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我が愛しき娘、魔王  作者: 雪峰
最終章 月の輝きが照らすモノ
206/286

5-33 俺達が出会って、どれぐらいの時間を一緒に過ごしてきただろうか。



 フェトラスに殺戮の意思が無いこと。


 そして月眼とはいえ、その力を使う気が無いこと。ついでに言えば力が大きすぎて、それこそ世界をブッ壊すぐらいしか使い道の無い、無駄な力だということを俺はイリルディッヒに力説した。


「フェトラス。そんな俺達の目的はなんだ?」


「世界平和ー!」


「よっしゃ。そんで、どうやって世界を平和にする?」


「えっ。……それは分かんない」


 俺の質問にフェトラスは戸惑ったようだが、こんなことを口にした。


「とりあえずみんなが・・・・いつも美味しい物をたくさん食べられる世界とか目指したいかなぁ」


「十分だ。方法はこれから一緒に考えていこう。そして……イリルディッヒ。出来ればお前にもそれを手伝ってほしいんだよ」


《世界、平和……》


 言ってないことも多い。


 神様のこと。この星のこと。月眼のこと。天外の狂気のこと。ようするに【神理】のこと。


 だけど説得は容易でもあった。


 月眼の魔王であるフェトラスが未だ世界を滅ぼしてないのだから、それ自体が証拠になる。


《…………分かった。》


 ――――こうして俺達はイリルディッヒとの和解に成功したのだった。



 ……和解かな? ……成功したのかな?


 ちょっと首を傾げずにはいられないけど、とりあえずイリルディッヒの戦意は確実に殺げたようなので問題無いということにしておこう。


 大体月眼に逆らうなんて、英雄か自殺志願者しかいない。その点イリルディッヒなら大丈夫だろう。彼はとても賢い魔獣だ。今はまだフェトラスのことを信用出来ないとしても、行動を見せ続ければきっと理解してくれるはずだ。


 グランツ君率いる英雄ご一行様とも話し合いの約束をしているし、とりあえず色々な問題は解決に向かっていると考えていいだろう。


 こうして、俺は少し安心してため息をつくことが出来たのであった。




 指定した村に到着。もう完全に日は落ちており、人通りはほとんど無い。


 カルンとイリルディッヒは村から離れた場所に待機してもらっている。二人で旅をしていた事もあったらしいので、是非とも仲良く過ごしてほしいものだ。(意外なことに、イリルディッヒはカルンをかなり気に入っているようだった)


 色々と考える事はあったけど、俺にはカウトリアが付いてるし、フェトラスもいる。正直言って何も怖くない状況だ。念のため『観察眼』を起動しっぱなしにしておいたが、誰が襲ってくるわけでもなく。


 こうして俺達はあっさりと宿屋に到着したのであった。


「えっと、私とお父さんと、シリックさんは一つの部屋でお願いしまーす! 三人部屋!」


 ザークレーの顔を俺は見ることが出来なかった。


 まぁ、なんだ。明日はシリックを別室にして、ザークレーと語り合うのも悪くない。うん。そうしよう。俺達は友達じゃないか。だからそんな気配オーラを発するな。ごめんて。



 客室。ここにきてようやく俺は武装を解除。身軽な格好に着替えて、ベッドに腰掛けると思わず本音がこぼれた。


「あああ……疲れた……」


「お、お疲れ様でしたロイルさん」


 シリックも軽装に着替えていた。軽くお湯で身を清めたのもあって、その金色の髪が少し濡れている。俺はそんな彼女の姿をなるべく見ないようにしてため息をついた。


「カウトリアのおかげでメンタルは割と落ち着いてるんだけどさ。流石に疲れた」


「わたしもクタクター。もうお腹いっぱいで動きたくなーい」


「あんだけモグモグモグモグしてりゃな。食い疲れっていうの?」


「お父さんマジで失礼」


 そうは言いつつ笑顔である。フェトラスはベッドに横たわっており、足をパタパタと動かしていた。精霊服もパジャマモードだ。


 もうこのまま寝てやろうか。たぶん耳元で熊が吠えても起きないくらい熟睡出来るはずだ。その優しい誘惑に身を委ねてしまいたくなる。


 だがしかし。一つはっきりさせておかないといけない事がある。今日は襲撃が無いとしても、寝込みを襲われたら厄介だからな。なんの方針も掲げないままトラブルに巻き込まれるのは危険だ。


 俺はベッドの上にカウトリアを置いたまま、寝そべっているフェトラスに近づいた。


「とりあえず一個だけはっきりさせておこう。俺達の今後の目的についてだ」


「今後って言うと? 世界平和じゃないの?」


 シリックに聞かれないよう小声にする。


「最初はシリック達が心配だったから、かみ……オメガさん達に逆らったじゃないか」


 慎重に【神理】っぽい言葉を外すと、フェトラスも分かったようだ。彼女もまた小さく返事をする。


「そうだね」


「んで、とりあえずそれは叶ったわけだ。……それで、次は?」


「う、うーん……?」


「ちなみにコレは世界平和とかそういう戯言じゃなくて、俺達の個人的な生き方についての話しだ」


 そう。俺とフェトラスは掲げた目標――シリック達を見捨てたくない、もう一度会いたい――を叶えている。


 じゃあ次の目標は?


 まずこれを考えないと動きようがない。もっと正確に言うのならば「敵に襲撃された時にどう対応するのか」を決めなければならない。無傷で追い払う。撃退する。倒す。殺す。言い方は色々あるけれど、ここをきちんと線引きしておかないと敵を前に意識がブレてしまう。


(まぁ、答えは分かりきってるようなものだけどな)


 そんなわけで相談の時間を設けたわけだが、フェトラスは特に悩む様子もなく笑顔を浮かべていた。


「オメガさんも色々言ってたよね。私達が楽園に行くまで、この世界の滞在を許してもらえる。楽園に行ったらセラクタルが……アレし(終わっ)て。そして次のセラクタルがアレす(始ま)る」


 シリックに気を遣って言葉を制限しているわけだが、余計に意味深になっているような。……まぁいいや。どうせ聞こえてないだろう。


「それの邪魔をするな、とも言われていたな。そしたらどうする? とりあえず……雑に言うと『幸せに暮らす』が俺達の目標になるんだが」


「それでいいんじゃない?」


 フェトラスは軽くそう言った。


 幸せになりましょう。それが俺達の目的だと。


「ま、確かにそうだな。シンプルに言っちまえばそれしかない。だったら……」


「うん。誰とも戦わず、世界平和を目指して、幸せに暮らそうね」


 俺が口にするまでもなく、フェトラスは方針を定めた。


 誰とも戦わない。オーケー。お前がそのつもりなら俺もそうしよう。例え敵襲があったとしても、逃げればいいだけだ。


「じゃあ敵が来たらダッシュで逃げると。……そんな感じでいいか?」


「うん」


 方針は定まった。グッと立ち上がって自分のベッドの方に振り返る。すると、ものすごく近い距離にシリックが忍び寄っていた。ご丁寧に片手を耳に沿えて。


「オメガさんって誰ですか?」


「お前が盗み聞きをするとは意外だな」


 俺の突っ込みを無視して、シリックは首を傾げた。


「セラクタルがアレするって、なんの事でしょう?」


 そこまで聞こえてんのかよ。


「……眠たいから明日話すよ」


「楽園ってなんですか?」


 シリックは目を開いたまま、更に首をかしげた。ちょっと見た目が怖い。


「えっと……ロイルさんは私達の前から姿を消した後、いったい何をしていたんですか?」


 む。ヤバイ。まさかコイツが聞き耳を立てるなんて『恥知らずな事』をするとは思ってなかったんだが。


「……それ、言えないんだよなぁ」


「言えない。はぁ。そうですか。それで私が納得すると、そんな冷たい事・・・・を言うのですか?」 


「待て。落ち着け。大丈夫だ。お前が『言えないんだ』の一言で納得するようなヤツじゃないってことは重々承知してる」


「でしたら」


「まだ言えないんだ。俺達も本気で疲れてるし、詳しい話しは明日するよ」


 俺がスッとぼけながらそう言うと、シリックはフェトラスの方に向き直った。


 そしてじっと見つめる。フェトラスの表情から情報を引き出そうと試みているのだろう。そしてフェトラスは苦笑いを浮かべて、小さく頷いた。


「ごめんねシリックさん。本当に言えないんだ」


「…………なぜですか?」


「シリックさんが面倒臭い事に巻き込まれないために、かな?」


「面倒なんて。はっきり言いますけど、そのレベルの問題なら『今更です』としか言い様がないんですが」


「じゃあ言葉を改めるね」


 その瞬間、俺は片手を上げてフェトラスの言葉を制した。


(見誤ったな。盗み聞きもそうだが、ここまで食い下がるとは。……まぁ軽く誤魔化すか)


「説明出来ないのは、お前の身が危ないからだ」


「へぇ。月眼の魔王に関わること以上に危険なことがこの世にはあるんですか?」


「ある」


「………………そうですか」


「……俺達もまだちょっと混乱してるんだよ。明日ちゃんと話すからさ」


「いやです。今聞きたいです」


「ダメだ」


 カウトリアはベッドの上に。だから「何故だ?」とは聞かない。ここで情報を遮断するべきだ。……明日までにそれっぽい嘘を考えておこう。


 そんな気持ちだったのだが、シリックは再び食い下がった。


「どうしてですか? そんなに私は信用出来ませんか?」


「……信用はしている。だけど、ダメだ」


 俺が強く否定すると、シリックはうつむいた。



「…………仲間はずれは、寂しいなぁ」



 それはとても小さな声だった。


 右腕で自分を抱きしめるようにして、とても、とても悲しそうな表情だった。


 それを受けてフェトラスが、シリックの呟きの数十倍はあるであろう大声を出しながらベッドから飛び降りた。


「お、お父さん! コレどうにかならない!? わたし的に、シリックさんはこの世界で二番目にわたしの大切な人なんだけど!」 


「落ち着けフェトラス。いいか、ゆっくり呼吸するんだ。俺に続け。すぅー、はぁー」


「そんなんどうでもいいから! ねぇ、良くない!? 別にいいじゃん! シリックさんは完全に『こっち側』だし、これからも一緒にいるんだから全力で巻き込もうよ!」


 フェトラスは真剣な表情でそう言った。


 だが、しかし。


 フェトラスは月眼という規格外であり。


 そして俺はフェトラスの父親なのだ。そして同時に『天使』でもある。この不似合いかつ間抜けな称号は全てフェトラスの為。


 じゃあシリックは? コイツはただの人間だ。そして俺達の味方であっても、身内ではない。だからフェトラスが言った「これからも一緒に」という言葉は、現実味が無いとすら言える。


 忘れてはならない。こいつはユシラ領の領主の五女にして英雄。帰るべき場所と、自警団という大切な居場所がある人なのだから。


(全力で巻き込もうよ、か。――――そう出来たら良いんだけどな)


 少しだけ息を吸い込んで、気持ちを切り替える。


「残念ながら、俺達に許されているのは『ロイルがジジイになるまで自由にしていい』という事だけだ。色々な制約はまだ有効だし、そこまでシリックを巻き込んでしまったら、確実に俺が仕事・・をしなきゃいけなくなる。他ならぬシリックに対してな」


「そんなぁ……」


 フェトラスの心が折れかける。それを見た俺はシリックに声をかけた。


「……シリック。ここまで話しておいてなんだが、悪いけどちょっと席を外してくれ」


「嫌です」


 シリックは即答した。


「お前のためなんだよ」


「嫌です」


「……ちょっとカウトリアを手に取ってもいいかな」


 俺はちらりとベッドに安置している相棒を見たのだが、シリックは笑顔で首を横に振った。


「ダメです。それはずるいです」


「それぐらい慎重な言葉が必要なんだよ。素の俺じゃ、お前を傷つけるような物言いしか出来ない」


「それでいいです。いいですかロイルさん。貴方が取れる選択肢は二つしかありません。私を徹底的に傷つけて突き放すか、全部話してくれるか。それ以外のなぁなぁ・・・・な説明を、私は絶対に受け入れません」


 それはとても強い瞳だった。


 どこまでも真っ直ぐに、俺達と関わろうとするバカヤロウの目だった。


「…………知れば、頭がおかしくなるような話しだよ。もの凄くストレートに言うならば、俺の説明を聞いた時点でお前は発狂する」


「まぁ怖い」


 シリックは滅茶苦茶シリアスな表情でそう言った。


「私の選択肢もまた二択なんですね。発狂するか、あるいは永遠にモヤモヤとし続けるか」


「………………や、やっぱりカウトリアを」


「ダメ」


 シリックは素早くカウトリアを抱き上げて、俺達から距離を取った。


 そして泣きそうな瞳で俺を見つめてくる。


「ロイルさん。フェトラスちゃん。私はもう決めてるんです。あなた達と最後まで付き合うって」


「…………でもな」


「ちゃんと説明してください。でなければ私は納得出来ません。。……そもそも、説明を聞いたら発狂するですって? 面白い話しですね。でも舐めないでください。もう私は月眼を知っているんです。これ以上に強烈な出来事ってありますか?」


「………………」


 あるんだよ、シリック。


 俺はその言葉を紡げなかった。口にしてしまったが最後、シリックは本当に発狂するまで俺に食い下がりそうだからだ。


 シリックが胸に抱いたカウトリアを見つめる。あいつさえ居てくれたのなら、きっと上手な嘘がつけるはずなのに。


(……無理矢理にでも取り上げるか?)


 そんな事を考えると、フェトラスがシリックの横に立って、彼女の片腕を抱きしめた。二人の身長は既に等しい。というかフェトラスの方がちょっと高いかもしれない。


 並び立つ二人の姿からは、強い絆が感じられた。


「お父さん。お願い、どうにかして」


「……どうにかって、何だよ」


「わたしシリックさんと最期までずっと一緒にいたい」


「……………」


「ロイルさん。私も彼女と同意見です。私も、フェトラスちゃんと一緒にいたいんです」


「…………」


 俺が表情を渋くして二人を見つめると、シリックは一度だけ唇をキッと閉めて、俺を強く見つめた。


「それに…………私は、ロイルさんとも一緒にいたいんですよ」


「は?」

(……は?)

 は?


 身体も思考も魂も、全部が「は?」ってなった。思わず目を見開いて、シリックの顔を見つめてしまう。


「えっと、それって……どういう……」


「続きが知りたければ、全部話してください」


「いやお前、それは無いだろ」


「う、うるさーい! 大体なんですか! ロクに説明もせずに私とフェトラスちゃんと引き離そうたってそうはいきませんからね! フェトラスちゃん! 私のこと好き!?」


「好き! 大好き! 超好き! なんなら愛してるー!」


「よっしゃぁ! 私も愛してますよフェトラスちゃん!!」


 なんだその雄叫び。


「こんな愛し合う二人を戯れ言で引き離すなんて不可能ですよ! さぁロイルさん、きちんと全部説明してください! オメガさんとか楽園とかセラクタルがアレするとか、全然意味不明な会話にちゃんと私も混ぜてください!」  


 シリックはそう叫んで、俺を睨み付けた。


 ただただ一生懸命な様子で、全力だった。


 それを見て俺は「ああ、そういえばコイツってそういう女だったなぁ」と呟いて、オメガさんから授かった『観察眼』を指で操作した。視界に映った文字や記号をなぞったり弾いたりする。


「……? ロイルさん、なにを」


「ちょっと待ってろ」


 そして意図的にシリックを観察する。


 そこに表示された名前は、俺の知らないもの。きっと本名なのだろう。続くデータには彼女の強さが列挙されている。


 神様文字を習得すればもっと個人的な情報も読み取れるのだろうが、今の俺じゃここが限界だ。しかし、この情報だけでも十分だ。


 俺は静かにシリックに近づいて、その耳元で彼女の本名・・・・・を呼んだ。


「!!」


 シリックの顔が驚愕に染まる。そして俺の顔は苦笑いのまま。


「ごめんなシリック。フェトラスは言わずもがなだが、俺もそこそこ人間離れ・・・・ちしまったんだよ。……個人的に言わせてもらうなら、お前も巻き込みたい。だから考えがまとまるまで、ちょっと待っててくれよ」


「…………」


 返事を待たずに俺はカウトリアに手を伸ばす。


 するとシリックは殊更カウトリアを強く抱きしめて、瞳を潤ませた。


「ここまで言っても……引き下がっちゃくれないのか。ちゃんと明日説明するからさ、もういいだろ?」


「…………そして上手な嘘を私につくんですね」


 絶対にこのままでは終わらせない。


 そんな強い意志が堂々と表明されていた。


(ミスった。そうだった。コイツは、シリック・ヴォールという人間は)


「嘘だなんて……そんな事ないさ。さっきはちょっと大げさに言ってしまったけど」


 それで引いてくれと願ったけど、お前はそういうヤツじゃなかったんだよな。こうと決めつけたら一直線。今じゃ恥知らずなことも平気でやっちまう――――俺の大切な仲間だったな。


「実は別に大したことじゃないんだよ。ただ今は言えないってだけだ。後でちゃんと説明するからさ」


「……優しい嘘で、私を騙すんですね」


「お前なぁ」


「ロイル」


 シリックは俺の名前を呼んだ。


「どうすれば、私と一緒にいてくれますか」


「………………」


「仲間はずれにしないでください。私も、一緒に考えさせてください。どうすれば幸せに暮らせるのかを」


「………………」


「貴方とフェトラスちゃんが二人で幸せに暮らす方法じゃなくて……わ、私も……三人で・・・……し、幸せに……っ」



 泣くのはずるい。


 本当にずるい。



「お父さん! シリッ…………」


 フェトラスは俺の顔をみて言葉を失った。


「…………お父さん、泣いてるの?」


「うるせぇこっちみんな」


 腕で顔を隠す。頑張って声の震えを隠す。


「え。ダメだよ。どうしよう。そんな、二人して泣かれたら……なんか、わたしまで……」


 フェトラスの声までもが震え始める。やめろ。同調すんな。お前は脳天気に笑っててくれ。その為に命を賭けたんだ。


「……ツッ」


 制御不能の感情が、言葉にならずに涙に変わっていく。しかし頭の中は意外と冷静だ。『なんで泣いてるんだ俺?』という疑問すらある。


 何が俺の心に突き刺さったんだろう?


 感情から切り離された思考でその答えを求める。


 ――――軽い足音が聞こえた。


 ああ、きっとフェトラスが駆け寄って来てるんだろうな。


 トスッと音を立てて、彼女が俺の胸に飛び込んでくる。自然な動作で俺はそれを抱きしめた。


「…………あ?」


 だが、感触に違和感が。思わず片腕を下ろして確認すると――――俺が抱きしめたのはフェトラスではなく、シリックだった。


「え」


「うぇぇぇーん! お父さん、シリックさーん!」


 遅れて娘が俺達に抱きついてくる。


 泣いてる。みんな泣いてる。なんでだ? 別に悲しいことがあったわけじゃないのに。


 そういえば最後に泣いたのはいつだっけ。


 





「もう一緒に寝よ!!」


 フェトラスは最初に「フンッ!」とベッドを押して、後はジリジリと位置を調整した。二つのベッドは綺麗にくっついて、クイーンサイズのベッドになった。


「寝よ!!」


「……いや、ベッド三つあるんだし、わざわざ狭苦しい思いせんでもいいだろ」


「寝よ!! お父さん真ん中! わたしは右! シリックさんは左!」


「いやせめてお前が真ん中に」


「寝よ!!」



 半泣きの娘に言われると断りづらい。


 強引に押されて俺はベッドの真ん中にセッティングされた。


 続いてフェトラスが宣言通り俺の右手に来て、フンスと鼻息を吐いた。


「おやすみ!」


「…………いや、やっぱ流石にコレは。なぁ、シリック?」


 シリックはモゾモゾとベッドに入り込み、俺の左側にちょこんと収まった。


「嘘だろお前」


「……おやすみなさい」


「………………まぁ……いいけどさ……」


 ちらりと視線をやると、シリックもまたこちらをじっと見つめていた。弱々しい灯りが、泣き疲れた表情を彩る。


「………………」

「………………」

「…………すー……すー……」


「相変わらず寝付きがいいなコイツ」


「疲れてたんですよ」


「……まぁ、そりゃそうだ」


 小声で返事をすると、俺の左腕が抱きしめられた。


「………………」


「………………」


「……え、えっとだな」


「はい」


「流石にコレじゃ眠れないので、ええと、やっぱ俺あっちのベッド行っていい? な? そうしようぜ。お前がフェトラスと寝てやってくれ」


「ロイル」


「はい」


「…………おやすみなさい」



 眠れるかボケェェェェェ!!





 と思ったんだが、あっさりと俺は意識を失った。


 変態弓使いと戦って、山登りして、娘がでかくなっていて、月眼の魔王ロキアスと会って、神様達と会って、カウトリアと渡り合って、空を飛んで、英雄を十人ぐらい制圧した。


 いくら解放状態のカウトリアを使えばスタミナが減らないとは言え、死ぬ程疲れていたなんて比喩が口に出来るレベルじゃない。正しく過労死寸前だったのかもしれない。


 そんなわけで、俺は死んだように眠ったのであった。






 夢を見た。


 トールザリアの親父が、ドヤ顔で自慢してくる夢だった。


 親父と、奥さんと、娘さん。



 三人家族を自慢する、夢だった。







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