ヴァイネスト50年
俺がシリック……ユリファと結婚していくつかの季節が巡ったころの話。
フェトラスと三人で暮らすことにも慣れてきて、ちょうどいい距離感をお互いが構築出来るようになっている。つかず離れず。満ちたり欠けたり。だけど仲良く楽しく、幸せに。
そんな折り、一つの出来事があった。
テーブルの上に一本のお酒。
しかしただのお酒ではない。それはウィスキーだった。しかも極上の。それを眺めながらうなっていると、フェトラスがぴょこぴょこと歩きながら近づいてきた。
[お父さん、なにこれ?]
「もらいもんなんだが……まぁ、酒だな」
[ふーん]
フェトラスはあまり興味がないようだ。ただボトルをながめて「綺麗な色してるね」と言った。
[まだ夕方だけど、今から飲むの?]
「いや流石にこんな時間からは飲まんが……とにかく、悩んでるんだ」
[へぇ、珍しいね]
カウトリアを有する俺が『悩む』ことは滅多にない。正確に言うなら『悩んでいることを表に出す』ことがない。
今回の件はタイミングが良かった。カウトリアを手に取ろうとした所でフェトラスに声をかけられたので、俺はその悩みを共有してみる事にしたわけだ。
そんなわけで俺がお悩み中だと告げると、フェトラスは一気に興味深そうな顔になって椅子に座った。
[なになに。なにを悩んでるの? わたしが手伝ってあげよっか]
「うん。ちょっと助けてくれ」
[まかせとけ!]
フェトラスは軽く自分の胸を二度叩いて、鼻から「むふー!」と嬉しそうに息をもらした。
[それで? どうしたの?]
「いやこの酒、ザークレーからもらったんだけどな。飲むか飲まないかで悩んでるんだよ」
[なんで? 飲めばいいじゃん]
「……コレなぁ、超高級品なんだよ」
透明のボトルに、濃い琥珀色を示すウィスキー。
ボロボロのラベルには「ヴァイネスト」とシンプルに名前が書かれている。
下段には何やら制作者の名前と、数字がいくつか。
[超高いの? おいくらぐらい?]
「聞いておどろけ。このボトル一本で、家が買える」
[……は?]
「グラスで一杯だと、バリンじーさんの牧場の動物が半分ぐらい買えると思う」
[どういうこと!?]
ぎょっとした顔つきでフェトラスはヴァイネストのボトルをながめた。
[ほ、宝石でも砕いて入れてるわけ?]
「ユニークな表現だが、貴重という意味では似ているかもな。実はコレ、五十年間ぐらい貯蔵されて造られた酒なんだよ。そこから瓶詰めされて、果たして何年経ったのやら。確実に言えるのは、コイツは俺達よりはるかに年上ってこった」
[五十年……!? なにそれ。腐ってるんじゃないの……?]
「大丈夫だ。酒は腐らない。とにかくそういうわけで、コイツは凄まじい価値を持つ」
超高級品なウィスキー。触るのもおっかない。テーブルに置いておくことすら怖い。なんなら地面に横たわらせたいぐらいだ。
[な、なんでそんな高いお酒をもらったの?]
「悪徳貴族をとっちめたらしい。そんで、その時に押収したコレクションの一つだとか」
[はぁ……]
「ザークレー曰く――――貴重品すぎて扱いに困るからもらってくれ、との事だ」
[……良かったね?]
フェトラスは首を傾げながら、疑問形で「おめでとう」的なことを言った。
「まぁ良いといえば、もちろん良い事なんだとは思う。ただ問題が一つあってな。即ちこれを飲むべきか、飲まないべきか」
[お酒は飲むものでしょう? だったら飲めばいいじゃない]
「さっきも言ったが、メチャクチャに貴重品なんだよ。売れば凄まじい金になる」
ちなみに嫁であるユリファに「飲みたいか?」と聞いてはみたんだが「別にいいかな」と素っ気ない態度で断られている。なので今回の件は俺に一任されているわけだ。
飲むか、売るか。俺の悩みはそういう事だった。
[あー]
「どんな味がするのか、そりゃ確かに気にはなるんだが……これ一本でお前とユリファに、どれだけ美味い飯を食わせてやれるだろうかと考えると、どうしてもな」
そう呟くと、フェトラスはちょっと嬉しそうな顔をした。
[何回おなか一杯になれるかな]
「お前が多少本気だしても、一年くらいは満腹でいられるんじゃないかな」
そんなことを言ってみるとフェトラスは自分の身体を抱きしめてウニョウニョともだえた。
[きゃー……すてき。ゆめごこち]
「ふむ。じゃあ売っちまうか」
散々悩んだ後だったが、フェトラスの顔を見て俺はそう決断をくだした。
……別に俺達一家は金に困ってるわけじゃない。裕福ではないが、本気出せば金なんていくらでも稼げるのだ。ただしそれには少しばかりズルい方法を採らないといけない。せっかく手に入れたフェトラスの楽園において、それは少し不誠実なように思われる。
それに裕福に慣れすぎると人は堕落するからな。フェトラスには良くないことだろう。というわけで俺達は富豪にはならないことを決めていた。(ただしユリファが病気とかになったらどんな手を使ってでも名医を呼びつける。金ならいくらでも用意する。何だったらロキアスやカミサマも利用する覚悟だ)
まぁそれはさておき。ザークレーから与えられたコレは俺の人徳のたまものだ。なので、せいぜい有効活用させてもらうとしよう。どうせこんなラッキーは二度と起きないだろうし。
というわけで売り払うというのは、割と妥当な案だった。歴史的にも価値がある酒? 選ばれし者だけが口づけを許される神の一滴? 知らんがな。安酒でも酔うことは出来る。
「お前のためならこんなもん、惜しくもなんともないわ」
[お父さん男前!]
「だろ? ……だけど、ただ売るにしても相手を選ばないとな。見ず知らずの人に売っても『偽物じゃないのか』とか言われるだろうし。そもそもこれを手に入れた経緯が内密だ。かと言ってザークレーの関係者に売るわけにはいかんし……難問だな」
[そうなの?]
「高級品すぎて争いが起こるから、このボトルの存在を無かったことにしたい。それがザークレーの願いだ。だからこのボトルはザークレーのあずかり知らぬ所で処分しなくちゃいけないんだよ」
[むむむ。なるほど]
「ヤツが言うには、この酒は『芸術品』だそうだ。故に叩き割ることも出来ない。だから俺にお鉢が回ってきたってわけだ」
[……ザークレーさんが自分で飲んじゃえば良かったのに]
「アイツはクソ真面目だからな」
そう断ずると、フェトラスは「ふふっ」と笑った。
[そうだね。ザークレーさんの良い所だね]
「まぁな」
しかしどうやって売ったものか。
そう考えてまっ先に思い付いた候補は、ガッドル団長だった。
あいつとは信頼関係もあるし、金だって持ってるだろう。別に家一軒分の値段で売るつもりもない。この酒の芸術性から考えるに、あまり安値で売っちまうのもどうかと思うが――――まぁお友達価格で売ってやろう。
そんなわけで、俺はガッドル邸に足を運ぶことにしたのだった。
「ヴァイネストの五十年ものぉ?」
俺が提案するとガッドルは眉をひそめた。
「伝説の酒ではないか。まさか現存していたとはな」
「ああ。ちょっとしたツテで手に入れてな。しかしこういうのは味が分かるヤツに飲んでもらった方がいいだろうと思ったわけだ。今ならお友達価格で売ってやるぞ」
「……ちなみにいくらだ?」
「いくらがいい?」
俺が首をかしげると、ガッドルはニヤリと笑った。
「なるほど。曰く付きか。まぁ悪いモノでは無さそうだが……さて、どうしたものか」
相変わらず思考速度が狂気ってる。こいつ実は天使の亜種じゃねーだろうな、なんてことを考えながら俺は黙って微笑んだ。
「うーむ。興味深いものではあるが、実は俺はあまり酒に強くなくてな」
「え、うそ。めっちゃ意外。ワインとか瓶から直接飲みそうな見た目してるのに」
「飲めんわけではない。飲酒能力は貴族社会においては必須な面もあるからな。訓練したぞ」
「そうか。まぁ、いいさ。別にお前が飲まなくてもいい。それこそ貴族社会において強力な交渉カードになるんじゃないか?」
「うーむ……強力すぎて使い所が難しい。なにせモノがモノだからな」
「保存するもよし。望む者に譲渡するもよし。使い方は自由だ」
「ふむ。悩ましいな。どうしたものか」
ガッドルは真剣に購入を検討しているようだった。その様子を見て、少し首を傾げる。
「っていうか、俺が偽物を持ってきたとか思わないのか?」
「だとしたら、もっと売りやすい相手がおるだろう」
「仰る通りで。お前にブラフが通じるとはカケラも思えんな」
俺が苦笑しながらそう言うと、ガッドルは少し眉をひそめた。
「……そもそも何故俺に話しを持ってきた? お前ならば転売のルートなぞいくらでもあるだろうに」
「変か? これでも俺はお前と親しいつもりだったんだが。何せコイツの処遇について考えた際、まっ先にお前の顔が浮かんだぐらいだ。……いつもフェトラスに飯を奢ってくれてありがとうな」
「なるほど。そういえば我々はパパ友だったな」
ガッハッハ! と笑ってみせるガッドル。
「ううむ。しかしヴァイネストの五十年ものか。息子が成人した時にお祝いで開けるかなぁ」
「凄まじい贅沢だな。むしろもうちょっと待って、味が分かる大人になってからの方がいいと思うんだが……」
「それならばフェトラスに飲ませてやればいい。あれはまだ子供だろうが、急成長して完全に大人の体格ではないか」
ものすごく意味深な言葉。
――――そう、俺は徹底的にガッドルには「フェトラスは魔王だ」ということを秘匿し続けている。いや十中八九バレてはいるんだが、なんとなくこの距離感をガッドルが求めるフシがあるからな。
というわけで俺は「――――成長期って怖いよな」とお茶を濁した。
「まぁでもお前の言うとおりフェトラスはまだ子供だ。酒なんて飲ませてたまるか。あと五年は香りすら嗅がせないぞ」
本音を言うと、酔ったフェトラスが何をしでかすか分からないからな。
少なくとも月眼のコントロールが出来るまでは飲ませてやらない。そこは厳命している。興味があってもコッソリ飲んだりしたらダメだぞ? お父さんとの約束だ!
ガッドルは腕を組んで「ふむ」と呟いた。
「だが未来ではどうだ。名実共に大人になった時、家族三人で飲めば良い思い出になるだろう」
「それも考えたんだがな。……正直、それまで俺が我慢出来る気がしない。個人的にはやっぱり興味があるんだよ。どれぐらい美味いんかなぁ……」
ぶっちゃけて言うとガッドルは「……ふふっ」と笑った。
「まぁ確かにな。あまり酒は強くないとは言ったものの、香りだけでも嗅いでみたいという欲求が俺にもある」
「だろ? そんな誘惑を我慢し続けるのは身体によくない。だから手っ取り早く売り払って、フェトラスとユリファに美味いモン食わせてやりたいんだよ」
「なるほど。状況は理解した。では使い道はまだ思い付かんが、とりあえず売って貰うとしよう。改めて聞くがいくらだ?」
「家が一軒買えるレベルってのは知ってるが、正確な相場が分からん。そこも含めてお友達価格でいいぞ」
「では金貨200枚でどうだ」
即答で大金を提示するガッドル。男気がハンパない。
「……予想よりも高いんだが」
「俺だってコレの相場なんぞ知らん。だが、お友達価格なのであろう? であれば適正値に近くて当然だろうが」
「お前最高に格好いいな。気に入った。金貨150枚でいいぞ」
そう言って俺達は笑い合い、硬い握手を交わしたのであった。
ガッドルに金貨150枚でヴァイネストを売ったことを改めてユリファに報告すると、彼女は「ふーん」とだけ答えた。
「ガッドル団長も奇特な人よね。別に欲しいわけじゃなかったでしょうに」
ツンツンと。立派な袋に入った金貨を突っつくユリファ。
「まぁ、ヤツが転売すれば儲けも出るだろうし、悪い話じゃないだろ。あの酒の使い方はガッドルが考えるべき問題だ。それはそれとして、俺達はこの金貨150枚をどうするか、って事になるんだが」
「貯金しましょう」
即答だった。
「そっか。まぁ金の管理は任せるよ。お前の方が上手く使えそうだし」
「ロイルに預けてたら、アッという間にフェトラスちゃんのご飯代になっちゃうからね。いい機会だから世界各地で豪遊しようぜ! とか言いそう」
クスクスと笑うユリファにつられて笑ってしまう。
「いやいや。その際はちゃんとお前も連れて行くぞ。当たり前じゃないか」
「ふふっ。ありがと。でも…………実は、その…………」
ユリファは少し照れたようにモジモジと指先を動かした。
「えっと……あのね? これからしばらくは遠出とか出来ないと思うの」
「なぜ」
「……子供が、出来たみたいで」
あたまがまっしろになった。
「……は? 子供? 誰に? ……お前に!? え、マジで? 俺がパパになるの!? ちょっと待って、カウトリア持ってくる。いやいいや。とりあえずお前と同じ速度で喜びたい」
めちゃくちゃ早口で喋り倒した俺は、優しく彼女を抱きしめた。
「えっ、うそ、どうしよう。なんか死ぬ程嬉しいんだけど。どうしよう。愛してる。マジで子供出来たの!?」
「もう」
ユリファが微笑む気配がした。抱きしめているから顔は見えないけど、絶対にそうだと俺には分かった。
というわけで、臨時収入は産まれてくる子供のために貯金することになった。いつか何かあった時のためにと、床下に埋めた。
ユリファに子供が出来たことをフェトラスに話すと彼女は目を丸くして驚いていた。ちょっとだけ予想とは違う挙動だったけど、彼女はすぐに笑って[おめでとう! 赤ちゃん楽しみだね!]と笑ってくれた。
それから先は怒濤の生活だ。しっかり稼がないといけないし、ユリファの体調にも気を遣わないといけない。フェトラスはどんどんお姉さんの風格を出してきたし、俺も負けてられないと奮起した。
というわけで俺の頭の中からヴァイネストの名前は綺麗さっぱり忘れられたのであった。
そして時は流れ。
ユリファがティザリアを産んで。
それと同時にフェトラスが月眼をコントロールして。
やがてザークレーが出産祝いに顔を出してくれる日が訪れた。
「おお。遠い所をわざわざありがとうな」
「――――構わん。仕事をするだけが人生ではないからな」
少しだけ肉付きというか、体格が良くなったザークレー。食事の量が増えたからだろう。以前よりも強いのは見て明らかだ。
「あら? お前だけなのか? てっきり嫁さんも連れてくるかと思ったんだが」
「――――ティリファも妊娠中でな。あまり遠出はさせたくなかったので、今回の件は秘密で来た。知られたら『絶対一緒に行く』と大騒ぎするだろうからな」
「お、おう。そうか。相変わらずお前も色々と大変なんだな」
「――――慣れた」
そう答えるザークレーの顔は渋いものだった。
そう。ザークレーは水輝の街セストラーデで出会ったティリファ・ラング……襲撃剣グランバイドの使い手と結婚したのだ。超意外。相手がどうこうじゃなくて、ザークレーが結婚すること自体が驚きだ。
なんでもティリファが寝込みを襲ってきて、翌朝になって涙目で「責任とってくれると嬉しいです」という凶悪なコンボを決めたらしい。まさしく襲撃である。
そこそこ年齢差があるし、ティリファの見た目はまさに子供のようなものだったから、ザークレーはしばらく王国騎士団で居心地の悪い思いをしたそうな。
まぁ余談だ。今では幸せそうで何よりと言ったところ。
「――――ところでシリックは?」
「ああ。もう夜だしな。いま息子を寝かしつけてるところだ。大人しい子だからすぐに戻ってくると思う」
「――――ふむ。ではしばし雑談でもしよう。お前に話しがある」
そう言ったザークレーの顔はとても真剣なものだった。
「……どうした? 何かトラブルか? いいぜ、なんでも言ってみろよ。俺とのお前の仲だ。必要とあらばフェトラスにも声をかける」
「――――違う。そういう類いの話しではない……コレについてだ」
そういってザークレーは手にした鞄の中から箱を取りだした。
なんだろう。サイズ的には酒が入ってそうな感じだが。
そう思いながら見ていると、箱の中から現れたのはまさしく酒。「ヴァイネスト」だった。
「は?」
「――――先日、コレが私の手元に戻ってきたのだが」
「え。ちょっと待て。……二本目?」
「――――違う。これは一年ほど前、お前にくれやったヴァイネストそのものだ」
「どういうこった……俺はガッドルに売ったんだが……」
「――――なるほどな」
俺の一言で答えを得たのだろう。ザークレーは深いため息をはいた。
「――――今回は押収ではなく、とある貴族からの寄贈だ。私個人へのな」
「へぇ。正規のルートってわけか? 良かったな」
「――――良くない。全くもって良くない。むしろ最悪だ。コイツのせいで酷い目にあった」
「ど、どうした」
「――――その酒を持ってきた貴族曰く『ウチの娘をザークレー様の側室にしていただけないでしょうか』と」
スッと俺の身体から血の気が引いた。
ザークレー。上級騎士。なんでも異例の速度で昇進しているらしく、確かに特定の家業を持つ貴族の方々によってはお近づきになりたい人物であろう。だがしかしあのザークレーに、つまり愛妻家で有名な彼に側室とは。
「……それ、ティリファは知ってるのか?」
「――――無論だ。というかその貴族との会合に同席していた。彼女は静かにキレて、その足で王国騎士団の基地に向かった」
「ま、まさか」
「――――彼女は王国騎士を引退したとはいえ、グランバイドの後任を決めるのは難しい。その適合条件が特異だからな。だから誰にも使われず王国騎士団の保管庫に安置してあったのだが……まぁ、あとは想像の通りだ」
「貴族にケンカ売ったのか!?」
「――――ああ。そいつに決闘を申し込んだ」
『あたしの目の前でザークレーに側室の提案するとか、妻であるあたしを舐めすぎでしょう? 常識外れにも程がある。上級騎士を誑かして何を狙っているの? とても正気とは思えない。イカレてる。もしかして貴方は魔王崇拝者なのでは? だとしたらあたしは、元英雄として聖義を執行する。――――御託はここまでだ。ブチ殺してやるから剣を取れクソジジイ』
きっと悪夢のようにキレ散らかしていたのだろう。普通に怖い。アレは聖剣だから人に向けては使えないはずだが、ザークレーへの愛で稼働させていたのなら法則を覆せる可能性がある。
「――――もちろん貴族はそれを受諾しなかったが……その際の暴れっぷりは、襲撃剣の評価点が書き換えられるほどだったよ」
想像してみる。
『襲撃剣グランバイドが大暴れ』
だめだ。止め方が分からん。罠を設置しても吹き飛ばされそうだし、まともに打ち合っても勝てる気がしない。魔法による遠距離捕獲ぐらいしか通用しないんじゃないかな。
「――――直線的な攻撃しか出来ないと思っていたんだが、まさかあそこまでテクニカルな挙動が出来るとは……全盛期よりも強いのは間違いなかった」
怖っ。下手したら解放しかけてたのかもしれない。
(これはザークレーには絶対言わないけど……勝つだけなら、もっと露骨に言えば殺すだけなら何とかなるけど……安全に止めるとか無理だろ……)
血の気は引きっぱなしだ。俺は「ははっ」と乾いた愛想笑いを浮かべた。
「――――ティリファの怒り狂いっぷりを見た貴族は即謝罪。ヴァイネストは慰謝料代わりに進呈するからどうか許してください、奥様を止めてください、と泣きながら懇願されたぞ」
魔王崇拝者のレッテルを押し付けられて、聖遺物が目の前に。そして担い手はブチ切れている。トラウマにならないワケがない。
はぁ、とため息一つ。
そしてザークレーは俺を軽く睨んだ。
「――――別にお前は悪くないんだろうが、それでもあの時はお前とこの酒を恨んだものだ」
「ごめん」
俺は速攻で謝った。
「言い訳をさせてもらうと、価値の分からん俺が飲むより、この酒を真に必要としている誰かがいるんじゃないかなぁ……と。そう思って……。ちなみに売った金だが、ティザリア達の将来のために地面に埋めてある。いつか大病を患ったりしたら、その時は不幸と戦うための武器にさせてもらうつもりだったんだ」
「――――まぁ、いい。繰り返すがお前が悪いとは思ってない。その使い方も十分に立派なものだと思う。ただし、巡り合わせが悪かったのもまた事実だ。なので」
ピン、とザークレーはヴァイネストの横っ腹を指で弾いた。
「――――もうこの場で飲んでしまおう。コレが私からの出産祝いだ」
「お前の男気もハンパねぇな」
家一件分だぞ。
ティザリアを寝かしつけたユリファが戻って来たので、事のあらましを説明する。
彼女は少し小躍りして「やった。実はちょっと飲んでみたかったの」と無邪気に笑った。
あの頃は妊娠中だったから飲む気なんて全然わかなかったようだが、それも過去のこと。ティザリアは離乳食に移行しつつあるし、たまには飲酒も悪くないだろう。
「たっだいまー! あ、ザークレーさんだ! 久しぶりだね!」
タイミング良くフェトラスも帰宅。背中のカゴには山菜やらキノコがたんまりと入っていた。どうやらどこぞの山で採取してきたらしい。
というわけでみんなで飲むことにした。
ヴァイネスト。樽という母体で五十年ほど眠り、ボトルという卵に移された酒。
そして今宵、その命はグラスに注がれて誕生する。
「ところでそれって、わたしも飲んでいいの?」
フェトラスがポケっとした感じで尋ねてきたので、俺達はそろって頭をかかえた。
そうだった。フェトラスに酒を飲ませてもいいのか? わからん。試したことがない。つまり何が起きるか分からない。
「――――フェトラスは酒を飲んだことがあるのか?」
「ないよ! 月眼がコントロール出来るまで飲んじゃダメって約束だったから」
「――――しかし、今はコントロール出来ているのだろう?」
「お母さんがティザリアへのおっぱいのためにお酒飲めないから、お父さんも一緒に我慢してたの。だからわたしも我慢してた。まぁ我慢っていうほど飲みたい欲求があったわけじゃないけど」
「――――そうか」
ちらりとザークレーが俺を見る。色んな感情がうずまいている瞳だ。
自然とユリファが、フェトラスが、みんなが俺を見つめてくる。どうやら俺の判断待ちらしい。
「…………まぁ、せっかくだ。少しだけ飲んでみるか?」
「え、いいの? やったぁ。大人の仲間入りだ」
「ただし少しだけな。酔っ払って変なテンションになられても困る」
「えー。わたしが乱れるとでも?」
「酒癖の悪いヤツってのは実在すんだよ。そしてお前がどうなのか、全く分からんからな」
「むぅ。じゃあ飲まないでおく?」
「…………しかしコレは、とてつもない貴重品だ。おそらく今後一生飲むことは出来ない」
「少しだけわたしのために残しておく、とか。お酒って腐らないんでしょう?」
「まぁそれも悪くないんだけどな。でもコレはザークレーからの祝いの品だ。そこにお前が参加しないのは寂しい」
スラッと言うと、フェトラスはじんわりと微笑んだ。
[ありがと]
「溢れかえってるぞ」
[仕方なくない?]
月眼になってしまったフェトラス。ザークレーの反応を伺うと、彼は「ほぅ」とため息をついていた。
「――――やはり綺麗なものだな。月というのは」
「世界で最高の輝きの一つだろうさ。さて、そんじゃあ場も温まったことだし、さっそく一杯やってみるか!」
開封はザークレーがしてくれることになった。俺だと緊張して手が滑るかもしれないからだ。なにせグラス一杯が、俺の収入何ヶ月分なのか計算できないレベル。怖すぎてイヤだ。
しかしザークレーは全く気負うことなく、むしろ粗雑にグラスへとガバガバ注いでいった。
「躊躇いとかねぇのかよ」
「――――無い。こいつのせいで私がどれだけ……いや、もう言うまい。これは出産の祝いなのだから」
我が家の中でも割と上等なグラス。それに注がれたウィスキーは何とも言えない香りを放っていた。ちなみに飲み方はストレートだ。
「ううぅん……不思議な香りだ。でも意外とあっさりしてるな。伝説の酒っていうぐらいだから、もっとハチャメチャに香りがほとばしると思ってたんだが」
「ねぇねぇお父さん、ウィスキーってどうやって造るの?」
「なんだったっけか。確か穀物を発酵させるとか何とか……よく分からんが、パンの原材料に似てるはずだ」
「へー! これパンの兄弟なんだ!」
くんくんくん。ふぁー、新感覚な香り。
そんな感想を撒き散らしながら、フェトラスはグラスを掲げた。
「えへへ。実はこのカンパイって挨拶に憧れてたんだ」
「――――では寄贈主として、乾杯の音頭を取らせてもらおうか。まずはシリック、出産おめでとう。大変な苦労があったとは思うが母子共に健康で何よりだ。今後とも健やかに暮らして欲しい」
「ありがとうザークレーさん」
「――――次にロイル。精一杯努力して、お手本のような父親になってくれると嬉しく思う。私も近々親になるし、その際は色々と教えてほしい」
「言われるまでもねぇ。ありがとうなザークレー」
「――――そしてフェトラス。キミとこうやって酒を酌み交わせる日が来るなんて、初めて会った時では全く考えていなかった。そして今、私はこうやって席を共にすることが出来て本当に嬉しく思っている」
「だよねー。わたしもビックリ。でもそれ以上に嬉しいよ! ありがとうねザークレーさん!」
「――――最後に、この場にはいないがティザリア。君の輝かしい未来を祝して」
ザークレーはグラスを掲げて「乾杯!」と言って笑った。
ぐびり。
「…………なんじゃこりゃ」
「…………うわっ、すごっ」
「――――ふむ。ふむ。なるほど。確かに伝説級だ」
各々が似たようなタイミングで言葉をもらした。
「すげぇ。まろやか。口の中では全然アルコール感がないのに、胃に落ちると燃える」
「後味の余韻が長いですね……儚いのに、確か。すごい。変な言い方だけど、呼吸が美味しい」
「――――旨い。なるほど。これは……素晴らしいな」
ハイテンションな喜びではなく、むしろ静かな喜びに俺達は包まれた。
よく分からんが旨いのは確かだ。家一件分の価値があるかどうかは分からんが、旨いことだけが事実だ。
へー、ほー、すげー、みたいな感想を俺は口にしていたのだが、ふとフェトラスが静かなのに気がついた。
「どうだフェトラス。初めての酒は」
「…………うーん」
怪訝な表情だった。
「……これ、美味しいの?」
俺の娘は伝説の酒にケチをつけたのだった。
だがまぁ仕方あるまい。なにせ初めての酒だ。
「まぁお子ちゃまなお前にはまだ早かったかもな」
「かもねー。いや、味が複雑なのは分かるの。これパンの兄弟が原材料なんだよね? でも不思議な香り……木の匂いがするのは樽のせいだろうけど、果物とかも入ってるの?」
「いや、果物とかは入れてないと思うぞ……つーか果物の味するか?」
「なんかオレンジっぽい匂いがするんだよね。薄らとしたジャムに近いような。でも飲むと全然違う。甘いもあるのに、渋いもある。んー、なんだろコレ」
首を傾げながら少しずつ酒を口に含むフェトラス。旨い不味いはさておき、その味の正体を見極めるのに忙しいように見えた。
「……うん。果物っぽさがある。でもそれだけじゃ足りないなぁ。なんだろ……軽いのに重い……土? それとも水? ……ああ、吐息のなかにカラメルが混じってる」
「……フェトラス?」
「あ、そうだ。【清氷】」
いきなり魔法を唱えた彼女は、グラスの中に氷を一つ浮かべた。
「え。なんで氷?」
「ちょっとキリってさせた方がいいかなって思って。少し薄まればたぶん味の輪郭がはっきりすると思うんだよね……ああ、うん。やっぱり」
ほぅ、なんて。艶のあるため息をフェトラスが吐く。
「やっぱりだ。氷を入れると分かりやすい。薄まるんじゃなくて、味の……このお酒の奥深さが強調されるというか……ふむ……なるほど。これがお酒かー。へー」
「ちょ、ちょ……俺にも氷一個ちょうだい!」
「いいよー。【清氷】」
ポチャンと氷が浮かぶ。魔法って便利やなー。
指でクルクルと氷を回して、スッと口に含んでみる。
「……おお。すげぇ。もっと旨ぇ。飲みやすさが段違いだ」
フェトラスの言う通りなのかどうかは分からんが、飲みやすい。熱い胃が少し冷やされて、すぐにもっと熱くなる。旨いな。
「フェトラスちゃん、私ももらっていいかな」
「もっちろーん。あ、ザークレーさんもどう? 氷入れると甘さと渋さがもっと調和されて後味がいいよ」
「――――フェトラスは本当に初めて酒を飲んだのか?」
「えー。わたし約束破るような子じゃないよぅ」
「――――味の評価があまりにも手慣れているので……まぁいい。私にも氷を頼む」
全員が氷で冷やされたウィスキーを飲み干した。
旨い。それは間違い無い。本当だ。
ただ家一件分の価値は絶対に無い。安酒に比べると格が違いすぎるのは事実だが、金貨一枚の酒を150本飲むほうが幸福量は多いと思う。
「ねーねー。これさ、氷もいいけど……冷えた水をほんの少しだけ入れるともっといいかも」
「はい?」
飲んだ。ストレートに、ほんのわずかな水。何が変化したのか俺には全く分からなかったが、フェトラスは「わー。お花の匂いが際立つ。すごーい」と無邪気に喜んでいた。
「あ。そうだ。これって甘いジュースと混ぜるともっと美味しいかも」
「ヴァイネストの五十年モノを割るだと!?」
「え。だ、だめかな……もっと美味しいと思うんだけど……」
「コレがもっと旨くなるのか!? よし、やってみようぜ!」
俺は酔い始めていた。
家にあった果物を並べて、フェトラスはうなりながら「コレとコレと、コレもほんの少しー」とか言いながらミックスジュースを造る。それを氷でガンガンに冷やして、ヴァイネストを適量入れる。
ぐびり。旨い! うまいぞー!
「そうだ。キノコを採ってきたんだよ。あれをイイ感じに調理して……生ハムがあれば良かったんだけど、脂身の少ないお肉とかも合うかな……軽くご飯作ってみるけど、食べたい人いるー?」
「キノコと肉! てんさいかよお前? 作ってつくって!」
ごくごく。
もぐもぐ。
キャッキャッ。
「ヴァイネストを外から冷やして、シュワシュワで割ってみようかなー」
「シュ……? なんだそれ」
「湧き水とかで、たまにシュワシュワするのがあるんだよ。ユシラ領でも山岳地帯にあるんだけど、楽しいんだよ。口の中がパチパチするの」
「楽しい? なにそれなにそれ。作って」
俺がニコニコしながら頼むと、ユリファがあくびをした。
「私はそろそろ……久しぶりにお酒飲んだから酔っちゃった……」
「そっか。無理すんな」
「うん……ごめんなさいねザークレーさん。ちょっと先にお休みさせてもらうわ……フェトラスちゃんも、お酒はほどほどにね」
「――――うむ」
「うん! おやすみお母さん」
みんなしてユリファの背中を見送る。
きっと彼女はまだ飲めるんだろうが、ティザリアの事が気になるんだろう。嫁としても母親としても最高すぎて結婚したい。
「というわけで、はい出来たー。伝説のシュワシュワ割り。はいどーぞ」
フェトラスが差し出して来たのはスパークリングワインのように軽く泡だっていた。なるほど。これがシュワシュワ。
「ごくり。…………すげぇ旨い!? なんだこれ!? 一番好きかも!」
「――――ううむ……素晴らしい……ただ、もう少しヴァイネストが濃い方が……せっかくの伝説だし……」
「おう、飲め飲め! どうせお前の持ってきた酒だ!」
「――――うむ」
「シュワシュワだー。泡が綺麗だね。――――ただ飲み口は良いけど、これはヴァイネストの良い部分も消えちゃうかなぁ。お酒って難しいね」
「なんも難しいことなんてねぇ! ああ、楽しいなぁ。幸せだなぁ」
酔った俺がパッパラパーな感じで呟くと、フェトラスは清廉な笑顔を浮かべた。
「お父さん、幸せ?」
「あたりめぇだ。最愛の嫁さんは先に寝ちまったが、それでも最愛の娘と、最高のダチと、極上の酒をバリエーション豊かに飲めるんだ。これが幸せじゃなくて何だってんだ」
「――――フッ。一時はこの酒を憎らしくも思ったが、確かに。いいものだな」
「そっかぁ。二人とも幸せかぁ」
フェトラスは繰り返すように「そっかぁ」と呟いて、穏やかに、でも確かな微笑みを浮かべる。
「……うん。わたしも、とっても、幸せ」
「フェトラスぅ! シュワシュワお代わり!」
「――――私は氷を頼みたい」
「はいはーい。どんどん作るね!」
そこから先の記憶は曖昧で。
目が覚めたらソファーの上。ザークレーも反対側のソファーでひっくり返っている。明らかに二日酔いだった。
ただ安酒のソレとは違って、いくぶん気持ちの良い二日酔いだった。
「フェトラス……お前平気なの……?」
「え。なにが?」
「俺と同じくらい飲んでたと思うんだけど……つーか、クソ、お前が平然と飲み続けるから静止するのも忘れてたが……二日酔いとかなってないのかよ……」
「えーと……そもそも酔うって感覚がよく分からないというか」
「マジかよ……酒強いんだなお前……」
「まぁ人間じゃないし」
あはっ、とフェトラスは笑う。
良い笑顔だ。
むぅ。個人的には酔ってフニャフニャになったフェトラスも見て見たかった気もするが……まぁいいや。
なおユリファはとっくに起きており、ティザリアの面倒を見ながら温かいスープを作ってくれた。その配慮がありがたい。最高の嫁だ。結婚したい。
ちなみにザークレーはソファーでまだ寝てる。それは酔ってるというか、普段の激務が響いたせいだと思う。こいつは働き過ぎなのだ。せいぜいゆっくり休め。
「お父さんは大丈夫? 二日酔いって、大変なんだね」
「まぁそのうち治るけど、こればっかりはやっちまうなぁ……俺も久々に酒飲んだし……」
「そっか。でも酔ってる時のお父さんは楽しそうだったし、普段はあんまり言ってくれないこともたくさん喋ってくれたから、わたしも楽しかったよ」
「やべぇ、半分ぐらい覚えてねぇ……なんか妙なこと言ってたか?」
「ぜんぜん? お前のためなら天外の狂気もソロで狩ったるわぁ、なんてオメガさんが聞いたら苦笑いしそうな事言ってたくらい」
「だいぶヤベェこと言ってるじゃねぇか。……ざ、ザークレーにその単語聞かれてないよな?」
「その時のザークレーさんは『早く子供が産まれてほしい気もするけど、やっぱり彼女の健康が一番だ。うう、帰りたいわけではないが、うう、ティリファ……』とかブツブツ言うのに忙しそうだったから大丈夫だと思うよ」
「ギリギリセーフか。……ん。神理スコアにも異常は見られないし、聞かれてないか。いやしかし久々の飲酒で油断したな。気を付けねば」
苦笑いを浮かべつつ、優雅にスープを飲んでいるフェトラスに尋ねてみる。
「……んで、だ。改めて聞くけど初めての酒はどうだった?」
「うーん」
ヴァイネストの空瓶をフェトラスは手に取る。(飲み干したのかよ。もったいねぇ。ちょっと残しておけよ昨日の俺)
「コレ一本で、お家が買えるんだよね?」
「お、おう」
「コスパ悪いね」
同感だ。だけど、なんて色気の無い返答だろうか。
酒に対する敬意が全くない。まぁ酔わないのだったら当然の意見でもあろうが。
「……ヴァイネストは例外中の例外だ。普通に安い酒もある」
「う~ん。だけどお酒って普通の飲み物に比べると高いよね? ならやっぱり、わたしはお父さん達とそのお金で、もっと違うものを食べたり飲んだりしたいかな」
それを聞いた俺は、こっそりと安心のため息をついたのであった。
今更思ったことなのだが。
『もしもフェトラスが酒にはまったら』
――――とんでもなく恐ろしいな!?
どんだけ金がかかる生活送らなきゃならないんだよ!
ただまぁ、彼女は酔うことが出来ないみたいだし、酒を必要とすることは無いだろう。
そう。酒の本来の価値とは味ではなく。
酔って楽しい一時を過ごすためのものなのだから。
だから彼女の言葉は正しい。酒でなくても、楽しい時間は作れるのだ。
俺の娘は、かつては腹ペコ魔王と呼ばれた彼女は。
きっと独りで食べる宮廷料理よりも、誰かと食べるパンの方を好きになってくれたんだろう。俺はそう考える。
酔わないでくれてありがとうフェトラス。
二日酔いの俺はそんな事を考えながら、今後も酒をひかえる生活を続けようと心に誓ったのであった。
まぁお祝いの席とかなら、遠慮無く飲むけどな。
次はどんなめでたい事があるんだろう。
どんな楽しいことがあるんだろう。
どんな幸せが待っているんだろう。
最高に幸せだな、と毎日思っているが。
明日はもっと幸せなんだろうなという確信が、俺達の中にはあったのだった。
こうして、穏やかな日常はまだまだ続いていくのであった。
『ヴァイネストの旅路』
「おうバルザロス! 久しいな! 結婚すると聞いたので、祝いの品を持ってきたぞ!」
「ヴァイネストの五十年モノ!? こんな貴重なもの、どうしたのですかガッドル兄!」
「買った! シリックにフラれてヘコみまくっていた前が、よくぞ立ち直って結婚相手を見つけてくれたものだ! それが嬉しいからコレはお前にやる! 飲むなり売るなり飾るなり、好きにするといい!」
「なんと……! ありがとうございますガッドル兄!」
↓
「そうだ。ガッドル兄から頂いたヴァイネストだが、義父上が酒好きだったな。ガッドル兄のご厚意に甘える形にはなるが、私の新しい家族にプレゼントしよう」
↓
「義理の息子からとんでもないモンを貰ったぞ……どうしようコレ……あ、そうだ。たしか親友が金に困ってたっけ……互いに貴族だし、表だって資金を援助することは出来ないが、コレをこっそりとやればヤツも助かるか……出所はアースレイ一族だし、問題無いだろう」
↓
「親友のおかげで何とか貴族の勤めが果たせそうだ……なんてありがたい……ヴァイネストよ。どうか私のような落ちこぼれではなく、これが相応しい者に渡りますように……」
↓
「やべぇモン手に入れたぞ。どうしよコレ」
↓
「思わず買ったけど、これ転売出来るのか……?」
↓
「最高のカードが手に入ったな。ガッハッハ。これで今回の商談はもらったようなものだ」
↓
「むぅ。思わず条件を呑んでしまったが、ヴァイネストの五十年モノなら仕方ないか……いかに活用するか……」
↓
↓
↓
「ひょんな事から手に入れたヴァイネスト。かなりの安値で買いたたいてやったが、本物かコレ? うーむ……そうだ! これでザークレー様に取り入ろう!」
↓
「ブチ殺してやるから剣を取れクソジイ」
↓
「子供が出来たみたい」
「――――今すぐベッドに戻り安静にしろ。医者を呼んでくる。食欲は? 吐き気は? 男の子か? 女の子か? まぁどちらでもいい。早くベッドに戻るんだ。お願いだから元気でいてくれ」
「落ち着いてダーリン」
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また気が向いたら後日談追加しますので、よろしくお願いします!