20 「ただの人間」
「お前の方こそ害虫に見えるぜ、カルン」
「な、なんだとっ……!」
俺の言葉にカルンは良いリアクションをしてくれた。
「王に従うのは当然、か。だったらどうしてモンスターをけしかけて俺を殺そうとした?」
「だから、何度も言っているだろうが。私にそのような能力は無い」
「あるね。どう考えても筋が通らない。家の前でモンスターが山ほど死んでたあの時、お前はテリトリーの侵害だと言っていたな。あれってどういうことだ? 俺はただの人間で、フェトラスは魔王だ。モンスターが徒党を組んで襲ってくる理由はどこにもない」
「侵害だ。お前は家を建てたではないか」
「だったらどうして、家を造ってる最中に襲わない。俺があの家を作ってる時に来たモンスターは常に単体だった。あんな風に徒党を組んで襲ってくるなんて異常事態だぞ。つまり、テリトリーの侵害と判断されるような害を持っていたのはカルン、お前でしかありえない」
「羨ましいほどの想像力だ。さぞ人生が楽しかろう」
「……たったいま閃いた事がある。聞いてくれ」
「次はどんなストーリーを聞かせてくれるのだ?」
「物語じゃなく、推理だ。……モンスターにとってお前は敵だった。それは何故か?」
剣を振って準備体操を始めた。右、左、上、下。身体を殺し合い用の状態に持っていく。
「それはお前が脅迫に似た手段でモンスターを操れるからだ」
「!」
カルンは目を見開いた。
「確か魔族の一部は、特殊な言語を使う奴らがいるらしいな。知恵無き者、モンスターや動物にも有効な言語。確か……ああ、カルン・アミナス・シュトラーグス。アミナスか。西方の魔族にそんな音感のミドルネームを持つヤツらがいたっけか。そいつらが得意とする原始語は、複雑な意味を持たせることは出来なくても、簡単な命令ならモンスターにも聞かせられるって話しだよなぁ?」
「貴様……」
「複雑な意味を持たせられない原始語。それを用いたのなら、交渉は不可だ。なら脅迫しかないよな? そんなマネしたら、モンスターが怒り狂うのも当然だろう? それに反発した勇気あるモノを殺して、脅迫を完成させたわけだ」
「貴様……何者だ!」
「島流しの刑を与えられるようなヤツさ」
軽く答えると、フェトラスがぼんやりと口にした。
「脅迫……?」
フェトラスはまだその言葉の意味を分かっていない。
「カルン。お前こそ何者だ。ただの魔族じゃねーな」
「ただの魔族だ。モンスターも操れず、力も弱く、魔法とていくつかしか使えない」
「どうやらその嘘は突き通すようだな。それでもいいさ」
俺が再び剣を見せつけてると、ようやくカルンは戦う構えをとった。
「魔王様。この者、いまだあなた様を操ろうと目論んでおります。見逃すと言いましたが……もう殺します。よろしいですね」
「…………………………」
フェトラスはイエスともノーとも言わなかった。ずっと泣きそうな顔で、銀眼で、俺を見ていたがやがてはうつむいた。それを見届けたカルンが高らかに叫ぶ。
「お前は、魔王様の力を利用している薄汚い害虫だ!!」
「……………………」
「この方ではなく、魔王様が持つ力の方が魅力的なのでしょう?」
「……………………」
「聞いているのですか!?」
「……あ、ごめん。全然聞いてなかった」
俺はフェトラスの態度にショックを受けていた。
「殺しますと」言われて、決定権を持つフェトラスは沈黙した。そのくらい、俺の信用は損なわれてしまったわけだ。なんてことだ。俺はただ―――。
「全ては自分のため! この方を娘などと呼ぶとは、非道もいいとこですよ人間!!」
「…………ああ、そうさ……全部、自分のためさ」
「認めたな。ようやく認めたな。だが殺す。我々に剣を向けた時から、もう決まっていたのだ」
「勘違いすんな。俺が剣を向けてるのはな、俺から娘を奪おうとする小汚い緑色の魔族だけだ」
「はっ、それをお前の遺言として聞いてやろう」
「いい機会だからもう一つ訂正させてくれよ。俺がフェトラスを拾った理由を話しただろ? 可哀相だったからだ。たった一人で、ここにいたからだ……って。あれの主語はな、俺だ。俺が可哀相な一人ぼっちだから、誰かを求めたのさ」
「ふん……お前が偽善者だということは、とうに分かっている」
「結構。じゃ……もう言うことは無ぇっ!!」
大きく剣を構える。戦いが始まった。
だが、カルンは戦う気などなかったようだ。
「 【炎閃】 」
唱えられた呪文は、炎の閃光。
俺に向かって一直線に伸びてくる魔法は、徐々に大きさを増して突っ込んでくる。
(規模は……いや、目くらましか)
カルンの炎は足下の浜地をえぐり、大きな爆発と共に音と砂を巻き上げた。
(何が来る。魔法。目隠し。……円か)
俺はすぐさましゃがみ込んで、息を潜めた。
「 【 】 」
呪文は聞こえない。だが、魔法が発動したのは感じ取れた。
黒い輪が、ちょうどフェトラスが俺に向けて放った魔法のようなものが、しゃがみこんだ俺の頭上に収束した。喰らっていたら拘束されていたか、体が切断されていたか。
まだ砂塵は晴れない。
(攻めるか、退くか。……退くべきだな)
俺は黒い輪が消えたことを確認すると、後方に飛んだ。
風がふいて、砂塵がまた舞う。それが静まるころには、カルンはもう背を向けていた。
「あ…………」
声を上げたのはフェトラスだった。
「魔王様? いかがされました……?」
「お父さん……」
「……!?」
振り返ったカルンに俺は片手を上げて挨拶した。
「次はどんな芸を見せてくれるんだ?」
「な、なぜ生きている……ッッ!」
「さて、なんででしょう?」
まだだ。まだこの距離は縮められない。
カルンは余裕を無くした顔で次の魔法を唱えた。
「 【空蛇】ッ! 」
大気の屈折率が曲がり、陽炎のような、透明な蛇が現れて飛ぶ。軌道はうねりながらも、俺を目指している。
(風向き、良し)
俺は剣先を地面にうずめて、足下の砂を大きく爆ぜさせた。
再び表れた砂塵。その中を透明な蛇が突き進んでくる。
(自動追尾? 耐久時間は? とりあえず、避け続ける!)
砂をまき散らしながら、俺は蛇を避けた。
右方向にそれていく蛇。反転し、背後から迫ってきた蛇を寝ころんで回避。また砂塵を巻き上げつつ、対処。繰り返すうちに蛇は勢いを衰えさせ、やがてはそよ風に戻った。
夏の日差しと命をかけたダンス。俺は汗をかき始めてきた。
「……ふむ、次は?」
「何故だ……何故、生きている……」
「見てただろうが。普通に避けただけだ」
「何故この魔法を知っている! 人間は魔法を知らないはずだ! はっ、まさかフェトラス様もこの魔法を……」
「いや。こんな魔法は初めて見た」
「初見で避けられるものかぁぁぁ!!」
プライドを汚されたカルンは叫び、次の魔法を、完全に俺を殺すための魔法を唱え始めた。
「――――――」
魔族言語か。ヴァベル語ではないから俺には聞き取れない呪文。
だがその呪文の長さと雰囲気から、カルンが持つ中でも最強魔法であることは感じ取れた。手加減をするつもりはない、ということか。
ギラリと、カルンの視線が俺を貫いた。
「 【爆影七使】!!」
指さされた俺の足下にあった影が爆ぜた。爆散する影は七つに別れ、それぞれがカルンの前に集まる。そうして小さな影から俺の形をした影が伸びた。
真っ黒い七人の俺。それがカルンの前に立っている。俺の足下には影が無かった。
「これはお前の分身だ。都合七体……影に溺れて死ぬが良い」
「なんつうか、予想より地味な魔法だなぁ。もっと派手にドカーンと来る魔法かと」
「減らず口もそこまでだ。死ぬがいい。……行け!!」
七体の影はご丁寧にも剣を所持している。
走り込んできた一人目と慎重に剣を合わせると、堅い音がした。
(基本は同じ。実力まで七分割しているか? 否、これは俺自身か)
器用で恐ろしい魔法だ。技と体は完全にコピーされている。
(心は? 能力は? 剣さばきは? 連携か。面倒だな)
影七体のと戦いが始まった。
まず俺は一人目の隙をついて、右から切り込んできた影の首をはねた。薄い手応えと共に影は散り、俺の足下に集まった。
(斬れば元通りか……頭も悪いみたいだな。よし、単純に行こう)
二人目を蹴り飛ばす。その背後にいた三体目の土手っ腹を串刺しにして、右方向に引き裂く。
そして蹴り飛ばした影を真っ二つに切り裂いて、その勢いのまま四人目を両断。
左右同時に襲ってきた影の剣を受け止め、受け流し、一つを斬る。後ろから襲ってきた影を振り向きもせず突き刺し、残るは一体。そいつの首をはねると、俺の足下にはいつもの影が戻ってきた。
影七体。殲滅完了。
「ふぅ……」
「……………………」
「……………………」
カルンとフェトラスは絶句していた。
どうやら俺の瞬殺劇にドギモを抜かれたようだ。ざまぁみろ。
「な、何なのだ……お前は……何なのだ?」
「だから言ったろ? 人間をなめるなよ、って」
「違う……お前のその動きは、人間のモノではない。お前は……なんだ? 本当に人間か?」
「褒め言葉として受け取っていいんだよな。ところで次は? 無いならお前自身が来いよ」
「クッ……」
「それとも、お前は七人分の俺よりも弱いのか?」
「ほざくなよ……!」
カルンは徒手空拳だ。しかもフェトラスの魔法による怪我のせいで本調子ではない。
だが、その実力はモンスター十匹以上を相手にしつつ無傷で勝つほど。しかも魔法抜きだ。モンスターを何体用意すればアイツに傷を負わせられるのかは見当がつかない。
武器を持つ必要が無い者。魔族。果たしてどれほどの強さか。
少しだけ緊張した俺は、剣を握りしめ直して深呼吸した。
「―――来い」