たのしいらくえん
暗い廊下を進む。
それはエクイアの楽園に向かう際に体験した闇と同じモノだった。
闇の先には光が零れる扉。
この先にはどんな光景が広がっているのだろう。
キーワードは部屋、遊戯、多様なゲーム。
ロキアスは「死ぬことはない」みたいな事を言っていたが、さてはて。
フェトラスは期待と不安に包まれながら、ゆっくりと扉を開けた。
そこはまさに部屋だった。
ティザリアとキトアがまだ幼い頃に使っていた部屋の広さに似ていた。二人だと手狭だが、一人だと広く使える。そんな印象だ。
クリーム色の壁。ほんのりと赤いカーペット。そして部屋の戸棚には様々な箱が積まれていた。おそらく中には遊戯盤やカードの類いが入っているのだろう。
物は多いが、整頓されている。積み上げられているのはきっと全てが遊戯に関わるモノなんだろうけど、まるで研究者の部屋のようだとフェトラスは思った。
そして部屋の隅に備え付けられているテーブルに彼はいた。
[えっ]
月色の瞳を大きく開いていて、まだ幼い表情に素直な驚きが浮かんでいる。彼は呆然とつぶやいた。
[いや……えっ、どちら様?]
少年のような見た目だった。人間で言うところの、十三歳ぐらいだろうか。
髪は左右が白黒のツートンカラー。赤い髪留めピンが印象的で、それで前髪を横にまとめている。
服装はゆったりとした青色の普段着。一応は精霊服なんだろうけど、防御力は低そうだ。たぶん着心地を最優先にしているのだろう。
色々な挙動を見る限り、元気そうな少年というよりも、理性的な立ち振る舞いが強く見て取れた。
[誰かは知らないけど……とりあえずゲームする?]
遊戯の魔王パーティル。
自己紹介よりも先にゲームを提案する魔王がそこにはいたのであった。
彼はちょうど何かの遊戯をプレイしていたらしい。
テーブルには綺麗なクロスが敷かれていて、そこには色とりどりのカードが広がっていた。彼はそれを横に整理しながら、柔らかな口調でフェトラスに語りかける。
[どうぞどうぞ。まぁ座ってよ。びっくりしたなぁ。何か好きなゲームはあるかい?]
「と、とりあえずはゲームなら大体好きだよ」
フェトラスが口にしたのは敬語ではなく、通常のソレ。なぜなら大先輩であるはずのパーティルがとても幼い外見をしていたからだ。そして彼の視線には敵意も害意も無かった。だからフェトラスは油断こそしなかったが、毒気を抜かれたのであった。
[そっか。じゃあ挨拶がてら、普通に七並べでもやってみる?]
「いい……っと。あぶない危ない」
うっかり了承しかけたフェトラスだったが、彼女はまず背筋を伸ばしてから一礼した。
「まずは挨拶から。初めまして遊戯の魔王パーティル。わたしはフェトラス。十三番目の月眼、極虹の魔王です」
[うんうん。プレイヤーネームはフェトラス、と。分かったよ。じゃあゲームをしよう]
ニコニコと。
彼は笑いながらフェトラスが月眼であることを受け入れた。
「ええと……だから、その、わたし月眼なんだけど……」
[それはもう聞いたよ。今は目が黒いみたいだけど、この部屋に入れるということは月眼の関係者で間違い無いだろうさ。――――それで、プレイするのはカードでいいかな?]
聞くべき事はそれだけだと、青い服を着た少年はにっこりと嗤っていた。
この辺でわたしは気がついた。
遊戯の魔王パーティルが、ほとんど自分に興味を持っていないということに。
最初こそ「誰?」とは聞かれたが、それに答えても全然響いた様子が無い。彼が興味を持っているのはゲームに関することだけで、他のことはほぼ無関心のようだ。
(だけどわたしは、ただゲームをしに来たわけじゃない。結局はゲームをする事になるんだろうけど、本質は他の月眼に触れて成長することだ)
幸い会話は成立している。いきなり敵対されてもいない。
だったらやるしかない。いくぞわたしの必殺技。無敵の自己紹介だ!
「まずは色々とお話ししたいんだけど、いいかな?」
[うん? テーブルトーク系のゲームがいいのかい? 初対面で豪快な選択肢だね。いいとも。では僕がGMをしてあげよう。どんな感じのセッションがいいかな? と言ってもここには僕が作ったシナリオしか無いんだ。……自作だからクセが強いかも。もしきみが何かシナリオを持ち込んでいるならそっちでもいいよ?]
幸い会話は成立している。いきなり敵対されてもいない。
――――だけど話しは通じていなかった。
ついでに言えば、半分ぐらい何を言ってるか分からない。
いきなり困ってしまった。ロキアスさんは「賭けには乗るな」と言っていたけど、普通に遊ぶ分には構わないはず……というか、そうじゃないと話しが進みそうにない。
強行に自己紹介をしてもウケは悪そうだ。だったらゲームに乗る方が話しが早いかもしれない。
わたしの目的はレベルアップ。もっともっと正確に言えば、色んな月眼の魔王さんと接して、見聞を広めることだ。それがヴァウエッドさんの手料理に繋がる(らしい)。
そして何より、ここは「遊戯のための楽園」だ。ならばその在り方に寄り添うとしよう。
「えっと、あんまりゲームの種類には詳しくないんだ。だから……パーティル……くん? さん? それとも様付けの方がいいのかな……」
[呼び捨てでいいよ。僕もフェトラスって呼ぶし。それで? ゲームの種類がどうしたんだい?]
「えっと、じゃあパーティル君で。……何かオススメで楽しいゲームがあったらそれをやってみたいかな」
[愉しいゲームをご所望かい。じゃあシンプルなのと、ちょっと複雑なの。どっちが好き?]
「初めてのゲームだし、簡単な方がいいかも」
[じゃあボードゲームにしよう。サイコロ振るだけだから簡単だよ]
いそいそとパーティルは戸棚に近づき、何やら呪文を一つ唱えた。
[初戦だし、あんまり長いのは止めておこうね。サクサクいこう。【遊解】]
効果が読み取れない呪文。だがその正体はすぐに分かった。開かれた戸棚には、ぽつんと一つの箱しか置かれていなかったのだ。
わざわざ戸棚に一つのゲームを入れるなんて、そんな妙なことをする月眼の魔王がいるはずがない。
(たぶん召還系……いや、倉庫を整理する感じかもしれない、特定の物質を提示させる魔法なのかな)
そんな思考をよそに、パーティルは楽しげに準備を進める。
[よしそれじゃ、早速始めよう。ルールは簡単。サイコロを振って、ゴールを目指す。途中のマスには課題があって、それをクリア出来ないとペナルティがあるよ]
「ペナルティ? え、それってどんな……」
[何マスか戻ったり、一回休みだったり、色々だよ]
「えぇ……こ、怖いなぁ……」
[怖い?]
パーティルは目をパチパチとまばたきして、首を傾げた。
[なに。負けたら死ぬ誓約でもキめてきたの?]
「いやいやいや。全然、そんなことは」
[ならいいじゃん。危ないペナルティなんて無いしさ、とりあえずやろう]
――――パーティルはずっとソワソワ、ワクワクしていた。とても愉しそうだ。
その感情に水を差すのは良くないと感じたわたしは、もう細かい事は気にしないようにした。……いざとなったらロキアスに全部丸投げしてやる、と。ちょっとした復讐心のようなものを添えて。
[先攻と後攻もダイスで決めよう。あ、ピースは好きな色を使ってね]
「ピース……? ああ、コマのことか。じゃあ白色を借りるね」
[オッケー。じゃあ僕は青だ。そんでさっそくダイスを振って……4だよ]
フェトラスもコマと一緒に渡されたダイスを放る。出た目は3だった。
[それじゃあ先攻は僕だ。ササッと始めようか。――――わぁぁ! うわぁぁ! 愉しい! 愉しいなぁ! 誰かとゲームするの久しぶりなんだ!]
「そうなんだ……どれぐらいぶりなの?」
[数えてない! じゃ、ゲームスタート! 負けた方は罰ゲームね!]
「!?」
もしかしてわたし、早速やらかした?
パーティルが出した目は4だった。
ひょいひょいとコマを進めて、それが止まったマスに文字が浮かび上がる。
《ダイスを二個ふって、
[うーん。今回はパスしておこうかな。じゃあ次はフェトラスだよ]
8以上なら次回のターンでダイスが二個ふれる。7以下の場合は一回休み。課題を拒否する場合は、次回のターン三面ダイスを使用する》
浮かび上がった文字。フェトラスがまだ数文字しか読んでないにも関わらず、その段階でパーティルは決断を下した。
「……え?」
[ほらほら、早く]
「ちょ、ちょっと待って。早すぎる。今の一瞬で全部読んだの? すごいね」
[こういうのは要点だけ読めばいいんだよ。課題の文章なんてテンプレ気味なのが多いし]
「ふえー。わたしにはそのスピード真似出来そうにないや……」
[別にゆっくりやっていいよ。ほらほら、フェトラスの番だよ]
しかしあまりにもゲーム展開が早すぎる。罰ゲームも恐ろしいが、それよりも今はパーティルの決断のスピードの方が気になる。なのでフェトラスは彼の言葉に甘えて、ゆっくりとこのゲームを攻略することにした。
「今の課題をパスしたのは、どうしてなの?」
[期待値が低いからだね。まだ序盤だし、様子見だよ]
期待値。期待値ってなんだろう。
たぶん期待出来ないってことなんだろうけど。
「……このゲームはよくやるの?」
[いや? 実際やるのは相当に久々だよ。それより速く振ってよ。まだ一マスも進んでない]
パーティル君はやや焦れたようにわたしを急かす。ゆっくりでも良いとは言われたが、どうやら質問よりもゲームを優先させないといけないみたいだ
(……ここ、本当に楽園?)
心の中で疑問符を浮かべながら、わたしはダイスを振る。出た目は6。最大値だ。
「いち、に、さん、し、ご、ろく。えっと……ダイスを振って出る目が奇数か偶数かを当てる。成功なら3進む。失敗は3戻る――――なら振ってみようかな。偶数で」
コロコロとダイスを転がす。出た目は先程と同じく6。成功だ。
[やるねぇ]
愉しそうに褒められた。コマを3進めたが、課題の文字は浮かんでこない。どうやら一ターンにつき課題は一つだけらしい。
[じゃあ次は僕だね。三面ダイスで……ありゃ。最低値だ]
パーティルはコマを1だけ進める。
そして課題が浮かび上がる。
《小指を切り落とす。20マス進む。課題を拒否する場合は一回休み》
ヒュッと息を呑んで、ついでに血の気が引く。
「なにこの課題!?」
[えっ。なにと言われても……課題は課題だよ]
パーティルは平然とそう言った。
着心地の良さそうな青い服を着て、少年のような見た目で、無邪気に嗤いながら、月眼の魔王が口を開く。
[ちなみにパスだ。序盤にしちゃ破格の課題だけど、流石に小指は惜しい]
「そうじゃなくて……そうじゃなくて! なにこのゲーム!?」
[……? 愉しいゲームがいいって言ったのはフェトラスじゃないか]
「いや全然楽しくないよ!? なに、指を落とすって!」
[……? 別に課題が嫌なら拒否すればいいだけだよ。何か問題でも?]
フェトラスは己の認識が甘かったことを悟った。
間違い無い。ここは、楽園だ。
ゲームは進む。
ダイスを振って、その目を問うものが多かったが、時折異様な課題が訪れる。
《人差し指を折れば10マス進む。パスの場合は5戻る》
《三分間全力で踊れば4マス進む。パスの場合は二回休み》
《一分以内に相手を笑わせよう。成功なら次のターンダイスを二つ振る。失敗なら次回ターン1しか進めない。パスの場合は一回休み》
《片目をえぐれ。実行すれば次回ダイスを七つ振る。パスの場合はダイスを二つ振って、出目の分だけ戻る》
それは温度差の激しい課題達だった。
ただダイスを振るだけの場合が最も多いが、時折、酷い内容の課題が下る。更に低確率だが、取り返しの付かない課題も出ることがあった。
パーティルの言っていた通り、ペナルティ自体に危険なものはなかったが......。
ターン数が15を超えた当たりで、フェトラスには雑談する気力が失せかけていた。
一ターンごとに質問を一つしよう、なんて当初目的としていたソレは既にぼやけている。
[残りはだいたい40マスか。当たりマスに止まれば、一発でクリアも見えてきたね?]
「……40マスを飛び越える課題って言ったら、片足をもがれるかもね」
[そうだねぇ。そういう事もあるかもしれないねぇ。でも嫌なら拒否すればいいだけさ。さて、5マス進むよ]
パーティルは期待値とやらに従って課題を受けたり受けなかったり。だけど心身にダメージがあるものは避けていた。無難なプレイスタイルともいえる。
だけどゲームが後半に差し掛かり、彼は動き始めた。
[ふむふむ。次の課題はカップに血を満たす、か。……まぁこれぐらいなら余裕かな。受けるとするよ]
魔法を唱えるまでもなく、机のわきにカップが生成される。パーティルはそれに手首を当てて【盤遊】と唱えた。その瞬間、彼の手首には深い裂傷が生まれて大いに血が滴る。
「ツッ……」
[うーん。久々に痛覚を覚える。でもそのおかげで8マス進めるなら僥倖だよね]
「…………つっ」
この瞬間、フェトラスの憔悴は最高潮を迎えた。パーティルは今、初めて自傷を選択したのだ。それはつまり彼が多少なりとも本気になった証左でもある。
[運がよければあと3ターンで決着するかもね]
その顔は、口元は、そして瞳は嗤っていた。
「どうして……」
[ん?]
「どうして、このゲームを提案したの?」
[えっ。きみがシンプルかつ、愉しいゲームがいいって言ったからだよ]
「今の所ぜんぜん楽しくないんだけど……!」
[えっ、うそマジで?]
パーティルは真剣に驚いた様子でそう言った。
[愉しくなかった? それはごめんね。僕としてはとっても愉しいんだけど]
「どっちかが傷つくゲームなんて、楽しいわけないじゃない!」
[別に傷つくことは必須じゃないよ。でも勝利するためには傷を負う覚悟がいる。この二つは矛盾しないと思うんだけどなぁ]
「ダイスを振るだけって言ってたじゃない!」
[ダイスを振るだけだよ? だって課題を受けるか受けないかは、常にプレイヤーに委ねられているんだから]
「でもダイスを振るだけじゃ勝てない……!」
[そりゃそうだよ。ダイスを振るだけで決着が付くゲームのどこが愉しいの?]
今までの会話と比べるとそこそこに長かったが、会話はそこで打ち切られる。パーティルがカップを血で満たし終えたからだ。そして彼は殊更愉しそうに片手を差し出した。
[さぁ、次はきみの番だよフェトラス]
「くっ……ええい!」
それなりの念を込めてダイスを放る。出た目は3。下った指令は。
『百面ダイスを放って、ゾロ目が出れば次回のターンダイスを五つ振れる。失敗した場合は出た目の分だけ戻る。課題をパスする場合は三回休み』
思考力すら薄らいでいたフェトラスは三回その指令を読み返した。
成功すれば五倍。失敗すれば0~99マス戻る。パスは三回休み。
「パスのデメリットが大きすぎる……!」
なんだこれは。どうすればいいんだ。パスすれば三回休み。そしてパーティルは「三回あれば上がれるかも」という事を言っていた。
成功すれば、ゴールにかなり近づける。
でも失敗すれば、スタートに戻りかねない。
そしてその間にパーティルはゴールしてしまうだろう。
……その場合、逆転するためには致命傷に近い傷を負わなければいけないように思える。
唐突に訪れた博打課題だ。困りかねたフェトラスはパーティルに情けない声を投げかけた。
「ど、どうすればいいかな」
[受けるべきじゃない? だって成功のメリットは大きいし、失敗しても1マスですむかもしれないんだし]
「でもでも、失敗して、それこそ80以上の目なんて出したら最初に戻っちゃう!」
[それが勝負ってものじゃないかな。……どうだい? ワクワクするでしょ?]
月眼の魔王パーティルは、本気で愉しそうに嗤った。
ゲームを進めろと、その瞳は爛々と輝く。
「どうしよう……」
振るか、振らないか。進むか戻るか。確率は二分の一。
「いや違う……きたいち……そう、期待値。ねぇパーティル君。これって成功するのってどれぐらいの確率か教えてくれる?」
[10%だよ]
端的に質問に答えるパーティル。
その顔には「それぐらい考えれば分かるだろ。おばかさんめ」と書かれていた。
(考えろ……10%……つまり九割は失敗だ。でも失敗しても……うん、十マスぐらいだったらまだ挽回出来る……でもそれも同じ10%の確率だ……じゃあ三回休んだらどうなる?)
ちらりとパーティルの表情を伺う。
彼はこれまでと違い[さぁ、早く]と急かしては来ないようだった。
ただわたしが真剣に悩んでいる……必死でプレイしている姿を好ましく思っているようにも見えた。
(パスは三回休み。パーティル君は残り28マス。わたしは45マス……パーティル君が課題を受けたせいで、あっという間に差が開いちゃった……三回も休んだら、あとはパーティル君が課題を受けて独走されちゃう)
この魔王は勝つために血を流すことを厭わない。
だったらこれ以上差を広げるわけにはいかない……!
[………………]
「……受ける。ダイスを振るよ」
[……美しい]
ぼそりと、パーティルは呟いた。
[いい。いいね。とても美しい。……実際ここが勝負の分かれ目だよ! きみの決断はとっても好ましい。さぁ、振って? きっと愉しい事になる]
爛々と、煌々と、そしてねっとりとパーティルの月眼が濁る。
[さぁ、きみの運命を僕に見せてくれ]
「――――ここが分水嶺というのなら、最後にもう一つだけ教えてくれる?」
[なにかな?]
「負けたら罰ゲームって言ってたけど……どんな罰ゲーム?」
そう尋ねると、パーティルは呆然とした。
[まだ決めてないよ]
フェトラスの恐怖が一気に高まる。
数々の課題。その内のいくつかは重大なダメージを負うことを迫っていた。
ならばその総決算では、どんな酷い事が待ち構えているのだろうか。
そんな風に凍り付いたフェトラスの表情を見て、パーティルは愉しそうに、本当に愉しそうに頷く。
[さぁ、最後の質問には答えたよ。……振って?]
フェトラスは吼えた。
ダイスを放るだけなのに、本気の気持ちを込めて吼えた。
――――出た目は、85だった。
「ああああああああああ!!」
[ふはっ、ははははは! これはひどい! スタートに戻っちゃったね!]
「ああああああああああああああ!!」
ぐぁぁぁぁ! とフェトラスは自分の頭をかかえた。
「やって……しまった……! うぐぐぐぐぐぐ……!」
[いやぁ、これはもう仕方が無いよ。そういうこともある。……でも残念ながら勝負はついたようだね?]
ばん、ばん、と力なくテーブルを叩く。
悔しさ。悲しみ。怒り。色んな感情を足して、混ぜて、それでもなお歯を食いしばる。
「まだだッ……! まだ終わってないよ!」
[ふは。ここからどうやって逆転するのさ]
「あんまり良くない行為だけど、あなたの不運を願う事にするよ……! パーティル君が課題で失敗してたくさん戻ってしまえばいい! 十回ぐらい休んじゃえ!」
[なるほど確かに。でも僕はもう課題を受けなくてもゴール出来そうだよ?]
「それは今後の課題次第! まだ終わってない……! まだ、諦めない!」
フェトラスは吼えた。吼え続けた。
どんなに逆境でも。大きな失敗をしてしまったとしても。決着が付くまでは全力で行くと、その全身で訴えた。
だからそれは、遊戯の魔王の心に届く。
[ああ――――いい! いいね! きみはサイコーだね! フェトラス、僕はとっても愉しいけどきみはどうだい!? ここから先はお客様扱いじゃなくて、ちゃんとした勝負相手と認めてあげるよ!]
「さぁ! 次はパーティル君の番! ――――振って!」
[言われなくてもッ!]
ダイスが宙を舞う。
くるくると。ころころと。
「負けたぁぁぁぁぁぁ!!」
そして普通に決着はついた。
パーティルは二回ダイスを振って、課題を一つ受けてゴール。
フェトラスは一回ダイスを振って、課題に失敗して一回休み。
特に盛り上がることもなく、淡々とゲームは終わりを迎えたのであった。
[いぇぇぇぇい! 僕のかちー!]
「負けたぁぁぁぁぁぁ!」
くそう、くそう、とフェトラスは台パンを続ける。
「あの時……あの時スタートに戻りさえしなければ……!」
[そうだねぇ。あそこで課題に成功してたら全く違うゲーム展開になってただろうねぇ。でもこれが答えだよ。ぼくのか・ち♪]
ブイブイとピースサインを左右交互に繰り返すパーティル。
死ぬ程悔しそうなフェトラスが次に浮かべた表情は、死ぬ程不安そうな顔だった。
「それで……罰ゲームって……何をするつもり……?」
[あ。そうだ。そうだった。ゲームが愉しすぎて忘れちゃってたよ。そうだなぁ。何にしようかなぁ……]
ゲーム中の表情と違って、パーティルに狂気のそれは見受けられない。
優しくして、と命乞いすれば致命的な損傷は避けられるかもしれないなぁ、なんて思ったフェトラスはふと気がついた。
「ん……?」
[おや。どうかしたかい?]
「罰ゲーム、って言ってたよね」
[そうだよ]
「ペナルティでもなく、何かを賭けたわけでもなく……罰の、ゲーム?」
[そうだよ。まぁ初回だし、明確にも決めてなかったし……そうだなぁ。もう内容はフェトラスが決めていいよ]
「えっ」
[僕としては久々に対人で遊べてすごく愉しかった。それだけでもう満足に近いんだけど、どうせならさっきの盛り上がりに等しいぐらいの罰ゲームにしてくれると嬉しいかな。そうすればきっと次のゲームも愉しくなる]
こうして初めてのゲーム。つまり彼等にとっての自己紹介は終わりを迎えた。
遊戯の魔王パーティル。
彼は対戦相手を傷つけたり、何かを奪うことを愛する魔王ではなかった。
彼は本当に、ただ遊ぶことを愛する魔王だった。
ただし。それ故に真剣にやるのは当然で、必死になることを歓迎している。
――――その結果として、相手を傷つけたり、奪うことはあるのだろう。
こうしてフェトラスはこの楽園の本質に少しだけ触れたのであった。
「罰ゲームを決めました」
[うん。じゃあ何をしてくれる?]
「パーティル君のことを、今後パーティル様と呼びます」
[……うーーん! 個人的には微妙! でもまぁいいや! 罰ゲームを決めてなかった僕の落ち度だし、何より愉しかったからね! 次からはちゃんと決めるとしよう! なにせまだ始まったばかりだ!]
こうして遊びは加熱してく。
いつか熱狂を帯びる、その時まで。
[さぁ、次のゲームは何がいい?]