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我が愛しき娘、魔王  作者: 雪峰
最終章 月の輝きが照らすモノ
209/286

エピローグ





【カルン・アミナス・シュトラーグス】

 所持聖遺物・大量。


 彼は究極の存在として生き続けることになる。


 彼は自身の全てを賭して、魔王のエサ箱である大陸を管理することを望んだ。その結果、彼は平和なモンスターの楽園を造り上げることに成功。


 食糧問題の解決としてフェトラスとロイルが尽力し、その大陸にはありとあらゆる果実が実るようになった。雑食性であるモンスター達は好んでそれを食べるようになり、生存競争はあり得ないほど穏やかになった。それはまるでおとぎ話に出てくるような楽園の在り方であった。


 魔王の誘いにより島民であるモンスターが召喚されてしまうという現象システムを止めることは叶わなかったが、彼を責めるモノはただの一体もいなかった。島民であるモンスターの誰しもが彼を愛した。


 しかしながら、魔王が育ちやすい環境システムも維持されているわけで。


 コレに関しては関係者全員で何度も話し合った。


 エサ箱が無ければ、九割の魔王は幼体のまま死ぬ。それはきっと世界を平和にするだろう。


 だがしかし、魔王がいなければ世の中の前提が崩れ去る。


 まず英雄という存在が不要になる。聖遺物は魔王以外の者を殺すために使われる事になるだろう。聖剣は活躍の場を失い、魔剣の切っ先は人類自身に向けられる。やがて魔族は駆逐され、天敵を失った人間は同族同士の戦争を始めて滅亡する。神々のシナリオの一つだ。


 ならば、どうする。


 命の共通の敵として、魔王は残すべきではないだろうか。


「無論あまりにも強大すぎる、バランスを崩してしまうような魔王は狩らねばならぬだろう。しかし人類が今の秩序を保つためには、魔王という必要悪を残した方が良いのではないだろうか……」


「不安はある。だが実際は魔王なんて居ない方が、万事上手く行くのかも知れない」


 誰かがそんなことを口にした。


 だけどそれはあまりにも分の悪い賭けだった。未来がどう転ぶのかなんて、誰にも分かりはしない。


 魔王の存在は是か非か。それぞれが異なる意見を出し、それがまとまる事は無かった。


 もしかしたらそれは神様の真似事めいた、傲慢な考え方だったのかもしれない。世界というシステムに干渉して、管理を試みるだなんて。


 だが自分達の選択で世界が大きく変わる事は間違い無いが、変化が大きすぎて予測が立てられない。神ならざる者達が出せる答えは、どこまでいっても不安がつきまとう。



 ……なので結局、この件はシンプルに片付けることにした。


 カルンが友の住処すみかを守りたいと言った。


 ならば、そうしようと。


 そんな思考放棄に近い決断を皆は下したのであった。散々話し合って、そしてどう悩んでも答えが出ない事を悟った上での最終結論である。



 そんなこんなで、カルンは全力で大陸を守護した。


 最初はピタマルとピッタンを守るために。やがては魔物繰りで心を通わせたモンスター達のために。数多くの友のために。


 そんな日々はカルンにとって幸福な時間だった。


 フェトラスに会うことも喜びの一つだが、カルンはフェトラス以外にも愛するモノを手に入れたのである。



 だけど、残念ながらカルンにとって不幸なこともあった。


 ――――月眼の魔王ロキアスの観察、もとい監修の元、ありとあらゆるユニーク性のある事件に度々巻き込まれる事だ。


 バカげたトラブルに巻き込まれる度に「なんでこんな目に?」と疑問と涙目を抱きながらも、カルンはその全てを解決していくことになる。


 流石に異世界・・・に飛ばされた時は鬱に近い症状を示したが、フェトラスと再会するためにその世界を救ったりもしたらしい。その際にカルンは「いつかロキアスをブッ転がす」と誓ったそうな。



 彼は数多くの聖遺物を所有していたが、初めて手にした聖遺物・伸縮拳ゼスパだけは特別だった。彼はゼスパを出会ったその日から解放させており、生涯においてソレを外す事は決して無かったそうだ。解放に至った理由はカルン自身もよく分かっていなかったが、とある者はこう言ったそうだ。



「魔王に愛の対象フェトラスのことをザコ扱いされたことが、心の底から許せなかったからじゃねーの? ついでに言えば聖遺物とも話せるわけだし。……わかり合うって大切なことだよな」



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【イリルディッヒ】


 魔獣である彼はロイルと行動を共にし、その結果として人間と魔族の両方から認知される存在となる。その実力は並みの魔王を凌駕し、英雄と共闘して強い魔王と戦うことも多々あった。


 しかしながら〈フェトラスがキレたらもうどうしようもないな。あっさりとこの世界は終わってしまう〉という達観を抱いていたため、やや暗鬱な性格になっている。


 数少ない同胞との再会を果たし、子だくさんになった。


 イリルディッヒ一族と呼ばれる彼の家族は、永くに渡り世界の平和を守り続けた。



 なお、ロイルが所持していたイリルディッヒの羽根は筆ペンに加工された。


 家宝である。



「ところで波動が追えるとか何とか言ってたけどさ、なんでフェトラスじゃなくて演算の魔王に行き着いたんだ?」


〈我が知っていた波動は、フェトラスのモノでは無く演算の……カウトリアの波動だったのだろう。幼き頃のフェトラスは彼女の力を使っていた。故に誤認が生じていたのだ〉


「ああ、そういう……」


〈カウトリアの波動を追って、演算の魔王に行き着いた。今となっては至極当然の帰結だが、当時の我としては少々ショックだったぞ……〉


「お疲れ様でした……」


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【シリック・ヴォール】(仮名)

 所持聖遺物・追跡槍ミトナス。



 彼女はやがて、自分が名前を借りていた二人と再会した。


 自分がどうやって生きていたのかを報告すると散々「バカじゃないの?」「お前アホか?」「発想が奇想天外すぎる」「俺達のどこを参考にしたらそんな生き方を選ぶハメになるんだ」等と散々からかわれていたが、それでも彼女は微笑みを絶やさなかった。



 シリックは折れたミトナスをくっつけるために奮闘していたが、かの聖遺物は時期が訪れるなり自然と元の形に戻っていた。だが彼の本来の天敵――聖遺物と対になる魔王――はロイルが秒で始末していたため、彼の宿命はそれと共に終わる。以降はシリックと共に穏やかに世界を見守り、時々はシリックに力を貸して過ごす事となる。


 一年に一日だけシリックの身体を借りて子供達と遊ぶ事が生きがいのようだ。



 シリックは死ぬまでロイルとフェトラスと一緒に過ごした。


 とても幸せな人生だった。



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【最果ての漁村・アルドーレ】


 ユシラ領と提携する形で、漁村として発展。人口が増えて、そこに住まう傷ついた人々は更なる笑顔を取り戻し、穏やかに過ごしていく事となる。



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【ドラガ船長】


 フェトラスへの好意と、魔王に対する無意識下の恐怖。


 それは長らく彼をむしばんでしまっていたが、何の事はない。


 やがて成長したフェトラスと再会した彼は、満面の笑みで彼女に拳を突き出した。


「おう! でっかくなったなフェトラス! 腹は減ってるか!?」



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【ユシラ領】


 四季があり、穏やかで、とても住み心地のいい楽園・・


 知る人ぞ知る、世界で最も安全な場所となった。



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【フォート・カリノア】



 ユシラ領自警団の副団長。


 前例が無い程に若く、実力もまだまだ。


 だが彼が副団長に就くことに反対した者はただの一人もいなかった。やがて団長になることは既に決定している。


 シリックの姉と縁談が持ち上がったが、彼はそれを死ぬ程微妙な顔をして辞退。


 別の女性と結婚し、幸せな人生を送る。



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【ガッドル・アースレイ】


 隠居したくてたまらないが、彼の居場所は変わらずそこにある。


 フォートを鍛えつつ、アースレイの名に恥じぬ生き方を生涯貫き、やがて英雄の称号を手に入れた。


 フェトラスの正体に感づいてはいるが、一切の確認をせず、ただ黙認し続けている。


 なお彼の妻とフェトラスは大変仲が良く、夕食を共にすることもしばしば。


 ガッドルの息子もやがて英雄となり、ロイルと一騎打ちをする事になる。


 ロイル曰く「娘が欲しけりゃ俺に一撃入れてみろ」とのことで。



 ――――後世において、フェトラスが「ガッドルこそがこの世で最高のアースレイ」と評する。



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【水輝の街・セストラーデ】


 世界が平和になり、観光地として名を馳せる。


 時々、異様に食べる女性が訪れるらしい。その際には街を上げてのフェスティバルが行われる。


「ありったけの魚を用意しろ! 深海魚でもいいぞ! なぁに、あの嬢ちゃんならきっと全部平らげる!」


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【ティリファ・ラング】

 所持聖遺物・襲撃剣グランバイド


 身長が伸びないことが悩みだったが、意中の男が(どちらかと言えば)小柄な女性を好むと知って狂喜乱舞。


 だがその男はとんでもない唐変木――気が利かない、偏屈、そういう意味の罵り――であり、とてもじゃないが自分が彼の眼中に無いことを悟って意気消沈。


 だが、しかし。


 やがて彼女は襲撃を果たし、幸せな家庭を築き上げた。



「――――ご、強引すぎる」


 とは、襲撃された男が寝起き直後に発した言葉である。



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【ザークレー・アルバス】

 所持聖遺物・翠奏剣ネイトアラス



 色々あって、誉れ高き上級王国騎士に任命された。


 秘密主義であり、人に対しての拒絶感を隠そうともしない孤高の英雄。


 戦いたくない → だから戦闘以外の仕事をするか → クッソ有能 → そんな彼がやがて騎士団の団長候補に挙がってしまうのは運命だった。


 しかし彼はそれを拒否。ザークレーは戦いを忌避していたが、それでも団長として執務室に引っ込むことを選ばず、最前線に近い場所に立ち続けた。


 いかなる難局が訪れたとしても、ザークレーが姿を見せれば人々は無条件で安心した。そして事実、彼は全ての難局を鎮めていった。それが魔王であれ、自然災害であれ、人間同士の大規模な抗争であれ。


 なおどうしようもない時は、空から謎の女性が舞い降りて来て全てを吹き飛ばしていった模様。たなびく黒髪はまるで流星のような煌めきを放っていたそうな。



「国殺し」「死神」「強いはずなのに心が折れた。でもまだ英雄を続けているクソ真面目系ビビリ代表」「あのザークレー」「守護神」「最強にはほど遠く、それでいて最高の英雄」「愛妻家」「時々行方不明になるけど、こっそり世界でも救ってるんじゃないか」「というか普通に休暇じゃね。帰って来たら妙に元気だし」「細身だけど意外とよく食べる男」


 様々な二つ名や噂話が付いて回った彼だったが、後世において代表的な異名が与えられた。


 どうしようもない事態が起きたとしても、ザークレーならばきっとどうにかしてみせる。



 即ち、彼は【救世主セイバー】と呼ばれたのであった。




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【ドグマイア・シード】

 所持聖遺物・消失剣パラフィック



 末端管理者でもあった彼だが、その魂の本質は王国騎士にあった。


 なので管理者としての任務が解かれた混乱にもあまり動じなかった。むしろ奮起した。乱れた世を治めんとして、すぐさま行動を開始した。


 だから彼は代償を支払い続け、人々のために全力を尽くした。


 多くを救った。更なる人々を救おうと誓った。


 ……その結果、彼はろくに動けない身体となってしまう。


 彼はベッドの上で悔し涙を流し続け、それでも必死に自分が失った筋力を取り戻そうと足掻き続けた。



 そしてある日、一人の見舞客が訪れる。


 それは凜と背筋を伸ばして歩く、美しい女性だった。


 どんな会話が行われたのか知る者はいない。


 だけど彼は心の平穏を取り戻し、ゆっくりとリハビリを再開させた。


「いやあんなのに『わたし達がどうにかするから、無理しないでね』とか言われたら笑うしかねーだろ。俺が命を削って十人救ってる間に、あいつは千人をあっさりと救っちまう。だから、いいんだ。俺はあいつが取りこぼしそうな、それこそ転んでる子供を一人救うぐらいでちょうどいい」



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【カフィオ村】


 魔族襲撃事件のせいで一時期は混乱と警戒が続いたが、ある日を境にモンスターが全く近寄らないようになる。誰も知らないけれど、特別な守護がかけられた場所。


 おかげさまで開拓は順調に進み、町として発展。人々は幸せに暮らし続けた。



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【ムムゥ&マーディア】


 かつては悪徳な貴族を狙う盗賊団の頭領だったムムゥ。そんな粗野でアウトローな性質を持つ彼だったが、魔族襲撃の日以来ちょっと鬱気味になった。


 しかしマーディアの献身的な愛により、歯を食いしばりつつも笑顔を絶やさない男を続けることが出来ている。


 時々訪れる来客に対して「また来やがったのかこの野郎! 二度と顔見せるなって言っただろうが! 普通に怖ぇんだよ! ……俺の息子とマーディアに変なことするなよ!?」と罵声を浴びせる姿がたびたび目撃されている。


 なお、そんな勇敢さから来客はますます彼を気に入り「えへへ」と笑いながらたくさんのお土産を持って彼等に会いに来るのであった。



「……本音を言うとよ、怖ぇことは怖ぇんだが…………あんまり大人げないのも、アレだと思ってる。息子もお前にはめちゃくちゃ懐いてるし…………くそ……次来るときは都会の菓子を持ってこいよな。マーディアが甘いモン好きなんだよ」



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【カフィオ村の人々】


 バリンじーさんは今日も元気だ。

 セーヌおばさんは穏やかに年を取り、息子の成長を喜ばしく思っている。

 ロイルの農業師匠であるディルは、村一番の農家になった。

 

 シールス一家の墓には、常に花が添えられている。



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【クラティナ・クレイブ】

 所持聖遺物・無し



 かつては多斬剣テレッサのマスターであったが、その所有権は失われている。彼女は英雄として再起不能になったからだ。


 多斬剣テレッサを演算の魔王によって奪われ、そして管理者システムの停止によって戦う理由を失ってしまった彼女。


 その後の彼女は廃人に近い精神性になっていたが、とても献身的な男のおかげで少し立ち直った。


 正式に王国騎士を引退後、お花屋さんになった。


 それを知ったかつての同僚達は驚愕、あるいは失笑したが、穏やかな笑顔と口調で接客する彼女を見るなり胸のときめきを覚えたそうな。



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【リッテル・バーリトン】

 所持聖遺物・無し


 千納鋏アディルナを失い、彼が英雄と呼ばれることは生涯無かった。


 元々の戦闘技術は低い。顔は自傷行為のため醜い傷だらけ。そして王国騎士が絶対にやってはいけない事の一つである聖遺物のロスト(カルンに盗られたまま)。様々な理由が重なり、彼は一切の自信を失ってしまう。


 特にアディルナを失ってしまった事が最大の理由だった。彼は自身のことを「役立たず」と断じて悲嘆に暮れた。自分が今まで誰かに必要とされていたのは、全てアディルナが在ってこそ。自分はアディルナのオマケであって、リッテル・バーリトンという男には何の価値も無いのだと泣き続けた。


 元々自信家では無かったにせよ、その落ち込みっぷりは「絶望」という言葉が相応しく。


 更に言うなれば、管理者ですら無くなった。


 最早この世に居場所は無い。


 そう考えた彼が自殺を試みるのは時間の問題だった。



 ……だが、彼が今まで救ってきた人々は彼を見捨てなかった。


 事あるごとに自殺してしまいそうになる彼を気に懸け、元気づけ、感謝を述べ、今度は俺がお前を助けてやるよと数々の仲間が駆けつけた。


 特にツヴァイスという幼馴染みは、それはそれは献身的に彼を支えた。


 食事を共にし、散歩を共にし、夜になると彼をその胸に抱きしめて眠った。彼女の胸元はいつもリッテルの涙で湿っていた。


 だがある日。一緒に入ろうと浴室に飛び込んできた幼馴染みを見て、流石にリッテルは目が覚めた。


「いやちょっと待てお前、それはやりすぎだろ! 前を隠せ! っていうか出て行って!? む……なんだ。なぜ泣く? なんで? ……あー! もー! いいから出てってくれよ! 浴槽で溺れ死んだりしないから!」


 久方ぶりにリッテルの元気な声を耳にしたツヴァイスは、そのまま強引に風呂に入った。涙を誤魔化すために。嬉しさのあまり。



 その後、少し元気になった彼は保護されたクラティナの見舞いに赴き、完全に覚醒。


 彼女を救わねばと、童貞リッテルは献身的に奮起した。



 ツヴァイスはキレた。彼女にはその資格があった。



 その後、彼等はラブコメを続けていくが、事の顛末を記した歴史書は存在しない。


 彼は舞台から降りて、自分自身の居場所を大切にすることを選んだのだった。



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【ジンラ・バルク】

 所持聖遺物・天瀧弓ライアグル


 最高峰の一つ、と呼ばれていた聖遺物を使いこなしていた真性のドクズにして生粋の変態。


 普通に死にかけていたが、クラティナ、天瀧弓ライアグルと共に保護される。


 だが命こそ助かったものの、彼は演算の魔王の粛正により自身のアイデンティティーを喪失していた。


 やがて彼は傷も癒えぬまま病院から抜けだし、王国騎士団から天瀧弓ライアグルを盗み出して失踪した。



 後世において『弓で近接格闘を行う変態』が出没するという噂話が飛び交う事になる。その変態という言葉が指すのは彼の異様な戦闘スタイルのことである。弓を鈍器みたいに振り回していれば当然であろう。



「えっちゃんは変態が嫌いだと言っていた……ならば……変態じゃない、清く正しく美しい私なら……へへへ……えっちゃん……待っててえっちゃん……君に相応しい男に私はなってみせるよ……」



 システム的な意味ではなく、普通に発狂している風ではあったが、彼が行っていたのは人助け。善行であり贖罪しょくざいであり、旅を続ける彼はまさにヒーローのようだった。



 言動がとても気持ち悪いので誰も近寄らなかったが。



 危険なモンスターから人々救っても、感謝されるのは最初の一分だけ。


 だけど彼は、矢を放てぬ聖遺物と共に最後まで旅を続けたそうだ。



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【ムール火山】


 火山としては死んだ。


 以降は豊かな自然を構築するようになり、多数のモンスターが住み着く危険地帯となった。



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【幻影の魔女エイルリーア】


 上級管理者の一人。


 かつて仕事の一環として演算剣カウトリアを虚空に送った。


 その理由は三つ。


 一つ、聖剣であるにも関わらず、その刃を人に向けられる程ロイルとの同調率が高まっていたため、危険と判断。


 二つ、クーデターが成功しロイルが権力を握った場合、世界のバランスが崩れる可能性が極めて高いと判断。英雄は王になってはならない。


 三つ、思考を加速するという能力が、人の世のバランスを現在進行形で乱しているという事実。ユニークな能力は常に警戒対象である。


 以上の理由でエイルリーアは演算剣の処分を決定する。



 まさかその演算剣カウトリアに呪い殺されんばかりに憎悪されているとは露とも知らず。ただ時折背中にゾッとするような殺気を錯覚することがあったそうな。


 約束通りにロイルの祖国を平定させて、次の仕事場に向かった。



 後世においては管理者のシステムが停止し、することもないので魔法を用いて人々のために生きた。



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【トールザリア一家】


 遅まきながら、ロイルは家族にトールザリアの遺品を届けた。


 だがロイルが胸元から取りだしたそれを、奥さんは受け取らなかった。


「あの人から貴方の事をよく聞いていたわ。それは、貴方が持っていて」


 その言葉を聞き遂げたロイルはその場で跪き、涙と共に深い感謝を述べた。




 娘に彼氏がいたので様子を伺うと、これがまたすこぶる良い男であった。容姿端麗・品行方正にして穏やかな偉丈夫だった。


 しかしロイルは一発殴った。


 たぶんトールザリアならそうするだろうと信じて。



 娘に殺されそうな勢いで怒られたが、親父の遺言だと釈明して許しを乞うロイル。


 そして彼氏が「そうですか。彼女のお父さんからのメッセージですか。……深く胸に刻みます。お嬢さんを大切にしますとお伝えください」とか泣ける事を言うから。



 もう一発殴った。



「俺の義妹を、よろしくな」


 その後、娘からありえない程強烈なリバーブローを食らったロイル。


 トールザリアの血は安泰だなと心の底から思ったそうだ。



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【虚空】


 そこに送られた聖遺物達は果たせなかった使命に苦悩していたが、今では穏やかな気持ちに浄化されている。


 やがては源泉に還り、再び循環することだろう。


 虚空が空になる時、即ち管理者が『危険だ』と判断した聖遺物達が戻ってきた時に、世界に何が起きるのだろうか。



[もう愉しみでしょうがない]

「いや私は絶対に関わらないですからね!?」



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【月眼・観察の魔王ロキアス】



 滅び行く世界を今まで何度も見送ってきた。


 だが今回は全てが真新しい。なにせ十三番目であるフェトラスがまだそこにいて、史上初の【天使】であるロイルがいる。そして何よりカルンがいる。


 これから先、何が起こるか全然分からない。


 ロイルに子供が産まれたらどうなるだろう。


 フェトラスが暴走したらどうしよう。


 カルンはもうそこに居てくれるだけで面白い。マジ最高。ちょっと僕と冒険の旅に出かけてみようぜ! 



 彼は青春を謳歌した。



 自分は観察がメインだから、あまり介入はしないけれど。――――それでも、より愉しい道があるのならば、それを選び取らないわけがない。



 この世界で唯一フェトラスに対抗出来る存在はそう思いながら、ニヤニヤと今回のセラクタルを見守り続けたのであった。



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【月眼の魔王達】



 二代目 平穏の魔王サリス

 楽園『丘の上の山小屋にて、雑音の無い世界』



 三代目 観察の魔王ロキアス

 楽園『マルチウィンドウの世界』



 四代目 快楽の魔王テュトール 

 楽園『むせ返るような香と、明けない夜』



 五代目 鍛錬の魔王バンレイ

 楽園『ありとあらゆるトレーニングが可能なジム』



 六代目 暴食の魔王ヴァウエッド

 楽園『厨房とリビングと、無限に広がる冷蔵庫』



 七代目 戦争の魔王アークス

 楽園『戦場』



 八代目 永凍の魔王クティール

 楽園『蒐集保存の博物館』



 九代目 図書の魔王メメリア

 楽園『図書館』



 十代目 結婚の魔王エクイア・セッツ

 楽園『ダーリンとのラブラブワールド』



 十一代目 遊戯の魔王パーティル

 楽園『死ぬまで遊べる部屋』



 十二代目 美醜の魔王ポーテンスフ

 楽園『アトリエと展示会場』



 十三代目 極虹の魔王フェトラス

 ――『七色の楽園』




 殺戮の魔王テグア


 彼は『その日』を待ち続けている。


 だが彼自身ですら『その日』が何を指しているのかは分からない。


 ただひたすらに己が唱えたシングルワード【神】を唱え続け、殺し続け、時折現れる天外の狂気を殺し続け。殺し続け。ただそれだけを繰り返している。


 彼は『その日』を待ち続けている。


 何かが変わる日を、彼はずっと待っている。




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【そして彼らは】





 そよそよと夜風がベッドまで届いてくる。


 そこに横たわっていたロイルはしわくちゃになった手の平をかざしてみたが、彼にはそれが涼しいのか、それとも寒いのかの判断がつかなかった。穏やかなランプに照らされた室内。ロイルはじっと手の甲に刻まれたシワを見つめて、いよいよ温度すら分からないほど耄碌もうろくしたのかと苦笑いを浮かべる。


「寒い? 窓閉めようか」

「うん」


 優しくかけられた声に、同じように優しい声で返事をする。


 ロイルがちらりと視線を送ると、ベッドの近くの椅子に腰を降ろしていたフェトラスがそっと髪をかき上げて立ち上がった。


「過ごしやすい季節だけど、夜は少し冷えるね」

「うん」


 ふわりとした既製品のローブを着込んだフェトラスはそっと窓を閉めて、それからロイルの元へと戻った。そしてロイルが着込んだ精霊服に手を当てて、少しでも彼が過ごしやすい形態になるように力を込める。魔力を注ぐと、袖口の水色が少しだけ輝いてみせた。


「ありがとう」

「別にお礼なんていいよ」


 ふふっ、と意味も無く笑いが浮かぶ。


 だけど笑うに値する幸福がそこにはあった。


「お父さん、今日は少し疲れたね」


「そうだなぁ。元気な孫を見るのは楽しいが、ああまでやかましく『じーちゃん! じーちゃん!』って呼ばれ続けてると、夢にまで出てきそうだ」


「あはは。楽しそうな夢で何よりだよ」


 会話はあまり長く続かない。


 年老いたロイルは本当に疲れているのか、少しだけため息をついた。


「……お父さん、もう眠たい? 灯り消そうか」


「いや、まだいいよ」


 ロイルは横たわったまま、少しだけ首を動かした。


「もう少し、お前と話していたい」


「……そう。では何をお話ししましょう?」


 あの頃のままの姿で、おどけたようにフェトラスが笑う。


 自分とは大違いだとロイルは改めて思った。


 フェトラス。俺の大切で愛おしい娘。こいつは永遠に全盛期だ。普通に走ることも出来なくなった自分とは大違いである。


 ああ、本当に、長い時間が経ったものだ。


 フェトラスと出会ってから、いったい何十年経ったのだろう。


 カウトリアのおかげで普通の人間の十倍は生きたような気もするが、それでもあの頃の思い出は輝かしく、まるで昨日の事のように思い出せる。


 楽しくて、大変で、不安で、幸せな日々だった。


 過去に浸っていると、思考がふわふわとし始める。自分のことがよく分からなくなる。


 もしかして自分は眠たいのだろうか? 今何時だ? 朝食は食べた気がするが、夕食は摂っただろうか? 昼間に遊んだあの子らは、全部で何人いただろうか。ロイルの中で様々な疑問が浮かんだが、その殆どがどうでもいいことであった。眠気のような倦怠感がロイルの思考力を奪っていく。


 フェトラスはすぐ側に。相棒であるカウトリアはサイドボードの上に。だったら聞くべきことは数少ない。


「なぁ、フェトラス……シリック……いや、母さんは?」


「…………お母さんはもう寝ちゃったよ」


「そっか。あいつも息子達と遊び疲れたんだろうな」


「……そうだね。みんな元気いっぱいだもん」


「ふ、ふふ……そうだな。誰に似たのやら」


「えー。絶対お父さんでしょ。意外と無鉄砲な所とか、そっくり」


「お前にだけは言われたくないな」


 ロイルは大きく笑いかけて、むせる予感がしたので穏やかに呼吸を整えた。


 そしてふと、フェトラスの瞳が揺れていることに気がついた。


「どうした、泣きそうな顔して。……悲しいことでもあったのか?」


「……すごいねお父さんは。わたしのこと、ちゃんとよく見てくれてる」


 フェトラスに「悲しいのか?」と聞いて、否定の言葉が返ってこなかった。ならば自分にはすべき事があるのだろう。


 ロイルがゆっくりと起き上がろうとすると、フェトラスが優しくそれをサポートした。そして彼は丁寧な手つきでカウトリアに手を伸ばした。


「……お父さん」


 彼女の言葉はいったん無視する。どうやら自分は少しだけ寝ぼけていたらしい。


(カウトリア。ちょっと助けておくれ)


 ふわりと相棒が光りを灯す。優しくて温かい、お日様のような光だ。


 そしてその光が自分の内側で舞い散る。だけどそれは加速というよりも、誰かが手を繋いで歩いてくれるような確かさをロイルに与えた。


「……ん。よし、どうしたフェトラス。何かあったのか?」


 彼の言葉遣いは少し若返り、それは明瞭さを取り戻した。


 ほんの少しフェトラスは切なげな顔をしたが、やがては微笑みを作る。


「ううん。別に何も無いよ」


「そういう顔じゃねぇだろ。どうした。言ってくれると嬉しいんだが」


「……ん、とね…………」


「何を今更言いづらそうにしてんだ。彼氏でも出来たか」


「ふっ……バカじゃないのお父さん」


「んまー失礼な子だこと」


 ロイルがおどけたように言うと、フェトラスはスッと一筋の涙をこぼした。


「………………」


「あのね、お父さん。お願いがあるんだけど」


「おう。分かった。叶えよう」


「……そろそろ、わたしと楽園に行かないかな?」


「らくえん。あー。アレか。行きたいのか?」


「うん」


 ロイルはニッコリと笑って「いいよ」と答えた。


「……いいの?」


「いいとも。お前の願いは何でも叶えてみせる」


「……ありがとう」



「だけどな、一応は聞いておく。本当にそれでいいのか?」



 ロイルが静かに問いかけると、フェトラスの両頬に涙が流れた。



「天使の補正のおかげかね? 我ながら長生きした方だとは思う。たくさんの子供達を送り出したし、多くの友を見送ってきた。――――おかげさまでカウトリアが無いと思考もおぼろげだ。さっきだって、母さんはどこだ、なんて間抜けな質問しちまった。ごめんな」


「……うん」


「なるほどなるほど。俺が限界っぽいから、死ぬ前に楽園に行こうと。そういう提案であることは理解した。……それは、すごく嬉しい。ありがとうな。このままずっとお前と一緒にいられるなら、それに勝る幸せは一つしかない・・・・・・


 フェトラスはロイルの片手をにぎって、うつむいた。


 ランプの灯りがフェトラスの影を壁に映す。その小さな震えは、大きな影によって明確になってしまう。


「なぁ、フェトラス。あの時……月眼の間で、お前は言ってくれたよな。俺が幸せになってくれることが、お前の望みだと」


「うん……それはずっと昔から変わらないよ」


「俺もだ。お前の幸せを心の底から願っている。だけど、俺の願いは少しだけ言葉が違うんだ。……そんな俺の願いを、改めて言わせてくれ」


「うん」


 ロイルはしっかりとフェトラスの手を握りかえし、幸せそうに笑った。


「世界中のみんなから、フェトラスが愛されますように…………それが俺の願いだ」


「…………うん」


 そんなこと、もう知っている。


 まるでそう言いたいかのように、フェトラスは静かに頷いた。


「……もう一度聞く。お前は楽園に行きたいか?」


「お父さんはどうしたい?」


「もう一生分・・・お前とは過ごしたからなぁ」



 ロイルの中には、ほとんど悔いが残っていなかった。


 きっと探せばあるのだろうけど、わざわざ探す気にもなれないくらい、彼は幸せだった。



「…………ごめんなフェトラス」


「いやだ」


「あのな」


「それ以上口にしないで」


「…………俺の最後のわがままを、聞いてくれないだろうか」


 カウトリアの輝きが増す。


 フェトラスはロイルの瞳の中に、確かな感情を見た。


「楽園に行っちまったら……そこには、俺とお前しかいないんだ」


「………………うん」


「まぁかなり幸せだろうな。永遠に、穏やかに、幸せに暮らせると思う」


「うん」


「だけど、それだけなんだ」


「それだけでいいんだよ……」


「まぁ悪くはない。だけど楽園じゃ、俺の願いが叶わない」



 世界中からフェトラスが愛されますように。


 この願いを叶えるために必要なのは、楽園ではなく、世界そのものだ。



「この世界、嫌いか?」


 俺が死んだら即座に世界を滅ぼしていたかもしれない、幼き頃のフェトラス。


 だけど今はもう違う。とびっきりの鮮やかさで七色に輝く彼女は、きっともうそんな事をしない。


「俺達の仲間や友達は、半分以上が逝っちまった。母さんもそうだ。だけど母さんは……アイツは最後まで幸せそうだったよな」


「……うん…………」


「…………ああ、アイツに会いたいなぁ」


「………………うん……!」


 二人の瞳に涙が浮かぶ。


「思えば、初めて会った時は難儀な女だったよな。良い所の生まれのくせして、その行動力たるや野生児もビックリなくらい直情的だった」


「……ふふっ、そうだったね。でもわたしは最初からあの人が大好きだったよ」


「愛してたなぁ」


「うん……わたしも。とってもとっても愛してた」


 もう会えない者のことを思い、空気がしっとりとしていく。それを打ち払うかのようにロイルは明るく笑った。


「俺やアイツみたいな誰かが、未来でお前と出会ってくれる。そんな希望が俺にはあるんだよ」


「…………」


「それにほら、【源泉】があるじゃん。あれを通じてまた会えるんじゃないかって俺は思ってるんだ」


「……きっとそうだよ」


 引きずり出した肯定。ロイルは意識を集中させて、力強く笑った。



「だけど楽園じゃあ、俺達はアイツに会えないよなぁ」



 それはある意味で「俺を死なせてくれ」という言葉に等しかった。


 そしてフェトラスはそれを正確に理解し、声を震わせた。


「………………でも、お父さんとお別れするのは寂しいよ……嫌だよ……悲しいよ……」


 ロイルはそっとフェトラスの頭をなでて、世界で一番優しい声を出した。


「俺もだよ」


 どうせ説明しきれない感情だ。だけどこんな短い言葉でも全部を伝えられる。そんな人生を彼等は歩んでいた。


「色んなものを見てこいよ。ここが、お前の楽園だ」


「お父さんのいない世界なんて、どうやって生きたらいいのか分からないよ……」


 嬉しくもあり、切なくもある言葉。


 ロイルはガシガシとフェトラスの頭をなでて、事も無げに言った。


「孫とかを見守ってやってくれよ。よければ、その次の子供達も」


 魔王は生殖機能を有さない。


 だけどロイル(お父さん)の系譜は続いていく。ならばきっとそれは、フェトラスわたしの系譜だ。


「そうやって繰り返していけば、いつかまたお前が幸せになって、そして誰かを愛してくれると俺は信じてる」


「……世界中のみんなが、お父さんの血縁者になるくらい時間が経てばそうかもね」


「はっはっは! 何年かかることやら」


 だけどそれは素敵な未来だと思う。


「いつかまた……きっと会えるさ。その時の俺はもうお父さんじゃないかもしれんが、生まれ変わってもお前を愛すると約束する」


「…………その時は、わたしと結婚してくれる?」


「いいとも」


「…………ふふっ。初めて了承してもらえた」


「ただし母さんに勝てたらな」


「うーーーん!? それはちょっと難しいかな!?」


 ようやくフェトラスに微笑みが戻る。


 ロイルはそっと彼女の涙の跡をぬぐって、カウトリアから手を離した。


 途端に訪れるは倦怠感。意識の混濁。血圧の上昇。身体の不調の再確認。


(本当に……カウトリアがいなけりゃ、とっくの昔に死んでたなぁ……)


 だが構うものか。俺は十分に生きた。


 空いた両手で、そのままフェトラスを抱きしめる。


「母さんとカウトリアには悪いけどさ、やっぱり俺はお前のことを世界で一番愛してるよ」


「わたしもだよ。――――愛してるよ、お父さん」



 ロイルはカウトリアをサイドボードに戻し、ゆっくりと横たわった。


 久々にしっかりと話したような気がする。まだフェトラスのきちんとした返事を聞いてはいないけど、ロイルは自分の限界を感じていた。


 彼は満足げに深呼吸して、声を潜めた。


「悪い、少し疲れたから……そろそろ……眠るよ……」


「……うん」


「おやすみ……フェトラス……」


 ロイルが視界を閉ざす直前、部屋の灯りが拭ったはずのフェトラスの涙に反射したように見えた。


「おやすみなさいお父さん。……愛してるよ」


 返事の代わりに笑顔を浮かべてみせる。


 満足だ。


 ただただ、満足だ。



 ――――幸せな人生だった。



 ロイルの意識はゆっくりと、沈んでいった。















「ところでお父さん。明日の朝食は、赤身肉のハンバーグだよ」


 いや眠らせてくれねーのかよ。


「……朝から重いなぁ……」


「大丈夫。お父さんでも無理なく食べられるように、とっても柔らかくて美味しく作るから」


「そりゃ楽しみだ……というか眠たいので寝かせろ……ジジイだから早寝させろ……もう寝るぞ俺は……」


「うん。また明日ね、お父さん」


「はいはい。おやすみなさい」


「愛してるよ」


「何回言わせる気だよ」


「何回でも」


 その有無を言わさぬ要求に、ロイルは笑って屈した。


「……愛してるよ、フェトラス」


[えへへ]



 明日はどんな一日になるだろう。


 とりあえずは早起きして、少し身体を動かすとしようかな。




 俺の物語はもうすぐ終わりを迎えるんだろう。


 だけど彼女の物語は続いていく。



 その物語が、永遠に幸せでありますように。




 とりあえず今夜は、おやすみなさい。



 また明日な、フェトラス。









 ある日、一人の男が魔王の赤ん坊を拾いました。


 殺し合いしか出来ないはずの二人は、やがて幸せな親子になりました。


 けれども娘は殺戮の精霊。全てを殺すことが宿命でした。


 しかし、色々な要素が組み合わさって、彼女はその宿命を否定することが出来たのです。



 やがて愛を知った殺戮の精霊は、世界を滅ぼす力を得ました。


 だけど愛を知ったからこそ、彼女は世界を滅ぼしませんでした。



 しかし、それでもいつか世界は滅びてしまいます。


 人間同士の争いか。業を煮やした神々の介入か。あるいは十四番目の月眼か。それとも宇宙の外側からくる狂気か。


 だけどそれは、きっと果てしなく遠い未来の話。



 いつかまた会うその日まで。


 そして再び別れが訪れたとしても、またその次に出会うため。



 二人の愛は、世界なんて大きなモノを救いません。



 ロイルの愛はフェトラスを救い。


 フェトラスの愛は、ロイルを救うのです。



 相手の幸せを願うこと。


 ただそれだけのために、二人は生きたのでした。





――――――――――――【おしまい】







これにて本編完結でございます。


ここまでお読みいただきまして、誠にありがとうございました!



長い後書きは活動報告に置いておきます。




※後日談始めました。


不躾で恐縮ではありますが、本編完結のご祝儀的なアレで感想とかいただけると非常に嬉しいです……!!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 演算の魔王のシーンは泣きそうになった [一言] あとΩとかが事故、他殺以外の老衰を許すのかってのもある 中立の人も演算選ばなかったのだから我が儘言うなとか思いそうだし しれっと一緒に楽園に…
[良い点] 感動 不完全な言葉では十分に表現仕切れないほどに [一言] フェトラスとは再開出来ることを強く祈っている まぁ多分大丈夫だろうけど 月眼だしコールドスリープ的なのして世界がフェトラスを愛し…
[良い点] とても面白い作品でした。 登場人物みんな好きです。 終わり方もとても大好きな終わり方でした。 [一言] 更新を楽しみに待っています。
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