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我が愛しき娘、魔王  作者: 雪峰
第一章 父と魔王
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23 「戦いを知らぬ最強」



 フェトラスは地面を滑るように飛び込んできた。スピードに特化した野生動物よりも速い。


(いきなり肉弾戦とはなっ!)


 内心驚いたが、すぐに対応開始。


 フェトラスにケンカの仕方を教えたことはないが、戦う方法は知っているらしい。伸ばされた拳は的確に急所を狙ってきた。


 ――――だが、甘い。フェイントもクソもない。ただ真っ直ぐに超スピードで拳を繰り出しているだけだ。相手の拳を内側に引き入れて右に避けるだけで済む。


 攻防の最中さなか、三度ほど彼女の無防備な半身を見た。が、俺は剣を振るわずに左手で彼女の肩を殴った。


「つっ」


「おいおい、どーしたぁっ! 俺を殺すんじゃなかったのかっ!?」


「うるさい!」


 彼女は獰猛な月眼で俺を睨み上げた。


 石化や魅了の効果は無いはずだが、俺はその月眼に見とれてしまった。


 単純に、

     綺麗だ。


「ちぇ、やっぱり近距離じゃダメか……!」


 フェトラスはそうぼやいて、俺から距離を取った。家三つ分の距離をジャンプ一つで飛び越える。


「 【空蛇】 」


 それはカルンが唱えた呪文と同じ。空中に陽炎のような蛇が出現する。


「…………八匹か。桁外れの魔力だな」


 そう、八匹。カルンは一匹ずつしか造れなかったのに、彼女が生み出した空気の蛇は八匹いた。フェトラスを基点に発生したそれは、伝説の魔獣のようにうごめいている。


「いっけぇ!!」


 号令と共に飛び出す蛇達。


(これは……避け続けるしかねぇな!)


 対処法は先ほどと同じ。


 だが、労力は八倍どころか数十倍だった。


「よっ、とっ、ととっ、おおおっ!?」


 不格好なポーズで蛇達をかわし続ける。


「 【炎閃】!」


 だというのに、フェトラスが追加で魔法を唱える始末だ。かなりスレスレで回避したが、その避けた方向に蛇が走る!


(バランスは悪い。一番近い蛇は右から迫ってくる。数は一。速度・危険。被害を最小に……ここっ!)


 俺は片手を地面に突き刺し、側転の要領でその場から飛んだ。


(来る。来る。……通る。右足を跳ね上げろっ!)


 靴のつま先に蛇が食らいつき持って行く。蛇に食いちぎられる靴。そのまま蛇はそよ風に変化した。


「あ、あぶねぇ。もう少しで靴がダメになっ」


「 【炎閃】!」


「容赦なしか!」


 次々と消えゆく蛇の中、炎の閃光が俺めがけて飛んできた。その速度と威力は、おそらくカルンの魔法の数十倍。


 俺はたまらず、目視した瞬間に全力で前方に飛び込んだ。地面にひれ伏すと、背中の上を高熱が通り過ぎていくのが容易に感じられた。当たれば一瞬で骨以外の全てを燃やし尽くしただろう。


「熱っ!」


 だがダメージは無い。俺はすぐに立ち上がってフェトラスを挑発した。


「おいおい、カルンのモノマネばっかりじゃねぇか。見ただろ? それじゃ俺を殺せない」


「......じゃあ、これはどう?」


 そう言ってフェトラスは開いた右手を突き出した。


「 【雷

(クソッタレ、その魔法が一番相性悪いんだよ!)

    千】 」


(カルンの時とは違う。これはなんだ。【雷千】? チャージに時間がかからない雷の魔法? 閃ではなく千。導き出される解答は)


 そしてフェトラスの右手から放たれるはずの雷は、細くなく、一つでもなかった。


 雷千……千の雷。カルンの模倣ではなく、フェトラスが即興で作った稲妻の魔法――――!?


 闇はもう雷の奔流に変化している。装填済みというわけか。もしあんなモンが放たれれば、瞬時に俺を丸焦げにするだろう。


(だがっ!)


 フェトラスの右腕に浮かんでいる複数の雷は互いに作用しあい、交わったり分裂したりしている。一直線ではなく複雑な軌道を描いている。


 なにより、あの魔法はまだ完成してない。あれだけの深刻な魔法なのだから、続く呪文が必要なはず。


 フェトラスは雷千を生み出し、呪文を紡ぐ。


「 【走閃】 」


 実質的なタイムラグは無かった。詠唱も、チャージも、発動も。全てが秒単位。


 だが、その過程分だけ俺への到達時間が遅れる。そのわずかな時間が俺を助けた。


(当たったら死ぬ! 範囲を予測しろ。呪文効果を推理しろ。ジャンプは無理。ふせる意味無し。右は即死。左も即死。後退に意味はなく、前進は自殺。回避不可。……剣を投げる。避雷針。最適ポイント。右前方。【雷千】の【走閃】……【雷千走閃】。つまり雷が含む属性は【閃】ではなく【千】――――!)


 体中のエネルギーをかき集めて、俺はどろり・・・とした世界の中で剣を目的の場所にブン投げた。


 更に深く。もっと深く。集中の底を破ってどこまでも深く。時間を置き去りにするくらいの勢いで突き進む!


 そして俺が剣を投げるのとほぼ同時、フェトラスから千の雷が閃光となって走り抜けてきた。


 そして閃光と同じ速度で俺の頭は回転する。


(雷、剣にヒット。状況変化。雷の進行方向、威力、速度、変化。安全なポイントは……そこっ!)


 右前方に投げた剣。その右後ろの空間。その先は安全地帯だ。俺はそこめがけて飛び込んだ。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「 【雷千走閃】 」


 唱えた呪文はわたしのオリジナルだ。いくら英雄といえど、避けきれるものではない。


 全力で行くと行った。だから、本気で殺すつもりで唱えた。


 だけど英雄は魔法が届く前に剣を投げ、次の瞬間には妙な場所へ転がり込んだ。


 バヅゥッ!!


 雷が爆ぜる音。剣は雷を引き寄せて、そうして出来た無雷地帯に英雄は膝をついていた。


 生きている。


「……どうして避けることができたの?」


 尋ねずにはいられなかった。殺すつもりで唱えた。死んでるべきだ。なのに英雄は生きている。


 彼は「よいこらせ」なんてふざけたかけ声と共に立ち上がった。


「あのな。言っただろ? カルンのモノマネじゃ勝てないって。ちょっとアレンジしたぐらいでどうにかなると思うなよ。それともお前、俺を馬鹿にしてるのか?」


「……………………」


「もっとあるだろ。お前が得意なヤツが。それで来いよ。慣れてる方が使いやすいぞ?」


 それは、あの海を割っていた欲求不満を解消する、儀式の魔法のことを指しているのだろうか。


「ま、それでも? どんな魔法で来ようが、どんな技で俺を攻めようが……お前は絶対に俺に勝てない」


 英雄は自信たっぷりにそう言った。


「さぁ、こいよ。お前の魔法で俺を殺してみろ」


「…………よく言ったね。じゃあ、殺してあげる」


 わたしは魔力を回し始めた。


 殺すつもりで、いく。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




(あ、危なかった…………)


 本当にギリギリだった。よくあそこまで上手く出来たと我ながらビックリだ。


【雷千走閃】は危険な呪文だ。立て続けに唱えられたら絶対に死ぬ。あれは最悪の魔法だ。


(お願い。雷系の魔法は止めて)


 心の中でそう願いながら、俺は剣を拾った。


「これまた熱っ!」


 雷を一身に受けた剣は、焦げていた。溶けなかっただけマシだが、これじゃ熱すぎて持てない。しばらくは持たない方が良さそうだ。


 まぁ、どうせ次も雷系だったら俺は死ぬ。そうじゃなかったら生きる。


 よし、お願いだフェトラス。さっき言った通り、お前の得意なヤツで来てくれ。


 フェトラスの双角に魔力が集うのが分かる。どれだけ力を溜めているのか、その雰囲気は凶悪だ。フェトラスの口元には力がこもっており、歯を食いしばっているのがよく分かる。


 構えながら、俺はひたすら祈った。



 月眼。螺旋の双角。


 世界を滅ぼす者の、魔の法。


 そしてフェトラスの魔法が完成する。




「 【ブタの丸焼き】ぃぃぃッッッ!!」





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