21 「それぞれの本気」
「おおおおあああああああ!!」
速い。カルンは一歩踏み出しただけで空を飛び、低滑空するように俺の懐へ飛び込んできた。伸ばされた右腕を刀身で受け流す。ギリっ、という音が聞こえた。どうやら単純な腕力も相当に強いらしい。
障気を感じ取った。生きた鉄。本気の証。
「はっ、はっ、はぁっ!」
連続で繰り出される突きは、どれもが猛スピード。
「はは! 死ねぇ!」
捌ききることが不可能だと判断した俺はすぐさま後退して、
「なっ!?」
左に飛んだ。
「オラァッ!」
手加減をする余裕は無かった。
俺は完璧なタイミングで、カルンの左手を切り落とした。
「な……なああああああ!」
カルンは絶叫しながら無くなった左手の先を見つめ、落ちた手よりも先に俺を睨んだ。
「き、さまぁ……」
返事をするヒマは無い。そのまま左足を狙った。
だがそれは空振りに終わる。カルンは翼を羽ばたかせて空に逃げた。
「 【雷閃】!」
上空にいるカルンが突きだした右手に集う闇。
(チィッ、雷か!)
発動まで時間がかかるが、放たれれば一瞬という特性。これは相性が悪い。カルンの右手に集った闇が形を成し、やや時間をおいて、閃光が放たれる。
「うおっと!!」
目測を違えたか、雷は見当違いの所に落とされた。だが次の一撃は修正されたモノに間違い無い。次の雷は俺に向かって飛んでくるはずだ。
(俺の速さを警戒したか。雷……光……いや、【閃】の呪文か……。落ちた瞬間に喰らうな。だが【閃】系は直進的な魔法だ。避雷針があったって、そちらには流れない。だったら――――落ちる前に避けるまで!)
より一層集中。深く息を吸い込んで、逃さない。
(……今っ!)
カルンの手が闇に包まれ、光る。
それと同時に右へステップ。
続いてくるりとターン。
後ろに飛んで、前に駆け込む。
「 【雷閃】 【雷閃】! 【雷閃】!!」
カルンの呪文が空から降ってくる。細い雷は砂塵だけを巻き上げ続けた。
「 【雷閃】【雷閃】【雷閃】!!」
一撃たりとて喰らってたまるか。降り注ぐ雷のなか、俺はひたすら踊り続けた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
(お父さん、凄い……)
まるでダンスのような動きで雷を避けてる。
(わたしの力を利用……? なんで? そんなことしなくても、お父さんは凄いじゃない)
わたしなんかいなくても、十分生きていける。
強いモンスターが襲ってきても、きっと返り討ちにする。
っていうか、強すぎでしょ。
なんで人間が魔族と戦えるの? 人間って、魔族に比べると圧倒的にか弱いんでしょう? 武器なんてただの鉄の剣よ? 聞いていた話しと全然違う。
お父さんは果物を投げつけて、カルンの顔面に直撃させた。そして空の上で顔を押さえているカルンの翼めがけて剣を投げた。
(わっ……)
投げたと同時に、駆けだして。翼を貫いた剣をとても自然な動作でキャッチした。
(すごいなぁ)
高度が下がったカルンの足首を掴んで、地面に叩きつける。
(カルンを打ち落とした……)
そして片翼を切り裂いた。
(つっ…………)
あまりにも血なまぐさい戦いだ。もう止められるケンカじゃない。これは戦いなんだ。
わたしは思わず目を逸らしそうになったけど、絶対にそらすわけにはいかなかった。
二人はどうして戦ってるんだろう。
起きあがったカルンが、凄く怒った顔でお父さんに殴りかかった。
でも、捌かれた。次はキック。ああ、また捌いた。
避けたと思ったら、もう斬ってる。
「 【灼
なにあの危険察知反応。
葬】ッッ!!」
魔法が来るとわかるやいなや、空を飛ぶみたいに後退してる。
カルンさんの周囲に赤い壁が一瞬生まれて、すぐに消えた。お父さんは十分離れた距離で息を整えている。
「どうしたカルン。片腕、片翼。あっちに落ちてるけど拾わないのか?」
「ばかな……ばかな……ばかな馬鹿な! どうして、どうしてっ!!」
格闘も魔法も通用しない。
カルンは困った顔で辺りを見渡し、そしてすがるような目でわたしを見た。
「ま、魔王様……! お、お助けを!」
駆け寄ってきたカルンは、お父さんに怯えていた。
それはおかしな光景だった。
ただの人間に怯える魔族とは、まるでウサギを恐れるオオカミ。
その姿を見て、わたしの銀眼が凍る。
「その前に一つ聞きたいな。あのさ、なんかカルンの言ってた事と随分違うと思うんだけど」
「な、なんのことでございましょうか……!?」
「お父さんが弱いってヤツ。なにあれ。十分強いよね。明らかにカルンより格上だよね。わたし、要らないよね」
「で、ですから……ヤツは成長した魔王様の力を利用しようと……!」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
カルンはとても情けない様子でフェトラスに泣きついていた。
「で、ですから……ヤツは成長した魔王様の力を利用しようと……!」
まだそんな事を。
「おい、カルン」
俺は赤い血を流す緑色の魔族に声をかけた。
「さっきの話しの続きをしてもいいか? 自分の為、ってヤツ」
「な、なんだと……」
フェトラスは茫然とした様子で、俺とカルンを交互に見やった。
「お前の言ったとおりさ。フェトラスに笑ってほしいのも、幸せになってほしいと思う気持ちも……全部、自分のためさ」
「今更懺悔か!? もう遅いわ!!」
「一人ぼっちだった俺を、フェトラスは笑わせてくれた。だからお返しに笑わせたいと思った。そして笑う顔を見て、俺はまた笑った……笑顔の応酬をずっと繰り返してきた」
「それがどうしたっ! この後に及んで意味の分からぬことを……!」
「そいつが幸せなら、俺も幸せなんだ。だから俺はフェトラスを幸せにしたいんだ」
「魔王様、早く、速くコイツを……!」
「そいつはな、魔王様なんて名前じゃない」
息を吸った。吐いた。言葉はずっと前から持ってる。躊躇いを捨て去った俺なら何度でも伝えられる。今では確かなその言葉を。
「そいつはフェトラス。…………俺の娘だ!」
フェトラスの銀眼が、大きく見開いた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「聞いてはなりません! 魔王様、こやつは貴女様を騙そうとしているのです!」
まだそんな事を。
「ねぇカルン......カルンさん」
わたしは人間に怯えている魔族に声をかけた。
「昨日の話の続きなんだけど、お父さんはわたしを利用しようとしてるんだよね」
「は、はい……その通りでございます」
カルンさんは怯えた様子で、必死にそう言った。
「それともう一つ。助けてって言ってるけど、それはどっちに? フェトラス? それとも魔王?」
「ま、魔王様っ……! どうかお慈悲を!!」
「そう。それがカルンさんの答えなんだ――――カルンさんはどうしてわたしに良くしてくれたり、嘘をついたりするの? カルンさんの目的はなぁに?」
威圧を抑えることが出来ない。わたしは明確な怒りを覚えながら、それでも優しく問いかけた。
カルンは後ずさりながら、目に涙を浮かべながらこう叫ぶ。
「わっ、私はただ、魔王様にお仕えを!!」
次に浮かんだ感情は、落胆だった。
「ううん。わたしは魔王なんて名前じゃないよ」
息を吸って、自分の中に整理をつけた。答えはまだ持っていない。ヒントしかない。
いつ得られるんだろう。答えはなんだろう。でも、今たしかなことは一つ。
「カルンさんもわたしの敵なんだね」
カルンの恐怖に染まった目が、大きく見開いた。
黒眼は色素を失い、銀色に澄む。
銀眼は光を収束し、月色に彩られた。
名を“月眼”。
それは。