ラストマリッジ
世界の果て。なにやら小さな廃墟があったので綺麗に掃除でもするかと建物を粉砕していると、その近くに人間がいた。突然襲来した私に腰を抜かしているようだ。
そんな生き残った人間が目の前で震えている。この人間絶滅時代では極めて珍しい、立派な若者と可愛らしい少女の二人組だった。
人間を実際に目にしたのは何年ぶりだろう。
もう魔族達によって駆逐されていたと思っていたのだが。
そんなことを思いながら私は挨拶した。
「こんにちは、人間」
「隔絶の魔王エクイア……!」
絶望に染まった表情で、こちらに鉄の剣を向けてくる青年。
「リュート……」
同じく絶望に染まった表情で、青年のシャツのすそを握りしめる少女。
二人は寄り添い、そして私という殺戮者に対して怯えていた。
やがて青年は鉄剣を静かに置いて、少女を抱きしめた。
「ごめんカナリア。やっぱり無理だったね……きっと君を幸せにしてみせるなんて言っていたけど、どうやらここまでのようだ。……■してるよ」
聴き取れないナニカが聞こえてきた。
かつての私だったら気にも留めていなかっただろうソレ。だが今の私はソレをずっと探し求めている。
ああそうか。この者達も幸せになる資格を持っているんだな、と私は思った。
「貴方達は結婚しているの?」
「……まだ、違う。それに宣誓所はおろか、見届け人すらいないんだ。俺達は夫婦になれなかった」
「いいの。いいんだよリュート。わたし、ちゃんと幸せだった」
「カナリア……」
二人は悲しそうに涙を流して、ずっと抱きしめ合っていた。
そんな絶望の極地にいる二人に対して、私は尋ねた。出来るだけ怖がらせないように、なるべく親しげに、見た目よりも幼い声色を作って。
「えーと、リュート君とカナリアちゃん。二人は結婚したいの?」
「…………」
「…………」
「あれ。違う?」
「……いや、違わない。その通りだ。俺達は結婚したかったよ」
「まぁ、そうなのね。いいわ。すればいいじゃない。幸せになりたい者同士、素敵な事よね」
「クソッ……馬鹿にしやがって……!」
憎悪の視線でリュート君が私を睨み付ける。
英雄でもないただの人間が、若造が、この隔絶の魔王エクイア・セッツを。
ふと老兵の事を思い出す。
というか、生き残った人間を前にした時はいつも彼のことを思い出していた。
結婚。幸せのために。ありがとうの意味。聴き取れないナニカ。資格の無い私。そして私という絶望にすら挑もうとする人々。
――――その頃の私は、飽きとはまた別の理由で殺戮が出来なくなっていた。
はっきりと「虚しい」と思うようになっていたのだ。
だって殺戮すればするほど、誰かを殺せば殺すほど、見られる結婚の数は減っていく。
幸せそうな顔を。産まれた時は完全に他人同士の二人が家族になる姿を。命を賭しても悔いが無いとされる激情を――――私は自らの手で、その可能性を摘んでいく。
説明が面倒だ、と思ったので私はその人間二人を拉致した。
『えっ』と二人の声がハモる。
隔絶の応用で、最寄りの基地への超高速移動。出迎えたのは儀礼服に身を包んだ魔族。
「おや、お帰りなさいませエクイア様。……そちらは人間、ですか? まだ生き残りがいたとは」
「結婚したいって言ってたから、連れてきた。結婚式の用意をしなさい。ほら、この前造った新しい宣誓所あるでしょ。あそこ使うから」
「はぁ。今度は人間を結婚させるのですか」
「うん。この人間達ぐらいのサイズだったら、着られる礼服があるでしょう? 用意して」
「かしこまりました。……そこの人間、まずは落ち着いて深呼吸だ」
絶句してパクパクと口を動かすだけになった人間に、魔族が優しく声をかける。
「さぁ立つんだ。簡単にだがサイズを測らせて貰う。それと礼服は黒と白、どちらの色が好きかね」
「なっ……なっ……なん、なんだお前等は……一体何を言っている?」
リュート君が顔を真っ青にしながら、泣きながら、それでもカナリアを護ろうと立ち塞がる。
「エクイア様、この者達は戦闘可能な者ですか?」
「いいえ。無力な人間よ。武器も無し。……そろそろ第五宣誓所で結婚式よね? 私はそこに参列しに行くから、二時間で用意を済ませて」
「お言葉ですがエクイア様、この者達は人間です。事情の説明とカウンセリング、それに参列者も呼びかけませんと。完璧な結婚のために、五時間はいただきたいのですが」
「優秀な部下を持てて私は幸せだよ」
「……四時間、いえ、三時間半で何とかしてみせます」
「そんなつもりで言ったんじゃないんだけどなぁ。……いいよ。時間は気にしないからさ。とりあえず私がいるとこの子達はいつまで経っても安心出来ないでしょうから、もう行くわね」
「御意。…………さぁ、まずは深呼吸だ人間。名前を聞かせてもらえるかな? 私の名前は……」
それからきっかり三時間半後。
宣誓所には、綺麗なウェディングドレスを着たカナリアがいた。新郎であるリュート君はまだ少し興奮気味だそうで、時間つぶしにと私は彼女を訪ねることにした。
「おお~。似合うね」
「ヒッ……か、隔絶の魔王……」
「ええ、私はエクイアよ。今回あなた達の結婚の見届け人になるわ」
カナリアはずっと目を白黒させている。しかし先程よりかはずいぶんと落ち着いているようだった。本当に優秀な部下達だ。
私は彼女を安心させるために、そこら辺に置いてあるポットから自ら茶を注いだ。
「それで、どうかな。いまからリュート君と結婚することになるわけだけど」
「ど、どうと言われても……そもそも何故こんな状況なのか……」
「あれ? 実は結婚したくなかった? リュート君の片想い?」
「いっ、いいえ! それは違います! 私はリュートを■して……!」
「そう。なら良かった」
出来るだけ彼女の方を見ないようにしてあげる。私はぼんやりと天井を眺めながら『どんな結婚になるんだろう』と考え、思わずフフッと笑みがこぼれた。
「…………あなたは、一体…………」
「ん? 私? さっきも名乗ったけどエクイアだよ。エクイア・セッツ」
「隔絶の魔王……この世界を滅ぼした者……」
「そう、その魔王で合ってる」
「……どうしてその魔王が、私達を結婚させようとするの……?」
「どうしてって。そんなの愉しいからに決まってる」
「愉しい? 結婚が?」
「そうだよ。いいよね結婚。幸せそうな二人を見たりさ、嬉しさのあまり泣き出す子とかいたり……みんなが祝福してくれてたりするともっと良い」
「…………」
「って言っても説得力無いか。なにせ私は隔絶の魔王。人間の世界を台無しにした張本人だ。このセラクタルはもう魔族の世界になってしまっている。そんなヤツが何を言っても、君たちには届かないだろうね」
「分からない……分からないことだらけ……どうして私達を殺さないの?」
「殺したら二人が結婚するところを見られないじゃない」
「あんなにたくさん殺して、散々殺戮しておいて?」
「……それを言われると返す言葉もないよ。というか、そうだな」
この人生において、こんな風に人間と会話する機会はほとんど無かった。
人間が絶滅に瀕した今となってはなおさらだ。
そしてこの会話で、私は更なる気付きを得た。
「そうか……私は、自分のやってきた殺戮を後悔しているのか……」
「えっ……」
「何もかも退屈だった。出来るからやっていた。でも、するべきじゃなかったんだ。そうだよ……私は、自分がしたいことをするべきだった……ちゃんと好きなことを探すべきだったんだ……」
「…………」
「カナリアちゃん。教えてほしいことがあるんだ。君はリュート君のことをどう思っている?」
「どうって、それは」
「好き?」
「それは、もちろん」
「ずっとそばにいたいよね。彼のためなら何でも出来る?」
「……出来ます。リュートのためだったら、死んでも構わない」
さっと、カナリアは近くのデスクに転がっていたペンを手に取った。
何をするつもりだろうと思っていると、彼女はそのペンを両手で持って、先端を私に向ける。
「もしも貴女がこの後でリュートをどうにかするつもりなら……ゆ、許しません」
「……それ武器のつもり?」
思わず笑ってしまう。
「すごい。すごいぞカナリアちゃん。そんな武器で私に挑んできたのは君が史上初だ」
「うっ……うっぅ……」
恐怖からか、カナリアちゃんは震え始めた。目にはうっすらと涙がたまってきており、子ウサギ並みに弱そうだ。
だけどその眼差しだけは、一級の戦士と同じ瞳をしていた。
「……魔王に立ち向かう、か」
私は自分よりも強い者を、この数十年見ていない。
既に私はこの世界で最強だ。
どうやらこの世界には私以外の魔王も存在するようだが、会ったことはない。おそらく避けられているのだろう。私が強すぎるから。
だがもしも、自分よりも強い存在がいるとして。
私は絶対に勝てない相手に、勝負を挑めるだろうか。
たぶん無理だ。私はまだ死にたくない。ようやく人生が……少しだけど楽しくなってきたんだ。
そして逆に、圧倒的強者に勝負を挑まれたら、私はどうするんだろう。
諦めるのか。逃げるのか。あるいは戦うのだろうか。
だとしても――――命を賭けるに値するナニカを私は持っているのだろうか。
「ねぇ、カナリアちゃん。どうして君は殺戮の精霊である魔王に立ち向かえるんだい?」
「……私が……私はリュートを■してる。そのためだったらッ……!」
「……その気持ちを他の言葉に言い換えると、どういう言葉になる?」
自分で言っておいて、ふと思った。
『その気持ち』
――――ああ、そうか。私が識りたいのはこの感情の名前だったのか。
「言い換える……■を?」
「うん。どうか……どうか、教えてほしい」
ぺこりと頭を下げる。生きてきて初めての経験だ。だけど全然嫌な気持ちじゃない。
それからカナリアちゃんは、ポツポツと語り出した。
好きだ。一緒にいられて幸せだ。ずっとそばにいてほしい。失いたくない。
そんな好意と独占欲と依存と執着と、我欲にまみれた、独善的でありながらも他者を思いやる感情を、乱雑に彼女は開示した。
当時の私にとってソレは複雑に過ぎた。矛盾があったり、論理的でなかったり。とにかくとっ散らかっている。
分からない。それしか感想を抱けなかった。自分の命よりも大事なモノなんてこの世にあるわけないのに、どうやら彼等はそれを持っているらしい。ますます分からない。
だが辛抱強く話を聞き続けて、やがては時間切れが訪れる。
「お待たせしましたエクイア様、並びにカナリア嬢。新郎の準備が整いました」
「ご苦労。やれやれ。新婦を待たせるなんてひどい男だね。さてカナリアちゃん。君の準備はどうかな? そろそろペンをデスクに戻すといい」
私がそう指摘をすると、カナリアちゃんは顔を真っ赤にしてペンをデスクに置いた。ずっと握りしめていたことに気がつかなかったのだろう。
「さて向かうとしようか。人間の結婚の作法も一応学んだのだが、完全再現するには足りないモノが多すぎる。というわけで多少は妥協をしてもらう事になるが許してほしい」
「いえ、そんな……あ、あの……これから本当に私とリュートと結婚を……?」
「そうだよ。さぁ私の腕を取って。あなたの親の代わりなんて大役は務めきれないけど、道中の身の安全は絶対に保証しよう。何が起きても、君を新郎の元へと送り届けるさ」
身に纏っていた精霊服を漆黒に染め上げる。いわゆるパンツスーツ姿だ。
おずおずと、カナリアちゃんが私の腕をとる。
「大丈夫だとも。確かにここは人間の住む世界ではないかもしれないが、全ては等しく我が威光の元にある。怖れることはない。君は今から幸せになりに行くんだから」
宣誓所には数名の魔族が参列していた。いつもの魔族の結婚式と違い、緊張感がほとばしっている。なにせ今や希少種となった人間を、私が保護したあげくに結婚させるとか言い出したからだろう。本格的に頭がイカれたとでも思われているのかもしれない。
やれやれ。せめて作り笑顔ぐらい作りなさいよね。
そう思いながら壇上で先にスタンバイしていたリュート君を見てみる。彼もまた緊張……というか恐怖に囚われているようだったが、美しく仕立て上げられたカナリアちゃんを見てすぐに呆然としていた。
「綺麗だ……」
そんな言葉が静かな宣誓所に響き渡る。
(褒められちゃったね)
(は、はい……)
小声でやりとり。
(では行こう。ゆっくりで構わない。ジラしてあげたまえ)
(……ふふっ。はい)
笑った。
カナリアちゃんは、笑った。
最悪の魔王が横に立っているというのに。
多数の魔族に囲まれているのに。
それでも彼女は、幸せそうに笑った。
というかもうリュート君しか見えていない。
私は彼女を引き連れて歩く。
なんだかこっちまで嬉しくなってくる。愉しい。
そんな私の笑顔が伝染したのか、魔族達の緊張もほどかれていく。
『やれやれ。エクイア様の結婚好きにも困ったものだ』なんて苦笑いが見える。若い魔族ならなおさらだ。彼等は私が暴虐を尽くした時代を知らない。
そして私はカナリアちゃんをリュート君の元へと無事に送り届けた。
そしてそのまま宣誓所の最上段に進み、精霊服を再び変化させる。今度は見届け人としての礼服に。
「……では、君たちにとっては不本意かもしれないけれど、残念ながら人間の結婚に関して一番造詣が深いのは私だ。なので、この魔王エクイア・セッツが見届け人の役を果たさせてもらう。異議がある者はいま述べよ」
いるわけがないけど。
「――よろしい。では始める」
人間の結婚については、人間から聞き出した。
人間の文字なんて読めないから口頭での説明しか聞いてはこなかったけど、それなりに再現は出来たと思う。
別に語るような詳細もない。ただ一生懸命はやったよ。なにせ二人の大切な結婚式だからね。
だけどそれは、私にとっても大切な結婚式だった。
魔族を結婚させたことはあっても、人間同士を結婚させたのはそれが初めてだったからだ。
そしてこれがおそらく最後になる。
人間はもうほとんど生き残りがいない。番を見つけるのは至難の業だ。
コレはきっと、この星において執り行われる最後の、人間による結婚式。
ああ、なにもかもが綺麗だ。
こう言うモノを、私は殺戮してきたんだな。
[こうしてリュート君とカナリアちゃんは結婚したの。私の国で保護しようかとも思ったんだけど、あんまり魔族が近くにいるのもよろしくないだろうということで、むしろ国から遠ざけた。ある一定区画をプレゼントして、そこに警備のための魔族と一緒に住まわせることにしたのよ]
「……二人は幸せになれたのかな」
[もちろんよ。私が言うのもなんだけど、かなり気を遣ってあげたわ。人間に限らず、命在るモノはすぐに死んでしまうから]
「そっか。じゃあ、その二人を見て殺戮を後悔したエクイアさんは……それからどうしたの?」
[別に、どうもしなかったわ。ひたすら色々な者達を結婚させてきた。ああ、でもあの頃の私はずっと未婚状態だったわね。……他人からあまり好かれていなかったようだし]
クスクスと笑いながら自虐をするエクイア。もちろんコメントが返せないフェトラスは苦笑いを浮かべるだけに留めた。
「そ、それでリュート君たちは?」
[最初はメンタル的な不安や栄養失調で難しかったみたいだけど、やがては彼等の間に子供が産まれた。可愛らしい、双子の女の子だったわ。カミサマが管理を放棄したのもあって、警備の魔族達とも上手くやれていたみたいだったし]
何もかもが懐かしい。
こうやって思い出を語れるのは貴重な事なのね、とエクイアは思った。
ついでに言うなら「意外と覚えているものだ」なんて感想も抱く。
[彼等は文字通り、最後の人類だった。かろうじて生き残った者も、ひょっとしたらいたかもしれない。だけど文明を捨てて野山に隠れ住まう生き物なんて、もう動物と同じよね]
「…………」
[そんな動物をわざわざ必死の思いで捜索して、繁殖させるために保護するのは面倒だったの。だって人間じゃなくても結婚は出来るんだもの。私のセラクタルに人間は不要だった。だから私にとっては、彼等が最後の人類だった]
「――――――――。」
[……いいわ。素直な感想を聞かせて? 無礼者、なんて怒鳴ったりしないから]
「……今のエクイアさんからは想像も出来ないくらい、冷酷な意見だなと思いました」
[その通りね。……本当にその通り]
あんなに彩りの少ない世界を、冷たい私は満喫していた。
[……カナリアちゃんは産後の容態が悪くてね。命はなんとか取り留めたけど、子供の産めない身体になっていた。そして他の人間なんてそうそう見つからない。……代わりに、私に対するカウンターなのか、聖遺物だけはゴロゴロと出現するようになっていたかな]
「人間がいなくても聖遺物が現れるの?」
[アレは自動的なモノなのよ。突然岩山に刺さっていたり、空から降ってきたり、海岸に流れ着いたりしてた。そしてある日……リュート君が住む家の庭に、ニョキッと聖剣が生えてきた]
「そ、そんな雑草みたいなノリで……」
[実際雑草みたいなものだったかしらね。聖剣を発見したリュート君は、すぐにそれを献上してきた。……彼は私を殺そうとはしなかったのよ]
「それはエクイアさんが、強すぎたから?」
[いいえ。殺す理由が無かったからよ。だってもう人間は終わっている。そしてもし彼が私を討てたとしても、魔族の報復によって家族も必ず死んでしまう事になる。だから彼は聖剣を取らなかった]
「…………」
[そして穏やかにリュート君とカナリアちゃんが歳を取って。双子の女の子が成長して。……人類の数を増やそうとするならば、リュート君と双子が結婚する必要があった]
話が佳境に入ったことに気がついたのだろう。フェトラスは再び姿勢を正した。
[戯れに私は双子にこう尋ねたわ。ねぇあなた達、お父さんと結婚したい? って]
フェトラスの瞳の色が、激しく明滅する。
その色は銀色を示していた。
[二人とも揃って『パパと結婚したい!』と無邪気に叫んでいたわね。リュート君もカナリアちゃんも、困ったように、そして幸せそうに、でも最後には泣きそうな顔になって笑っていたわ。人類の行く末を憂いたからでしょう]
「…………それで、貴女はどうしたんですか」
[その頃の私は、と前置きしてから答えるけど。まぁ彼女等が望むならそれもいいかな、と思っていたわ。魔族は短命だし、パートナーを失った者が再婚することも珍しい事ではなかったから]
「………………」
[そして数年後。双子ちゃん達が子供を産める年齢まで成長した時……十二歳だったかしら……いやまだ若かったかな……まぁまだ子供だったわね。とにかく、私は再び尋ねたの。どうかしら、そろそろお父さんと結婚する? と]
「………………」
[そしたらあの双子、すごく驚いた顔して『絶対ヤだ』とか言い出すのよ。もう私びっくりし過ぎて笑っちゃったわ。たった数年で、手の平返すの早くないかしら? って]
「……えっ」
[決して親子仲が悪かったわけじゃないわ。むしろとても仲の良い家族だった。そしてリュート君もカナリアちゃんも、動物と違って理性があった。――――彼等は種族保存本能を置き去りにして、最後の人類でいようとしていた]
フェトラスの銀色が鎮まる。
エクイアは一切を無視して、自分の瞳を閉じた。
[やだ! と叫んだ双子は、私に、この殺戮の精霊・隔絶の魔王エクイア・セッツに対してこう耳打ちしてきたわ]
――――わ、わたしね。お友達のアモル君が好きなの。
――――わたしはキート君が好きなんだよ!
[彼女達があげた名前は、警備のために住まわせていた魔族の、子供のものだった]
――――そ、それでね。わたしはパパとじゃなくてアモル君と結婚したいの。
――――わたしはキート君と結婚しようねって約束したんだよ! 返事まだだけど!
[心臓が狂ったように高鳴っていた。理解が出来なかった。人間と魔族。かつて殺し合っていた者達。相容れないはずの者同士。だから尋ねた……どうしてあなた達は結婚したいの? と。二人の答えは全く同じものだった]
――――だって、好きなんだもん!
[戯れ言には聞こえなかった。二人はまだ子供で、だけど真剣だった。種族の垣根を無視した。増えるためではなく、ただ好きだから結ばれたがった。滅びた世界で、幸せな明日を願っていた。どちらか片方ではなく両方の子らが、同じ感情を理由にして一歩を進め、そして異なる道を歩みながら、同じ結末を目指していた。――――そして私は悟った]
ああ、そうか。
この子達はいつか、資格を得る。
この子らの「好き」の極地が――――きっと私の求めているものなんだと。
[最後に、私はカナリアちゃんに尋ねた。貴女はリュート君とこの双子達、どちらの方が好きかしら、と。そして彼女はこう答える]
『それは比べるものではありません。みんなみんな、愛してます』
好きの極地は、とてつもなく広い心に宿っていた。
[こうして私は月眼になりましたとさ、めでたしめでたし]
ふぅ、とため息をついてフェトラスに視線を送る。
[ご静聴ありがとうございました――――ご満足いただけたかしら?]
フェトラスは胸に片手を当てて、静かにうなずく。
「はい。……ありがとうございました」
その言葉に嘘はないようだった。シンプルに言えば「いい話が聞けたぞ」という程度か。でも複雑に言えば……「いい話のまま終わってくれ」という願いも垣間見えるような。
まぁいいでしょう。初の月眼コミュニケーションとしては上々。このぐらいで終わらせておこう、なんて思ったエクイアは意地の悪い笑みを浮かべた。
[ところでさっき銀眼化してたわよね。あれ敵対行動?]
「いえいえいえいえいえぇぇっ!? わたし銀眼になってました!?」
[なってたわよ。何だったの? 急にキレるから怖かったんだけど]
「いや、その! なんでもないです! というか分かりません! 怒ってません!」
[そう。ならいいのだけど]
クスクスと笑って水に流す。
[愛とは即ち、好きの極地であると。そんな結論を実感出来たからこそ、月眼に至れたんだと思うわ。あの時の感覚はすごかった。世界中の全部がきらめいて見えた]
「……分かります。その感覚」
[そして資格を得た私はカミサマの招待を受けることになったけど、とりあえずそれから片っ端から色々なものを結婚させまくって……私に愛を教えてくれた双子達が亡くなるまで、セラクタルに残り続けたのよね。なんとなく行く末を見守りたかったから]
「幸せに、なれたんですね」
[そうだといいのだけど。……魔族は短命だし、彼女達の願いの全てが叶ったとは言いがたい。片方の子は再婚したけど、もう片方はずっと亡くなった旦那さんを偲んでいたわね]
「……そう、ですか」
[でも二人の遺言は同じだったわ。ありがとうエクイア様、って。そう言ってくれた。だから――――私はここにいられる]
黙祷のような雰囲気が流れる。
静かで、穏やかで、懐かしくて、ありがたい。
そんな寂しくも幸せな沈黙。
「……そっか」
フェトラスがポツリとつぶやく。
「貴女が結婚の魔王エクイア・セッツなんだね」
[ええそうよ]
こうして自己紹介は完了した。
二人は友達になった。
名残惜しいが、そろそろお別れの時間が近づいてきた。
それはつまり、最後の儀式が訪れるということ。
「エクイア! エクイア、無事かい!?」
どこからか男性の声が響き渡る。
エクイアの月眼がより際だって輝く。
[やだダーリン! このお城には近づいたらダメって厳命してあったのに! 来ちゃったの!?]
ここは結婚の魔王エクイア・セッツの楽園。
通称「ダーリンとのラブラブワールド」
愛と幸せを追い求めた彼女の、最大級の地雷がフェトラスの前に現れたのだった。