表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
我が愛しき娘、魔王  作者: 雪峰
第一章 父と魔王
2/284

1 「娘は食べるのが仕事」



「おとーさーん!」


 海面から顔を覗かせた彼女が手を振ってきた。


「フェトラスー! 魚はいたかー!?」


「海の中ってすっごく綺麗ー!!」


 俺の言葉は完全に無視だ。彼女は屈託なく笑って、再び海の中に潜っていった。



 魚が食いたい。そう言ったら彼女……魔王フェトラスはすぐさま海に飛び込んだ。


 泳ぎを教えた事は無かったのだが、彼女は実に器用に泳いだ。


 笑いながら泳ぐフェトラス。とても楽しいのだろう。最早魚のことなぞ覚えてないんだろうな。


「やれやれ……今日もモンスター肉と果物か……」


 フェトラスが「ぷはっ」と水面に浮かぶ。そのチャンスを逃すまいと、俺は彼女に叫んだ。


「もういいから、メシにしよーぜー!!」


「はーーい!!」


 メシの号令はいつもダイナミック。



 海から上がってきたフェトラスは、割と長い黒髪を大胆にもバッサバッサと振り回して乾かし始めた。


 彼女の艶やかな濡れ髪。それは見る者によってはため息が出る程の美しさを誇っていたのだが、しおらしさとはかけ離れた乾かし方に俺は思わず苦笑いを浮かべてしまう。


 彼女が来ている服は、水着みたいな形状に変化していた。


 精霊服という、とても便利な服だ。


 形が状況に応じて変化したり、デザインが自動的に変わる生きた服・・・・。便利すぎて羨ましい。自分の着ているくたびれた服に愛想が尽きそうだ。




 フェトラスと出合って二ヶ月。今日も浜辺でモンスターの肉を焼いた。


(相変わらず臭ぇ……)


 別に腹を壊すことは無いのだが、モンスターの肉は味と香り、ともによろしくない。ぶっちゃけマズイ。まぁ流石に食い慣れたんだが、本音を言えば牛が食いたい。あれは最強の味だ。


 貴重な干し肉はフェトラスに全部食われた。彼女を拾ってからたったの三日で、だ。今思えば惜しいことをした。牛肉、キミに会いたいよ……。


 フェトラスは酷い臭いのする肉をハフハフ言いながら口に運んでいる。俺はそんな彼女を見て苦笑いを浮かべつつ、尋ねた。


「ところで、初めての海の中はどうだった?」


「すごかったよー。なんかね、不思議な感じ。濃い空で踊ってるみたいな」


 フェトラスはホワ~と笑って肉を飲み込んだ。


「お魚もいたんだけど、ごめん。途中で忘れてた。だってお魚って動きが速いし、海の中綺麗だし」


「そうか。楽しそうで結構だ。だが溺れないように注意しろよ」


「はーい」


 俺はひたすらにマズイ肉を食べながら。フェトラスは果物に手を伸ばしながら。


 肌を焼く日差しが、辺りを強烈な白に染めている。



 フェトラスを拾ってから二ヶ月。


 つまり開拓から三ヶ月目の、夏だった。





「ごちそうさま」


「ごちそーさまっ!」


 奪った命に一礼し、俺達の食事が終わる。


「さて、と。じゃあ俺は仕事に行ってくるわ」


 仕事といっても賃金が発生するわけじゃない。周囲のマッピングと食料集めだ。


 フェトラスは「うーん」と少し悩んでからこう言った。


「じゃあわたしはもう一回泳いでくるね」


「やめとけ。食った後にすぐ泳いだら、死ぬぞ」


「え!? うそ、なんで!?」


 フェトラスは目を丸くした。口もポカンと開いていて、なんだか愛嬌のあるマヌケ面だ。俺はその整ったマヌケ面に忠告を与えた。


「海の中に住む精霊に嫌われるらしい。理屈は知らないが、とにかく満腹の状態で泳いだら死ぬ」


「別に満腹ってわけでもないけど……海の精霊かぁ」


「しかし、あれだけ食って満腹じゃねぇとは流石だな……。とりあえず、昼寝でもしとけよ」


「……うん! そうするねお父さん」


 彼女は残念そうに頭をかいて、すぐにニッコリと笑った。



 彼女を拾って二ヶ月。順調に育った、魔王フェトラス。


 外見は子供。まだ生後二ヶ月のはずなんだが、身体は人間でいう十歳程度にまで成長した。やはり人間じゃないというか、違う生き物というか。(まぁ精霊なんだけどさ)


 ひょっとしたら常に何かを食わせてたから成長が早まったのかもしれない。というか、それが最大の要因だろう。こっちとしては単にフェロモン……つまりモンスターを呼び寄せる習性を押さえたかっただけなのだが。


 ちなみに女の子だ。これには色々あるのだが、とりあえず俺はフェトラスを女の子扱いしてる。



 フェトラスという名前は俺がつけた。あまり女の子らしい名前ではないが、直感で浮かんだ名前である。神様が授けてくれた閃きという事にしておこう。実際、彼女はその名前を気に入ってくれている。



 魔王なんだが、全然魔王っぽくない。


 優しく、それに割と賢い子だ。いや実際はどうなのか知らんけど。勉強とか教えてないし。ただ二ヶ月で流暢に喋れるというのは、もう天才としか言いようがない。


 欠点といえば未知に対しての恐怖が薄い、つまり無鉄砲ということぐらい。躊躇いなく海に飛び込んだりするあたりがいい例だ。



 いまだフェロモンの操作ができず、無意識のうちにモンスターを呼び寄せる事もある。しかし基本的に弱いモンスターばかりなので、今のところは困っていない。食材が向こうから歩いてくると思えば、実に便利な能力と言えるだろう。ちなみに今まで食ったモンスターは例外無く全て不味かった。



「さて、行くか」


 そんな不味い食事の片付けを終えた俺は、木陰でグースカと眠るフェトラスを置いて森へと足を向ける。


 フェトラスを連れて森に入ると、モンスターとの遭遇率が高まる。彼女は魔王だが戦いに慣れていないし、戦わせるつもりもない。足手まといですらある。だからいつも浜辺でお留守番をしてもらっているってわけだ。



 俺のことを「お父さん」と呼ぶ精霊・魔王・フェトラス・我が娘。


 未だに彼女が自分の中でどこのカテゴリーに属しているのかは分かりかねるが、


「……娘、って表現にはまだ違和感があるか」


 とにかく、俺は森にフェトラスを連れて行かない。彼女はただ遊んでいればいいのだ。


 幸いこの浜にいる限りは滅多にモンスターは現れないし、万が一俺がいない間にモンスターが現れたら全速力で逃げるように言いつけてある。


 まぁ、フェトラスがハラペコでない限りフェロモンは分泌されないようだから問題は無いのだが。



 そんな彼女の空腹を埋めるためにも、俺は森に出る。


 フェトラスの仕事は食うことで、俺の仕事はそれを満たすことだ。



 最初は違った。


 俺の仕事。それはこの大陸のマッピングと、食料集め。


 どちらもただ生きるために。



 今は違う。この大陸のマッピングと、食料集め。


 どちらもただ、楽しく生きるために。



「さぁて……今日も進むか」


 浜は林に続き、林は森に繋がる。


 お手製の地図を握りしめ、地図の空白と空腹を埋めるために、俺は森の内部を目指した。


 太陽がギラついて、浜辺は真っ白だった。



 「いってきます (略) ただいま」



 浜辺はオレンジ色に染まっていた。



「あ、お父さん。お帰りー」


「ただいま……」


 俺はぐったりとしながら、ようやく森から戻ってくることが出来た。もうそろそろ日が沈む。


「つ、疲れた……今日は最悪だった……」


「なになに、どうしたの?」


「いやな、いつものように食い物を集めてたんだが、モンスターに襲われてな」


「……お父さんどっか痛いの? 怪我した?」


 いきなり半泣き状態に突入したフェトラスの頭を撫でながら、俺は疲労の声を出した。


「怪我はしてないんだがな。なにせ数が多くて……疲れた……」


「大丈夫?」


 心配そうな声を出すフェトラスに、俺はナップザックを手渡した。


「そのモンスター共から守った今日の戦果だ。食えるもんなら食ってみろ」


「……? …………うわ! なにこれ! すごい!!」


 ナップザックから取り出されたのは、鳥。かなり大きめで、食い甲斐がありそうだ。


 フェトラスは初めて間近で見る鳥に興奮していた。


「今日のメシは、豪華だぞ。鳥肉なんていつ以来ぶりか……」


「こっ、コレ美味しいの?」


「間違いない。さっそく食おうぜ」


「うん! 食べる!!」


 三十秒前は俺を心配して半泣きだったくせに、フェトラスはもう笑っていた。


 やっぱりコイツには笑顔が良く似合う。


 夕陽で真っ赤になったフェトラス。幼いが整った顔立ち、サラサラと細い黒髪。全部オレンジ色に染められていて綺麗だ。彼女の瞳がキラキラと……いや、ギラギラだな。これはもう獲物を狙う目だ。ハンターめ。


「お、落ち着け! ちゃんと料理するから!!」


 俺は鳥に食らいつかんとするフェトラスの頭を押さえながら叫んだ。


「料理……? 毒でも入ってるの?」


「焼いた方が美味いんだよ。っつーか、人間は基本的に生肉なんて食わねぇ」


 フェトラスは「ふーん……」と呟いて、十秒前の会話を忘れた。


「早く食べよう!」


「だから、料理するから待てってば! このハラペコ魔王!」


 やれやれ。フェトラスが持つ本能の中では食欲が最強か。


 だが彼女を飢えさせるわけにはいかない。腹が減ったらモンスターが寄ってくるのだ。



 フェトラスが魔法を使い、枯れ木に火をくべる。


 彼女の指先に夜よりも暗い闇が集まって、炎を生み出した。相変わらず魔法というのは不思議で便利だ。


「そういえば、今更な質問なんだが……その魔法ってどんな感覚なんだ?」


「うん?」


「使うと疲れるとか、暖かいとか熱いとか……人間は魔法が使えないから、理解しづらくてな。実際はどうなんだ?」


「別に? 何もないよ。手を動かすのと一緒。右手を動かすのに、いちいち『動けー』なんて念じないでしょ? それと同じ」


「…………人間の俺から見れば、十分奇跡的なんだが。代償とか無いのか?」


「あるとは思うけど……でも限界まで魔法を使ったことないから、分かんない」


「そっか。もし辛かったら魔法なんて使わなくてもいいんだぞ。火ぐらいおこせる」


 そういうと彼女は快活に笑った。


「大丈夫だよ。ほら、足だってずーっと走ってたら疲れるでしょ? 魔法もそれと同じだと思う。疲れても休めば治るし、歩くぐらいじゃ疲れない。そういうこと」


 その感覚が実感できないからこそ心配しているのだが。


「火を付けるくらいなら全然楽勝だよ」


「…………ま、いいか。そろそろ焼こう」


「鳥肉! 鳥肉! どんな味?」


「食えば分かる」


 木の枝を串と呼び変え、バラした肉を付けて、火にくべる。


 久しく嗅いでなかった、まともな食事の匂いが辺りを包んだ。


「すごーい…………いつものお肉と全然違う……」


「だろ? コショウが無いのが残念だが……塩でも十分イケるだろ」


 ちなみに塩は海水から採取した。人間の英知はサバイバルに必要不可欠だ。


 フライパンやナイフ、食器なんかは最初から持っている。この地に送られる際、こっそりと持たせてくれた戦友がいるのだ。準備のいいヤツだったので、ある程度の道具は持ってこれた。


 中には火を熾す道具もちゃんと入っていた。まぁ、相当に古くさいタイプなので毎回苦労していたのだが、最近はフェトラスのおかげで楽が出来ている。


「早く速く! 速く早く!!」


「だぁぁぁぁ!! わめくなっ! 落ち着け!」


 大興奮のフェトラスをたしなめると、彼女は下唇を噛んで「うー」とうなった。全然魔王に見えない。ただの子供だ。


 すると、林の中から何か近づいてくる足音が聞こえてきた。サスサスサスと、軽い足音。


 モンスターの足音だ。


 ふらつきながらも、真っ直ぐとこちらに向かってくるような印象を受ける。フェトラスもそれに気がついたのか、表情が少しだけ曇っていた。



「おやおや~? またお前のフェロモンのせいかな~?」


「ち、違うよ! きっと、このお肉の匂いだよ! だってすごく良い匂い!」


 彼女はアタフタと否定のポーズをとったが、説得力はあまり無かった。


「……先に食ってろ。でも全部食うな。少なくとも二本は残せ。出来たら三本だ。焦げそうになったら火から遠ざけろ。行ってきます」


「いってらっしゃーい」


 俺は近寄ってきたモンスターを狩るために、そばに置いていた剣を拾い上げた。


 フェトラスはもうすぐ良い具合に仕上がりそうな肉を「エヘェ……」と笑いながら見つめていた。俺が背を向けた瞬間に食らいつきそうな感じだ。



「…………表面がカリッとしてきたら、塩を少しだけかけるんだぞ」


「はーい。いってらっしゃーい」



「あ、あとな。ちょっとでも異常を感じたら食うのを止めろ。毒かもしれん」


「いってらっしゃーい」



「実は俺も見たこと無い鳥だからな」


「いってらっしゃーい!」



「ぜ、全部食うなよ……?」


「エヘへ……美味しそうだなぁ……」



 やれやれ。うちの魔王様はもう鳥肉に心を奪われているようだ。


「くそう、俺の至福の時間を邪魔するヤツは、例え神だろうと許さんぞ……」


 恨み言を呟きながら、俺は林を目指した。



 夕陽の残滓と星明かりの下にいたモンスター。


「キルキルキル……」


 細いが、堅そうな身体。昆虫にも似たフォルム。特筆すべきはその両腕についたむち状の触手か。


(高速で動き、敵の身体を裂くタイプ……違うな、あれは拘束用か)


 どう見ても鳥肉の匂いにつられて来たモンスターには見えない。やはりフェロモンのせいか。


(つまりこれが今日のフェトラスの実力に相応しいモンスターか)


「キルキルキル……」


「悪いが急いでる。食えそうだったら、お前も食ってやるよ」


「キ―――!」


「あばよ」



 両腕の鞭がそわそわと動き始め、俺に向かって突然伸びた。


 回避/切断。


 昆虫みたいなモンスターは身体を両断されて、地面に転がった。



「き、き、き…………」


「…………マズそう」


 煮ても焼いても食えそうになかった。だが命を奪ったからには食わなくてはならない。それがフェトラスのフェロモンに関わった生物なら尚更だ。頭部にトドメの一撃をくれてやって、俺は食料を手に入れた。



「おーい、フェトラスー。戻った…………ぞ?」


「…………ZZZ」


 たき火の前でフェトラスが寝ていた。その周りに串が落ちている。


 鳥肉はどこにも無かった。カケラも残ってない。


 そっと落ちている串を拾い上げて観察してみたが、脂の一滴すら残ってないような有様だった。なめつくしたのか。


 こいつ。カケラも残さず食い散らかしやがった。


「……おい、俺の鳥肉はどこだ」


「Z、ZZZ……」


「五分と経ってねぇぞ。俺の鳥肉をどこに隠した」


「ZZZ……」


 フェトラスの額が汗ばんできた。俺はわりと綺麗なタオルでそれをぬぐってやる。ついでに口も。


「まったく。鳥肉の脂で口の周りがベタベタだぞ」


「………………Z」


「で、俺の鳥肉は?」


「ZZZZZZZZZZZZ」


「……………………」


 無言でプレッシャーを与えてみた。


 オレノニクヲ クッタノカ。


「うーん……ムニャムニャ…………ごめん」


「寝言か? 謝罪か?」


「うぅーん……まだ食べたいよぉ……」


「寝言のセオリーを覆したな」


 俺は昆虫モンスターの身体をドサリと砂浜に投げ捨て、自分のナップサックを手に取った。


「フェトラス、起きてるか?」


「ZZZ……」


「そうか。黙ってたけど、実はもう一匹。別の鳥も捕まえてたんだ」


「!!」


「寝てるんだよな。じゃあこの鳥肉は俺が食うとするか」


「ZZZ!?」


「起こすっていうのも、可哀相だし」


「…………ふぁ~……ん……おはよう、お父さん」


 フェトラスはまるで今起きました、的な演技を俺に見せつけた。


 設定では寝起きのくせに、瞳だけがハンターだ。


「おう、起きたか」


「うん。今日はたくさん泳いだから疲れたのかな。でももう大丈夫」


「鳥肉は美味かったか?」


「すごく! あんなに美味しいお肉、初めてだった!!」


「そうか。ところでお前に残念なニュースがある。さっきのは嘘だ。鳥肉はもう無い。お前が食ったのが最初で最後の鳥肉だ」


「Oh」


「ちなみに俺の鳥肉はドコだ?」


「ZZZZZZZZ」


「ちょっと待てコラ!!」




 昆虫モンスターは、マズイというより味気なかった。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ