5-30 「歴史上最大の決戦だ」と彼は言ったけど
頭上の樹から鳥のさえずりが聞こえる。気持ちのいい朝だ。俺は毛布代わりにくるまっていたマントを押しのけて、柔らかな朝日を浴びた。
「んんーー! 朝、かぁ」
ふぁ、とあくびをこぼす。
昨日は夜中まで戦闘が続いたから、正直まだ寝ていたいぐらいだ。そもそも野宿ってのは疲れが取れにくい。
俺は目を開いて、綺麗な景色の中に【索敵結果】を表示させた。
動物。動物。少し離れた所にモンスターの小規模な群れ。どうやら魔族は残っていないらしい。ちゃんとみんな帰ってくれたか。
「よしよし。ここら辺もだいぶ落ち着いてくれたみたいだな。あー面倒臭ぇ仕事だった……」
ややげんなりとしながら朝食をバッグから引きずり出す。味気ない保存食。小麦粉と油の塊みたいな、岩のように固いクッキーもどきだ。味はお察しの通り。まぁ食事というよりもただの栄養補給なので仕方ないだろう。
一人で手の込んだ料理を作っても面倒なだけだ。美味しいかもしれんが、別に幸せを感じる程じゃない。
「よっしゃ。帰るかカウトリア」
返事の出来ない相棒に語りかけて、俺は立ち上がる。
いずれ滅ぶ宿命のこの星を、一時だけでも平穏な世界に変えるために。
あれから三年経った。
あの日――月眼の間から帰還した日――シリック、ザークレー、カルンは戻って来た俺達を見て大層驚き、そして喜んでくれた。誰一人としてフェトラスを嫌わないでいてくれた。
最初は笑顔で「心配かけてごめんね! 待っててくれてありがとう!」と元気よく言っていたフェトラスだったが、シリックが泣き始めて、ザークレーが小さく両肩を震わせて。それにつられるようにして、彼女もまた涙をこぼした。
「いいのかな。わたし、怖くない? 大丈夫かな。みんなと前みたいに……仲良く、出来るかな……?」
「当たり前でしょ!」
「――――敵対する理由が……いや、違う。私はフェトラスと仲良くありたいと思っているよ」
「みんなぁ……ありがとぅ……」
感動的なシーンだ、なんて呟いて茶化す気にもなれない。俺もみんなと同じ種類の涙をこぼして、喜びに浸っていた。
ただカルンが「フェドラズさまぁぁぁ!」と号泣してうるさかったので、それは少し黙らせた。
全員が少し落ち着いた頃。ザークレーが「演算の魔王はどうした?」ということを尋ねてきたが、【神理】案件だから説明出来ない。
俺は少し黙ってから、演算剣カウトリアを見せつけた。
「…………これは俺が元々所持していた聖剣だ。俺の大切な相棒。名はカウトリア。そして演算の魔王はもういない」
「――――そうか」
あれだけ俺のことを「好き好き大好き」と言っていた演算の魔王の姿が無く、俺が聖遺物を取り返した。その二つを結びつけると、結末の想像は容易だ。優しい俺の仲間達は事情を察し、口を閉ざしてくれた。
とりあえず全員疲れてくたくただったので、最寄りの街に行くことにした。――――空を飛んでだ。フェトラスにしがみついてとかではなく、全員がバラバラに空を舞った。
「わぁ。イリルディッヒさんに乗った時と全然違います。快適というか……シンプルに気持ちいいですね!」
シリックは余裕の表情で微笑みを浮かべており、そよ風で乱された髪をそっと手で直していた。時々両手を広げてクルクルと回転してみせたりして、楽しそうだ。片方の手には折れた追跡槍ミトナスが握りしめられている。
「あははっ! すごーい! 空と大地が交互に見える!」
「――――いや、快適なのは間違いないが、恐怖はないのか? 私だけか? こんな速度で人は飛んで大丈夫なのか?」
ザークレーの顔は引きつっていた。そりゃそうだ。なにせ弓矢よりも速く雲の上を飛んでいるのだから、普通に怖いだろう。
「――――今更フェトラスを疑うわけではないが、魔法がいきなり切れたら我々は墜落死するんだぞ……」
「俺も初めて飛んだ時はそんなこと考えてたなぁ。でも大丈夫だよ。安心しろ」
「――――それにしても高い。高すぎる。いくら人目を避けるとはいえ、あんまりだ。ううう」
「そ、そんなに怖いなら目でも閉じてろよ……」
そんな言葉を投げかけつつ。
怯えるザークレーには悪いが、シリックの言う通りすごく快適だ。フェトラスがいれば世界一周もあっという間にこなせるだろう。
その分だけ俺の仕事も捗るってわけだ。もしも神様から緊急の指令とかが届いたりしたら、頼らせてもらうことにしよう。
(つーか、あいつらちゃんと【神理】案件のこと報告してくれんのかな……治安のためー、とか言ってたけど、あいつらの狙いはこの星のリセットだしなぁ)
……まぁ、いいか。とりあえずどうしようもない。
ちらりとカルンの方を見ると、彼はずっとフェトラスの顔を見つめていた。両手をほほに当てて、寝っ転がるようなポーズでガン見している。
「うふふ。フェトラス様は空中において益々お美しさが映えていらっしゃる。この光景を永遠に切り取っていられたらどんなに素敵だろうか。うふふ。僥倖」
言動が気持ち悪い。しかし心底幸せそうだ。
どんなタイミングでロキアスに狙われている事を教えてやろうかな。
そんなこんなで街にたどり着いて宿屋で休むことになった。
フェトラスが「お父さんとも離れたくないし、シリックさんとも離れたくない。なので、三人で一緒に寝ましょう」と爽やかな笑顔で言い切った。その時のザークレーの顔を、俺は一生忘れることが出来そうにない。
ちなみにカルンは野宿である。
そして――――暴飲、暴食。
まだ夕方だったが、こちとら飢えている。ロキアスパン一個半じゃ全然足りないのだ。だからありったけ食いまくった。俺も、フェトラスも、シリックも、ザークレーも。何故なら今日は記念日だからだ。なんの記念日かは銘打ってないが、とにかくめでたいのだ。
なんのわだかまりも無く、ただ幸せな気持ちで食事を摂れる最高の時間だった。
しかしまぁ世界は滅びに向かっている。
その第一波はすぐに訪れた。
俺達が食事をしていると、外から咆吼が聞こえてきたのである。
「ルゥールルルーッッ!」
それは魔獣イリルディッヒの、決死の咆吼だった。
「…………あいつ今まで何してたんだろうな」
「えっと魔獣さん?」
「……まぁ、想像は付きますね。それなりに行動を共にしてきたので」
「――――フェトラスの波動とやらを追って来たのか?」
イリルディッヒの咆吼は続く。食事屋にいた全員が震え上がり、何だ何だと大騒ぎを始めた。この街はほどよく小さい。なので駐在している騎士もいるんだかいないんだか。
俺はやれやれと頭をかきながら、ついでにパンをかじりながら外に出た。
イリルディッヒはとある民家の屋根を押し潰す勢いで陣取っており、その目には強烈な覚悟が含まれていた。
「ようイリルディッヒ。しばらくぶりだな。今まで何してたんだ?」
《ロイルか……その様子だと、フェトラスは中に?》
「まぁな。祝勝会だよ。ところでどうした? 妙に元気いっぱいだが」
《…………もう一度問う。フェトラスは、中にいるのだな》
「いるよ。まぁちょっと見た目が変わったけど。中身はあんまり変わってないから平気だ」
《ほざけ。この筆舌しがたい波動……銀眼としてフェトラスは成熟しすぎた。最早一刻も放置することは叶わぬ。今ここに、歴史上最大の決戦を始める》
「…………なんか凄く大事のように聞こえるが。っていうかマジで今まで何をしてたんだ? 急にいなくなったから心配したぞ」
《黙れ。貴様とは会話する価値がない。あの時の選択を我は悔いる。よもやここまで常軌を逸するとは思ってもみなかった……やはり魔王は、即座に殺すべき存在だ》
「…………そっか」
イリルディッヒは死ぬ程真面目に、世界の敵である殺戮の精霊・銀眼の魔王フェトラスの始末を付けに来たようだった。
どうしよう。
なんか、イリルディッヒが真面目であればあるほど、可哀相に思えてくる。
「…………えっと、ここじゃ周囲の人に迷惑がかかるから、その、どっか違う場所に移さないか?」
《くだらぬ。我が意をいざや刮目して見よ! ここに殲滅戦を開始する! 巻き込まれた者は己の不運を呪うがいい!》
それは無差別に攻撃するという宣言だった。
まずいな。見ず知らずの人間を助ける程の能力を俺は持ってない。
……とまぁ、そんな事を考えたけど杞憂だった。
俺の真横では既にフェトラスが(パンをもぐもぐしながら)立っていたからだ。
「わぁ。大きい。馬……鳥? 不思議な身体つき……」
《……!?》
「こんにちは。えっと、イリル、イッヒさん?」
《…………!?》
「……な、なにかな。もの凄い顔でこっち見てる気がするんだけど」
《ル…………ルァァァァァァ!!》
狂乱の顔でイリルディッヒがこちらに突っ込んで来る! どうしよう! 別に殺したいわけじゃないけど、あそこまで強い敵意をもたれると、生半可な攻撃じゃ意味が無い!
っていうかしまった。まだ不慣れだから『観察眼』のほとんどをオフにしていた。「思考」するだけならいくらでも時間が取れるが、「操作」をする事は出来ない。
やむを得ん。ちょっと斬るぜイリルディッヒ!
「魔獣さんって初めて見たかも。【壊天】」
《ルァァァァァッ!?》
「あ、違うや。覚えてないだけで初めましてじゃなかったか。【寒獄】」
まずイリルディッヒがいきなり地面に突っ込んで周囲を転がった。かと思ったら、氷で出来た檻のようなものに閉じ込められた。
イリルディッヒ先生の冒険はここで終わってしまった。
「……躊躇ねーなぁ」
「ボンヤリしてるとお父さん怪我しそうだったし。でもすごいね。ただの生き物がこんなに強くなれるなんて」
「いや、お前何もされてないからな?」
「そんなことないよ? 結構魔力込めたし」
フェトラスとそんなのんきな会話をしつつ、ちょっと『操作』。
あー。なるほど。やっぱりか。
「ここから先は俺の番だな」
「え? なんのこと?」
俺は瞬時にカウトリアを抜いた。『観察眼』による警告がいたる方向に浮かんでいたからだ。
……っていうかこれ見えない部分というか、視界の外の情報も拾ってるじゃねーか。『神眼』と呼んでも差し支えないのでは? 改名してやろうか。
ま、いいや。
とりあえず一人目。食事屋の屋根からこちらに向かって飛びかかってきた英雄を実際に視認。
そいつ自身の強さ。タイプ。
そして所持している『聖遺物の情報』まで見て取れた。
は。そこまで見えるのかよ。
(マジかよ……この眼、カウトリアと相性が良すぎるな)
なにせある程度とはいえ『どんな攻撃をしてくるのか』が事前に分かるのだ。そして『どう対処するか考える時間が山ほどあって、とても素早く動ける』のだ。はっきり言ってエゲつない。
この世界で俺だけが加速している。英雄は空中で停止したかのような有様だ。
その姿は間抜けというよりは、まるで赤ん坊のよう。無防備にしか見えない。
(いかん。マジで便利すぎる。人間が持って良い力じゃない)
これに頼りっぱなしだと、たぶんロクなことにならない。まず死生観が狂う。「負ける要素が無い」とか言って、魔王とタイマン張ってもおかしくない。
そして、たぶん普通に勝つ。
そんなもんだから、きっと調子に乗って驕り高ぶるんだろうな。いつか「単騎狩りとか余裕だったぞ」とか言い出すぞ俺。
(――――そんである日、広範囲攻撃食らって死ぬんだろうな)
自分に与えられたモノの大きさにちょっとビビったが、俺は「と、とりあえず調子に乗らないように気を付けなければ」と気持ちを改めて、さっきから空中に浮かびっぱなしの英雄に意識を戻した。
(英雄の方はそこそこ強い奴みたいだな。戦士系。そして手にした斧は……適合系聖遺物。銀の壁を作る斧……?)
操作したらもっと詳しい情報が出るのかもしれない。あ、でもその辺は読めない文字で書かれてるのか。まぁいいや。ある程度分かるだけでもこの眼は強すぎる。
(攻撃用とみせかけて封印とか防御系の聖遺物ってところかな)
そんなアタリを付けた俺は、時間停止もどきを発動させた。
一撃目は斧と打ち合わせ、弾き飛ばす。そして二発目は蹴り。空中で身体を捻って、空から降ってきた男を遠くに蹴り飛ばす。斧はフェトラスの近くに置いておこう。
「わっ、人だ。びっくりした」
フェトラスが緊張感の無い声でそう呟く。
俺はそれに返事をすることなく、次の行動に移った。
(お次は右手の草むら……いや、あの建物にいるヤツが遠距離攻撃してくるか。ちょっと強い。暗殺者系。代償系じゃねぇか。ヤバいな。闇と混ざる短剣? あー。少しニュアンスが違うけど、無限に投げられる短剣みたいなノリかな。こりゃ面倒臭い。距離があるから俺じゃ無理だ)
「フェトラス。あの建物、ナイフ投げがいる」
「はーい。【反刀】」
(んでこっちの草むらと。あんまり強くないな。騎士系。適合系聖遺物。……長さが変わる槍? なんだその便利だけど使い道が無さそうな槍。……ああ、さっきのナイフ投げのための陽動か。そんな役割のために武器を手に取ったのか……お疲れ様です)
伸びるとか短くなるとかどうでもいい。一瞬で距離を詰めて、槍を弾き飛ばす。空中でキャッチした俺は、それを速攻でフェトラスの方に転がした。そして呆然とする女性と目が合う。
「……え、えっと」
「ここは危ないから、早く逃げた方がいいぜ?」
「……はい」
そう答えて、その実力は乏しいが勇敢だった女性はピューと逃げていった。うむ、強い気持ちで生きて欲しい。
(それからそれから?)
そんな調子で、俺は次々と襲いかかる英雄達を、大人げなく制圧していった。
四人目。
五人目と六人目は同時に。
七人目は、苦笑いしながら堂々と俺の前に立ち塞がった。
この場にいる中でも最強の人間だろう。(装備している鎧は、滅多に見られない上級王国騎士の正装だ。相当に強い……魔王の相性によっちゃ、それこそ単騎狩り出来るかもしれない。騎士系。消費系聖遺物。超スピードで剣を走らせるタイプと思われる。単純な剣技じゃ勝ち目は無い。時間停止もどきするかぁ)
その若いくせに上級な騎士は、すんなりと両手を挙げて見せた。
「…………えぇっと。どうやら勝ち目は無い?」
「無いな。イリルディッヒから何を聞いたかは知らんが、まぁ大体想像はつく。いつもお仕事お疲れ様です」
「…………おかしいな。とてつもなく強い銀眼が出たという情報を信じてここに来たんだけど、まさか君のことじゃないよね」
「え。俺が魔王に見える?」
「見えないね。ただ、人間にも見えないような気がする」
「……それは、まぁ、ちょっと置いておいて。お前はどうやら話しが通じそうだな。というわけで、先にあの樹の上にいる八人目をちょっとシバいて来てもいいか?」
「……ドウゾ」
「まぁそう言いながら、その更に上にもう一人いるようだが。フェトラス。あの樹、丸ごとどうにかしてくれ」
「はいはーい。えっとぉ、んー…………ねー! 面倒臭いから、諦めてくれませんかー?」
呪文を唱えるまでも無かった。
「なんかもう、丸ごと燃やした方が早いかな、とか考えちゃってるんですけどー! でもそれだと樹が可哀相だからー!」
両手を口の前に沿えて、元気いっぱいそう叫ぶ。そんなフェトラスの言葉が響いた後、ゆっくりと人影が二つ現れた。
どうやら九人目は未だ敵意がビンビンらしいので、秒で駆け抜けてカウトリアを突きつけた。
「へぇ。アクセサリータイプの聖遺物ってのは珍しいな。指輪か」
「なっ」
「指を切り落とすのは本意じゃない。後で返してあげるから、さっさと外して寄越しなさい」
「なっ……なっ……」
「……パドゥス君。一旦諦めよう。どうやらこの化け物達は会話をご所望だ」
上級騎士がそう声をかけると、パなんとか君は死ぬ程悔しそうに指輪を渡してきた。
俺はそれを一応丁寧に受け取って、その指輪に向けて頭を下げた。
「ちょっとだけ大人しくしてくれよな」
反応は無い。だけどまぁ、伝わりはしているのだろう。そして俺のそんな様子を見たパ君が震える声で尋ねてきた。
「……ほ、本当に返してくれるんですか」
「当たり前だろ。俺の相棒はこいつで十分だ」
聖剣でもあるカウトリアを見せつける。あ、やべ。カウトリアを人に向けてしまったぞ。まぁいいか。今更誰に怒られるわけでもない。
俺はそんな内心を誤魔化しながら、トコトコと上級騎士の元に戻った。
ついでに言うと、イリルディッヒが非常にやかましく吼え続けている。まるで狂ったようだ。
延々と、
《ロイル、ロイルゥゥゥ! フェトラスゥァァァ! 貴様らァァァァ!》
と俺達に関しておかんむりのようだった。
まぁ気持ちは分かる。うん。
わざわざかき集めた戦闘集団を完封されたら、そりゃイラつくだろう。
「えーと。そこの上級騎士君。お名前なんていうの?」
「……グランツです。グランツ・アースレイ」
アースレイ。それはシリックの実家にある自警団のガッドル団長の苗字と同じくするもの。その家名はこの世界でも超武闘派の証でもある。
「やべぇ。アースレイの家名で、英雄? しかもその若さで上級騎士ってすごいな」
素直に感心を示したのだが、上級騎士のグランツ君は顔面を引きつらせて「嫌味にしか聞こえません」と言った。
「えーと、それでグランツ君。一応確認するが、そこのイリルディッヒに何て言われて来たんだ?」
「……世界でも最悪の部類に入る銀眼が現れた、と」
「それを信じた根拠は?」
「…………数名の騎士が、世界が滅ぶという……神託とでも呼べばいいのでしょうか。とにかくそれを受け取っておりまして。それに真偽はともかく、魔獣が我々人間に頭を下げて『力を貸してくれ』なんて言ってくるものですから」
「なるほど」
イリルディッヒめ。あいつ、俺が演算の魔王を嫁に~どうこうの話しをした時、もうこの絵図を書いていたんだろうな。つまり英雄と協力した上での銀眼討伐だ。俺との相談で情報を集めて、そんで適当な理由をブッこいて離脱したって感じだったのだろう。決して俺が怖かったわけじゃないはずだ。生理的に無理とか思われてないはずだ。きっと。
ふと気になって、俺が倒したり、聖遺物を没収した面々を改めて見つめてみる。なるほど。この中にも管理者がいるな。
「へい、そこの片手剣を使ってた君。そう君だ。もう禁忌は無いらしいんで率直に聞くけど、どんな神託だったんだ?」
「!?」
その表情に浮かんだのは動揺。上級騎士君は「……何の話しですか?」と首をかしげていたが、片手剣使いは膝を折った。
「本当に……本当に、もう禁忌は無いのか? あれから神は何も答えてはくれなくなった……禁忌の警告すら飛んでこない。なのに、発狂した者が数名いるんだ」
「……ああ。怖くて確認出来なかったのか。いいぜ、俺が代わりに口にしてやろう。といっても神様的なアレは流石にダメだから……いや待て。やっぱこれ禁忌復活してね? だー。面倒くさいな。数字があるから余計にややこしい……」
「な、何を言っているんだ?」
「あ。すまんすまん。大丈夫。別に魔王崇拝者とかじゃないから。というわけでそこの君。大変申し訳ないけど、ちょっと軽く禁忌に触れてみてくれないか?」
「な……なんで俺が……」
「頼むよ。割と重要なことなんだ」
「…………先だっての神託では、その……この名を口にしていいのかどうかは分からないが……ええい、ロキアスと名乗る者から少しだけ説明があった」
旧時代の月眼の名だ。完全にアウトと言えるだろう。観察眼で数字が変化するかを見定める。――――数字は変化しなかった。
なるほど。どうやら禁忌システムは本当に停止しているらしい。まぁそりゃそうだな。神様達の狙いの一つとして「人類が自滅する」――技術を発展させて自爆したり、治安が乱れて荒廃したり――というものがあるので、わざわざ禁忌を咎めたりしないだろう。
ついでに言うと【神理】関係のシステムは生きている。これは間違いない。こっちは割と絶対的なものなので、俺達の根本に植え付けられている仕組みだからだ。
っていうかどんな神託を下したんだろう。モノによっちゃドストレートに【神理】案件で、全員もれなく発狂してると思うのだが……。
だがどんなに周囲を見渡しても、頭がおかしいご様子の人はいなかった。
それに、片手剣の彼が保有している【神理】ポイントは少ないと思う。何点でアウトなのかは知らんが……もしかしたら一点でもアウトなのかもしれないが……とにかく平静を保っているのは間違いない。
であれば――――これは上手く使えるかもしれない。
この世界を延命させる方法。……ちょっとプランを煮詰めないといけないな。一旦保留にしておこう。
とりあえず俺は嘘をつくことにした。
「やばい。やばいぞ。警告が飛んでこないだけで、相変わらず禁忌が発生してる。すまん。許してくれ」
「ちょ!」
「あー! 大丈夫だいじょうぶ! マジでちょっとだけだったから! ご協力感謝!」
「あ、あんたソレが見えるのか!?」
「聞かない方が身のためだー!」
全力で話しを打ち切って、俺は上級騎士君の方に向き直った。
「失礼。どうやら急がないといけないらしい。どんな風に影響が出るかは分からんが、この世界は割とマジで滅亡の危機にさらされている」
「…………これは一体何なんでしょう。私達は最悪の銀眼を討伐するために集まった。イリルディッヒ殿から様々な教えを受けて、慌ただしくもあるが作戦を立て、そしてここまでやってきた。なのに私達は、結局魔王に指一本触れるどころか、謎の男に一蹴されてしまったわけだが。魔王を護る人間……そんな者に、世界滅亡の危機を訴えられても」
至極ごもっともな困惑だった。だが事情を説明出来るとは思えない。
しかしそれにしても。
《グアアアアア! 離せぇぇぇ! このような屈辱、死んでも許さぬぞロイルゥゥ!》
流石にアレうるせぇな。
「フェトラスー。おいでー」
「なになにー」
「ちょーっとあの魔獣さんがうるさいから、黙らせる手伝いをしてほしい」
「ああ、良かった。――――少し耳障りだったの」
「はーい、銀眼出そうな雰囲気を発するのやめてくださいねー」
フェトラスと手をつないで、イリルディッヒに近づく。その間に一人の英雄がこちらに殺意めいたものをぶつけてきたので、俺は急にそっちの方に向き直った。
「妙な真似すると、足を切り落とすぞ」
そう忠告するとそいつは「……やってらんねぇな」と呟いて、地面に腰を降ろした。そして遠くの夕日を見つめ始める。うんうん。綺麗だよね夕日。
さて。イリルディッヒ先生。
もの凄く鼻息を荒くして、俺とフェトラスを睨んでいる。憎悪の塊だ。こいつは家族を魔王に皆殺しにされたから、その気持ちも分からなくは無いが……。
俺達の間に言葉は無かった。
俺はフェトラスを少しだけしゃがませて、地べたに這いつくばっているイリルディッヒと視線を交差させた。そして彼女を後ろからそっと抱きしめる。
「フェトラス、自己紹介してやってくれ。こいつは冷静だと割と話しが通じるヤツだから」
「自己紹介……んん……」
くい、とフェトラスが俺の胸に体重を預けてくる。そして彼女は小さなため息をついて、それから瞳を開いた。
[こんにちは]
結論から言うと、イリルディッヒは泣いた。