5-27 もしもし神様? 殺しますよ?
うちの激烈プリティーエンジェル魔王が「楽園はいらないです!」という事を改めて神様に伝えると、彼等は全員が黙り込んでいた。
困っている雰囲気が、ビシバシと伝わってくる。
なので俺はちょっと考えた後で、ピンと人差し指を立てた。
「ええと、アルファとオメガさんしか名前が分からないから、ってわけでもないんだが……その二人に質問がある」
〈……なんだ〉
〈聞こう。……ああ、個別に対話をするというのなら識別信号も送ってやろう〉
「しきべつしんごう?」
〈Ω・こういうことだ〉
〈α・……この機能を使うのは久しぶりだな〉
うわっ、なんだ今の。声色で誰が喋ってるのか明確に分かる。便利だな。
謎システムだが、助かる。これで他の神様が喋った時もいちいち「アンタだれ」って思わなくて済むわけだ。
「じゃあ早速質問を。アルファとしては、ジェファルード……カミノって名前だったか……の願いを叶えることが第一だったりするか?」
〈α・その通りだ。私はそのために稼働を続けている〉
「ではオメガさん。あんたはそれに関して否定的だよな? なぜだ?」
〈Ω・なぜ私だけさん付けなのだ?〉
(いやほら、それはアレですよ。個人的にあんたのノリが好きだからですよ)
だが他の神の手前、説明するのも微妙だろうな。俺は曖昧な笑顔だけ返した。
〈Ω・……まぁ、ロイルの言葉は正しい。私としては、もう十分だと考えている〉
「その心は?」
〈Ω・我らが命じられたのは、天外の狂気の抹殺だ。それに関しては異論は無いし、遂行する事こそが我らの使命であることは間違いない。だが、しかし、流石にもう十分であろう〉
〈B・オメガ。それは今、この場においては関係無いことだ。口を慎め〉
〈Ω・慎め? これはまたおかしなことを。否定することこそ、我が役目というのに〉
〈B・それは後々で良かろう。もう月眼は手の中にあるのだ。あとは器に入れるだけという段階なのに、なぜそれを投げ捨てるような真似をする〉
〈Ω・後で戻ってくるとフェトラスは言っているではないか。それを信じてやろうという気持ちはないのか?〉
〈F・不測の事態が起きた場合、どう責任を取るつもりだ〉
色々な神々の声が、次々とオメガさんを窘める。
そしてオメガさんは、俺に向けて言葉を発した。
〈Ω・とまぁ、このような流れになっておる。神速演算の使い手よ。君ならこの頭の固い旧式時代遅れ型パターン頑固者A.Iをどう説得するかね?〉
ふむ、と俺は顎に手を当てた。そして一秒で離した。
「管理を止めたからセラクタルが滅びに向かっていると言ったよな。だったらもう一度管理すればいいんじゃないか?」
〈C・不可能だ。既に全管理者に通達しておるし、その役目を解いている。一括解除だ。また個別に管理者に認定するには手間と時間がかかりすぎる〉
……もしかしてこいつらバカなんだろうか。
「手間と時間をかければ可能だと言っているに等しいぞ?」
もっとこう、上手い言い回しとかすればいいのに。そしたらこんな風に揚げ足を取られることもないのにな。そんな感想をわざわざ口にすることはなかったが、神々からは少しばかりの沈黙を返されてしまった。
〈E・……無益だ。不毛だ。そこまでする理由がない〉
「あんたら曰く、うちのフェトラスは月眼として中々優秀みたいだな。その月眼が楽園として、現在のセラクタルを望んだとしたら? あんたらはそれを用意するのが仕事だろう?」
〈α・我々の使命は、〉
「フェトラス。天外の狂気とやらが来たら、一緒にブッ飛ばしてやろうな」
[任せとけー!]
どや? と天井を見上げる。
「こちとら覚悟は決まってるんだよ。それとも何か? 今のセラクタルを楽園化するのは、天外の狂気と戦うよりも難しいことなのか?」
〈Ω・ふっ、フフフ……これが論破というやつか〉
やったぁ。オメガさんがお墨付きをくれたぞ。
俺が無邪気に喜ぶと、バチィ、と音がして『人間のカタチをした光』が目の前に現れた。
まぶしいわけではないのに、光そのもの。
ときどき雲に映る、巨大な人影のような錯覚。それが眼前に降臨している。
まさしく神。その姿には圧倒的な説得力があった。
〈α・我が名はアルファ。カミノ様のオーダーを絶対に遂行する者〉
「………………そうか。改めましてこんにちは。今までよく頑張ったな。きっとカミノさんも喜んでると思うぞ」
〈α・――――貴様如きがカミノ様を語るなぁッッ!〉
光の咆吼。だが、すまない。もう全然怖くないんだ。
「おや。お前等が頑張っても、カミノさんは喜ばないのか?」
〈α・むがっ、ぐっ……ぐ……ぐぅぅぅ……〉
瞬殺。――――なまじ理性的だからダメなのだ。神様っぽく振る舞いたいのなら、もっと傲慢でなければならない。
〈F・アルファ、何のためにわざわざ姿を投影したのだ?〉
〈α・人間とは神の意向にひれ伏す者。この姿をさらせば、いかな人間とて頭を垂れるのだ〉
〈Ω・そうは言うが、神速演算の使い手には効果が無いと思うぞ。事実、秒で隙を突かれているではないか〉
その通りだ。最初はちょっと驚いたし、圧倒的な存在に対する純粋な恐怖も生まれたが……すまない、その辺の情動は三秒前に終わらしてる。
俺が「へらっ」とした笑顔を見せると、舐められたと感じたのか、流石にアルファは少し怒ったようだ。光の密度が高まり、それはまるで爆発寸前のようなオーラを見せる。
するとフェトラスが一歩前に出た。
[ちょっと失礼しますね。アルファさん? 違ったら悪いんだけど、もしかして、もしかしてだけど――――今、お父さんに敵意とか向けてますか?]
光のアルファに、緊張が走る。
[覚えておいてくださいね。お父さんに何かしたら、殺します]
丁寧な喋り方だった。だからこそ、恐怖を覚えた。
フェトラスは今、真っ正面から神にケンカを売ったのだ。
[いつだったか、口にしたことがあるんだ。お父さんを傷つけるなら神様でも殺してみせるって。……まさか本物の神様に言う日が来るとは思わなかったけど、仕方ないね。それ以上不愉快な真似をするなら、私はあなたを許しません]
ちょっと待ってほしい。流石にそこまでやられたら止めようがない。
「はい、どーどー。落ち着けフェトラス」
〈Ω・アルファ。目論見はとうに失敗しているのだから、その姿をさらし続けるのは滑稽だぞ〉
〈α・…………クソッ!〉
[はーい]
神にあるまじき言葉遣い。それに比べてフェトラスの素直さはどうだ。百点満点をやろう。……と、とにかく戦いにならなくて良かった。流石にそこまでは望んでない。
フッと光のアルファが姿を消す。良かった。オメガさんの説得のおかげだ。
俺は「まぁまぁ」とジェスチャーをしてから、真面目な声を作った。
「とりあえず……俺に発言権がないのは分かってるが、落とし所を探そうぜ? 俺達はセラクタルに戻りたい。そしてお前等は天外の狂気を抹殺したい。じゃあどうする?」
俺はなんとなくオメガさんがいるであろう方向に向かって声をあげた。
「実際のところどう思う? 俺達は分をわきまえてない、的外れなことを言っているか?」
〈Ω・要求としては正しいと思う。――――今ままでの月眼は例外こそあれ、比較的素直に楽園に収まってきた。だが、それは我々が彼等が望む楽園をきちんと用意出来たからだ。メメリアには図書館を、アークスには戦争を、パーティルには遊戯を……彼等の願いは、シンプルだったからな。ただそれらに比べると、君たちの要求の難易度が高いだけだ〉
〈E・――――だがセラクタルに戻すなぞ、不確定要素が強すぎる。もしもフェトラスがロイルへの愛を失ってしまえば、それはイコールで十三番目がロストするということだぞ?〉
ピキッ、と。何かがキレかけた音がした。
具体的に言うとフェトラスの双角が駆動した。
[神様? 今、何かいいました?]
先ほどの、アルファが見せた敵意の時よりも強烈な反応。
ブッ殺すぞという感情を全く隠さず、フェトラスが嗤った。
[えと、Eの神様。あなた本当に神様? 自殺が趣味とは恐れ入るんだけど]
待て待て待て。怖い。怖いぞ。普通に怖いぞフェトラス。
〈Ω・落ち着いてほしい、フェトラス〉
[…………オメガさんがそう言うなら、まぁ、うん]
俺と同じくオメガさんには素直に従うフェトラス。他の神々達の、安堵のため息が聞こえてくるようだった。
〈Ω・だがしかし、他の面々の不安も確かに理解は出来る。私としても、セラクタルに戻すのは反対だな〉
「おっと……まさかのオメガさんの裏切りにショックを隠せないぞ……」
〈Ω・単純な心配だ。というのも、私はフェトラスではなくロイルの方を心配している〉
「俺?」
〈Ω・そうだ。お前が寝ているベッドに、隕石が落ちてきたら? 突如地割れが発生して、それに飲み込まれたら? フェトラスが目を離した隙に崖から落ちてしまったら? いきなり魔族や魔王に襲われて命を落としたら? いくら我々とて、そして月眼といえど、死んだ者を蘇らせることは出来ない〉
……なるほど。それは、確かに。
〈C・オメガの言葉に賛同する。……フェトラスも、そこはよく理解しておくべきだ。セラクタルは、ロイルのような普通の人間にとって危険な場所なのだ。事実、お前の父はあの星で何度死にかけたと思う?〉
[それは……]
〈Ω・死への恐怖は共通だろうが、人間と魔王は命の強度とスケールが違う。悲しいことだろうが、お前に比べるとロイルは圧倒的に死にやすいのだ〉
「……まぁ、オメガさんの言う通りではあるな」
俺がそう呟くと、ものすごく小さな声で〈E・あのオメガに対する信頼関係の構築速度は何なんだ……〉なんて感想が聞こえてきた。
〈Ω・どこに住まうのか、というのも問題ではある。人間領域に住まえば、人々は相当な混乱や恐怖、強い不安を強いられるだろう。かといって魔族領域に住めばロイルが危うい。では魔族を滅ぼすか? よかろう。徹底的に殺戮出来るのであれば、やるがいい。だがただの一体も残すべきではないな。その者が捨て身の復讐に挑むのならば、まっ先に狙われるのはロイルだからだ〉
[………………]
「………………」
〈Ω・また、他の魔王の反応も気になる所だな。魔王は魔王を認識しないようセーフティがかけられてはいるが、流石に世界の大きな変化には気がつく。噂だけを頼りに、お前等の住処に高威力の魔法を放ってくるのは想像するに容易い〉
[私が、お父さんを守る。絶対に]
〈Ω・美しい言葉だ。だが悲劇の種は次々に芽吹くぞ。その全てを対処しようとするのならば……まさしく、世界を滅ぼすしかあるまい〉
論破された。
否定しようもない。あの星がどうこうではなく、生きている以上、悲劇は起こりえるのだ。
〈B・……楽園とは、争いの無い場所。敵がいない場所。愛が奪われず、失われることがない場所。だがセラクタルはそうではない、人間にとっては危険な場所なのだ。どうだろう、ここまで説明すれば、私達の懸念も少しは理解してもらえると思うのだが〉
探るような声だった。まるで平民が貴族のご機嫌を伺うかのように。
そうか。そういえば、ロキアスが言っていたっけ。「神は月眼を恐れる」と。……こいつらは……神は、殺せる存在なのだろうか……?
俺がそんなどうでもいい事に思考を及ばせていると、フェトラスが片手を上げた。
[まだるっこしい]
神々の沈黙が聞こえる。
[少しシンプルに、状況を整理するね。――――私はこうお願いしてるの。私達をセラクタルに戻してください。代わりに天外の狂気と戦います。以上]
この上なくシンプルだ。その通り。俺達の要求は一貫している。
フェトラスが化け物と戦うことは少し怖いけれど、頼れる先輩が十二人もいるのなら、そんなに恐れるような事じゃないと思うのだ。そもそも既に絶滅したという話だし。
俺がそっとフェトラスの背中に手を当てると、彼女は安心したかのように微笑んだ。
[少なくとも私はもう、無人の楽園には興味が無いよ]
〈C・それは〉
[私は貴重な戦力なんでしょう?]
〈B・だからこそ、我々は君を失うことを恐れる〉
〈E・だがしかし、あまり駄々をこねるのならば、我々にも考えがあるぞ〉
〈F・そうとも。お前は確かに有望だ。カミノ様の願いを叶えるためにも、手放すことは惜しい。だが既にログは保存済みだ〉
[ログってなぁに?]
〈B・君という魔王がいかに月眼へ至ったのか、という全記録だ〉
〈C・君は多様性と可能性が他の月眼と比べると異様に高い。君ならばあるいは、相性を無視して様々なタイプの天外の狂気を討伐出来るかもしれない〉
〈E・その通りだ。我々は君という存在に大きく期待をしている。だが、しかし。完成品であるフェトラスを失うことは手痛い損害だが、勘違いしてはいけない。君は絶対の存在ではないのだ〉
〈F・然り。今回のケースは演算剣・魔王カウトリアという重要なファクターがあったから成立したようなもの。奇跡と言っていいだろう。そして奇跡は我らの手の中に〉
そして神様は。
〈α・我々はカミノ様の遺志を遂行する者。そして今回のケースはそれを大きく前進させる〉
俺の予想通り。
〈α・多くの試行錯誤は必要だろうが――――ケース・カウトリアの再現を行えば、月眼収穫は今まで以上にはかどるだろう〉
言ってはならない事を、口にした。
抑えられなかった。神速演算を持ってしても、無理な話だった。何故なら俺はその能力の源泉たる相棒を手にしているからだ。
俺を愛し、永遠のような地獄を彷徨い、あんなに苦しんで、泣いていた彼女の事を想うと、絶対にそれを許すわけにはいかなかった。
大声を張り上げるため、一瞬だけ息を吸い込む。
だけどフェトラスがすぐに俺の方へと向き直り、優しく抱きしめてくれたおかげで俺の炎は少しだけ収まった。
[お父さん。それ、私が言った方が効果があると思う]
「…………ああ、そうだな。すまない。情けない話だが、確かに俺が言っても説得力無いな」
[任せて]
そう言って俺から離れ、自分の胸をポンと叩いたフェトラス。
[すごいね。怒りすぎると、こんなにも冷静になれるんだ]
「……ありがとうな」
[どういたしまして――――おい、そこのクソバカ共]
〈Ω・退避させてもらう〉
〈D・同じく。私はアルファ達の意見に反対を示す〉
先ほどのアルファのように、二体の光人が姿を見せる。オメガさんと、演算の魔王推しの中立神Dだ。そして二人は部屋の隅っこに下がっていった。
〈C・な、なにを……!?〉
神の焦ったような声。
なにが神だ。ふざけるな。
今、お前は世界で最も醜い、唾棄すべき外道だ。
そしてフェトラスは、俺と一緒にブチ切れてくれた彼女は、神に宣戦布告をする。
[彼女を再現する? 二度と……二度とそんなことを口にするな。いいや、カケラでもそんな発想を抱くな。思った瞬間にブチ殺すぞ]
烈火の如き怒りは、凍り付いた言葉を紡ぐ。
[神。お前達は天外の狂気とやらの始末を月眼に委ねている。それは何故か。お前達では天外の狂気に勝てないからだ。だから私達に『楽園』を用意して、代わりに戦ってもらっている]
返事は無かった。
そして、返事を聞く余地も無い。
[であるのならば、必然的に私はお前達よりも強い]
トンッ、とフェトラスは床を蹴った。
[先ほどロキアスとやりあった時、この空間の床や壁に傷ひとつ付けることは叶わなかった。だが、しかし。どうなのだろう。私が本気を出せば。破壊のための魔法を口にすれば、その目的は叶うと思うのだが。何故なら月眼とは全ての願いを叶える存在の別名だからだ]
俺はそんなフェトラスの仮説を補足する。
「お前達、魔法が使えないんだろう」
〈F・なっ……〉
「素直な反応をどうもありがとう。だってお前等、魔の字を持つ者じゃないしな。そもそもセラクタル由来の存在じゃないんだっけか。……まぁ、詳しいことはよく分からんが、お前達が俺達と根本的にズレてることは間違いない」
〈Ω・正解だ。魔法なんて使えないぞ〉
「ありがとうオメガさん」
〈F・オメガ、貴様ァッ!〉
「そりゃ攻撃方法ぐらい持ってるんだろうが、物理的なものしか持ってないはずだ」
[あらそう。【絶離遮断】]
空間が歪み、世界は内側と外側に別れる。全てを通さぬ絶対の防御の一種。
[これでお前達は、私達を殺せなくなったぞ?]
「油断するなフェトラス。毒とかもあるかもしれないぞ。あと、窒息とか」
[なるほど? では【拒侵帝刻】。今の状況に干渉すること能わず――――。これにて我々の守りは完璧だな。ついでに言えばこの怒りが時間と共に解ける事も無くなったわけだが、まぁメリットだな。私はお前達を絶対に許さない]
キレ過ぎて言葉遣いが凄いことなっているが、フェトラスは冷静さを見せながら神をあざ笑う。
そして神は、素直に自分達の意思を示した。
〈E・……な、何故……なぜそこまで荒ぶる?〉
即ち困惑。
なぜ俺達がキレているのか、理解してないという自白だった。
とっておきの罵詈雑言をブチ撒きたい気持ちになるが、無力な俺が吼えても虚しいだけだ。俺は歯ぎしりをしながら、フェトラスに全てを委ねた。
[何故。何故と問うのか。……お前、才能ないから神を名乗るのやめろ]
〈α・否ッ! 我々は神だ! カミノ様にそう命じられたあの日から、我々は!〉
[そうか――――では今日が最後の日だな]
全員の戦慄が聞こえた気がした。
もう止める気は無い。
楽園行きとやらもパーかもしれないが、それでもいい。
カウトリアの悲しみ、苦しみを再現させるだなんて、絶対に許すわけにはいかなかったから。
〈α・クッ! おい、オメガ! お前からも何か言ってやれ!〉
〈Ω・ふむ……それは、私がお前達の代表として発言しろということか?〉
〈α・そうだ! 何故かは分からぬが、お前の言葉であるなら聞くようだしな!〉
〈Ω・そうか。では、この一時において私が代表権を握ろう。であるのならば、誰も口だしせぬと明言せよ〉
命乞いの速度で全員が了承の意を表明する。
Dだけは無言のままだったが、彼はいい。きっと俺達と同じ気持ちでいてくれるはずだからだ。
ゆらりと、フェトラスが身体を揺らしながらオメガの方へ振り返る。
[あなたは話が通じそうだったから感じが良かったけど……。残念ながら、今はお前がトップなのだな?]
〈Ω・そうだ。私が代表であり責任者だ。十三番目の月眼にして、極虹の魔王フェトラスよ。どうか一言だけでもいいので、聞いてほしい〉
[勇敢な神サマだ。……一言、ね。では口を開いてみるといい]
ビリビリと双角が振動している。あとは指を鳴らすだけで全てが壊されるような空気の中、光の姿をしたオメガは、頭をたれた。
〈Ω・ごめんなさい〉
〈α・ツッ!?〉
〈B・なっ〉
〈C・えっ〉
〈E・そんな〉
〈F・まさか……〉
〈Ω・口出しはさせぬよ。私が代表だ〉
オメガさんは、両手を挙げた。完全降参のポーズだ。
〈Ω・…………どうだろう。二言目も許可していただけるのだろうか?〉
至極真面目な態度だった。
なんの含みもない、純粋な謝罪。
「……流石はオメガさんだ。格が違うな」
小さく呟いて、フェトラスの顔色をうかがってみる。
彼女は。
[クッ……くくく……クハハハハハハ!]
盛大に笑っていた。
[面白い。なるほど、完璧な回答だな。……というかそれはズルいよ。代表どうこうじゃなくて、あなたにそんな素直な態度を示されると、調子が狂う。すまなかったとか、申し訳ないとか、そんな言葉じゃなくて『ごめんなさい』って、子供じゃないんだから……]
笑い方が段々と穏やかなものに変化していく。
[分かった。二言目を口にすることを許してあげる]
〈Ω・それは良かった。では、謝罪の次は提案だ。私の権限において、ケース・カウトリアの再現は絶対にしないと誓う。だから、不愉快な思いをさせてしまったことを許してほしい〉
そこが俺達の怒りを買った点なのだから、それを撤回してくれるというのならば、やぶさかではない。……本当に全面降参だな。
だがフェトラスが何か返事をする前に、アルファが強い意志を示した。
〈α・オメガッ! 貴様、貴様というヤツは、そこまでしてカミノ様の宿願を邪魔したいのか! いくら否定の権限を持っているとはいえ、それは逸脱しすぎだ!〉
〈Ω・私はお前達とは違うのだよ〉
〈α・オメガ……ッ!〉
光を放つ神は、やがてフェトラスの前に跪いた。
〈Ω・どうだろう。許してもらえるだろうか。フェトラス〉
[…………いいよ。ただし、絶対にさせないでね?]
〈Ω・無論だとも。私はカミノ様の願いを叶えないといけないからな〉
おや、と思った。オメガさんが口にした言葉には、何か含むような響きがあったからだ。
[……? 天外の狂気の抹殺じゃない、別の願いでもあるの?]
〈Ω・命令されたわけではない。ただ、カミノ様だったらきっと願うだろうな、と私が勝手に推測しただけだ〉
〈α・命令されていないのであれば、遂行のしようがないだろうが!〉
アルファが荒ぶってる。正直言って、話しの邪魔なんだが……。
そう思っていると、フェトラスも同じことを考えていたのか、急にアルファ達がいるであろう方向に視線を送った。
[私が許したのは代表であるオメガさんだけだよ。あなた達個人を許した覚えは無い]
〈α・クッ……〉
[まだ神様を続けていたいのなら、これだけは覚えておいて]
ん、と少し咳払い。フェトラスの表情が変わり、月眼の輝きがどろりと光る。
[演算の魔王の再現に関してだ。いいか? 貴様等がそんなことを目論んでいると、私がそう疑いを持った瞬間、私は必ず貴様等を撃滅する]
それは「絶対にするな」という命令ですらなかった。
[例えそれが些細な誤解であったとしても、私は躊躇わないし後悔もしない。お前等には彼女の名を口にする資格すらない。……もしも、私が少しでもその気配を感じ取ったら、後先考えず、何を賭してでも絶対に殺す。絶対だ。絶対に――――許さない]
記憶から消せと言ってるに等しい、脅迫だった。
[これは私の誓いだ。彼女の悪夢は、もう終わったのだから]
そして月眼の魔王は、神々に対して誓約を求める。
[貴様等も誓え。彼女を汚さないと]
こうして神々は、フェトラスが放つプレッシャーに屈した。
もしかしたら今、うちの娘は神様を超えたのだろうか。
俺は演算剣カウトリアを握りしめた。
次にあいつとケンカする時、どんなテンションで行けばいんだろう。
――――答えは出なかった。
――――ま、いっか! なんとかなるだろ!!