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我が愛しき娘、魔王  作者: 雪峰
最終章 月の輝きが照らすモノ
202/286

5-29 楽園ではなく我が家に。




〈Ω・ロイル専用の管理者職をいまからデッチ上げるので、少しの間待っていろ〉


 オメガさんの言葉は、神としてのソレではなく、オメガさんの言葉だった。それをフェトラスも感じ取ったのだろう。彼女は少し照れながら呟いた。


[お腹すいたなぁ……]


 効果音は「チラッ、チラッ」ではなくガン見の「じーーー」だ。


〈Ω・…………。〉


 オメガさんは少し沈黙を示した。


 やがて〈……よし、交渉成立〉と呟いてみせる。


 それとほぼ同時、ロキアスの楽園の扉がバーーン! と開かれて、複数のパンがこちら側へと雑に投げ込まれた。


[パンだ!]


「え。いや、今の」


 ダーン! と扉が勢いよく、そして不機嫌そうに閉まる。


 フェトラスはウキウキでパンを拾っていたが、俺は怖くなってオメガさんに問いかけた。


「い、今のって……」


〈Ω・ロキアスにパンをくれと交渉してみた。ヴァウエッドよりは話しが早いし、あいつはあいつで色々な食事を観察して(食べて)いるから、一番頼みやすい〉


「……あいつ、なんか怒ってなかったか?」


〈Ω・それは怒るだろう。愛する観察行為の邪魔されたのだから〉


 えぇ~……。『怒りを覚えた月眼』というのは、もっと世界の危機レベルでヤバイ部類の話だと思うんだが。


「う、恨みとか買ってないよな?」


〈Ω・さてな。パンを投げ寄越したということは、そういうことだろう〉


 こ、怖ぇ。


 ……あいつは演算の魔王を十三番目に推していた。だから彼女の願いを断ち切った俺という存在は、ちょっと気に入らないモノなのかもしれない。「腹が減ったぐらいで僕を煩わせるな!」という怒りが、扉の閉めっぷりから伝わってくる。


 パンが五個という二人で割り切れない数字なのも、少しだけ意趣返しが含まれているような気がした。


〈Ω・では作業に入る。しばらく応答出来かねるので、一時はゆるりと過ごすといい〉


「あ、よろしく……お願いします」


 わざわざ骨を折ってくれるという神に敬意を表する。彼はそれに返事をすることもなく、スッとその気配を消していった。


 深い感謝を一秒。そしてその半分ぐらいの時間で気持ちを切り替える。


「よし。パンを食おう」


 マジで腹ペコだったので、床に落ちたパンを拾い上げてすぐさま口に運ぶ。ちなみに床は傷一つなく、たいへん綺麗なので問題無い。というか元傭兵の俺にとっちゃ拾い食いなんて今更意識するような事じゃないのだ。


 表面がカリっとしていて、軽いパンだ。独特なカーブを描いた形ではあるが、とても美味しそうな色合いをしていた。


「どれどれ。……うっま!?」


 美味い。感動的だ。これはうまいぞ。思わずフェトラスを見ると、彼女も目を輝かせていた。


[なにこれなにこれ。ロキアスさんやばい。なにこれ。パンの中にたくさんの層がある。バターすごい。ふっくらしてる。作りたて? なにこれ。お父さん、これ後で再現して]


「出来るかこんなもん。プロの仕事じゃん。なぁサラクル。このパンって、なんてパンなんだ?」


「……クロワッサン、でしょうか。おそらく」


「クロワッサン。レシピとかあるか?」


「えぇ……? 存じ上げません……。あ、ヴァウエッド様ならたぶん」


「パンのレシピのために命を賭けてたまるか!」


 あー美味ぇ。投げ入れられたパンは五個。そして俺が二個目に手を伸ばすのと、フェトラスが三つ目を食い終わるのはほぼ同時だった。速すぎる。


 そしてこともあろうに、彼女の視線は俺が手に取ったパンにロックオンされていた。


[じー]


「……お前三個食ったじゃん」


[そうだね。じーー]


「やだこの子……圧がエグい……」


 まぁいいや。俺はパンを半分千切って、フェトラスに渡してやった。


[えっ、いいの? えへへへ。ありがとうお父さん]


「まぁ俺よりお前が頑張ったしな」


[そんなことないよ。それよりこのパンすごーい。美味しいー]


 満足そうだ。半分になったパンはじっくりと味わう事に決めたのか、モキュモキュとずっと噛んでいた。幸せそうで大変結構。


「さて」


 辺りを見渡してみる。


 管理精霊サラクルがいて。天上には神々がいて。扉の向こうには月眼達がいる。


 月眼の間。


 恐ろしい場所だった。二度と来たくない。いや、俺がジイさまになったらまた来るのか。


 ……果たして老人になった俺は、フェトラスとどんな風に暮らせばいいのだろうか。話して遊んで飯食って? うーん。全然イメージ出来ない。



 セラクタルは滅ぶ。人類の自滅か、魔の者による殲滅か、あるいは神の裁きか。いずれにせよそれは避けられない運命なのだろう。人間がいつか必ず死ぬのと同じだ。生あるモノは、必ず死ぬ。


 そして、まっさらになった大地を神々が再生させる。こうして歴史は繰り返すわけだ。再び月眼を収穫するために、殺戮が繰り返される。


 このシステムを止めることは無理だろう。


 そもそも止めることに意義が見いだせない。


 魔王が人間に殺される。たくさんの悲劇が起こる。では、人間なんて最初から産まれなければいいとでも言うのだろうか。いずれ滅びることが確定しているのならば、そのまま死ねと? あの星は神々が管理することによって繁栄している。その果てにある再生は、繰り返すことは、悪いことなのだろうか? 不毛だと抗議するべきなのだろうか?


 少なくとも俺はそれに関して言及出来る立場じゃない。何故なら俺だってそうやって創られたのだから。


(再生の方法とか、なんでそんなこと出来るのかとか、色々聞いてみたいことはあるけど……これ以上【神理】を重ねるのもなぁ)


 余計にオメガさんが苦労しそうだ。そもそも説明を受けてもたぶん理解出来ないと思う。きっとカミノが有していた技術? みたいなのと、大魔王テグアのスーパーな魔法の合わせ技なんだろう。


 よし、納得完了。



 それとなくヒマになったので、俺は管理精霊サラクルにどんな月眼がいるのか尋ねたりして時間を潰した。


 だいたい身も蓋もない解説だったけど、なんとなく色々な愛があるんだなぁ、と俺は思ったりした。遭遇したら八割ぐらいの可能性で即死するらしいので、俺が他の月眼と会うことは無いだろう。



「時にフェトラス」


[なーに?]


「セラクタルに戻ったらどうする?」


 俺がそう尋ねると、彼女はパッと表情を明るくした。


[やりたい事がいっぱいあるんだ]


「いいね。聞かせてくれよ」


[まずシリックさんに超甘える。三日三晩は一緒に過ごすの]


(……そう言う割には普通にブッ飛ばしてたよな。ミトナスとか真っ二つだったぞ)


 そんな容赦の無い突っ込みを入れそうになったが自重する。あの時のフェトラスはいっぱいいっぱい・・・・・・・・だったのだ。一緒に謝って許してもらおう。


[その次はザークレーさん。お絵かきしたり、心配かけたことを謝ったり]


「そうだな。まず謝ろうな。心配かけてごめんなさい、って」


 多分あいつはブッ飛ばされた事を恨んだりはしないだろう。あいつはそういうヤツだ。


[そんでカルンさんには、色々聞きたいことがあるかなぁ。あれからどうしてたのかとか]


「うん。色々と話してやってくれ。あいつお前のことが大好きみたいだから」


[ほんとう? カルンさん、怒ったり怖がったりしてなかった?]


「全然。あいつは相変わらず、お前が知ってるカルンそのものだよ」


[そっか。……そっかぁ]


 ニヨニヨと、もじもじしながら微笑むフェトラス。良かったなカルン。喜びのあまり死ぬなよ。


[それでカフィオ村に戻って――――それから――――セストラーデでティリファさんとも会って――――]


 彼女は自分の軌跡を振り返る。自分がかつて訪れた場所を一つ一つ挙げて、誰に会いたいと呟いて、美味しかった物もついでに列挙していく。


 楽しそうで、幸せそうな顔だった。


[でも、急に大きくなってビックリするだろうなぁ]


「度肝を抜かすだろうな。というよりも、お前の体格どうこうじゃなくてその月眼が一番アウトだろ。お前には悪いけど、バリンじいさんとか普通にショック死するかもしれん。……普通の眼に戻すことって出来るのか?」


[むむ? どうだろう。別に意識して維持してるわけじゃないんだけど……]


 そう言いながらフェトラスは[うーん]とうなり続けた。そしてその瞳の輝きが曇ることはない。


 それから彼女は意色々なうめき声を上げていたが、結果として月が欠けることはなかった。


[戻らないなぁ。さっきまではちょいちょい戻せたのに。なんでだろ。……あの虚空でお父さんへの愛がまたレベルアップしちゃったかな?]


 たはは、と苦笑いを浮かべるフェトラス。それを見て俺はとある事に気がついた。


「お前……もしかして、演技・・してるのか?」


[――――。]


 返事は無かった。でもその表情を見て、俺の考えが正しいことを知る。


 月眼フェトラス。出会った時の彼女は、冷徹な印象を振りまいていた。間違っても「たはは」と苦笑いを浮かべるようなキャラクターではない。言葉遣い、思考形態、反応速度、身体の挙動、魔法詠唱の速さ。どれをとっても化け物じみてた。


 だけど今、フェトラスは俺に気を遣って、身体が小さかった時の言動を再現しているようだった。きっと「わたしは身体が大きくなったけど、中身はあんまり変わってないから安心してよねお父さん!」ということを表現したいのだろう。


 ……身体がデカくなってたことを、思いっきり叱ったしな。


「気を遣わせて悪いな。ありがとよ」


[……別に全部が演技ってわけじゃないけどね]


「別にそこまで疑ってねぇよ。ただ、無理しなくても大丈夫だからな」


[ぜんぜん無理してないよ。お父さんと一緒にいられるの、嬉しいし]


「可愛いやつめ。俺もお前といつも通りでいられて嬉しいよ」


 気持ちは隠さない。悪口や悪意などではなく、素敵な言葉はガンガン伝えていこう。それだけで幸福が増していくのだから、コスパ最強じゃないか。


 ただ例の言葉だけは……あれは決め台詞というか「ごほうびとっておき」みたいなもんだから、あんまり連発はしてやらない。大事な言葉は、大事な時に使うべきだ。


 さて、その辺はともかく。


 愛の結晶とも言える月眼。……だったら、俺のことが嫌いになったら鎮まるのだろうか。えぇ~? 試したくねぇなぁ。でもやるしかねぇのかなぁ。


「おい、腹ペコ魔王」


[えっ。き、急になに?]


「ごめんなんでもない」


[!?]


 なんで悪口言われたの!? とショックを受けた様子のフェトラス。愛らしい反応である。


「いやマジでごめん。俺のこと嫌いになったら月眼が引っ込むかな、って」


[あ、ああ……なるほど……。びっくりしたぁ。さっきパンを多めに食べたことがそんなにイヤだったのかと……]


「お前と一緒にすんな腹ペコ娘」


[むー! お腹空いてないもん!]


「……パンたくさん食べたもんな」


[悪口言うのやめて! かなしい!]


 大人な見た目で、子供っぽい振る舞いを示すフェトラス。俺は謝りながら彼女の頭をなでた。


「すまんすまん。しかし戻し方が分からない、つまりコントロールが効かないっていうのは困ったな。後々の話だが、隠して生活してても、人前でうっかり月眼になったらその時点で普通の生活が送れなくなる」


 例えばマーディアさんと料理を作ってて「コレお父さんが好きそうな味付け!」と笑って月眼になったら、たぶんムムゥが命を賭して襲いかかってくる。


「コントロールの方法をオメガさんに聞こうにも今は忙しそうだし、ロキアスは論外だろ……なぁサラクル。なにか知恵は無いか?」


 そう尋ねると、彼女はほとほと困り果てた様子で苦笑いを浮かべた。


「ここに収められた月眼の方々は、その輝きを曇らせることがございませんので……残念ながら……」


「むぅ。まぁいいか。後でオメガさんに聞けばいいだけだしな。それにいざとなったら方法はいくらでもあるし」


[例えば?]


「普通に目隠しとかだな。帽子を深くかぶったり」


[景色が見られないのヤだな……お話しする時に顔が見えないのもちょっと]


「だったら鎮めるしか無いわけだが。やっぱり俺のこと少し嫌いになってみるか?」


[悪口言われると悲しくなるけど、嫌いにはなれないよ。悲しいけど。すごくイヤだけど]


「もう言わないから安心しろよ。......それはさておき、セラクタルに戻ったら懐かしのモンスター肉を振る舞ってやろう。俺達の原点だぞ。唐揚げはお預けだ」


[色々言いたいことはあるけど、とりあえずご飯をネタにすればどうにかなるって思われてる事に少し衝撃を受けました]


 ツーンとした表情でそっぽを向くフェトラス。ダメか。


「あとは……もういっそ、お前の魔法とかでどうだ? 偽装出来ないか?」


[偽装かぁ。……考え方の方向としては、偽装っていうよりも相手の視覚を攪乱かくらんさせる事になるのかな。でも、月の色を別の色に変換させるっていうピンポイントさが難しい気がする]


 なにやら複雑そうな物言いをするフェトラス。そんなに難しいか?


「自分の眼の色を変える、っていう方が簡単そうだが」


[それだと自分の『月』を否定することになるから、ちょっと影響が怖い。お父さんのこと半分忘れちゃうかも]


「えぇ……? 魔法の根本が破壊に繋がるってことはもう理解しているけど、どうなんだそれ……お前、わりと何でも出来るじゃん……」


[アリを踏み潰すのは簡単だけど、傷つけないようにそっと持ち上げるのって難しいよね、みたいな]


 おぅ。なるほど。


「だとすると、銀眼はどうだろう。アレはアレで致命的だが、少なくとも腰を抜かすだけですむんじゃないか?」


[あれはちょっと攻撃的な気持ちというか、元気いっぱいな感じだし……今の私で銀眼になると、月眼よりも怖いんじゃないかな]


 なんてこった。る気まんまんに見えるのか。それはたしかに怖い。


「よし、やっぱり後でオメガさんに助けてもらおう。どうせ俺は神の手先とやらになる予定だし、あいつらも協力してくれるだろ」


[うん!]


 月色の瞳で俺を見つめてくるフェトラス。その美しさに見入った俺は『コントロールを覚えるのは急務だな』と思った。


 なぜなら、この輝きは俺だけのものだからだ。他の人には見せたくない。


 ……いや、みんなを愛してほしいっていうのは嘘じゃないけどね? それでもね? やっぱ俺が一番特別でいたいってワガママもあるんだよ。俺は聖人君子じゃないから。





 いよいよすることが無くなったので、俺とフェトラスは管理精霊サラクルから遊戯盤を借りて遊んでいた。


 遊ぶことが大好きな月眼が作ったボードゲームらしい。名を遊戯の魔王・パーティル。ルールが少し複雑だったが、二人で探り探り遊んでいる。


「これで俺の勝ち、と」


「なぁぁぁー! また負けたー!」


 本人には言わないでおくが、あれだけ「戻らない戻らない」と言っていたフェトラスの瞳は普通の黒色に戻っていた。ただコントロール方法が分からないのであまり意味はない。


「もう一回! もう一回! コツはつかんだ!」


「俺もコツをつかんだぞ。ククク……貴様はこの父を超えられるか」


「絶対負けないもん!」


〈Ω・待たせたな〉


「なぁぁぁぁぁ! オメガさん、あと十五分だけ待って!?」


 おいあんま無茶苦茶言うな。


「はいはい。続きは帰ってからな」


「ぐぬぬぬ。あ、サラクルさん。これ……借りていっちゃダメ……だよね……?」


「……別に構いませんが、運が悪いとパーティル様に目を付けられることになりますよ?」


「後で似たようなの作ってやるから、今すぐ返せ!」

「返します!」


 管理精霊サラクルが口にした遊戯の魔王パーティルは、相手が衰弱死寸前になろうとも「もう一回しようよ!」とゲームに付き合わせる狂人らしい。絶対にお近づきになってはいけない。


〈Ω・あの、そろそろいいだろうか〉


「ああ。わざわざ俺のために動いててくれたのに、遊んでて悪かったよ」


〈Ω・構わぬ。勝手にリソースをいじれるのは滅多にないことなので、私としても有意義だった。まぁ、代表者権限は剥奪されてしまったが〉


「え。それって大丈夫なのか?」


〈Ω・通常モードに戻ったにすぎない〉


「そうか……まぁ、とにかく色々とありがとう」


〈Ω・では最後の仕上げといこう。今からお前を改造する〉


「改っ……物騒な単語ですネ」


〈Ω・だが事実だ。それとフェトラスにも協力してもらうぞ〉


「わたし? 何をすればいいの?」


〈Ω・未だロイルはただの人間に過ぎない。あまりにも存在量が小規模で、システム的な補足が困難なのだよ。例えるなら浜辺の砂粒だ。なので、お前を通じてロイルにアクセスする〉


「そっか。もう一回聞くけど、何をすればいいの?」


〈Ω・特別難しいことではない。月眼状態にてロイルと接触……まぁ、普通に抱き合う程度でかまわん。それとロイルはカウトリアを発動しておけ。そうすれば同調出来るはずだ〉


「……あー。それは覚えがあるぞ」


 一番最初に月眼になった時。あの浜辺。俺達の意識は繋がりあって、相手の思考が読めたんだっけか。


「でもなんでカウトリアを?」


〈Ω・フェトラスのログを調べたが、彼女は演算剣カウトリアの干渉を受けていた。今はそれも途絶えてはいるようだが、経験としては残っている。なので乱暴な物言いにはなるが、カウトリアを通路代わりに使わせてもらうのだ〉


 ははぁ。なるほど。あの浜辺の時は月眼だから相手の心が読めたわけじゃなく、カウトリアを通じて俺達の意識が繋がっていたからだったのか。


(本当に、俺達が家族になれたのは何から何までカウトリアのおかげだな……)


 同調。意識が繋がる。相手の気持ちが読める。隠し事が一切出来ないあの状態。


「まぁ今さら照れるような間柄じゃないな。よし、来いフェトラス」


「はーい。って、あれ? 月眼状態? わたしいま、普通に戻ってるよね。いつの間に……」


「……オメガさーん。こいつに月眼のコントロール方法を教えてやってくれないか?」


〈Ω・えっ〉


 いや、えってなんだよ。えって。


〈Ω・……月眼の、コントロール? そんな方法が存在するのかと逆に問いたいのだが〉


「えっ」


〈Ω・というか、私が知りたいのはまさにソレだな。もしそんな方法があるのなら、テグア様に教えて差し上げたい〉


「マジかよ。お前等でも本当に分からないのか。どうしよう」


 フェトラスの顔を見ると、彼女はこてんと首をかしげた。とても不思議そうな顔をしている。


「とりあえず戻し方は分かんないけど、月眼にはすぐなれると思うよ」


「どうやって?」


「とりあえず、こうやって」


 えいっっとフェトラスが俺を抱きしめてくる。俺は自然にそれを抱きしめ返す。


(うーん。やっぱりデカくなったなぁ。でも、別に悪いことじゃないか)


 少しの戸惑い。だけどすぐにそれが消えて、娘の温かさを感じる。


 よしよし、と。軽く彼女の背中を叩いてみた。別に理由はない。


[……ほらね]


 耳元でフェトラスの声がする。彼女は少しだけ身体を離して、俺を見つめた。


[この通り、あっと言う間に月眼です]


「すげぇ。本当だ」


 やっぱ愛がどうのこうのって話だから、感情に由来するのかな。だとしたら鎮め方もそっちの線で考えた方が良さそうだ。


〈Ω・ああ、そのままでいい。ロイル、カウトリアを発動させろ〉


 言われるがままに、片手でフェトラスを抱きしめながら、もう片方の手でカウトリアの柄に触れる。俺とコイツの歴史を考えるに、触れるだけで発動したのは当然だろう。


〈Ω・では〉



 意識がブラックアウトした。







「…………はっ!?」


 今なにが起きた。気絶していた?


〈Ω・完了した〉


「か、完了って……なにがどう変わったのかも分からないんだが……」


〈Ω・まぁすぐに気づくし、すぐに慣れるだろう〉


「どういう……」


[お父さん、大丈夫?]


 反射的にフェトラスの方へ振り向く。すると。


「うおおおお!? なんだこれ!?」


 視界になんか見える。文字が浮かんでいる。


「なんだこれ! マジで何だコレとしか言いようがないぞ!?」


 俺の視界に浮かんでいるのは文字だった。



【月眼・フェトラス】 Type・Rainbow.


 見慣れない言葉と、数字がたくさん並んでいる。



 まるでガラスにたくさんの文字が書かれていて、ソレ越しにフェトラスを見ているような。


〈Ω・個体のステータス参照……ヴァベル語のちょっとした応用だな。相手の存在を見るだけで読み解く〉


「いやなんか怖いぞこれ。表だった所は別として、読めない文字が結構あるんだが」


〈Ω・それは我々が普段使用している文字だ。完全には翻訳表示が出来なかったので、自分で覚えてくれ。取り扱い説明書は無いが〉


「いや簡単に言ってくれるなよ……」


〈Ω・相手の戦闘能力や、魔力量。それと属性が表示されているはずだ。重要なのが存在量や禁忌、神理のスコアが数値として可視化されている点だな。これを目安に管理業を遂行してくれ〉


「神理のスコアどうこうはさておき……相手がどんな強さなのか、見て分かるっていうのか?」


〈Ω・ある程度の参考にはなる。だが魔法を使う者を相手取る場合は十分に気を付けろ。カウトリアがあるとしても、考え無しに突っ込めば返り討ちに遭うことになるやもしれん〉


「うえぇぇ……便利だけど……確かに便利なんだけど……なんか、視界がチラつく……」


〈Ω・日常生活においては危険度表示のみオンにしておいて、あとはオフにしておくといいだろう〉


「あ、文字を隠すことも出来るのか。良かった……こんなもん四六時中見えてたら、疲れちまう」


 軽く説明を受けて、ステータス? とやらを非表示にする。うーん。人間やめてしまった感が強い。


〈Ω・別にお前が強くなったわけではないので、そこは気を付けろ。ただ我々と似たような視点を得ただけだ〉


「そっか……まぁ、上手く使っていくよ」


〈Ω・失明したら大損だ。命の次にその目を大事にしてくれ〉


「命の次に大事なのはフェトラスだな。いや、フェトラスはそれ以上か。まぁいいや。とにかく大事にするよ」



 最初は驚いたが、慣れると確かに便利そうだった。


 新しいオモチャで遊ぶように、色々と視界の中身をイジってみる。


 ある程度質問を重ね、そして操作と表示に慣れてきたので俺は改めて頭を下げた。



「色々と世話になった。本当にありがとう」


〈Ω・よろしい。では、次に会うのは数十年後になるか。瞬きのように短い時間だろうが、悔いの無いように過ごしてほしい〉


「了解。まぁ管理者のお仕事も頑張るさ」


〈Ω・お前が死んだら、フェトラスが悲しむ。それだけは忘れないように〉


「当たり前だ」


〈Ω・…………そしてお前に、もしもの事態が起きた時は。その時は〉


 まるで祈るように言葉を切ったオメガ。その言葉に、フェトラスが頷いてみせる。


[分かってるよ。その時はオメガさんとの約束をちゃんと果たす。……絶対にする、っていう確約は相変わらずしてあげられないけど]


〈Ω・ああ、その時は――――頼む〉




 これにて契約は完了。


 俺達は、俺達の住むべき場所に帰る。


 いつか〈楽園〉に行くかもしれないけど、それまでは。





〈Ω・最後になるが、伝言を頼みたい〉


「……伝言? 誰にだ?」


〈Ω・カルン・アミナス・シュトラーグスに〉


「え。……な、なんで神様があいつに?」


〈Ω・端的に言えば、お前達にパンを与える条件として、カルンの身柄を・・・・・・・ロキアスに売った・・・・・・・・


「はい?」


〈Ω・カルンはとても貴重な存在だ。バグでありエラーであり、完全に想定外の産物である。はっきり言うが月眼よりも珍しい。そんな彼をロキアスが保護と観察したいそうなので、その旨を伝えておいてほしい〉


「ロキアスに売ったってなんだよ……あいつ、どんな目に合うんだよ……」


〈Ω・基本的にロキアスと行動を共にすることになるだろうな。それこそ永遠に〉


「永遠って、あいつも楽園行きってことか!?」


〈Ω・そういうことになる。『たまにはフェトラスとも会えることを報酬にするから、僕に付き合え』だそうだ〉


 何故だ。なぜカルンなのだ。どうしてアイツはそんなに月眼に気に入られてしまったんだ。かなり可哀相なんだが。


「……い、一応本人の意思を確認してからな?」


〈Ω・……ロキアスから逃げられるかなぁ…………〉


 すごく深いため息と共に独り言をつぶやいた神様。俺はそれを聞かなかったことにした。


「と、とりあえず了解した」


〈Ω・頼んだぞ。では――――帰るといい。君たちが望むセラクタルへ〉




 俺は神様から指令メッセージを受け取ることが可能になったらしいので、色々とやり取りが出来るそうだ。なので、今はとりあえず帰らせてもらうことにする。


 これからどんな風に生きていくのか。


 俺とフェトラスは探り探り、幸せを求めて生きていく。





 こうして俺達はセラクタルに戻ったのであった。








 ちょっと先に一つだけ言わせてほしいことがある。


 俺自身のステータス(?)とやらがどんなものか気になったので鏡を見てみたんだが。



 俺の種族が人間じゃなくて【天使】と表示されていたのは、かなりどうかと思った。



 いや、神の使いなんだから間違いじゃないんだろうけどさぁ……天使って……オメガさん……そりゃないだろ……。








ヴァベル語。


源泉由来の共通言語。


空を見れば、空という名を知る。



見れば分かる。――――では、その精度を上げると、どうなるのか。



それがロイルに与えられた特別な瞳。


観察眼であった。



(ロキアス監修)




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― 新着の感想 ―
[良い点] 天使になるとは…予想つかない落とし所だった… まぁ、いっか!
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