表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
我が愛しき娘、魔王  作者: 雪峰
我が愛しき楽園の在り方
225/286

(色目なんて使わないよう注意しなきゃ!)



 フェトラスが見たのは、駆け寄ってくる男性。


 反射的にその者の見た目から情報を集める。


 男性。金髪。体格は細め。優しい顔をしている。端的に言うなら『絵本に出てくる、白馬に乗った王子様』だ。


 それらの情報を二秒で集め、別に十秒使ってその男性の戦闘能力・・・・を計る。


 結論としてその男性は、戦いには向いてない人物だという事が分かった。


 補足として「魔王エクイアの寵愛を受ける特別な者」であるが、なんらかの防御魔法、あるいはカウンター魔法がかかっているというのも見受けられない。


 明らかに一般人だ。なんなら平均的な人間よりも弱い部類かもしれない。



 だがその男性は、この月眼の魔王達が集うお茶会に乱入してきたのだ。


 それだけでもう隔絶している。



 そして何より、エクイアが彼の事を「ダーリン」と呼んだのだ。



 フェトラスは緊張感を最大にした上で警戒する。


『取り扱いを間違えたら即死』


 そんな地獄の心持ちで、目の前で発生する甘い空間を眺めた。


「エクイア。ああ、僕の可愛いエクイア。無事だったかい?」


[もちろんよダーリン。心配してくれたの? うれしい。ありがとう。でもここには来ちゃダメだって兵士には伝えていたはずなのに……あいつらは後で皆殺し・・・ね]


 フェトラスはギョッとした。


 エクイアは甘い声で、いま何と言った?


「ごめんよエクイア。彼等を許してやってほしい。君を心配するあまり、僕が無理矢理聞き出したんだ。……だって緊急退避の鐘が鳴って、誰も彼も事情を理解してはいなかったし……」


[ダーリン、心配してくれたの? うれしい]


「当たり前じゃないか! ああ、エクイア。僕のスイートハニー。無事で何よりだよ」


[もう、ダーリンったら。私はこの世界で最強よ? 何も心配なんてすることないのに]


「負けない事と、傷つかないことは違う。僕は苦しんでいる君なんて絶対に見たくないんだ」


[ダーリン……]



 いちゃいちゃしてる。


――――なんて、呑気な感想は抱けなかった。



 フェトラスの脳内に浮かぶのは『今のエクイアには絶対に手を出してはならない』という強烈な自己防衛本能だった。


 エクイアの月眼の輝き。それは、今までに見たことがないくらい()の気配に満ちていた。



 あれは愛の結晶だ。


 だがその愛はダーリンさんにしか注がれない。


 その輝きはダーリンさんしか照らさない。


――――そしてその他一切のモノを考慮しない。


 当事者以外には最悪の代物だ。



 ごくり、とフェトラスはツバを飲み込んだ。


(えっと、なんだっけ。色目を使うな。話しかけるな、でも無視するな!)


 必死でロキアスから教わった禁則事項を思い出す。


 彼等は危険だ。たぶんエクイア一人ならどうにか出来る。ダーリンさんだけなら何の問題もない。ただ二人揃うとダメだ。


 絶対に触れてはいけない。


 何が起きるか分からない、ではない。


 絶対にナニカを起こしてはならないのだ。


 そんな強い警戒をしながら、フェトラスは静かに目を閉じた。


 怖い。でもダーリンさんを見続けるよりはマシだ。これ以上視界に収めていたら、エクイアさんに何て言われるか分からない。それは銀眼を彼女に向ける事よりも恐ろしい。


 音だけが聞こえてくる。


「エクイア。本当に無事かい? 痛いことや、嫌なことはなかったかい?」

[あるわけないわダーリン。心配かけてごめんね?]


「そうやってコスモスみたいに微笑んでくれて、ようやく安心したよ。僕の太陽。満天の星空。小鳥の さえずりであり白波の音色。ああエクイア……」


 ……これ、笑ったらダメだよね?


 緊張と恐怖でフェトラスは少しバグり始めていた。



「どうやら本当に何も無かったみたいだね。緊急退避の鐘なんて初めて聞いたから動揺しちゃったけど……一体何があったんだい?」


[お客様が来ていたから、その対応をしていたの。こちらの方よ。フェトラスっていうの。私の……後輩、かしら。まぁはっきり言うと彼女も月眼の魔王ね]


「月眼の魔王? エクイア以外にもいたのかい?」


 二人の視線がこちらに向いた気がした。


 フェトラスは目を閉じたまま、黙ってニツコリ・・・・とぎこちなく微笑む。


 三秒ほどの静寂。



(うわあああああ! どうしようどうしよう! 自分から名乗ればいいの? 目を閉じたままは失礼? 何もしない方がいいの? 何かしないといけないの? どうすればいいの! 教えて脳内お父さん!)


『えぇ……? とりあえず笑っとけば大丈夫だろ……たぶん……』


(平和への第一歩は笑顔から! その通りだね!)



 に、にっこり。


 寒くもないのに指先が震える。


[……フェトラス? どうかしたのかしら]


「……き、緊張してます。そちらの方はエクイアさんの旦那様ですか?」


[そうよ。――――ダニエル、この子はフェトラス。私のご同輩だけど怖くないから大丈夫よ]


「そうなんだね。始めてましてフェトラス。僕はダニエル・セッツ。エクイアの夫だ。……妻以外の魔王なんて初めて見たよ。でも僕の奥さんは可愛らしいヒトだから、きっと上手くやれるはずさ。これからもハニーをよろしくね」


『妻やらハニーやら……。呼び方を統一しろよ。ちょっと馬鹿に見えるぞ』


 脳内お父さんが呆れたような突っ込みを入れる。そんな度胸、もちろんわたしには無い。


 だが自己紹介されたのだ。いい加減にわたしも挨拶しないと、とフェトラスは覚悟を決める。


 瞳を開ける。目の前にいるのは金髪の男性。五秒以上見つめてはならぬ存在。


「初めまして。フェトラスです。エクイアさんには貴重なお話しを伺ってました。今後ともよろしくお願いいたします」


「ああ。僕の太陽をよろしくね」


『だから呼び方をさぁ』

 ――――脳内お父さんは黙ってて!


 視線をすぐさまエクイアに移す。





 ここで一つ、模範解答・・・・を提示しよう。


 たった一言。たった一言を口にするだけでフェトラスは無事に帰れた。


「お似合いのお二人ですね」あるいは「お二人はとっても仲がいいんですね」


 そんな世辞を言うだけで、良かったのだ。





 だがフェトラスは何も言えなかった。


『に、にっこり』とぎこちない笑みを浮かべることしか出来なかった。


 だから彼女は失敗した。





[どうしたのフェトラス。何か様子が変なのだけれど]


「い、いえ。別に。なんでもないです」



[そういう風には見えないわ。ダニエルが来てからの貴女は明らかに変よ。何故かしら。緊張していると言っていたけど、どうして緊張するの? 何を怖れているの? なにか不味いことでも考えているのかしら。だとしたらそれはなに? 月眼の魔王である私ではなく、ダニエルに怯えている……はずは無いわよね。だとしたら必然的に貴女は私を怖れているということになる。分からないわね。さっきまであんなに楽しくお喋りをしていたのに、いきなり緊張するなんて変よ。ねぇ極虹の魔王。貴女はいま何を考えているの?]



 首をかしげていたエクイア。まずスッと瞳から温度が消え、月眼が冴え渡る。そしてどんどん声が低くなっていき、眉間にしわが寄っていく。最後の口調は問い詰めるような響きがあった。


 この間、三十秒足らず。


「え。いや、その」


[ダニエルが来たから緊張した。そして突然私のことを怖れ始めた。それ即ち、ダニエルを介して私を不愉快にさせる可能性があるということ。――――なんだテメェ・・・、まさかダニエルに何かするつもりか?]


 色目もクソもない。

 たったの一分で、エクイアは敵対の意思を示した。




 冗談かな? なんて思うヒマもない。


 あふれ出る殺気。二秒後には死ぬかもしれないという実感。


 フェトラスは思わず跳躍してエクイアから距離を取った。



 踏むまでもなく、地雷が・・・向こうから飛んで来た・・・・・・・・・・



 そんな状況でフェトラスが舌打ちをした。


「急にトップスピードになる思い込み力……なんか、演算の魔王ちゃんに似てるなぁ」


 改めて魔王エクイア・セッツを見る。


 その薄い翠色の髪が、物理的に振動する空気でフワフワと揺れていた。魔法構築の段階で現実に余波が出るのは大概だ。鉄のコップにマグマを注ぐのに似ている。そんなことしたらまずテーブルが燃えるのだ。


 もう嘆いてるヒマはない。「ちょっと待ってください」と釈明するのも馬鹿らしい。既に殺し合いは始まっている。


 エクイアの楽園? 禁則事項? 知らんしらん。今のわたしに出来ることは何もない。ただ、やらねばならぬ事を遂行するだけ。即ち生き抜くための徹底抗戦。


 相手は隔絶の魔王。そして彼女の唱える魔法はどうしたってその属性に引きずられるらしい。ならば。


「【飛光】!」


 距離を造られる前に、自分で距離を取る。

 つまり、隔絶されるよりも早く逃げるしかない!


 フェトラスに光がまとわりつき、それによって身体が浮く。


 それは英雄クラティナが多斬剣テレッサを使って空を跳んだ技に似ていた。光魔法を自分に押し当てて、空を跳ぶのだ。まるで大砲で撃ち出されたかのようにフェトラスの身体は空に向かって飛び出して行く。


 だけど。


[なぜ逃げるの? 一度退いて戦略でも練り直すつもりかしら? あるいは援軍の用意を? バカバカしい。ダニエルを狙う者を私が許すはずがないでしょうに]


「なんで付いてこれるのかなぁ!?」



 空に撃ち出されたはずのフェトラスに、平然とした顔で並び飛ぶエクイア。


 フェトラスは光をコントロールして更に加速を試みるが、それにすら彼女は併せてきた。


「ツッ……【煌空】!」


 広大な空が煌めく。点ではなく面にして、天そのもの。巨大な空間を押しつけるような光の奔流でエクイアを押しのける。


「巨大な障壁、これなら突破されることもないはず……!」


[やはり私との戦いを想定していたのね。戦い方が上手。でも残念だわ。【隔拌】]


 それはフェトラスにとって聴き取れない魔法だった。呪文構成が難しすぎて、効果が想像出来ない。


 煌めく空。光の奔流。そういったものが乱され、かき混ぜられ、一枚岩みたいな障壁がぐちゃぐちゃになる。光の層が厚い所と薄い所に分かれ、奔流は弾幕化する。


 つまり、隙間が出来る・・・・・・


「突破したぁ!? 嘘でしょ!?」


[初手で殺せないのならば、そもそも私に挑むべきではなかったわね。悔い改めなさい。【影隔】]


 フェトラスの飛行を補佐していた光に影が差す。途端に彼女は落下を始める。高度は三千。いくら魔王といえど墜落のダメージは大きすぎる。


「まずいまずいまずい! 【浮有】!」


 自身に浮力を施して、落下速度を抑える。だがこと魔王との戦いにおいて、受け身であることは死のジェットコースターだ。逸脱した強者同士の戦いは、相手に防戦の手しか選ばせないことから始まり、そのまま終わるのだ。


[貫かれろ。【攻獲】]


 エクイアの左手に闇が集い、振り払われる。


 巨大な青空の中、一切の光を通さない闇。それが放たれたと同時に「当たる未来」が確定する。


 回避不能を悟ったフェトラスだったが、これは命を奪う攻撃だ。しかし防御に相応しい適切な呪文を反射的に唱えるのも不可能。


 やむを得ずフェトラスは、絶対的ではないがそこそこ効果のある、汎用性の高い防御魔法(正確には迎撃魔法)を唱えた。


「――・―――【闇幕】!」


 光では対抗出来ない。そう判断したフェトラスは闇を広げ、エクイアの攻撃を中和しようとした。激しい速度で闇の濃度が増減し、拡散していく。そして闇のカーテンを突破して、やや減衰したエクイアの攻撃がフェトラスに向かって突き刺さる。


「レェェェイーーン! お願い!」


 精霊服の強度を最大に。ここでようやく彼女の精霊服は完全なる戦闘状態に移行。漆黒に染まった精霊服レインはエクイアの攻撃をなんとか受け止めたのだった。


「グフッッ!」


 だが痛いものは痛い。貫通こそしなかったが、無数の槍で突かれたようなダメージをフェトラスは負う。


 しかしそれは想定していた痛みだ。すぐさまフェトラスは闇の幕に向かって追加の呪文を重ねた。魔王の独自言語ではなく、ヴァベル語の使用によってその効果を限定化させる。そちらの方が強靭性は減っても応用力が増すのだ。


とばりを重ねて幕を降ろす! 即ち【終幕】!」


 闇のカーテンが厚みを増す。ここから先は何も無い、全てを遮断する隔離魔法。フェトラスは一方的に終戦を提示して逃走を図った。


 だがしかし。


[面白い魔法だけど、ユニークなだけね。……カーテンコールの時間よ。【喝采】]


 シンプルな魔法故に、シンプルな魔法で突破される。


 闇の幕はバチバチヴァヂィッ! という炸裂音と共に霧散した。


「ウッソでしょ! 初見で最適解出すとか!」


[呪文構成が素直過ぎるのよ。弱いわね、極虹の魔王。もう引退しなさい]


 エクイアが浮かべたのは悲壮な顔だった。


[せっかく友達になれると思ったのに。でもダニエルに何かするつもりなら仕方ない。死になさい]


 空中に浮かぶフェトラスに向かって、エクイアが落下してくる。


 両手を大きく広げて、まるで彼女を抱き留めようとするみたいに。


[対応力と応用力は高くても、決定打が無いのが貴女の弱点よ。――――これでお別れ。【隔絶】]



 音が消えた。

 色が消えた。

 風の感触が消えた。

 匂いや味は分からない。

 

 結婚の魔王エクイア・セッツ。その本来の属性である『隔絶』をまさしく体現した魔法。


 それはいわばエクイアにとって最強の魔法だった。


 相手を果てしなく遠い場所に飛ばす魔法。既存の法則を全て無視して、ほんのわずかな時間だがこの世界からの退場を命じる呪文構成。戻ってくるのは死体だけ。


 エクイアは天外の狂気と戦ったことはないが、この魔法を適切に唱えることが出来たのなら、フォースワードとして昇華出来るのであれば、相性によってはソレを一撃で撃退することも可能な不条理魔法。


 そんな、エクイアの最強魔法の直撃を食らったフェトラス。


 彼女の意識は、ソラに解け散る。


 こうして月眼・極虹の魔王フェトラスの物語は、哀しい程にあっけなく終焉を迎えた。







――――はずだった。


 はずだったの、だが。




「――――【斬空】」



 彼女はそれ・・を知っていた。



[!?]


「なるほど」



 解け散るはずの意識は保たれたまま。


 エクイアの必殺魔法が直撃したフェトラスは、そこに【虚空】を見た。故に、反射的にそれを唱えることに成功した。


 まず空気の匂いを感じた。風圧を感じた。音が聞こえた。空は青くて、エクイアさんは綺麗だ。


 ありがとう斬空剣さん。かつてわたしを救ってくれた貴方は、いまこうして再びわたしを助けてくれました……なんて祈りをフェトラスは胸に抱く。

 


[なっ……なぜ消えないッ!?]


「……ははっ。教えてあげない」


 フェトラスは獰猛に笑った。



「戦うなら仕方ない。わたし達はそういう存在だからね。でも、ここからはわたしのターンだよ。対応力と応用力、そしてわたしの多様性を見るがいい。えっへん」









カミサマ〈おい! 今すぐ介入して二人を止めろ!〉


ロキアス[ははは。お前等とは一生わかり合えないだろうなぁ]


カミサマ〈ああああああああ! 二度とお前の口車には乗らん!!〉


ロキアス[とりあえず邪魔したらコロスぞ]

(満面の笑みでディスプレイを見つめながら)




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 地雷が飛んでくるのか…。もうこんなのどうしろと。 それはそれとして、成長するいい機会になるかな? 薄々感じてたんだけど虚無送りを使う魔女達ってもしかしてやばい?それ以上にそっから出てくるやつ…
2022/03/27 13:36 サットゥー
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ