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我が愛しき娘、魔王  作者: 雪峰
我が愛しき楽園の在り方
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第三楽園・序と破と急



 エクイアとの雑談が終わり、彼女が楽園に戻ってからフェトラスはカップに残っていた紅茶を飲み干してため息をついた。


「ふぅ……」


 その表情には安堵と達成感が浮かんでいた。軽く微笑む姿はとても様になっている。


[良かったねぇ。エクイアと友達になれて。やっぱり僕の見立て通りだったよ。うんうん]


 そんな感想を口にするとフェトラスの微笑みは消失し、呆れと嫌悪感が現れる。


「あのさぁロキアスさん……」


 そっと、静かに、そして上品にフェトラスはカップをソーサーに叩き付けた。……なんだか矛盾しているような表現だが、少なくとも僕にはそう見えた。


「反省会をします」


[反省会、ときたかい]


「主に反省するのはロキアスさんです」


[……自分のことは棚に上げて?]


「…………ぐあああああ! むかつくぅぅぅ! 本当にむかつくぅぅぅ!!」


 その手に槍があったら迷わず投擲してきそうな勢いで、フェトラスは自分の太ももを拳で叩きつけた。


「なんなの! どうしてあなたはいつもそうなの! 観察が生きがいとか言ってるけどさ、もう『僕は人をおちょくったり、イヤガラセをするのが大好きです』ってはっきり言ったらどう!?」 


[僕が観察を愛する事と、君が言ったように人をおちょくるのが大好きって事は矛盾しないよ?]


「限度が! ある! よね!!」


 はて。ものすごく憤慨しているようだが、一体ドレのことだろう。やりすぎて何に怒ってるのか見当が付かない。


「まずは情報の渡し方! 悪意がある! 魔法は使うな、魔王はバレるな。これってほぼイコールじゃない! なにが優先順位よ!」


[…………えーと。フェトラス?]


「なに!」


[……例えば君が、楽園につくなり『この楽園ってどんな所なんだろう。飛んで全体図を見てみるか』って魔法で空を飛んだとしよう]


 そう呟くだけで、フェトラスの顔色が変わった。だけど構わず話しを続ける。


[そしたら多分、魔法を察知したエクイアが問答無用で即死攻撃を放っていただろうね。対応もクソもない。……例えどんなささいな魔法だろうと、そして空中だろうが街中だろうが関係無く、その反応めがけて攻撃されていただろう。その区画ごと、住民もろとも、君は殺される]


「………………」


[魔法の使用厳禁ってのはそういう理由だ。魔王であることがバレるってのとは、また違う話しだよね。そうだろう?]


「え、えっとぉ……」


[そもそも……君は、あれかな。僕が十三代目の月眼フェトラスのロストを望んでいるように見えたのかな。そのリスクを背負って平気だと? それすらも観察したいって?]


「う、うぅ……」


[大丈夫かな。不安になってきた。まさかそこまで想像力が無いだなんて。あるいは言葉があんまり通じてなかったりする? へい新人。もう一回だけ聞いてあげるけど、優先順位って言葉の意味、分かってる? 最優先事項と、低い事項がイコール? ははぁ、なるほど。そういう受け取られ方をするのか。僕としては『初手で最大攻撃を放たれる事』と『魔王だとバレて警戒される事』は全然イコールじゃないんだけどな]


 どんどんしょんぼりしていくフェトラス。


 愉しくなってきた。


[ビックリだよ。親切に説明したつもりだったのに、文句を言われるだなんて。……ああ、そうか。そうだよな。僕の親切はしょせん『つもり』か。真意が相手に届かないんじゃ、自己満足でしかないという事か。ごめんねフェトラス。僕が悪かったよ。許してほしい]


 最初は神妙な表情を浮かべていたフェトラスだったが、僕が皮肉を重ねる内に「うぐぐぐぐ」と悔しそうなうめき声をもらした。


 実に愉しい。


[僕の説明が足りてなかったんだね。感覚派の君に対して、事細かな説明は逆に足かせになってしまうと思っていたんだけど……やれやれ。これじゃ先輩失格だな]


「うー! 誤解してごめんなさいって素直に言いたいのに、態度が悪すぎる!」


[ああ、また怒らせてしまったのかい。重ねてごめんよ。僕が悪かった。……それで? まずは・・・情報の渡し方、と言っていたけど次はどんな不平不満が?]


「……カミサマとロキアスが楽園に入る許可を出した、って言ったらエクイアさん怒ったんだよ。それは間違い無くあなたのミスだよね」


[それ、本気で言ってる?]


「えぇ……? これもなんか違うのぉ……?」


 最初の勢いはどこに行ったのか。フェトラスはプルプルと震えながら身を小さくした。


[エクイアはさといからね。僕とカミサマが許可を出した、というワードを出すことによって『なるほど。他者の楽園に侵入する事は通常あり得ない事のはずだが、それに値するナニカがこの娘にはあるのか』という好奇心・・・も抱いたはずだ。――――こう考えてみてほしい。君とティザリアがお家にいる。すると突然、大男が家に入ってきた。そして彼はこう言う『自分はロイルさんにここへ来るよう指示された、街の八百屋です』とね。さて、君ならどういう対応をするかな? 客間に入り込んできた事は罪だと、瞬時に吹き飛ばす?]


「………………」


[そして彼はこうも重ねる。『え、ここは自宅? 野菜販売所は別? わぁ、失礼しました。驚かせてごめんなさい』…………どうだろう? 僕はなにかミスをしたのかな]


「ごめんなさい」


[それは何に対する謝罪だい?]


「……ろ、ロキアスさんの真意を理解してなかった事に対して」


[ああ、ああ、フェトラス。違うんだよ。君は悪くない。真意を理解させられなかった僕が悪いんだ。そうだな。先程の言葉は撤回しよう。僕はミスをした。とてもすまなく思う]


「なんかその身振り手振りと言い方、嫌味成分が多すぎてキライ!」


[うわ、逆切れとか……人間性疑うわ……]


 僕がそう呟くと、フェトラスは下唇を噛んで「ううう……」と凹んだ。


『わたし人間じゃなくて魔王だもん!』と反論も出来ない程クリティカルヒットしたらしい。


 愉しいなぁ……愉しいなぁ……!


[それで他には? いたらぬ僕の行いを、もっと指摘しておくれ]


「……もういいよ! ありません!」


 僕のド正論パンチにヘソを曲げたフェトラスはプイッと横を向いた。


(まぁ、フェトラスの指摘も正論なんだけどね)


 優先順位の曖昧さ。楽園侵入許可。確かに、もっと上手いやり方や言い方はあった。それは事実だ。だが僕は『愉しい観察』のためにそれを採用しなかった。


 でもどうやらフェトラスは僕のことを友達とは思ってくれてないみたいだし(笑)


 僕がエクイアに変態扱いされた時も全然擁護ようごしてくれなかったし(笑)


 だからちょっとイヤガラセするぐらい、当然の権利だよね? いやぁ、復讐って愉しいなぁ(笑)



 ――――冗談はさておき。


 フェトラスをロストするリスクは、流石に僕も背負いたくない。


 それはカミサマの意向とか、戦力的な損失を怖れているわけじゃない。


 ただフェトラスが死ぬことは、嫌なのだ。


 愉しい愉しい観察対象だからではない。


 本当に違う。


 これはいわゆる、ロイルの願いの成果だ。


『フェトラスが世界中から愛されますように』


 僕もその中の一人に、いつの間にかなってしまっていた、ってだけの事。


 まぁぶっちゃけ愛は無いんだけれど。


 好意はあるさ。うん。


 ――――しかもフェトラスは超絶愉しい観察対象だしな!



 そんなやや矛盾を含んだモノローグを済ませた僕は、ニッコリと微笑んだ。


 復讐は終わりだ。ここから先は素直に褒めるとしよう。


[まぁいずれにせよ、今回の楽園訪問は大成功だった。君の立ち振る舞いのおかげだね。あの大通りでの対応は見事だったよ。まさか完全に無抵抗を示すとは思わなかった]


「……だっておばちゃんをあれ以上驚かせたくなかったし」


[そんな君だからこそ、僕とカミサマは心配していなかった]


〈Ω・いや心配はしていたのだが……〉


 唐突に、オメガの声がした。


 まさか会話に入ってくるとはな。しかもお前が。


「あ、オメガさんだ。久しぶりだね」


〈Ω・そうだな。約百年ぶりだろうか……〉


「そんなに経ってるぅ? ……まぁ、数十年は確実に経ってるけど」


[なんの用だいオメガ? 僕はいま、お愉しみ中なんだけど]


〈Ω・私の役目を果たしに来た〉


へぇ(殺すぞ)


 邪魔するな、と言外に告げてはみたがオメガは怯まなかった。


〈Ω・フェトラス。エクイアの楽園はどうだった?〉


「良い所だったよ! エクイアさんとも友達になれたし、また来ても良いって言われたから今度はじっくり観に行くつもり!」


〈Ω・そうか。先程ロキアスが言っていた通り、今回の視察は大成功と言えるだろう。だが、しかし〉


[おいオメガ。それはお前ら全員の総意か?]


〈Ω・――――そうだ〉



[ふぅん……ま、いいや。どうせ止められない・・・・・・・・・



 意味深な会話を繰り広げている間、フェトラスは「???」と顔をかしげていた。


〈Ω・フェトラス。今回は大成功だったが、やはり危うすぎる。もう他の楽園に行くことは許可出来ない〉


「やっぱり!? やっぱりそう思うよね!? だってエクイアさん超怖かったもん! あれで安全とか言われても、信じられないよ! そもそも一番安全って評された楽園でアレだったんだから、他の楽園とか絶対行きたくないし!」


〈Ω・そうだろう、そうだろう。君が無事に帰ってきてくれてとても嬉しく思う。あんな危ない橋はもう渡らないでおこう。それがお互いのためだ〉


「異議無し!」


 甘いなぁ、こいつら。


[異議あり]


 僕ははっきりと二人の会話を遮った。


[オメガ。……テグアの楽園はどうするんだい?]


〈Ω・ツッ……〉


[フェトラス。暴食の魔王ヴァウエッドの手料理は?]


「むっ……」


[君たちは何やら思い違いをしている。楽園が危険? 本気でそう思っているのか?]


「いや実際危険じゃん……」


[危険なのは楽園じゃない。月眼の魔王だ。そこをはき違えている]


「……それは同じ意味なんじゃないの?」


[全然違う。どれ、証明してあげよう。さっそく次の楽園に行くぞ]


「はぁ!? 絶対嫌なんだけど!?」


[実はフェトラスには嘘をついていた。本当に最も安全な楽園があるんだ」


「はい、それこそが嘘ー! 騙されないからね!」


[安全だとも。何故なら次の楽園は、僕のため・・・・に用意された場所なんだから]


「……えっ……それって……」


[というわけでとっと行こう。この三代目・月眼。観察の魔王ロキアスの楽園にご招待だ]



 安全に決まってる。


 こっちが招いているんだから。



 僕が笑顔でそう言うと、フェトラスは「な、なぜゆえに……」と極々当たり前の疑問を呈したのであった。




 場所を改めて、観察の魔王ロキアスの楽園「マルチウィンドウの世界」


 ちなみにエクイアの楽園と違って連絡通路的なものは無い。邪魔だから省いた。


「わ、ここに入るの二回目だけど……そうそう、こういう感じの場所だったっけ……」


 うわぁ、うわぁ、なんて言いながらフェトラスがキョロキョロしている。


 さもありなん。この楽園では興味深いモノが多すぎる。その中の一つにフェトラスは興味を示した。


「うわデッカ!! なにこの生き物!?」


[深海に生息している大蛇だね。魚の一種ではあるけど]


「えぇ……? こんなサイズの生き物が存在するんだ……鯨より大きい……」


[住む世界が違う生き物と言えるだろうね。その中でも彼は特別なんだ。たぶんもう五百年ぐらい生きてると思う]


「すっご……わ。こっちはオーロラだ」


[ああ、綺麗だよねオーロラ。たまに現地で観察したりもする]


「わたしも。見られる場所は限定的だけど、すごく幻想的だよね。あー! こっちはパプテの大滝だ! 実際見に行ったことあるよ!」


 さっきまでの不安感なんてもう無いようだ。フェトラスははしゃぎながらたくさんの窓を眺めていた。


 ちなみに意図的にネガティブな映像は切ってある。汚いものや、グロテスクなもの、狂気的なもの、禁忌的なもの……等々。それらもそれらで愉しい観察対象なのだが、フェトラスにはあまり見せたくない。


 なぜならここは、最も安全な楽園なのだから。


「わー。すごーい」


 と言いながらフェトラスは様々な窓をのぞき込む。傾向的にフェトラスは「すごくデカいモノ」に惹かれがちなようだ。


 だがやがて小さくうめいて目を閉じた。


「な、なんか頭がクラクラしてきた……」


[情報過多のせいだろうね。実は音声も流れるんだけど、今はあえて切っているよ]


「音? どうして切ってるの?」


[これだけの視覚情報に、聴覚まで併せると……たぶんゲロ吐いて気絶する事になるよ]

    

「地獄じゃん……」


[失敬な]


 クスクスと笑って、窓の情報を統合させる。細かな窓ではなく、一枚の大きな絵に見立てる。


 表示させたのは虹。


 極虹の魔王フェトラスへのサービスだ。


「わっ、すご……本当に窓の向こうに広がってるみたい……」


[高解像度にしたからね。……どれ、こんな風にも出来る]


 表示される画面を切り替えて、合成。


 そして映し出されたのは、フェトラスが幼少期を過ごした浜辺と大きな虹。


 波の音を流し、柔らかな潮風を呼び起こし、その場に流れる香りも漂わせる。


 そうやって、本当に窓の向こうにソレ・・があるかのように仕立ててみせた。


「――――。」


 フェトラスは言葉を失っていた。


 ザザァ、ザザァと潮騒しおさいだけが響く。


[どうかな。気に入ってくれると嬉しいんだけど]


「……泣くのが勿体ない。そう思えるぐらいに、素敵」


 あまり感情を込めずに彼女はそう答えた。


 彼女が抱いたのは郷愁ノスタルジーだろうか。それとも望郷ノスタルジーだろうか。どちらにせよ故郷や幼年期の思い出を待たない僕には違いがあまり分からないけれど。


 こうして、最も安全である僕の楽園の紹介は終わる。


 ここは「見られるモノが多すぎる」楽園だ。逆に言えば他には何も無い。


 全ての観測所、とも呼べるだろう。そしてその集合体が僕だ。


 実は僕の魔法属性が多彩なのはそれが由来である。気付きが多い、模倣すべきお手本が多い。器用貧乏とも言い換えてもいいが、僕が行使出来る魔法の数は誰よりも多い。断言出来る。


 つまり僕ならばほぼ全ての敵の弱点を突く戦術が採れるというわけだ。


 しかしながらエクイアの【隔絶】を真似することは出来ても、出来映えとしては遠く及ばない。


 きっと僕は全ての月眼と渡り合うことは出来るが、勝利することは極めて難しいだろう。一点突破されたら終わりだ。ついでに言うなら永凍の魔王クティールだけは何をしても勝てる気がしない。


 ――――そして、フェトラスとのじゃれ合いも楽しかったけど、今後は厳しさを増すだろう。


 彼女はエクイアの楽園を経て、己の属性を理解した。


 極虹。


 多彩の極み。


 多彩に模倣する僕とは、似てるようで在り方が全然違う。


 それを自覚したフェトラスに、僕はもう勝つことが難しくなってしまっている。



 もしかして、もしかするとだけど。


 全ての楽園を経験したのならば、フェトラスはもしかしたら、本当に大魔王テグアと渡り合えるのかもしれない。


(ふむ……愉しいだけ・・・・・のつもりだったんだけど…………)


 大魔王テグア。


 詳細不明。観察不可能対象。創造神の相棒にして、カミサマの行く末すらも定めた者。


(……こりゃ愉しいとか言ってる場合じゃないな)



 大魔王テグアの観察・・・・・・・・・


 絶対に、絶対に成し遂げなければならない。



 僕は思わず眼を閉じた。


 そうでないと、この輝きがバレてしまう。


 落ち着け。落ち着け。フェトラスのようにコントロールするのは不可能に近いとしても、落ち着け。このテンションは毒だ。ありのままに広げてしまうと、全てが台無しになる。



 虹と故郷をながめ、静かにはしゃぐフェトラス。


 過去最高に昂ぶっている僕。


 そうだ。落ち着け。他の観察対象の事を考えよう。フェトラスを次の楽園に案内しなければ。やっぱりアークスか? でも戦場だしなぁ。遊戯の魔王パーティルも実はオススメなんだけど、時間がかかり過ぎるような気がする。でもそれを観察するのも愉しそうなんだよなぁ……。



 あ、いや、待て。違う。考え方を変えなくては。


 今後採用する方針は「愉しそうな観察」ではなく「フェトラスを順当にレベルアップさせる事」だ。


 幸い、エクイアの楽園で彼女は「己の属性を明確に理解する」という成長限界の突破を果たした。


 そうやって徐々に強くしていけば、本当の意味で全ての楽園を制覇出来るかもしれない。


 見て、逃げる、ではない。


 見る、触れる、知る、理解する、まで持っていってもらわなければ。



 自分の思考が研ぎ澄まされていく気がする。


 ――――ああ、なんてこった。僕の観察への愛は、こんなステージもあったのか。


 愉しさで身もだえるのではなく、渇望以上の焦燥がある。何をしてでも成し遂げなければならない観察がある。


 ……もしかしたら僕と同様に、エクイアもこんな風に成長したのかもしれない。


 そう考えるとフェトラスの危険性は本当に計り知れなくなる。


 

 色んな愛があって、それに対応して相応しいスパイスを振りまいてしまう魔王。


 月眼の魔王を成長させてしまう存在・・・・・・・・・・



(もしかしたら取り返しのつかない事態が起きてしまうかもしれない)


 世界が崩壊する、とはまた意味合いが違う。


 全てが無に還ってしまう、という事でもない。


 取り返しのつかないこと。


 なんだろう。上手く想像出来ない。


 ただ間違い無く言えることがある。



 僕はそれを観察しなければならない。



 そのために生きているのだから、そのために死ぬのも仕方が無いことだろう?


 カチン、と。何かがぴったりとまる音。


 即ち覚悟が決まる音がした。


 

 静かに画像と音をフェードアウトさせて、僕の楽園は暗闇に包まれた。


 そうだ。僕の楽園でもフェトラスを成長させなければ。



[というわけで、これが僕の楽園だよ。感想は?]


「初めて見た時は気が狂うかと思ったけど、なんか楽しいねここ! ロキアスさんが永遠にいたくなるってのも少し分かる気がする」


[そうだろうそうだろう。ふふん。僕の楽園は最高なんだとも]


「でも……ちょっと疑問もある、かな?」


[なんだい?]


「ここにいるだけでロキアスさんは満足出来そうなのに、どうしてわざわざカミサマ達に協力しているの?」


[君の言う通りさ。僕はずっとこの楽園に居たって全然構わない。外に出る必要性は……まぁ、あまり無いんだろうね]


「……そういう割には、結構外出するよね」


[見たいモノが多すぎる僕だけど、全てを観察しきってしまったら、きっと僕は退屈を覚えてしまう。だから自分で観察対象を増やしているんだ。この世にはまだまだ予想外のモノがたくさんある。知らないことばかりだ]


 そこまで喋って(こんな僕の愛は、理解されないんだろうなぁ)なんて予想を立てる。だけど構わずに口を開き続ける。


[その際たるものが月眼の魔王だね。理解不能の愛。それを観察するためにカミサマには協力してる。そして外出するのは……単純に愉しいからってのもあるけど……たぶん自分の好奇心を絶やさないためだ]


「……ああ、なるほど」


 フェトラスは暗闇の中で微笑む。



「ロキアスさんは、ここで完結したくないんだね。全てを識って満足しきらないように、あえて楽園から出てるんだ」



[――――そこまで明確に理解されるとは思わなかったなぁ]


 説明が困難であった自己の内面を、他者にスパッと表現される。これは中々に新感覚だった。


 僕は不満足を求めていたのか、だなんて今更知った。


(なんで成長させようと思った相手に、成長させられるかなぁ)


 すごいぞ。どんどん発見がある。


 フェトラスを成長させようだなんて、完全に思い上がりだった。



 この娘は勝手に成長する。



 だから僕は剪定の鋏を捨てて、自由に彼女を遊ばせることにした。



 もの凄い勢いで前言撤回しよう。方針なんてもういいや。


 だって――――その方が愉しそう(幸せ)だからな。



 こうして、僕は夢見心地で、完成された僕の楽園を後にした。


 愉しい、っていうこの気持ち。でも「愉しい」って言葉だけじゃこの気持ちを表せていないような気がする。


「愉しい」よりも上の表現。なんだろう。何かあるかな。


 もしかしたら僕の気持ちを表す言葉なんて、実は存在しないのかもしれない。


 ……だったら重ねよう。あるいは作ろう。それが言葉だ。



 この歳になって気付きが多発するとは思わなかった。


 そう苦笑いを浮かべつつ、僕たちは「マルチウィンドウの世界」から退去したのであった。





 ――――次の楽園はドコにしよっかなぁ! 愉しみだなぁ! わくわく! わくわく!







観察の魔王ロキアス

 楽園「マルチウィンドウの世界」


攻略完了



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