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我が愛しき娘、魔王  作者: 雪峰
最終章 月の輝きが照らすモノ
208/286

5-35 ただいま



 カルンの愉快な里帰りを終えて、俺はついに帰宅することになった。


 一年ぶりの我が家。ユシラ領のはしっこに新しく建てた自宅だ。


 もう一度カフィオ村に住むことも検討したが、ムムゥが絶対に嫌がるだろうし、何よりフェトラスの急成長で皆を驚かせてしまう。そんな理由であそこには住めなかった。……だがあれから三年も経ったので、そろそろバリンじーさん達に会いに行くのも悪くはないかもしれない。いや、まだ時期尚早だろうか……。うーむ……。


 そんなことはさておき、シリックの故郷でもあるユシラ領は住みやすい地域だった。季節がはっきりしていて、この土地には様々な恵みが存在する。そしてそれを管理する貴族達は賢明な者が多く、非常に穏やかな空気が領地には広がっていた。


 三年前に建てた新居。周囲に家はなく、ぽつんとした農家スタイルだ。ピカピカだったはずの外見はいくつかの季節を乗り越えて、ささやかな貫禄を身につけつつある。最初はなんだか違和感のある光景だったが今ではすっかり馴染んでいて、庭先に植えていた木々が成長していた。あと何年かしたら果実をつけてくれることだろう。



 だがしかし、そんな帰るべき自宅の上空付近で俺は固まっている。どんな風に帰ればいいのかが分からなかったからだ。



 ちなみにイリルディッヒの力は借りずに、カルンから借り受けた飛空衣ティリアス(空飛ぶ黒いコート)を着ている。


 里帰りを果たしたカルンは親族や友達に囲まれてしばらく帰れそうになかったし、イリルディッヒと一緒に置いてきたのだ。飛空衣ティリアスはその際にカルンが貸してくれた。奪ったんじゃないぞ。あいつが貸してくれたんだぞ。


 カルン曰く「寄り道せず、自分の意思で真っ直ぐに帰ってください」とのことで。


 魔族と接する機会が増えたので分かったことなのだが、あいつらは意外とロマンチストが多い。そんなわけでカルンは実に良い顔で、


「空からロイルが降ってきたら、フェトラス様はきっとお喜びになられる。きっと良い絵面でしょう。文字通り『飛んで帰ってきた』というヤツです」なんてことを口にした。


 ちなみに飛空衣ティリアスは適合系聖遺物だ。条件は「正しい事のためにのみ使うこと」である。私利私欲や悪しき目的のために使うと、上空でプツリと能力が消えて落下する恐怖の聖遺物だった。一旦は飛べるのが非常にイヤらしい。高度によっては普通に墜落死するぞ。……もしかしたら対象に着させて落とすという攻撃方法なのかもしれないな。ユニークすぎる。


「ちゃんと使えるかな?」と思ったが、運よく飛空衣ティリアスを解放させることが出来た俺は、とりあえず墜落死する心配もなく自由に空を飛び回れるようになった。


 まぁ自由と言ってもあまりスピードを出しすぎると具合が悪くなるし、眩暈とか頭痛とも発生する。それに上空はかなり寒かったり、逆に日光が強すぎたり……あと風圧とかもあってめちゃくちゃ疲れる。フェトラスの魔法で飛んだ時の方がずっと良かった。


 しかしそれでも、自分で自由に空を飛べるというのは全能感があって楽しい。飛空衣ティリアスは武器としての性能は皆無だが、使ってみると非常に愉快な聖遺物だった。


 ……いや、これは後でちゃんと返すぞ。かなり魅力的な聖遺物ではあるが、このコートはカルンにとっての新しい翼・・・・だ。流石の俺でもそれを奪うような事はしたくない。貸してくれただけでもありがたいというものだ。(消却杖オビオンは絶対に返さないけど)


 あと浮気じゃないから許してカウトリア。もしかしたら完全に浮気なのかもしれないけど、違うんだ。カウトリアを解放させる時はお前への愛でいっぱいだが、他の聖遺物は違うんだよ。信じてくれ。


 ――――そうそう、現在の俺は『波長が合えば』という条件付きだが、複数の聖遺物を解放・・させることが出来る。


 解放とは何ぞや、というのは人類の間でもかなり未知の領域であるが、世界のバランスを守るためにもこの未知は秘密のままにしておいた方が良さそうだ。


 魔王とは殺戮アダムの精霊である。だったら聖遺物は? 答えはイブだ。


 聖遺物に愛を示す。それが解放の条件である。


 コツを掴むのに少し手間取ったが、今では割と容易に解放させることが出来る。


 要するに『フェトラスのためにこれを使う』と覚悟を決めて、聖遺物にお願いをするのだ。低姿勢かつ丁寧に「娘の幸せのために、力を貸してください」と。そうすれば大半の聖遺物はそれに応えてくれる。適合しなくても使えるし、ほとんど消費しなくても稼働して、少しの代償だけで力を発揮する。


 と簡単に言ってみたものの、一番の理由は俺が人間ではなく【天使】だからだろうな。観察眼もあるし、俺はかなり異様な存在だ。


 まぁ、それでも使えない聖遺物の方が多いんだけどな。例えば多斬剣テレッサとか、攻撃的な性能を持つ聖遺物の解放は無理だった。


 しかし何の問題もない。俺には演算剣カウトリアがいるからだ。彼女だけはフェトラスどうこう関係なく、俺の意思だけで解放出来る。俺の相棒はこいつだけでいい。



 ちなみにカルンはほぼ全ての聖遺物と意思疎通を可能としており、その全てを発動させることが出来るらしい。ただし解放は出来ないとのことで。


 もしカウトリア抜きでカルンと殺し合えば、俺は絶対に勝てないだろう。聖遺物の攻撃が同時に五個も十個も飛んで来たらどうしようもないのだ。あいつ本当にヤバいな。全身を聖遺物で固めたら、月眼とも良い勝負出来るんじゃないだろうか……。



 まぁそんなことはどうでもいい。


 今までの思考は全部現実逃避だ。



 目の前に家があって、どうやって玄関を開けたものか。その答えが見いだせない。


 飛空衣ティリアスを使用中なのでカウトリアは使えない。なので俺は延々と空の上で悩んでいた。



 もう何も考えずに『帰ったぞー』と普通に、淡々と帰るか。


 あるいは『お父さん参上!』と面白おかしく登場するか。


 もしくは『会いたかったぞフェトラス』と感動的に……なんか演出? とかしながら、こう、なんて言えばいいのかよく分からんが。とにかく盛大に帰宅するか。


 しかし。一刻も早くフェトラスに会いたいのは本当の気持ちだが、それでも緊張で身体が震える。


 フェトラスに会うのが怖い。


 同族である魔王を散々殺しまくって。神理に届きそうだった魔族と――――そして人間を殺しまくった俺は、どのツラ下げて愛しい娘に会いに行けばいいのだろうか。


 神理に至った者は死ぬ。


 現在【禁忌】によるペナルティは稼働していないが、それ故に以前より神理に触れてしまう者の数は増大した。狂気に囚われ、他者を傷つけ、泣きながら壊れていく人達を俺はたくさん見てきた。


 救う方法は無かった。


 それは空腹と同じ理屈だ。ある者が「小腹が空いたな」と思ったとしよう。そして時間が経つにつれてその空腹感は耐えられないモノになり、食料を探す。だが見つからない。その餓えを満たす方法は存在しない。そして空腹が極まった者は草を食い、土を食い、最後にはズタボロになって餓死する。


 俺はたくさん殺してきた。それはもしかしたら発狂寸前の彼等にとって救いの一つだったのかもしれない。だけどいくら痛みを感じさせないように優しく殺したとしても、それは死という安寧を与えただけで、『誰も幸せにしてやれなかった』というのが俺の本音だ。


 もちろん、俺がそこまで責任を感じる事ではないのかもしれない。


 どうせ神理に届いた者は死ぬ。そして神理に届きそうな者は他者を害する。治療法が存在しない感染症と同じだ。故に被害が拡大する前に殺してやるのが最善である。……という割り切った、ドライな考え方だ。


 今にも発狂死しそうな者達を前にして、俺は葬送の一撃を放つことしか出来なかった。その事に対して、泣いて懺悔したことなんて一度も無い。だけど気持ちが晴れることは決して無かった。


 神理に届いた者が悪かったのか、それとも手を下した俺が悪かったのか、あるいは等しく運が悪かったのか。責任の所在は知らない。だけど「ロイルが殺した」という事実は覆らない。


 カウンセリングによって症状の緩和を試みたことも多々あるが、効果はほとんど無かった。空腹の人間に「我慢しろ」と言っても無理があるのだ。


 ――――だから、カルンが持っていた消却杖オビオンは俺にとって最高の出会いだったと言えるだろう。これを手にしてからは、俺は誰も殺さずに済んでいるのだから。


 もしかしたらロキアスも、俺の手に渡ることを期待してカルンに預けていたのかもしれない。


 ロキアスの立場は特殊だ。カミサマの陣営に属し、彼等はこのセラクタルがさっさと滅びればいいとすら思っている。だけどロキアスはこの状況を観察することを望んでいるようなフシがあった。


 まぁ取り返しに来ないということはそういう事なのだろう。カミサマ達も特に何も言ってこないし。


 だが。今は殺してないとはいえ、殺した過去は消えない。


 どうしようもなかった。死という救いしか与えられなかった。嫌だった。特に人間を殺す時は鉛を食ったような気持ちになった。


 こんな血塗れの俺は、果たしてフェトラスの前で上手く笑えるのだろうか。


 重い後悔がある。手を下す時にはいつも目を閉じたくなった。いつまで経っても慣れなかった。



 だけど――――壊れゆく人々を放置して、俺とフェトラスだけが幸せに暮らすなんてこともまた、出来なかった。



 これは単純な思考だ。


 俺はカミサマの用意した楽園に直行するのではなく、この星でフェトラスと生きると決めた。


 だから彼女が楽しく暮らすための世界を造り上げる必要があった。狭い村だけ守るなんてケチなこと言いたくなかったのだ。この星の全ての場所でフェトラスが幸せに暮らせますように。そんな願いを遂行するために、この星を楽園にするために、俺は殺しまくった。


 理由があって、その力があって、俺にしか出来ないことだった。――――たぶんあれは、殺戮だった。


「泣きたい」


 作業的に処理出来たら、どれほど楽だっただろうか。


 多斬剣テレッサを使えばストレス発散にもなるが、あれはもう王国騎士団に返却しちまったしな。それにアレは依存性が強い。多用すれば俺は廃人みたいになっていた事だろう。


「……なぁオビオン。俺から殺戮の記憶を消すことは、卑怯なことだと思うか?」


 カルンとは違うので、俺は消却杖オビオンと会話することは出来ない。


 それに答えは明白だ。


「命は、みんな一つしか持っていない。そして一つの命を繋ぐにはたくさんの命がいるんだ……ってな。俺が殺してきたのはそういうモノだ」


 その事実を消却して生きるのは、きっと楽なんだろうけど、誠実ではない。


「…………よし、ウジウジしてても仕方が無い! とりあえず帰るか!!」


 俺に足りないのは勇気だ。もう突撃してしまおう。大丈夫だ。きっと大丈夫だ。


 自分を元気づけて、我が家を見下ろす。


(行くぞ。ほら行くぞ。さぁ行くぞ。レッツゴーだ!)


 歯を食いしばってみたり、目をきつく閉じてみたり。心に少しずつ熱を注いでいって、身体を動かそうと何度も試みる。行くぞ、行くぞと何度もつぶやいて。



 やがて、俺の勇気が実る前に。


 ――――フェトラスが家から出てきた。



 距離があっても分かる。


 その長い黒髪は陽の光を受けて輝いていた。ふわりと風にたなびけば宝石のように、星々のようにキラキラとまたたいて。その歩く姿は凜としており、生きる意思であふれていた。


 夢にまでみたフェトラスが、現実としてそこに居る。


 それを見た瞬間、俺から全ての葛藤が消し飛んだ。


 無垢な気持ちのまま俺はゆっくりと降下を開始する。


 やがてフェトラスもこちらに気がついたようだった。少しだけ怪訝な表情を浮かべていたが、降りてくるのが俺だと分かるなり、ぶるっと一度だけ大きく震えた。


 やがて着地。


 俺はそっと片手を上げた。



「ただいま、フェトラス」


[……あ、あら? どちら様でしょうか? わたしに何かご用?]


 そのわざとらしい声は震えていた。俺はそれに合わせるように、おどけた声を出す。


「冷たいな。久しぶりすぎて俺の顔を忘れたか?」


[…………あ、あー。あー。わぁびっくり。お父さんだ。そうだね。久しぶりすぎて忘れちゃってたよ]


「悲しいな。俺はお前のことを片時も忘れなかったというのに」


[へ、へぇー。そうなんだ。でもごめんねお父さん。わたしはわたしで、しっ……幸せに、楽しく暮らしてたから……お、お父さんのことなんて、全然…………さ、寂しくなんてなかったし]


「そっか。お前が幸せに暮らせていたのなら良かった」


[えっ、あっ……で、でも! このままだとお父さんのこと忘れちゃいそうで、そうなったらお父さんが可哀相だから、お、お父さんがどうしてもって言うなら、一緒にいてあげるよ!?]


「……………………」


[ほ、ほら。この通り。わたしもちゃんと月眼をコントロール出来るようになったし、なんの問題も無いよね]


「…………過去最高に輝いてるんだが」


[うそっ!?]


 ボロボロと、ボロボロと、月色の瞳から透明な涙がこぼれている。


 フェトラスは服の裾を強く掴みながら、震える声で笑った。


[お、お父さんの見間違いじゃないかな。さっきから雨が降ってるんだよ。晴れてるのに、不思議な天気だね。だから、前が、よく……見えない]


「フェトラス」


[ち、ちゃんとコントロール出来るもん。いっぱい頑張ったもん。絶対コントロール出来てるもん]


「フェトラス。もういい。俺も限界だ」


 俺は駆け寄って彼女を抱きしめた。


「会いたかった」


[う……うぅ……こ、コントロール……出来るもん……]


「もういい。俺が悪かった。ひどいお父さんでごめんな。――――もう離れない。一生側にいさせてくれ」


 フェトラスの号泣が始まった。


 大きな嗚咽を漏らしながら、時々罵倒しながら、彼女は思いの丈を全部口にしていく。


 俺もまた泣きながらそれを聞き続けた。


 寂しかった。会いたかった。辛かった。切なかった。苦しかった。悲しかった。


 彼女の言葉の一つ一つが、俺の胸に深く突き刺さる。


 こんな気持ちを毎日繰り返していたのか。


 そんな気持ちで毎日泣いていたのか。


 よくぞ俺が帰るまで我慢してくれたものだ。彼女なら、俺が世界中のどこにいたって会いに来れられるというのに。


 胸が痛かった。苦しくて切なくて本当に申し訳なかった。


 だけど同時に、幸せだという感情もあった。満たされているとも思った。


 矛盾のある、とても強い感情。


 距離と時間を置いても無駄だった。むしろ逆に強くなっていた。


 結論。月眼のコントロールなんて不可能だ。


 今更過ぎて死んでしまいたくなるが。俺はもう、この娘から離れることが出来ない。


[本当は、すごく、すごく寂しかった]


「俺もだ」


[お父さんに会いたくて、一緒にいたくて、でも何も出来なくて辛かったの]


 抱きしめた彼女は俺よりも少し身長が高いのに、まるで幼子のように弱々しく発せられる声が俺の心を乱す。


「……ごめんな。俺のワガママに付き合わせちまって」


[忘れてたなんて嘘。いつだってお父さんのこと考えてた。お話ししたかった。一緒にご飯食べたかった。会いたくて会いたくて、自分で書いたお父さんの似顔絵に毎日話しかけてた。めちゃくちゃ虚しかったんだよ? だけどそうでもしないと、涙が止まらない日もあったんだ]


「うん、うん」


[ずっと我慢してた。そうしなくちゃいけないと思ってた。だけど……むり。こんなのもう耐えられない]


 限界を迎えていた彼女は、俺をことさら強く抱きしめてくる。


[どこにも行かないで。ずっとわたしと一緒にいて]


 もう何も隠すことなく、フェトラスは俺にそう懇願した。だから俺は彼女よりももっと強い気持ちで涙を流した。


「俺の方こそお願いする。もう絶対に離れたりしない。……だから、泣き止んでくれよ」


 俺は自分の涙を拭う前に、フェトラスの涙をそっと払った。


「お前が笑ってくれるのなら、俺は何でもするからさ」


[…………う、うぇぇぇぇぇん……]


 彼女の涙は止まらない。でも、仕方ないかもしれない。


 俺はそっとフェトラスの額にキスをして、再び、そして更に強く彼女を抱きしめた。


 すると無言でお腹をポコポコと叩かれた。まるで駄々っ子だ。でもいい。それでいい。俺達は離れちゃいけなかったんだ。こんなにも素敵な気持ちを抑えるなんて、俺達の存在理由に対する冒涜だ。


 もう、いい。


 ここが俺の居場所だ。


 そんな分かりきっていた事を再確認して、俺は謝罪ではなく違う言葉を口にした。


 何度伝えても色褪せない、たった一つの言葉を。



 心を込めて言ったその言葉は、いったいどれぐらいの大きさで彼女に伝わったのだろうか。


 世界中の誰しもが似たような矛盾(気持ち)を抱いているんだろう。


 だとしても、どんなヤツにも絶対に負けないぐらいの気持ちを込めた。俺達の間にある気持ちはそれぐらい絶大で最強で無敵だと信じている。


 いったいそれが何割伝わったのだろうか? 答えは分からない。


 でも、別に構いやしない。


 伝えきれない程の気持ちがあるということを俺は彼女に伝えて、そして彼女もまた俺と同じく、溢れてやまない気持ちを伝えてくれた。


 不完全な、だけど完璧な言葉。


 だからいいんだ。


 1%しか伝わらないとしても、それが死ぬまで100%にならないとしても。


 ――――永遠に俺達はその言葉を紡いでいく。





 二人の涙が止まるのが先か、それとも太陽が沈むのが先か。


 泣き疲れた俺は、フェトラスの両肩をそっと押し返して微笑んだ。


「なぁフェトラス――――うお、なんだこの声。泣きすぎて声の調子がおかしい」


[うるさいばかアホぼけアンポンタン。もっとギューってしてくれないと許さない]


「フェトラス、腹減ってないか?」


 俺がそう問いかけると、フェトラスは少しポカンとした表情を浮かべてから、小さく微笑んだ。


[えへへ……お腹空いてないもん!]


「――――と言いつつ実は?」


[ものすごくお腹空いた!]


 フェトラスはそう言って涙を拭い、にっこりと笑ってくれた。その笑顔に心の底から癒やされる。


「よし。久々にお父さんの手料理を披露してやろう。材料はあるか?」


[あるある! えっとね、今朝畑でとったお野菜もあるし、あと魔法で凍らせたお肉とかもあるから材料は豊富だよ! ……あ! わたしアレ食べたい!]


「ほう。アレとは?」


[……当ててみて!]


「無茶言うなよ。……と言いつつ、分かった。当ててやろう。ステーキ百人前でどうだ」


[ブッブー! はずれ!]


「む。じゃあ……豚の丸焼きか? そうじゃなきゃ唐揚げ? まさか宮廷料理とは言わないよな」


 俺が苦笑しながらそう言うと、フェトラスはサッと顔色を変えた。


「ああああああ!]


「えっ、なになに!? 急にどうした!?」


[そういえばロキアスさん! あのヒトと戦った時、確かわたしが唱えた『食べ物魔法』のメニューは全部食べさせてくれるって言ってたよね!? 宮廷料理は唱えなかったけど……他のはたくさん唱えた! 契約ふりこーだ! 請求しなきゃ!]


「三年以上前の戯言たわごとをこのタイミングで思い出すのかよ……」


[だ、だって約束したもん。あのヒトにだってプライドはあるはず。きちんと契約は守らせてあげないと可哀相じゃん]


 どんな方向性の同情だ。


「まぁそれは別にいいとして……んで、結局正解は何なんだ?」


[んふふー。何だと思う?]


「分からん。ただとにかく、お前と一緒に飯が食えれば何でもいい」


 俺がそう言うと、フェトラスは花丸の笑顔でこう言った。


[ほとんど正解! えっとね、みんなで一緒に・・・・・・・お鍋食べたい!]


「……みんなって?」


[シリックさんと、ザークレーさんと、あとこの前自警団の副団長になったフォート君とか。ガッドルさんも呼んじゃう? それとねそれとね、わたし友達出来たんだよ! とっても可愛い女の子! お父さんに紹介したいんだ! あとねあとね!]


「ど、どうどう。落ち着け。あとガッドル団長呼ぶってマジか。大丈夫なのかそれ」


[仲良しだよ? よくお家にご飯食べに行かせてもらってる]


 あいつすげぇな。たぶんフェトラスが魔王だって分かってるだろうに。


「というかザークレーってこの辺にいるのか? あいつ上級騎士になったから忙しいんじゃないかな」


[今は王国に住んでるみたい。でも、ちょっと遠いけど迎えに行けばいいじゃん]


 さらりと言ってのけるフェトラス。俺は思わず苦笑する。


「そっか。俺としては二人っきりで過ごすのも悪くないと思ってたんだがな」


[それも惹かれるけどぉ……なんか、初日からベッタリし過ぎると離れなくなっちゃいそうで……えへへ……]


 フェトラスは可憐に照れて、そしてそれを誤魔化すように両手を振り回した。


[どうせこれから毎日一緒でしょ? だったら今日は盛大にお帰りなさいパーティーしようよ! その方が楽しいと思うよ!]


「――――ああ、そうだな。その通りだ」



 二人きりの楽園。


 そこにはどんな幸福が、そしてどれ程の価値があるのだろうか? 答えは未定だ。それはきっと、これから造り上げていくモノがほとんどだからだ。


 だけどコレだけは確実に言える。


 幸福を分かち合う事が出来るフェトラスを俺だけが独占してしまうのは、きっと不幸な事だ。



 こうして、俺は帰宅した。



 もうどこにも行かない。



 幸せは、ここにある。





[そうだ! もう一人紹介したい人がいるんだ! すごく格好いい男の子!]


「……ハァ!?」


[え、なにその顔]


「お、お、おおお、男の子!?」


[う、うん]


「…………どんな男だ」


「えっとね、みんなに優しくて、すっごく頼りがいがあるんだよ! 道ばたで困ってる人がいたらすぐに助けようとしちゃうの!」


「……………………そうか」



[まだ五歳なのに、とっても偉いんだよ!]



「そっかー! まだ五歳かー! そっかそっかー!!」


 ごめんねフェトラス! お父さん、あんまり良くない想像しちゃったよ!


 ふー! 一安心! 五歳児なら何の問題も無いな! よし!



[同い年だし、よく一緒に遊ぶんだよ!]


「同いどっ……!?」



 安堵が反転する。


 同い年。仲良し。幼馴染み。


 確かトールザリアの奥さんは、幼い頃からの知り合いとかなんとか。


 ――――親父。あんたの気持ちがまた一つ理解出来たよ。


 それはそれとして。


(助けてカウトリア!!)



 俺はとりえず「月眼がコントロール出来るまでパーティーは無しな」と言って、シリックとザークレーのみを招待することにした。


 時間稼ぎである。なんとかして対策を練らねば。



 覚悟しろよ、名も知らぬ五歳児。


 ――――お前に娘はやらん!!




 こうして俺は、楽園では決して得られないであろう刺激的な感情を抱きながら、こんな時間が永遠に続きますようにと祈ったのであった。









次回、最終回です。



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