人間味という神性
[というわけで、次の楽園だが――――どうだろうフェトラス。次のステージはキミが自分で選んでみるというのは]
「…………わたしが?」
[そうだ。これから各楽園の簡単な説明をする。その中から自分で選ぶといい]
「その心は?」
[なに、直感というのはとても大切なものさ。それに全部僕がお膳立てすると、キミは僕の想像の範疇内でしか自己領域を拡大出来ない。――――そして大魔王テグアに挑むのであれば、僕ごときの予想では勝利条件に至れないだろう。というわけでキミには是非とも僕の予想を超えてほしいわけなんだけど。……どうかな?]
そう言うロキアスの顔は至極真面目なものだった。
真面目すぎて胡散臭すぎる。
「えっと……まず前提の確認ね。わたしの最終目標はヴァウエッドさんのお料理を食べること。じゃあ貴方の目標は?」
[大魔王テグアの観察。そのためにキミをレベルアップさせたい]
「……だとしたら、わたしが初手でヴァウエッドさんの楽園に挑んでしまったら、貴方の目標は叶わない可能性があるんだけど」
それは当たり前の話だった。
二人の目標は異なるのだ。もっと言えば、フェトラスの目標は「ヴァウエッドの手料理を食べる事」なのだが、彼女の目的は「ロキアスの自殺阻止」でもある。
そんな意図からの発言だったが、ロキアスは自然な動作で肩をすくめた。
[キミが今すぐヴァウエッドに挑むというのならば、僕は止める手段を持っていない。だけどあえてこう言わせてもらおう。無謀である、と]
「無謀……やっぱり無謀かぁ……」
[さっきも言ったけど、ヴァウエッドは戦闘系の魔王だ。かなり強いよ]
「戦うのが目的じゃないんですけど」
[でも戦闘になったら? 応戦せざるを得ない状況になる可能性があるのなら、生き残るための方策は多少なりとも持っていた方がいい]
「…………うーん。それはそうだけど……」
表情を曇らせたフェトラスはこう続ける。
「でもそのために他の楽園に行って、死んでしまったら本末転倒じゃない?」
[その可能性は否定しないさ。それは起こりうる未来だ]
相変わらずロキアスは真面目な表情を浮かべている。そして、こう続けた。
[僕はキミに死んでほしくない。だけど、キミが『ヴァウエッドの手料理を食えるのなら死んでも本望だ』というのなら、僕は『行ってらっしゃい』と言うだけだね。――――しかしキミの本望というか、本願は『ロイルとの再会』だろう? だとしたら、手順を踏んだ方がいい]
「重ね重ね、仰る通りだよ」
今度はフェトラスが肩をすくめる番だった。
「まぁいいや。情報は多ければ多いほど良い。早速だけど他の楽園について教えて?」
[いいとも。だがその前に、カミサマと作戦会議をさせてほしい]
「え。なんで?」
[仮にもコレは、前例のない挑戦だ。結婚の魔王エクイアは……まぁ、かなり安全な部類だったからカミサマも様子見として許可を出した。でも他の楽園はそうじゃない。正直に言うと危険すぎて僕ですら止めたい楽園があるぐらいだ]
「……別に全部の楽園にいくつもりは無いんだけど」
[それでも、さ。僕が笑顔で送り出せる楽園は、後はもう戦争の魔王アークスの所ぐらいだ]
うげぇ、という顔をしつつフェトラスは苦笑いを浮かべる。
「そういえばやたらとアークスさんの楽園を推してくるよね。なんでなの?」
[その説明もしたい所だが、まずは作戦会議だ。というわけでちょっと中座するよ。しばらくは食事でもしてゆっくりするといい]
そう言いながら僕は食事の用意を始める。管理精霊サラクルにも手伝ってもらって。
魔法的な動作も多々挟んだが、やがて目の前には料理が三品ほど並ぶ。
パンと、スープと、簡単なメインだ。
[フェトラスはもう自分で多様な料理を作れるだろうけど、これは多分見たことない料理だと思う。レシピを想像しながらゆっくりと食べるといい]
「わぁ。すごい。なにこのパン。……クッキー生地? え。待って。どういうこと? 料理に合わせるパンじゃないの?」
[ああ、すまない。これはコース料理じゃない。珍しさを重視しただけで、連続性は無いんだよ。各々を単品として食べてくれ]
「わーい! いただきまーす!」
はるか昔のフェトラスなら何も考えずにカッ喰らっていた所だろうが、彼女はまずパンを手に取ってしげしげと観察を始める。
「クッキー生地だ。でも底は普通のパン。外装がメロンみたいにデコボコしてるけど、なんの意味があるんだろう。クッキーが割れるのを防止するため?」
手に取って、匂いをかいで、食べる前に少し舐めてみたり。
――――良い観察スタイルだ。これなら十分に時間を稼げるだろう。
そう判断した僕は月眼の間の隅っこに行って、カミサマに声をかけた。
[というわけで作戦会議だ。それなりに時間は稼げるだろうが、手短にいこう]
ちなみに防音対策は既に施してある。
〈……では先程のお前等の会話ではないが、前提の確認をしよう。フェトラスの目的はヴァウエッドだな。そしてお前の……いいや、お前と我々の目的はテグア様の観察〉
[前提の補足。僕は基本的に嘘をつかない。基本的に、ね。……フェトラスが楽園を巡るのは、とても愉しい観察対象行為だ。でも今回のケースにおいて、僕は愉しさよりも優先させるべきことがある。フェトラスのレベルアップ……つまり自己領域の拡大だ]
〈そうだな。天外の狂気との決戦において、こちらの保有する月眼の魔王が強い事は我々も歓迎すべき事だ。だがしかし……同時に、見過ごせない懸念点がある〉
[フェトラスが真なる意味で楽園に所属していないということ。彼女の存在は言ってしまえば不安定だ。そして、フェトラスが成長した結果、彼女を止められなくなるのではないか、という点だね]
〈そうだ。フェトラスがお前以上の自由性を獲得して、なおかつ化け物になり果ててしまった時、それはこのシステム全てが崩壊することを意味する〉
[どうかなぁ……見ろよ、あのパイナップル・ブレッドを食べる姿。無邪気そのものじゃないか]
「甘酸っぱい! これは果実由来……でも砂糖が加えられて甘いって感じじゃなくて……むしろ甘いパンに果汁が加えられてると言うべき……? なんのために!? でも美味しい! パンなのにメインデッシュみたい! うん、美味しい! 楽しい! でもこれと組み合わせて食べられる料理ってあるかなぁ。お肉も魚も違うし、味付けの濃い野菜はもっと違う……うう、思い付かない! でも美味しい! うまー! サラクルさん、牛乳ある!?」
[珍しいパン一つで大喜びだ。アレが【神を滅ぼす者】になれると思うか?]
〈無論だとも。殺戮の意思はなくとも、その性能を有するという点において、我々はそれを看過することが出来ない〉
[なるほどね。まぁ、その性能を獲得することは間違い無いさ。そのための楽園巡りだ。――――しかし、だ。確かにそれはお前等の優位性を脅かすかもしれないけど、別に問題無いだろう?]
〈問題しか無いと思うが……〉
[フェトラスと敵対しなけりゃいいだけだよ。彼女とこれまで通り仲良くしてりゃ、お前等が滅ぼされる事態にはならないはずだ。お前等が言ってるのは最悪の事態が起きたら困る、ってことだろうけど……その件に関してはフェトラスの強さは関係無いはずだ。重要なのはむしろ心の方]
〈それはそうかもしれんが〉
[ならいいじゃないか。引き続き最悪を回避するように努力しろよ]
〈しかし……〉
[まぁ、不安な気持ちは分からないでもないけどさ。その見返りが現在のテグアの動向を知れる事なんだぜ? ……お前等としても、多少は気になる所だろう?]
〈α・……私は現在のシステムの安定した運用を肯定する。なので、お前の意見は拒絶したい〉
〈B・アルファに同意だ。テグア様の事は、お前の言うとおり、多少は気になるが……〉
〈C・難しい所だ。今更フェトラスと敵対するという構図は想定し辛いが、それでも我々は盤石であるべきだ〉
〈D・――――。〉
〈E・テグア様のことはさておき。天外の狂気への決戦兵器として、強い月眼は保有すべきだ、という点においては考慮の価値がある〉
〈F・Eに同意する。フェトラスとの友好関係も、色々な意味で続行すべきだ。その価値があると私は見る〉
〈Ω・他ならぬフェトラスなら大丈夫だろう。なにより、テグア様を救える可能性があるのならば私はそれに挑みたい〉
賛成過多だ。アルファとB以外には、おおよそフェトラスの楽園巡りについて同意を得たと考えていいだろう。
もう多数決は決定したと言っても過言ではないが、それでもロキアスは沈黙を守ったカミサマに再度尋ねた。
[それで? お前はどう思うんだデットバース?]
〈D・…………対フェトラスへの抑止力があれば、今回の作戦において異議は発生しない。だがしかし。責任は我々が取るとしても、その抑止力には誰を採用する?〉
[まぁ普通に考えて僕しかいなけど、止められないだろうね]
〈D・であるのならば、今回私は反対票に投じるしかない。フェトラスなら多分大丈夫、などという緩い意見で、このシステムの根幹に対する脅威を発生させるわけにはいかない〉
[おや意外。まさかお前が反対する側に回るとは]
〈D・私とて意見は有する。危険かもしれない、という言葉は我々にとって致命的だ。事前に対処出来るのならば、対処して当然だ〉
[……見返りがテグアの動向だとしても、か?]
〈D・知ってどうする。どうせ、何も出来ない……あの方の失意は永遠に晴れない〉
その言葉に、カミサマ達はそろって沈黙した。
史上初の月眼の魔王。
創造神カミノ・ジェファルードの友人。
この月眼の間を含む全ての基本設計を造った者の一人。
カミサマ達とかつて共にあった者。
……カミサマ達の沈黙には、非常に重厚な決断が含まれていた。
『我々に与えられた任務は天外の狂気の抹殺。――――それが全てだ』
という、他の何も振り返らない覚悟だ。
しかしロキアスは、そんな誓約めいた覚悟に対して笑顔を浮かべた。
[はるか大昔、ただのA.Iと呼ばれてた頃のお前らならそれでも良かったかもしれないけどさ……どうなんだいカミサマ? 何年も何年も、ずっとずっと、それこそ演算剣カウトリアよりも長い時間を過ごしたカミサマに問うよ]
まず最初にDが、今回の作戦に反対の意を示していたはずの彼が〈……ロキアスに同意する〉と答えた。
ロキアスはまだ何も言っていないのに、そう答えた。
[結構。では他のカミサマに問う。シンプルな質問だからイエスかノーで答えてくれ。
――――お前達、報われたくはないか?]
〈α……………………イエスだ〉
〈B・………………イエス〉
〈C・…………イエス〉
〈E・……イエス〉
〈F・イエス〉
〈Ω・なるほど。上手い搦め手だ。そう問われればイエスと答えざるを得ない〉
[満場一致みたいだね。そして君たちは今、僕という外的刺激があったにせよ、自分自身で自己定義を塗り替えた。自我を認識し、欲望を発露させた。僕はそんな君たちに敬意を表する]
衣擦れの音。ただそれだけを発し、ロキアスは丁寧に一礼してみせた。
[……今までよく頑張ったよ神様。一緒に創造神の片割れに挑むとしよう]
〈α・だがそれは……あのテグア様に挑むなぞ、我々に与えられた自己保存の仕組みに矛盾する行いだ。どうやって統合性を取るつもりだ?〉
[統合性なんているか? 何兆年同じ所をグルグル回るつもりだよ。……カミノ様ってのはそんなに偉いのか? お前達を奴隷扱いしてたのか? ――――そして今もなお、こんなに頑張ってきたお前達を奴隷扱いするようなクソ野郎か?]
創造神への侮辱。否。
それはオメガ達にとって、親愛なる者への侮辱だった。
フリーズしかけた神々だったが、彼等は激昂することもなく、おそろしく静かにロキアスを窘めた。
〈〈〈〈〈〈〈ロキアス〉〉〉〉〉〉〉
静寂。
まるで銃口を突きつけられたチンピラのように、ロキアスは両手をあげてみせる。
[ごめん。今のは謝る。本当にすまない。ちょっとした挑発のつもりだったけど、ライン越えだった。――――撤回する]
〈Ω・よろしい〉
――――ほんの少しだけ、ロキアスは冷や汗をかいた。
元々は人間の作り出した疑似知性体。電脳の作り物。
だがテグアの魔法と、そして【源泉】からのエナジーによって改良・改造されて、しかも遙かなる時を過ごしてきた彼等だ。それらが発する殺意には、未だ感じた事の無い凄みがあった。
[…………どうやら最悪の話しばっかりしたせいで、思考がそっちに寄ってるみたいだ。なので逆のことを考えよう。最高にハッピーで、ご都合の良い夢物語を]
〈α・……であるのならば、フェトラスがテグア様を解放してくれることを願うか〉
〈B・出来れば戦う事もなく〉
〈C・最強となったフェトラスに救われて〉
〈D・――――。〉
〈E・だがテグア様より強い者なぞ、この世に存在していいわけがない〉
〈F・そもそも今まで挑むという選択肢が無かったが、現在のテグア様はいか程に強いのだ? 我々が保有するテグア様の戦闘データは古すぎる〉
〈Ω・いいじゃないか。やろう〉
オメガの発言だけ、毛色が違った。
〈Ω・――――もういいじゃないか。我々も夢を見よう。カミノ様の宿敵である個体・天外の狂気はもう始末したはずだ。同族とやらもきっと残ってはいない。だとしたら、カミノ様は次に何を願うと思う?〉
〈α・…………テグア様のことを気に懸けるだろうな〉
〈Ω・だったらそれに挑もうではないか。先程のロキアスの言葉通りだ。カミノ様は我々の主人だが、我々はカミノ様の奴隷ではないはずだ。ただの道具でもなく、ただの代用品でもない。――――我々には、きっと彼の友人になる資格がある〉
もしも彼等に泣く機能があるとするのであれば。
〈Ω・……挑もう。友達を救うために〉
きっと、誰も言葉を発せなかっただろう。
やがて、少々の沈黙の後。
神様達はこう宣言する。
〈我々はロキアスに協力する。我々の目的は、テグア様の救済だ〉
非常に厳かな口調だった。きっと彼等は次のステージへと上り詰めたのだろう。
それを耳にしたロキアスは満足そうに頷いた。
[言質は取ったよ?]
〈Ω・……アッ〉
[やぁやぁ、良かった良かった! これでめでたく最初の障害を取り除けたわけだなぁ! ヒャッフゥ! いいぞいいぞいいぞー! 高まってきた! 僕たちでフェトラスを最強に仕立て上げようじゃないか! きっとすんごい事になるぞ! 全ての天外の狂気を一撃で殺せるような、悪夢みたいな魔王を一緒に育成しようゼ!]
〈Ω・お前のそういう所、本当に……〉
[まぁまぁ。嘘は一つもついてないさ。むしろ正直に喋ったつもりだよ。そして僕の交渉はここからが本番だ]
〈α・どういう事だ?〉
[フェトラスが楽園に侵入する際、僕は彼女の身の安全を最優先にして情報を渡す。――――だけどその情報に、一つだけ嘘を交えたい]
〈Ω・なんの為に……〉
[例えるなら……管理者による魔王討伐が近いかな。『今回のターゲットは火の魔王。なので水属性か氷属性の聖遺物で戦うと良いでしょう』って天啓を僕たちは管理者達に与えてきた。そうすれば多少は楽に魔王が狩れるからだ。でもそうやって魔王を狩った所で、その者の戦闘力はあまり上がらない。だって一生懸命戦うだけで大体勝てるからな。ゴリ押しで行ける、ともいう]
〈B・それはそうかもしれんが……〉
[もっと分かりやすいのは、天敵たる聖遺物を用意出来たケースだな。大樹の魔王に炎弓カシズなんて宛がえば、遠距離から撃ち続けるだけで終わる。経験値なんて得られるはずもないだろ]
〈D・……〉
[そんなわけで。実際のところ、そういう管理者達よりも、たたき上げの野良英雄の方が戦力としては多少マシだったりする事が多いだろう? 何故なら彼等は一生懸命プラス、生き残るための創意工夫を試みたり、足掻いたり、物事を考え抜くからだ。それこそ必死に。命を賭けて]
〈C・……つまり、お前は月眼に挑むという常軌を逸した行為に、更なる試練を付け加えると?〉
[まぁフェトラスの安全が最優先なのは間違い無い。だけど同時に、彼女には僕たちの予想を超えてもらわなくちゃならない。そのためのスパイスが『たった一つの嘘』だ]
〈D・賛同しかねる。それはフェトラスのロストに繋がる行為であろう〉
[無茶苦茶な嘘はつかないさ。その辺の塩梅は任せてほしい。ただし、口は出すなよ。お前等は保守的に過ぎる。……僕たちは伝説に挑むんだ。多少はリスクを背負わないと限界なんて超えられない]
〈α・賛同しかねる〉
〈Ω・私もまた、それには賛同しかねる〉
[……どうしてだい?]
〈Ω・フェトラスがロストする可能性は、極力排除しなければならないからだ〉
[ははっ! だとしたら! だとしたらだ! そもそも楽園巡りなぞさせなければいい!]
〈α・ツッ〉
[だけど造りモノのカミサマだったお前達は、今やカミノからの命令ではなく、カミノ自身を尊んでいる。それこそがお前達が獲得した自我だ。そういうのに似た感情の名前を、僕は知っている]
それは、つまり。
[……僕はお前達のそういう所に敬意を表したんだ。今更撤回なんて無理だろう。お前達は変質した。いいや――――進化したんだ。もう元には戻れない]
〈Ω・ロールバックという手段を我々は持っているぞ〉
[何のために? 都合の悪い記憶を消去して、また同じ所をグルグルと回り続けるつもりか。そういうの何て言うか知ってる? 自己満足……いいや、もういっそ自慰行為と呼んだ方が適切かもしれないな]
〈Ω・これ以上挑発してくれるなロキアス。我々とて、苦しいのだ〉
[ではとっておきの免罪符をくれやろう。
――――カミノは人生の最後で、何を愛した?]
神々に、我らに電流に似た疑似魔力が走る。
カミノ様は、そう、我らが敬愛すべき友人は、その末期で。
『愛してるぜテグア』
我々はこの悠久の時の中で、一体何を見てきたのだろう。
月眼蒐集。天外の狂気を始末するための決戦兵器を集めに集めた。
月眼の魔王達は愛を口にしていた。
そしてその衝動の強さを、我らはとうに知っているはずだ。
愛。それは月眼の魔王だけが抱く特別な感情なのだろうか。
カミノ様の言葉は、月眼の魔王のソレに比べると軽いのだろうか。価値が低いのだろうか。見当違いなのだろうか。
――――否。断じて否。
カミノ様の言葉を嘘にするわけには、絶対にいかない。
例えそれで十三番目を失うのだとしても。
与えられた優先順位ではない。
心無き我らが、心から望むモノは。
〈α・分かった〉
冷徹な、とても冷徹な響きだった。
〈Ω・我々はカミノ様のために、あらゆる事象へのリスクを許諾する〉
[そうこなくちゃ。いよいよ神様らしくなってきたな]
〈Ω・ただし、それでも、フェトラスを失うことは許されない〉
[……へぇ?]
〈Ω・だから……極力手加減してやってくれ。お願いだ〉
最後に響いたオメガの声は、神様らしからぬ弱々しさが含まれていた。子犬が鳴いてるみたいな。
きゅーん。
[――――ははっ。いいね。ちょっとお前等のことが好きになってきたぞ]
ロキアスが浮かべた表情は、裏表のない爽やかなものだった。
作戦会議は終わった。
(ふぅ……ちょっと予想以上に白熱してしまったけど、お互いにとって良い結果を迎えられたようで何よりだ)
フェトラスの方に視線をやると、彼女はとっくに僕が与えた食事を終えており管理精霊サラクルと談笑していた。
「ねぇねぇ。ぶっちゃけわたしが図書の魔王メメリアさんの所に行くのってどう思う?」
「たぶん殺されますねー」
「あはは、やだー。絶対行きたくなーい」
談笑だ。
僕もそれに加えさせてもらうとしよう。
[そんなフェトラスに残念なお知らせだよ]
「……な、なんですか。あ、ご飯美味しかったです。パイナップル味のパンは新感覚で、二層に別れたスープは新境地。メインのお肉は淡泊な風味かと思えばずっと味が滲み出てくるんでビックリしたんだけど、あれってなんのお肉だったの?」
[恐竜の肉だよ。そして残念なお知らせを言わせてもらおう]
「き、聞きたくねぇ……」
あまり似合わない言葉遣いだな、と思いながら僕は微笑んだ。
[図書の魔王メメリアの楽園に行くのは、ヴァウエッド攻略の上で絶対必要なんだよ]
「うーえー。やーーだーー殺されたくない……てかなんで?」
[珍しいレシピ本が必ずあるはずだから、それをお土産にするのさ]
「ああ、なるほど……」
やだなー、やだなー、と駄々っ子のように繰り返すフェトラス。でもそれには諦めの感情が漂っている。
嫌がっている。それは間違い無い。
だけど行くことはもう覚悟している。
きっと時間が経つにつれて彼女の表情は凛々しく、そして気高くなっていくのだろう。
今更ながら、本当に今更ながら(こんな月眼の魔王もいるんだな)と僕は心の底から感心した。
[さてフェトラス。ずいぶんと待たせてしまったけど、準備はいいかな?]
「いや、その準備のためにロキアスさんから情報を貰おうとしているんだけど……」
[……そうだね。その通りだ。だけど気を付けるといい。キミはこれから想像を絶する戦いに身を投じるのだから。準備のための準備、という概念は覚えておいた方がいい。心構えを整えるとも言うけど]
「美味しいご飯が食べたいだけだったのに」
[僕の手料理でよければいつでも提供するよ。それぐらいの価値がキミにはある]
「ご飯でつれば何でも言うこと聞くと思われてる!?」
[これでも一応、三代目・月眼の魔王という、セラクタルにおいては最高峰の肩書きを持ってる者の手料理なんだけどなぁ……ま、いいや]
意図的にロイルの口癖を借りる。
そして僕は微笑んだ。
[これからキミは、世界で最も過酷な旅に出ることになると思う。願わくば楽しい旅になるといいけど、残念ながら僕は正直者だ]
「そうだね。正直ってところだけが、ロキアスさんが持つ唯一の美徳だよ」
[そんな僕が、自分の愉しみのための観察は二の次にすると約束しよう。最優先すべきはキミが無事に自己領域を拡大させる事だ]
「……美味しいご飯が食べたいだけなのに」
[いつかロイルと再会した時に、出来る事は多い方がいいだろう? 全ての障害から彼を護り、ついでにヴァウエッドの手料理を再現してやるといいさ]
「む。……そう聞くとちょっとモチベーション上がるかも」
なるほどー。そういう考え方かー。とフェトラスは少し感心したように頷いた。
全てはロイルのために。
今は少しだけ現世から退場しているけど。いつか、必ず。
[大丈夫さ。きっとこれからも大変な事は多々起きると思うけどさ、そういう予想外の艱難辛苦は、もっとキミを強くするはずだよ]
そう言うと、フェトラスは少し頬を膨らませた。
「お父さんを護るためだけなら、これ以上の強さなんていらないのに。……わたしは酷い友達を持ってしまった」
[そうかい? じゃあ友達やめる?]
「はっ」
失笑するフェトラス。
「ロキアスさんがどうしても止めたいって言うなら、考えてあげるよ」
とても優しいセリフだな。
そう思いながら、僕はテーブルについた。
[では始めよう。楽しい愉しい楽園解説の時間だ]