優れ、超える者を殺すための切り札
ミレーナは語った。
最後の勝負はイカサマをしなかった。
お望み通りの真剣勝負。そこに全力を注いだ、と。
二人きり。ベッドの上で。愛ではない何かを交わした後で、彼女は語り続けた。
「ところで俺は負けたのだが、なぜ、その、こういう事に?」
「抱かせたつもりは無いわよ。わたしが、勝者としてアンタを抱いたの。……なによぅ、文句でもあるの?」
「ないです」
「そろそろマフィアに目をつけられる予定だったんだけど……アンタがいるなら、もう少しこの街に残るのも悪くないね」
「なんだその物騒な予定は」
「ん~……説明がめんどい……というか眠い……腕貸して」
のそのそとベッドの上で身じろぎをして、彼女は俺の腕を枕にしたのであった。
そして朝が来る。
そして夜が来たり、朝が来たり、時には昼に起きたり。
なし崩し的に同棲めいたことを始めた二人は、お互いの身の上話も細々とするようになりました。
そんなある日のこと。
いつものようにベッドの上で。
「……優越の魔王?」
「そう。それがあたしのターゲット」
ミレーナは「ん」と言って自分の右目を指さ示した。
その動作が示す通りに瞳に注目すると、俺はそれが聖遺物であると気がついた。
「まさか……義眼の聖遺物、か?」
「そうだよ。でも正式な名前は分からない。あんまり上手に使えてないんだ」
かなり近距離でないと義眼とは判別できない。本当によく観察しないと分からないレベルだ。聖遺物特有の雰囲気が薄い。
「夜にしか賭けをしなかったのは、それが理由か」
「ご明察。明るい場所でマジマジと見られると、勘の良いヤツは気がつくんだ」
「なるほどな。しかし使用可能なのに、名前が分からないとは……適合が上手くいってないとそういうケースもあるが……どのような能力なのだ?」
「発動させると遠視能力が得られる。もっと集中すると相手の考えてることが読める」
「そりゃ勝てぬわけだ」
カードの中身も、相手の思考も見られる。平和な現代社会においては最悪に凶悪だ。
「対人でも効果があるから魔眼なのは間違い無いけどね」
「魔眼……魔眼か……とても珍しい聖遺物だな。目から光線とか撃てないのか?」
「なにその発想」
「聖遺物は必ず武器の形状を持つ。攻撃能力が皆無の聖遺物なぞあり得ないはずだ」
「そうなんだ……でも目から光線って」
ミレーナはケタケタと笑ってみせた。
「なんかすごいマヌケな攻撃方法だね。光線を放ってる間はきっと相手のことも見えない。見透かすための聖遺物なのに、いざという時は相手のことが見えないなんて」
笑い続けている彼女とは対照的に、俺は言葉を発せないでいた。
「…………優越の魔王を狩るのが目的だと言っていたな」
「そうだよ。あいつは必ず殺す」
優越の魔王。
かなり以前からお触れ書きが出回っている魔王だ。
この魔王が珍しくなった世界において、間違い無く最強の部類でもある。
交戦した結果は全てが人類側の敗北。
かろうじて生き残った者の発言が寄せ集められて、件の魔王の情報はなんとなく出来上がっている。
優越の魔王。個体名不明。外見は物静かな男性型だ。
銀眼でこそないが「やつに勝てる者はいない」という遺言を残した騎士もいる。
その戦歴は百戦百勝。これは比喩表現ではない。
百の聖遺物がロストしたのだ。
適合系、消費系、代償系を問わず。近距離、中距離、遠距離、特殊な聖遺物ですらもロストしているそうだ。いくら聖遺物が飽和気味で、担い手のレベルも低い昨今とはいえこの戦績は重大だ。
一言でまとめると「現代社会において最強の魔王」である。
だがしかし、平和な世である。そろそろ総力戦と称した、イジメのようにエゲつない戦略が採られる時期でもあるはずだ。
「どうせ放っておいても討伐されると思うのだが」
「いいや、違うね。ヤツに勝つことは不可能だ」
そう断言したミレーナは、悲しそうに微笑んだ。
「優越の魔王……その名が示す通り、ヤツは敵対した者よりも強くなるという特性がある」
「……ん? どういうことだ?」
「どうもこうもないよ。例え伝説の大魔王を討ち取った分身剣シルベールでさえ、ヤツには勝てないとわたしは断言するね」
「ふふっ、大きくでたな。まさか伝説の聖遺物ですら勝てないとは」
「…………そう思わせてくるほどには、絶望的って感じかな」
そう呟くミレーナは、俺の腕を枕にしながらため息をついた。
「優越。つまりは優れて、超えること。ヤツの魔法属性はそれが根幹にある。これはあくまで例えなんだけど、ガッドルが攻撃力100でヤツをブン殴ろうとしたら、ヤツは攻撃力101で殴ってくるのさ」
「1なら誤差であろう。回避や防御方法、場の状況でそんなものは無視していい値になる」
「なんともまぁお行儀のいい答えで。まぁ仕方ないか。ヤツと対峙しないと、この辺の感覚は実感しにくいだろうし」
「…………お前は優越の魔王と戦ったことがあるのか?」
「あるよ。あるとも。アレはわたしにとって戦いだった。……ただ向こうからすれば戦いとも呼べないモンだったろうね」
ミレーナはそっと俺の腕から頭を離して、うつ伏せになった。
「……当時のわたしはただのアクセサリー屋の店員だった。人なんて殴ったことないし、本気で誰かを罵倒したこともない、そんなお嬢さんだったよ」
うつむいているせいで、やや曇った声。俺はそれに耳を傾けた。
「襲撃は突然だった。ヤツは三体の魔族を従えて、わたしの街を燃やした。剣、槍、なんなら最近流行りだした【銃】っていう武器もあった。でも誰もヤツに致命傷を与えることは出来なかった」
「……ダメージは与えられたのか?」
「どうだかね。精霊服で防がれていたようにも見えるけど……とりあえず銃は効かなかったみたいだよ」
まさか。
単純な殺傷能力としては聖遺物に迫る勢い、という触れ込みである銃が効かなかったとは。
素直に驚いた俺だったが「そうか」という短い相打ちだけで彼女に続きをうながした。
「当時は五人の聖遺物使いが街にはいた。だけどどいつもこいつも、優越の魔王に殺されたよ。――――そのうちの一人が持っていたのが、この魔眼さ」
「継承した……というわけでは、ないのだろうな」
「その通り。まぁ真名すら知らないんだから当然だけど。……瓦礫の破片で片目をやっちまってね。パニックになったわたしは、わけもわからずに死体からこの魔眼を奪ったのさ」
――――もいだの?
そんな疑問を浮かべていると、ミレーナは少しだけ顔をあげてチラりとこちらを見た。
「すっっごい失礼なコト考えてるだろー。当時のわたしはお嬢さんだぞ? 死体から義眼を剥ぐなんて真似出来るもんか。コイツは担い手が死んだから、その瞳からこぼれ落ちたのさ」
「そ、そうか」
「もしかしたら片目じゃなくて、両方義眼だったのかな、って考えることもある。なんかいまいち不完全だからね。……まぁ、仕方ないことさ」
「よく没収されなかったな。後から来た騎士団に提出しなかったのか?」
「ロスト扱いされたんだと思う。あの時、わたしの街は地獄みたいな有様だったしね。ついでに義眼とはいえ視力がちゃんと戻ったから、手放すのがイヤだったっていう個人的な事情」
きっと思い出したくも無い、けれど忘れる事も不可能なトラウマ。ミレーナは淡々と心境を吐露していく。
「片目がグズグズになってて、すごく痛くて怖くて……気がついたら、助かりたい一心でこの義眼を植え付けてた。聖遺物なのは見て取れたし、何かが変わるかなって思って」
壮絶な事だが、理解は出来る。人間は時に思いもよらぬ決断を下してしまう生き物だ。
「適合したのか、何かを消費したのか、あるいは代償を捧げたかも分からない。でもあのほんの一瞬、わたしは優越の魔王の心を読んだ」
「……ほう」
「退屈だ、憂鬱だって、ヤツはずっと……人生に飽きてたよ」
「――――そんなノリで街を滅ぼされてはたまらんな」
「そうとも。わたしの大切だったモノは『退屈だから』って暇つぶしに壊されていいものじゃなかったはずだ」
「だから戦ったのか」
「うーん……まぁ正確に言うなら、逃げるために必死コイた、って感じかな。心を読んで、見透かして、攻撃が飛んでこない方向に向かって全力ダッシュ! 流石のあいつも逃げ足勝負には乗ってこなかったってだけさ」
「……そうか」
「そうだよ。きっとあの時、わたしはあそこで殺されたんだと思う。生活が一変した、なんてレベルじゃない。人生を丸ごと書き換えられたんだ」
だから必ず殺すと決めた。
そうミレーナは呟いて、のそりと身体を起こした。
『キスしていい?』なんて質問もなく、彼女はそっと俺と唇を重ねてくる。
「…………でもこのまま…………いいや、なんでもない。なんでもないさ」
「…………」
「…………ありがと」
黙って抱きしめ返すと、ミレーナはそう言って微笑んだのであった。
「というわけで、ヤツをブッ殺すために聖遺物をかき集める事にした。わたしがギャンブルしまくっているのはそういう理由さ」
着替えと湯浴みをすませ、二人で朝食を摂っているとミレーナはいくつかの聖遺物をゴロゴロとテーブルの上に並べてみせた。圧巻だ。思わず俺は呆然となってしまった。
「基本的には路地裏で派手に賭け事して、後から出てきたマフィア共から聖遺物を奪うって感じかな」
「………………何故そのように危険な真似を」
「この魔眼があればほぼ勝てるからね」
「いやそれにしてもだな」
「今もなお、優越の魔王は討伐されていない。それはつまり表で出回っている聖遺物じゃヤツの天敵たり得ないからだ。なら裏の聖遺物だろう?」
理には適っているように思える。
魔王が激減したせいで、聖遺物の価値が変わった。武器としてではなく美術品のような扱いを受けることが増えているのだ。
そんなわけで、王国騎士団が管理していない聖遺物の数はかなり多いと聞く。
その中にミレーナが求める聖遺物がある可能性は割と高い。
「しかし優越の天敵……いまいち想像がつかんな……」
「まぁね。でもこうやって地道にやっていくしかないんだ。わたしの中途半端な魔眼じゃ、どうやったってあいつを殺せない」
俺はテーブルの上に並べられた聖遺物を改めて観察した。
聖遺物は三つ。
・斬空剣※※※※。
遠距離、中距離、近距離で使える強力な聖遺物だそうだ。代償系なので日常使いするべきではないが、応用力が非情に高く有能だ。
・支配杖エンセンス。
敵の行動阻害と味方の行動補佐が行える。端的に言えば遠距離から、ほぼ物理的に背中を押す聖遺物だ。敵に使えば転ぶし、走る味方に使えば加速する。
適合系。ただし適合率で効果が大きく変わってしまう。
その名が示す通り、支配者としての資質が適合率に関わっているようだ。
解説1
《敵の回避率のダウンと、味方の回避率アップを司る》
解説2
《本質は重力を操る。全てをひれ伏せさせる魔杖》
・引導剣ナーカ。
トドメの一撃が放ちやすい。相手が弱っている際に真価を発揮する。
近距離特化の聖剣。平和な世では扱いづらい部類だ。
しかも消費系。――――敵を討つと爪が剥がれるらしい。
解説1
《クリティカルが出たら倒せる、という状態まで相手のHPを削ると能力が発動。高確率で必殺することが可能》
解説2
《右腕のみを狙う、等の部位破壊においても効果が見込める。その場合は中確率だが》
解説3
《敵を殺害すると爪を消費するが、部位破壊においては適用されない》
「これはまた、個性的な聖遺物が揃ったものだ……」
「そう? 聖遺物って大体こんなもんじゃない?」
「代償、適合、消費の三種類が揃っているが……うむ、一番有能なのは支配杖エンセンスだな」
「へぇ……そうなんだ……代償系のヤツが一番強いかと思ってたよ」
「強い弱いで言うなら、支配杖エンセンスは一番弱いだろう。ただ戦略の幅が格段に上がるという意味で、とても有能だ」
「はぁ。流石は武人さん。目の付け所がわたしとは違うね」
「しかし聖遺物を個人で四つも有するとは……王国騎士団にバレると面倒なことになりそうだな」
「そのケースも考えたんだけどね。王国騎士団と聖遺物を賭けて勝負するの」
「やめておけ。問答無用で徴収されて終わりだ。特に斬空剣は狙われるだろう」
「だよねぇ……まぁ王国騎士団が所有してる聖遺物にアタリがあれば、いつか優越の魔王は殺されるだろうし、それならそれでいいさ。わたしはわたしに出来ることをやるだけ」
「……そうか。ところで手に取ってみてもいいか?」
「いいけど、いきなり支配杖エンセンスで押し倒すみたいな事はしないでよね」
「馬鹿者」
そう言いながら斬空剣を手に取ってみると、異様にしっくりした。
ミレーナに断りを入れてから抜刀。
鞘から抜け出したそれは、蒼の紋様が入った片刃の剣だった。
「ふむ……美しい剣だな」
「でしょ? でも引導剣ナーカも綺麗だよ」
言われるがままにそちらも手に取ってみる。抜刀すると、現れたのは漆黒の板のような剣だった。切っ先が無い。
「これはまた独特な形状だな……だが、硬く、そして良い剣だ」
「暗いところだと刀身が見えにくいから、そういうシチュエーションで輝く剣だと思うよ」
「しかし使うと爪が剥がれるのだろう? 五回しか使えないというのは難点だな……」
「五回? 両手両足で二十回は使えるんじゃない?」
「……例えば足の、親指の爪でも剥がれてみろ。激痛で一歩も動けなくなるぞ」
「えっ、爪が剥がれるのってそんなに痛いのかい……?」
「痛いなんてもんじゃない。俺だって涙が出る。処置をすれば何とかなるが……とりあえず手の爪が六枚剥げたら、この剣を振るうことは極めて難しくなるだろう。振り回せば、おそらくその場に落としてしまうと思う」
「うっわ……なんか代償系の斬空剣よりもエグくない……?」
認識が甘かった、とミレーナは額に手を当てた。
「……まぁ文句を言っても仕方が無い。これがわたしの手札さ」
「まぁ通常の魔王であれば、この三種の聖遺物で十二分に狩れるとは思う」
「だろうね。でもわたしの獲物は通常の魔王じゃない」
ため息と苦笑い。
そしてミレーナはこう呟く。
「この聖遺物で優越の魔王は殺せると思う?」
「――――対峙したわけではないので、何とも言えんな」
「だよねぇ。……まぁしばらくはこの街に眠ってる聖遺物でも探すさ」
「もしもの話しだが」
「なんだい?」
「――――もしも優越の魔王が他の誰かに狩られたら、お主はどうするのだ?」
「そうだねぇ……そんなウワサが聞こえてきたとしたら……」
寂しそうに彼女は微笑む。
「その時は、ギャンブラーなんて止めてアクセサリー屋さんにでもなろうかな」
「そうか」
短い返答を返す。
そして目を閉じる。よく考える。一体なにが最善で、何が最悪なのかを。
「ミレーナ。賭をしよう」
「……いいとも。何を賭ける?」
「俺が勝ったら、そうだな……この斬空剣をくれ」
「なるほど。わたしの切り札をお求めで。ならかなりの金額を吹っかけることになるけど大丈夫かい?」
「む。それは困るな。つい先日大金を失ったばかりなのだ」
フッと笑ってみせると、ミレーナの表情が強ばった。
「…………ダメだ。ダメだよガッドル」
彼女は焦ったように顔を左右にふってみせる。
「あんたには関係の無い話しだ。これはわたしの復讐で、わたしの物語だ」
「だろうな。それは俺の復讐ではない。だが俺は、お前の物語の登場人物だ」
「ツッ」
「だから賭けよう。俺が勝ったら斬空剣をくれ。そして俺が負けたら、この身をその復讐に捧げる」
「………………………………」
長い。とても長い沈黙。
ため息。涙が落ちる音。鼻をすする音。
きっとそれらは、喜びではなく哀しみが奏でた音だった。
「…………どうして? どうして……わたしに付き合おうとするの?」
「愚問だな。魔王討伐は人類の責務だ。むしろ戦わない理由が無い」
「…………ガッドル」
「む……そうか。そういえば、心が読めるのであったな……」
「うん。でも、ちゃんと言葉にして」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
[さて、きみはこの問いにどう答えるかな? そういうゲームだから? それとも本当に人類のため? あるいはミレーナに惚れたから?]
「気持ちはどうであれ、きっとガッドルさんならこう答えるはずだよ」
『――――俺とお前と人類が、最善の未来を勝ち取るためだ』