつくが……とにかくそれを回収した方が良いと思うか?」
「そりゃそうだろ。それがどんな武器だとしても、あるに越したことは無い」
「でも貴族サマが隠し持ってるってんなら、王国騎士団でも徴収は難しいかもしれないね。強引に奪いに行くのも……時間がかかりそうだ」
「つーか普通に警備に返り討ちに合うだろうな。皆殺しにしてまで奪うってんなら方法はありそうだが」
どうやらその斧については選択が必要らしい。
詳細不明の武器。時間を使い、手間暇をかけ、リスクを背負って回収するか。
それともそれらの時間を、支配杖と引導剣を使う者の捜索に当てるか。
「どう思うガッドル?」
そろそろ日付が変わる。残り時間は減っていく。出来ることは、限られる。
①斧の聖遺物の奪取に向かう。
②英雄候補を探す。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
[さぁ、どうする?]
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
別に徹夜しても構わないが、流石に疲労した状態で魔王と戦うのは不安が募る。なので取れる選択肢はどちらか一つだろう。
赤透眼を使えば盗み出すことは可能ではないか、と一応ミレーナに打診してはみたが「そもそもどの貴族が持っているのやら」という一言で「それもそうか」と納得した。
緊急避難放送に乗じて「聖遺物持ってる貴族いるだろ。出頭しろ」と呼びかければ何らかの動きはあるだろうが、可能性は低い。
「破壊用の斧、と言っていたのだったな。……特別な能力はなく、単純に攻撃力が高い斧と捉えるならば、あまり活躍させてやる事は出来なさそうだ」
「そうだな……そう割り切って動く方がいいかもな。可能性をゼロにしたくはないから、一応緊急避難放送のついでに呼びかけてみよう。だけど期待はするなよ? この世界に幸運はないってのが俺の持論だ」
それもそうだ。期待はどうしてもしてしまうが、幸運をアテにするのはきっと愚かな事だろう。だからこの世界では決断することが重要なのだ。
――――さらば名も知らぬ斧よ。今回の運命で俺達が交差することは無い。
そう思い込むことによって、俺はその聖遺物に対しての未練を封印した。
「では早速切り替えるとしよう。俺はこの支配杖と引導剣が使えそうな者を探す。心当たりは無いが、自警団と王国騎士団を当たってみるつもりだ」
「んじゃ俺は緊急避難放送をしてくるわ。上司の説得が面倒だから、その辺は強引に突破する。ついでに自警団で誰か使えそうなヤツがいないか探してみるから、ガッドルは王国騎士団の方だけ集中してくれよ」
「分かった」
「……てか実際、残り時間はどのぐらいだ?」
「……優越の魔王が朝食を摂って、準備体操でもして、おそらく朝食と昼食の間ぐらいには来るだろうさ」
「お寝坊さんだと助かるな。俺も三時間ぐらいは眠りたい。……それじゃそんな感じで動くか。精霊具で状況は逐一報告し合おう」
俺は王国騎士団へ。
そしてパウニャは自警団の本部へ向かうことになった。そこには街の全域に配置してある精霊具に繋がった精霊具があるからだ。
そしてミレーナは。
「あたしは……どうしたらいいだろう……」
「………………」
ここでも選択だ。俺としては彼女に後方支援ではなく、戦闘に参加してもらうつもりですらある。
その結果、たぶん、死ぬ事にはなってしまうのだろうが。
どうせ人はいつか死ぬ。必ず。絶対に。
そしてその死は取り返しが付かないことだ。
辛くて悲しくて涙は涸れない。でも、だからこそ。後悔しないように、満足出来るように、全力で生きるべきなのだ。わたしはそう思う。
「ミレーナ。お前が開いていた賭場で、これらの聖遺物が使えそうな者はいたか?」
心が読めるお前ならば、その可能性に思い当たれるのではないだろうか。
そんな閃きだった。
「…………一人いたね。過去形だけど」
「過去形なのか?」
「さっきも話したおハゲさんだよ。ブラント。元英雄だし、優越の魔王との交戦ならぬ敗戦記録もある。だけど……わたし以上に心が折れてると思う」
「…………そうか」
「………………まぁでも、ダメ元で当たってみるかね」
今まで散々俺の心を読んでいたのだろう。いつの間にか、彼女の目には炎が宿っていた。
「だってこれは、わたしの復讐なんだから」
強い表情でそう言ったあと、ミレーナはニコリと笑った。
「ありがとうねガッドル。わたしを甘やかさないでくれて」
「……では、言葉にしよう。ミレーナ、お前も戦え。俺と一緒に」
「うん。――――わたしを守ってね、なんて言葉は口にしない。代わりにこう言うよ。大好きだよガッドル」
真っ直ぐな言葉だった。それに俺よりも先に反応したのはパウニャ。
「えっ、急に惚気るじゃん。肩身狭いんですけど。ねぇねぇミレーナさん。俺に紹介してくれる予定の女の子の名前聞いてもいい?」
「マーガレットだよ。かわいくて、本当に優しい子」
「よっしゃぁぁぁぁ! 待っててマーガレットちゃん! この戦いが終わったら結婚しような!」
パウニャはそう叫んで家から飛び出して行った。
彼の手元の震えが収まることは最後まで無かった。
本当に良い漢である。あのノリについて行ける女性がいるのなら、きっと幸せになってくれるだろう。
集合時間を決めて各々は行動を開始した。
数時間は眠るという方針なので制限時間を設けたわけだ。
……もし誰も見つからなかったら、その際は体力を消費してでも捜索を続けなくてはいけないが、深夜になるにつれ成功率は下がる。
なので速攻だ。
俺はしっかりと貴族紋の入った帽子をかぶり、王国騎士団の詰め所へと向かった。
「夜分にすまない。緊急の要件だ」
「……貴族の方と見受けられますが、どんなご用で?」
「明日、この街に魔王が現れる」
「なるほど」
その返事には何の感情も宿っていなかった。驚きも、猜疑心も、戯れ言だと見下すような気配も、何もなかった。
そんな受付の騎士に、俺は斬空剣を見せつけた。
「…………ふむ。魔剣ですか」
聖遺物が余り気味の時代とはいえ、王国騎士団は一般人が聖遺物を所有することを嫌う。どうせ使いこなせないんだから、さっさと寄越せという考えがあるからだ。
そしてそれはきっと正しい。聖遺物とは英雄という個人が使いこなすことよりも、人間という種族単位で適切に「運用」する方が理に適っているからだ。
「いきなりここの最高責任者を出せとは言わない。ただ、出来れば話しが出来る者を紹介してほしい」
聖遺物を持っている者が訪れた。それはきっとただの冷やかしではない証拠になり得るはずだ。
そう踏んでの交渉。受付の騎士はしばらく静かにしていたが、やがて通信の精霊具を用いて誰かと会話を始めた。
「お疲れ様です副長。こんな時間ですが通報者です。聖遺物所持。分類は魔剣。明日にでも魔王がこの街に訪れると言っていますが、いかが対応しましょう? ……はい。……はい。そう見えます。…………はい。了解しました」
やがて通信を終えた受付は、席を立ちながら丁寧にとある部屋の扉を指さした。
「あちらで少々お待ちください」
「かたじけない」
ここまではスムーズ。門前払いを喰らわなかったのは僥倖とも言えるが、多少なりとも俺が真剣であることが伝わったからだろう。
支配杖。引導剣。
これらに相応しい騎士はいてくれるだろうか。
残り時間はあと数時間。
交渉出来る者がいたとしても、おそらく二人が限界なような気がした。