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我が愛しき娘、魔王  作者: 雪峰
我が愛しき楽園の在り方
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極めし者



 空中はわたしのステージだ。相性・・が良すぎて独壇場と言っても過言ではない。


 何故ならわたしは極虹の魔王。


 空にて輝く、七色の具現体なり。



 おそらく斬空剣はエクイアの対となる聖遺物……つまり天敵に近い存在だったのだろう。


 エクイアの隔絶魔法は、切り離すモノ。


 対して斬空剣は、切り裂くモノ。


 切り離そうとするチカラを、それを上回る属性攻撃で切り裂く。


 火と水のように反発するのではなく、時には上書きしたり、乗っ取ったり。


「相性……相性かぁ……あんまり考えたこと無かったけど、相性ってこういうことなのか……」


 だとしたら自分は?


 わたしにとって相性が良いとは?


「…………【飛虹】?」


 エクイアは言った。魔法は自分の属性に依られる、と。


 そんな考えから唱えた魔法。足下に虹色の床が出来る。それは追加で呪文を唱えるまでもなく、フェトラスの意に従った。


「おお。出来た。もしかしたら過去最高に相性のいい飛行魔法」


 気付きが増える。重なる。連鎖していく。


「……そうか。だから宮廷料理じゃなくて、極虹だったのか…………」


 宮廷料理。それは色とりどりの夢。だけど見たことのない景色。自分が描く最高の未来の一種。


 そしてフェトラスがかつて演算の魔王に唱えた必殺の魔法、それこそが極虹。


 色とりどりの経験。かつて見た本当に心躍る景色。自分の全てを注ぎ込んだ、最強の一撃。


 極虹。意図して唱えた呪文ではない。ただその名が相応しいと思っただけ。


(あれこそが……わたしのすべてだったんだ)




 それは誰かにとっては・・・・・・・最悪の気付き。


 こうしてフェトラスは、ロキアスの想定をはるかに上回る成果を手に入れた。


 伸びしろの獲得――――成長限界の突破である。





 やや呆然としていたエクイアだったが、フェトラスが唱えた完全なる飛行魔法を見て、覚悟を決めた。


(これだから魔王ってやつは。いきなりどうしようもなくなるのよね)


 ただの子娘だと思っていたが、とんでもない。


 決定打を持たなかったはずの彼女。だが今となっては次に唱える魔法が全く想像出来なくなっている。


――――だがしかし、そんなことはどうでもいい。


 呪文効果の想像なんて必要ない。


 私に必要なのはダニエルとの幸せな結婚生活と、この楽園だけだ。


 お前は、消えろ。


[―――・・―――・・・―【隠世之理】ッ!]


 命在るモノの存在を許さない。そんな意味の魔法。フォースワードという、別側面での最強魔法。


 だがそれだけでは終わらせない。対応力が高いのなら、対応しきれないまでの物量作戦ですり潰すだけだ。


[・・――――・【別離隔散】!]


 別れ、離れ、隔てて、散れ。全ての呪いを込めて、フェトラスをバラバラにする。


 フォースワードを重ねた結果、辺り一帯の空間が異界化した。


 それはまるで死者の国に幽閉され、牢獄にて拷問されるような世界観だった。


 かつて世界を滅ぼした魔王エクイア。


 そんな彼女にとって過去最大の攻撃であることに間違いは無く、その出来映えにひっそりとエクイアはほくそ笑んだ。


 これなら神にだって届く。そんな自負があった。


 ――――だが、今やフェトラスはエクイアにとっての天敵と化している。


「【斬空】」


 たった一つの呪文だった。


 牢獄は切り裂かれ、切り離すチカラもまた切り裂かれる。


 バラバラにしようとする力だからこそ、バラバラにしやすいのだと。


「ごめんエクイアさん。もう負ける気がしないんだ」


[ヒッ……]


 ここで、もしかしたら生まれて始めて、エクイアは明確な恐怖を覚えた。


 遙か大昔に見失ったはずの、自分よりも強い者。


 そして今の自分は、失いがたいモノを得ている。愛を識った月眼の魔王。護らねばならぬモノが自分には多すぎる。


 負けるわけにはいかない。死ぬわけにはいかない。


[【隔絶】ッッ!]


「【斬空】」


[―・―・―・―【死隔永絶】ッゥゥ!]


「【斬空】ッ!」


 だが、だめだ。届かない。


 なんだその魔法は。切り裂く? ただそれだけの効果で、なぜこんなにも遠い。


 そしてフェトラスの魔法は、その呪文を唱えるごとにその精度が増していた。


 まるで慣れていくように。上達するように。英雄が聖遺物を使いこなしていくかのように。


[チィッ! だけど、負けるわけにはいかない……私は! この楽園を! 全てを! 護る!]


 詳細な理屈は不明だが、私の隔絶の力はフェトラスに届かない。


 だとしたら、少々強引であるが故に弱体化はするが、隔絶以外の方法でこいつを屠るしかない。


 出来るか? 隔絶の力だけで戦ってきた私に、今更そんなことが?


 だがやるしかない。そうでなければ、邪魔者を全て粉砕出来なければ、かつて世界を滅ぼしてしまった私に、何もかもを殺戮してしまった私に……こんな私に、愛を語る資格は無いッ!


 勝ち続けなければならない! 幸せでいなければならない!


 でないのなら、私が切り離してきた全ての命に申し訳が立たないッ!



 飛行……というよりも跳躍を補佐していた呪文を解く。


 そして意識を集中させる。卑怯なことでも何でも言い。とにかくコイツを今すぐに倒す。


 手始めにブラフだ。フェトラスに「次も隔絶の呪文が来る」と思い込ませておこう。


[やるわねフェトラス! だったらこの魔法はどうかしら! 隔絶の極地、その神威に等しき地獄を見るがいい!]


 芝居のかかったセリフ。次でトドメを刺すという、嘘。みっともさを覚えながらも流暢にそれを叫び上げる。対してフェトラスは冷静な表情を浮かべていた。


「無駄だと思うけど」


 どうせ【斬空】でどうにか出来る。そんな余裕の表情を浮かべるフェトラスに、私は憎悪の表情を作ってみせる。


[――――・・・――――ツッ、【引斥】!]


 引き寄せた。束ねた。その上で排除する。


 空からではなく、大地から大岩が飛来する。そんな隕石がフェトラスめがけて襲いかかった。シンプルな物理攻撃であるからこそ、フェトラスの【斬空】は効果が薄いだろう。


 しかも上からではなく、下方向からの攻撃だ。それに対応するということは、上空にいる私に隙を見せるということ。


 とっさに考えた策にしては上々。


 今度こそ終わりだ。散れッ……!



 ――――だがフェトラスはそんな飛来する大岩に対して、呪文を唱えなかった。


「よっと」


 足下にある虹色の床を操作して、飛来する大岩にぺとり・・・と乗る。


「おおおぉぉ~~~~~」


 そしてそのままフェトラスははるか上空へと消えていった。大岩に乗ったまま。


[……は?]


 シュゴオオオオ! と飛んで行く大岩と、それに乗ったフェトラス。


 えっと。


[…………え。なに今の。…………逃げられた?]


 勝ったわけではない。殺し合いが終わったわけでもない。ただ、戦うべき者が目の前からいなくなった。


[……ツッッ! ダニエル!!]


 しまったあのクソガキ。ダニエルの所へ向かったのか! なんてことだ! 大失態だ! もし彼に何かあったら、この世の全てを赦さない!


 慌てて自分の城の方向を向く。今すぐにダニエルを保護しなければ、という焦りで頭が真っ白になる。


「【滑虹】……うーん。使い所が難しい魔法だ……」


 頭が真っ白な自分。背後から聞こえるフェトラスの声……いつの間に?


「まぁとりあえず、わたしの勝ちってことで」


 待って。

 いやだ。

 負けたくない。

 失いたく、ない。


「今度こそ終幕だよ。【虹演】」


 それは、精神汚染魔法、だった――――。






 幸せな音が聞こえた。


 子供達が楽しそうにはしゃぐ声だ。


 目を開けると、気持ちの良い陽差しの中、私はベンチに座っていた。


「エクイア?」


「えっ……ダニエル?」


 気がつけば私の隣りには愛しいヒトがいた。

 彼はいつものように、優しい眼差しでこちらを見てくれている。


「どうしたんだいエクイア。目を閉じたかと思ったら寝てしまったみたいだけど、もしかして疲れているのかい?」


「……いいえ。いいえ。そんなことはないわ。あなたがいれば、私はいつだって元気だし無敵で最強よ」


「それは良かった。ついでに幸せでいてくれたのなら、他に言うことはない」


「ふふっ。ばかねダニエル。あなたと結婚してから、私は幸せ以外の感情を覚えたことがないわ」


「僕もさ。……心の底から愛してるよ、エクイア」


「私もよ。愛してる、ダニエル」


 本当に幸せだ。


 周囲を見渡してみる。楽しそうな子供達。それを見守る親達。どこもかしこも幸せと愛で溢れた、私の楽園。


 ほぅ、とため息をつくと同時。


 広場の方からフェトラスが歩いてくるのが見えた。


「こんにちはエクイアさん」


「……こんにちはフェトラス」


「どうかな。少しは落ち着いてくれたかな」


「落ち着く?」


 この子は何を言ってるのかしら。


「……いい光景だね。これがエクイアさんの幸せの形?」


 再び周囲を見渡してみる。楽しそうな子供達。それを見守る親達。どこもかしこも幸せと愛で溢れた、私の楽園。そして愛する者が隣りにいてくれる、完全な理想郷。


「……そうね。うん。私はこれが欲しかったのよ」


 隔絶の魔王として産まれ、育ち、殺戮を繰り返した。


 自分の好きなものが分からなかった。知らなかった。


 だけど今はこう思う。


 きっと私は、自分が嫌いだったのだ。


 何もかもを切り離すことしか出来なかった、隔絶の魔王。


 だけどそんな自分でも切り離せなかったものがいくつかある。


 それの最たるモノが、結婚だった。距離も時間も生死も問わず、産まれた他人同士が結びつき、離れないもの。私とは真逆の、幸せの一つにして好きの極地。


 ――――そんなものを愛せた自分が、誇らしいのだ。





「おはよう、エクイアさん」


 再び私は目を覚ました。


 先程までの光景はどこにもない。いつの間にか私は地面に横たわっているようだった。


[……今のは]


「大興奮状態だったエクイアさんに落ち着いてもらうため、強制的に幸せを思い出してもらいました」


[…………そう。つまり私は負けたのね]


「負けてないよ?」


[えっ]


 思わず顔をあげると、そこには優しそうな表情を浮かべたフェトラスがいた。


「そもそも勝ち負けなんてない。だってわたし達に戦う理由なんて無いもの。……エクイアさんが見た光景をわたしも見たけど、本当に素敵だったよ。あなたの楽園は慈愛に満ちてる。ロキアスさんの言う通り、ここは本当に良い楽園だと思う」


 そう言ってフェトラスは舌を出した。


「でもエクイアさんの暴走っぶりは怖すぎるよ。この楽園を護りたい気持ちは分かるけど、ちょっとは自分に自信を持って欲しいかな。どうせ誰にも負けないんだから、もっとドーンと構えるべきだと思う」


[……私の隔絶魔法をことごとく蹂躙しておいて、よく言うわよ]


「それは偶然だよ。わたしは運が良かったとしか言いようがないし、貴女にとっては不運だったって事でしかない。もう一回言うね。わたし達が戦う理由は無い」


 フェトラスが手を差し伸べてくれる。


 そうだ。この子は一瞬で私を凌駕して、その上で私を見逃してくれている。


 悔しいな、と思う反面、フェトラスがこの楽園を脅かす者でなくて良かったと安堵している自分がいた。やはり先程の魔法は精神汚染だったか。


 こんなにも心が落ち着くなんて。


 ……まるで汚染とは真逆。浄化だな、と思って私はフッと笑った。


[参ったわね。どうやら完敗みたい。先輩としての威厳は皆無ね。…………その上で改め聞くわ。フェトラス、貴女は私の楽園に何をしに来たの?]


「見学だよ。それ以上でも以下でもなく、貴女の楽園を見に来ただけ」


[……ダニエルに何かするつもりは?]


「全く無し。ゼロ。皆無。エクイアさんがちょっと不機嫌になることを承知で言うと、貴女の旦那さんにはそもそも興味が無い。ついでにいうと敵意も無し。好きでも嫌いでもないよ」


[……それは、愛から最も遠い感情ね]


「ご理解いただけて何よりだよ、先輩」


 生意気な物言いだ。


 だが、フェトラスにはその資格がある。


 この娘は私の属性を打ち破るチカラを持っている。


[……さっきの斬空って魔法、何よ。まるで私のために存在するような魔法だったけど]


「うーーん…………まぁ、たぶんそんな所。得られたのは完全に偶然だけどさ、これもまたわたしの多様性の一環であり、わたしの運命を支える一つなんだと思う。――――というわけでもう止めてください。戦いたくないです。本当は超怖かったです」


 かなり真剣にフェトラスが懇願してきたので私は思わず[う、うん]と答えてしまった。


 気がつけば毒気が抜かれている。


 改めてフェトラスのことを見つめてみると、この子は――――とても可愛らしい存在だった。


 虹の精霊。極虹の魔王。十三代目・月眼の魔王。


 そんな肩書きを無視してみる。



 目の前にいる子は、優しくて思いやりのある、柔らかな笑顔を浮かべる女の子でしかなかった。



[……参ったなぁ。もう一度言うけど、完敗みたいね]


 戦う気が失せている。文字通り無敵だ。彼女にはきっと敵がいない。


 そんなフェトラスが真剣に殺意を抱くとしたら、それこそ愛する者を傷つけられた時だろう。


 さっきまで本気で殺し合った気まずさから、互いに苦笑いを浮かべてしまう。


 だけどフェトラスは片手を差し出してくれた。私はそれを横たわったまま握り返す。


「えっと、とりあえず…………わたしはエクイアさんを害さない、ってことだけ理解してくれると有り難いかな。まずはそこからでしょう?」


 不戦条約を結びましょう、ということを彼女は柔らかく言ってくれた。


 なんて娘かしら、と思いながらエクイアは何度目かの苦笑いを浮かべ――――そして今度こそ、柔らかく微笑んだ。





 そんなタイミングで、再び地雷が飛んでくる。



「エクイアァァァァァ!!」



 ダニエル・セッツは何の冗談か白馬に乗ってその場に現れたのであった。




エクイア[ダーリン……格好良すぎる……すき……あいしてる……]




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